Gunマニア映画ファンのページ


(2000年第1回 新年明けましておめでとう御座います!!とりあえずご挨拶まで)

9月より、このコーナーも更新出来ないまま年を越してしまいましたが、今年はオンラインストーリー「新・狼の報酬」のともどもこのページの更新の方もなんとか頑張りたいと思いますので、何卒本年もこのホームページをよろしくお願い致します。 青年賢人

(再開第12回 1999年9月29日公開:おやじ、作家復帰宣言!!)

公私とも多忙のため、数週間、更新を休んでしまいましたが、情報がらみのホームページの更新というのは、やっても又、次の週が来てしまう。

結局、「自分のHPが存在する限り、死ぬまで更新し続けることになる。」と考えたら、何か少しむなしくなってしまった。

それに対して、コンテンツ系のHPは、未完成で公開し、完成すればHPは残るが、更新はある時点で止まることになる。(中身が完全に古びない限り、新しい方が見に来て下さる。)

で、ふと考えると、このHPの中のオンラインアクションストーリー「続・狼の報酬」は、中断のままとなっていますが、これを新たに書く方が、おやじにとって有意義と気がついたのです。

ま、小説ならば、必ず完結に向かって書くわけでして。

「ははっ!!」

新キャラクターも登場させ、「新・狼の報酬」近日中に第1回目を掲載しますので、ご期待のほどを。

(「続・狼の報酬」の如きショートストーリーではなく、長編連続ものになります。)

おやじの好きな映画監督も、このコーナーでぼちぼち書きますのでよろしく。

では、「新・狼の報酬」にご期待のほどを!!

(再開第11回 1999年9月7日公開:岡本喜八監督作品「独立愚連隊西へ」について)

東ティモールにて、独立派の投票が過半数以上を占めたとたん、インドネシア併合派の武力闘争が活発化したというニュースが伝えられる今日この頃、国連から投票監視のため派遣の文民警察官が襲撃されるに至り、いったい国連とは何なのだろうと考えてしまいます。

と、今回の話題は、国連のことではなく岡本喜八監督の「独立愚連隊西へ」であります。この1960年製作の東宝映画は中国戦線を舞台に、独立左文字小隊(加山雄三が小隊長、他、佐藤 允など)という一度戦死扱いとなり、すでに軍籍を抹消された兵隊ばかりの小隊が、全滅した師団の軍旗(軍隊の旗を探す、中国の八路軍も宣伝工作のため狙っている)を探すという馬鹿げた目的のため、戦場に派遣されるというストーリーです。

兄弟兵の生き残りを生還させるという「おばか」なストーリーが、プライベートライアンでしたが、この日本映画など大勢の捜索隊を差し向け、大勢の死者を出す目的が、何と軍旗(ただの焼け焦げた汚い布切れ)であり、戦争の愚かしさ、馬鹿馬鹿しさを笑い飛ばすストーリ展開となっております。また、この既に死んだ扱い(まさに生きながら後世世界にいるようなもの)の小隊の連中もしたたかというか、ぶっ飛んだ発想にて行動する連中であります。ま、敵味方入り乱れての争奪戦にて、なぜか、敵、中国軍の将校もフェアプレー精神で戦いを挑んできて、最終的に敵味方に多大な被害は出さずに戦闘は終わる。(ごんなところも、なぜか後世世界的であります。)

でもこのあまり死者を出さずに、この映画が終わるのは、前作独立愚連隊(1959年作品)のラストでかなり派手な戦闘場面があり、批評家から当時批判されたことへのアンチテーゼのようであります。(岡本監督へのインタビューより。)現在の若い方にはわからないと思いますが、この映画の作られた当時の、日本のマスコミの状況というのが、そんな戦争場面=残酷のような雰囲気であったのだと思います。(かの有名な大藪春彦原作:日本ハードボイルド映画第1号の「野獣死すべし」においても、その暴力性・アンチモラルなど大いに批判され、かつ話題にもなった。大量殺戮戦闘場面で、批評家受けしたプライベート・ライアンが作られるような現代とは、大違いで、ここ30〜40年間における日本でのモラルの変わりように驚くばかりです。それに気づかず、古臭い原作の看板で、今時また映画を作る日本人監督のいることの時代感覚の錯誤にはさらに驚かされますが。)
ともあれ、紺碧ファンは、ビデオ屋で見かけたら、必見の傑作であります。

(今回書くにあたり、「シネマ・エッセイ13号」1977年6月シネマエッセイの会発行の「聞き書き”岡本喜八の戦争と冒険”を参考にさせて戴きました。」)

ではまた!!乞うご期待を!!

(再開第10回 1999年8月24日公開:ふしぎの国日本のアクション映画銃器事情)

さて、米国人の銃意識なんてのを前回書いたのですが、我が日本国では基本的に一般人に拳銃所持は禁止(国体、オリンピック参加選手などは除く)で、空気銃、散弾銃、ライフル銃の所持もしぶしぶ認めているという、大変お寒い銃器事情の国でありますが、こと日本映画の世界ではさらに酷い現実が待っております。

諸外国では本物の銃をベースにして作られた小道具の銃(米国ではプロップガン、ステージガンと呼ぶ)を使用することが認められ、銃口からの大量の火薬発火で(花火大会の如き迫力、銃口からの白い火は火薬に混ぜたマグネシウムによるもの)、迫力場面を労せず安上がりに撮影できるのに対して、現代日本では、オモチャの銃しか使用出来ません。

にもかかわらず、物にこだわり続ける銃関係の小道具のスタッフの努力(特殊効果グループBigShot主催の納富喜久男氏、引退したトビー門口氏など)により、ただの金属のかたまりのような小道具銃の銃口から、花火の火が出るのみの物が主流であった30〜40年前の日本映画に対して(何と当時の一部の日活アクション映画では、親しい在日米軍の兵隊さんからこっそり借りてきた実物の拳銃を、アップカットの撮影に使用したこともあるとか。映画を見てて、出来がいい小道具と思ったらなんと本物。本物じゃあ出来のいい悪いもない)、銃器の特殊効果マンがかかわった日本のアクション映画の小道具銃は、現在、外国に出しても恥ずかしくないレベルとなったと言えるでしょう。

(その素材がプラスチック等の樹脂で出来たモデルガンorエア−ガンがベースであっても、特殊塗装または金属メッキ仕上げにより、外観的にはレンズを通してみれば金属製の実銃にしか見えない)

欧州で人気の「北野 武監督」のHANABI、ソナチネ、3−4X10月等で使用された小道具の銃は、欧州の観客の大部分の人は、実物ベースの小道具銃を使って撮られた映画と思ったことでしょう。(プラスチック製とはよもや思わない。)
皮肉にも、昭和46年と昭和51年にモデルガン(模造拳銃、他の模造長物銃)を壊滅させるべく施行された法律が、樹脂製のモデルガン、その後のエアーガンを生み、そのモデルガンをベースにして、樹脂の加工のしやすさ(金属加工の大変さにくらべ)から、金属製の本物の銃の如くリアルな外観の小道具銃が作られたのは、不幸中の幸いでしょうか、歴史の皮肉でしょうか。(ただし樹脂で重量が軽いところは、役者の演技でカバーしてもらうしかない。)

また、モデルガンのメカと、小道具銃としての電気発火メカを組み合わせて、薬莢を飛ばしながら銃口から火を吹くマシンガンなど、芸術的出来映えの逸品も数多くあります。

これを見る限りでは、大ハリウッドの物量作戦に対して、家内工業的職人わざのスタッフが頑張るなど、第二次大戦(日米戦)の構図は、こと映画界に関しては、終わってなかったのでありました。

といっても、米国でも、実物の銃から、映画用の空砲専用銃(小道具の銃)を作れる職人というか技術者の人は限られており(特別なライセンスを持つ)、日米の特殊効果マンがどこかで対決する場があったら面白いと思いますが。(無論、日本スタッフ側にハンデを付けてです。)

今回は日本映画の銃について、おやじのうんちくを述べてしまいました。

ではでは、また次回を期待されよ!!

(再開第9回 1999年8月18日公開:米国人の銃意識)

今週こそは、本題のおやじの敬愛する映画監督について書こうと思ったのですが、どうも夏ぼけというか、構えてしまって書き始められないので、前回も触れたネタに関連して米国人の銃意識について書きます。
前も書いたように、最近、マスコミ報道では、一般米国人(サラリーマン等を指す)による銃器犯罪(いわゆる突如切れて、撃ちまくるたぐいのやつ)が多いように報道だけでは感じてしまいます。

そもそも、銃器がコマーシャリズムに乗ってバカ売れしたのは、映画「ダーティ・ハリー」で44マグナム(S&W社製)をクリント・イーストウッドが使用し、映画のヒットとともに44マグナム他のマグナムという強力パワーの拳銃の知名度が上がり、実物の銃も銃器愛好家を中心にバカ売れしたのが始まりではないかと思います。その後、米軍の正式拳銃となったベレッタ92F(リーサルウェポン他多数)、グロック17(ダイハード2、逃亡者他)など、映画で使われその銃の知名度が上がれば、実物の銃の売上増加につながることに気ずいた銃器メーカーのハリウッドへの売りこみも手伝い、映画のヒーローが使うことにより売れた拳銃も多数あったようです。

ま、何が言いたかったというと、銃器のコマーシャル化により、必要以上に銃器を入手した人が増えてしまったのでは、ないかということです。(つまり、必要以上の銃器が多数販売されたため、まともな人も多く入手したが、まともでない人もコマーシャリズムにより、多く銃を入手してしまったということ。)その意味では、金儲けのため、必要以上に銃を撃ちまくる映画を量産したハリウッドの映画屋にも大いに責任あり、と言えます。

また、大変狭い国土に住んでいる日本人は、誤解している(情報を流す不勉強な日本マスコミにも大いに責任がある)面があると思うのですが、米国、この若い国は、建国以来、自衛思想を持っているということです。(すぐ、お上にすがる意識の抜けない日本人と大いに異なるところ。)これは、国の広さも大いに関係しているのですが、電話で警察を呼んでも、数分でパトロールが駆けつけるなど、ほとんどの場合不可能(その米国の広さから)、という現実があります。駆けつけてもらった時は、撃ち殺されていて、死体を検分してもらうというのでは、何の意味もない。

そこで、商店、自宅、または車のダッシュボードに自衛用拳銃を用意することが当然のように行われる。
テレビジョンセットの数より、銃器の数が多いと言われる国ですから、犯罪者が銃器を使うのは明らかであり、「また相手が銃でなく刃物で襲って来た場合であっても、非力な女性、老人などが自分を守るために、相手と対等に渡り会える自衛用の銃を使うのは当然」という論理になるわけです。もちろん、拳銃などを普段、携帯できるのは、特別なライセンスを持っている人間(当然警察官以外で)に米国でも限られるのですが、犯罪者はライセンスなど関係ないですから、一般人の非合法所持も当然あるでしょう。で、犯罪者対一般人の果てしなき、銃犯罪との戦いが続くということになる。ニューヨーク州の如く、犯罪の多さから一般人の銃所持を厳しく規制している地域もありますが、州を越えれば、隣の州では犯罪者が自由に銃を入手できるのですから、ほとんどザルとしか言えません。で、危険に会うのは、自衛用の銃すら持てない一般人となる。

というわけで、米国の銃廃止運動などをやっておられる奇特な日本の方もおられるようですが、米国の銃全廃は難しいのではないか、(銃反対を叫んでいた米国のある政治家の方が、自宅プールに深夜不法侵入した高校生を銃で撃ったなんて事件も過去にありましたので)と思うしだいであります。人類が、核爆弾を全廃するのが先か、銃を廃止するのが先か。
というところで、今回は、アクション映画の話から方向がそれてしまったのですが、「米国映画を見る時、米国人の銃意識を頭の片隅に置いておくと、少し違う見方もできるのでは!!」と今回は無理やりまとめてしまいました。

PS:戦後、警察のマスコミも巻き込んだ厳しい取り締まりのおかげで、日本は世界でまれに見る銃なき安全な社会を実現出来、我々もその恩恵をこうむっているのですが、一部の警察の方は、まだ満足できないらしく、拳銃取締りのホームページがいくつもありました。某県では、拳銃発砲事件がある年1回とか。これって、限りなくゼロに近い数だと思うんですが、警察の方々の日々のご活躍により、護身用銃を持っておびえている米国人と異なり、安全な我々は幸せ者です。
おまわりさん、日々ご苦労さまです。
ではまた。

(再開第8回 1999年8月12日公開:読者のみなさまへのEメール)
暑い日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
お盆の時期が来て、帰省、旅行など自宅より離れておられる方も多いと思います。かくいう私も、帰省のためホームページの更新がままならないため、今週は皆様へのEメールという形式で、最近ひろったトピックをいくつか書こうと思います。
先ずは、ハリウッドのアクションスター(名前のわかっているところではメル・ギブソン氏)が、Gunアクションへの今後の出演辞退を表明。このところ、1年くらいの間に、米国では一般の会社勤めの人が、仕事への行き詰まり、解雇、投資への失敗などで、銃器による大量殺人を何件も発生させていることから、いわゆるハリウッドのアクションスターたちが、人気とりのため、「もう私は拳銃を持つ映画には出演しません。」なんぞと発言しているようです。
ピストルをバンバン撃ちまくる役で、人気の出てきた彼らが、これからどうするんでしょうか?まさか、敗戦後の日本で、占領軍(GHQ)の検閲のため、時代劇(刀の登場する、いわゆるチャンバラ映画)がとれなくなり、かの片岡千恵蔵氏が着物を背広に着替え、刀を二丁拳銃に持ち替えて、勧善懲悪のアクション映画(内容はまるで時代劇「7つの顔の男」等)を撮ったようなことの逆をやるんでしょうか。すなわち、メル・ギブソン君が、刀を腰に差して現代アメリカで暴れまわる(悪人をやっつける)ような映画でしょうか。(そういえば、藤岡 弘氏主演のさむらいが現代アメリカに現れる「ソード・キル」という映画がありました。)
こうなれば、もう拳銃を持ちたくない米国スターのため、藤岡氏には刀アクションのインストラクターとして、アメリカに渡ってもらい、また現在不景気で仕事のない日本の時代劇スタッフは、米国にて拳銃を使わない「ハリウッド・チャンバラ」のため是非、みなさん活躍してもらいましょう。
そう、関西にユニバーサルスタジオ(テーマパーク)もできることですし、拳銃なきアクションは、スターさんに来日(いや、定住して頂いてかまいません。)して頂き、日本に第2ハリウッドスタジオを作り、量産するのがもっともよいのではないかと思います。
ここは、国の方にも、景気回復の起爆剤として、映画製作には是非、是非、税制上の優遇措置もお願いしたいものです。(堺屋経済企画長長官殿、いかがなものでしょうか。)
とまあ、お盆のせいか、話が大きくなったところで、次のネタに移ります。

あとのネタって言いますと、おやじの家の近所のビデオレンタル屋に何軒か行って気がついたんですけど、角川映画のビデオがどの店でも姿を消しているんですね。現在も人気の松田優作の映画を集めたコーナーでも、東映作品はあっても、角川の人気2作「蘇える金狼」と「野獣死すべし」が無いんですよ。当然、このページでも取り上げた「戦国自衛隊」もないです。角川春樹氏は例の事件以来、マスコミから無視されているようですが、角川春樹事務所はしっかり存続していて、コンビニには、ハルキ文庫なんてのも置かれて売っているし、角川映画旧作ビデオのライセンスの関係から、レンタル屋からいっせいに引き上げさせたのかなとも思いますがーーー。(そのうち、まとめて再リリースを期待しますが。)では、では、今週はここまで、で失礼します。

(再開第7回 1999年8月5日公開:プライベート・ライアンについて:その2)

ジェットコースター・スピルバーグ君のことなど、くどくど書いても埒があかないんですが、いま少し御辛抱をというところで。
わが日本人にとって、第二次大戦が現在、いわゆる他国との戦争としては、最後の戦争となっているわけです(当然の話)が、冷戦というのも一種の戦争と考えれば、日本が敗戦となったのち、外国に兵隊を送ってずっと戦争を続けて紛争に介入しているのが米国であるわけです。(世界の警察官??迷惑な話です。)
その米国は第二次大戦では、正義の戦いとの旗印で、おとくいの連合軍の中心として、ヨ−ロッパでは悪のナチドイツ、太平洋では軍国日本を打ち負かしたわけです。
それに反して、第二次大戦後、米国がフランスのあとを受けて介入するも、多大な犠牲をはらったのち撤退(負け戦さ)したのがベトナムであります。あのベトナム戦争(負け戦さ)が米国人の心の深層に残した傷は、いまだ癒しがたいものがあるといえます。
自己の深層心理を読み解く、偉大な試みを行った映画がコッポラ監督の「地獄の黙示録」であり、マイケル・チミノ監督の「ディアハンター」であったと思います。
また、ベトナム人を敵としてインディアン以下の扱いで描いた(異文化の理解度ゼロ)チャック・ノリス主演のアクション・ヒーローものなども、負けコンプレックスの裏返し映画と言えます。
と、何が言いたかったかというと、未だベトナム戦争に対する結論は、出ていないのです。
ジェットコースター・スピルバーグ君は、第二次大戦などに逃げないでベトナムという重いテーマと正面から対峙すべきだったのであります。(まあ、いくら映画好きといっても、過去の名監督のテクを盗みまくり、自分のものとするすべにのみたけた人ですから、深く掘り下げて、重いテーマと格闘するなど、とうてい無理でしょうが。)[まさに、映画界のビル・ゲイツ]
ところで、プライベート・ライアンの話に戻ると、さっぱりいい所のないこの映画ですが、最後のシーンで橋を死守するため無謀な戦いをするのは、撤退を考えず(考えていたとしても甘い戦法)で、銃弾を撃ち尽くしたら死ぬのは分かり切っているという玉砕戦法で、全く頂けないとしても(旧日本軍に学んだのでしょうか?)、攻める側のドイツ機構師団の強力さは、史実に忠実とあって改めて感銘しました。航空機による制空権を奪われなければ、面の戦いにおいては、ドイツ歩兵が当時最強であったというのが、逆の意味でよく描かれていました。
ま、映画では航空支援により、ドイツ戦車は破壊され、全滅寸前で米兵は救われるんですが。
いろいろ書いてきましたが、今後スピルバーグ君には、芸術志向でなく、是非、究極のジェットコースタームービーを、CG(コンピュータグラフィック)に頼るのではなく、どんどん撮って頂きたいということで、今回は終わります。
では!!


(再開第6回 1999年7月27日公開:プライベート・ライアンについて:その1)

前回の予告では、今回はおやじの大好きな(故人もいるのでだったかな)アクション映画監督について書くつもりだったのですが、例によってホームページ検索で、ネットをさまよっていると、昨年公開のアカデミー賞受賞作品「ジェットコースター映画監督」ことスティーブン・スピルバーグの「プライベート・ライアン」を後世に残る傑作戦争批判映画などと書いたページに行きついてしまったので、今回は急遽この映画について書きます。

しかし、見た人が大体ほめているノルマンディー上陸、オハマビーチの場面にしたところで、大変リアル、戦争の残酷さをよく表現していると絶賛の場面でありますが、ハンデイカメラのせいか、やけに狭いノルマンディーだなというのが最初に見た感想。

実際の体験談、史実をもとに人が吹き飛ぶなど残酷体験を集大成したのだと思われますが、地獄の回廊めぐりをしているんではないのだから、主役トム・ハンクスが進むと死体ゴロゴロ、映画的約束ごとにより、観客と同一視点のハンクス君には、銃弾はかすりもしない。これは戦争で、大兵力を動員しての上陸作戦を強行展開すれば、死傷者の数が何割出るなどは、事前にシミュレーション済み。予想より、抵抗が強固で、多大な損害が出れば、作戦責任者の将軍他が青ざめる(当然解任もありうる)のみで、投入された兵員は、生き残ればラッキーでかなり高い確率で死ぬ方にころぶわけです。

ところで、話がそれますけど、何で今ごろ第二次大戦ネタの映画なんでしょうかね。「シンドラーのリスト」で味をしめたアカデミー賞ねらいなのはみえみえで、見事、愚かなる米国大衆を騙しおおせて、賞をたくさんとったのですが、かのフランシスフォード・コッポラ監督が、正面からベトナム戦争をとりあげ、このテーマと格闘した偉大なる映画「地獄の黙示録」のごとき崇高さを、「ジェットコースター・スピルバーグ君」に求めるのはとうていむりか。

近年ハリウッド映画は、銀行屋というか投資家に実権を握られてしまったせいか、みんな大なり小なりジェットコースタームービー化してしまい、志の高い作品ほとんどなし、と感じるのは私だけでしょうか。

とここまで書いて来たところで、最近、当不人気ホームページもアクセスが少しだけUPして来たので、週1回の更新をこころがけているのですが、おやじのズボラのため、申し訳ないですが今回はここまで。

次回を、乞う後期待願います!!

(再開第5回 1999年7月23日公開:ゴジラ映画について)

ゴジラとは何か。悲惨なる敗戦体験、米国占領後の価値観の転換から戦後日本においては、戦争をいわゆるアクション映画の題材として撮ることは社会のモラルとして、また映画会社の方針として認められなかった。(ごく少数の例外を除いて。)そんな中で、ゴジラが作られた。国家である以上、たとえ米国の庇護のもとにあっても存在する潜在的な脅威。それは、かつてのソビエト連邦でありまた共産中国でもあり、また、核戦争勃発による滅亡の恐怖であった。

さまざまな潜在的恐怖が、具現化したシンボル、それがゴジラ(初代1954年作)であったと思う。(作り手たちが意識したしないに関わらず、大衆の無意識が、この怪獣という存在において具現化した。)

その後、量産されるにつれ、その存在の恐怖は消えて行き、プロレスバトルの如き見せ物映画になり下がってしまったがーーー。

1984年に復活した新ゴジラでは、歩く核兵器であるゴジラとその明らかに人間が生み出した暴走する核兵器であるゴジラを倒すため、さらに核兵器を使ってしまう人間の矛盾を描こうとしていたように思えたが、面白いのは中盤までで、途中から登場する陳腐な超兵器「スーパーX」によりすべてぶち壊しとなり、渡り鳥の帰巣本能を利用してゴジラを誘導して大島(?)に葬る、陳腐すぎる結末となった。

1989年、復活2作目以降のゴジラは、大森一樹監督の脚本を持ってして、映画世界のゴジラワールド日本における潜在的かつ実質的脅威となり、映画世界の日本においてはGフォース(対ゴジラ軍とでもいう存在か)が創立され、その仮想世界においては多額の費用をゴジラ防衛費として計上し、毎年日本を破壊するため上陸するゴジラと対決することとなる。

そして潜在的脅威は、日本の兵器開発技術を加速させ、果ては未来のテクノロジーまで導入して、メカゴジラ(映画では弱かった。昔の宇宙人の手先の時のほうが強かった。)やモゲラなどロボット兵器まで作ってしまう。

とここまで、書いてきて、荒巻先生の紺碧・旭日の艦隊シリーズの仮想世界(後世世界)とゴジラ世界の類似性に気づく。

そう、戦争シミュレーションも怪獣映画の世界を借りて作れば、戦争反対お題目人間にも気づかれないで作れるとわかったのであった。

新作「ゴジラ2000」に、新たなるシミュレーションワールドを期待して、今回は終わりとします。

→次回は、おやじの尊敬するアクション映画監督について書きます。乞うご期待を!!

では、次回を待たれよ!!

(再開第4回 1999年7月15日公開:角川映画「戦国自衛隊」再評価 その2)

「戦国自衛隊」再評価などと大げさに書いてしまったのですが、この映画の脚本家:鎌田敏夫氏 、監督:斉藤光正氏は、あの大人気刑事ドラマ「太陽にほえろ」を何本も撮っていた人達であり、公開当時から「この映画は青春映画(青春グラフィティー)として撮った」と言っていたのを記憶しています。

そう、この映画の主役たちは、何の役を演じても千葉ちゃんになってしまう千葉真一を除き、過去に戻った自衛隊員たちはみんな戦いなんかしたくない、現代に戻りたい若者ばかり。まあ、渡瀬恒彦とその取り巻きの反乱を起こす連中は別としても、みんな自分の過去のことや、駆け落ちのため脱走することなんてことばかり考えていて、青春しちゃっているんであります。そして物語は、反乱を起こした渡瀬と仲間を皆殺しにした時代錯誤の鬼軍曹のような伊庭三尉−千葉真一に引きずられて、無謀な「サムライ」対「自衛隊員」の戦闘に突入してゆく。

若い連中に厭戦気分が蔓延しているのだから、戦争シミュレーションになどなりようがない。

おやじも封切りで当時見たときは、釈然としなかったんですが、なぜか心に残る映画でして、ビデオやTV放映で何回も繰り返し見ています。

戦争シミュレーションとしたら、日本映画としてはかなり派手な見せ場はあるものの、戦利戦略なきストーリですから不満だらけ、某ヨミキンのように「こき下ろし作品」となってしまいますが、何たって青春してるんですから、見て楽しい心に残る作品と今だからこそ言えるかも知れません。

ところで、この戦国自衛隊って映画は、映画の中で、怪獣(ゴジラなど)以外と自衛隊員が戦った戦後始めての作品かも知れませんね。(と言うことに気づいた。)

というわけで、他国の軍隊との戦いが描けない日本自衛隊の戦後最大の仮想敵、ゴジラについて次回は書くことにします。−−−と言うところで、では、ちゃん、ちゃん、乞うご期待!!

(再開第3回 1999年7月13日公開:角川映画「戦国自衛隊」再評価 その1)

前回書いていたら話が戦国自衛隊(1979年角川映画)のところに行って終わってしまったのですが、ホームページ検索で戦国自衛隊をキーワードにして検索すると、この映画の紹介として書いているページをいくつか発見しました。

くわしく書いているページほど、批判的にこの戦国自衛隊を紹介していましたが、封切り公開時に劇場でこの映画を見たおやじとしては、この批判的紹介文章の書き方からみて、当時劇場で見た人ではないのではないか(ビデオ等でのちに見たか、劇場での再上映か?)との感じを受けました。

というのは、当時(20年前)巧みな複数のメディアを使った宣伝戦略と、作品自体にも当時の日本映画の平均的制作費を大きく上回る制作費をかけ、次々にヒットを飛ばす角川映画は時代の寵児であり、スポーツ紙のインタビューでも千葉真一氏(アクション監督もこの映画では兼ねていた)が打倒「影武者」を宣言するなどという雰囲気の中、世間の多大な注目の中で生まれた作品でした。

まあ、鬼畜米英と叫んでいた日本人が、敗戦により手のひらを返すかのように米占領軍になびいたのと同様に、例の麻薬密輸事件で、手のひらを返して角川映画批判に転じた日本のマスコミ(キネマ旬報にいたっては、角川映画の麻薬中毒からさめた日本映画なる内容の批評を掲載していました。)でありますが、角川からメシを食わせてもらったり、金品を頂いて太鼓持ち記事を書いていた記者も多いはず。懺悔の一文を書いたのち、批判に転じたのであろうか、いやそんな記事を見た記憶は一度もありませんが。

とまあ、いったい何のことを書こうとしていたでしょうか。あの頃、製作体制の崩壊した日本の大手映画会社に代わり、長く日本映画への夢を見続けさせてくれた角川映画への再評価へ、今回はなってしまった。

話の前置きが長い、横道へ反れるは、紺碧ファンなら許して頂けるというところで、「戦国自衛隊」の話は次回へ回すということで、ご了解願います。

ではまた!!諸君、次回を期待されよ!!

(再開第2回 1999年7月8日公開:おやじの映画への夢)

前回ちょっときついことを書いてしまったので、今回は軽めに流してというところで、最近のおやじの夢(なんて大それたものではないけど)を書きましょう。

夢といっても何のことはない、おやじの最近はまっているシミュレーション戦記ものの映画化のことです。ま、紺碧の艦隊、旭日の艦隊はビデオ用アニメ化はされているんだけど、やはりオールド世代としては、実写(言い方が古いね)で、そうあのゴジラ(駄作連発で毎年正月公開の東宝映画:ここ3年間はモスラ)映画のように、ミニチュアを使った戦争ものとして見たいわけです。

かつて、東宝映画では8月15日シリーズとか言って、毎年戦争映画を作っており、円谷英二監督時代の特撮名場面は、何回も別の戦争映画で(東宝ライブラリーと称していた人あり)使われていました。

あの山本五十六の搭乗機の撃墜場面とか、ミッドウェイで空母、赤城などが沈む場面など、いつも負ける日本軍の場面を何回も何回も見せつけられてうんざり。(はては、3流ハリウッド作品「ミッドウェイ」では、日本特撮カットと「トラトラトラ」のカットをミックス。)

そこへ、日本がともかく米国に勝つ「紺碧の艦隊、旭日の艦隊、等々」のシミュレーション戦記を読んで、長年の胸のつかえがすっきり、と言ったところでありました。

これだけ日本の景気が落ち込み、映画会社も金なし状態では実現は難しい(また、荒巻先生の書かれているようにシミュレーションと聞いただけで、おぞましいと思う思考停止の反戦論者の映画への批判も予想されるし)とは思うけれど、過去の特撮カット+最新のCGで面白い映画が出来ると思うんだけど。

と、ここまで書いて来て角川映画の「戦国自衛隊」(1979年作) って、今思うと、シミュレーション戦記のさきがけだったんですね。(スタッフは意識してなかったと思うけど、いまから考えるとそうなりますね。)

そう、戦国自衛隊が公開されてからもう20年も経ったのか。まだ、まだ日本映画にパワー(最後の)のあった時代ですね。

ではまた!!