赤瓦の比較的大きな農家が一軒一軒孤立して散村の形をなしています。黒の瓦ばかりを見慣れた私にとって、赤瓦は強烈な印象を受けました。
明治時代末期から昭和に初期にかけて茅葺きや藁葺きだった多くの民家が赤瓦葺きの屋根に建て替えられたのだそうです。この地方は冬の寒さが厳しく、雪に見舞われることが多いため雪や寒さに強いこの赤瓦が普及したのだそうです。
この赤瓦は油土を粉にして漉したものを瓦にかけて焼いています。東広島市の三永地方で油土が多く産出するそうです。

母屋だけでなく門、塀、倉、納屋、にいたるまで赤瓦が葺かれた、重厚な農家を多く見かけます。今の季節は特に、山の緑や水田の緑と調和して美しい風景です。
西条盆地一帯に多く見かけますが、黒瀬町でも我が家の近くは多く、中黒瀬にある団地ではこの瓦を使っている家はあまり見かけません。
東広島市ではこの景観を保全するため、学校や公民館でも積極的に赤瓦を使用しているそうです。