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前編

今日から明日へ(後編)

「さて、雛子姫の憂鬱の原因について、話し合いましょうか」

「うぐっ!」

 じいやさんがいなくなるなり、亞里亞ちゃんがそんなことを言ってきた。早速頬張っていたお菓子を、思わず吹きだしてしまったじゃない。

「ゆ、憂鬱って何よ」

「ゆううつ、気持ちが晴れ晴れとしないこと。ずっと日本に住んでいるのに、そんなことも知らないの?」

 くっ。ここで怒ったりしたら、姉の思うつぼだ。冷静に冷静に、姉に隙を見せないように。

「雛ちゃん、ここのところいつも、つまらなそうにしてるじゃない。さ、お姉さんに相談してみなさい」

「相談することなんて無いよ。私の年頃は、いろいろと難しいんだから」

「だからその、いろいろを話してみなさいって」

「亞里亞ちゃんこそ、つまらないから私をネタに楽しもうとしているだけでしょ」

「その“亞里亞ちゃん”ての、止めてね。けじめをつけて“お姉さま”とお呼びなさい」

「それは作品が違うよ!」

 最近の亞里亞ちゃんほんといじわるだ。私をからかって楽しんでる。亞里亞ちゃんのことを、クールで怖いなんて思っている学校のみんなに、今の姿を見せてあげたいよ。

 ああ、小さい頃の亞里亞ちゃんは、お姫様みたいで可愛かったのになあ。って、そのころ私も小さかったんだけどね。でも昔の亞里亞ちゃん、とてもおっとりしていて、私のほうがお姉さんみたいだったのに。私より1年先に中学生になったころから、お姉さんぶるようになっちゃってさ。


「ま、なんで憂鬱になるかはわかってるんだけどね」

「な、何よ……」

おにいたま(・・・・・)大好きだったもんね、雛ちゃんは」

 おにいたま、大好き。口癖のように、なんども繰り返してきた言葉。だけどここのところ、口にしていない。大好きだった兄が、私たちをおいて、遠くで暮らし始めてから。いつも私たちと遊んでくれたし、これからもずっと一緒だと思っていた。でも、そうじゃなかった。ちょうど私が中学校に入学したころ、おにいたまはいなくなってしまったのだ。

「落ち込む気持ち、わからなくも無いけどね。雛ちゃん、すごいブラコンだし」

「それは亞里亞ちゃんも一緒でしょ!」

「でもね、今だって、会えなくなったわけではないじゃない。それに以前だって、一緒に暮らしていたわけではないし。そう違いは無いと思うけどな」

 亞里亞ちゃんのいうことは理解できるけど、それでも何かが、今までとは決定的に違う。兄はずっと一緒にいてくれて、そしていつかは私と……。無理だと思いつつも、もしかしたら。そういう希望を私は、きっと姉たちも、持っていた。それはやっぱり適わない願いなんだということを、兄がいなくなったことで、みんな気付いてしまったのだ。どれだけ一緒に遊んでくれても、どれだけかわいがってくれても、それは兄妹として……。兄と妹、すごい近い関係だったはずなのに、今ではとても遠い。

「何も、私が中学に入ったと同時に、いなくならなくても良いじゃない……」

 やっと中学生になって、少しは大人として、女性として見てもらえるかなって期待していた。そんなときに、兄は遠くに行ってしまった。おにいたまと、子供としてではなく、女性として、せめて女の子として接したかった。おにいたまと一緒にデートしたかった。ただ遊んでもらうのではなく、もっとドキドキしたかった。おにいたまにも、ちょっとはドキドキして欲しかった。中学生になったらきっと、そう思っていたのに、ひどいよ、おにいたま……

「私たちのこと、何とも思っていなかったんだよ」

「雛ちゃん、本当にそう思ってるの?」

「だって……」

「つらいのは雛ちゃんだけじゃない。にいやだって」

「じゃあなんで、おにいたまは私たちから離れていったのよ!」

「…………」


 亞里亞ちゃんは、「本当は言っちゃだめなんだけど」と前置きしてから、話してくれた。

「にいやは、私たち兄妹のために、1人離れて暮らすことにしたんだよ」

「離れて暮らすのが、なんで私たちのためなのよ」

「このまま一緒にいたら、雛ちゃん、いつまでも兄離れしないでしょ」

「……そんなこと」

「そんなことない、なんて言うつもり? 雛ちゃん」

「う……。それにしても、もうちょっと待ってくれたって良かったじゃない……」

「だから、雛ちゃんが中学生になるまで待ってたんじゃない」

「え?」

「雛子が中学生になるのは見届けないとな、って、にいやは良く言ってた。にいやは最後まで、雛ちゃんのことを見ていたんだからね」

「…………」

「にいやは、ずっと前から考えていたみたい。私たち、ずっとこのままで良いんだろうかって。それでね、しばらく離れて暮らしてみようと思ったのよ。でもね、雛ちゃんのことが心配で、実行がずるする先延ばしになっていたんだって」

「わ、私の心配なんて、する必要無いのに……」

「ねえ、きっとにいやが、一番つらいはずよ。私たち姉妹は一緒だけど、にいやは一人だから。そんなにいやが頑張ってるんだから、私たちも頑張らないと」

「……」

 そう、兄は昔からそういう人だった。私たちが困ったら、すぐに助けてくれるくせに、自分が大変なときは、1人でかかえこんでいた。なんでこんなわかりきったこと、気付かなかったんだろう。そんなおにいたまだから、私は大好きだったんだ。だったら私たちも頑張らないと。

 ……私たち!? ……本当に、何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。自分のことばかり考えて、大切な人たちの気持ちを、少しも思いやれなかった。こんな私だから、おにいたまは最後まで心配だったんだよ。

「亞里亞ちゃんも、他の姉たちも、みんなつらかったんだよね。」

 私がそう言うと、亞里亞ちゃんは、とても優しい顔で微笑んだ。

「だけど、おにいたまに私のことを頼まれたから、弱音を吐くことが出来なかったんだね。ごめんなさい。私よりも、つらかったはずなのに……」

 私はなんとかそれだけ言うと、俯いて、ひざをぎゅっと握り締めた。お互い何も言わず、部屋に沈黙が……と思ったのはほんの一瞬。亞里亞ちゃんが突然抱きついてきた。

「もー、可愛い雛ちゃん! それにかしこいなあ。それでこそ私の妹よ」

「な、なにするのよ、亞里亞ちゃん!」

「かしこいかしこい、なでなでしてあげよう」

「こ、子ども扱いしないでよ! 胸の大きさ、私とそう違わないくせにさ」

「……そんなこと言うのは、この胸? それともこっち?」

「や、やめ!」

 まったく、せっかく亞里亞ちゃんのこと、やっぱり年上なんだなあって、感心したところだったのに。まあ結果的に、沈み込んじゃいそうになっていた私を、助けてくれたことになるけど。亞里亞ちゃん、そこまで考えての行動なのかな? 亞里亞ちゃんのいやらしい手を、必死で振り払いながら考える。


 まったく、みんなして私の心配して。おせっかいなのよ。心配しなくても、ちゃんと楽しくやっていく。だって、私は雛子なんだから。私の未来にはきっと、楽しいことがたくさん待っているはず。これから何があるのか、どうなるのか、考えるだけでわくわくする。だから、心配しなくて良いよ、お・に・い・た・ま!

「その顔は、また大好きなおにいたまのこと考えてるな。ブラコン雛子」

「うるさいよっ!」






 中学生になった雛子は、普段は「おにいたま」なんて言わないのではないかと考えて、それで「兄」と言ったり、でも感情的になるとやっぱり「おにいたま」と言ったりしています。その上亞里亞まで、ふざけて「おにいたま」とか言ってるので、わかりずらくなってしまいました。