(再開第1回 1999年7月2日公開:「話題のドラマを撃つ」旭日の艦隊思考で見た蘇える金狼)
しばらくごぶさたしておりました青年賢人です。トップページにも書きましたように、怒りに燃えて再開ということは、あの先日まで世間をにぎわした悪夢の番組(先週6月26日(土)まで放映されネット上をにぎわした日テレのドラマ蘇える金狼のこと)が11回でやっと終了したことを指しております。
まあ、御覧になっていなかった方、もしくはすぐチャンネルを変えてしまった方に簡単にドラマの内容を説明すると、ドラマというのも恥ずかしい内容でSMAPだかスランプだかの所属の若者が主演で、「すぐ拳銃をぶっ放す気の狂っているとしか思えない若者(サラリーマンという設定)」が周りの人間を巻き込み死に追いやりながら、犯罪組織(自分の勤務先の会社:悪の組織が支配するという設定)と戦うという話です。
しかし、不幸にしてついつい毎回見てしまった方には、登場するキャラクターたちが、いちいち見る側の期待をつまらなく裏切りながらドラマの中で死んでゆく、これを理解出来ず不快感を覚えたのは私だけだったのでしょうか。
そこで、荒巻義雄先生著作によるの紺碧・旭日の艦隊思考で、今回はこのドラマの謎を解明したいと思います。
まず、主人公朝倉哲也が戦う相手は、巨大コンツェルンのボス茂木会長率いる茂木グループ(まさに全体主義国家機械のような組織)です。ドラマ中では、さして広い敷地ではない会長宅で、主人公が拳銃をいくら撃っても警察もやって来ません。日本国の中でも茂木グループの所有する場所は、みな租界地(ご存じのようにかつて中国にあったような)のような警察も普段手を出せない場所なのでしょう。
しかし、全体主義体制のご多分にもれず、独裁者(茂木会長)とその息子の言うがままに動く部下たちは、ロボットの如く自主的な思考力をなくしており、さして賢いとはいえない(賢いようには見えない)主人公にいつも裏をかかれてばかりいます。
ここで、この物語を遡るとこの連続ドラマの前半では、茂木会長の息子「敬雄」がこの全体主義的コンツェルンの指揮をとっており、昼間はサラリーマン・夜は犯罪者に変身する主人公の当面の敵は会長の息子でした。しかし、2代目の悲しさか、女に対する未練を断ち切れなかった敬雄は、第8話でふぬけ状態となり、ここで真打ちの会長が引退状態を翻して登場し、組織の陣頭指揮をとるようになります。行き当たりばったりで、緻密な戦略で戦っているとはとうてい思えない主人公ですが、兄の友人のバーテン甘木、会社の同僚の女性社員などを不幸に巻き込み、彼らに助けられながらドラマは進行します。
ともあれ、主人公「哲也」の巨大な敵への戦略が、お粗末なことと言ったら戦前の旧日本軍もまっさおで、裏から哲也を助ける甘木の存在なくしては、ドラマの最終回(11回)を待たずして、とっくに死亡、主役が交代していたことでしょう。連続ドラマの常套パターンの設定で、敵役の会長の孫娘がなぜかこの主人公(劇中ではまるで同情すべきところのないこの男)を愛してしまい、この孫娘「有梨沙」にもこのまぬけな主人公は何回も助けられます。
それに加えて、巨大犯罪組織を作り上げた茂木会長も、なぜか組織を壊滅させようと執念深く狙ってくる主人公への攻撃の詰めが甘く、組織の損害はドラマが後最終回に近づくに従って大きくなるばかり。(まあ、この会長は、一度は息子に組織の実権をゆずり引退同然であったものが、ダメになった息子にかわりやむなく復帰したものですから、年齢から考えて、かのヒトラー総統のごとくニヒリズム:破滅願望があったのでしょうか。勝算の見込みなく、特攻隊のごとく攻撃をしかける主人公に破滅願望を見て、それにもう先の長いとは思われない会長自身のニヒリスティックな潜在願望が同調したと考えるのは、うがちすぎでしょうか。)
さて、この救いのないドラマも最終回前の第10回で会長の孫娘「有梨沙」も予定どうり主人公を助けようとして死に、ついに会長も切れます。続く最終回(第11回)は、これまでの視聴者の欲求不満をやっと解消するかの如く主人公は撃って撃ちまくり、主要な登場人物はほとんど死に、主人公は巨大コンツェルンの本社ビルの屋上で憎き会長と最後の対決を迎え、相打ちと思わせてドラマは終了(このことについては、また触れます。)します。
しかし、多くの犠牲を払って会長を倒しても、悪の巨大組織は滅びたのでしょうか?会長の血族はすべて(少なくもドラマに登場した限りの人物は)死にましたが、別の悪人が悪の組織を引き継いだとしか思えません。主人公が生き延びて悪のコンツェルンを引継ぎ、自ら改革に乗り出したという結末ではないのですから。(生き残った主人公の同僚たちが、東和ファイナンスというこのドラマの中心として描かれた会社を再建している描写で、未来に希望を持たせてドラマは終了していますが。)
最後にどこかの海岸、死んだはずの主人公が寝っころがっている。(心臓のあたりには、銃弾の傷あとがあり、すなわち一度死んで後世世界、別の世界に転生したということでしょう。)
海岸に集結して来る警官隊のパトカーに拳銃構えて、「シャラップ」と叫ぶ。「そして野獣は蘇る」とのテロップが出て、ドラマは終了します。
ここで、野獣とはなんでしょうか。近代において、理性=神、この図式が成り立ったということは、紺碧・旭日の艦隊を読んでおられる方には、すぐぴんと来ると思うので、巨大な悪の組織を倒すために野獣になる(野獣:本能のまま生きる、理性を喪失するとのキーワ−ド)とは、自分も悪魔的存在になるということでしょう。
そう、このドラマの脚本家「丸山昇一」氏は、いくら死んでも転生する悪魔を復活させたのです。
時1999年7月、ノストラダムスの予言の恐怖の大王の降臨の日も間近です。
「死せる松田優作、丸山昇一を走らす」ということで、まとまりませんが今回は終了します。
PS:あ、7月1日より恐怖ドラマ「リング」の続編「らせん」が始まりましたね。「蘇える金狼」の11話の放映分をすべてビデオに録画した人は、早く11話分すべてを見てない人に見せましょう。そうしないと、野獣の呪いで、あなた自身が野獣に変身してしまうかも知れませんよ。−−−という落ちが付いたところで、ちゃん、ちゃん、今回はおしまいです。