森茉莉雑記帖

2005.5.24
筑摩書房のKさんから「こんなエッセイを見つけました」とファックスが届く。「下北沢の三奇人」という内容のエッセイで、森茉莉について書かれた記事だった。初めて知るエピソードなども書かれていて面白かったので、この記事が掲載されている「文游」という同人誌を注文した。明日にはガケ書房のマドモアゼルの棚に並ぶはずだ。一冊300円。円地文子の『廃園』という小説が森茉莉をモデルにしたものだということもこのエッセイで初めて知った。この小説も筑摩のKさんが送って来てくれたので早速読んでみた。いくら小説だとはいえ、これが森茉莉を憤慨させただろうことは想像に難くないが、私的には森茉莉という人の輪郭がよくわかり、彼女のイメージを壊すものでは決してなかった。

2005年4月28日 上の写真はどれもがけ書房。左は外観、真中は入口に向かって撮影、そして右はフォーマドモアゼルの棚の一部。今、この棚をどんな風にしたらいいのかなって思案中。もし素敵な棚がある書店をご存知でしたら、あるいは素敵なアイデアなど、是非お知らせください。


2005年4月27日
写真は、新潮社版『森茉莉・ロマンとエッセー』のエッセーU『贅沢貧乏』。帯には「独り暮しの小さなアパルトマンが、魔利の自在に飛翔する想像力で、豪奢な美の王宮に変貌する....」というコピーが添えられている。1982年5月5日発行で、定価は1600円。巻末の解説は萩原葉子。「思えば、病床でみと見た茉莉さんの記事が、もし私の眼につかなかったらならば、私は今どうして生きていたか分らない。たとえ山岸外史氏が、父のことを、書くように勧めてくれても、辞退してしまったと思う。今日考えると、出発当時に気の合う先輩に出会えたことが、苦しみを乗り越えるためには、かけがえのないものだったと思う」、「長く会わないと記憶違いが起こることもあるらしく、連載中の「ドッキリ・チャンネル」に、私が登場して来て記憶違いが出て来ることがかなり目立つ。やはり時々は昔みたいに会って話し合わなくてはと、思っている」.....すてきな解説である。


2005年4月25日
写真は『マドゥモァゼル・ルウルウ』の出帆新社版。1980年発行のもの。この本は、大阪の古書店で100円で手に入れた。カバーをはずすと中は綺麗なピンクで、タイトルが金色で印刷されている。中には濃いピンク色のセロファンがはさまれているなど、こちらはキュートな装丁だ。装丁に関して言うと、彼女はラッキーだな、と思う。どの本も装丁が美しい。森茉莉本、装丁コレクション、そんなページを作ってみようかな。


2005年4月21日
『少女座』の森茉莉特集号を探すために書棚を整理していたら『マドゥモァゼル・ルウルウ』が見つかった。この本は、二種類持っているが、今回見つかったのは、1973年2月15日発行の薔薇十字社版。この本は、1933年に与謝野晶子の序文を得て崇文堂から刊行されたが、その40年後の1973年に薔十字社から再刊された。この後の経緯についてはここで説明しないが、堀内誠一氏装丁のとても美しい一冊だ。中は全ページ二色刷り。すべてにおいて美しく贅沢なつくり。経費も相当かかったんじゃないかと思う。写真左は森茉莉あとがきページ、真中は表紙、そして右は函。出帆新社版も書棚のどこかにあるはず。探してみよう。


2005年4月20日
巴里在住の方からメールがあり、森茉莉が滞在した下宿の場所が見つかったということを教えてもらった。Wow! いろいろな場所をあたってみたということで、本当にあたまがさがる思いだ。私は東大の仏文に留学先の住所がわからないだろうかということを問い合わせていたがなしのつぶてだったので、このニュースは本当に嬉しく、ワクワクしている。そして気持ちが巴里へ巴里へと向かっている。仕事に折り合いをつけて、巴里に飛んでこようかな?
写真はリュウ・ド・ラクレの一部。この通りは一回切れてまたつながっているのだが、写真は通りが切れた辺りから撮影したもの。 


2005年4月15日
表紙のこのページへのリンク写真を変更。表紙の絵は、友人のPaul Sharp が森茉莉をイメージして書いたもの。引っ越す時に私にプレゼントしてくれた。彼のイメージの中にある森茉莉である。この絵は私の部屋に飾っているのだが、近いうちに銀月に運ぼうと思う。で、彼女に銀月を見てもらいたいと思っている。


2005年4月14日

雑誌『太陽』の明治の特集記事の中に森茉莉が寄稿している。「明治と西洋」。多分、この原稿は単行本未収録だ。「明治の人間は西洋に熱中したが、全然卑屈ではなかった。熱中の方は始めてぶつかったためだとしても、卑屈でなかったのは素晴しい」、そして、昭和よりも明治の方が「西洋を消化していた」と、明治という時代と西洋とのかかわりかたを誉める一方で、現代(つまり昭和)と西洋との在り方をやっつけ、「軽っぽく氾濫して来てうれしいのは食料品だけである」と締めくくっている。
この雑誌の別のページには、森永チョコレートに関する取材記事も掲載されている。なかなか興味深い記事で、森永ハイクラウン・チョコレートは、若い女性層をねらって開発された商品ゆえ、外国製煙草に似たケースにたとある。しかも、ケースにする紙はわざわざ製紙会社に特別にすかせ、印刷・包装の機械は英国モリンス社に発注したそうだ。しかもビスケットが出来る様子も紹介されている。もしかしたら森茉莉は、このページを目を凝らして読んだかもしれない。


2005年4月13日
昨日、ガケ書房に「森茉莉全集の内容見本」の追加分を持って行く。そうしたら、サプライズのバックナンバーがほとんど売り切れていた。近いうちに入手できるバックナンバーはすべて「マドモアゼルのために」の棚に運ぼうと思う。
ところで、ある方からサプライズ37号に関する問い合わせをいただいた。37号に「うなぎを巡る話」と出して、森茉莉と城夏子のつながりについて書いているのだが、その件に対する問い合わせ。城さんは、「うなぎについて、いつも思い出すのは、不朽に名をとどめる明治の名門の令嬢だった人の話です」という書き出して、森茉莉の思い出を書いている。城さんのそのエピソードの中では、イニシャルで登場するのだが、間違いなくそれは森茉莉であり、何とも微笑ましいエピソードである。
さて、その問い合わせというのは、何と言う本の中に森茉莉のエピソードが書かれているのかということ。実は私も思い出せない。後で城さんの本を書棚から探し出して探してみようと思う。


2005年4月7日
デスクを整理して出てきた『太陽』の薔薇の特集号。全ページ薔薇尽くしのゴージャズな特集だが、この雑誌の中の「私と薔薇」のページに森茉莉が寄稿している。単行本にも収録されている「エロティシズムと魔と薔薇」。何度も読んでいるはずだが、この特集ページを通して読む森茉莉はかなりいい。
外国映画を観ていると(とりわけ欧羅巴のもの)、夕暮れや朝の「あわい」の時間・・・その光と影の映像の美しさにうっとりとすることがあるが、彼女の文章もまた、磨り硝子を通してみるような、薄いシフォンを通してみるような、薄い煙のような暗さと淡さを私の五感に与えてくれる。欧羅巴の石造りの建物の一角にある仏蘭西窓からぼんやり外を眺めているような気分になってくるのだ。
彼女が書いているように、薔薇は見ても綺麗だし、漢字で書いても素敵、そして食べても美味しい。昔、コアンド・ローズの津志本さんに薔薇の砂糖菓子と薔薇の花びらのジャムをもらったことがある。食べるのがもったいないような美しさだったが、思い切って食べてみたら本当においしかった。薔薇の花びらがキュッキュッと音を立てるくらい歯ごたえがあることもその時知った。


2005年4月4日
もうお店はなくなってしまったけれど、カフェの最後のひと月、その日々を何度か過ごしてお気に入りになったカフェでもらってきたメニューのチラシ。pour mademoiselle というイベントに合わせて用意された特別メニューで、「バゲットサヴァラン」という名前が印刷されている。そこには、「大好きな森茉莉さんの貧乏サヴァランからお気に入りのバゲットでサヴァランを作ってみました。ラム酒シロップたっぷりのバゲットを軽くトースト!アイスクリーム添えはお約束?」・・・・・・・というメッセージも添えられている。
このマドモアゼルのためのイベントがなかったらこのカフェのことは永遠に知らなかったかもしれない。イベントの一年くらい前、マドモアゼル文庫企画を考えつつ私は挫折してしまっていたので、イベントのタイトルには捨て置けないものがあったのも事実。そして、出かけてみて森茉莉メニューを見つけてWow! と感激してしまい、ずうずうしいかなと思いつつ、「このメニューをもらってもいいですか」と頼んでみたのだ。「どうぞ」と快く言って下さったので、大喜びで森茉莉スクラップにはさんでいたのだ。その頃私は大叔母が入院中で、彼女を見舞った帰りにそのカフェ・カラントに立ち寄って、ふーっと和んでいたりしていたのだった。
もうカフェもなく、大叔母もいないけれど、思い出はある。エミリー・ディキンスンのこの詩のように。
" Blooms will run away,
 Cakes reign but a Day,
 But Memory like Melody,
 Is pink Eternally"


2005年4月2日
独逸コロッケについてどうしても知りたいことが出てきたので、ホテルに問い合わせていた。どういう経緯でホテルの独逸コロッケが誕生したのか、その他いろいろ。ホテルの方がいろいろ調べて下さったのだが、当時の担当者が転職していたり、退職していたりで、結局分からなかった。残念。だが、ホテルの方で引き続き調べて下さるというので、いつか分かるかもしれない。
独逸コロッケの作り方は次の通り。
@人参を砂のように細かく刻んだものと牛肉のミンチをたっぷりのバターで炒めて、つなぎを入れて丸める。
Aじゃがいものマッシュを作り、それを薄くのばして@をおまんじゅうのように包む。小麦粉、とき卵、パン粉をつけて揚げる。
今夜、久しぶりに独逸コロッケを作ってみよう。


2005年3月30日
別冊暮らしの手帖 March-5『すてきなあなたに』(2005年3月発行)の8P〜9Pにかけて、森茉莉から聞いたという「森鴎外の西洋料理」が紹介されている。この中で紹介されている独逸コロッケは、以前どこかにも書いたが、京都大丸の地下、京都国際ホテルのお惣菜コーナーで販売されていて、とても美味しかった記憶がある。形も味も作り方も、森茉莉が話している通りである。何年か前からこのコロッケは見かけなくなったが、このコロッケにパパヤソースをかけて食べるのが私のお気に入りだった。
森茉莉全集生誕百年記念限定復刊の内容見本が筑摩書房から届いた。がけ書房で森茉莉関連本を購入して下さった方へのプレゼント用にしたいからと筑摩書房に無理をお願いして送ってもらったもの。ただし、内容見本というのはあくまでも注文を前提にしたもの。全集はもう品切れで注文することはできないので、このあたりのことを配慮して、「現在品切れのため注文できません」というシールを貼ろうと思う。でも、本当に綺麗で読み応えのある内容見本である。
それから、京阪神Lマガジンの五月号では、オトメの特集が組まれている。カンサイ、オトメライフ、ナウ。その中の「オトメを読む」というコーナーに、まずはこの二人が入門編、と森茉莉、吉屋信子が紹介されている。そして隣のページには、マドゥモァゼル・ルウルウの表紙写真が。何でも5月19日から31日まで神戸・北野のトリトンカフェで『古本巡回展』が開かれるらしく、マドゥモァゼル・ルウルウはここでお目にかかれるらしい。とにかくとっても充実した特集内容。ガケ書房のマドモアゼルのpために、の棚にも並んでいる。関東方面では手に入るのかなぁ。
この号のメイン特集は、「恋する、文房具」。王様クレヨンが紹介されてないかなっ、と思って探してみたが、残念ながら見つからなかった。だが、最近の私のお気に入りのカフェ『お手紙カフェ』が載っていた。



4月23日
PR誌『ちくま』の原稿も書き終え、これから新しい仕事にとりかかるべく、自分にハッパをかけている。
そういえば先日、編集部のKさんから全集未収録のエッセイが届いた。『映画の友』に茉莉さんが書いたものである。「こういうものを誰よりも先に読める幸せ・・・」とメッセージがついていたが、私もそのおこぼれにあずかって、幸せな気分で読む。

3月6日
筑摩書房から『貧乏サヴァラン』重版決定の連絡がある。これで9刷だそうだ。生誕100年のこの年にとても嬉しいニュース!
このところ、サプライズ森茉莉特集号の問い合わせが多いのは、文藝が発売されたからだろうか。こういう問い合わせと言うのはいつも重なる。例えば鴨居さんの号についての問い合わせがあると、その後続けざまにあったりする。不思議である。

3月4日
河出書房新社の『文藝別冊』が25日に発売されてから、様々なリアクションを受け取っている。嬉しいのひとことに尽きる。この本をキッカケにして新しい森茉莉ファンが増えてくれたら、と思うのだけど。
文藝別冊についてのニュースがタコシェから届く。東京・中野にあるタコシェのホームページには文藝別冊入荷のニュースが取り上げられている。また、ここではサプライズのバックナンバーのオンライン購入もできます。
タコシェのサイトはこちら。 http://www.tacoche.com/
また、大阪北区にある旭屋書店では、文藝の発売にあわせて、森茉莉生誕百年フェアが行われている。
旭屋書店のサイトはこちら。 http://www.netdirect.co.jp/book/ISSSndUsStore.asp?AU_CODE=2

2003年2月19日
筑摩書房から『本の窓』2月号のファックスが届いた。この本の81ページの「コラム 本の学校」で『貧乏サヴァラン』が取り上げられているらしく、その記事のファックスである。早速読んでみたが、『貧乏サヴァラン』がとても素敵に取り上げられていて嬉しくなった。
森茉莉、武田百合子、鴨居羊子……など、私の好きな作家は何故かみんな食いしん坊である。

2002年1月18日
筑摩書房から森茉莉生誕百年に関するPRを載せた書店向けのチラシが届いた。それを読みながら、今年はそう、森茉莉年なんだと再確認する。そこには、筑摩から出ているものだけではなく、新潮社、講談社から出ているもの、森茉莉関連本も紹介されている。
ところで、森茉莉ファンに嬉しいニュースをひとつ。河出書房新社の「文藝別冊」で森茉莉が特集される。多分、2月発売ではないかと思う。この別冊をキッカケに新しい森茉莉ファンが増えてくれることを期待しているだけれど。河出書房新社のサイトはこちら。
http://www.kawade.co.jp/

200年12月21日
今日、筑摩書房かラ『森茉莉全集』の内容見本が届いた。表紙には「生誕百年記念限定復刊」と書いてある。たくさん送ってもらったので、サプライズの読者の人や知人にどんどんプレゼントするつもりである。筑摩のサイトはこちら。
http://www.chikumashobo.co.jp/index2.html
茉莉さんについてはお知らせしたいニュースは今、たくさんあるのだが、それはまたおいおいに。

2002年11月26日
ここに書くべき話題はたくさんあったのだが、更新をサボっているうちにどんどん情報は古くなり、ついそのままになってしまった話題が多かっのだが、今日は届いたばかりのホットで嬉しいニュースをひとつ。
筑摩書房のKさんから送られて来たメールによると、ついに『森茉莉全集』の復刊が決定したそうだ。来年が森茉莉生誕100年にあたるので、それを記念しての限定復刻になるとのことである。装丁はそのままだが、400部限定のため、全集の定価は60400円になるという。若い人たちに是非とも読んで欲しいのだが、60400円ではちょっと手が出ないかもしれない。だが、生誕100年ということでいろいろなことをキッカケにして森茉莉に触れて欲しいと思う。
私個人は、山田詠美の『放課後の音符』に描かれているようなキュートな時間を心の中に持っている女の子たちに読んで欲しいと思う。金色の光が溶け込んだ放課後の図書館の時間の中、あっ、serendipity! と思えるような素敵な偶然の中で出会って欲しいな、と思うのだ。

2001年4月3日
この雑記帖も更新のことをすっかり忘れて過ごしていた。更新しなかった間にもいろいろと書き込んでおきたいこともあったのだが、過去の話になってしまったので、今日聞いた嬉しいニュースから。
筑摩書房からメールが入り、『貧乏サヴァラン』の重版が決まったとのこと。これで7刷になる。春の嬉しいニュースだ。

2001年2月21日
森茉莉の資料を少し整理しようと引出しを開けたら、少女座が出てきた。この森茉莉特集号は実は2冊持っている。一冊は昔購入したもの、そしてもう一冊は最近古書店で購入したもの。古書店で購入したものは値段もしたが、状態がとてもよい。それにしても茉莉さんにふさわしい品のよい表紙である。だが、少女座はこの森茉莉特集が最終号ではなかったかしら。
私のパソコンには毎日のように、茉莉さんの文庫を読んでくださった方からのメールが届く。これはもう嬉しい限りである。私は茉莉さんと接点を持つ仕事に携われる幸せを、どう表現していいかわからない。

2001年2月16日
横浜に住む友人から手紙が届いた。中には森茉莉についての記事が載った冊子の切り抜きが入っていた。タイトルは「"精神の貴族”を貫き通した、伝説の耽美小説家」。わくわくする気持ちで読み始めたのだが、何かちょっと違うなあ・・・という違和感を感じる部分があった。茉莉さんをあまりにも型にはめすぎてはいないだろうか。「茉莉の生活は、亡くなるまで依然として貧しいものでした」というくだりも、ちょっと釈然としないものを感じてしまった私である。だが、そこに掲載された茉莉さんの写真は、私が初めてみる茉莉さんの写真。これは収穫だった。

2001年2月14日
放送大学講座のテープが筑摩書房から届く。これは小島千加子さんの特別講義「森茉莉の世界」を録音したもの。私は視聴できなかったので、小島さん所有のテープをお借りしたのだ。早速ダビングをして、これからじっくりと聞くつもり。

2001年2月
昔、コピーライターをしていた頃の同僚のHさんからメールが届いた。『貧乏サヴァラン』の編者の名前を見て、もしかして・・・と思ってインターネットで検索して私のことだとわかったのだと言う。そのHさんからのメールは、PHP四月増刊号の書籍紹介のページで『貧乏サヴァラン』が紹介して下さることの知らせだった。何と嬉しいことだろう。3月発売らしい。楽しみである。

12月4日
雑誌『モエ』が届いていてた。先週届いていたらしい。この1月号の『モエ』で『マリアのうぬぼれ鏡』と私が刷った蔵書票をセットにして読者プレゼントにしているのだ。開くとカラーのプレゼント欄に紹介されていた。私の蔵書票も載っている! これは銅版画の先生に見せなくちゃと思い、車を飛ばして先生に見せに行く。先生はひとこと「カッコいいじゃん」。このところ忙しくて、ずっと教室を休んでいるが、また来年から始めるつもり。先生からプレス機のカタログをもらって家に帰る。*モエに時々掲載されている「柴犬に学ぶ和の作法」これはおすすめ。私の大好きな企画のひとつ。これが単行本になったら真っ先に買うと思う。是非みなさんも見て下さい。

11月4日
作家・清川妙さんから速達が届く。清川さんが連載していらっしゃる『れいろう』11月号が同封されている。このエッセイの中で『マリアのうぬぼれ鏡』を紹介して下さったのだ。とってもすてきな文章で紹介して下さっていて、本当に嬉しい。犬との散歩の時から始まった嬉しい時間は継続しているらしい。

10月31日
友人からメールが入っていた。ブックストア談(京都市下京区)の新刊・特集本のコーナーに「茉莉の玉手箱」というコーナーができているという嬉しい情報を知らせてくれたのだ。小さな書店だけけれど、品揃えといい、コーナーの作り方といい、ポップのメッセージといい、本好きな人がちゃんと手をかけて棚作りをしているな、という感じが伝わってくると感激していた。それにしても、茉莉の玉手箱というタイトルがいい。何と洒落たコーナーの作り方だろう。近いうちにのぞいてみよう。
友人によると、以前、須賀敦子さんの遺作が出たときも、素敵なメッセージが添えられていたという。それは、
「もう出ないと思っていただけに、思いがけない贈り物のよう。大切に読みたい本」
というもの(あまり素敵なので、友人は思わずメモしたらしい)。こういう書店のことを知ると、やはり本には書店で出会わなければ、と思う。

10月25日
先日、広島市のタウン誌『レジャー広島』が届いた。『マリアのうぬぼれ鏡』を新刊紹介で紹介して下さった号と、読者からのお便りコーナーの校正原稿が同封されていたのだが、読者の方のお便りがとっても素敵だった。嫁ぐときに父親が小さな三面鏡を持たせてくれたこと、母親から「この鏡はうぬぼれ鏡といって、綺麗に見えるなの。毎日綺麗だわと思って暮らしていると、事実、綺麗になるものよ」という言われたことなどがそこには書かれていた。ちょうど福井新聞から頼まれたコラム原稿を書こうとパソコンに向っていたときだったので、『マリアのうぬぼれ鏡』のことと、このうぬぼれ鏡にまつわる話を書くことにした(11月1日掲載予定)。
東京のIさんから茉莉さんの「名刺受け函」というエッセイのコピーが届く。『怒りとぼやきのマリア』に「法務省のざつしに下書きした小説風ずゐひつ」とあるのをIさんがちゃんと心にとめて、入手されたもの。有り難い。
『マリアのうぬぼれ鏡』の売れ行きのことが気になったので(『貧乏サヴァラン』ほど売れ行きが良くないと耳にしたので)、紀伊国屋梅田店をのぞいてみる。だが、ちくま文庫の棚には見当たらない。どうしたのだろうと思って店員さんに聞いてみたところ、「品切れなので今オーダー中です」とのこと。紀伊国屋梅田店では売れているようで少し安心する。続いて、『貧乏サヴァラン』を乙女のための本として通販リストにも入れてくださっている恵文社一乗寺店で聞いてみる。「うちではよく売れています」とのことだったので、ホッとする。どうか売れてくれますようにと願わずにはいられない。
恵文社一乗寺店のホームページはこちら。

10月12日
10月に入ってからずっと忙しく、更新はもちろん、書店にもゆっくり出かけられない日が続いていたが、今日あたりからやっと落ち着きそう。たまっていた仕事をこれから何日かかけてこなして行くことにする。
お昼に友人と梅田で待ち合わせ。約束の時間より少し早く着いたので、駅構内の書店をのぞいてみる。だが、ここにはちくま文庫の棚がなく、したがって『マリアのうぬぼれ鏡』は見つからなかった。
友人が「9月の終わり頃の読売新聞の書評欄で『マリアのうぬぼれ鏡』が紹介されていたよ」と教えてくれた。私は読売新聞を購読していないので、早速図書館に出かけて新聞を調べてみたところ、9月24日の読売新聞に紹介記事が掲載されていた。嬉しい。
ゲストブックやメールに、『マリアのうぬぼれ鏡』を読んでくださった方からのコメントやお便りを頂く日が続いている。どんな形であれ本を出したあとの手紙くらい嬉しいものはない。
夜、ぼーっとテレビをみていたら、東京から帰ったばかりの友人から電話があった。沼田元氣の盆栽の絵本を預かってきたということと、『マリアのうぬぼれ鏡』が平積みで置いてあるのを東京のあちこちの書店で見かけたという嬉しい知らせ。近いうちに会う約束をして電話を切る。

9月19日
先日の失敗にもめげず、今習っている銅版画で新たに茉莉さんの姿を刷ってみた。彩色で少し迷ったので、銅版画家の安井須磨子さんに電話をして、頬紅を使ってもいいか聞いてみる。いいと思う、という返事。早速頬紅で銅版画を彩色してみたらまあまあ、思うように仕上がったので、この頁の表紙に早速アップロードする。少し心配だったが、銅版画の雰囲気は出ているんじゃないかと思う。まあ、素人作品なので細かいことは言いっこなし、と勝手に決める。先日は茉莉さんを描いた水彩画を2点アップロードした。

9月17日
夜、作家の清川妙さんから電話があり、今連載していらっしゃる雑誌のエッセイで『マリアのうぬぼれ鏡』のことを取り上げて下さるという。嬉しい! あとがきの一部を引用してもいいですか、とのことだったので「もちろん、存分に使って下さい」と伝える。10月下旬発売らしいので、楽しみにしている。

9月12日
何通かの『うぬぼれ鏡』を読みました、というメールが入っている。こういうメールや手紙をもらうと、ああ、この本は読者の元に届いたのだな、と嬉しくなる。まあ、一冊も売れないということはないにしても、本や雑誌を出すたびに、届いているかどうかということは雲をつかむような話で、何とも心もとないのである。

9月11日
今度『MOE』で『マリアのうぬぼれ鏡』を紹介して下さるというメールが編集部のIさんから入っていた。嬉しい! 読者プレゼントを兼ねて紹介して下さるということなので、筑摩書房のKさんに連絡を入れ、プレゼントの件をお願いする。快く了解していただいた。私からは銅版画の蔵書票を文庫に付けることにする。実は・・・その銅版画のエクスライブリスは私の手作り・オリジナルなのである。
銅版画と言えば、茉莉さんをテーマにした銅版画を刷ってみた。私の銅版画は、大好きな安井須磨子さんの銅版画の真似をして後で彩色する方式なのだが、刷り上った茉莉さんの表情に何か足りない気がして、彩色のついでに少し線を付け加えてみた。そうしたら、何ということ! 細いサインペンを使ったので線が滲み、とんでもないことになってしまった。途端に銅版画を続ける意欲をなくしてしまった。

9月1日
今朝、出かける直前に『マリアのうぬぼれ鏡』が届いた。早速開封してみる。すてきな表紙・・・・・ただ帯について個人的な好みを言うと、もう少し暖色、あるいは茉莉さん好みのくすんだ色の方が良かったかなあ、という気がしないでもない。ゆっくり頁を開きたいのはやまやまだったが、出かける用事があったので、バッグに入れて出かける。途中、信号待ちの度に開いてみる。楽しみなのとドキドキが半分半分。
京都ホテルについてから、館内のカフェで『マリアのうぬぼれ鏡』を開く。「空想はあっちへ飛び、こっちへ飛び  努力というものを母親の胎内に置き忘れてきたというマリアの、ユニークで奇抜な語録集」という帯のコピーが何ともいえずいい。伯林での山田環樹、茉莉夫妻の写真も目次の後に収録されている。お茶を飲みながらぼんやりしていたら、妹がやって来たのでとりあえず中断。
夕方事務所に帰ってから、ホームページの表紙に帯つきの表紙写真をアップする。今夜はゆっくり楽しんで、明日はマスコミ献本分を知人のいる何社かの雑誌社、新聞社に送ろうと思う。
茉莉さんのお料理のレシピも近日中にアップするつもり。こちらは「森茉莉通信」に少し手をいれたもの。

8月23日
『マリアのうぬぼれ鏡』の見本刷りが8月30日にあがるとのファックスが筑摩書房より入る。楽しみ楽しみ。

8月6日
『マリアのうぬぼれ鏡』の表紙写真をアップする。このところ更新をサボっているので、お盆までに更新しなくっちゃ。

8月4日
今日、言葉のネックレスを更新。
ずっと前に読んだ本の中に、森茉莉の食べ方について書いた個所があったのだが、それが何という本だったのか、そして誰が書いたものだったのかさえ思い出せないでいる。読んでいて偶然に出会ったのだが、何の本だったかなあ・・・
今習っている銅版画の記念すべき弟一作を茉莉さんのイラストにする。蔵書票を作るつもりなので、あとはEXLIBRISの文字を下書きに入れるだけ。茉莉さんの本に貼って楽しもう。

8月3日
筑摩書房のホームページを見ていたら、『マリアのうぬぼれ鏡』が近刊案内に紹介されている。9月8日発売とのこと。筑摩書房のホームページはこちら。http://www.chikumashobo.co.jp/

7月28日
昨日、一昨日と出かけていて気づかなかったのだが、筑摩書房から編者プロフィールの校正が届いていたので、訂正をして送る。
『クレア』1993年11月号、「本のほんもの」を書棚から取り出して読む。本についてのディスカッションのページがあったので、読んでみたが、何だかつまらないやりとりのオンパレードで、思わず突込みをいれたくなってしまった。評論というのは難しいと思う。

7月25日
茉莉さんについてのエピソードでわからないことがあったので、筑摩書房Kさんに問い合わせをする。私が知りたかったことは『ぼやきと怒りのマリア』の何ページに書いてあると教えてもらったので、早速ページを開いてみる。これなら読んだなあ、と思い出したのだが、ああ、これならあそこに書いたあったわね、とピンとこない自分にがっかり。だが、Kさんのおかげで疑問が晴れた。
ところでこの『ぼやきと怒りのマリア』、装丁を見るとお分かりいただけると思うが、森茉莉全集第9巻というようなニュアンスでつくられたものらしい。全集8巻の横に並べると、9巻の全集が並んでいるような書棚の光景である。

7月18日
言葉のネックレスを更新する。巴里について思いを巡らせていたら、何だか『巴里祭』が観たくなった。確かビデオを持っていたはずなので、今夜にでも観ようと思う。

7月17日
東京のIさんからの手紙で、写真に茉莉さんがエッセイを寄せた『妖精ソフィ』のことを知り、早速検索してみる。もしエッセイのタイトルが『妖精ソフィ』ならまだ読んだことがないエッセイかもしれないと思う。ちょっと調べてみよう。
『朽葉色のショール』の中に、御伽噺を読んだときのエピソードが書かれていた。7,8歳だった茉莉さんは、ハッピーエンドの物語について、「王子様と王女さまが結婚してめでたしめでたしというけれど、大好きなパパと別れてめでたしなんて変ね」と言ったという。茉莉さんらしいコメントである。
ルウルウの私家本についてアスタルテ書房で聞いてみた。置いていないという。残念。まあ、あったとしても入手可能な金額かどうかは疑問だが。だが、『甘い蜜の部屋』の限定本が見つかった。早速オーダーした。売値は15000円。妥当な金額ではないかと思う。

7月14日
筑摩書房から、新刊案内、図書目録用に使う『うぬぼれ鏡』のコピーが届いたので、発売に先がけてご紹介しよう。。
”「ありとあらゆる愉快なもの、きれいなもの、奇異な考え、空想で一杯」の頭の中から紡ぎ出された、きわめつきの茉莉語録。文庫オリジナル」”
いいコピーだな、と気に入った私。
たっぷりとした森茉莉全集の中の何百粒かのきらめきが手のひらにのる大きさになって、誰かの手に渡り、それがバッグの中で揺れたり、午後の私鉄電車のシートに坐った人の細い指でページがめくられたりするのかなあ、と思うとわけもなく愉しくなる。
そういえば過日、『甘い蜜の部屋』の限定本についての情報を教えて下さった人が『ルウルウ』の私家本について書いて下さっていた。「アスタルテにはあるのでは」とあったので、近いうちに出かけてみなければ、と思っている。

7月11日
久しぶりに「言葉のネックレス」を更新する。2つまとめて更新。さっと書上げてさっと転送、という作業をしながら、これでいいのかな、という思いがよぎる。頼まれた原稿だったら、一度打ち出して校正をして送るのに、自分のページだと画面上でパッと校正するだけ。文章が雑になっていないだろうか、と思うのだ。
先日から、茉莉さんの本ではないが、小堀杏奴さんの『朽葉色のショール』を読んでいる。茉莉さんとは違う味わいだが、心に沁みる本である。

7月8日
掲示板に茉莉さんの『甘い蜜の部屋』の限定本を持っている方からの情報があり、それを読んでいたらどうしても入手したくなった。「アスタルテ書房にはあると思う」と書いて下さっていたので、出かけてみた。限定本なら多分ケースの中だろうな、と思いつつ、まずは「茉莉さんの棚」の前に立ってみる。今日もやっぱり茉莉さんの本が並んでいる。新潮社版の『森茉莉ロマンとエッセー』が何冊か。一冊2800円の値がついている。良心的な価格だと思う。買おうかな、と思ったが、この本を持っていないファンのために残しておくことにした。
店主の方に限定本について聞いてみたところ、あったけど売れちゃったとのこと。残念。でも、出ないものではないので、また入るでしょうという返事だった。時々問い合わせをしてみて下さい、と言われたので、そうすることにする。

6月26日
先週の金曜日に届いていた『マリアのうぬぼれ鏡』のあとがきの校正を返送する。採録した茉莉語録を克明に紹介しようかとも思ったあとがきだが、結局採録した内容にはほとんど触れず、私にとっての茉莉さんの言葉に終始したあとがきとなった。
向田邦子さんの『夜中の薔薇』の中に心にしみる幸福について書いたエッセイがある。その中に、
「読書は、開く前も読んでいる最中もいい気持ちだが、私は読んでいる途中、あるいは読み終ってから、ぼんやりするのが好きだ。砂地に水がしみ通るように、からだのなかになにかがひろがってゆくようで、「幸福」とはこれをいうのかと思うことがある」
というフレーズがあるが、茉莉語録編集中の私はまさしくそんな幸福を味わっていた。私はぼんやりするかわりに、時々茉莉さんの写真を眺めた。(実は私は茉莉さんの秘蔵写真何枚かをご家族の方から頂き、持っているのだ。この写真を頂いたとき「欲しい写真があればおっしゃって下さい。焼き増しして送りますよ」と言って下さったのだが、それではあの写真を、なんてとても言い出せなかった。どうして遠慮しちゃったんだろう、と今となっては残念である)
写真を眺めながら、ああ、茉莉さんは幸せだったのだなあ、と何度も思った。そして、何年か何十年か経ったとき、私は本を置き、写真を眺めながら茉莉語録を反芻したこの時間を、切なく思い出すだろう。そして、抱きしめたいほどの思いに駆られた甘い蜜の言葉の数々を心の筐の中から取り出して、うっとりしたりするだろう。「幸福」とはこれをいうのかと感じるだろう。私はそう思うのだ。

6月21日
今日、古書店にオーダーしていた城夏子さんの『朱紫の館』が届いたので、読み始める。「これは小さな文学館です。ここには作家たちも坐っています。作家たちの日常生活のかけらが、作品と並んでいるというところに、この書の特色があると自負いたします」という前書きがすてき。もちろん茉莉さんも坐っている。ここに収録された茉莉さんについての文章は、『抒情文芸』で読んだことのあるものだったが、城さんが語る茉莉さんは実に魅力的だ。
近代日本文学会の例会で、城さんは初めて茉莉さんに出会う。その日、茉莉さんはゲストとして招かれていて、鴎外忌にちなんで、父の思い出を話すことになっていた。りゅうとして気品あふれる中年女性を想像していた城さんは、さっぱりとした木綿の白いブラウスと紺色のスカートのという、質素だが垢抜けのした何気ない服装をした真珠色の清らかな頬の若い女性が茉莉さんだと知って驚く。声もまた少女のようだったらしい。城さんはたちまち茉莉さんに夢中になる。「ここにおいて私は沸騰点まで茉莉さんを好きになった」と城さんは書いている。
記念撮影のときに、野田宇太郎氏をつかまえて、「びっくりしましたわ。なんておきれいな方でしょう」と感激する城さんに「でしょう。ああ見えてももう、高等学校へ行くおぼっちゃまがあるんですからね」と、野田氏の方でも得意げに答えたそうである。茉莉さんが『父の帽子』を出す一年位前のことのようであるから、この鴎外忌は33回忌であり、このときの話というのは、その月の日本読書新聞に「三十三年目の9日」として掲載されたもののだろうと思う。そして、茉莉さんは50代前半である。そう考えると、野田氏の「ああ見えてももう、高等学校へ・・」というのは実は「ああみえても実は30代のご子息が・・・」となるはずで、その事実を知ったら、城さんはますますびっくりしたのでないだろうか。
その後『父の帽子』を読んでまたしても沸騰点的状態に達した城さんは、茉莉さんに再会を申し込み、「茉莉さんは十月の雨の冷たい夕べ、そのあどけない頬を輝かせて」城さんの家を訪ねたのである。
「ジャックが火、水、土、と週に三日訪ねてくれますので、まるでクリスマスが週に三回あるように愉しいんですの」
「兄が入院していますので、きょうはシチュウをこしらえて病院へいって参りました・・」
「まあ、こんな愉しいお部屋にいたら、私いくらでも書けそうですわ」
「マロングラッセは、父が宮中へお年賀に上がると、いただいて来たお菓子ですわ。なつかしいこと」
それからそれからプルウストのこと、荷風のこと、モオパッサンの短編小説のこと、ドオデエの『マダム・ヴァランシイ』のこと・・・・・など、茉莉さんと城さんの愉しい話の数々。
『父の帽子』について、城さんは、「古今東西の大文豪が、大哲学者が、繰り返し過ぎ行く時を語っているけれど、いまだかつて、時の姿を美しい蝶と捕らえた人があるだろうか」とまで書いている。奇しくも私の好きな二人の作家、森茉莉と城夏子という愉しい接点を何年かぶりに再確認できた本との出会いだった。

6月20日
昨日一部更新した「茉莉さんのこと」、贅沢貧乏コラムをアップする。私にしては熱心な更新である。これは、このところ読みつづけている城夏子さんの影響に違いない。愉しいのひとことに尽きる城さんのエッセイを読むと、何だかしていることがいちいち愉快になる。今度、おすすめ本のページに城さんを紹介しよう。

6月19日
朝、筑摩書房から電話。メールで送った原稿の一部が文字化けしているという。本当はテキストモードでと言われていたのだが、それがどういうことか分からなかったので、ワードで打った原稿をそのままメールで送ったのがいけなかったのかな。パソコンはなかなか難しい。
編集部のKさんから「茉莉さんへの思いがあふれていた」と言われた。「えっ、ずいぶん抑えて書いたつもりなんですけど」と言うと、「だから余計に思いがずしっときたのかもね」と言われる。しのぶれど色に出リけり、なのかもしれない。
あとがきにホームページアドレスも入れてもらうことにしたので、ページの充実をはかならくちゃ、と思い、未転送だった「茉莉さんのこと」の一部をアップロードする。森茉莉の言葉のネックレスに加えて、「365日の森茉莉」というページを作ろうと考えている。一年365日のカレンダーのようなもの。でも、こんなことばかりしていると仕事に支障をきたしちゃうかな、という一抹の不安もあり。

6月18日
今日は午後から行きつけのカフェに行き、お茶を飲む。打ち出した原稿も持って行く。読み直してみるつもりだったが、犬と遊んで珈琲を飲んで、お店の人と喋っていたら、そんな気が失せてしまったので、校正は家に帰ってからということにする。
家に帰ってから、不二家ルックチョコレートのCMソングを歌いながら校正をして、筑摩書房宛てにメールで原稿を送る。38字詰めにする方法もわかったし、ほっとひと安心。だが、用紙をB4に設定すると、文字と文字の感覚が広がるのは何故? 文字のピッチを固定したり、余白を多くとってみたりしたがダメ、文字のピッチは変わらない。ワードは何だか使いにくい。

6月16日
消えてしまったあとがき原稿について悔やんでいたら、友人が「意外なところに入っていることがあるからさがしてみたら」と言う。それじゃあじっくりとさがしてみましょ、と思っていたら、急遽外出することになった。夕方まで帰れそうにないので、覚悟を決めて書き直すことにする。JRに一時間ほど揺られるので、新快速の中で書くことにした。何を隠そう、私は乗り物の中で書くのが大好き。手紙も原稿も、電車の中だとあっという間に書きあがるのだ。この前書いた原稿のことは忘れることにして、一から書き直した。往きにほぼ一通り書いて、帰りに校正をする。
夕方戻ってからメールをチェックすると、「原稿はメールで送ってください」との連絡が入っていた。早速筑摩書房に電話。あとがきは月曜日朝一でいいとのことだったので、まずは電車の中で書いた手書き原稿をワードで打ち込むことにする。何の指定もせずに打ったら、40字詰めになっている。これを38字詰めにするにはどうしたらいいのだろう。編集や書式をクリックしながら悩んでしまった。

6月2日
近所のカフェでお茶を飲み、犬と遊んで帰ったら、筑摩書房からメール便が届いていた。開封してみると、『マリアのうぬぼれ鏡』のカバー見本だった。シンプルで素敵な表紙だと思う。ともすれば甘いムードになりがちな私の傾向を、編集者のKさんはシンプルに引き戻してくれるので、とても有難い。この江戸前の洒落たタイトルは私がつけたものではなく、Kさんがつけてくれたもの。もし私がつけていたら甘い甘いお菓子のようなタイトルになっただろうと思う。
表紙はデフォルメした茉莉さんの顔のイラストがあり、『マリアのうぬぼれ鏡』というタイトルが鏡をイメージさせる枠の中に入っている。早速Kさんに電話をして素敵な表紙だと思うということを伝える。初校の刷り見本なので、色は少し変わるとのこと。
8月の発売予定だったが、諸事情があり、初秋、つまり9月の頭発売になりそうだ。茉莉さんの濃い世界に入ってもらうにはその方がいいかもしれない。
茉莉さんの文庫本の売れ行きは相変わらずいいとのこと。ほっとする。私もこのホームページで茉莉さん読者の裾野を広げることができるようにしなくては、と思う。そして近いうちに表紙をこのページで発売に先がけて披露したいと思っている。
この日、何となく茉莉さんの世界に浸りたくなった私は、茉莉さんのアルバムを開いて、いろいろな表情をしている茉莉さんの写真を、紅茶を飲みながらぼんやりと見る。茉莉さんは幸せだったんだなあ、と思う。
江国香織さんのエッセイ『絵本を抱えて部屋のすみへ』(白泉社刊)の中にこんな文章があった。
「ハティーにせよアリスにせよエミリーにせよ、孤独ではあっても淋し気ではないのは、彼女たちの中にすでにたっぷり幸福が埋めこまれているからだと思う」
茉莉さんもそうだったのだと思う。父親に愛されたという記憶やパリジェンヌに孵化して過ごした巴里での日々という幸福が、茉莉さんの心にはたっぷりと埋めこまれていたのだと思う。

薔薇の小部屋
ある日、雑誌・オリーブを見ていた私は、東京のキントラ文庫(古書店)に『薔薇の小部屋』という雑誌が置いてあることを知った。しかもこの雑誌には森茉莉さんのエッセイも連載されているというではないか。早速電話で送って欲しいと頼んでみた。だが、発送や取り置きは出来ないという。ここで出会った人に購入して欲しいとのことだった。今から東京に行くわけには行かないし、どうしようと思案していた私は、MさんからTさんに頼んでみたらどう? とアドバイスをもらって、その古書店の近くに事務所を構える装丁家のTさんに電話をしてみた。そうしたら、嬉しいことに行ってくれるという。しかも、そのお店には置いていない『薔薇の小部屋』のバックナンバーも一冊余分に持っているからそれも一緒に送りましょう、とまで言って下さった。
どうぞ売れていませんように。私は祈るような気持ちで待っていた。そうしたら、 しばらくしてTさんからの小包が届いた。中には『薔薇の小部屋』の創刊号と2号の2冊が入っていた。
私は天にものぼるような気持ちで本を手に取った。この雑誌は内藤ルネさんが企画・編集をされたもので、目次を見ると、森茉莉さんはもちろん、田辺聖子さん、熊井明子さん、美輪明宏さん、城夏子さん、金井美恵子さん、四谷シモンさん、鈴木真砂女さん、宇野亜喜良さん・・・・・と、実に贅沢な顔ぶれが並んでいる。更に驚いたことに、発行者は伊藤文学氏であった。伊藤文学には、茉莉さん行きつけのカフェ「邪宗門」で偶然お目にかかり、茉莉さんの下北沢を案内していただいたことがある。
この2冊の雑誌に茉莉さんは、「秋によせて  柿の色と柿色」というエッセイと「砂」という詩を寄せている(どちらも全集に収録)。挿絵は2号とも内藤ルネさんである。
その後、アスタルテ書房に行った時に、この『薔薇の小部屋』の話をしたところ、「あの雑誌ならうちにも置いてありましたよ。もう売れましたけどね」と店主の方がおっしゃった。オリーブも要チェックだが、アスタルテ書房にもこまめに通わなくては、と思った私である。

6月6日

このホームページのゲストブックを読んでいて、ああ、今日は茉莉さんの命日だったんだ、と気づいた私である。森茉莉ファンの風上にもおけない、と茉莉さんファンからお叱りを受けるかもしれないが、私はこういうファンなのである。
今日は朝、道を歩いているときに『ああ、薔薇がきれいだなあ」と思ったのだが、茉莉さんが亡くなったのは、薔薇の美しい季節だったんだなあ、と感慨深かった。ゲストブックに書き込んで下さった方に感謝しなくては。
本当なら薔薇を一輪飾り、紅茶でも飲みながら茉莉さんを偲びたいところだが、こういうシチュエーションは私の趣味ではないので、ただ茉莉さんの本を読むことにした。

6月10日

『天声美語』(美輪明宏著・講談社刊)を読んでいたら、巻末の特別付録の「美意識の栄養素になるもの」リストに、 美しい日本語で書かれた本が紹介されていて、その中に森茉莉の名前があり、「森茉莉は一見すると難解ですが、読むほどに奥深く耽美な世界が広がって行く作家です」と書いてあった。茉莉さん自身、「私はもう一つの小さな誇りを持っている。・・・それはきれいな小説、きれいな文章、を書こうとしていることである。漢字も、仮名も、きれいなのを使うのである」と書いている。事実、エッセイにしろ、小説にしろ、そこにふんだんにちりばめられている綺麗な言葉やアンティークのレースのような細部の描写・・・・は、読むものの気持ちを贅の香気で包んでくれる。これほど贅沢な本があるだろうかと思う私である。

6月14日

『マリアのうぬぼれ鏡』のあとがきをやっとこさ書き上げつつあった。ところが、である。私は別に何もしていないと思うのに、画面に突然「不正な処理をしたのでこのプログラムは強制終了されます」という警告が。えっ! ダメよ、そんなこと。そう思いつつあれこれしているうちに、画面が消え、再びスイッチが入って立ち上げ画面に。慌ててワードを開き、ファイルから開くをセレクトしてみたが、当然のことながらほぼ書き上げていたあとがきは跡形もなく消えている。私は原稿を書くのが早いタイプなので(その代わり、書き始めるまでは恐ろしく長い)、書き始めたら一気に書いてしまう。今回も、一気に書き上げるつもりだったので、途中で保存するなんてことは考えもしなかった。
トホホホホ。一気にやる気をなくした私である。そしてこれもまた私の癖なのだが、書きなおしたりするときは、前とは全く別のことを書きたくなるのである。だからまた書き出しから悩み始めている今の私。どうしよう・・・。




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