かもだより  No.12 1997年9月21日(日)

 黒 瀬 中 学 体 育 祭

 光彦の体育祭が9月13日に行われました。私は、娘の3者懇談が岡山であったため見に行けませんでしたが、リレーに出場してなかなか速かったと夫からの報告がありました。
  黒瀬中学では2年前の渇水時に体育祭を半日にしてから、進行がスムーズに進み評判が良かったと言うことで以後半日になったそうです。「弁当がいらない」なんて、なんだかちょっと得した気分でした。
 生徒数が多く組体操は希望者だけだと言って、黒瀬中学へ転校して来たことを喜んでいる光彦です。
  後ろに写っている工事中の建物が新校舎です。光彦は少ししか入ることが出来ないのは残念ですが、来春には完成して老朽化した校舎の改築が終わります。

 母(娘と松山へ) 

 「お母さん帰ったよ」と言うと、ポロポロと涙を流します。アルツハイマー型老人性痴呆で2年前の骨折以来寝たきりの生活をしている母ですが、娘と私の顔を見ると喜びを全身で表してくれます。この顔を見ると本当に帰ってきて良かったと思います。
 母を在宅で介護がしたいと頑張っている父ですが、この夏は体調管理が難しくちょっと油断すると熱が出ることも多いようです。13日の夜9時半頃に帰ったので、母は興奮して眠れなかったのか翌日は38度の熱が出てしまいました。
 この夏賀茂病院の老人痴呆病棟で8日間のボランティアの体験をした娘は、「お祖母ちゃんはお祖父ちゃんにあんなに世話してもらって幸せだね、あれだけ世話できるものではないよ」と言っています。ベテル病院の先生、看護婦、ヘルパーの皆様の支えがあってこそですが本当に父には感謝しています。

留守中に光彦が作ったハンバーグ1 号


   台 風 一 過 

 13日から15日に岡山、松山へと行って来ましたが、19号台風が近づき、あわてて15日朝の便に変更し船酔いしそうに揺れるフェリーに乗って帰ってきました。
 九州沖で長く停滞したため、各地で大きな被害を出してしまいました。黒瀬町では台風の進路から少し遠かっため被害は出ませんでしたが、娘のいる岡山では台風の進路に近かったため激しい風雨で怖かったそうです。
 厳しかった残暑も台風通過後すっかり収まり、朝夕は寒いほどになってしまいました。一日一日秋が深まっています。稲刈りが終わった田圃も多いのですが、コンバインで刈り取りと脱穀をしてしまうので、写真のように天日での乾燥は黒瀬町でも滅多に見かけない風景に なっています。

パソコンの不調

 ここ一週間ほどパソコンの調子が変です。一太郎が立ち上がらなかったり、やっと立ち上がったかと思うとメニュー画面の文字が化けたり、フォントが違ったりしています。「ハードディスクを買い換えなきゃいけないかな、3万円は痛いな」なんて思っています。家計簿からお便り、インターネットでの情報収集まで我が家ではなくてはなくてはならない存在だということを実感しています。