第6回定期総会での鈴木裕子氏講演・要旨
8 月7 日(土)に開催された、第6 回「九条の会・久喜」定期総会での記念講演に、女性史研究家の鈴木裕子氏をお招きして、「戦争と女性 今こそ憲法9条を!」の題でお話していただきました。以下本講演の要旨を記したいと思います。

◆憲法の危機
現在改憲派の動きは急ピッチになっている。今国会では護憲派は少数となり、憲法「改正」阻止のためには草の根の市民の運動が絶対に必要である。
憲法九条からすれば、武器は持てない、米軍への基地提供もできないはずなのに無限に骨抜きにされている。しかし法的には完成されていない(「改正」されていない)のであって、全面的な戦争参加への抑止力になっている。

◆原爆、朝鮮人差別
原爆記念式典での広島秋葉市長の演説、「核の傘に入ることを拒否する」というのはとても大切なことである。それは広島・長崎市民の、そして原爆被害を受けた人々すべての願いであると思う。
戦争中韓国から強制連行で日本に連れてこられ、原爆の被害にあった朝鮮人は、朝鮮人ゆえ差別され、水も食糧も与えられず、治療も受けられずに死んでいった。 原爆被害者の中から、朝鮮人、中国人はスッポリと抜け落ちている。

◆天皇の戦争責任
原爆投下前にポツダム宣言が出されていたが、直ぐに受諾していれば投 下は無かったはずである。間接的に天皇が原爆を投下させたと言える。原爆投下に限らず、戦争を語る時、天皇制の問題はずっとタブー視されてきた。ドイツでは、ドイツ人自身による戦争責任裁きがあった。しかし日本では国民による戦争責任追及はなかった。そういう意味で、戦前と戦後は深いところで繋がっているのではないか、と思える。

◆憲法9条と1〜8条の関係について
憲法9条は憲法1〜8条、いわゆる天皇条項とバーターの関係にある。9条を認めさせる代わりに、1〜8条を認めるということで、GHQは折り合いをつけた。ここから憲法9条を変えるなら天皇条項も変えねばならない、天皇制は廃止しなければならないと言えるのではないか。

◆憲法24条について
帝国憲法下の旧民法においては、著しく男女不平等、夫婦不平等であったものが憲法2 4 条と現民法により正され、戦前の家制度はなくなった。しかし制度的なものは残った。主人と家内という呼びならわし。何々家と何々家の結婚という言い方がそうである。夫婦別姓に反対する勢力がある。これは夫婦の同権は気に入らない。家族の復権、すなわち家制度の復活を狙う考えが根底にあるのではないか。

◆憲法10条について
GHQ案にはなかったが、当時の保守党政権が無理やり押し込んだ。帝国憲法1 8 条の国籍条項をここに再現した。これにより在日朝鮮人などの権利を排除した。戦後補償問題でも、この国籍条項がネックになる。沖縄県民も復帰までは同様に排除されていた。

◆ジェンダー
歴史的、文化的、社会的につくられた性差である。戦前の家制度では男性優位、女性はモノ扱い。 公娼制度の下、性は商品化される。女性は「家婦」と「娼婦」に2文化され、性について、男には寛容、女性には厳しくという2重基準が存在した。これに対するフェミニズムからの反撃がある。

◆フェミニズム
戦前に女性参政権運動、公娼廃止運動があった。しかし、民族差別、植民地問題、日帝への批判は希薄。母性保護論争があり、女性解放運動も存在したが、結局国家・国策にからめとられた。

◆国家総動員体制と女性
厚生省が設置され、「産めよ、増やせよ」の「軍国の母」づくり。大日本国防婦人会が結成され、国策に協力・動員される女性がつくられた。また勤労動員として、軍需生産に動員された。

◆戦争と子ども
少国民として軍国主義思想が植え付けられた。学徒勤労動員として、女子生徒にも残業・深夜業があり、戦時生産に動員された。空襲が激しくなると、学童は疎開させられ、耐乏生活を課せられた。

◆女性運動家、フェミニストの戦争協力
国策への参加は女性の地位向上につながるとして、積極協力。何に協力かは不問。天皇の下で万民が「協同」することは、「平等」につながるという“幻想”をもってしまった。

◆慰安婦問題
朝鮮の植民地化のもと、女性を性奴隷化し、子どもの生めない体にしてしまう。性奴隷は軍隊と国家による、兵隊の「ガス抜き」装置して機能した。これは個人の犯罪ではない、国家的な、「天皇の軍隊」による犯罪であった。

以上1 時間半の講演とその後の質疑応答と、参加者はやや少なかったものの、充実した時間がもてました。戦前・戦中の女性の置かれた位置、戦後もそれが完全には克服されず、いまだに引きずっているという現実。今後に残された課題は大きい、それを乗り越えるためにも憲法を守り、生かすことが必要であると改めて認識した講演会でした。 (K)