3月8日。天気は曇り時々雨といったところでした。
にもかかわらず、この日は多くのカメラマンでごった返していました。
カメラマンや見物人が離れた瞬間を狙ったつもりでしたが・・・
インベムさんですかね。やっぱし
 戻る。
昭和8年生まれの車体は今年で満70歳。
「さようなら」という文字とは裏腹に「まだここにいたい」とでも言いたげに見えるんですよ。
そんなことを考えているとちょっと悲しい気分になってしまいました。
引退後は保存される話もあるようです。
扉には模様が付いています。
新京成にも以前こんな扉のが走っていました。木の床だったので「木のボロ」と呼んでいました。
このクモハ42もまさしく「木のボロ」のはずですが、手入れがいいのか古きよき物です。
窓枠も木製ですが製造当時のものとすればかなり良い材料ということですね。
さすがにボロいですが、割れたり腐ったりはしていませんでした。
アンティークね。
磨かれた車内。
この物体を今まで大切に扱ってこられた方々の残念で残念でしかたがない気持ちが伝わってくるようでした。
これも数十年の時を超えてきたものなのか・・・
左右の出入り口の間には床から天井へのびた手すりがある。
運転席の後ろには運賃表が掲げられている。
木製の窓枠。
普段とは違う混雑振り。
初号機出ます!
網棚。なるほどこれが網だな。
車内前部。この列車は、日本旅行のチャーターで、雀田14:45頃発→長門本山行き。
車内での録音(6.3M)
まもなく、長門本山駅。その昔、この先まっすぐには海底にレールが繋がっていたとか。
内装のほとんどは木である。座席に座ったかんじはキハ17ほどではなかったが、やはり背もたれはベコベコしていた。
つり革の棒も木です。丈夫さを求めるならモックか。
スイッチボックスは昭和初期のボロにしては小さい。
DT12台車。45トンもの車重を支える。
プロファイル。
電熱器。
車輪。
下方から。
窓枠。チャーターの復路、長門本山14:55発
車内録音(5.3M)。
指でつまむと「ギィッ」となりそう。
雀田駅に掲げられている説明書き。
扉レール。
親子連れも結構来ていた。
集電器。
走行中。なんとピンぼけ。
この辺にその昔「子持御前」という駅があったらしい。浜河内−長門本山。
浜河内付近。写真の便とは違いますが、昼間の臨時列車(雀田15:10頃の発車だったと思います)の音。(7.1M)
浜河内付近。
雀田−浜河内。
まもなく雀田。それにしてもすごい人だ。
雀田踏切。
雀田踏切。
一日ご苦労さん。宇部新川駅にて。
この写真を取る前に乗って来た雀田18:35→宇部新川19:23の車内録音。(17M)
宇部新川到着後回送発進。(0.3M)
3月10日。雀田−浜河内。
朝の仕事を終えて検査のため下関へ向かう。厚東川橋梁。
下関回送が今度は居能で折り返して、宇部線に入った。
草江駅は宇部空港から徒歩5分。
下関での検収を終えて。小野田→宇部。
下関での検収を終えて。小野田→宇部。後ろから。
居能で折り返し、妻崎→長門長沢。
居能で折り返し、妻崎→長門長沢。
今度は夕方の勤務だ。雀田→浜河内。
夕暮れ時ののどかな浜河内駅。
浜河内駅を出たところで本当にさようならしました。70年間ごくろうさま。

カメラ=日下マサミ