2月24日
朝、国境の町タフタンに着く。よってくる闇両替商やタクシードライバーをおしわけ、コンパスと地図を片手に国境を目指す・・・が、もちまえの方向音痴から断念し、結局タクシーにのる。フロントガラスがわれてたり、走ってる途中にドアがあいたり。しまいにはドライバーに不当に高い値段を請求される。そんなのもかるくやりすごし、簡単なカスタムチェックとイミグレーションをおえれば、そこはもうイラン!だけど別に達成感はなし。だって景色も人の顔つきも変わってないんだもん。国境なんて、やっぱり人間が作ったものだから、そんなものなのかもね、と国境に対する疑問を抱く。
乗り合いタクシーにのり、バスにのり、一気にバムの町まで行く。タクシーにぼったくられたり、イランの女の子に街角で声をかけられたり、宿のおじさんにご飯をたべさせてもらったり。悪いこともあっていいこともある。それが旅で人生だ。
疲れてて、宿のおじさんが最初に部屋を紹介してくれた時に行ってた「10星ホテルだから、200USドル」といった冗談に笑えなかった自分がくやしかった。
日記を書いてる今は21:00。あー、部屋がストーブで暖かくて、シャワーもホットシャワーで暖かくて、それだけですんごい幸せだ〜。
2月25日
朝、部屋に入ってきた他の客におこされる。男女の日本人のペアで、最初はカップルかと思ったが、旅の途中でであって、イスラム国は女一人旅はなにかと不便なので、それらだけ2人で旅行いているとのこと。雑談したり、一緒にりんごたべたり、3人で近くの遺跡へいったり。男のほうは元消防士で、このたびのためのお金を稼ぐためにTOYOTAではたらいて、その時節約のために食パンだけ食べてたら、食パン嫌いになった26歳の人で、女の方は転職暦が多いらしく、かつては最年少で一級建築士の資格をとった27歳の人。他にも2人が出会ったり、話で聞いたという人の話を聞いたら、世界で石を売ってる人とか、世界中のラーメンを持つというラーメン大好き小池さん、という人なんかもいるらしい。色んなやつがいるなぁ。
2人とはたくさん言葉を交わしたけど、ほとんど内容はおぼえてない。笑ったりして楽しかったことはおぼえてるけど。会話のこういった部分って、とっても大事なことなんだな、と思った。

2月26日
朝、クエッタへ行く二人を見送って、銀行へ両替をしにいっても、さんざんたらいまわしにされたあげく、結局両替できないありさま。さらにあきらめて帰った時に使ったタクシーがちんぷんかんぷんな方向にいくは、英語が通じないから、その後なかなかもとの道に帰れないわで、散々だった。
10時、結局ホテルのオーナーに両替してもらいバスターミナルまで送ってもらう。バスターミナルでは4時間待つことになる。道端に座っていれば、イラン人ちょっかいをかけてくるので、それで暇つぶし。
ずっと道端に座っていると、一人の男の子を見かけた。火傷のような感じと顔と手が変色しておりまだら模様がうかんでいる。後頭部は禿げていて、全身真っ黒の服の汚い格好をしている。バスの呼び込みをしている運ちゃんの真似をしてからかって、そのおじさんにつかみかかれて怒られたり石をなげられそうになったり、人の車に勝手にのりこんでクラクションをならしたり、、
さみしいんだろうなぁ、かまってほしいんだろうなぁ。
バス会社から軽い食事をもらっていたので物乞いなのかと思っていると、今度は僕の乗っていたバスにのごみを集めて掃除していたりするので、よくわからない。
とにかく彼はたくましく生きている。
そんな中、バスターミナルに女の物乞いが現れた。お金を周りの人に要求していると、その男の子が罵声と共にその女を突き飛ばした。それに女も怒って彼をひっぱたこうとして、そして口論をはじめた。
なんだか、犬が縄張り争いをしているように見えてしまった。

2月27日
エスファハーンに6時に到着。隣の席だった軍人さんに別れをつげ、タクシーで宿へ。チェックインをするも時間がもったいないので、そのまますぐにエマーム広場へいく。ぐるっと一周して飯食って、ネットカフェへ。イランで起きた地震について、掲示板にみんなからの心配のメッセージがたくさんあって、こっちでは何の騒ぎもないのに心配をかけて申し訳ないと思う。
街中をぷらぷらと歩いていると盲の人を見かけた。手に何かをにぎりしめており、何かをしゃべりながら歩いている。その時は「一人で買い物できるのか〜。すごいな〜。」ていどに思っただけで、その場を通り過ぎた。
半日が経って、同じように歩いていると、またその人を見かける。「半日歩きっぱなし?しかも手に持っているのは同じものだぞ。何で?」と思っていると、その人のすぐ後ろにも同じく盲のひとがいることに気づく。その人がにぎりしめているのは、、、お金だった。そうか、前の盲の人は、にぎりしめた電池を売っていて、後ろの人はお金をもらっていたんだ、ということに気づく。
そして、とたんに「かわいそう」と感じた自分。日本だったら「きちんとした施設」そんなことをせずに暮らしていけるだろうに、と。
しかし、ここで「待った」と思う自分もいた。施設で暮らすのと、自分で苦労してがんばって、お金を手に入れる生活。どっちがいいかなんて、俺にはわからない。
今宵の夜ご飯はチキン・ライス。すると出てきた用意に鳥の足の部分だ、と想像できる大きな鶏肉。とてもおいしいのでがつがつ食べる骨付き肉をナイフとファークで食べるのはけっこう難しい。
一人で飯を食っていると、喋る人がいないので、自然と目の前にある食事と対話がはじまる。俺が今食っている鳥の生前、絶命の瞬間、それを育てた畜産場の人。。
そうしたら昔「給食をのこしてはいけませんよー。」といってた先生達を思い出した。残しちゃいけない理由が分かったので、先生の言葉には少し足りない部分があるとおもわれるので付け足す。「給食をのこしてはいけませーん。でも人間だから間違いや限界があります。まちがって給食をもりすぎた、限界に達した、ということもあるでしょう。これは仕方の無いことです。それらを考慮して残すということもありだと思います。でも残す前に、その食事が作られるまでの家庭を考えて、その上で残すという「覚悟」をしてくださいね。」
これをちゃんと子供に伝えれば、子供のお残しは減ると思うなぁ。




2月28日
昨日知り合った宿の同室をむりやり誘い、一緒にテヘランへ行く。であった時から何となく気が合うと思っていたのは的中。バスの中で将来について熱く語った。旅の出会いは素敵だ。予想もしない出会いがお互いに影響を与えたりする。
マシュハドというところに夜行列車でいくという彼とテヘランで別れる、が結局ダブルに一人で泊まってた僕の部屋に、夜中彼はやってきた。列車が明日までないとのこと。お互いになぜかは分からないけど何となく再会を予感していたのも、またおもしろい。
3月1日
イランは思っていたのと違うと感じた。もっと厳粛な宗教をビンビンに感じる国だと思ってたけど、僕が見た限りでは、それだけの国では全然なかった。洒落たカフェに行けば、そこにいる幸せそうなカップル。話しかければ君は「彼女いるの?」と聞かれ焦る。別れ際に挨拶しようと思ったら2人で見つめあっていて、2人の世界へ旅発ってしまっていたので、挨拶はあきらめた。町を歩けば4人組のおしゃれな女の子達に話しかけられ、最後は「じゃーねー♪」と手を振って別れる。大学に潜入してみれば、そこはまさにキャンパスライフ。いたるところでおしゃべりにふける大学生は日本と同じだ。男達はきっと「俺は、付き合うならやっぱ黒のスカーフだな!正統派がいいよ!」「じゃあ、お前全身チャドルーは?」「俺はやっぱピンクのスカーフが・・」とか行ってそうなきもしてくる。言葉なんてわかんないからただの想像だけど。
大学を一通り見学した後、2日間行動を共にした友達と別れを告げた。カフェではしゃいだり、大学の講義棟に潜入したりして一緒に遊んだりすれば、また一方で政治や将来についても話せる奴で、まさに「気が合う」という感じだった。その彼と別れた。でも不思議なことに寂しさがない。昨日別れたと思ったら結局再会したことが影響してるのかも。
よく考えてみると、最近人と別れるときに、あまり寂しいと思わない。メールができるから?思い出があるから?俺が非情だから?(笑)どれも大なり小なりあてはまるとは思うけど、どうもしっくりこない。
今を考えてみる。一人で二ヶ月間旅をしてるから、日本の親や友達には会えない。けど別に寂しくないぞ。むしろ日本にいたときのバカなことを思い出して、一人で笑ってるくらい。2ヵ月後にまた会えるから寂しくない?
でも、もう一生会わない可能性が高い友達との別れも、最初は寂しいけど、じきに平気になるぞ。それはその人が地球のどこかで同じ時間を過ごしてるから?存在してるから?そしてそれを思い描くことができるから?
じゃあ「死」は?究極の別れは?これはすごい寂しくて、もしかしたら完全に癒えることはないのかもしれないけど。
そうか!だから「死後の世界」があるのか!天国や地獄にいる「故人」を思い描いて、僕らは大なり小なり元気になることができる。別れを克服しようとする。「死後の世界」なんて信じてなかったけど、たしかに「死後の世界」はあったんだ。人の「心の中」に。
よし、俺は死んだ後も、色んな人の心の中の天国に住まわせてもらえるような人になるかな!
そんなことを国境へ向かうバスの中で考えた。


