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テレビをみていたら 10月26日更新
*昨日(10月25日)フジテレビの夕方のニュースのスポーツコーナーを見ていたら、何とトルシエ監督の通訳、フローランのインタビューを流していた。しかも、今日からレバノンに合流するというではないか。ということは、今日の試合後のトルシエ監督へのインタビューの際には彼が通訳なのかな、と楽しみにしている。彼は昨日このコーナーに書いた通り、本業は映画雑誌の編集者なのだが、トルシエ監督の人柄に惚れ込んで通訳をしているらしい。
*トルシエ監督が時折見せるフランス人らしいお洒落で粋な采配も楽しみである。
*トルシエ監督が会見で披露するジョークは、フランス人にしては下手だと言われているらしいが、私は結構気に入っている。だが、ニュースなどではそのジョークが全く流れないのが残念である。
*今日、ヤフーのスポーツ欄を見ていたら、何と西沢選手の襟に関するニュースが。西沢選手が移籍するスペインのチームでは、襟が立てられるユニフォームを特注したとか何とか。今のユニフォームも特注らしいが、スペインチームの粋な配慮に思わず拍手の私である。
*サッカーアジアカップを試合のたびにみている。日本は強くなったなあ・・とサッカーに詳しくない私でも思う(すごいぜ、トルシエ)。
実は私は大のトルシエ監督ファンなのだが、試合を見ていて、日本のベンチにしてはかっこいい風景だなあ、といつも思う。日本人は口をポカンとあけていたり、服装のセンスが悪かったりして、それはスポーツ観戦の際のベンチが映し出されてもよく感じるのだが、サッカーの全日本のベンチに関しては自慢に思うのだ。トルシエ監督はいつもブルー系のシャツでスーツ姿をお洒落に決め、引き締まった表情なので、ベンチに格調がある。言っては悪いが、ジャージ姿で口をポカンとあけた岡ちゃん(岡田監督)とは雲泥の差である。ウズベキスタン戦でも、大負けをしてだらりとした表情のウズベキスタンの監督と比べると、断然日本のベンチの方がカッコ良かった。
サッカーの試合に関して私が注目しているのは、トルシエ監督のシャツの柄と眼鏡、西沢選手の襟の立て具合である。トルシエ監督に関しては、今日のシャツは無地かチェックかストライプか、眼鏡は丸かな、四角かなと常にチェックしている私である。西沢選手に関しては、おっ、今日も襟がピシッと立ってる立ってる、と思い、試合中、襟が倒れていたりすると、いつ直すのかなあ、とそれが気になって仕方がない(彼は試合中でもしっかり襟を直している)。西沢選手はスペインのチームに移籍するらしいが、スペインでプレーするときにも襟は立てるのだろうか、とこちらも気になる。
川口選手のオールバックも気になるが、彼の場合は試合になると必ずオールバックなので、どっちかなチェックする楽しみがないのが残念。本音を言うとあのヘアスタイルが日本で流行っているとアジアの国々に思われたくはないのでやめてほしいのだが、せめて試合によって変化させるくらいの粋な配慮でファンを楽しませて欲しい。
*再びトルシエ監督だが、私はトルシエママのファンでもある。以前の解任騒動のとき、ブロードキャスターの中でトルシエママにインタビューに行っていたのだが、それを見てすっかりファンになってしまった。またトルシエママのインタビューを流してくれないだろうか、と願っているのだが、この話をすると、「ああ、トルシエママに会いたいわ」と知人たちが口々に言うので、トルシエママファンは私だけではないことがわかって嬉しくなった次第である。
*トルシエ監督のフランス人の通訳・フローラン(だったかしら)がアジアカップでは出てこないのでこちらも残念だ。フランスの映画雑誌の編集者という本業があるから、毎度毎度通訳はできないのかもしれないが、彼の通訳ぶりも楽しみな私である。日本語が非常に流暢だし、オリンピックのときのように、日本語(記者たち)→フランス語(フローランからトルシエ監督)→英語(トルシエ監督からフローラン)→日本語(フローランから記者)という何とも変則的な通訳をこなし、アメリカ戦の後のインタビューでは感極まって涙ぐんでいたフローラン.。再び見たい人物の一人である。
*昨晩(10月24日)のアジアカップ準々決勝は見ていてイライラしてしまった。それは試合にではなく、解説にである。アナウンサーも解説者も、始まる前からドーハの悲劇の連発、そして始まってみれば、またそのこと、一点取られれば取られたでまたその話題、2対1になればなったで7年前にはこの点差でロスタイムに同点に追いつかれたわけですから・・・といちいち1993年の対イラク戦のことを引き合いに出すものだから、イライラもし、うんざりもしてしまったのである。「シャラップ! 縁起の悪いことばかり言うんじゃない」と怒っていたら、「そんなにムキにならんでもええやんか」と夫になだめられたのだが、今日は今日の試合である。いちいち縁起でもないことを持ち出して、水をさすのはやめてもらいたい。私個人としては、いろいろと批判もあったが、船越アナのゴールゴールゴールの連発の方がずっと気持ちよかった。
*毎日放送の朝の番組・エクスプレスの金曜日、浅草キッドが楽しみである。この前、野口五郎と三井ゆりの婚約ネタのときの、「野口五郎の結婚とあづき相場は予測がつかない」というコメントは最高だった。
*姫野カオルコさんの『ひと呼んでミツコ』を面白く読んだ。読みながら思ったのだが、松たかこをミツコにしてドラマ化してもらいたい。今期は面白いドラマが少なく、あまり連続ドラマを見ていない私だが、松たかこの『ミツコ』なら毎回楽しみに見ると思う。
*随分前になるが、エクスプレスの木曜日、デヴィ夫人がゲストコメンテーターのときのこと。この日の芸能ニュースで石田純一を取り上げたのだが、何故かデヴィ夫人は石田純一に対しては辛らつなコメントがなかった。とまあそれはいいとして、すぐに女の人をくどいたりするということに対して、イタリアンボーイみたい、とコメントしたことに私は注目した。なるほど、こういう言い方もできるのかと感心したのである。
*何も石田純一の肩を持つわけではないが、例の「不倫は文化発言」。これはマスコミが勝手に意訳したコメントだと私は思う。この意訳ぶりにも驚いたが、もっと驚いたのはゴルフ場で石田純一にコメントを求めていたレポーターの発言である。長谷川理恵との不倫が報じられていた石田純一に対してレポーターはこのようなことを言ったのだ。「奥さんがいるのに他の人を好きになるのは許されないことですよね」。この場面をみながら私は、「どうしてこの人にここまで決めつけて言う権利があるのだろうか」と驚いた。このレポーターの発言に対して、詳しくは忘れたが「そうかなあ。偲ぶ恋や許されない恋があってもいいんじゃないのかなあ。こういうことがあって文化が生まれてきたわけでしょ」というようなコメントをしたのである。それで生まれたのが「不倫は文化発言」という見出しである。この場合、石田純一はごくあたりまえの発言をしただけである。「許されないことだ」と発言したレポーターの発言と、このコメントから「不倫は文化」というタイトルを引き出した根性の方が私には驚きだった。だが、テレビで話題になるのは、いつも意訳された「不倫は文化」ばかりで私はげんなりしたものだ。
*ワイドショーを見ているとあきれることがたくさんあるが、いつもばかばかしいと思うのが、皇室の女性の洋服に関する話題だ。美智子皇后は同じ洋服を何度も着まわししていらっしゃるんですよ、と映像を見せながら説明し、まあ、何と素晴らしいお心がけ、さすが美智子様・・・というコメントを聞くたびにうんざりする。着まわしが悪いとは言わないが、そこに、洋服をたくさん新調するのはよくない、贅沢だ、無駄遣いだ、という思いが見え隠れしているからである。美智子様も雅子様も紀子様も、洋服はどんどん新調していただいていいではないか。日本の顔であり、皇室の方々の洋服というのはある意味日本の文化である。それなのに、節約することだけがよしとするような貧乏臭さが私にはどうにもやりきれないのである。
*今日、国会中継を見た。答弁する森総理のバックに扇千影が映っていた。森首相の右手の後ろに扇千影の膝が見えたのだが、膝頭が少し離れていた。つまり、ほんの少しだが足が開いていたことになる。緊張感が欠けているのでは・・・と思ったのは私だけだろうか。
*選挙に関して思い出したことがある。扇千影が初めて立候補したとき、確か林寛子という名前で立候補していたと思うのだが、私は、当時アイドル歌手だった林寛子と同じ名前ということに興味を持ち、彼女と同一人物だと勘違いする人はいないのだろうかと心配したものだ。
そしてこの選挙のとき、私は京都市伏見区の開票のアルバイトをしたのだが、そこで、この心配を上回る事実に遭遇した。投票用紙に「八千草薫」と書いている人が何人かいたのだ。扇千影のことだろうと思ったが、この投票はもちろん無効である。他にも、横山フックと書いている人も多かった。おわかりのように、こちらは横山ノックの間違いである。
*懐かしの歌番組をみているときいつも思うのだが、久しぶりにテレビに出て歌う歌手というのは、どうしてあんなに「ためた」歌い方をするのだろう。もっとサラッとシンプルに歌えばいいのに、思い入れたっぷりにためて歌う。昔の歌のテンポは今と違って実にゆっくりなのに、そこに思い入れから来る「ため」が入るため、ますますテンポが遅くなってしまい、聴いていてイライラしてしまう。だが、歌っている本人は情感たっぷりに歌い上げたつもりでいる。聴いているこちらが恥ずかしくなるので、やめてもらいたい。
*未来日記やあいのり(バスに乗って旅行する分)といった素人の出会いを扱った番組はもううんざりである。この手の番組は単発で放映してもらわないと、みていて飽きてしまう。
*先週たまたまテレビをつけたら、ユースケサンタマリアが弁護士の役をしているドラマを放送していた。この日のゲストは梨花だったが、こういうドラマでじっくり見ると、何だかカサカサしてみえた。瑞々しい感じのする水野美紀と比べるからそう思ったのかもしれないが、「プリティでも塗って出直して来てはいかが」と声をかけたい気分だった。
*エクスプレスを見ていて発見したのだが、奈美悦子の前にはキャッチライトが備え付けてあるようだ。奈美悦子に限らず、女優の場合はみんなそうなのかな。奈美悦子がうつむいて両手で顔を覆って笑ったとき、髪の毛にライトがあたって光って見えた。それで、ああ、顔にキャッチライトがあたっていたのか、と知った次第である。
*ニュースやバラエティ番組で気になるのが、「というわけで」(あるいは、ということで)という言葉である。「というわけで」と言いさえすれば強引に次につないでいけるのかもしれないが、これだけ氾濫すると実に耳障りである。
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