Razon De Vidaさんの企画、 『Driver's High!』参加作品です。
来客を告げるベルの音が聞こえる。薄暗い部屋の中、少女は本をめくる手を止め、首をかしげた。
「……こんな時間に、誰だろう」
彼女の屋敷を訪れる人は、あまりいない。まして今は、夜の10時を回ったところだ。訝しみつつ、玄関まで応対に行こうとした彼女の耳に、誰かが廊下を駈けてくる音が聞こえた。家主を待たずに入ってくるとは、訪問者はせっかちな性格のようだ。家主である少女は、そのせっかちな訪問者に心当たりがあった。以前、この訪問者のように、勝手に入ってくる女の子がいたのだ。
少女のいる部屋の前で足音が止まり、扉が開けられる。せっかちな訪問者は、扉を開けきるのも待たずに、家主に向かって話しかけた。その様子は、昔とまったく変わらない。そんな女の子のせりふは、決まって「千影ちゃん、遊びに行こう!」だった。そうして、彼女に強引に外に連れ出されるのだ。
「遊びに行くわよ、千影」
口調こそ違うものの、彼女の話す内容は以前とまったく変わりが無かった。返事を待たずに上がってきたのは君のほうだろう。そう答えつつ、千影と呼ばれた少女は立ち上り、訪問者を出迎えた。
「やあ、咲耶くん……。私の家に来るなんて、久しぶりだね」
千影の言う通り、咲耶が屋敷を訪ねるのは久しぶりだった。小さい頃はよく遊んだ二人だったが、最近はそういうことも少なくなっていた。疎遠になったというわけはないが、お互いに成長して環境も変わり、以前のような気安さは確かに薄らいでいた。
「遊びに行くとは……。まさか、今からかい?」
「迎えに来たんだから、そんなの当たり前でしょ。さあ、行きましょ」
相手の返事も待たずに、咲耶は千影の手を取って、来た道を戻りだした。その様子が昔とまったく変わらないので、千影は思わず苦笑する。
「それで、どこに行くんだい?」
咲耶は急に立ち止まり、空いているほうの手を顎に当てて考え出した。強引に連れ出そうとしながら、行き先は考えていなかったらしい。そういうところが、一緒に遊んだ頃の咲耶のままなので、千影は何だか嬉しかった。
「うーん、そうねえ……。こういうときはやっぱり、海とかが定番かしら」
「海……かい? 今から行っても、帰って来れなくなるよ」
千影の言葉は、帰りには電車が終わっているということを意味したものだった。そんな彼女に咲耶は、待ってましたと言わんばかりの笑顔を向けて、ポケットから何かを取り出した。
「それは、車の鍵? 咲耶くん、免許を取ったのか」
咲耶はますます得意そうに胸を張る。
「そういうわけだから、心配無用よ」
千影の家の前に止まっていたのは、真っ赤なオープンカーだった。隣で「どう、すごいでしょ!」と自慢気な咲耶だが、車は借りものだった。男友達に、「あなたの車に乗りたいな」なんて、思わせぶりに声をかけたのだ。いざその男が車でやって来たら、「ちょっと借りるね」と言って、呆然とする男を残し走り去った、というわけだ。もっとも、千影にはそんなこと、お見通しだった。
千影を助手席に乗せて、咲耶の運転で走り出した。二人並んで走る、千影はその光景に見覚えがあった。
お互い小さかった頃。おそらく、二人で良く遊んでいた頃だろう。どこへ向かっていたは忘れたが、千影と咲耶は車の後部座席に並んで座っていた。
「私、オープンカーに乗ってみたいなあ」
咲耶がそう言うと、運転をしていた父はたしか、「自分で免許を取ったら、好きな車に乗ると良いよ」みたいなことを言ったのだ。
「ねえねえ。千影ちゃんも、オープンカーに乗ってみたいと思わない?」
「……うん、風が気持ちよさそうだね」
「きっとすごーく気持ち良いよ。じゃあ私が免許を取ったら、まず千影ちゃんを乗せてあげるね!」
「咲耶ちゃん、免許取るの?」
「うん! 大きくなったら免許を取って、真っ赤なオープンカーに乗るんだ!」
それは忘れかけていた、忘れられない思い出。
「約束を覚えていてくれたんだ、咲耶ちゃん」
千影は無意識に、咲耶を昔の呼び方で呼んでいた。
「私は免許を取るといったら取るし、赤いオープンカーに乗るといったら乗るのよ。だから千影ちゃんも、大人しくドライブに付き合いなさい」
命令口調なその言葉に、千影はむしろ暖かさを感じてる。
「まったく咲耶ちゃんは、昔と変わらないね」
「そっちこそ、いろいろと考えているのに、最後は結局付き合うんだから。このお人良し」
二人の関係は、昔と何も変わっていなかった。だからこれからも、きっと変わらないだろう。それは二人の願いだった。
『Driver's High!』参加作品です。私にしては、長い作品となってしまいました。最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。
咲耶の車は何でしょうね。多分イタリア車とかではないでしょうか。スパイダーとか。もしくはバルケッタなんかもあるかも。マセラッティは、ちょっと似合わなそうです。最後にみなさん、ルールを守って運転しましょう。
こんな寒い季節、しかも夜に海なんかにいっても、寒いだけだった。開いている店も無かった。そんなの考えてみれば当たり前なのに、何故海に着くまで気付かなかったのだろう。彼女たちは結局、5分ほど無言で海を眺めた後、どちらからともなく帰ろうと言い出した。
「……海って、泳げないと楽しくないわね」
「今度ドライブするときは、ちゃんと計画を練ることにしよう」
「何よ。今日の私は考え無しだったとでも言いたいの?」
「咲耶くんはもう少し、思慮というものを身に付けたほうが良いな」
「何よ! 千影こそ、意見があるならちゃんと言いなさいよ」
二人、しばらく睨み合って……
「……やめましょう」
「……ああ」
またしばしの沈黙。その沈黙を、今度は千影が破った。
「もう少し、丁寧に運転したほうが、良いんじゃないかな……」
「しょうがないじゃない。教習所の外を走るのは初めてなんだから」
「でも、路上教習というものが、あっただろう?」
「来週が、初めての路上教習よ」
「……え?」
「私、仮免取ったばかりなの」
「えええええ!? ちょ、ちょっと待った。それなら、運転したら駄目じゃないか」
「なんで? 仮免取ったのよ」
「だからそれは、まだ仮なんだよ!」
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんだじゃ無くて!」
「でも、ま、いっか。千影の慌てている顔なんて、めったに見ることが出来ないしね。ウフフフ」
「ウフフフ、じゃ無いよ!」