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リリアンの一番長い日

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 祐巳が3年生になって、もうすぐ1年。紅薔薇様(ロサキネンシス)としてのこの1年、最初の頃は戸惑うことも多かったが、どうにかこなしてきた。つぼみ達も立派に育っていて、私たちがいなくなった後の山百合会を、安心して任せられそうだ。今後は特に仕事も無く、後は卒業するだけ……。

 マリア様の前で手を合わせながら、ここでお姉さまにタイを直してもらったときのことを思い出す。ここから全てが始まったのだ。それまでの私は、ごく普通の生徒に過ぎなかった。そう言えば、その頃の友達と最近会ってないな。

 祐巳がマリア様にお祈りをしていたら、突然爆音が聞こえてきた。突然の音に、周りの生徒たちも騒然としている。音はどうやら、正門のほうからしているらしい。何ごとかと正門にかけつけると、そこには数十台のバイクが集まっていた。


 一体この人達は何? 混乱した祐巳だったが、冷静にバイクの運転手達を見てみると、皆リリアンの制服を着ていた。ただ違うのは、スカーフが黒であること。

 まさか、リリアンの生徒だろうか。そう考えていると、一際目立つバイクに乗っている女性が、バイクから降りて祐巳のほうに歩いてきた。ま、まさかこの人は

「ごきげんよう、祐巳さん」

「あ、あなたは桂さん!」

「あら、紅薔薇様に名前を覚えていてもらえるなんて、光栄だわ」

「そんなことより、これはどういうことなの」

「紅薔薇様ともあろう方が、見てわからないの?」

「わ、わかるわけないじゃない!」

「リリアンを、山百合会を乗っ取りに来たのよ。この裏百合会がね!」

「裏百合会!?」

 桂さんが何を言っているのか、祐巳にはわからなかった。乗っ取り? 裏百合会? 何よりも、あの桂さんがこのようなことをしているなんて……。


 祐巳が混乱していたら、いつの間にか左隣にいた由乃さんが、桂さんを指差して言った。

「私たちを倒せるとでも思ってるの? この史上最強と言われている、今の山百合会を」

 同じく右隣にいる志摩子さんが続く

「リリアンの長い歴史の中で、山百合が負けたことは無いと聞いています。静さまでさえ成しえなかったこと、あなたがたに出来るとは思えません」

「由乃さん? 志摩子さん?」

 ちょっと待ってよ。何なのよ、この展開は。

薔薇様方(お姉さま)が出る幕はありませんわ。このようなものたち、薔薇のつぼみ(私たち)だけで十分です」

「お姉さまたちを困らせるなんて、妹として許せません。その罪、償ってもらいます」

 瞳子ちゃんに、乃梨子ちゃん。他にも、いつの間にか山百合のみんなが、祐巳の周りに集まっていた。

「ふん。あなたたちの、その驕りが気に食わないのよ。まあそれも、本日限り。リリアンの薔薇はここに折れ、代わりに私たちが咲き誇る」


 これが、山百合会対裏百合会の争い(リリアンの一番長い日)の始まりであった。しかし争いの中心人物、紅薔薇様であり、桂さんの親友でもある祐巳は、混乱して状況が理解出来なかった。いや、理解出来ないのではなく、理解したくなかったのだ。

2

 薔薇の館には現在、祐巳、由乃、志摩子の3人だけが残っていた。つぼみたちはみな、一般生徒たちを指揮するために出払っていた。

 裏百合会の相手をしているのは、剣道部、弓道部を中心とした運動部の有志たちだった。ほとんどの生徒には、避難をしてもらった。それでも人数は山百合側が多のだが……。

「早々に片がつくと思ったら、以外にてこずっているようね」

 由乃さんは、少し苛立っているようだ。反して、いつも通り落ち着いている志摩子さんが答える

「裏百合会には、部長、レギュラークラスの人達が多く参加しているようです。まさに、少数精鋭ですわね」

「まったく……。いつの間に準備していたのかしら」

「私たち、ここでじっとしていて良いの?」

「焦らないで、祐巳さん。つらいでしょううけど、私たちは最後の砦なのよ。戦っているみんなのためにも、不用意な行動は慎まなきゃ」

 そういう由乃さんの手は強く握りしめられていて、爪が食い込んだ部分から血が滲んでいた。彼女だって、みんなを戦わせるのが辛いのだ。それでも、黄薔薇としての何をするべきかを考えて、じっと耐えている。だったら私も……


「それに、桂さんの狙いは、おそらく祐巳さん自身よ」

「え?」

 紅薔薇様(わたし)が山百合会の代表だから、真っ先に狙われてる。志摩子さんは、そういうことを言いたいのだろうか。

「もちろんそれもあるけど。それ以上に、桂さんはきっと……」

 話はそこで途切れる。誰かが薔薇の館に入ってくる気配があった。続いて、階段を登ってくる足音。人数は1人。

「……聞きなれない足音ね」

 そう言って竹刀を構える由乃さんを、祐巳が留める。

「戦うつもりなら、1人では来ないでしょう」

 由乃さんはしぶしぶ、構えた竹刀を下ろす。さすがに、戦うつもりの無い相手に斬りかかるつもりはないようだ。そうこうしているうちに、足音は扉の前までやってきた。続いてノックする音。そのまま中に入ってくると思っていた3人は、思わず顔を見合わせる。一瞬ののち、祐巳が扉を開けた。

「ごきげんよう、桂さん」

「ごきげんよう、薔薇様方」

「あ、あなたは!」

「…………!」

 祐巳にはなんとなく、やって来たのが桂さんだとわかっていた。しかし他の2人には、予想外だったようだ。いわゆるボスの登場に、2人の気が高まっていく。

「あらあら、ものものしい歓迎ね。私はただ、祐巳さんとお話をしに来たのだけれど」

「……由乃さん、志摩子さん。桂さんと二人きりにしてくれないかしら」

「祐巳さん! こいつは敵の大将なのよ!」

 今にも桂さんに飛び掛りそうな由乃さんの腕を、志摩子さんが引っ張る。

「あなたがここに来れたという事は、予想以上に苦戦しているようね。私たちは、みんなの応援に行くわ」

「……祐巳さん、負けたら承知しないんだから」

「ありがとう、2人とも」


「こうして2人きりで話すのは、久しぶりね」

「桂さん、どうして……」

「こんな状況でも、祐巳さん。あなたは戦う覚悟ができていないようね」

「友達と戦う覚悟なんて、できるわけないじゃない」

「そんなことでは、この先の戦い、乗り切れないわよ」

「この先?」

「……外に、出ましょうか」

「ちょっと待って。この先の戦いって何なの?」

「あなたが勝てば、嫌でも知ることになるわ」

「待ってよ! 何が何だかわからないよ」

「外に出ましょう。ここで戦うわけにはいかないでしょう」

「桂さん……」



 戦いへの加勢と、傷ついた者の介護。お互いの役割を目配せで確認し、黄薔薇と白薔薇は別れた。山百合会と裏百合会の戦い、その最も激しい場所へ、黄薔薇は悠然と進んでいく。

「黄薔薇さま!」

「ここは引き受けるわ。一旦引いて、体制を立て直しなさい」

 言って、自分は竹刀を構える。

「覚悟があるものはかかってきなさい。黄薔薇が相手をしてあげるわ」

「偉くなったものね、由乃さん」

 前に歩み出た人を見て、由乃の顔は強張る。

「……苦戦するわけだわ。まさかあなたまで、裏百合とやらに荷担していたとはね」

「良い機会だわ。剣道部最強を、ここで決めましょう」

 山百合会側も裏百合会側も、戦うのをやめて、2人の戦いを見ようとしていた。黄薔薇さまこと島津由乃と、剣道部部長、田沼ちさとの戦いを。



「白薔薇さま……」

「もう大丈夫、ゆっくり休んでください」

 志摩子は、戦いに参加していない生徒たちを指揮して、傷ついた者の治療にあたっていた。敵味方の区別なく、生徒たちを保護していく。

「戦いは、もうすぐ収束しそうね」

 だが志摩子は、漠然としたの不安を抱いていた。このリリアンに、何か良くないものが入り込んでいるような、そんな気配を感じたのだ。

「……きっと気のせいよね。このような状況で、不安が不安を呼んでいるのよ」

 自分自身にそう言い聞かせるのだった。

3

 戦いの開始直後は、由乃が優勢だった。技のキレで相手を上回る。しかし、守りに徹する田沼ちさとを攻めきれない。由乃のスピードに対して、熟練の技で対抗するちさと。このまま戦いが長引いたら……。由乃は焦っていた。

「由乃さん、戦い方が雑になってきたわよ」

「う、うるさいっ!」

 由乃は大きく踏み込み、突きを繰り出した。その渾身の一撃は、ちさとにあっさりと受け流される。次の瞬間、防戦一方だったちさとが、初めて攻撃に転じた。無防備の胴めがけ、一閃。

「っ!」

 由乃はとっさに柄で受けたが、勢いは殺しきれない。吹き飛ばされ、地面を転がった。

「体勢を崩してからじゃないと、そんな大技は決まらないわ」

「うるさいって言ってるでしょ!」

 由乃は勢い良く立ち上がり、攻撃を再開しようとして、突然動きが止まった。動かない由乃に対して、今度はちさとが前に出る。

「今度は守り一辺倒? あなたの戦い方は極端ね」

「お、押すだけが能だとでも、思っていたの?」

 由乃の動きは、先ほどに比べてあきらかに鈍い。一方的に攻められ、ぎりぎりで防いでいる。むしろ、ちさとに遊ばれているようにも見えた。

「引くこともできるって? よく言うわ。……体力に自身が無いだけでしょう」

 両者の鍔が迫り合う。それはほんの一瞬だった。ちさとに押され、由乃は再び地面を転がる。

「体力というよりも、心臓といったほうが良いかしら。心臓が脈を打つ、そんな当たり前のことが、怖いなんてね」

「……あなたに、何がわかるっていうのよ」

 搾り出すような、由乃の声。今度はすぐには起き上がれない。片膝を立て、肩で息をしていた。


 かつて心臓を病んでいた少女。手術で快復した後も、かつての記憶は簡単に消えてはくれない。運動をしていても、鼓動が大きくなってると、かつての苦しみが思い出され、体がすくんでしまうのだった。由乃の戦いには粘りが無い、そう言われているが、自分ではどうしようもなかった。

「わからないわね。あなたの手術が成功したとき、令さまは本当に嬉しそうだった。それなのに当の本人が、手術の成功をふいにしているんだから」

「…………」

「こんな人を妹にするなんて、令さまも見る目が無かったのね」

「令ちゃんの悪口は、許さない……」

「だったら、あなたが私より強いと、証明してみなさい」

 もう少しなら、動いてもきっと大丈夫……。大事な人との絆を守るため、由乃は立ち上がった。そして、前に踏み出す。試合開始時のような、キレとスピードのある攻撃。決めるつもりのその一撃を、ちさとに防がれる。

 だったら次で。さらに速いの一撃、しかし決まらない。そして更なる一撃。駄目なら更に。由乃はすでに、数え切れないほどの攻撃を繰り出していた。一撃ごとに威力を増すそれは、まさに暴風。

 猛攻を防ぐ腕も、達人の域。しかしそれも限界。3度目に地面を転がったのは、ちさとの方だった。竹刀は弾き飛ばされ、はるか数十メートル後方の地面につきささってる。


「はぁ……はぁ……」

 勝負に勝った少女は、激しい攻撃を続けてふらふらだった。おそるおそる、自分の胸に手を当てる。これだけ心臓を酷使しているのに、痛くない。

 ついさっきまでの様子を振り返る。自分の限界を悟り、体力が尽きる前に勝負を決めようとした。しかし決まらず、気が付けば、限界以上の動きを続けていた。

「……限界を超えた、とでも思ったの?」

 ちさとはよろよろと立ち上がる。しかし由乃よりも、疲労は少なく見える。

「勘違いしないでよ。限界を超えるなんて、そんなこと簡単には出来ないわよ。あなたはただ、限界を勝手に手前に引いていただけ」

 たしかにそうだった。由乃は、これほど動いても大丈夫な自分に、驚いていた。

「命を甘く見ないでよね。持ち主が信じる限り、自分自身は裏切らない。輝こうと思えば思うだけ、生命は輝くものよ」

「……ちさとさん、それを私に教えるために?」

「ふん、調子に乗らないでよ。私はただ、令さまとの約束を守っただけ。剣道部と妹をよろしく、って約束をね」

 そんなことを、ちさとさんにお願いしたのか。令ちゃんの無神経ぶりは本当に腹が立つほどだ。それにしても、令ちゃんも令ちゃんだが、約束を守るちさとさんもちさとさんだ。

「みんな、お人好し過ぎるわ」

「……ふん」

 もう用は無いとばかりに、ちさとは立ち去ろうとする。由乃は、ほっと息をつき、そこで思い出した。

「そうだ、お人よしは他にもいるんだった!」

 由乃の言葉を聞いたちさとは、歩を止めて言った。

「心配いらないと思うわ。私の見たところ、桂さんもお人好しのようだから」

「……そう」

 再び歩き出したちさとに、由乃は声をかける。

「次は、本気で手合わせ願いたいわね」

「追いこまれないと力を発揮できないような分際で、よく言うわ。あなたこそ、本当の力をいつでも出せるようにして置きなさい」

 そして今度こそ本当に、ちさとは去って行った。由乃は地面に大の字になる。

「あー、本当に疲れたわ」

 リリアンの生徒が、ましてや黄薔薇さまと呼ばれるものが、リリアンの敷地内で、地面で眠り込むなど、前代未聞のことだった。志摩子が見つけたときは、いびきまでかいていたという噂だ。

4

 祐巳と桂の戦いは一方的だった。親友と戦うということに、ためらいもあっただろうが。そのような言い訳も通用しないほど、祐巳は桂に圧倒されていた。

「つ、強い……」

「がっかりさせないで、祐巳さん。紅薔薇さまがこの程度な訳ないわよね」

「紅薔薇さまと言ったって、私なんか……」

 桂が腕を振る。それだけで、祐巳は吹き飛ばされる。

「ぐあっ」

 壁に叩きつけられ、祐巳はそのまま倒れこんだ。

「私なんか、何かしら?」

「わ、私なんか、本当は紅薔薇さまに相応しくないのよ」

「じゃあ、あなたが赤薔薇さまになったのは」

 桂は、倒れている祐巳をつかみ上げ……

「間違いだったと言うのね」

 そのまま投げた。祐巳の体は、一度大きくバウンドして、地面を転がる。

「あなたを信じているみんなは……、あなたを選んだ祥子さまは、間違いだったと言うのね!」

「そ、それは……」

 足が動かない。手にも力が入らない。祐巳にはもう、起き上がる力は残っていなかった。

「紅薔薇さまに相応しくないということは、祥子さまの妹に相応しくないということ。それをあなたは、認めるのね」

「祥子さまの妹に、相応しくないと……認める?」

 ……認めない。そんなことは認めない。右足が動かないのなら、左足で立てば良い。足が動かないのなら、手で支えればよい。何が何でも、立ち上がらなければならない。お姉さまの妹であることだけは、誰にも否定させない。何より、自分で否定することなんてできない。

「……間違いじゃ無い。祥子さまは間違えていない」

「…………」

「私が祥子さまの妹になったのは、間違いじゃない!」

「なら、それを証明してみなさい。紅薔薇様(ロサキネンシス)!」


 よろよろと、祐巳は体を起こす。足はふらついていて、目の焦点も怪しい。それでも祐巳は、起き上がろうとしていた。

「私には、紅薔薇さまなんて相応しくないと思ってた。誰かが変わってくれるなら、そのほうが良いと思っていたわ」

「この期に及んで、まだ自分のことを否定するの?」

「でも、信じるわ。私のことを紅薔薇さまと呼んでくれる、みんなを信じる。私を選んでくれた、お姉さまを信じる」

 もはや祐巳は、完全に立ち上がっていた。ぼろぼろの体だが、それでも戦うために立っていた。その眼は力を取り戻し、目の前の敵を、その先を見据えていた。

「お願い、リリアンのみんな。私に力を貸して!」

 祐巳は両手を空にかざす。学園中の生徒の力が、祐巳に集まり出していた。それは、マリア様を敬愛する心。紅薔薇さまを慕う心。心が方向性を持つとき、それは力になる。

「くっ、それだけの力を、あなたはコントロールできるの!?」

「できるわ。私は紅薔薇さま(お姉さまの妹)だから! ……くらえ、マリア様の心!!」



 こうして、山百合会対裏百合会の決着がついた。祐巳と桂の戦いは、紅薔薇の力に目覚めた祐巳の勝利だった。しかし、後に「リリアンの一番長い日」と言われる一連の騒動は、まだ終わっていないのだった。

5

「さ、さすが祐巳さん、ね。……ぐっ」

「大丈夫、桂さん!?」

「こんなときまで相手の心配をするなんて。祐巳さんは変わらないわね。ふふっ」

「しゃべらないで。今保健室に運ぶから」

 祐巳は、桂を背負い歩き出す。勝負に勝った祐巳も、力を使い果たしていた。体を引きずるようにして進む。

「紅薔薇さまになっても、敵味方に分かれても、祐巳さんは祐巳さんのままね……。何があっても変わらないことが、祐巳さんの強さなのかな」

「……私は強くなんかないわ。今までずっと、紅薔薇さまであることに、引け目を感じていたの。それは、私を選んでくれたお姉さまや、紅薔薇さまと呼んでくれるみんなを裏切っていたということよ」

「ううん。祐巳さんは最後まで、逃げなかったじゃない。そんな祐巳さんだから、周りの人達が応援するのよ。……今でも、引け目を感じる?」

「みんなを、お姉さまを信じる。だから自分を信じれる。……そう思えるのも、桂さんのお陰ね」

「あのね、祐巳さん。私はさっきまで、あなたと戦っていたのよ」

「だって本当だもの。親友が私の心配をしてくれたお陰よ。ありがとう、桂さん」

「祐巳さん……」


「お取り込みのところ、悪いんだけど」

道をさえぎるように誰かが立っていた。祐巳が良く知っているその声は……

「祐麒!?」

「ぼろぼろだね、祐巳。いや、今は紅薔薇さまと呼ぶべきなのかな」

「な、何でこんな所にいるのよ!?」

「紅薔薇さまと交渉をしにね。今からリリアンは、花寺の支配化に入ってもらうよ」

「何を馬鹿なことを……」

 言いつつも、祐巳にはわかっていた。今の祐麒は、冗談を言っていない。

「大人しく従ったほうが良いよ。祐巳ももう、疲れただろ」

「そ、そんなこと、従えるわけないでしょう!」

「そう……。なら今ここで、花寺はリリアンに宣戦布告する。実は既に、花寺の生徒たちがリリアンに潜んでいるんだ。戦いでぼろぼろの、今のリリアンなら、ひとたまりも無いだろうね」

「な……」

「考える余地は無いと思うよ、祐巳」


「私たちが共倒れになるのを、見物していたのね」

 祐巳に背負われた桂が、双子の二人の会話に割って入った。

「まともに攻めても勝てるけど、ある程度の損害を受けるだろうしね。どうしようかと思っていたところで、都合よく君たちがあらわれたのさ」

「そんなせこいことを考えているようじゃ、これからの戦い、花寺は勝てないわね」

「ふっ。だからこそ、リリアンを傘下に治めようということさ。……君は、リリアンを強くするために今回の行動を起こしたんだろうけどさ。こうなっては逆効果だったね」

「……」

「どうやら祐巳は、俺の提案を受け入れる気がないらしいね」

 祐麒は、右手をゆっくりとかかげ

「ま、待ちなさい、祐樹!」

 姉の制止を無視して、右手を振り下ろそうとする。そこに再度、双子の会話に割って入る者がいた。

「無駄ですわ、祐麒さん」

 祐麒だけでなく、祐巳、桂も、驚いて声のしたほうへと振り向く。

「忍び込んだ花寺の刺客は、全部で15人ですね」

「……うちの生徒たちはみな、捉えられたということか。白薔薇さま(ロサギガンティア)

「混乱に乗じたつもりでしょうが、その程度のことでは、リリアンは欺けませんわ」

「まったく。山百合の人達を警戒しろと、あれほど言ったのに」

 祐麒は一瞬顔をしかめた。だがすぐに、余裕のある表情に戻る。

「だけど大した問題じゃない。俺一人で祐巳を倒せば、良いだけの話だ」

「……出来るとお思いですか?」

 志摩子さんは、毅然とした態度で答える。しかし祐麒は、平然と言った。

「誰が僕を、止められるのかな。ぼろぼろの祐巳? 桂さん? それともまさか、君だとでも?」


 志摩子さんは、他人を攻撃できる人じゃない。それを見越しての余裕だった。祐巳は、ぎりぎりと歯ぎしりをする。

「こんな状況で、祐麒は卑怯よ!」

「卑怯じゃない。これは作戦だよ」

 悪びれずに答える祐麒。そこに三度、会話に割り込む人が現れた。

「いやいや、弱った女性に付け込むなんて、卑怯としか言いようが無いだろう」

「柏木先輩!」

「柏木さん! 何故ここに?」

 突然現れた柏木は、いつも通り飄々としていた。

「僕は祐巳ちゃんも祐麒も大好きだからね。いつも心配しているんだよ」

 冗談めかして答える。この人はいつもこうだ。周りがどんな状況でも、一人だけ笑顔で、落ち着いているのだった。本物を前にすると、祐麒の余裕は三流のそれになってしまう。

「それで柏木先輩はまさか、リリアンの味方をするんですか?」

「いやいや、僕はどちらの味方でもないよ。ただね、後輩が卑怯者になるのが見過ごせないだけさ」

「……わかりました。この場は引きましょう。だけど祐巳、大人しく降伏したほうが、リリアンのためだと思うよ」


 祐麒は去った。桂さんは、志摩子さんに連れられ保健室に運ばれていった。今この場にいるのは、祐巳と柏木だけだった。

「それで、祐巳ちゃんはどうするの?」

「お姉さまなら、一歩も引かないはずです。ならば妹の私も、一歩も引きません」

「妹であることを証明するために、立ち向かうわけか。でも、それだけじゃあ不十分だよ」

「……ええ。お姉さまなら、どんなことがあっても負けないでしょう。だったら私も、負けるわけには行きません」

「……この道は厳しいし、先に何も無いかもしれない。それでも祐巳ちゃんは、進むのかい?」

 柏木の忠告にも、祐巳は迷わなかった。だって、祐巳はもう、歩き出したのだから。視線は、道の遥か先を見ていた。まるでそこに、大切な人がいるかのように。