かもだより No.75  2000年8月 7日(月)

第46回日本母親大会

 日本母親大会は1954年3月1日ビキニ水爆実験による第5福竜丸被災事件を契機に、東京・杉並の母親たちを初めとする原水爆禁止を求める国民的運動が全国に広がり、この時母親運動の歩みがはじまりました。そして全国の母親・女性たちのくらしの願いを平和と結び合わせて46年「生命を生み出す母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます」をスローガンに全国大会が開催されています。
 2000年を記念する大会は全国から延べ28,000人が集まり東京都で7月29日(全体会−有明コロシアム 15,000人参加)・30日(分科会−明治大学・カザルスホール・お茶の水スクエア・東京YWCA会館 13,000参加)で開催されました。私は13年前の第33回兵庫県大会の時に参加して今回が2回目の参加でしたが、黒瀬町から参加した他の二人と共に学び感動した2日間でした。

記念講演黒柳徹子さん(7月29日)

 「私が出会った世界の子どもたち」のテーマでユニセフの親善大使として活動する中で出会った子どもたちの話をされました。世界の87%の子どもたちが不安を抱えて暮らしていること、スーダンの子どもは6才になると一人で生きていかなければならないこと、タンザニアの村長さんから「子どもたちは周りの大人を大人を信じて黙って死んでいく」と聞かされたこと、予防注射があれば助かる子どもたちがたくさんいるけれどワクチンは冷蔵庫がなければ保存が出来ないので電気の無いアフリカ諸国では接種が出来ないことなど飢餓や戦争の中で子どもたちが悲惨な状態にあることなど、昭和27年生まれの私でさえ想像出来ない状況です。「子どもたちは栄養と共に愛情にも飢えている」「私たちに何が出来るかと言うとまず関心を持つことです」との言葉が胸に迫ってきました。

     分科会(7月30日)
「世界に例のない異常な日本、食と農の一大事」

 
子どもの問題・教育の問題・くらしの問題・権利の問題・平和と民主主義の問題・女性の地位向上・男女平等・21世紀の母親運動のためなどのテーマに分かれた64の分科会と特別企画3つと見学分科会があった中、「世界に例のない異常な日本、食と農の一大事」というシンポジウムに参加しました。
 黒瀬町の写真を撮り歩き農家の方たちの話を聞くと、買い取り価格は農業を職業として選択できない採算割れの状況です。そんな中土木工事としか思えない圃場整備が進み農家はこの負担金を25年支払い続けなくてはならないのです。「田圃を荒らすことは出来ないし、おいしい米を食べたいから作っているけれど子どもの世代は続けていけるかどうか分からない」との声に、このままでは日本の農業は空洞化してしまうのではと危機感を感じたからです。
 穀物自給率は26%まで落ち込んでいる事、輸入野菜はこの7年間で3.5倍にも増え価格が暴落し、農家の生産だけでなく市場や地域の商店の存在も危うくしている事、輸入野菜や果実は収穫後農薬をかけて輸入する時に防カビ剤を散布するため、分解されることなく私たちの口の中に入る危険性など農業の問題は私たちの命に関わる重大な問題です。


 木更津温泉・鎌倉・横浜

 母親大会の後木更津温泉に泊まりました。茶褐色で肌触りの良い湯で旅の疲れを取りおいしい食事をいただき「やっぱり旅の楽しみは温泉だね」とのんびりと布団に転がっていると、グラグラと揺れ始めます。「地震じゃない!」とテレビを付けるとやはり地震です。
東京湾の海ホタル・きみさらずタワー・富津岬では立っていられないほどのすごい風が吹き、瀬戸内は風も地震も少ない穏やかな土地なのだと実感します。東京湾フェリーで久里浜に着き鎌倉の大仏殿・建長寺を参拝し、横浜中華街を歩き久しぶりに慌ただしいけれど楽しい旅する事が出来ました。