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メカ鈴凛は2度死ぬ

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メカ鈴凛は2度死ぬ 第1話

「お邪魔しまーす」
 そう言ってマスターは、建物の中の暗がりへと入って行く。私は慌ててマスターを捕まえる。
「私が先行します。マスターは私の後をついてきてください」


 私はマスターに作られたロボットだ。もっとも、私のことをロボットだと判別するのは、普通の人には難しいだろう。外見は元より、動作も人間にそっくりだから。会話だって普通にこなせる。感情的にならない所などは、人よりも優れていると思っている。ところがマスターは、「それはどうかな?」と言う。どういう意味だろう?
 私の他に、これほど人に近いロボットはいない。マスターの技術は、様々な分野で世界の最高レベルだ。私のために使われている技術の中には、まだ世界で公表されていないものも多い。それらは、マスターが研究してきたものだ。最近では、私が研究の手伝いをできるようになったし、ときにはアドバイスをすることもある。しかし、新技術のほとんどは、マスターの着想の鋭さによる。何かの本で、科学的直感力という言葉を読んだことがあるが、マスターはまさにその、科学的直感力を持っているのだろう。
 それらの技術を求める人も多かった。マスターに技術の提供を断られると、非合法の手段で技術の入手を狙うものもいた。ネットワーク経由での侵入、ときにはマスターの家への物理的に侵入を図り、研究成果を奪おうとする。数多くの侵入者の中で、実際に成功したものはいなかった。今までは。
 そいつは、システムをアップデートする際に出来た、隙を突いてきた。すぐ終わるからと、マスターが手順を飛ばしたためにできた、ほんの一瞬の隙だった。その一瞬で、必要な情報を取得し、足跡を残さない。相手の手際は鮮やかだった。おそらく、ずっとチャンスを待っていたのだろう。奪われたのは、自律制御に関するデータ。そのまま軍事目的に利用できる。
 奪われたデータを消去するため、私とマスターは、ネットワークから遮断されたこの施設、某企業の研究所にやってきたのだ。


「私が先行します。マスターは私の後をついてきてください」
「はいはい。メカ鈴凛は心配性だなあ」
「声も小さくしてください。今の私たちは、侵入者なのですから」
 あれこれと心配する私に比べ、マスターは無注意だ。今も辺りをきょろきょろと観察していて、周囲を警戒している様子は無い。
「今更大人しくしたって、どうせ侵入はバレバレだって」
「はい、マスターの指摘はおそらく正解です。今回のことは、きっと罠でしょう。だからこそ、警戒してください」


 私とマスターは、データを奪った相手を探した。世界中のネットワークを監視したが、それらしい情報のやり取りは見つからなかった。何の足がかりも見つからないまま一週間が経った頃、ネットワーク上で奪われたデータを見つけた。今まで見落としていたわけではない。そのときだけ、データを持っているマシンが、ネットワークに接続したのだ。
 これまでの、まったく足取りを掴ませない手口に比べ、正反対とも言える無防備さだった。だから、私たちはこう判断した。これは罠だと。その上で、私たちはやって来たのだ。マスターに言わせれば
「売られた喧嘩は買う」
 ということだった。私としても自分のための技術が、他のものに利用されるのは我慢できなかった。それは私のものだ。マスターが、私のために開発したものだ。


「マスター、止まってください」
 センサーが、前方に何かを捕らえる。その数、5。
「誰か来るの?」
「……いえ」
 相手を調べる。特徴的なのは、その温度だ。中心部が高温、その他幾つかの熱を持ったブロックがあり、外縁は低温だった。人の温度分布ではない。しかしそれは、人型であった。
「ロボットです」
 そう言いながらも、あれが自分と同じ種類のものだとは、認めたくなかった。曲面よりも平面が多く、肌は金属の光沢。
「蹴散らします。マスターは下がっていてください」
「メカ鈴凛、無茶はしないようにね」
 場違いとも言えるマスターの忠告に、失礼にも笑ってしまった。大丈夫、無茶にはならない。敵の構造、構成物質の分析は完了している。不恰好な形状から、どの程度の動作をするのかも予想できる。何体いようと、私の敵ではない。
 敵が10メートルの距離まで来たときに、私は飛びかかった。10メートルの距離を一瞬で詰める。飛び込んだと同時に、左右の手で一体ずつしとめる。破壊するまでも無い。外装のすぐ下のコードを切れば、それで終わりだ。コードを切られた相手が、エネルギー供給を失って、地面に倒れこむまでに1秒ほど。その間に全てが終わっていた。


「メカ鈴凛!」
 マスターの警告が聞こえる。私のセンサーも、新たに数十の敵の出現を捕らえていた。
「問題ありません」
 言って、敵の集団に飛び込む。もう一度言おう。何体いようと、私の敵ではない。同じロボットならば、最高のマスターに作られた私が、負けるわけはない。

メカ鈴凛は2度死ぬ 第2話

「マスター。今回は、どのような機能を追加したのですか?」
「ふふふ、聞いて驚きなさい。メカ鈴凛は今日、空を飛べるようになりました!」
「空を飛べるように、ですか」
「なによぅ、もっと驚きなさいよ。空を飛ぶのは、ロボットなら誰もが憧れることよ」
「私、ロボットですが知りませんでした。それで、能力はどの程度なのですか?」
「え、えーとねえ……。良くわかんない」
「……はい?」
「両足に取り付けエンジンの推力と、あなたの質量から計算すると、マッハ2くらいは出るはずだけど……。体がそこまでの速度には耐えられそうにないし。その前に、足が高温にどこまで耐えられるのかわからないの」
「つまり、飛べばどうなるかわからないと。……そのような機能を、私に追加したのですか?」
「で、でもね、ロケットエンジンだから、宇宙だって飛べるんだよ」
「宇宙……」
「そう、あの月が浮かんでいる宇宙よ。いつの日か、メカ鈴凛に月まで連れて行ってもらうからね」
「月……。はい、いつの日か連れて行けるように頑張ります」
「うふふっ。頑張ってね。って、頑張るのはどちらかというと私だけど」
 私の体は、マスターとの思い出で出来ている。そしてこれからも、数多くの思い出が詰め込まれるはずだ。



「ふう」
 全部で32対の敵を、全て動作不能にする。要した時間、12秒。短い時間とはいえ、高速で動いたので少々疲れた。疲れた、という表現は正しくない。体の各部の温度が上昇した、ということだ。連続で動けば、温度はさらに上昇して、動作に支障が出る。オーバーヒート。マスターはそんな状態を、お疲れね、と表現する。私もすっかり、疲れたという表現に慣れてしまった。
「大丈夫?」
「問題ありません。センサー全てグリーン。何のアラートも鳴っていません」
 マスターに作られた私が、他者に作られたロボットに負けるはずが無い。例え何体こようとも。例え、相手が巨大であっても。息を整え(という表現も正しくはないが)、新たに現れたロボットを見据える。


 今までと違い、今度現れたロボットはは1対だけだった。そして、白衣を身にまとった男が1人。その男が、薄気味悪い笑みを浮かべながら、話しかけてきた。
「噂以上の能力だね。試作品とはいえ、軍事用のロボット達を、こんな短時間で片付けるとは。……でも、こいつを倒すことはできるかな?」
 目の前のロボットは、確かに今までとは違っていた。今までのものは、大きさは私とそう変わらなかった。だが目の前のロボットは、大きさは私の2倍、質量に関しては私の15倍はありそうだ。分厚い装甲と、巨大な動力機関を備えている。
「私たちのことを知っているようね。あなたが、私のデータを盗んだ黒幕かしら」
「技術というものは、開発するだけではだめだ。有効に使われなくてはね。君の技術、私が正しく活用してあげよう」
「何が正しい使い方かは、開発者であるこの私が決めるわ。悪の科学者さん。さあ、メカ鈴凛。さっさと盗まれたデータを消去して、帰ることにしましょう」
「はい、マスター」
 そのためにも、目の前の敵を素早く片付けなければ。今までと同様に、一瞬で懐に飛び込み、相手が反応する前に終わらせようとする。その途中、敵との距離を半分に詰めたところで、私は急停止した。私の動きに、今度の敵は反応したからだ。このまま突っ込んでいれば、あの巨体の厚い装甲に、体当たりをくらっていただろう。
「メカ鈴凛の動きに反応するなんて、今度のロボットは優秀じゃない」
「ははは。降参するなら、僕の助手にしてあげるよ。鈴凛君」
「その程度で得意になるような小物の助手に? 冗談でしょ。メカ鈴凛、どう?」
「問題ありません」
 再度、相手のふところに飛び込もうとする。目指すのは、敵の右側面。私の動きに、相手は身構える。だがそれは、私のフェイントだった。相手が構えると同じに、方向を変える。次の瞬間、敵の左側面に潜りこんでいた。そして、動きを止めるための一撃


 それで全てが終わるはずだった。だが実際には……
ガキィィィィ
 金属同士がぶつかり、火花を散らす音。私の手刀は、相手の装甲をわずかにへこましただけだった。厚い装甲を持っているのはわかっていた。だから、装甲の薄い部分を狙ったつもりだった。懐に飛び込んで、通常なら攻撃されることのない部分への一撃。だが、装甲は薄くはなかった。全身隈なく、厚い装甲で覆われているということか。
「メカ鈴凛!」
 マスターの声が、私を思考から引き戻した。次の瞬間、敵の腕が真上から振り下ろされる。問題無い、この程度の攻撃ならかわせる。横に飛ぶ。それと同時に、敵の腕も止まっていた。
「フェイント!? しまっ」
 た、と言い終える前に、衝撃が襲ってくる。敵のもう一方の腕で薙ぎ払われたのだ。両手でガードするが、そのまま10メートル以上吹き飛ばされた。受身を取り、素早く立ち上がる。
「大丈夫!?」
「問題ありません」
 頭の中で、全身の映像を映し出す。左腕の部分で数箇所、黄色い光が点滅していた。だがこの程度なら、動作に問題無い。それよりも、敵の今の動き。
「マスター、あいつは」
「ええ。盗んだデータ……、あなたと同じ制御プログラムを使用しているようね」
「同調はまだ完全ではないようですが、あの装甲とパワーがあるとなると、少々やっかいです」
「随分と硬そうね。今度、あなたの腕に徹甲弾でも仕込もうかしら」
 そう言ってマスターは、妖しげな笑みを浮かべる。そのことについては、断固として反対したい。だが今は、そのようなときではない。
「マスター。メガシステムへの移行を申請します」
「……仕方ないわね。許可するわ」
 そして私は、自分自身のシステムをシャットダウンした。四肢から力が抜け、地面に崩れ落ちる。私を動かしていた、各種のシステムは次々に停止し、徐々に感覚が失われていく。最後に目を閉じて、何も考えられなくなった……。


「こそこそと、何を話しているのかな? おや、君のロボットは、完全に動きが止まったね。ここは大人しく降参するのが、賢明な判断だと思うけど」
「勝てる試合で降参するのが、賢明な判断? 非論理的な考えね。あなた、本当に科学者?」
「ふん。ロボットが止まってしまって、どうするつもりだ?」
「止まったんじゃなくて、止めたの。まさか、メカ鈴凛の本気が、この程度だと思ってないでしょうね」
「何? それはどういう意味だ?」
 男が言い終わる前に、辺りに甲高い音が響き始めた。音は、地面に横たわっているメカ鈴凛から発せられている。
「何だ? 暴走でも始めたのか?」
「暴走? むしろ逆よ。今までは、人間らしく振舞うために、わざと力を抑えていたのよ。その抑制を取り除いたわ。ここからが、メカ鈴凛の本当の力よ」
 メカ鈴凛は、最初はゆっくりとぎこちなく、次第にスムーズに、立ち上がった。そして、自分の2倍の大きさの敵に向き直り、最後に閉じていた目を開いた。


 再起動シークエンス開始。CPUユニットの基本チェックに続いて、OS起動。そしてOSが、各システムを立ち上げていく。正常起動。全システム、メイン制御プログラムとリンク。同調開始、92%……98%……99.5%……99.999% そして私は、活動を再開した。外見上は何も変わりない。しかし、現在使用している各システム、そしてOSは、先程までのものとは別物であった。
 私には2つのモードがある。普段のモードは、動きに様々な制約を設けている。出力は15%以下に。各ジョイントの稼動範囲は、本来持っているそれよりも、大幅に制限している。全ては、人間らしく振舞うために。言わば、人間モードとでも言うべきものだ。
 だが今は、そういった制約の無いシステムを使用している。持っている性能を、最大限に発揮できる。そうした性能を使いこなすため、体のスピードに思考が追いつくためには、頭も機械になる必要があった。今の私には、人間らしい感情など存在しない。そんな余分なことは、考える余裕がない。必要が無い。今の私は、ただの機械。メガモードとは、機械モードのことだ。
「マスター、メガモードでのキドウに成功しました」
「……うん。とっとと終わらせましょう」
 マスターは、何故だかメガモードを嫌っている。どうしてだろう。あらゆる性能は、今のほうが上なのに。マスターは私に、何を求めているのだろう。いや、そんなことはどうでも良い。今の私は、ただ目的遂行のために動くだけ。
「出力、30%までジョウショウ。これより、テキを行動フノウにします」


 3度目の、私の飛び込み。今までは、敵の懐に潜り込むのが目的だった。だが今回は、潜り込む必要など無い。今までの倍のスピードで飛び込み、今までの倍の力で殴る。敵の巨体が吹き飛び、大きな音を上げて壁に激突する。
「大丈夫、メカ鈴凛」
 マスターが駆け寄ってくる。
「はい。このテイド、なんら問題ありません。それよりも、はなれていてください」
「え?」
「まだ終わっていません」
 右腕に視線を落とす。殴りつけた瞬間、大きな衝撃はあったが、それだけだった。装甲の下までは、攻撃は伝わっていない。
「ハハハハハ。本気の攻撃も、通用しないようだね」
 黒幕の笑いに呼応するかのように、敵は再び立ち上がった。予想通り、何のダメージも受けていない。
「……出力、50%にアップします」
 戦闘の、第2幕の始まりだった。

メカ鈴凛は2度死ぬ 第3話

 敵は頑丈だった。出力が大幅にアップしている今の状態でも、決め手となるダメージを与えられない。それに加えて、私のスピードに、少しづつ対応してきている。使われているのは、私と同じ制御システム。今回の戦で、急速に学習しているのだろ。長期戦になるとまずい。向こうのほうが、パワーも装甲も圧倒的に上なのだ。動きで優位を保っている今のうちに、決めないといけない。
「出力、70%に……」
「メカ鈴凛!」
 マスターの心配する声が聞こえる。出力70%、それは今の私が出せる、最大のパワーだ。出力はまだ上げられるが、そのパワーに、私のボディがついていかない。私のボディが耐えられる、ぎりぎりの出力、それが70%。
「……問題、アリマセン」
 そう、問題無い。出力70%ならば、テストで何度も経験している。問題なのは、このパワーでも、戦いに決着が着かない場合だ。そのときは……。
「それよりも、マスター。マスターにはマスターの、やるべきこと、あるハズです」
「……うん」
 マスターに目配せをする。そして次の瞬間、私は飛び掛っていた。敵の、ロボットではなく、人間のほうに。
「なにっ!」
 突然攻撃の矛先が向けられて、人間はうろたえている。もっとも、冷静に対処したところで、私のスピードに対応できるわけでもない。対応できるとしたら……
ガキィィィィン
 数十回目の金属音が鳴り響く。割って入ったのはロボットだ。今の私の攻撃に対応するとは、やはり侮れない。だがそれは、予想通りの動きであった。1人と1対の注意を、少しの間、マスターから引き離した。
「私を狙っても無駄だよ。こいつには、私の安全を最優先に行動するようにしてあるからね」
 人間が何か言っているが、私の頭には入らなかった。今私を動かしているシステムは、言語の理解が完全ではない。それに、センサーが受け取った情報のうち、目的に必要ないものは、分析に回す前に破棄している。そう、目の前のロボットは、私が全神経を集中しなければ勝てない相手だ。マスターはマスターの役割を果たすだろう。私は私の役割を果たさなければ。



 限界出力70%では、決着が着かなかった。ともなれば、それ以上の力で挑むしかない。
「出力、80%」
 それは、私にとっても未知の世界。このパワーで動けば、体にどれだけのダメージがあるのか。それは私にもわからない。だが、やらなければならない。私が受けるダメージ以上に、相手にダメージを与え、そして倒す。そう、今の私の目的は、ただ敵を倒すことだ。この体がどうなろうと。
「アアァァァアッ」
 聞きなれない音が聞こえた。それは私の雄たけびだったのか。あるいは、ボディがきしむ音だったのか。その音と同じ速度で敵に突っ込む。そして、右のストレート。
ギイィィィィン!
 鈍い音が聞こえた。続いて、激しい衝突音。相手が壁に叩き付けられた音だ。今まで以上に激しい衝突。だが今までと同じように、平然と立ち上がってきた。鈍い音、それは、私の右腕が発した音だった。状況を確認する。右腕は、数箇所で装甲にヒビ。指はチューブ切れやシャフト折れで、5本とももう、まともに動かない。センサー系に至っては全滅。もう一度同じパワーで殴ったら、右腕は完全に駄目になるだろう。
「どうしたんだい? 殴った君のほうが、ダメージが大きそうだけど」
 こちらは右腕半壊。そして相手はほぼ無傷に見える。だが、さきほどの攻撃、右腕のセンサーが、死ぬ間際に捉えた感触は、私の右腕が壊れる衝撃だけでなかった。それは、センサーが壊れる際に発した誤信号なのか、それとも……。どちらかは、次の攻撃でわかるだろう。
ガキッ!!
 相手に飛び込み、そして右のストレート。壁に衝突する敵。テープで再生したように、先ほどと同じ。だが結果は違っていた。まったく同じ個所への攻撃により、相手の装甲にヒビが入っていた。それは2度ではない。鈴凛は戦いの初めから、正確に同じ個所を、何十回と打ちつづけていたのだった。
 しかし、鈴凛の右腕もぼろぼろだった。それはもはや、腕ではなくなっていた。肘から先は、ただぶら下がっているだけ。大部分で装甲がはがれ、内部のチューブやシャフトが剥き出しになっている。もはや、ただの機械。いや、動かないから機械ですらない。それはただの無機物だった。


「正攻法でダメージを与えるとは、恐れ入ったよ。まさに苔の一念だね。だけどその調子だと、こいつを倒すのには2本の腕では足りないね」
 男の言うことは、先ほどと同じく、不要な情報として無視した。私はただ、敵のロボットに勝つ方法を考える。80%の出力で、ヒビを入れるのが精一杯の相手。しかもその代償に、右腕を失っている。もはや、捨て身で行くしかない。それでも、届くだろうか。そして、いずれにせよ私は……。
 何を考える必要がある。勝てる可能性がそれしかないならば、考えるまでも無い。くだらない感傷など、抱く必要も無い。いや、抱かない。今の私は感情が無い、機械なのだ。「もうマスターと、一緒にいられない。それが哀しい」 そう感じたのは気のせいだ。考えるのは、目的の遂行、それだけだ。
「さあ、行こう」
 最後の攻撃の準備に移ろうとした瞬間、辺りが急に暗くなった。照明が全て消えたのだ。いや、照明だけではない。この建物の、システムそのものが落ちていた。


「な、なんだ? 一体何が起こったんだ!?」
「慌てなく良いわよ。制御室に侵入して、データとシステムを全て壊しただけだから」
「お、お前は!」
 男は今まで、目の前の戦いにばかり注目して、鈴凛がこの場から姿を消していたことに気付いていなかった。再び現れた鈴凛を見て、ようやくそのことに思いいたった。
「私から盗んだデータは、他には移してないようね。ここにあるデータは全て消したわ。後は、そいつに登載されたデータだけよ」
「く……。まあ良い。こいつさえ残れば、後はなんとかなるさ」
「もちろん、残してなんかやらないわよ。ね、メカ鈴」
 そこで鈴凛は、自分の相棒の変化に気付いた。
「り、ん?」


 私はとっさに、右腕をマスターから隠す。だが遅かった。マスターに見られてしまった。私は恥ずかしかった。マスターに作ってもらった、この体を傷つけてしまったこと。そして未だ、私の役割をはたせていないことが。
「問題アリマセン。大丈夫、スグにテキを倒します」
「大丈夫じゃないじゃない! 腕がそこまでぼろぼろになっているなら、その他にも異常があるかもしれないわ」
「異常アリマセン。大丈夫です」
「それは私が判断するわ。ちょっと、メカ鈴凛、こっちを向きなさい」
 ……それは出来ない。今、マスターの顔をみたら、覚悟が鈍ってしまうから。私がやるべきことは、私の役割を果たすこと。役割を果たせない機械に意味など無い。機械である私は、マスターが作った意味を、私自身の存在を、証明しなくてはならない。そのためならば、この私の機械の命など、安いものだ。
「マスター。……離れていてください」
「え?」
 言いたいことはいろいろあったが、結局、そんなことしか言えなかった。そして私の体から、大きく低い音が溢れ出す。
「……出力、100%」
「ひゃ、く? 待ちなさい! メカ鈴凛、止めて!」
 背中からマスターの声が聞こえる。私の体から、金属の軋む音がする。それらの音よりも早く、私は駆ける。最初で最後の、私の100%。


 残された左腕で、文字通り渾身の一撃。狙うのは、今まで何十回と攻撃してきたところ。右腕を犠牲にして入れたヒビに、左腕を叩き込む。私の左腕は、ヒビをこじ開けるように、敵の体に沈み込んだ。続いて、左腕を沈み込ませた私をそのままに、敵は壁に激突した。
 激突は、建物を全体を揺らした。壁は半分崩れている。大きな激突音の余韻が静まっても、誰も、何の音も発しなかった。そんな一瞬の静寂を破ったのは、敵のロボットだった。ゆっくりと、ギリギリと不快な音を上げながら起き上がる。左腕が離れない私は、ぶら下がる格好になった。
「ハ、ハハハハハ。最後の攻撃も、どうやら通じなかったようだね」
「そ、そんな! メカ鈴凛、大丈夫なの!?」
 マスターの声が、頭にうるさいくらいに響く。センサーの調子が狂ったのか、それとも頭のほうが狂ったのか。マスター、大丈夫です。まだ終わって、いません。
 ロボットは完全に立ち上がっていた。そして、ぶら下がっている私に気付くと、腕を振り下ろしてきた。背後からの一撃、背中がくの字に曲がる。メインシャフトが真っ二つに折れてしまった。だが、そんなことは今は重要ではない。
「メカ鈴凛!!」
 今の一撃で、左腕はさらに食い込んだ。私の左手は今、敵の中枢まで届いているはずだ。だが感覚は失われているし、そもそも左腕は動かない。内部を壊すことも、コードを引きちぎることもできない。そんな私にできる、これが最後の攻撃。
「!!!!!!」
 瞬間的に、大量の電流を体に流す。普段は体を動かすエネルギーであるそれを、直接流した。電流は、剥き出しになった左腕を通じて、敵の内部に流れ込む。いくら体が丈夫でも、これなら関係ない。
 大きな音を立てて、敵は背中から倒れこんだ。その音も、衝撃も、何も感じなかった。最後の攻撃は、諸刃の剣。私自身、致命的なダメージを受けた。頭がうまく回らない。何も考えられない。そもそも、何を考えようとしていたのだろう。
 わからない。苦しい。だがそれも、もうすぐ終わる。全身から力が抜けていく。頭がガクンと落ちる。そして、その人を見た。あれは、誰だっただろう。とても、とても大事な人だった。そう、最後まで忘れるはずがない。
「マス、ター。わたシは、わた、しの……ヤクわりを……」
「もうしゃべらないで! セーフティモードにして、データ保護を最優先に! い、いや、今すぐシャットダウン! メカ鈴凛、聞いてるの!?」
 マスター、ごめんなさい。もう、何もできない。つぎは、私より優秀なロボットを、作ってください。
 そうして、私は、最期を迎えようとしていた。


 しかし、私は揺り起こされた。私の下から振動が伝わってきた。わずかに残っているセンサーが、揺れを検地していた。大きな回転音と、それから高温を発していたのだが、それは私にはわからなかった。ただ、敵が動いていると言うことは、まだ終わっていないということは理解した。
「この音は……まさか暴走!?」
「まずい! こいつは軍事用だから、安全装置を付けてないんだ!」
「ぐ、軍事用だとか、そんなことは関係ない! あなた、ロボットを何だと思ってるのよ!」
 何も聞こえないが、マスターは怒っているようだ。何を怒っているのだろう。こいつがまた動き出したから? そうだ。それはつまり、私が役割を果たしていないからだ。さあ、早くこいつを倒さないと。
 だが、何も出来なかった。体は、どこも動かせない。電流を流そうとしても、エネルギーが残っていない。もう、何もできることはなかった。ごめんなさい、マスター。謝ろうとしても、声が出なかった。そして再び、いろいろなことがわからなくなっていく。
 敵は、体を捻り、飛び跳ね、むちゃくちゃに動き出した。私は相変わらず、左腕が離れないまま、一緒に振り回されていた。途中、何かが巻き込まれて吹き飛ばんだ。マスターではない。マスターの他に、誰かいただろうか? よくわからない。何もわからない。
 そのとき、光る何かを、私の目が捉えた。あれは何だったっけ? それは、2度、3度、私の視界に入ってきた。光る、円い、あれは、あれは……月。そうだ、まだ私にできることが、残っている。
 私は、私の体に命令を出す。全身の回路があちこちで断線している中、その命令は奇跡的に、足まで届いた。つぎの瞬間、鈴凛は敵もろとも、壁に突っ込んでいた。
「ロ、ロケットエンジン? メカ鈴凛、それはまだ制御が!」
 壁にぶつかっても、その勢いは止まらなかった。崩れかかっていた壁は、今度は完全に崩れた。私と敵のロボットは、そのまま外に飛び出す。鈴凛の足に着いたロケットは、いまや最高の推力をに達し、敵の巨体を連れたまま、空に飛び出していた。


 ……私は、何を、しているだろう? 目の前で光るのは、月? そうだ、私は、月を目指していたんだ。月まで行く。それは、大切な人との、大切な約束。そう、私は、月へ行く。マスターにそう、約束したんだ。
 マスター、連れて行けなくてごめんなさい。私は先に、月へ行っています。月で、マスターを待っています。いつまでも、待っています。それまでの間、さようなら、マスター。


 鈴凛は、メカ鈴凛たちの後を追って外へ出た。目的のものを探す。それは空にあった。真夜中に場違いなほど明るく輝くそれは、まるで太陽だった。真夜中の太陽は、赤い航跡を残しながら、まっすぐ月へと向かっている。やがて太陽と月は、もともと1つだったとでも言うように、1つに重なった。そして……一際明るく輝いた。その輝きはすぐに収まり、残ったのは月だけだった。まるで、太陽が月に吸い込まれたかのようだった。
 呆然とする鈴凛の耳に、遅れて爆発音が届いた。まだ自体を把握できていない鈴凛に、その爆発音はある事実を伝えた。考えたくない。理解したくない。だが鈴凛は、わかってしまった。
「あっ、あああ……」
 その場に崩れ落ちる。そして鈴凛は、ずっと泣きつづけた。その場には、鈴凛の泣き声を聞くものは、もう誰もいなかった。ただ月だけが、鈴凛を照らしつづけていた。