かもだより No.104  2001年 7月 31日(火)

父
もうすぐ退院

 4月からぼうこうガンの治療のために愛媛大学医学部に入院していた父の治療も終わり、7月16日にぼうこうの中の組織を取る手術を終え、組織検査の結果が出るので7月21日松山に帰りました。7月16日は検査のための組織を取るだけの手術をしたのかと思って帰ってみると「今までで一番ぼうこうの中から尿道の周辺まで削って、手術の後痛くて眠れなかった」とまだ顔色も悪い父でしたが、外泊しようと私の到着を待っていました。
 翌日1ヶ月半ぶりにベテルホームに入所している母に会いに行き元気な様子を見てほっとし、母も久しぶりに父の顔を見て安心したのか穏やかな顔になっていました。
 24日には「ぼうこうの中のガン組織が消えていた」との検査結果が出て父と共に喜びました。苦しい治療を一人で耐え抜いた父本当に良く頑張ったと思います。しかし体重が10キロも減り、筋肉も落ちているのでこれからしっかり食べて体力づくりをすると張り切っています。


松山城
松 山 城

松山城  姫路城、和歌山城と並ぶ日本三大連立平山城のひとつ、松山城は加藤嘉明(1563〜1631)により、慶長7年(1602)より築城を開始し、慶長19年(1614)にほぼ完成したお城は、松山市の勝山山頂(中央標高132m)にそびえ市内のほとんどの場所から目にすることができるので、まさに松山のシンボルであり市民の誇りです。
 松山市内を一望出来るだけでなく瀬戸内海、天気がよければ、東に皿ヶ嶺、石鎚連峰、冬場には大分の佐賀関まで見えます。
 高校時代に剣道部の仲間とランニングしたり犬の散歩に来たり、私の青春の思い出いっぱいの場所です。松山城が見えると故郷に帰った事を実感するのです。
松山城から見た松山市内

伊予松山城
松山市/観光/松山城
日本三大連立平山城のひとつ、松山城
松山城 6階の舎窓から ライブカメラ

梅津寺海水浴場

 小学校5年生のまで金づちだった私は夏休み梅津寺海水浴場で開催されていた「愛媛水泳学校(愛媛新聞社主催)」に行きました。オリンピックの二百メートル平泳ぎで連続優勝(ロサンゼルスとアムステルダム)したことで知られる鶴田義行先生が(1903〜1986)が校長をされていていました。
 入校した当日私のように全く泳げない子供だけを集めて直接指導してくださいました。私は手を添えて水に浮かしてくれたその瞬間から水に浮くようになりました。それまでもがけばもがくほど沈んでいたのに今思い出しても不思議な気持ちがします。
 水泳学校の授業は泳ぎのレベルに合わせてお兄ちゃんやお姉ちゃん達が指導してくれて、市内全域から集まった仲間達と休みの時間は遠浅の海岸で砂遊びをした懐かしい場所です。


 愛媛新聞社 空に海に大事業展開「愛媛水泳学校」
 水泳日本の1番星 五輪V2・鶴田義行