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千本釈迦堂



JR京都駅から市バス50系統または101系統に乗り北野天満宮で下車。
さらに10分ほど歩きます。

千本釈迦堂・入口

今出川通りを真っ直ぐ進むと、あの有名な北野天満宮ですが、ちょっと足を止めて上七軒の交差点を右へ。すると目立たない場所にひっそりと建つのが、ここ千本釈迦堂。正式名は大報恩寺真言宗のお寺です。
ここは応仁の乱で奇跡的に焼け残り、本道は国宝にも指定されています。ちなみに創建は鎌倉時代で、義空という人物によって創られました。この人は謎の多い人物ですが、平安時代前期唐から渡来した禅僧といわれています。

さらに、ちょっと外れますが、上七軒から北野天満宮に向かう通りにもちょっと注目してください。ここは京都で最古の花街で風情のある茶屋が立ち並ぶ通りとなっています。千本釈迦堂とセットでどうぞ。


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さらに堂内で一際目を引くのがこちら。

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千本釈迦堂・おかめ像

実はこの寺の建造にまつわる面白いエピソードが伝わっています。
本堂を建てるとき大工の棟梁の高次というひとが、柱の長さを間違えて切ってしまいました。この柱は重要な部分で代わりに使えそうな木材もありません。困り果てているときに妻のおかめ(阿亀)が「枡組を使ったらどうか?」と提案します。その結果無事に本堂は完成しましたが、おかめは「女のアドバイスで助けられた」などと噂が立ってはまずいと、上棟式を待たずに自害してしまいました。そんなおかめの菩提を弔うため、内助の功をたたえて、このおかめ像が作られました。
ちなみに「枡組(ますぐみ)」とは障子・襖(ふすま)などの骨を四角に組むこと。内助の功で銅像まで立てられるのは他に山内一豊の妻・千代くらいでしょうか。