「黒田家前史論集」と題するここでは、黒田家の前史(prehistory)に関する最新研究を公開する。
 それぞれの論文には、すでに公表したものを含むが、今回加筆改稿がなされている。というのも、ここ数年、我々の研究は急速に進展したからである。
 したがってここに公開された諸論文はその研究の最新版であり、いわば黒田家前史研究の最前線を示すものである。
 およそ研究は何よりも通念や先入見を脱却するものでなければならない。通説化した既成の言説に安住しているようでは、未知の新史料を発掘しようという努力さえ惜しむ。あるいは既知の史料でも、先入見に眼がくらんでいるようでは、せっかくの史料も猫に小判である。
 問題はさして困難なものではない。眼前にある真実を読み取ればすむことである。しかし、いかなるわけか、黒田家前史研究にかぎっていえば、万人に明示され隠されてもいない真実が見えないという珍事が長く続いたし、今なおそれが続いている。
 そういう嘆かわしい状況を克服するために、この論文集を編むことにした。これにより蒙昧の闇のいささかでも早く去らんことを願うものである。
 なお、念のため申し述べておけば、黒田官兵衛の諱のことである。通例、官兵衛の諱は「孝高」とするが、播磨の史料では「孝隆」である。官兵衛自身が「孝高」を名のったことは確認できないのだが、筑前の史料に言及するばあいは、「孝高」名もそのつど出している。
 播磨の史料の官兵衛なら孝隆であるし、筑前の史料なら孝高である。したがって、以下の諸論文では、官兵衛の諱はあえて統一していないし、統一する必要もない。そういうわけで、孝隆と孝高という諱の両方を用いている。これをあらかじめお断りしておく。

黒 田 家 前 史 論 集
↓ ……以下のタイトルをクリックすると、そのページへジャンプ……
 黒田家遺跡発掘
      と播磨の旧記
江戸中期、黒田家では播磨の先祖の墓の所在さえ知らなかった。それを発見したのが姫路心光寺の住職・入誉であった。その報告に応じて黒田家から役人が派遣され廟所を建設した。その折、福岡から播磨へやってきた役人の一人に普請役の山口武乕がいた。山口は役目のかたわら姫路とその近辺の旧記や伝承を収集した。さてその結果は――? 寛政から享和年間にいたる御着廟所建設事業のてんまつも加え、ここにはじめて播磨伝黒田家前史が明らかになる。
 播磨黒田氏とその系譜 播州姫路の旧記によれば、黒田官兵衛は播磨国多可郡黒田村の産であり、父は黒田重隆である。そして官兵衛は姫路城主・小寺職隆の猶子(養子)となったとある。しかしそれ以上のことは知れなかった。しかるに、その多可郡黒田村に決定的な史料があった。それが荘厳寺本「黒田家略系図」である。この系図により播磨黒田氏の起源と歴史が明らかになった。これまでその存在さえ知られなかった播磨黒田氏に関する、前例のない先駆的研究とされる重要論文。
 貝原益軒の
   筑前産黒田家前史
黒田官兵衛の先祖は近江黒田氏であり、黒田家は備前経由で播磨へやってきたとするのが、現在通説となっている黒田家前史である。それは17世紀後期に貝原益軒が書き出したストーリーを典拠としている。しかし貝原益軒はどこからその筋書の着想を得たのか。貝原益軒は何を参照してその前史物語を書いたのか。それを徹底解明したのがこの論文である。これにより貝原益軒が何をどう操作して黒田家前史を作成したか、その物語の虚構性が明らかにされた。
 播磨黒田氏根本地考 かつて多可郡黒田村と呼ばれたこの地は、播磨黒田氏の根本地である。そこにのこる黒田城址の遺構から、中世の山城・黒田城址の全貌を解明する。また江戸時代の黒田村の絵図とその口碑により、表門や構居、あるいは黒田氏菩提寺・円光寺の位置などが比定できる。さらにこれにより城下の基本構造が推測できることから、中世の黒田城下の復元を試みる。あわせて播磨国風土記の記事から古代黒田里の神話世界にも言及する。初の播磨黒田氏根本地論。
 キリシタン大名 小寺官兵衛

      (準 備 中)
貝原益軒の黒田家前史物語では、完全に抹殺された事実がある。その一つが、官兵衛がキリシタンだったことだ。官兵衛は播磨時代、高山右近らの導きによりキリシタンへ改宗した。その霊名はシメオン。官兵衛は最後まで棄教せず、キリシタンとして死んだ。彼の葬儀はキリスト教式であり、遺言により死後博多に教会に立派な教会が建設された。彼はどんなキリシタンだったのか、秀吉の掣肘をいかにかわしたのか、等々、イエズス会報告書等キリシタン文献の記事から、キリシタン大名・小寺官兵衛の実像を検証する。
 後藤又兵衛覚書 後藤又兵衛。いわゆる黒田二十四騎の中でも最も興味深い人物である。その出自は播磨後藤氏。しかしその父・基国や又兵衛が黒田官兵衛麾下に入った時期などは、不明な点が多い。そのため筑前産の謬説をはじめ諸説跋扈の状態である。また又兵衛の兄弟・子女について松本多喜雄の先行研究があるが、若干補足訂正する点もあるようだ。キリシタン・後藤又兵衛という興味深い局面もある。それら現段階での問題点を整理し、後藤又兵衛新研究のための次の一歩を示す。又兵衛近習・長澤九郎兵衛の筆記録を附録。
……以後、さらに論文が追加され増補される予定……


***********************************************

参照諸本について
 この論集で言及引用した主たる諸文書は、基本的に直接原資料にあたり独自に翻刻した。また引用使用資料は、煩雑を避けるため、個別箇処でそのつど所在・所蔵元を明示することはしない。よって、以下に一括して記しておく。

黒田家略系圖 勝岡孔美編 荘厳寺蔵
宇野(?)家略系圖 勝岡孔美編 荘厳寺蔵
黒田城主系譜(仮題) 西脇市黒田庄町黒田地区蔵
勝岡氏族譜 個人蔵
勝岡家霊簿 個人蔵
姫路御古墓記 福岡市総合図書館蔵
播州妻鹿村御塔記 福岡県立図書館蔵
播磨古事 山口武乕編 荒巻行信抜粋写本 福岡市博物館蔵
心光寺旧記録 明石景恕写 個人蔵 福岡市博物館寄託
地志播磨鑑 平野庸脩編 兵庫県立歴史博物館蔵、関西学院大学蔵、他
赤松秘士録 西光寺蔵
江源武鑑 佐々木氏郷編 明暦二年刊本 個人蔵
寛永諸家系圖傳 真名本日光東照宮蔵、国立公文書館蔵
藩翰譜 新井君美(白石)編 同志社大学附属図書館蔵、他
寛政重修諸家譜 国立公文書館蔵
黒田家々系申立書 福岡市博物館蔵
黒田家譜 貝原篤信編 貞享本 個人蔵 福岡県立図書館寄託
  同上 宝永本 福岡市博物館蔵 他に九州大学附属図書館所蔵本
黒田傳記 九州大学附属図書館蔵
黒田御年譜并家臣傳 九州大学附属図書館蔵
黒田年譜 能勢頼実編 九州大学附属図書館蔵
筑前國續風土記 貝原篤信(益軒)選定・貝原好古編録・竹田定直校正
        九州大学附属図書館蔵、東京大学附属総合図書館蔵
近江輿地志略 寒川辰清編 浄光寺蔵 滋賀県立琵琶湖文化館蔵




 PabeTop     Next