「さて、雛子姫の憂鬱の原因について、話し合いましょうか」
「うぐっ!」
じいやさんがいなくなるなり、亞里亞ちゃんがそんなことを言ってきた。早速頬張っていたお菓子を、思わず吹きだしてしまったじゃない。
「ゆ、憂鬱って何よ」
「ゆううつ、気持ちが晴れ晴れとしないこと。ずっと日本に住んでいるのに、そんなことも知らないの?」
くっ。ここで怒ったりしたら、姉の思うつぼだ。冷静に冷静に、姉に隙を見せないように。
「雛ちゃん、ここのところいつも、つまらなそうにしてるじゃない。さ、お姉さんに相談してみなさい」
「相談することなんて無いよ。私の年頃は、いろいろと難しいんだから」
「だからその、いろいろを話してみなさいって」
「亞里亞ちゃんこそ、つまらないから私をネタに楽しもうとしているだけでしょ」
「その“亞里亞ちゃん”ての、止めてね。けじめをつけて“お姉さま”とお呼びなさい」
「それは作品が違うよ!」
最近の亞里亞ちゃんほんといじわるだ。私をからかって楽しんでる。亞里亞ちゃんのことを、クールで怖いなんて思っている学校のみんなに、今の姿を見せてあげたいよ。
ああ、小さい頃の亞里亞ちゃんは、お姫様みたいで可愛かったのになあ。って、そのころ私も小さかったんだけどね。でも昔の亞里亞ちゃん、とてもおっとりしていて、私のほうがお姉さんみたいだったのに。私より1年先に中学生になったころから、お姉さんぶるようになっちゃってさ。
「ま、なんで憂鬱になるかはわかってるんだけどね」
「な、何よ……」
「
おにいたま、大好き。口癖のように、なんども繰り返してきた言葉。だけどここのところ、口にしていない。大好きだった兄が、私たちをおいて、遠くで暮らし始めてから。いつも私たちと遊んでくれたし、これからもずっと一緒だと思っていた。でも、そうじゃなかった。ちょうど私が中学校に入学したころ、おにいたまはいなくなってしまったのだ。
「落ち込む気持ち、わからなくも無いけどね。雛ちゃん、すごいブラコンだし」
「それは亞里亞ちゃんも一緒でしょ!」
「でもね、今だって、会えなくなったわけではないじゃない。それに以前だって、一緒に暮らしていたわけではないし。そう違いは無いと思うけどな」
亞里亞ちゃんのいうことは理解できるけど、それでも何かが、今までとは決定的に違う。兄はずっと一緒にいてくれて、そしていつかは私と……。無理だと思いつつも、もしかしたら。そういう希望を私は、きっと姉たちも、持っていた。それはやっぱり適わない願いなんだということを、兄がいなくなったことで、みんな気付いてしまったのだ。どれだけ一緒に遊んでくれても、どれだけかわいがってくれても、それは兄妹として……。兄と妹、すごい近い関係だったはずなのに、今ではとても遠い。
「何も、私が中学に入ったと同時に、いなくならなくても良いじゃない……」
やっと中学生になって、少しは大人として、女性として見てもらえるかなって期待していた。そんなときに、兄は遠くに行ってしまった。おにいたまと、子供としてではなく、女性として、せめて女の子として接したかった。おにいたまと一緒にデートしたかった。ただ遊んでもらうのではなく、もっとドキドキしたかった。おにいたまにも、ちょっとはドキドキして欲しかった。中学生になったらきっと、そう思っていたのに、ひどいよ、おにいたま……
「私たちのこと、何とも思っていなかったんだよ」
「雛ちゃん、本当にそう思ってるの?」
「だって……」
「つらいのは雛ちゃんだけじゃない。にいやだって」
「じゃあなんで、おにいたまは私たちから離れていったのよ!」
「…………」
亞里亞ちゃんは、「本当は言っちゃだめなんだけど」と前置きしてから、話してくれた。
「にいやは、私たち兄妹のために、1人離れて暮らすことにしたんだよ」
「離れて暮らすのが、なんで私たちのためなのよ」
「このまま一緒にいたら、雛ちゃん、いつまでも兄離れしないでしょ」
「……そんなこと」
「そんなことない、なんて言うつもり? 雛ちゃん」
「う……。それにしても、もうちょっと待ってくれたって良かったじゃない……」
「だから、雛ちゃんが中学生になるまで待ってたんじゃない」
「え?」
「雛子が中学生になるのは見届けないとな、って、にいやは良く言ってた。にいやは最後まで、雛ちゃんのことを見ていたんだからね」
「…………」
「にいやは、ずっと前から考えていたみたい。私たち、ずっとこのままで良いんだろうかって。それでね、しばらく離れて暮らしてみようと思ったのよ。でもね、雛ちゃんのことが心配で、実行がずるする先延ばしになっていたんだって」
「わ、私の心配なんて、する必要無いのに……」
「ねえ、きっとにいやが、一番つらいはずよ。私たち姉妹は一緒だけど、にいやは一人だから。そんなにいやが頑張ってるんだから、私たちも頑張らないと」
「……」
そう、兄は昔からそういう人だった。私たちが困ったら、すぐに助けてくれるくせに、自分が大変なときは、1人でかかえこんでいた。なんでこんなわかりきったこと、気付かなかったんだろう。そんなおにいたまだから、私は大好きだったんだ。だったら私たちも頑張らないと。
……私たち!? ……本当に、何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。自分のことばかり考えて、大切な人たちの気持ちを、少しも思いやれなかった。こんな私だから、おにいたまは最後まで心配だったんだよ。
「亞里亞ちゃんも、他の姉たちも、みんなつらかったんだよね。」
私がそう言うと、亞里亞ちゃんは、とても優しい顔で微笑んだ。
「だけど、おにいたまに私のことを頼まれたから、弱音を吐くことが出来なかったんだね。ごめんなさい。私よりも、つらかったはずなのに……」
私はなんとかそれだけ言うと、俯いて、ひざをぎゅっと握り締めた。お互い何も言わず、部屋に沈黙が……と思ったのはほんの一瞬。亞里亞ちゃんが突然抱きついてきた。
「もー、可愛い雛ちゃん! それにかしこいなあ。それでこそ私の妹よ」
「な、なにするのよ、亞里亞ちゃん!」
「かしこいかしこい、なでなでしてあげよう」
「こ、子ども扱いしないでよ! 胸の大きさ、私とそう違わないくせにさ」
「……そんなこと言うのは、この胸? それともこっち?」
「や、やめ!」
まったく、せっかく亞里亞ちゃんのこと、やっぱり年上なんだなあって、感心したところだったのに。まあ結果的に、沈み込んじゃいそうになっていた私を、助けてくれたことになるけど。亞里亞ちゃん、そこまで考えての行動なのかな? 亞里亞ちゃんのいやらしい手を、必死で振り払いながら考える。
まったく、みんなして私の心配して。おせっかいなのよ。心配しなくても、ちゃんと楽しくやっていく。だって、私は雛子なんだから。私の未来にはきっと、楽しいことがたくさん待っているはず。これから何があるのか、どうなるのか、考えるだけでわくわくする。だから、心配しなくて良いよ、お・に・い・た・ま!
「その顔は、また大好きなおにいたまのこと考えてるな。ブラコン雛子」
「うるさいよっ!」
中学生になった雛子は、普段は「おにいたま」なんて言わないのではないかと考えて、それで「兄」と言ったり、でも感情的になるとやっぱり「おにいたま」と言ったりしています。その上亞里亞まで、ふざけて「おにいたま」とか言ってるので、わかりずらくなってしまいました。