2003年のにっき

2003年12月31日 (水) 暮れゆく2003年

◆2003年年を振り返って。@今年一番嬉しかったこと:甥っ子に会えたこと…来年も会えるかな?今度はお兄ちゃんになって。A今年始めたこと:陶芸…土を弄くっていると落ち着く自分がいる、作品のできはまだまだですが。B今年汗を流したこと:ソフトバレー…運動不足解消にと参加しだが毎回筋肉痛(笑)C今年我が家の定番になった料理:ボルシチ…ネットで調べ上げたのをかき集めてオリジナル完成・生春巻き…皮の戻し方のコツをつかんだ!D今年買った面白い本:「kanji no kanji(感じの漢字)/高橋政巳」…陶印を作るのにいろいろな文字を探していて偶然みつけた本。漢字の奥深さを再発見。E今年挑戦したこと:レシピコンテスト…お友達の紹介で参加、見事落選したけど投稿までの過程が楽しかった。F今年始めて体験したこと:オフ会…初めて会う人、懐かしい人、大きな出会いの一日でした。G今年我がことのように喜ばしかったこと:旦の禁煙…今のところ4ヶ月継続中、料理の微妙な味がわかるようになってくれ。H今年一番の白熱:ディズニーシー旅行…ネットで調べまくって攻略した2日間、疲れたけど大満足I今年一番の出費:ミシン…13年目でとうとう壊れたミシン(旦雑巾製作中)お疲れ様でした。J今年ほろりと嬉し泣き:長男スイミングで1級合格…私は見に行かなかったのだが電話で知らされうるうる。K今年一番の緊張:ピアノのおさらい会…昨年に引き続き大緊張で最後にとちった、ごめんねMちゃん。L今年も頑張ったこと:年賀状作成…11月末から着手、試し刷り10枚以上、なのに出来上がりは12/26、なんでぇ?M今年もできなかったこと:ダイエット・渡英…言い訳はありません。今年も沢山の人たちに支えられて無事に終わることができました。感謝の気持ちを忘れずに、一日一日大切に過ごしたいものです(今年も無駄が多かった、反省)。◆来年頑張りたいこと:とりあえずダイエット!?・さちさんリクエストのカフェオレボウルの製作・写真のCDアルバム化・DVDレコーダーを使いこなす(取説見るだけで眩暈が…)・クリスマス間際に困らないように少しずつピアノレッスン・新しい料理の開拓(別にコンテストにはまる訳では…)・HPの充実(日記サボらないように…)などなど。年とともにやりたいことが増えていくような、欲張り過ぎなこの頃ですが、動けるうちに動かなくっちゃ、そろそろ人生折り返し地点かも。2004年は明るい年であって欲しいと希望します。◆大晦日の今日は朝髪をカットし、買出しに出かけ、おせちとチーズケーキを作り、掃除をして、お風呂でさっぱりし、ちょっぴりお酒をいただきながら年越しそば(鴨南)をすすり、洗濯をし、紅白を見ながらお茶をし、9時過ぎにやっとパソに向かう。旦が小さなTVを引っ張り出し裏番チェックしていると、曙とボブサップが画面に…次男の一言「あっ!ママ、ボブサップのお父さんみたいのがいる!」今年の笑い納め。明日元旦はお雑煮を食べ、年賀状を見たら旦実家へ出発予定。来年そうそう子ども達メインでカラオケに出かける。次男と唄うは「ラブラブマンハッタン/TOKIO」と「さくら/森山直太朗」あたりか!?帰省の車中練習しよっと。行きも帰りも雪が降りませんように祈りつつ…皆様よいお年を!


2003年12月17日 (水) 尻切れトンボ

◆昨晩、日テレで開局50周年記念スペシャルドラマ『「俺たちの旅」〜三十年目の運命〜』をやっていた。早めにお風呂に入った旦は眠い目を擦りつつ見入っていた(岡田ナナファンの彼)。後半私も参加、話の内容よりも、時々挟まれる昔のドラマシーンや、バックに流れる小椋桂の詩を口ずさみ、「この曲の題名はなんだっけ?」てな具合。旦は見終わった後、ピアノの上から『フォークソング全集』を引っ張り出してきた。旦:「これこれ、この曲だ〜(嬉々)!」私:「私は『〜旅』よりも『俺達の朝』よく見てたな〜、鎌倉が舞台のやつよぉ〜、長谷直美がでてたやつ…〜旅・〜朝の次の俺達シリーズってなんだっけ?」…ネット検索開始!…私:「あ、『〜勲章』だぁ」旦:「勲章の主題歌はたしかトランザムだったよなぁ?」私:「え?トランザムぅ?、それ題名?それとも歌手名?」旦:「知らんのかぁ?グループ名だよぉ!」…全集検索開始…旦:「載ってないや」…ネット検索開始…私:「あったあった!『あゝ青春』トランザム、これって吉田拓郎の曲じゃん!」旦:「そーだよ〜知らんのかお前(得意気)」私:「うん…ぇええ!トランザムのメンバーに後藤次利がいるじゃん!おっどろき〜」旦:「そーだよ〜ぉ、昔っからいい音楽センスしてたんだよぉ、この曲以外売れなかったけど(木登)」私「へぇ〜へぇ〜へぇ〜!!」◆『俺達の旅』から始まった主題歌談議は、旦の眠気も吹っ飛び満開となった。それから先は中村雅俊のドラマその後…総理大臣シリーズを私が持ち出すと…「オレ、見てなかった」私:「え?藤谷美和子ファンだったじゃん!?『100円でぇ〜』だけなのか〜?」旦:「いやいやそうじゃないけど見てなかった」。総理大臣シリーズは1部咲きのまま枯れ果てた。対抗して(かどうかは知らないが)、今度は旦が『飛び出せ青春』村野武則を引っ張り出す…私:「いやいや、まだわたしゃ小学校低学年だし見てないよ、村野武則といえば『食いしん坊』だっしょ〜」…私がついてゆけずこちらも蕾のまま冬を迎えた。ひゅるる〜と2人の間に隙間風が流れて、夜もふけたのでお開きとあいなった…。あんなに盛り上がったのに尻切れトンボで「おやすみなさい」。


2003年12月16日 (火) キヲク食@

◆結婚して15年…両親と暮らした年月よりも、旦と暮らした年月の方が間もなく上回る…。私が高校生の時から妹と2人で自炊をし始めたのだが、それまでに母からしっかりと料理を習ったことはない。母の料理の見よう見まねと、自炊を始めた時に母が買ってくれた料理本を見たり、けっこうてきとーにこなしていた(今でもか)。食べ盛りの私たちは好きなものばかり作っていた気がするが、やはり子どもの頃から慣れ親しんだ味が私の舌の基礎となっているのだろう。◆幼少(3〜4才)の頃…東京で1DKのアパートに住んでいた頃の食の記憶は、好き嫌いが多く食べるのも遅くよくしかられていたこと。究極に眠たい夕食時に、大好きなカレーライスの中に顔をうずめてしまったこと。茶の間(←最近言わないから次男が「茶の間ってなにする部屋?」と聞いてたよ)で幼児椅子の上に体育座りして、テレビを見ながら大根の味噌汁をすすっていたら、ひざがカクンとして味噌汁を頭からかぶってしまったこと。近所の豆腐屋にお使いに行かされ、豆腐屋には藁入りの納豆が売っていたこと。パン屋に並ぶクリームパンと見分けがつかないジャムパンが大好きだったこと。…くだらないことしか憶えてないのか?◆小学生頃の記憶をたどってみる…。その頃好きだったのはマルシンハンバーグ…フライパンで焼くだけなので、フライ返しでぎゅうぎゅうと押し付けて焼くのが楽しくて楽しくて、母と一緒によく作った。ケチャップソースをかけて。レバーペースト…母が働き出してからは朝はパン食が多く、父はパンにクリームチーズやレバーペーストをたっぷり塗って食べるのが好きだった…クリームチーズ好きは妹に、レバーペースト好きはあたしに受け継がれた。ついでに焼き鳥のレバーも母の作るレバー煮も好きな私だった。アイスクリームケーキ…風邪をひいた時やクリスマスに買ってもらえて大喜びしていたが、味はどうだったか?鮭缶の骨…時々食卓に鮭缶をそのまま器に出したのが並んだ。その骨をほじくって食べるのが好きだった変な子ども。煮魚の骨と汁をお茶碗に入れてお湯を注いで飲むこと…なんだろ〜?食後によくすすっていた、祖母もよくしていた(今はしない)。茹でた落花生…静岡で知った味なのだが、豆嫌い(特にグリンピース)の私は目からうろこの新発見の味。生落花生が手に入らないとできないので、10年前ぐらいに食べたきりぱったりだ。またもやへんなものばかり並べてしまったが、母が作る家庭料理はいたって平均的な家庭料理でまずいものはまずない(と言っておかないと)。大嫌いだったのは、酢の物に入っている蛸…いつ飲み込んでいいやら、ガムのようにいつまでも口の中にあった。◆小4ぐらいの時にお菓子作りに興味がわいた私だったが、ケーキやお菓子の類を作ることはしない母だったので、オーブンなどなかったし、トースターも食パンが飛び出るやつ(?)しかなかった我が家だったので、フライパンでクッキーを作った…が見事失敗してしばらくお菓子作りにチャレンジすることはなかった。そんな我が家も小5の時家を建て、ちゃぶ台&正座生活から、白く丸いテーブル&椅子のダイニングキッチンができ、とうとう電子レンジがお目見えした。その頃は高価な代物だったのだろう…なんと景品に自転車が付いてきた!それはピンクのお姫様自転車を卒業した私の自転車となった♪◆長くなりそうなので続きはまた今度…どんどん昔を忘れてしまいそうで怖いこの頃…残せるものは残さないと…ぶつぶつ独り言
***つづく***


2003年12月5日 (金) 月曜始まり

◆水・木と家に籠もって陶芸に没頭して、体が鈍っていたので、久しぶりに街に出てみた。目的は妹家族へのクリスマスプレゼント探しと、2004年のカレンダー購入だ。毎年旦那と買出しに行くカレンダーなのだが、旦が忙しくて一緒に行けないと言うので1人で○急ハンズに向かった。季節ものの商品なので、何処の階にあるかを確認してからエレベーターへ…あるある、今年も沢山のカレンダーが所狭しと並んでいた。ひょっとすると去年よりあるかも?と期待を持ちつつも、欲しいカレンダーを探すのは難しそうだ…。一回りする途中で店員さんに出会ったので、「あの、月曜始まりのカレンダーは何処でしょう?」と尋ねてみる(確か去年は月曜始まりのものだけまとまっていた)。だが、帰ってきた答えは「え、まとまってないんです、それぞれ見てみてください…ここに1つあります」。(え?探せって?)と指差したカレンダーを見てみるが、文字は大きくて見やすいが、書き込みスペースが足りないのでボツだ。去年買ったもの(今うちのキッチンにあるもの)を頭に思い浮かべつつ探すが、「月曜始まり」の文字が見当たらない!!(え?もしかしてコレだけ〜?)かなり焦って売り場をくまなく探すがやはりない(確か去年は5種類ぐらいあって、旦とあーでもこーでもないと選んだはずなのに)。◆いつもの私なら、ここでもう一度店員に「去年はこんなタイプので月曜始まりあったんですけど、今年はないのですか?」と尋いてみるところなのだが、なんだかその気も起こらず、日曜始まりのスケジュールが書きやすそうなカレンダーを選んでレジへ行った。(もしかしてメーカーがもう作らなくなってしまったのかも?他の店にはあるかも?)などと考えを巡らしたが、結局諦めてしまった私。気分が収まらないので、旦にメールでこの悲しさを伝え、陶芸材料を見に最上階へ。◆このフロアーは文具を扱っているのだが、さすが季節柄、エスカレーターを降りた正面は年賀状売り場だった。それをよけつつ、いつもの陶芸売り場に足を運ぶ、ぶ、ぶぅ?ぶひぃ!な、ない!!ハンズめ、またも売り場を変えやがったか…フロアを1周すれど見当たらない、さては階を変えたか?と店員に尋ねると、「こちらです…」なんだあるのか?「あれ?」店員も昔の売り場へ案内してるじゃんか(呆)。すると後ろの方から他の店員の助け舟が入り、新しい売り場がわかった。かなり奥に追いやられて肩身の狭い陶芸売り場になっていた。きっとまた年が明ければ場所がかわるだろう(予測)。◆私は学生時代からこの夢のようなデパートが大好きだった。一日いても飽きない。ついついいろんなものを買ってしまう。ふつーの店では売っていないプロ使用のものや、海外の珍しいものや便利なグッズ…。そんな私がこんなにも簡単に月曜始まりのカレンダーを諦めてしまったのには訳がある。それは2年ほど前の出来事…。広島にハンズができてから、半年に1度ほどの割合で買っていたものがある。それは「PAM」というスプレーオイル。ケーキの型や、フライパンに薄く油を塗るのにとても便利で、酸化もしないので健康にもいい。無くなると買いに来ていた。だが、有る時突然「PAM」が姿を消したのである。店員に尋ねると、「もう置いていないので、取り寄せしましょうか?」という返事、もちろんそうしてもらおうと思い「お願いします」と即答。だがその日は土曜だったので、メーカーと連絡がつかないので、後日お返事をしますとのこと。週明け電話がかかってきた。だが、それはとんでもない電話だった…。「お取り寄せはできるんですが、何本ご入用でしょう?」というので、注文しないと手に入らなくなってしまうのなら少し大目がいいかも…「じゃ、4本ぐらいで」というと、「申し訳ありませんが、1ダース単位でないとお取り寄せできないんです」ときたもんだ!「12本ですかぁ?」呆れた。結局広島なんぞで「PAM」を買うのは私しかいないってこと?あたし1人のために何本も仕入れて店頭に並べておくことはできないってことね、と理解した。ただハンズは親切にも、似たような商品が日本製でもあって、それは「○○コンポ」さんで取り扱っているそうなので、そちらでお買い求め下さいと。◆確かにあれだけの売り場に、ありとあらゆるもののプロ使用を取り揃えて並べるのは難しい。年に1・2本しか売れないものを仕入れても、在庫が残ってしまうし儲けにならないのもわかるが…ハンズってものはそもそも他では手に入らない夢のような商品をそろえているからこそ価値があり、みんなから愛され続けているデパートなんじゃないかぁ?という疑問も頭をかすめる。まったく買う人がないものは置いておく必要もないけど、「私、定期的に買っていたのよ〜!!」と叫びたい事件(大袈裟?)だった。◆ハンズを後にして、某大書店のカレンダー売り場も覗いてみたのだが、やはり月曜始まりのものは1種類しかなかった。家に帰って去年買ったメーカーをネットで調べたがひっかからない…通販もやっていないようだ(結構往生際悪い?)。どうしてこんなに月曜始まりにこだわるんだと笑われそうだが、確かに曜日や日にちの確認だけなら、日曜始まりのカレンダーでOKなのだ。けれど、スケジュールを書き込むにあたって、土日はやっぱり並んであってくれた方が便利がいいのだ。手帳などの1週間ごとのカレンダーはどれも一番下が日曜じゃん?土日がくっついててとても書きやすいのだ。その上私の手帳はいつも4月始まりのスケジュール帳。これは3月になってから買出しに行く…まだまだこの需要はありそうなので、月曜始まりカレンダーほどの危惧はない。◆途中アフタヌーンティーでお椀を買った。ここ半年ぐらい好みのお椀がなくって探し求めていたのだが、合格点に達したいいお椀が見つかった。今まで使っていたお椀がものすごく好きで、また同じものをと思っていたら、それを買った店がなくなっていたのだ。全国にチェーン店のある雑貨屋さんだったのに、広島からは撤退してしまった。悲しきかな…。カレンダーはなかったけれど、お椀をGETした旨を旦に伝えると、「そのお椀買った店、つぶれないといいね…」と呟いた。それから、お昼に3度目の正直で、以前定休日で行かれなかった蕎麦屋に行った。頑固そうなおやじがそばを打っていた。更科系の美味しい天ざるとそばがきをいただいた。美味しかった、満足!また来よう、定休日を必ず確認して…。


2003年12月1日 (月) マヨネーズワックス

◆とうとう師走に突入した…というのに、今朝から喉が痛い。風邪か?それとも一昨日の忘年会のカラオケ唄いすぎか?と反省しながら、静かな朝ごはんタイム(子ども達を怒鳴れないので静かなのだ)。ここ数年風邪をひくと必ず熱を出すので、旦からソフトバレーを止められ、今日はお休み、残念。◆今日は例のレシピコンテストの書類審査があるというので、たまったビデオを消化しながら、淡い期待を抱きつつ待つも、電話のベルは鳴らない…またも残念。先月の今頃、悪戦苦闘しながら3種類のレシピを作ったのを思い出す。ここで改めまして…『レシピ作りにヒントを下さった皆様、ネーミングに知恵を貸してくださった皆様、試食に付き合ってくださった皆様、有難うございました。残念ながら落選です』…10万円とは言わずとも、せめて佳作ぐらいに引っかかって欲しかったなぁ〜。ま、こんなもんか。落選したので、そのうちレシピをよだれにUPします(誰も作らないってか?)。◆あっという間に日も暮れ、夕食の準備にかかる。明日は次男の弁当があるので、ポテトサラダでも作ろうかとじゃがいもの皮をむいていたら、マヨネーズ買い忘れてるのに気付く。今更買い物に行くのも面倒なので、マヨネーズを作ってしまおうと思いたった。…これがそもそもの間違いである。次男に手伝ってもらいながらハンドミキサーで卵黄と塩と酢と胡椒を混ぜて、油を少しずつ注いで攪拌していった。なかなかマヨネーズに近くなってきた。その時電子レンジではじゃがいもを茹でていた。更に炊飯のスイッチを入れていた…そうそしてハンドミキサーをダイヤル5で目いっぱい使っていたのだ!◆やってしまった、ブレーカーを落としてしまった!ま、良くあることなので慌てず騒がず、玄関へ向かいブレーカーを戻した瞬間の出来事だっ!『ががががが…がっしゃ〜ん!』やってもうた、ミキサーのスイッチを入れたままボウルに置き去りにしていた私。当然のようにミキサーが動き出し、ボウルはまっ逆さまに床へ落ちた。台所はマヨネーズ(まだもどき)の海と化した。調理台でなくテーブルで作っていたので、見事椅子にも座布団にもマヨネーズ(もどき)がコーティングされて…言葉では言い表せない惨状となった。◆マヨネーズ(もどき)を片付ける気力もなく、私は電話に手を伸ばした。旦の携帯を鳴らし、『お願い、帰りにマヨネーズを買ってきて!』と頼み(もちろんもう一度作る気力は萎えた)、事の成りを説明した…ら、ら、『がはははは〜』と耳を塞ぎたくなるような大きな声で笑われた。そして駄目押しの一言『写真撮っといて〜!!(笑)』『ぜぇ〜ったいヤダ!!』と電話を切った私であった。◆このままでいい訳もなく、一人淋しく床に椅子に座布団にこびりついたマヨネーズ(もどき)を拭き取る。あぁぁこの時間も今までマヨネーズ作りに費やした時間も虚しく感じられる。台所の床はてかてかと光り、ワックスを塗ったようだ。旦の帰宅後無事ポテトサラダは作れた。めでたしめでたし。が、もう二度と自分でマヨネーズを作ることはないであろう…。調子の悪い時ってあるよね、ね、と自分に言い聞かせている、師走の第一日目であった。


2003年11月10日 (月)


◆日曜日はのんびり8時ごろ起き出す私だが、昨日は目覚ましよりも早く起き、洗濯をし、朝ごはんを作り、熱いアメリカンコーヒーを淹れて水筒に。子ども達をせかし、荷物を担いで8時には車に乗った。目指すはスポーツセンターのアイススケート場だ。昨日の11/9はシーズンはじめの初滑りの日で、料金も普段の約半額で滑れるとあって、きっと混むだろうと読んだ我が家は、早めに家を出発し、8時20分には目的地に着いていた。◆しかし、駐車場の門が閉まっている…警備員さんが「30分には開きます」と言っていたので並ぶことに。その間、トイレに行こうと思い車を降りてセンターの入り口に行くが、こちらも開いていない(当たり前か)。仕方がないので自動ドアの前で待つ…ガラス張りの中を忙しなく動きまわる職員を眺めながら。8:30やっと職員が近づいて自動ドアの下にあるロックを外し、奥に引っ込みスイッチを入れた模様。すると自動ドアが、なんとも情緒たっぷりにゆっくりと開いた。だが、その先のスケート場につづく自動ドアはまだ開かない。「もうしばらくお待ち下さい」と職員が告げる…後ろを振り向くと、もう既に30人ほどが並んでる。◆待つこと20分、やっと第二の扉が開かれた。一度目のなんともゆっくり開いた味のある自動ドアを期待していた私たちだったが、第二の扉は、ごっつい男性職員の手で、無理やりこじ開けられた…(スイッチ入れろよぉ)。「ゆっくり前に進んでください」と言われ進むと、「はい、このへんで止まって下さい。後もう少しですのでもうしばらくお待ち下さい」。いったいどれだけ待てばいいのだ?子ども達の靴のチケットを購入し、更に10分、結局オープン時間9時ぴったりに会場とあいなった。「大人は700円、子どもは500円です!」というので、2400円を握り締め「大人2、子ども2です」と言うと、おばさんが「3400円ですね」と言う!(え?あたしってば計算間違い?)ともう千円出して手渡しながら、頭の中で急いで再計算…(やっぱし2400円だよ、旦、気付けよ!)そして小声で「2400円ですよね?」と突っ込むと、ちょっと間をおいて「あ、そーでした、ごめんなさい?(語尾が上がるの)」(ちょっとおばさん、1000円早く返してよぉ)だって。(…そうそう、トイレは並んでる間に済ませました)◆靴を履きリンクへ乗り込むと、もう9:10だった。もう少し早く開ければいいものを…ったく!朝一番のリンクは、靄がかかったように何だか神秘的で、まだ人もまばらなので、しーんとして空気もひんやりと冷たくて気持ちいい。早速4人で一回り。久しぶりで慣れないスケート靴は、ちょっとぐらぐらとふらつくが、次第に体もほぐれてスピードも出、顔に当たる風が心地よい♪◆しばらく滑っていると、「初心者向けのワンポイントレッスンの受付をします」と言うので、子ども達の分を申し込みゼッケンをもらう。だが定員までの受付が終了するまではレッスンを開始しない模様…またも手際が悪いぞ!子ども達も待ちきれないので、ゼッケンのまままだ空いているリンクを滑りまくる。結局15分後ぐらいに集合させられ、1組ごとにコーチをあてがわれた。スケート協会や大学のホッケークラブなどの人が教えてくれるらしい。息子達にはホッケー靴を履いたちょいと若めのお兄さんがついてくれた。(さぁて、ワンポイントっていうんだから、どれぐらいだろ〜)と興味津々な私と旦。傍で見ていると、まずは靴をきちんと履いているかのチェック、準備運動。(なかなか本格的?)

◆いよいよリンクへ降りる。まずはペンギン歩きで手摺につかまって歩く練習。そこそこ滑れる長男はつまらなそうだったが、次男はハリキリボーイ!先頭をきってペンギン歩きを楽しむ。あまり傍にいて見てるのもなんなので、旦と私は滑ることにした。すると5分もしないぐらいには手摺から離れて、2人ともいい具合に滑っている。基本から習うと何だかフォームもちょっと格好いい?時々近寄っては、コーチの指導を聞きながら、(ふむふむ、なーるほど、けど、ホッケーとフィギュアはちがうんでないの?)なーんて思いながら。びっちりと一時間、「ワンポイント」とは呼べないぐらい熱心に教えてもらい、次男は途中で休憩が何度か入ったものの、見違えるように滑れるようになっていた(相変わらず派手にこけるけど)。◆リンクには時間とともに人が増え(予想通り)、特に子どもが多く(これも予想通り)、そこそこ上手なホッケー少年達が我が物顔で蛇行するのをよけよけしながら、たっぷりと初滑りを楽しんだ。時々、広島カープのマスコット「スラィリー」とサンフレッチェ広島のマスコット「サンチェ君」と「フレッチェちゃん」(もっといいネーミングはないのかぁ?)がお目見えして、滑っていたが、すぐに子ども達に囲まれ、引っ張られ、ぶら下がられ、とても気の毒そうだった(着ぐるみの上にスケート靴だし…)。どうも「スラィリー」の中の人はスケート素人のようで(靴もレンタルだったし)、リンクよりも休憩ベンチ方面に出没ばかりしていた。◆ハリキリボーイも休憩時間が増え、「足がいた〜い」とギブアップ。靴と靴下を脱がすと、まめが2つできていた。そろそろ潮時ね…12:40、お腹も程よく空いてきたので、初滑りは終了した。帰り際に先着○名に配られたお土産チケットを引き換えると、それはサンフレッチェのマグカップだった。ちょっと笑った。アンケート用紙には「もう少し値下げして下さい」と書き込み、帰りに熱〜い讃岐うどんを食して帰宅。あ〜程よく疲れました。


2003年10月24日 (金) 戸籍

◆先日ある事情で、戸籍謄本やら印鑑証明やら納税証明書を取得しに行った。税務署には初めって行ったのだけれど、なんだかとっても不便な場所にあった。しかも、HPで調べたバス停の名前も間違っていて、1つ先のバス停で降りてしまい、方向音痴な私は危うく迷子になるところだった。どうして区役所などと一緒に便利のいいところにないんだろ?…とまずは文句一丁あがり。◆私の本籍は旦の実家である熊本にあるため、戸籍謄本は義母に取りに行ってもらった。戸籍謄本を見るのは7年ほど前のパスポート書き換えの時以来なのだけれど、じっくり見てみるとなかなか面白かった。出生届けを誰が出したのかとか(私も旦も父だった…当たり前か?)、生まれた場所は生まれた時に住んでいた所ではなく、生まれた病院があった所であるのが判った。というのも、長男は川崎に住んでいるときに産まれたのだけれど、産院は横浜だったので、戸籍上は『横浜市緑区で出生』となっている。時々「僕は何処で生まれたの?」と訊かれるので、「川崎だけど、産まれたのは横浜」と答えていたのは正解だったんだと納得。◆また、私たちの結婚記念日は、一応結婚式を挙げた日ということなのだけれど、実際入籍したのは、新婚旅行から帰ってきてからだったので、本当は数日後。けれど、それが何日だったか2人ともすっかり忘れていたのだけれど、それは10日後だと判明した(笑)。だが、区役所に届けた日が旦の籍に私が入った日というわけではなく、それから熊本に届けられ4日後に籍に入ったことになっている…。結婚記念日っていったいどれ?それに、出身地って生まれた所?◆本籍地の意味…時々考えるが、転勤族の我が家にとっては、実家が本籍なのは大変めんどうだ。かといって、ゆかりもない土地に移すのもなんだし、転勤の度に変えるのも面倒だし…。もっと便利にならんものかぁ?


2003年10月14日 (火) てぬぐい

◆先週TDSで散財したので、この3連休は家でごろごろと過ごした。土曜日、しまい忘れていた小さな扇風機などを片付けたりして、家の中の中掃除。お昼は旦実家から届いた新米を炊いて、前の日の残り物の鰤大根や納豆やお漬物と一緒にいただく。硬めに炊いた炊きたての新米は美味しい!子ども達もお代わりをしてぺろりと食べた。午後は来週焼く予定の酒器を仕上げる(陶芸よ)が、同じものを2個作ったつもりだったのに、大きさが違う…うっ。◆日曜日、旦と子ども達は朝一で床屋に出かける…その間に掃除やら夏物の片付けを済ます。昼は、塩鮭と海苔・漬物・お味噌汁でまたも新米を堪能。前日より多めに炊いたのに、空っぽ。午後、妹が送ってくれたDVDレコーダーの設置に取り掛かる。説明書を読むも専門用語が飛び交い、頭が痛いので旦に任せる。なので私は1ヶ月ぶりに畑を耕した。夏の作物…モロヘイヤ・オクラ・大葉・にが瓜を撤去。久々に鍬を振り回し、ちと腰にきてしまった…2時間の労働が終わった頃、DVDは無事セット終了、ありがと旦◆月曜日、(ったく、3連休は勘弁して欲しいよぉ!!)と思いながらも、早起きをして、8時頃スイミングのバスハイクの申し込みに行く…並んでるぅ!皆早いっ!長男は、体育の日でスポーツセンターが無料なので、友達と卓球へ。次男は友達のところへ遊びに行った。取り残された旦とあたし…静かでいいけど、さびしいなぁ。たまったデジタルビデオカメラのテープを整理して、DVDに落してみる…うん説明書難しい…のでまた旦任せ。お昼、急にピザが食べたくなったので大急ぎで3枚作る。1枚目は卵のピザ(うずらの卵で作ってみた)、2枚目はパイナップルのピザ(我が家の定番)、3枚目はポテトピザ(茹でたじゃがいものマヨ合え+ペッパー)。これまた腹を空かせて帰ってきた子ども達がぺろりと平らげる(作るの1時間、食べるの10分:涙)。午後も子ども達が出かけてしまったので、旦はパソコン(仕事)。私は、夏休みに好意で旦が雑巾を作ってくれたのだが、見事ミシンを壊していただき、仕方がないので、手縫いでてぬぐい暖簾を作る。◆この夏は色鮮やかな黄緑の豆模様(豆絞りではないの)の暖簾をカフェカーテン代わりにしていたのだが、そろそろ秋バージョンへと思い、橙がかった黄色地のなでしこ柄に衣替え。部屋の雰囲気がちょっぴり変わったかな。他にも、豆皿柄のてぬぐいと、来年の干支猿の柄のてぬぐいも端縫いした。これは玄関に飾る用。夕方、紅玉でジャムを作り、プチアップルパイを焼く(冷凍パイシートで簡単)。1日遊びほうけてくたくたの次男が大喜びでほおばる。◆本日火曜日、やっと一人の時間がやってきた。昨日、PYREXの1?の計量カップが欠けてしまったので、ネットで同じものを探してみる。耐熱容器で1?の片手で持てる取っ手付きはかなり便利。近頃は、電子レンジでよくジャムを作るのに使う。ネットサーフィンしながら可愛い雑貨屋を発見し、PYREXの計量カップも見つけた…ら、その店に可愛いてぬぐいが沢山!!(きゃ〜!!)と1人心の中で叫びながら、衝動買いをしてしまった。コレは来年の春用、夏用…。これを縫う頃には、ミシンを修理に出しておかなくっちゃだわ。◆写真は玄関用豆皿柄…張子の狐に意味はありませぬ。


2003年10月1日 (水) のぞみ、先に行ってるよ!!

◆あれあれという間に10月に突入してしまった。今日から新幹線のダイヤが大幅に変わり、のぞみ号が増えて値下がりし、自由席ができ、品川駅に新幹線が止まることになった。朝からワイドショーはそのことばかりだ…。JRに対抗でして出した航空会社のチラシは、「のぞみ、先に行ってるよ」という文字が駅の掲示板に書いてあるというものだった。値段は新幹線の方が断然安いが、速さはやはり飛行機にかなわないということだ。なかなか面白い。◆広島から東京へのアクセスはとても悪い。10年ほど前までは、広島空港が市内にあったため、我が家からは15分ほどで空港まで行けたのだが、今は電車やバスを乗り継いで一時間以上かかる所に移転してしまって、それ以降広島から飛行機に乗ったことは無い。もっぱら新幹線で東京まで出る。JRは今まで、のぞみを利用すれば広島ー東京間は4時間を切り、『3時間58分』と謳ってポスターなどにでかでかと書いてきていた。広島空港までのアクセスの悪さと羽田から都心までのアクセスの悪さを考えると、やはり子連れの我が家は新幹線派であった…◆先日、妹を広島駅に送っていくタクシーの中で、新しいダイヤの時刻表を眺めていた。もちろん東京駅まで… ????えっ?ちょっとまったぁー!!!17:00広島発ののぞみが東京駅着21:06分だぁ!?そんなはずはないとばかりに、他の便も見るが、すべて広島ー東京間は4時間6分となっているではないかぁ!怒り炸裂!一人ぶつぶつと文句をたれていると、タクシーが広島駅新幹線口に到着…!!な、なんと駅壁面を大きく覆うJRの看板には、『のぞみ広島ー品川間3時間48分』の文字が踊っていた!!◆更に時刻表を眺めると、増発したのぞみの替わりに減らされたひかりは、博多発大阪止まりばかりで、東京へは直行できない!のぞみの料金が安くなったとぬか喜びしていた私はバカだった。品川駅に停まる分、東京駅までの時間は増え、ひかりを利用した時とさほど変わらない。なのに、今はもうひかりに乗って広島ー東京間を行くことすらできない。値下げは当たり前だったのだ!ひかりの料金と同じにしてもいいくらいなのだ!◆世田谷〜川崎に住んでいたことのある私は、ああ、品川駅に新幹線が止まって便利だと、感心していたが、こんな落とし穴ががあったとは…広島・岡山あたりから東京へ行く人や、更に千葉や埼玉方面へ帰省する人にとって、新幹線品川駅開通による8分のロスタイムは大きい。今週末、のぞみに乗って東京へ行く私。子ども連れなだけに、やはり指定席で行かねばなるまい…。今後、我が家にのぞみにのぞみはない。広島西空港(元広島空港)に羽田便が復活することを願うばかりだが、こちらものぞみ薄。東京にいる時はいかにJRに乗らずに目的地まで行けるか、地下鉄路線図を見るのが大好きだった私。ますます私のJR嫌いがすすみそうだ。


2003年9月9日 (火) 天せいろ

◆今朝あまりの暑さに、5時半ごろ目を覚まし窓を開けて再び眠りにつこうと思った時、上の階の住人の目覚ましがけたたましく鳴り響いた。同じように窓を開けているのだろう、下の階にまで聞こえるというのに、なかなか止まらない…30回も鳴っていた。すっかり目を覚ました私。なんという朝だ。日も昇り、鳥が鳴き、今日も一日が始まった。◆居間で転寝している旦を揺り起こし、話し相手になってもらい、メールをチェック。夜中の間にいくつか誕生日祝いのメールが入っていてにっこり。だが、TVの星占いは10位ときたもんだ…がっくり。◆昼前、陶芸の道具などを見に東急ハンズなどをうろうろしていたら、旦から電話。私が誘ったのだがランチを一緒にとることになり、以前から行ってみたかった美味しいお蕎麦屋に直行した。以前にも行ったが定休日だった。(確かあの日は月曜だったから、今日は火曜日だから大丈夫…うんうん)。2度目に行った時は開いていたのだが、車を止めるところがなく、店の人に聞いたがそっけなく「駐車場はありませんねぇ」の一言に、かちんと来てその日は帰ってしまっていた。こんどこそと思い、今日は近所の大型スーパーに駐車して行った。私たちの先を歩くサラリーマンが一人…どうやら彼も蕎麦屋に行く気配。後をついて行ったのだが…店の前でくるりとこちらを向いて足早に去っていってしまった◆もしや!?…案の定「定休日:月曜・第二火曜」という貼り紙が…っち!ついてない!そして縁がなかったのだろうとあきらめた。が、お腹はすでに30分前から“天せいろ”を欲してる。そこで、もう一件旦が仕入れた情報の美味しい蕎麦屋へ即行GO!◆もう1時近かったので、お店も空き始めて対応もよい、出てきた天せいろは、海老2本にかぼちゃ、なす、大葉、人参の天ぷらがサクっと揚がっていて、抹茶塩が添えられていた。せいろには男の人が食べても満足いくくらいの量の更科系の細そばが品よく盛ってあり、だしはかつおとこぶの濃くもなく薄くもない丁度良い味。ねぎは白ねぎ、わさびは鮫皮ですった生わさび。もちろん蕎麦湯が頼んでないのにすっと出てくる…。30分遅れたものの大満足のランチだった。◆夜は生協で注文したことをすっかり忘れていた大好物の柿の葉寿司が届き、旦が頼んでくれていた木苺のケーキが届き、とても気分よくなり、久しぶりにピザを作ってみた。フルボディーの赤ワインを開けて、すっかり上機嫌な私。◆食後は母と妹にリクエストしていたプレゼントを開封(一週間我慢してました)。次男が叫ぶ「ぁあ〜小っちゃいギターだぁ!」「これはウクレレっていうんだよ」と早速旦の協力を得てチューニング。ギターより弦が2本も少ないのだから簡単と思いきや、いやいや結構難しい…。妹が選んでくれた教本を端から弾いてみたが、ぎくしゃく。結局そこそこ唄いながら弾けたのは、「サザエさん」と「チェリー/スピッツ」の2曲だけだった…思い知った。◆クリスマスには長男とピアノの連弾が待っている。去年の次男とのねこふんじゃったとは訳がちがう。なななんと「ハンガリー舞曲第5番」だぁ!まだ1/3しか弾けない…ウクレレとともにもっちっと練習しないと…あと3ヶ月!!◆年々誕生日はあまり嬉しいものではなくなってる気がするけど、歳を重ねるごとに、やりたいことが増えてきている気がする…。残り少ない人生(きっともう折り返し地点だろう)やり残しのないように生きてゆきたいものだ(やりたくないこともそれ以上にある気がするが…)。


2003年8月31日 (日) やり残し

◆夏休み最後の週は子ども達の宿題の追い込みを手伝うとともに、自分もやり残したことを片付ける一週間だった。帰省中の写真を片付けたり、陶芸をしたり…。そして昨日は夏休み最後を飾るべく、小学校でお祭りが催される予定だった。…が昼過ぎからの雨、雨、雨…またもや雨にやられたイベント。なんてついていない夏休みだろう!◆そして今日、予報は雨だったので朝から宿題ラストスパート!…暑い、それにしても蒸し暑い…えっ?外が晴れてきた!「ええぃ、今から出かけようぜ!」とHPを開き、毎年行っているぶどう狩り情報を…。30日から始まってて、『安芸クウィーン』『藤稔』『高妻』三品種ともOK!との情報に、30分後にはGO!◆飲み物と水着と温泉セットと途中コンビにで買ったお弁当を持って、車をぶっとばしていざぶどう狩りへ。ぶどうをてんこ盛りに摘んで、試食も沢山食べて満足満足!今年も蛙に出会った。◆ぶどう狩りの帰りはこれまた恒例の川遊び。いつもよりも川には沢山の人…皆やり残した夏を畳み掛けてるかのように見えた。子ども達は水着を着て大はしゃぎ。そういえば今年は屋外プールに一度も行っていなかったぁ。◆一時間ほど泳いだ後はスーパー銭湯へ行って汗を流し、これまたお決まりのラーメン屋で夕食をとり帰宅。休む間もなく宿題の総仕上げを済ませ、ほっと一息。そして、そして、最後の最後にやり残した花火。これで締めくくり。◆あ〜!今日一日でやり残した夏休みを駆け足で駆け巡った。ぐったりだけど、心地よい疲れ…。夏休みは今日で終わりだけれど、まだまだやり残した夏が転がっていそうだ。見つけたらきれいに泥を払って拾ってあげよう。そのまま来年まで棚に飾って置くかは…わからないけど。あぁ〜ビアガーデンも行ってないよぉ〜


2003年8月17日 (日) 東京タワー

◆旦が広島に帰る日なので、東京駅まで行くついでに、東京観光をした。お盆休み最終日とあって、東京駅は朝から大荷物を抱えた人でいっぱいだった。2◎年ぶりに東京タワーに行ってみる事にした。子どもたちは初めてだし、3年ぶりの東京で、浅草は先日行ったし、お台場は帰りのゆりかもめが恐ろしく混みそうだし、ディズニーランドは問題外の混み様だろうし…◆東京駅北口にバスで着いた私たちは、東京タワーに行くべく、等々力駅ゆきのバスに乗ろうと思ったのだが、バス乗り場は丸の内北口と聞き断念。地下鉄の駅も不便だし、JRで行こうものなら、浜松町から15分も歩くという…悩む間もなくタクシー乗り場へ直行した。都内の道路をすいーすいー…あっという間に着いた。私の選択は◎。◆だが、着いた頃から小雨が降り始め、展望台に上った頃には薄く霧がかかり、眺めはいまいちだった。特別展望台はもう雲の中のような視界真っ白…ちっついてないや。「あの辺がレインボーブリッヂ、あのもやもやっとしたのが都庁でしょぉ?…あっ六本木ヒルズはよく見える!」…さびし…◆その後、旦の提案で渋谷のハンバーグ店「ゴールドラッシュ」へお昼を食べに行った。渋谷は10年前と大して変わっていず、勘を頼りにセンター街を抜けて店に到着した。とっても解りにくい路地にある店で、看板も店構えも店の中も、メニューもほとんど変わっていなかった。変わってしまったのは、私たちがここに通っていた頃にはまだ幼稚園児や小学生だったであろう店員ぐらいか…。腹いっぱいハンバーグをほおばり、「ん〜!この味、変わってないねぇ!!!」私と旦は大満足だった。…が、地下鉄乗り継ぎ長い事歩いた子ども達はへろへろだった。◆更に時間があったので、新宿まで足を伸ばしデパートでお買い物。新宿は著しく変わってしまったので、JRから高島屋までの道で遭難しそうになった…あぶないあぶない!旦達は金魚の糞状態だというのに。長男の誕生日プレゼントのMDウォークマンを物色し、地下で美味しそうなお惣菜とシフォンケーキを買って帰途に着いた。◆先々週も上野〜浅草を巡って感じたが、東京って街は、子連れを寄せ付けない不便な街だ。JRや地下鉄の駅の雑多さや表示の見難さ。道を訪ねると嫌々答える駅員!乗車賃返してくれよ、あんたの給料から!ベビーカーや車椅子で入れない所の多さときたら!!!汐留などの新しいことでさへも、古いところから新しいところへのアクセスがあまりにもひどすぎる。もうベビーカーなど乗らない我が子だが…こんな街って、日本の中心なのにって…◆あっ、前にもおんなじ様なこと書いてんじゃん!


2003年8月7日 (木) 15年

◆昨日、2歳〜6歳ごろまで住んでいた東京杉並区浜田山のアパートの隣に住んでいたご家族と、何十年ぶりかに再会する事が出来た。実家で古いアルバムをめくりながら、遠い遠い昔へタイムスリップしていった。アパート前の階段やブロック塀、傍を通る井の頭線、近所の駄菓子屋、あの頃流行った服や玩具…。途切れ途切れではあるものの、セピアカーラーに染まってはいるものの、次々と皆の口から溢れ出る思い出達…時間があっという間に過ぎてゆく。◆そして、昨日は我が家と妹夫婦の結婚記念日でもあったので、結婚式のビデオを皆で鑑賞した(何年ぶりだろうか?)。3年前のまだ記憶に新しい妹の式は、身内と友人だけの厳かな挙式。15年前も暑い8月6日…ビデオに写る今は亡き父や祖父、今より○sは軽い私…。叔父が涙したシーンにもらい泣きしてしまい、皆の涙まで誘ってしまった。◆毎年結婚記念日前後には、家族で外食が通例の我が家だが、今年は広島と千葉で離れ離れなので、メールで一言ずつ交わしただけとなった。15年の月日は短くもあり長くもあり、山もあり谷もあり…旦と離れて過ごした分、余計に感慨深いものがあった。もうすぐ、父母と過ごした年月を超えてしまうのだから、他人なのに夫婦って凄い。いつの間にか思考も嗜好も似た者になっていくのも不思議だ。◆これから先何年一緒に過ごすのかわからないが、まだまだ発展途中の私達。どう進むにしよ、どう転ぶにしよ、お互いの声を聞きながら、最後には笑って話せるように歳を重ねていきたい。なぁーんちゃって。


2003年8月4日 (月) 雲隠れ

◆8月1日は実家近くの花火大会の日。前日、まだ梅雨の明けぬ関東地方は前日もはっきりしない天気だったが、雨は止んでいたので会場へレジャーシートを持って席を取りに行った。役場が用意した桟敷席があるが、1ブース(3畳ほど)が15,000円!ちょっと高すぎ。昼前に行くと、既に杭とビニール紐で陣取りがされており、中央の一番いい席はほぼ埋まっていた。やや端のほうにシートを敷き、持ってきた石を置いてみたものの、川からの風で飛ばされそうだ。急いで母とホームセンターへ行き杭とビニール紐を購入し、シートを固定した。◆当日はどんよりと曇り、昼前から小雨が降り始めた。10時の時点で花火が鳴り、決行予定。正午にも花火と放送で決行が告げられたが「最終決定は夕方6時…」とのこと。その間、時より激しく降る雨…(これでも決行なのかぁ?)苛立ちながら時が過ぎていった。◆結局6時にも花火が鳴ったので、シャワーを浴びて浴衣を着るがまだ小雨がちらつく。花火開始の7時前にやっと雨が上がり、皆遅い出足で花火大会会場の川原に向かう車で家の前は渋滞となった。◆実家から川原までは少し距離があるものの、十分花火が見れるので、日中降った雨でグズグズの川原で見るよりも、ゆったり家で見ようと思って夕食を取りながら花火の上がるのを待っていた。「ドーン」と大きな花火の音が鳴り響き、いよいよだ!と外を見るも、花火の「は」の字も見えない。空がやや赤く染まるだけ…◆業を煮やした私は友人と次男を引き連れ、川原まで歩いて見に行く事にした。今年ネットで衝動買いした浴衣はすこぶる着心地がよく、次男は私が縫った甚平を着て道を急いだが…何故か逆方向に帰る人がちらほら…「見えね〜じゃん」という声が耳に飛び込む…。もしや?と思いつつも引き返すのも癪なのでそのまま歩く。会場に近づくと、小さい花火が沢山打ち上げられて、拍手が鳴り響く!!見えた見えた!!やっと見えた!!びしょびしょのシートの脇にビニールとタオルを敷いて花火見物と相成った。◆目の前の桟敷席は空席が目立つ…やっぱり。コンテストに出される花火の紹介がされ、大きな音とともに花火が打ちあがる!……も「み、みえない!!」音はすれど、空は若干明るくなれど、花火は見えない。かろうじて垂れ下がるタイプの花火だけが余韻を残しながら落ちていくのが見えて、感動というよりもため息のような拍手。花火の後の煙もすごく、川風に乗って観客席に届く。そのたびに次の花火の打ち上げが延びる。「審査は混戦模様です」と司会の女性が笑いながら言う。会場も苦笑。◆3年ぶりの花火大会は最悪なものとなった。きっと審査員などのお偉いさんの都合や、役場の意向などあっての強行だったとは思うが、花火やさんもこんなコンディションでの打ち上げはさぞかし無念であったろうに…と想像する。(今の一発いくらだろう〜)と、音だけで影も形もない花火を見上げる虚しさよ。…翌日は夏の暑さ到来、梅雨明けが宣言されたというのに。


2003年7月29日 (火) 八月の新幹線

◆昨日新幹線のぞみで次男と2人東京に向かった。席は広島でほぼ80%の乗車率で結構混んでいた。退屈な新幹線で次男は絵を描いたり、本を読んだりして過ごしていた。私も文庫本を1冊持ってきていたので、読みふけっていた。江國香織「すいかの匂い」という夏の物語の短編集で、『私は新幹線は嫌いだ…八月の新幹線は特に嫌いだ。子供が多くて騒々しい…』という場面を読んでいた。確かにこの季節、夏休みの子ども達が多く賑やかな車内だ。我息子達も2人揃うと私の渇が時々飛ぶが、今回は次男だけだったので、かなりおとなしくしていた(と思う)。◆岡山を過ぎた頃に、3席ぐらい前方から「ピコピコ・パラララ〜」と言う音が響きだした。ゲーム音だ。子どもだけで乗っているわけでもなさそうだ。親は注意する気配がない。周りも関心なさそうな雰囲気。丁度車掌が切符拝見に来たので、何か言ってくれないものかと見ていたが、素通りだった。かくいう私も腰を上げて3席先まで行って注意する勇気もない。◆自分も子どもを持つ身。泣き声や騒がしさはまだ我慢ができるのだが、私はゲーム音があまり好きでないせいか、いつまでも気になって読書に集中できないでいた。そうこうしているうちに、新大阪で彼らは降りたようで、耳障りな機械音から開放され、読書がすすみ…うたた寝もゆったりできた。だが、彼らが途中下車せずに東京まで乗っていたなら…文句の1つでも言っていたかもしれない。◆未だに運転しながら携帯電話をかける奴、電車の中で平気で携帯電話を鳴らし話しこむ奴、電車に乗るときに並ばないくせに電車が到着すると1番に乗り込む奴(おばさんに多い)…。私の矢のような視線が走っているはずだが…。マナーは何処へ行った?◆私は旅行の際荷物が多い。今回もパソコンを持参したせいもあって、コロ付きの鞄をガラガラと引きずって東京駅に降り立った。下りのエスカレーターはあるものの、ほんの3段の階段などが随所にある東京駅…。わかりづらい表示たち…『バリアフリー』なんて言葉はかけらも見られない日本の中心(一応15年前は庭だったので迷子にはならないのだが…)。その後用事があって汐留まで行ったのだが、新橋駅も同様、ゆりかもめへの乗り場に行くにも、めちゃくちゃアクセスの悪い駅前…。どれだけ階段を乗り降りすればいいんだぁ?『お年寄りやベビーカーの子連れは来るな!』といわんばかりの付け足しの街並だ。帰郷するたびに新しいものに出会う街東京。だが現実はかなり悲しい。


2003年7月20日 (日) トロフィー

◆夏休み早々、いいことが1つあった。長男がスイミングの進級テストで1級に合格したのだ。何度目の正直だったろう…来月で13歳になってしまうと合格タイムが縮まるので、何としても7月中に合格して欲しかった。出掛けに、『もし、今日合格できなかったら、次回の進級テスト代金(420円)はあなたのお小遣いから出してね』と言ったのが利いたのか、ジンクス通り私が見に行かなかったのが幸いしたのか…いやいや、彼の実力実力!。テスト後にすぐに旦から電話があり、『トロフィー貰ったよ』の一言に、ほろりと涙が出てしまった。帰宅後焼肉&ビールで乾杯!美味しい酒が飲めました。明日も美味しい酒が飲めそうだ…うふふ(意味深?)。◆今朝はものすごい雨と雷で目が覚めた。今年の雨はすごすぎる。畑のミニトマトは予想通り全て落下していた…ぐすん。その他の夏野菜も日照不足か、実が生らない…ぐすん。オクラと大葉とニラは何とか元気。もうすぐにが瓜が収穫できそうだが、その頃には広島を離れている私…ぐっすん。◆旦の押入れ掃除大作戦が始まったようだ(私は本日整体でお出かけでした)。進み具合はまずまずだが、なかなか荷物が減らないようで、ゴミ袋1つ分の収穫でした。明日はもっと出るかしら?出して欲しい、出してくれぇ〜(懇願)!!


2003年7月18日 (金)

◆昨日、暑中見舞いを書くことにした。色々ネットで素材を探したけれど、気に入ったものが見つからないので、えいっ!自分で書いてまえ!と書道道具を引っ張り出した。絵手紙風?題材は…枝豆にしてみるか…と冷凍庫から冷凍枝豆を3つ出してチン。◆小中時代、図工も美術も苦手、特に絵にはセンスがなかったので、自信は全くがないが、行き当たりばったりで書いてみた。私:『これな〜んだ?』次男:『枝豆!』(えがった、枝豆に見えた)きっと何度書いてもこれ以上上手くは書けそうもないので、おしまい。ほんの30分ほどで原稿出来上がり。◆原稿ぉ?そう、同じものは何枚も書けないので、これを原稿に同じものを印刷するのさ!なんて面倒くさいんだぁ、スキャンしてパソコンで編集して印刷して…半日が潰れた。◆久しぶりに握った筆、なかなか気分が落ち着いていい。周りの騒がしさなど耳に入らず、邪念などなく、静かな時間がそこ流れていた。これを機会にたまには筆で絵や字を書いてみようと思った(絵だけじゃなくって字も下手だけどなぁ)。余談:題材の枝豆は、丁度昼時にそうめんを食べに帰ってきた旦のお腹に納まりました。◆我が家は今、私一人が盛り上がって、11年間の垢落としをしている。貧乏性の旦と喧嘩しながら(本当に昨日大喧嘩しました)、今週は大量のゴミを排出した。明日からの3連休、旦が重い腰を上げてくれるようなので、来週もゴミの山が築けそうだ。◆夏休みに突入だが、この天気…いったいいつ梅雨が明けるのぉ?今晩も1分弱の停電があった。雷だろうか?体にもカビが生えてきそうだぁ。夏休み…ラジオ体操に次男と行かないとなぁ。本沢山読まないとなぁ。も少し体重ダウンしないとなぁ。今年は夏バテしないようにしないとなぁ。『〜しないとなぁ』→『〜しよう!』に変えないとなぁ(←あら、もうだめだゎ)


2003年7月5日 (土) 食器

◆木・金と台所の片付けに取り掛かった。メインは飽和状態になっている食器棚。とにかく全部出して並べてみたら思った以上にすごい量だ。3年前ぐらいに少し処分した気がするが、更に増えている…。思い切って大量に捨てることにした。景品の類のもの、結婚式の引き出物の類、十分使いきってご苦労さんの類…。だが、普段ほとんど使わないものでも、捨てるに惜しいものが何点もある。これは実家に送って店で使ってもらうことにした。◆結局処分品がダンボール2箱、実家送りも2箱出た。それでもまだまだ我が家の食器棚はぎゅうぎゅう詰めである。陶芸を始めて更に増える予定なので、なるべく買うのはやめようと思っているのだが…先日も旦の茶碗が割れたので、お気に入りのお店を覗いてみた。割ったものと同じものがまだ並んでいたのだが、隣になかなかいい夫婦茶碗があり、つい揃いで買い求めてしまった。割れたものとお揃いの私の茶碗はかわいそうにお蔵入りである…(まだ捨てられない)。こうして増える食器たち。◆私はプラスチックの食器が嫌いだ。子ども達が小さい頃も、お茶碗やお皿、マグなどは磁器製品で揃えた。けれど、幼稚園に入ると、コップ・おベント箱とプラのものばかりが増えていく…。更にキャラクターものが食器棚に並ぶ…(かろうじて私はコップだけだが)。プラは確かに割られる心配が(私が怒る心配も)なくいいのだけれど、味気がない。食器屋にごっそり並ぶキャラ物のプリント食器を見ると…げんなりだ。◆気に入ったものほど悲しいかなよく割れる。景品の類はどんなに粗末に扱ってもなかなか割れないのは何故だろう…。今回箱に入って眠っていた食器たちも目を覚ましてもらった。結婚祝いにいただいたペアワイングラス…高そうだ。結婚当初はワインを飲むたびに箱から出して使っていたが、ここ7・8年は箱に収まったまま、普段使いのグラスで飲んでいた。良いものこそ使わないと…ね。週明けには、空き箱と食器の山がゴミ捨て場に並ぶ。犯人は私です!◆台所で宿題をしていた次男が「何かいい匂いがする!」と鼻をくんくん。相変わらず匂いフェチな彼。「何の匂い?」と聞くと「コロッケ!」「それから何だかおにぎりの匂いもする」。お見事ビンゴ!今日のお昼は超手抜き、出来合いのコロッケとおにぎりです!あなたの犬のような鼻、感服いたしました。礼。


2003年6月28日 (土) 思い込み

◆我が家の朝の動きは、6:30に電話のアラームが鳴り(目覚まし時計はない)、私か旦がもそもそと起きだし、テレビをつける。私は寝床からテレビをぐだぐだ見ながら体を目覚めさせ、最後に占いをみてしゃきっと起きる。その間にも夜セットしたご飯が炊けて「ピピッ!ピピッ!」、同じく夜セットした洗濯が出来上がって「ピーピー!」という目覚ましが私を徐々に目覚めさせてくれる。朝食の準備をして、7:00に子ども達を起こし、3人は朝食、私は長男と旦のお弁当を作り、7:20ごろに朝食に合流する。そして、旦が7:50頃、次男が7:55頃、長男が8:00頃に出かけてゆく…。そんなパターン化された毎朝なのだが…昨朝は…◆暴睡していた私はアラームに気づかなかったが、旦が起き出して皿を並べ始めたので、私「今、何分?」旦「35分」…(え?ついさっき鳴ったのに気づかなかったのか)と思いながらもいつものようにテレビをつける。私「ご飯炊きあがったかな?」旦「うん炊けてる」…(あれ?確か7時丁度にセットしたはずなのに早いな?)と思いつつも、布団の上でストレッチしながら徐々に目覚めて、45分には起き上がった。旦:「早い時間も週末占いあるんだね…」私:「本当だね」などの会話を交わし、朝食とお弁当の準備にとりかかる。お弁当のおかずを何にしようかと冷蔵庫をのぞいて、そろそろ子どもを起こさないとと思った頃、玄関のチャイムが鳴った。◆旦「こんな早くに誰だ?」私が寝癖を手で撫で付けながらドアを開けると、そこには長男の友人S君が立っていた。私「あら、早いのねぇ今日は」S君「え?そうですか?」私「だって、まだ7時…」と振り返り時計を見た私は仰天!「…って8時ぃ?!!!」「うっそーぉ!」「ごめんS君、先に行っててね」と寝坊したことを説明もせずにそそくさドアを閉めた。◆さあ大変だ!旦も事態に大慌て…るようすもない(何故だこの人ってば)。急いで子ども達をたたき起こし、口々にパンだのフルーツだのを突っ込み、長男の弁当だけをチャチャっと詰め込み、水筒にお茶を入れ、見事10分で子ども達を家から追い出した。旦の弁当も作り8:20ごろやっと座って朝食をとった。旦はあまり動じることもなくマイペースでいつものように食べていた(何故にそこまで落ち着いていられるのだぁ?)。◆TVを見て気づかない私もドジではあるが、旦もしかり。私が時間を聞いた時(何時?とは聞かずに何分?と聞いた私も悪いが)に何故気づかなかったのだろうか?私も旦もあまり目覚ましに頼らず、自分の体内時計で起きるタイプなので、目覚めた時間がこんなに遅いとは露ほども思わなかったのであろう。思い込みとは恐ろしいなーとつくづく感じた朝であった。◆甚平を3枚(大・中・小)縫い終わった。ミシン糸を1本使いきった(すげっ!)。部屋にはアイロンだの針箱だのミシンがのさばり、残り布、型紙、鋏、缶詰(型紙を固定する時に使うのだ)、霧吹きが散乱してものすごい形相。これから片付けなければ…ふうっ。小(甥っ子用)から作り始めたので、後半、大(長男用)にとりかかったら、でかさにびっくりした。出来上がった大小を見比べ、12年の歳月の長さをしみじみと感じた。またしばらくミシンは冬眠状態に入るでしょう。◆最近の次男語録(言い間違い偏)…『しなみめじ』(ぶなしめじ)・『あさっぱらガス』(アスパラガス)・『ミスケット』(ビスケット)・『マノエーズ』(マヨネーズ)…私が幼い頃は『マネヨーズ』『ヘコプリター』だったのになぁ。


2003年6月14日 (土) 夏模様

◆6月に入り梅雨入りもし、日に日に夏らしくなっていく。先日マンションの裏手に生っている梅を収穫し、1sは梅酒に、1sはサワー漬けにした。スーパーの店頭にも青梅やとうもろこし、枝豆、デラウエア、西瓜、さくらんぼなどが並び始め、(あぁ、また夏がやってきたの〜)と感じさせられる。◆去年漬けた梅酒を夕飯時にちびちびと飲みながら、子どもの頃の夏を思い浮かべてみる…蚊取り線香、すだれに葦簾、扇風機に竹のうちわ、浴衣に手ぬぐい、花火に風鈴、縁日の金魚にあんず飴。流しそうめん、蒸したとうきび、土用の丑の日のうなぎ、カキ氷。子どもは庭で花火をしながら西瓜の種飛ばし、大人は縁台に座って枝豆に冷えたビール。粋な日本の夏である。◆こんな光景も核家族だった我が家ではなく、夏休みに帰省する母の実家での風景だ。田舎暮らしが嫌で嫌で仕方なかった学生時代だったが、年を重ねるとともに田舎ののんびりした生活も悪くないないし、自分の子どもたちにもよき昔の日本を味わってもらいたいなぁと思う時がある。◆先日ネットで衝動買いした浴衣が届いた。今年の夏は3年ぶりに自分の実家に帰省するし、妹家族と浴衣を着て花火を見に行こう。我が息子達とぷりてぃー甥っ子には甚平を縫おうと思っているのだが、なかなか伝統柄のいい生地が見つからない。女の子は朝顔や撫子、花火や風鈴の可愛い柄がたくさんあるのに、男の子といえば…とんぼに蟹にかぶとむしぃ!?がっくりだ。呉服屋さんに行っても甚平コーナーはさびしいもので…。自分を飾るっきゃないっしょ、今年の夏はおニューな浴衣よぉ!(20何年ぶりだからいいよねぇ)◆昨日次男の小学校のPTCで手話を習った。高校時代にサークルに入っていてほんの少しだけ習ったのだが、学生時代に習ったことって意外と忘れないものだ(最近習ったものはすぐに忘れる)。指文字は完璧に覚えていた。子どもたちは少し退屈そうだったが、トトロの「さんぽ」を手話で歌ったら皆大喜びだった。そういえば学生時代も、コンサートでドラえもんの唄などをしたのを思い出した。音のない生活は健常者(←この言い方は好きではないが)の私達には理解できないが、音を楽しむ音楽は、音がなくても楽しめるような気がしている。手話で歌う人の表情や手の使い方ひとつで、たくさんの表現ができる。聞こえない分を体で表現し、体で感じ取ることができる。不自由なところを不自由とはせず、他の感性を高く研ぎ澄ましていく力はすごいと思う。また少し手話を勉強したくなった。


2003年6月5日 (木) トケイソウ

◆昨日の夕方、次男の担任から電話があり、「今日の放課後、Mくんが手すりにあごをぶつけて、たんこぶつくりました。保冷剤で冷やして帰りましたが、お家でも気をつけてあげてください」とのこと。あらあらまたいつものことね…と、なかなか帰宅時間にもなっても帰ってこない次男を待つこと30分。元気よく玄関の扉を開けて「ただいまぁ!」と帰ってきた次男は、たんこぶのことなどすっかり忘れていたが、顔を見た私は思わず「ぷっ!」とふいてしまった。あごが腫れて少し面長、しかも微妙に左側を打ったため、あごが割れているように見える(長嶋さんの風)。◆「あご痛い?大丈夫?」と訊くと「え!?何でしっとるん?(広島弁)」と驚く彼。しかしあごの話はそれまでとばかりに、「ママにお土産!」と花を差し出す彼。なるほど、これを摘んでたので遅くなったのか…ったく!と思いつつ花を見るも、見たことのない花。「トケイソウだよ〜」と言う彼。あまりに短く花だけを摘んでいたので、エッグスタンドに水を入れて花を挿し眺めてみると、ふむふむ、時計のような花だ。いったい彼はこれをどこで摘ってきたのか、何で名前を知ってるのか…質問に答える彼だが、どうも要領を得ないので真相は闇のまま。◆子どもたちも寝静まって花を眺めながら…「ママにお土産!」と言った次男の言葉が蘇ってきた。なかなか嬉しいものであったのに、「ありがとう」って言わなかったな〜って反省。寄り道して帰ってきたことばかり気にしていたので…と言い訳しておこう。このくすぐったい気持ちとっておかないとと思い写真をパチリ。夜中に何しているんだかこの母は。◆今朝、旦の一声で目が覚めた。「あ〜閉じてる!!!」…ぴったりと愕ごと閉じてしまった一夜限りのトケイソウでした。写真に撮っておいて本当にえがった!トケイソウ…今日ネットで調べてみたら、パッションフラワーのことでした。…毎日サプリメント飲んでいました私。


2003年5月27日 (火) 依存

◆GW最終日のこどもの日、とうとうパソコンを修理に出すことに決めた。3日間色々弄くってみたが、にっちもさっちもいかず決断した。この決断は大当たりだった。やはりCDドライバが破損していたようだ。◆初めの1週間はパソを触れずにかなり苛立った。携帯電話でもメールはできるのに、こうも禁断症状がでるとは…。毎日触っているものが机の上から消えている…なんて物悲しいんだろうと眺めてばかりいた。ネットで調べごとがしたい、友人のHPが見たい…と落ち込んでいた。◆が、1週間を過ぎたあたりからこれまた不思議にパソのことがあまり気にならなくなった。毎日パソのために使っていた時間を他の事に費やせるようになった。ビーズをしたり読書したり…心が落ち着いてきたのに気づいた。(あぁ、これは神様が私にくれた休養なんだ。体も心も休めなさいって言っているんだ)と。頑固な肩こりもなくなり、頭痛の回数も減り、体調はすこぶるよくなった。◆そしてパソが治り、3日前から復旧作業に取り掛かった途端、肩こりと頭痛が私を襲ってきた。パソを弄らなければこんなにも楽なんだと身をもって実感した3週間だった。酒を飲まない休肝日ならぬパソを弄らぬ休パソ日を定期的に持たねばと思った。◆3週間の間に何度も日記を書こうと頭の中を文章が駆け巡った。が、パソで打つことが習慣となっていたから、筆を執ることができないまま3週間がみるみる過ぎていった。私のパソ依存度が高いことを実感した休養だったのだ。◆日頃の運動不足解消にと、先々週から週一回ソフトバレーに参加。1度目は当日を含め4日間、2回目は3日間の筋肉痛に襲われた。「どっこいしょ」と掛け声をかけないと立ち上がれないほどだった。…ということは今週は2日間の筋肉痛、来週は当日のみ、そして来来週には筋肉痛とさようならと言う予定だが、うまくいくであろうか?肝心のバレーは一人悲鳴を上げながらみんなの足を引っ張っているが、終わった後の汗はこの上なく爽快だ。このまま続けていこう!いきたい!いけるであろうかぁ?


2003年4月27日 (日) 始動GW

◆GWが始まりました。子ども達はとびとびの連休ですが、旦は例年通りの10連休…会社殿、もう少しお盆休みや正月休みにまわして欲しいぞ!今日はすこぶる体調のよい私。朝5時に目が覚めてしまって、TVを見ていたらウルトラセブンの再放送をやっているではないか!早起きもなかなかよいぞ。そして、9時から家族揃ってスポーツセンターで卓球をした。長男が卓球部に入ったので、練習も兼ねて…と思いきや、旦と私で気合が入ってしまった。1時間ほどで私だけ家に戻り(20分歩いて)、久々の畑仕事。きゅうりとトマトと茄子の苗を植え、オクラとにがうりの種を蒔いた。お腹ぺこぺこで帰って来た3人衆とともに昼飯の焼きそばを食べ、山のようなアイロンがけを片付けてこの時間。まだパソに向かう元気があった。◆…というのも、昨日の朝の目覚めは最悪、頭痛から始まった。思い当たる節は、一昨日の『篆刻』。何だか夢中になってしまって、朝と晩で4本のはんこを作った。これが頑固な肩こりを引き起こし頭痛に繋がったようだ。「お前の好きなことって、肩凝ることばっかじゃん!」…旦談…ごもっとも。整体もそろそろな時期だったので、急いで予約を取り、昼過ぎに出かけた。先生も驚くほどの肩こりはなかなか解消できず、2人がかりの施術であちこちほぐして貰った。帰り際にはすっかり頭痛も治まって帰還。術前のやつれた私を知る旦もびっくりするほど蘇った。◆篆刻もさることながら、パソ依存は私の体にかなりなダメージを与えているようだ。整体医院で読んだ本にも電磁波の体への影響が万病を引き起こすらしいと書いてあった。「1時間パソコンをしたら、15分は歩いたり体を動かして休憩すること」と先生に言われたので、只今30時間ぶりのパソタイム、傍らにはタイマーを設置した。1時間経ちタイマー鳴ったら散歩に出かけよう。◆さて、頭痛の元凶となった篆刻だが、なかなか面白い。先日陶芸の用具を買いに行った東急ハンズで、篆刻セットを見つけて衝動買いしてしまった。思ったとおりには削れないのだが、またそれがよい味となって、下手くそながらも満足のできるはんこができた。陶器でも『陶印』が作れるらしいので、今度挑戦してみたい…重い腰、いつになるか?であるが。◆GWの予定は毎年ほとんどない我が家。近場の行楽地(なるべく人の少ない所)に日帰りで出かけるぐらい。ここ数年は県内のワイナリーに出かけ、子ども達はキャラクターショーとぶどうのソフトクリーム。大人は試飲ワインを飲んでいい気分なお休みである。今年はどうしようか…とにかく混んでないところがいい…天気次第?おっとその前に、恐怖の家庭訪問と衣替え、そして旦と一念発起パソの初期化が待っている。


2003年4月17日 (木) 同窓会

◆先月の長男卒業式翌日に、お別れ会を兼ねたボウリングに付き添いで参加した。委員以外の保護者は私だけで、しかもゲームをした保護者は私だけで、ちょっと浮いていた。委員の段取りがめちゃめちゃ悪く、開始時間になってもちっとも始まらないので、お節介と思いつつ、いろいろ仕切ってしまった。…私はどういう風に写ったのだろーか?帰る時に「お先に失礼します」と挨拶したが…労いの言葉も返ってこず、お節介おばさんで終わってしまった。行かなきゃよかった。…と少し落ち込んだ。◆…と私にはつまらないボウリングだったのだが、子ども達はすこぶる楽しそうだった。女の子は普段学校に行く服装よりはちょっぴりおしゃれをしていたりして微笑ましい。男女別に仲良しグループでレーンを決めて分かれていて、(なんだつまんないじゃん、男女混合じゃないにしても、1レーンずつ男・女…とすればいいのに…)と思いながらもゲームをしていた。すると男子の方のレーンに、カメラを持ってはこそこそと話に来る女の子達が。耳ダンボで横目で見ている私(うっ、オバサン!)。「F君、一緒に写真撮ってぇ」とF君の袖を引っ張る娘達。ちょっと恥ずかしそうにしながらもそれに応じるF君。他の男子は…見て見ぬふり?またしばらくすると「M君、一緒に……」ともう一人。(え!?Mくん?まじっ?と私が思うような子を指名)。もちろん我が息子にはお声はかからなかった。ちょっとがっくし。◆帰宅後長男に質問。「F君ってもてるの?」「さーねぇ」「そんなにかっこよくもないよねぇ?(私の趣味ではなかっただけだが、身長も高い方ではなく細身のおしょう油顔)」「うん、でも、体育がよくできる」。はは〜んなるほど、スポーツ万能なのね、納得。「んで、Mくんも写真撮ってもらってたけどもてるの?(彼は…寝癖そのままで学校来ちゃうようなタイプ)」「…わかんない」「そーいえばMくん、成績いいよね?」「うん」。そっか、こっちは頭がいいってことか…。◆と女の子達の恋愛模様を垣間見て、自分の小学校時代のことをめちゃめちゃ思い出した。サッカーが上手っかったW君や、成績は今一だけどユーモアのあるK君、確かに人気があった。W君は競争率が高く、あの娘もこの娘もとライバルが多かった。私も例外に漏れずにK君にバレンタインにチョコレーとをあげたっけ、うっしっしっ。◆…時は流れて短大に通っていた20才になる夏、初めて小学校の同窓会があった。私は中1で引っ越してしまったので、8年ぶりぐらいで旧友達に会った。もう社会に出て働いてる人、私と同じ学生な人…中には「今3人目がお腹にいます!」という人もいて驚き。恩師は細身のかっこいい先生が、ちょっとお腹が出て、髪の毛が薄くなって…時の流れを感じた。そんな中、一番びっくらこいたのは、席のはじ〜の方にいたW君!あのスポーツ万能のかっこよかった彼が…ふつ〜の田舎のおっさんになっていた(彼だと気づくのにかなり時間がかかったのだ)。みんな振り向きもしないほど地味なかんじで。私はW君好みじゃなかったけど、昔彼を巡って争奪戦に火花を散らしていた彼女達、きっときっと落胆は大きかったろう。◆そんなどーでもいいことを一人思い出して笑っていた私って変?F君、何年後かにもう一度会ってみたいよ。変らずもててるといいねぇ。それよか、自分が同窓会に出て「え〜!?よっち〜?△×☆□!!」なんて言われないように、もうちと痩せないといかんいかん。いつ同窓会案内が来るかわからんし。そして長男…中学入って少しは色気づくのであろうか?◆本日天気は快晴、半袖でもOKな気候なので、毛布などしまってしまうものを洗濯して午前中が終わってしまった。月末には家庭訪問もあるし、部屋もマジで掃除しないとヤバイ。


2003年4月11日 (金) 陶芸教室

◆けいじばんにも書いたが、今週から陶芸教室に通い始めた。以前から習ってみたいと思いつつ、重い腰が上がらなかったのだが、4月になってなにか新しいことがやってみたくなった。冷たい粘土を弄るのは何だか気持ちいい。すっかり童心に返って気分は小学生。作った作品も小学生並だったけど、楽しかった。まだ焼いてないのでこれが成功するかどうかはわからないけれど、少しずつものが出来上がってくる様は興味深い。手作りの良さは、作る過程にあるような気がする。出来上がったものを買った方がよっぽど安くて質もいいのだけれど、作る楽しみは味わえないよなぁ…(独り言)。しばらくは陶芸にはまるかもしれない。◆作りたいものは沢山ある。薬味皿・植木鉢・お香立て・箸置き・アロマポット・カフェオレボウル…などなど。これからはもっと色々な陶器を見て目を肥やさしておかないと。陶芸はけっこう奥が深そうだ。◆昨日から長男の弁当、今日から次男の給食も始まり、やっと1人でゆったりのお昼が戻ってきた。だがもうすぐゴールデンウィークもやってくる。大きな子どもがごろりん…またまた飯炊きババアに変身しなければならない。よって残すところ2週間、一人の時間を有効に使わなければなるまい。◆この前の日曜日に花見に行った。といっても花見で賑わう公園を横切って買い物に行き、横切って帰って来ただけなのだけれど。結構長い桜のトンネルを4人でぶらぶらと歩き、桜も見、昼間から盛り上がる花見客を見。…思ったことは(あのブルーばかりのレジャーシートはいけてない)。夜になれば気にならないのかもしれないが、桜色と空色のコントラストは絵になるが、桜色とブルーのシートはどうにもマッチしないと思う。写真を撮るにしてもいかにブルーのシートを写さずに撮るかで苦労して、映した写真の人物はみな胸から上ばかりになっていた。


2003年4月4日 (金) 新中学生

◆今週で一応春休みが終わり、7日は入学式、いよいよ中学生になる長男。持ち物の名前付けや制服の袖上げ裾あげも終了した。あとは、ちょっと大きめのお弁当箱を新調して準備は終了と思われる。本人は中学進学をどのように感じているのかな?8割は同じ小学校からの持ち上がりなので、またクラス替えがあったのよ、というような感じなんだろうけれど、きっと内心、不安と期待が入り混じっているのであろう…。◆自分が中学進学の時は…と思い出してみる。初めてのセーラー服に革の鞄に革の靴。新しい体操服までが嬉しかった。どのクラブに入ろうかなどと胸膨らませていたような記憶。◆バス通学だった私は、団地を循環するバスに乗り遅れると、団地を一回りする間に違うバス停に走る…。まじめに教科書を持ち帰っていた1年生は、あっという間に手に豆が出来た。部活動は色々悩んで演劇部。出来たばかりの部で先輩がいない部だったので、先生も手探りで、発声練習から体力づくりまでいろいろなことした。学校の勉強よりも部活!好きな同級生も出来て、席替えの度にドキドキ♪◆…こんな箸が転がっても笑っていた我が学生時代。親からは『勉強しなさい』などと言われたことはほとんどないが、我が息子にはついつい言ってしまう。2月ごろから、週2本のペースで家庭教師の勧誘電話と、ポストには学習教材や塾の案内状…。うんざりするのだが、ここまでしつこくされると、危機感を感じぜずにはいられない。中学になって授業についていかれなくなったらどうしよう?と。◆私は中1の3学期にセーラー服の中学に別れを告げて転校をした。それまで勉強なんて学校行ってればなんとかなると信じていたのだが、がらがらと音を立てて崩れ去った。教科書が数学以外全て変わってしまった。あっという間におちこぼれた。今まで見たこともないテストの点。愕然としたのと、すでに出来上がったクラスにぽつんと入った違和感で登校拒否になった(原因は他にもあったけど)。◆小学校でも2回転校をしているが、中学の時の転校はかなり堪えた。転勤族の我が家にも、いつしか『転校』がやってくる。今までまだないのでかえって怖い。早くきてほしいような、いつまでもこないでほしいような…。どちらにしろ、私の人生で一番長く暮らしたこの広島を離れる時は、涙涙の別れであろう。◆昨夜TVで甲斐バンドを聴いた。甲斐よしひろは、「20代は生き急いでいた…自分が30になるなんて想像も出来なかった」と語っていた。先のことなんて考えずに突っ走ってきた20代。30代後半を生きる今、立ち止まりすぎて、振り返りすぎてる自分を客観視できる。今、この一瞬を生きなきゃね。と頭でわかっているのに、臆病な自分がすぐに顔を出し、一日が暮れてゆく…。


2003年3月23日 (日) 7年前

◆本日は次男の7歳の誕生日だっった。今朝、起きてきた次男を布団に入れて、彼が生まれた時のことを少し話した。産院にパパとママが行ったこと。おうちではお兄ちゃんとねーね(私の妹)がお留守番していたこと…話しているうちに色々自分で思い出してきてきた。あの時の痛みや喜びや安堵感などなど。◆次男の出産予定日は4月初めだった。長男が幼稚園に通っていたので、できれば春休み中に生まれたらいいなぁ…と思っていたが、22日は幼稚園の物品購入日になっていたので、それ以降なら最高にいいのに…なんて自分勝手に期待していた。そして22日、幼稚園の帰りに産院で検診を受けたら、先生から「明日あたりかな〜?」なんて言われて帰宅。夕方になって何となくお腹が張って痛い。生協で荷物を受け取りながらマンションの友達が心配顔。旦那は出張中で明け方あたりの帰宅予定で、若干の不安はあったが、妹が手伝いに来ていたのであまり気にせず普通に過ごしていた。◆お腹の張りを気にしながらも夕食を作り食べ、お風呂も入って床に入るも、なかなか寝つかれず、痛みはかなり頻繁に起こってきた。これはやばいかもしれない。旦に連絡を取って早く帰宅してもらうようにした。待っている間も陣痛の感覚は短くなるばかり…もう限界かもしれないので、妹に連れて行ってもらおうかと思ったら旦帰宅。急いで産院に電話を入れて支度をして夜中の1時頃入院。◆長男の出産からもう5年以上経っていて不安はかなりあったが、何だか一つ一つ落ち着いていた自分がいた。状態を助産婦に確実に伝え、ベットに横たわる。心音と子宮口のチェックをした後、初めての浣腸。剃毛はなかった。産院によって違うものだなぁ…という感想。助産婦さんが『そうですね、5時ぐらいですかねぇ、我慢できなくなったら呼び出してください』と言って去る。2人部屋の個室は貸切で、空きベッドに旦が横になり様子を見てくれることに。腰をさすってもらったり、水を飲ませてくれたり…と1時間ぐらいは付き合ってくれたが、彼も帰宅後にすぐに来たのですぐに睡魔に襲われて高いびき。私は、長男の時、前の晩からの陣痛で寝れず、入院後睡魔に襲われ陣痛が遠のいたのを思い出し、寝てしまったら最後とばかりに、睡魔と戦った。高いびきのお陰か(?)、眠ることもなく陣痛もピークになったので、旦をたたき起こし、助産婦さんを呼び出してもらった。◆そろりそろりとスリッパを引きずるように病室から分娩室への廊下…わずか15mほど…を必至で歩く。時々立ち止まっては深呼吸。分娩室のドアの前で『ご主人立ち合われますか?』の声に旦那は首を振り、私は『入らなくていいです』ときっぱり。感動はするかもしれないが、自分の姿を見られるのは…かなり気が引けた。長男の時は「助けて〜」だの「お母さーん」だの叫んだ私である(恥)◆分娩室に入って1時間足らずであろうか、私が希望したとおり春休みに、先生が予想したとおり23日に、助産婦さんが予告したとおり5時過ぎに、次男は誕生した。生まれた時からなんて親孝行な子なんでしょう!!長男の時は放心状態で産声も聞こえなかったが、今度はしっかりと聞き取れた。安堵の瞬間である。長男の時とは明らかに違う感動があった。母性が完全に出来上がっているからであろうか…?涙が頬を横に伝い耳の中に入った。◆あんなに小さかった彼が、もう抱っこするのも大変なくらい大きくなってしまった。長男と比べると、ちっともかまわず育ててしまって…。『ごめんよ〜』と母はいつも反省しているのですが、かまわないなりに彼はたくましく育っているような気もする…。◆私の体調が今一なのと、本人の希望により、今日のケーキは市販のものにした。彼は生クリームに目がなく、しかも今年のバレンタインあたりから、生チョコケーキにも心惹かれ始め、「チョコと白が半分半分のケーキがいい!」とぬかし、ピザのハーフ&ハーフのようなケーキの絵まで描いてよこした。仕方がないので、小さなショートケーキと生チョコケーキがツインになっているケーキで納得してもらった。『今日はチョコで明日の朝白ね』と口の周りをチョコ色に染めてケーキにむしゃぶりつく彼。あなたなりに1歩づつ確実に成長してくれ。母は見守るだけで何もできないけれど。時々(いや毎日?)怒りの鉄拳が入るけれど…。◆明日はまだ学校があるので9時就寝の彼に…『ごめんよ〜』ばーばから届いていたプレゼントを渡すの忘れてたよぉー。ドジな母です。反省してます。


2003年3月16日 (日) ミニミニ日記

◆さっき旦にCookieを削除されてしまって、どこに行くにもサインイン…ああ、面倒だ。このところ土日になると雨ばかり。おかげでじゃが芋の種芋植えは先延ばし。今日もほぼ一日中降っていてどこへも出かけず仕舞い。溜まったアイロンがけを片付けました。◆3学期もあと残すところあと6日。長男はもう4日で卒業。中学入学準備も徐々に整い始め、見た目は中学生に近づきつつあるが、果たして中身はどうなのだろうかと疑問が…???大きくなるにつれて、成長の度合いが微妙になってくるのだ。1年前と変ったのは身長と体重だけ?なんて言いたくなるんだけれど、目には留まらない内面的な所で大人に近づいてきているのであろう、かぁ?◆そんな長男とは違って、成長ぶりが目についた次男。1年生になってひらがなをやっと覚え、字を書く楽しさを満喫した彼が、学校から持って帰る連絡ノートに記した『ミニミニ日記』は、この1年私を楽しませてくれた。ここに一部だが載せてみようと思い立った。ちょっと長いけど、ひらがなばかりの2学期から漢字混じりの3学期まで、思い出とともに振り返ってみた。◆*9/12:たまいれのれんしゅうをしたよ。あかがかつといいなぁ(運動会の練習が始まった頃)9/25:ゆかたやじんべいをきておどったよ。かわいいってゆわれたよ。*9/26:おうえんのれんしゅうをしたよ。おにいちゃんはやさしいけど、なんかゆったらすぐわすれる。*10/2:おべんとうありがとう。いっぽんだけのこったよ。(バナナを残した彼)*10/3:ひきざんがはやくなってきたよ。めいじんになれそうだ。(本当かぁ?と一人突っ込む母)*10/9:はのけんさをしたよ。よしってゆわれたよ。(虫歯がなくってよかった)*10/24:大こんなめし(大根の菜飯のこと)たべたよ。あきのあじがしたよ。*11/7:ぶんぶんごまをつくったよ、ぶんぶんごま|まだまだまわせないよ。(「ま」がつづくので「|」で区切ってる…)*11/13:きんいろのおいもの入ったおむすびをつくってパティーをしたよ。*11/25:かかりをきめたよ。ほんがかりになったよ。はりきっちゃったよ。*12/2:たしざんがじょうずになってきたよ。がんばったからだね。(…ノーコメントの母)*12/10:きょうのきゅうしょくはフランスのりょうりなんだよ。(『サーモンのこのこクリームソース』だっていいなぁ)*12/12:1月のカレンダーをつくったよ。もってかえったらつかってね。(1月なのにクリスマスツリーの絵だった…)*12/17:まつぼっくりツリーをつくったよ。かわいかったよ。*12/18:きゅうしょくがくりすますけいきだったから、なまくりいむがいっぱいあったよ。*1/10:きょうは ぼくのてがめちゃめちゃつめたかったよ。*1/14:しんたいそくていがあったよ。みんな大きくなっていたよ。(『Mくんもネ』と先生からコメントが)*2/13:きょうはひさしブリにお休みの人がいなかったよ。うれしいね。(インフルエンザも下火になってきた頃…『ブリ』だけ何故にカタカナ?)*12/27:きょうは1年生さいごのさんかん日だね。がんばってるところを見てね。*3/3:あしたから3月だね。1年生あと16日学校にくるだけだよ。さびしいね。*3/4:しごとしらべのべんきょうはおわったけどお手つだいはずっとつづけるからやらせてね。(やってもらおーじゃないの!)*3/12:きょうランチルームできゅうしょくをたべたよ。ティラミスがデザートだったよ。(ケーキ類に目のない彼)*3/14:みんな2年生になれそうだよ。とってもおちついてきたからもう大じょうぶ。(一番落ち着いてないのは彼だと思い大笑いした母)◆2年生になっても面白い日記を書いてくれたまえ!


2003年3月6日 (木) 長電話

◆長電話は学生時代に4時間の記録を持っている。あの頃は、どーしてあんなに話すことがあったのだろう?ベットに受話器を持ち込み(もちろんコードレスなんかではないので本体ごとである…そう、昔は本体ごと家中どこでも持っていけるようにコードは5メートルもあったっけ)、夜中までたいした話題もないのにだらだらと話が続いたものだ。そして、翌月の電話料金の請求を見ては落ち込み、反省はするものの、また同じことを繰り返してしまっていたのを思い出す。◆我が家は女は私一人なので、長電話をする人が今はいない(男でも長電話な奴はいるけどね)。だが、今日の夕方、久しぶりに親友と長電話をした。というのも、お互いBBフォン開通で通話料がただになったからである。回線の調子が悪く2度も強制終了で不通になったというのに、かけ直してはトータル2時間弱、お互いしゃべりっぱなしだった。◆電話中に身振り手振りで長男に指示してお風呂を沸かしてもらい、子ども達の入浴も終了。風呂から上がった長男は電話のディスプレーの通話時間表示を見て呆れ顔であった。電話を切って焦る!夕食の支度を全くしていない!慌てて取り掛かろうとするも、思い直し、旦の携帯に電話。「何か買ってきて〜!」「な、何!?」…と訳を説明して結局皆で外食することとあいなった。◆食事中に旦から電話の内容を問われて思い返すも、人に話すほどのたいした話はなく、お互いの近況などつらつらと思いつくまま話していただけであったが、何だかとても楽しかった。学生時代に戻ったような、そんな気持ちなのであろう。箸が転がっても笑えたあの頃に電話の会話でならすぐに戻れる女って不思議な生き物なのであろう、回転寿司の味気ないティーパックの粉茶を淹れながら、こちらも呆れ顔の旦であった。◆はい、反省はしています。まじめに夕飯作ります。けど、子ども達は大喜びです。平日の外食はお店が空いてていいです(8時で1組しか客がいませんでした)。…って、本当に悪いと思っとるんかっ!!?


2003年2月26日 (水) チューリップ

◆思わず頭から口ずさんでしまった。みんなTVで見ただろうか?本日の昔の曲を聴こうはチューリップ特集である。年を重ねた彼らの歌い姿を見ながら、自分の昔も蘇り、学生時代のほんの小さな出来事が思い出されたり、田舎の田園風景が目の前に広がるから不思議だ。◆「虹とスニーカーの頃」・「心の旅」・「サボテンの花」・「WAKE UP」・「ぼくがつくった愛のうた」・「青春の影」・「夏色のおもいで」・「銀の指輪」・「夢中さ君に」・「魔法の黄色い靴」◆『銀の指環』が好きだった私。失恋の唄なんだけど、軽快なメロディーと、『指輪』でなく『指環』という字に、あの頃とても憧れてた。◆今日は朝から久しぶりにピアノに触った。I WISHの「明日への扉」とSMAPの「世界に1つだけの花」を弾き語ってみた。最近の曲は難しい。覚えた頃にはもう街角には流れなくなり、来年はこの曲を思い出せなくなるかもしれないというものが多い気がする。20年30年後に聞いて果たして口ずさめるだろうかと疑問に思うが、それは自分が年をとったからであって、今時の子はきっと憶えているのだろう…。◆我が家のプランターのチューリップは、今月に入ってからじわじわと背を伸ばし始めた。


2003年2月26日 (水) 減点ママ

◆先週末より減点お手伝い制度を導入した我が家。内容は、子ども達と旦がミスをするごとに減点×をつけて、減点数によって、ママが好きなお手伝いを彼らに行使できるというものだ。◆まず、減点対象は1点…子ども部屋の片付け(所定の位置以外にあるおもちゃなど、1つにつき1点)、着たものを裏返しや2枚一緒にに脱ぎ捨てる(1枚につき1点)、就寝時間や門限の超過(10分につき1点)、灰皿の所定位置以外の放置(いつも換気扇の下で吸う旦のため)などなど。3点…犬食い(コレが一番大嫌いなわたくし)◆そして、減点時に行使できるお手伝いは、1点…洗濯物の取り込み・取りはずし、玄関から階段下までの掃除、洗った食器の片付けなど。3点…食器洗い・風呂掃除。◆しかし、これではあまりにも彼らのやる気を育てることができない。お手伝はできれば自主的にしてもらった方が、する方もされる方も気分がいいというものだ。なので、減点ばかりでなく加点制度も取り入れた。×がない場合にお手伝いをした場合は、○がつく。○を10こ貯めたら100円のお小遣いが貰える。もちろん、○があっても減点された場合は○が減っていく。という具合だ。×がついた時のお手伝い行使権はママにあるので、例えば×1つのお手伝いをすぐにしてもらうこともあれば、×が3つ貯まるのを待って3点のお手伝いをしてもらうこともできる。自主的なお手伝いはあくまでも×がないと時だけなのである。◆初めの3日間は、この○稼ぎでお手伝いの取り合いまで出た。その○を減らすべく減点対象を探すが、彼らもなかなかシッポを見せようとしない。この調子で気分よく過ごせたらいいものだ…と思っていたが、やはりツケがまわってきた。昨日はあれよあれよとボロが出て、長男はポイントなし。次男にはとうとう×が1つ付いた。さぁ、今後の彼らの動きはいかに!?…ちなみに旦は○2つをキープしている。灰皿だけだからねぇ。◆1ヶ月ぶりに整体に行き心身ともに癒されてきた。来月あたりに整体院のHPができるらしい、楽しみ!リンク貼らせてもらおう。先生と私は同じ歳だと判明!別にたいした事ぢゃないけど〜。◆今日は次男の参観&懇談日である。1年生だというのにもう性教育がある。どんな風に教えるのかなぁ?懇談時の挨拶も考えておかないと…。なにせ、アドリブなどできない私だから。


2003年2月21日 (金) 『卒業コンサート』と『タクシー強盗』

◆昨晩、ビデオのバッテリーとデジタルカメラの電池の充電をし、旦から三脚を受け取った。今朝、ビデオ・カメラ・座布団・スリッパ・使い捨てカイロ…荷物をまとめ準備は良好。午後2時より長男の『卒業コンサート』が始まるので、1時半には学校に行って前の方の席を取っておこう。こたつでTVを見ながらお昼ごはんを食べ終え、最後に生姜湯を飲んで暖まろうとしていた12:50頃、電話が鳴った。◆教頭先生から「緊急時連絡網です」と言われ、あわててメモを取る。内容は…【今朝5:30ごろ○○競艇場前の踏み切りのあたりで、タクシーに乗った男が運転手にナイフを突きつけお金を奪い、徒歩で逃走しました。特長は身長160cm〜170cm、中肉中背、髪ボサボサ、白いマスクに黒のトレーナー。Cレベル対応で児童を下校させます】。こんな時間に何事ぉ!と思いながらも早く連絡網を廻さなければ。◆学年代表の私はまず同じ学年3クラスに電話を入れる。だが1人は今日ランチに出かけているのを知っているので携帯に電話を…だが出ない。他の2人に電話を入れ、自分のクラスの連絡網を廻し、再度チャレンジするが無駄だった。仕方がないので、強行突破、彼女がいるであろうお店に電話を入れて呼び出ししてもらった。長い長い連絡事項ももう7軒目ですでに空で言えるようになっていた。◆全ての連絡網を廻し、時計を見ると、もう1:15、あと5分で家を出たいのに、何てこった!食後に化粧をしようと思っていたので、私はまだすっぴんだった!あわてて鏡に向かい、顔作りに入る。…が電話が鳴る。そう、連絡網が廻りきって返ってくるのであった。電話を取りながら片手で化粧…もう適当である。色が塗ってあればそれでいい。1:20分、友人が来たので、用意しておいた荷物をふん掴み、学校へと急いだ。◆別名『冷蔵庫』と呼ばれている学校の体育館はこの時期めっぽー寒い。なんとか前列の椅子が空いていたので陣取り、三脚を立ててビデオをセットする。コンサートは定時通りに始まった。18曲中、長男が出るのは半分。打楽器やキーボード類、木琴などの演奏のものと、リコーダーの重奏、合唱などで、彼は合唱の時に指揮をした。緊張する風もなく指揮台に登り指揮をとる彼を見ている自分が一番緊張した。体育館の寒さも加わり、カメラを持つ手は氷のようにカチカチになってきた。◆なかなかバラエティーにあふれる曲目。クラッシック以外にも、「イエスタディー」「ミッション・インポッシブル」「スターウォーズのテーマ」「ルパン3世のテーマ」「亜麻色の髪の乙女」(←この曲は大太鼓を叩いた彼)などなど。そして最後は6年生全員で運動会の思い出の曲、「YOSAKOI!ソーラン2002!」をリコーダーと打楽器で演奏した。和太鼓が入って、とても迫力があり見ごたえがあった。◆たくさんの練習を重ねて、全てを出し切った彼らに大きな拍手が送られた。ほんのちょっと大人っぽくなった長男を凝視できなかった私。涙がちょっぴりだけど出た。きっともう一度ビデオを見返したら、はらはらと涙が出るに違いない。◆帰宅後、夕方のニュースを見たが、タクシー強盗はまだ捕まっていないようだ。しかも、『○○競艇場』は区が違うので軽視していたら、タクシーに乗った場所が同じ区内なのだった。物騒な世の中で育った彼らが大人になる頃には、更に危ない世の中になっていくのであろうか?不安である。公園も少なくなり、そこで遊ぶ子ども達も少なくなり、そうして家でゲームをするしか楽しみのない彼ら。いくら昔よりたくさんのおもちゃがあろうが、満たされないものがあるんだろうなぁ。子どもは外で遊ばなきゃだよね。最近竹馬も、狭い玄関の邪魔者になりつつある…。◆…まだまだ卒業式を控えているのに、具だくさんの今日はかなり疲れて放心状態の私であった。


2003年2月18日 (火) 大根餅に大苦戦

◆このところ、料理熱が高い私。日曜日に引っこ抜いてきたお化け大根で何か作ろうと。で、学校に持っていって子ども達に食べてもらおうと、ひらめいたのは『大根餅』。食べたことも作ったこともないのにチャレンヂしてみたくなった。◆またもやネットで検索。でるわでるわ、『大根餅』レシピ。種類もいろいろ。その中でも材料が大根のみのシンプルなレシピを見つけて早速調理に取り掛かる。朝9時半、給食までには出来るであろうと始めたのだが…◆まずは1sの大根の千切りに15分、早くもぐったり。材料の上新粉がないので、もち米と分量の水をフードカッターにかける。炒めた大根にもち米と片栗粉を投入するも、もそもそして、餅らしくならない。もしかして失敗?いやいや、この量を家族4人で食べるのは無謀だ。ちょっとずつお湯を足して調節してみると何となく餅らしくなってきた。◆練ること30分、蒸すこと40分、冷ますこと30分…意外と時間がかかるぞ!…今頃気づくなんて。レシピを読んだ時に気づけよ。ホットプレートで焼き始めたが水分が多いせい上手く焼けない…。え?ここまで来て今更引き返せない…。悪戦苦闘しながらも何とか30個余りの一口サイズの大根餅を作り上げた頃には、♪キーンコーンカーンコーン♪給食の時間になっていた。◆あわててタッパーに詰め込んだ大根餅を抱え、自転車に飛び乗り学校へ。おいしそうな給食の匂い。担任の先生に大根餅を預けて自宅に戻る。部屋は大根と御醤油の焦げた匂いが充満している。洗い桶には山積みのお皿や調理器具。けだるい疲労感が一気に襲ってきた。台所を見て見ぬふりをして通り過ぎ、こたつで不恰好で不合格になった大根餅をほおばる私。はぁ〜◆どうやら、子ども達は美味しく食べてくれた様子。長男が帰って来たので、余った大根餅を勧めながらふと…海苔で巻いたら美味しいんぢゃ?と気づいた。まさしく磯部巻き、美味美味。子ども達にもこーしてあげればよかったと後の祭りだ。またほとぼりの冷めた頃に、もう一度チャレンヂしてみよう。(…ほんとかぁ?)◆夏バテで何も食べれず、何も作れず、やる気のなかった時期の反動であろうか?食べたいものがよく頭に浮かび作りたくなる。いー事ではあるのだが、体重の増加が恐ろしい。けれど最近、「あと何回美味しいものが食べれるだろうか?」などと考えることも良くある。「人生最後に食べたいものは何だろう?」とか…◆接待店開拓日の旦が、帰るなり、「今日行った店で、あんこうのつるし切りを見た!」と興奮気味に語った。あんこうの胃袋からは、たくさんの魚が出てきたらしい。その魚の腹からも更に小魚が出てきて、面白かったとのこと。なのに、あん肝食べずに、から揚げしか食べなかったって、どーゆーこと?あーもみじおろしをたっぷり乗せたあん肝食べたいよ〜。きりっと冷えた生酒でさぁ。…結論…太ってもいいから美味しーもの沢山食べて長生きしよう!


2003年2月12日 (水) 夕焼色のボルシチな一日

◆突然『ボルシチ』が食べたくなった。旦の大好物でもあるボルシチだが、ここ10数年食べてない。広島でロシア料理の店なんて知らないし…ピロシキなら作ったことあるけど…。なーんて考えてるうちに、自分で作ろうと思った。ネットで調べると『ボルシチ』のレシピは材料も作り方もまちまちだが、どうやら本場では『ビーツ』という赤カブを入れないとボルシチと呼ばないらしい。だが日本ではなかなかなく、缶詰でいいらしいので、買い物に出かけた。◆さて、ビーツの缶詰は…近場のちょっと高級スーパーAにあるか?それとも輸入食材や業務用食材を置いてあるDディスカウントショップにあるか悩んだ挙句、ちょっと遠めのD店に自転車を走らせた。がしかし、中国食材やアジアンな調味料がひしめく中、『ビーツ缶』は見つからなかった。折角来たので、OL時代京橋の明治屋で、義理チョコ用によく買っていたチェリーのチョコレートと、安売りしていたペリエを購入してA店に急ぐ。野菜を選び、缶詰コーナーへ…だがA店はフルーツ缶はお菓子のコーナーという風に缶詰が散らばっていて、とても探しづらい。しかも目指す缶詰は輸入物につき、日本語表記はしていない…。めっかち(これ方言か?)な私は材料メモを片手に「ビーツ、ビーツはどこだ〜」と指差しながら探し、棚の端っこに『ビーツ缶』発見した。これでボルシチが食べれる!(まだだっつーの)◆さて、帰宅後もう一度ネットでレシピを見るも、モスクワ風やらウクライナ風とかあり、どれがいいやらわからない。10数年前に食べたボルシチに近いのは…?簡単そうな作り方は…?などなど何種類かのレシピをミックスして、オリヂナルなレシピを頭の中で作成し、早速調理に取りかかる。◆まず牛肉を茹でるのでローリエを入れないと…ない!こんな時に限って切らしている!なんてこった!…しかししょっぱなからくじけるわけにはいかないので、どうせ臭み消しだからセロリの葉でいいやと鍋に投入。早くもレシピから外れる。はぢめて見るビーツはアメリカ製だからか?苺大で小さかった。が色素は奇抜な赤、ううん…梅干の赤紫蘇のような鮮烈な赤。これを煮るのか〜?と疑問に思いながらも、えいっ!と鍋に汁ごと投入。他の野菜もビーツ色に染まってゆく…。まだまだ味見が恐ろしい色だ。ぐつぐつと煮えてきたので蓋を開けると、パプリカ(カラーピーマン)の匂いがプーンと香ってきた。げっ?こんな香りか?とまたも不安に駆られるが、今更じたばたしてもはじまらないので、匂わなかったことにして鍋の蓋を閉めた。◆待つこと20分、蓋を開けると、そこには見たことのある夕焼色に輝くボルシチが出来上がっていた。香りも良い。問題は味だ。恐る恐るおたまにすくって味見をしてみると……と……想像を上回るなかなかの味だ。これは大成功かもしれない!?◆旦には調理に取り掛かる前に「今晩はボルシチ作るから、絶対に帰ってきて!」と電話を入れておいたので、いつもより早い帰宅。早速ボルシチを皿に盛る。仕上げのサワークリームの蓋を開けると、乳製品好きの次男が「あ〜ヨーグルトだ、食べたい〜!」と目ざとく寄ってきたので「これはサワークリームだからね」と諭すも、「ちょぴっとなめてもいーい?」と譲らない。仕方がないので「スープとご飯食べ終わったらいいよ」とその場しのぎでごまかす。どうせサワークリームなんてそのまま食べやしないであろうと思ったから。はてさて、旦の夕焼色のボルシチの感想は…「久しぶりぶり♪旨い!」と10数年前の忘れかけた味を思い起こしたのであった。旦も長男もおかわりして腹いっぱい平らげた。めでたしめでたし。◆…で、ボルシチと大好きな納豆ご飯を平らげた次男は、「クリーム食べたい!」ということで、パンにたっぷりのサワークリームを塗りたくってむしゃぶりついた(やっぱし…)。ごちゃ混ぜのよっち特製ボルシチレシピはよだれにUPいたしました。残りは明日また食べよう…っと。◆雨降りで一日家にこもっていた昨日の昔の曲を聴こうは、Earl Klughで「FINGR PAINTING」と「DREAM COME TRUE」。(あら、この曲天気予報の曲だわ)などなど聞き覚えあるサウンドが心地良かった。


2003年2月9日 (日) スキー再び

◆あぁあぁ…久しぶりの日記である。サボりすぎると、筆をなかなか持つのもつらい。風邪ひいて熱を出したのをいいことに、一体何日ほったらかしにしていたのであろうか…反省。◆今日、家族の体調も戻ってきたので、今シーズン2度目のスキーに出かけた。前回同様、3時半起きで食料をしこたま積み込み出かけた。広島の天気は、昨日の雨も上がったので「これはイケる!」と勇んで出発したものの、高速に乗り数分でしとしとと雨が…。。天気予報を見て「11日(祝)よりも、今日がいい!」と言い切ってしまった手前、「なんてこった!いやいや、トンネルを抜ければきっと晴れてるかもしれない…」などと隣の運転手に聞こえるように独り言をいいながら…。しかし願いむなしくトンネルを抜けるとそこも雨であった。◆スキー場に5時過ぎに着き、7時まで朝食やら準備やら…(その間にどうぞ止んでおくれ!)と祈りつつ。レンタルショップのお兄さんの、「昨日はものすごい風と雨でしたよ。今日はまだまだいい方です」という神様のような言葉に救われ、これしきの雨でへたばるものかと、ゴンドラに乗った。山頂駅はガスっていて、見通しが悪い。もう日も上がったのに、照明を点けていないとよく見えない。だが、リフトはガラガラなので、まずは一滑り。◆前回までは足をひっぱていた次男が、なんだか調子付いて、一人すいすいと滑れるようになっていた。但し思い切り自己中な彼は、常にトップを滑っていないと気がすまないので、誰かが追い越すとすねる。それをなだめながら、小雨の中立て続けに7本も滑った。休憩後さらに4本滑り昼飯にありついた。毎度のことビールが旨い!そして睡魔が襲ってきて、旦と私はダウン。1時間爆睡した。◆午後からは雨もまばらで、ガスも少し消えてきた様子。張り切る子ども達、へとへとの親たち。けど、この天気のせいか今日はリフトも空いているので、もう一踏ん張り。結局根性で合計18〜19本滑った。私の足はもうどうにかなりそうであった。最後の1本は霧も晴れてきて、夕焼が見えてきた…(今頃になって…!)と天に怒りをぶつけたい気持ちをぐっと堪え、(いやいやこれでよかったのよ、子ども達も楽しんだのだし…)と思い直すのであった。ブーツを脱いで「はぁ〜気持ちいい〜」のも束の間、靴下を脱ぐと私の左足には、前回同様ピンク色に輝く肉刺(まめ)が…。やっぱりな!そして明日(いや明後日だろうか?)、棒のような足に筋肉痛が襲ってくるのは必至であろう。◆この疲労を癒してくれるのは、スキー帰りお決まりの某店のラーメンと、温泉である。今日はラーメン店でばったりと同じくスキー帰りの知り合いと会った。先日も美容院でばったりしたばかりだったので、(あらまただわ!)とお互い思っていたことであろう。明日は学校も会社もあるので、さっさと寝てしまった3人衆。私の明日には…スキー用具の片付けと山のような2日分+αの洗濯物が待っている。快楽の後には労働が…仕方あるまい。


2003年1月27日 (月) 鼻から豆腐

◆昨晩、鍋を囲み穏やかな夕食時のこと。ふとした長男の言動が面白かった旦が、大笑いした。その笑い方があまりにも突拍子もなく可笑しくて、口の中に入っていたものを吹き出しそうになるのを堪えた私の鼻からは、細かく粉砕された豆腐が噴射された。もちろんはぢめての経験である。鼻の奥が強烈に痛く、飛散った豆腐も片付けながら、涙が滲んできたものの、今までに体験したことのない光景に苦笑いするしかない私。家族中の笑いものと化した。「鼻から牛乳」ってこうゆーこと?いてーぢゃん!◆どんより天気から始まった月曜日。天気に左右されやすい私だが、すこぶる調子がよい。そういえば最近、月曜日は気分がせいせいする。あ〜やっと旦や子ども達から解放されて、一人の時間が戻ってくる!そんな爽快な月曜日なのかも。午後から外出予定があったので、午前中にビーズ製作にかかる。こんな細かくて面倒なのに、何故好きなのであろうか?小学生の頃手芸店でバイトをしていた母が、店を訪ねるたびに、私に手芸のキット(ペーパーフラワー)を買ってくれた。母の見よう見まねで編み物も覚えた。とにかく一人でこそこそと何かを作るのは小さい頃から好きだったのだろう。けど、芸術性には欠けるので、いつも人真似、本の通り、キットがお得意なのだ。今も変らず。◆本日の昔の曲を聴こうはギターの名曲、Recuerdos de la Alhambra(アルハンブラ宮殿の想い出) /Francisco Tarrega。スペインのこの城をいつか訪ねてみたいと思う曲。いったいどんな想い出があったのだろう?もう一つ、あのドラマも思い出す。


2003年1月19日 (日) 新年会

◆昨晩新年会に行ってきた。子ども抜きでの飲みは何年ぶりだろうか…。去年知り会ったばかりの仲間だけれど、何だか気のおけないメンバーなので、話も酒もくいくいとすすんだ。店は兼ねてから夜に行きたかった『じゃけえ』に載せたイタリア料理のお店。ハーブのサラダ・蛸のオイル煮(そんな名前だったかな?)・ガーリックトースト・鯛のカルパッチョ・生うにのパスタ・オーソブーコ(仔牛の骨付きすね肉の煮込み)・ピッツァマルガリータ・スペイン風オムレツ・アイスクリームのエスプレッソがけ…。1つのお皿が空になると、絶妙のタイミングで次の料理が出てくる!店のサービスにうるさい私は大満足であった。もちろん味もパーフェクト!また行きたいものだ。◆年末の日記にも書いたが、この新年会のメンバーが、去年会えてよかった人たちである。皆歳も違うし、出身地もばらばら、地元ッティーもいれば転勤族もいるし、過去の職業もまちまち。唯一の共通点は、学校のの委員を引き受けてしまうお人好しなところであろうか?この歳で知り合うのは子どもの友達の親だったりと狭い世界でしか友達が出来ないが、彼女達はそんな枠を超えて色々なことを話し合える仲間だ(そう思っているのは私だけかも)。私は彼女達に会うたびに若いエネルギーを貰っているような気がしている。あんな仲良くしていたのに、遠くに行ってしまうと疎遠になってしまうような浅い付き合いの友達が沢山いたが、彼女達とは長い付き合いにしたいなぁ(ほとんど希望?)。◆感謝の気持ちも忘れてはなるまい。昨晩子ども達を見てくれた旦、タクシー代をおごってくれた旦、あたしが帰ってこたつでうたた寝していたら布団を敷いてくれた旦、ありがとぅ!(アリス調)◆今日は長男と2人(次男はまだ外出禁止)駅伝の応援に行った。毎年思うが、警備の警察の人、沿道に綱を張ったり旗を配るボランティアの人、何台もの中継車とへりのテレビ局や救護車などなど…沢山の人によってこのイベントが成り立っているんだなぁと。走る選手はもちろん大変なのだけれど、裏方があってのものだとつくづく感じぜすにはいられない。帰宅後、留守番の次男へお土産は応援旗。「白上げて、赤下げない!」しばらく遊べました。◆本日の昔の曲は旦選択、CORNERSTONE/STIXとRemember to Remember/安全地帯。ちょっとあたしの管轄外につき、コメントはなし。それよか、最近多いよ昔の曲の主題歌、RIDE ON TIME/山下達郎。好きだけどねぇ…こんどはどんな昔の曲が使われるか、旦と予想でもたててみたい。


2003年1月10日 (金) メモメモ!

◆最近物忘れがひどすぎる。寝る間際に「あぁ、アレし忘れた」と思うことが何度もあって、明日こそと思って寝て朝起きるとそれも忘れちゃってる。今朝はしなければいけないことと、したいことを、思いついたことから順に紙に書き出してみた。まずパソコンですること…写真の整理・旦の免許証書き替え用の写真をプリント・友達のHPに年賀状を投稿・ネットで本の注文。スキーの準備。ピアノの楽譜整理。ビーズの整理。こうやって書いてすぐそばに置いておいたら、余計なこともせずに次々と仕事が片付いた。また明日もやってみようかな。けっこう普段からメモ魔なのだが、書いたメモをどこに置いたか忘れてしまうんだよねぇ。買い物に出かけた先で、メモを置いてきたのに気づいたり…。そういう時は…時々子ども達にもするように、手の甲に書く!◆先日知り合いのご主人から突然電話があり、年賀状を褒められた。今回もかなり時間をかけて、一人あぁでもないこぉでもない言いながら夜なべして作ったのに、旦の反応も特別無く、つまらなかったかなぁ?と思っていたので、めちゃめちゃ嬉しかった。きっとあたしの電話の声は弾んでいたことであろう。次回へ向けて意欲が湧いてきた。来年は…申かぁ(ってあと何ヶ月あるっちゅーねん?)。◆学校の給食も始まり、1人のんびりと昼食を食べれるようになったのも束の間、明日から三連休。うんざりだ。そんな時は、沢山作って次の日も食べれるメニューを考える主婦たち(勝手に決めてかかってる?)。カレーにおでんにポトフ…。年末の大掃除&おせち時期にも同じことをした。「なるほど、で、昨日はおでんなわけだ」と旦。やっと主婦の知恵に気づいてくれたか…遅いよぉ〜。何年あんたの妻やってると思ってるねん!◆本日の昔の曲を聴こう(おぉぉ…ものすごく久しぶり)は、終止符/アリス。夕方「3年B組金○先生」を再放送していて、挿入歌として流れていた。私が高校時代に初めて弾いたギターの曲。フォーク部の同期が先輩から手取り足取り習っては上手になっていくのに焦り、自宅で必死で練習したっけ。コードが少なく簡単だったのを憶えている。アルペジオの曲。あ、旦のギター、まだ押入れから出してないし、年明けてからピアノも触ってないや。メモメモ、書いておかなくっちゃ。


2003年1月6日 (月) 年頭

◆お正月ももう6日、明日から学校も始まりいつもどおりの日常が戻ってくる。休み気分も一新して、気を引き締めていかないと。暴飲暴食はしていないけれども、だらだら食いで調子を崩している胃腸を休めるためにも、明日は七草粥を作ろう。といっても、かぶ(すずしろ?)ぐらいしか冷蔵庫にはないけれど。◆2002年正月に立てた目標「HPを作る」は、重い腰があがるまでに半年以上かかってしまったけれど、思ったより簡単に達成した。2003年は、マイペースに自分探しの年にしようと思う。自分1人の時間を上手に使えるように。それから、小さな幸せ探し。見つけたらここに記していきたい。◆この冬休みの間にやりたくなったこと…@ピアノ。次男との連弾で久しぶりに鍵盤を叩いて、もうちょっと頻繁に我が家のピアノも触ってあげようと思った。新しい弦を買ってきて、旦のギターも押入れから出してあげよう。A百人一首。旦実家で久しぶりにやってみたが、CDプレーヤーから流れる歌は単調なせいか、みんな同じに聞こえて…これはやばい。下の句が出てくるのは5枚くらいだった。坊主めくりばかりしている場合じゃぁなくなった。もーちと勉強しよう。子ども達に教えてあげられるくらいに。◆美味しいメニューを増やして、よだれを充実させよう。整体の先生が体の歪みをあと3ヶ月で治そうと言ってくれたし、毎日のストレッチもサボらず続けよう。一日頑張った日には、自分へのご褒美にバスミルクをたっぷり入れた至福のバスタイムにしよう。大きい買い物の時意外は歩いて出かけよう。本を1冊でも多く読もう。昔の曲たくさん聴こう。…ああぁ、いっぱいあるなぁ。ここに書くことで、有言実行!