父が戦友会で大三島に行くため母の介護のための留守番に光彦とフェリー(呉市の阿賀港~松山市の堀江港)で松山に帰りました。フェリーに車を乗せて帰るのは初めてでただでさえ不安なのに、乗り込む時バックでフェリーに乗り込まなくてはいけないのには困惑してしまいました。妹にこの話をしたら「私だったら海に落ちるか、誘導員を轢いてしまう」と言っていました。
私は昨年の12月に帰って以来なので半年ぶり、光彦は4年ぶりです。4年前は私より少し大きいだけだったのに、180センチに育った光彦の顔を見て父も母もとても喜んでくれました。
4年前から寝たきりになった母を、オムツ交換はもとより1回の食事を食べさせるのに2時間薬を飲ませるのに1時間もかかる介護を父が毎日続けてくれているのです。健康状態はとても良く父の愛情ある介護のたまものと感謝しています。
「お母さんまた帰ってくるからね」としっかりと抱きしめると涙をためていました。私のこともわかってくれているのだくれてるんだ、と少し嬉しくなりました。