大切な人を守るため、わたくしは武道を習っています。本日は長刀のお稽古でした。稽古も終わり、帰る仕度をしようとしたところで、柿ノ本さんが声をかけてきました。
「春歌さん、お手合わせ願います!」
うふふっ、こういうの、わたくしは嫌いではないですわ。柿ノ本さんは、わたくしの友達で、そしてよく勝負を挑んできます。そういえば、ドイツにいたころも、同じような人がいましたわ。
「ハルカくん、勝負だ!」
「またですか? 別に良いですけど、なぎなたとフェンシングでは……」
「関係ない、行くぞ!」
わたくしが剣術を嗜んでいると聞いて、挑んでくるようになった、同い年の男の子。その何十回目かの対決も、わたくしの勝ちでした。
「くそっ! 懐に飛び込めれば、俺の勝ちなのに」
「だからと言って、無闇に飛び込んでは、ますますわたくしの思う壺ですわよ」
「……そんなの関係ないくらい、俺が強くなれば良いんだ。いいか、そのうち、お前にも、誰にも負けないくらい強くなってやるからな」
それは、幾度となく繰り返された会話でした。まったく男の子って。
「あなたは、どうしてそんなに強くなりたいのですか」
「男は強くなくちゃいけない。当たり前だろう。お前こそ女なのに、なんでそんなことやってるんだ?」
男の子は、なぎなたを指差しながら聞いてきました。
「女だって、強くなくてはいけませんわ。大切な人を守るために」
「大切な人……。お前はそいつのこと、好きなのか」
「好きだなんて……ぽっ」
兄上様のことを考えて、思わずうっとりしてしまいましたわ。人前で、わたくしったらはしたない。でも男の子は、そんなわたくしの様子を笑うでもなく、不思議な表情で見ていました。
「あなたも、ただ強くなるのではなく、誰かを守ることを考えてみてはいかがですか?」
すると、少し悲しそうな、くやしそうな顔をして
「俺が守りたい奴は、俺よりも強いんだ」
「あなたより強いだなんて、その方はよほどの達人ですわね」
「……まあな」
男の子の挑戦は、わたくしが日本にやって来るまで続きました。ドイツを離れる1週間前の、最後の対決はよく覚えていますわ。
「勝ち逃げはさせないぞ」
「え?」
「お前、日本に帰るんだろう。だから今日は、俺が勝つ!」
「うふふっ、そううまく行きますかしら?」
しかし勝負になると、戦いを楽しむような余裕は無くなりました。いつもは男の子が直ぐ飛び込んでくるのに、今日はじっと構えたままです。わたくしのほうがじらされているみたい。……落ち着いて。きっといつものように、男の子が飛び込んでくるわ。それを迎え撃てば良いのです。リーチはこちらが長野ですから。
そう考えていた矢先、男の子の剣が動きました。待ってましたとばかりに迎え撃つ、わたくしの長刀。ところが、その長刀が空を切ります。驚くわたくしの目に映るのは、じっと構えて、今度こそ本当に飛びからんとしている男の子。
「フェイント!?」
わたくしの隙をついて、男の子は今度こそ、本当に飛び込んできました。それも、今までで最高のスピードで。一撃にかけた、まさに捨て身の攻撃。長刀を返すのが、間に合わない!
…………
……
……
「最後まで、俺の負けだったな」
「……いえ。長刀では、柄で面を打つのは反則です……」
「フェンシングとの対決に、そんなルール関係ないだろ。お前の勝ちだよ。……これからもそうやって、大切な人を守れよ」
「あなたはまだ、守りたいという方に勝てないのですか?」
「ああ、今日も負けた」
「……え?」
「……今回も、私の負けでしたね」
「危ない場面が、何度もありましたわ。次は、結果が変わっているかもしれませんね」
「いつもそう言うけど、結果が変わったことないじゃない」
柿ノ本さんはそう言い残して、帰る準備のために下がっていきました。わたくしも帰ろうとしたところで、入り口の側に知った顔を見つけました。
「やっぱり春歌は強いなあ」
「兄君さま!」
稽古の疲れも忘れ、駆け寄ります。
「春歌がいれば、何があっても僕は大丈夫みたいだね」
「お任せください。どのようなことがあっても、兄君さまのお体は、わたくしが守って見せますわ」
「ふふ、何か合ったら頼むよ」
「その変わり兄君さまは、わたくしの心を守ってくださいね」
「心?」
「ええ。一時たりとも、兄君さま以外の男性を思うことが無いように、わたくしの心を、しっかり捕まえていて下さいね。……ご存知ですか? わたくしこう見えても、結構モテるのですわよ」
実際になぎなたとフェンシングで対決をしたら、どうなるのでしょうかね?