岡山県都窪郡早島町
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光彦が学校から帰ってきて、「お母さん今日社会で人間裁判について習ったけど、僕たちが前住んでいた所に石碑があったけどあれがそうだったんだね」と興奮して言いました。
自分が以前住んでいた所に、社会の授業で出て来るくらい有名な出来事があったのかと感動したようです。
中学3年生の社会の複読本(ビジュアル公民)を見ると、1956年7月当時生活扶助費は1日600円だった。これで歯磨き、石鹸、ちり紙その他生活用品すべてをまかなうこととさされていた。いかにもこれは低すぎるとして、国立療養所南岡山病院(夫の前の勤務先)の患者であった朝日茂さんという一療養者が厚生大臣を相手に起こし、人間裁判とも言われ注目れました。
すべての国民が人間らしい生活をする権利が憲法第25条や生活保護法定める「健康で文化的な最低限度の生活」についてどう考えていったらいいのでしょうか。資料から考えようと書かれています。
朝日茂さんとと共に裁判も時間の経過とともに忘れ去られようとしていますが、生活保護の基準のが引き上げられたことと、療養所に入院している患者の生活相談にのったり、職員も随分朝日さんに励まされたと聞きました。
結核という重い病に冒されながら、自分の生活のためだけではなくまわりの人たちの幸福のためにも戦った朝日茂さんの精神だけは語り継いでいきたいと思います。
島根県(存)、岡山県(娘)、広島県(光彦)に分かれて住んでいる3人兄姉は、4ヶ月ぶりに3人そろいました。
この日、広島風お好み焼きを食べたあと成長の止まらない光彦の夏服を買いに行きました。 兄姉にこれが良いあれが良いとコーディネイトしてもらい、早速店の前で着替えているところです。「着せ替え人形みたいだ」と文句をいいながら結構お気に入りの一着になったようです。
転勤族の子供である子供たちは、出生地も愛媛県、山口県、岡山県と違っています。この先近くに住むことはあるのかななんて思いますが、仲良くつき合っていってほしいと思います。
今度はお盆にお祖父ちゃんの所に全員集合です。
7月になってから降り続く雨に、今年は夏が来るのかなと心配しましたが、やっと梅雨明けして、晴天が続くようになりました。でもこの照りつける太陽に温度計もぐんぐん上がり黒瀬町でも30度を上回る日が続いています。
暑いと言っても岡山じゃこんなもんじゃないよ!だって朝夕は涼しくて、窓を閉めてまだ冬布団を手放せないで寝ている私たちです。