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霊雲院



JR奈良線に乗り1駅。東福寺駅下車。
東福寺境内を歩き霊雲院へ。3体のお地蔵さんがお出迎え。

霊雲院(九山八海の庭)

読み方は「れいうんいん」。東福寺境内にある寺院で、塔中(たっちゅう)と呼ばれます。塔中とは、禅寺で高僧などが亡くなったあと、その弟子が敷地内に建てた小院のこと。ちなみに東福寺は臨済宗東福寺派のお寺です。
ここ霊雲院を開いたのは岐陽方秀(きようほうしゅう)という人。初めは"不二庵"と呼ばれていました。
さて、見所は前庭の九山八海の庭。「くせんはっかい」と読みます。

これは、古代インドの世界観で中心とされる山・須弥山(しゅみせん)を中心に9つの山と8つの海からなる仏教の宇宙世界を表したものです。
写真の真ん中に位置する石が須弥山。これは第七世の湘雪守元というひとが肥後熊本の出身で、藩主細川忠利と親交があり、彼から賜ったもの。最初は寺産五百石を送ろうとしたけど、「録の高きは参禅の邪鬼なり」と言ってこの石をもらったとか。"遺愛石"と名づけられています。


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南から西へ向き直ると臥雲の庭。

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霊雲院(臥雲の庭)

霊雲院のもうひとつの見所がこちら。
小書院の西から茶室観月亭にかかる庭で、先の九山八海の庭に比べるとやや小さめですが、枯山水の名庭です。渓谷より流れ出る水や、山腹を包み込む雲、それらを鞍馬砂や、白砂の砂紋で表現しています。ちなみにこの庭園の隣接するのが、茶室「観月亭」。二階建ての茶室になっており、この造りは非常にレア。残念ながら内部は非公開となっています。

最後に、ここ霊雲院は西郷隆盛と尊王攘夷派の僧侶である月照が密議を行った場所でもあります。さらに日露戦争中はロシア人の捕虜収容所にもなったとか。50人ものロシア兵士が8ヶ月間ここに収容され、堂内には彼らが作った弦楽器が展示されています。



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北へ向き直り茶室前庭も覗いて。
帰りも3体のお地蔵さんがお見送り。