TRANSLATION

日本の社会構造

これは、いろいろな人の言葉を書き留めた備忘録です。正反
対の意見もあります。不快に感じられましたらお詫び致します。
原田伊織氏の見解を示します。

●まず最初に申し上げますことは、私は生来の楽観主義者
だということです。なぜならば、人間のやることはあまり
にもバカげていますから、いくらなんでも日本はもちろん
この世界の馬鹿さ加減も限界があると思っているからです。
つまり昔から人間というものはサルより毛がたった3本多
いだけだといわれているように、一皮剥けば自己の利益に
従う我欲むき出しの自己中心ガリガリ亡者です。

●日本は2018年の今、ネット右翼が熱狂支持している
国粋主義者で右翼で軍拡路線を信奉している改憲論者の安
倍首相を抱いているわけですが・・・、国家主義ナショナ
リズムの行き着く先は、歴史の教訓では戦争しかありませ
ん。

明治維新以来、この国は常に戦争に突き進もうとする右翼
国粋主義者の狂人どもからの危険にさらされています。
先の大戦で、日本は300万人以上の死者を出しました。
その尊い命に対し、私たちは、彼らを死なせてしまった戦
争というものに、反対し続ける責任があります。

●もともと「国」あるいは「国家」というものは、人間が
作ったものです。ですから欠陥があるわけです。偏愛的に
国家を愛する「国家主義者」や「国粋主義者」がリーダー
となった場合、計り知れない混乱や恐怖が生み出されます。
たとえばナチスのヒットラーやソ連のスターリンや北朝鮮
の親分など枚挙にいとまがありません。

日本でも最近、このような政治家が増えています。彼らの
思想の根っこには明治維新での一人の人物が大きく関わっ
ています。吉田松陰です。山口県に生まれた彼は長州藩の
「外国人排斥運動」や「外国船打ち払い」など尊皇攘夷を
標榜する国粋主義の志士たちにテロ的な影響を与えました。

●大昔ローマ時代の2千年以上前から今に至るまで政治
は汚く汚濁渦巻く世界です。カネと権力がからむからです。
つまり「権力闘争というものは財布の取り合いっこ」です。
今は暴力団から一般企業の重役や一部の金持ちへと新
たな黒い付き合いができています。日本の政治家には、い
わゆる2世議員が多く、質はアフリカの中流国家の政治家
と大差ないといわれています。現に日本の政治家のみなさ
んは口をそろえてこの政治とお金の問題は「ある程度はし
ょうがない」と言うのです。やはりアフリカ並の猿です。

なぜカネと権力がからむかというと、政治家の元である国
民の資質がカネと力をモノゴトの中心におく低レベルにあ
るからです。国民は政治というものを「よりよい社会をつ
くるため==正しい」よりも「自己の利益と支持組織の利益
を求めるため==わかりやすい」のものだと考えているので
す。歴史学者の磯田氏によると人間は正しいことよりわか
りやすいことを選ぶという。正しいことはわかりにくく理
屈っぽく小難しいのです。
実は、よりよい社会を作ることは彼らにとってやりたくな
い副次的なきれいごとであって、彼ら自身の存在を否定す
るものです。言い換えれば、酷い社会であればあるほど、
国民が無知蒙昧バカで政治に無関心であればあるほど彼ら
にとっては都合がよいのです。テレビの教養番組より芸能
番組をみていて欲しいのです。ここでいう彼らとは利権を
むさぼる政治家とその支持献金組織や既得権益を主張する
官僚などです。さて

現時点の世界の巨大な潮流は 二つある

@従来の利権を核とする保守派や旧リベラル派。例えば農業
や工業や労働者などの組織・団体の利益いわゆる既得権益を
守ろうとする大多数派。自民党や民進党などの既成政党。

A市民個々人の利益を第一に優先する新しいリベラル派。国
民ファースト主義。米大統領選サンダース候補の政策 
日本では無党派層とされている。多数派。たとえば
・富裕層への課税強化&企業助成政策の廃止
・巨大金融機関の解体
・国公立大学の授業料無償化
・最低時給を15ドル約1600円に上げる
・医療の国民皆保険・全国民の医療保障&社会保障
・TPP反対&海外アウトソーシング(工場移転)反対
・インフラ整備への投資拡大と再建
・政治家への企業や団体による大口献金の禁止
・環境問題に取り組む
・労働者が組合に入る権利を支援・男女の賃金平等化
・全労働者に病気休暇中の保障・有給休暇・医療休暇
・質の高い保育サービス
-------------------------------------------------

今までの分類として、
一つは合理的かつ功利的で、おカネ中心のグローバルな市場
経済の世界に生き、自由と平等、人権と民主制を大切に考え
自由主義または保守派。

ただし旧来のリベラル派は中道左翼といわれ、最も不遇な人
々にも平等な権利を保障するため道徳とは分離した公正な社
会制度が必要だとする。公正な社会制度は価値中立的で自由
な選択を保障するものだという。

もう一つは自分勝手な利己的な自由は制限し、文化や伝統を
大切にし共同体の世界に生きるコミュニティ派

この他に最大多数の最大幸福を求める新自由主義派や国家に
よる税の強制を否定するリバタリアン派などがある。


『明治維新という過ち』原田伊織 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストたち 際物的なタイトルで損しているが、本書の指摘する史実はお おむね正確だ。司馬遼太郎氏は「山口県には温和な原日本人 の倭人とは異なる渡来した朝鮮系の人が非常に多い」「大阪 人も半数は朝鮮系である」という。首相や大阪維新のトップ には論争や戦争大好きな過激な発言が多いのもうなづける。 明治維新の実態は、長州の狂信的なテロリズムが尊王攘夷と いうカルト思想にもとづいて徳川幕府を倒した内戦だった。 「明治維新」という言葉も同時代にはなく、「昭和維新」の テロリストたちが使い始めたものだ。 その教祖とされる吉田松陰が、松下村塾を開いて「明治の元 勲」を教育したというのも神話である。1842年に松下村塾を 開いたのは玉木文之進で、松蔭は1857年にその塾頭となった が、翌年投獄されたので塾は廃止された。だから彼が塾の指 導者だったのは1年余りで、彼が直接教育した著名人は高杉 晋作と久坂玄瑞ぐらいだが、久坂が松蔭を尊王思想の教祖に まつり上げた。 「維新」や「攘夷」という言葉は松蔭のオリジナルではなく、 水戸学のパクリである。この始祖は「水戸黄門」として有名 な徳川光圀だが、彼は地元では暴君として知られていた。日 本の歴史をすべて天皇中心に書き換える『大日本史』という 無意味な大事業に財政の大部分を費やし、増税や飢饉で水戸 藩では大量の餓死者が出た。 もっと大きな弊害は、水戸学というカルト思想が倒幕運動に 利用されたことだ。これは封建主義根幹をなす儒教陽明学と 尊王の国学を混ぜた「日本が世界の中心で天皇がその王であ る」という誇大妄想の思考で、天皇家の正統性を簒奪した徳 川幕府を倒し、日本を天皇中心の統一国家にするために、対 国外的・対国内的な戦争をせよという誇大妄想狂的な軍国主 義思想だった。 水戸学の過激派だった「天狗党」は、この教えの通り水戸藩 と戦ったので、この内ゲバで水戸学の主要メンバーは死んで しまい、明治政権には一人も入れなかった。その代わり水戸 学のエピゴーネンつまりパクリだった。 長州の尊王攘夷派が、明治政権を掌握したのち、彼らは吉田 松蔭の「日本がアジアを支配する」という過激な軍国的な攘 夷思想を実力行使したので、その後の日清・日露・第一次大 戦・第二次世界大戦は明治維新の必然的な結果だった。 ただし維新が「過ち」だったというのは言い過ぎで、吉田松 陰の攘夷テロリズムや軍国的排外思想がなかったら、あそこ までの大改革はできなかっただろう。 驚くべきなのは、フランス革命が200万人(その後のナポレ オン戦争を含めると490万人)もの死者を出したのに対して、 戊辰戦争の死者はわずか1万5000人、西南戦争まで入れても 3万人で革命が収束したことだ。 これは政権が長州閥で統合され、山県有朋などが超法規的な 独裁的権威をもったからだ。 革命戦争では過激派のテロリストが主導権を握り、政権がで きると穏健派が制度設計して実務的に国家を統治する切り替 えができたことが、明治維新の奇蹟的な成功の原因だった。 しかしこれは長州閥のネットワークに依存した「人治国家」 だったので、山県の死で長州藩による藩閥政治が終わると、 彼ら長州藩の「富国強兵」が生み出した軍部の暴走がコント ロールできなくなり、太平洋戦争という破滅的な結果へと突 き進むことになった。 --------------------------------------------------- 作家の阿部龍太郎氏は言う。 「テレビやネット上にあふれる戦前の軍国主義を肯定しようとす ネット右翼による日本礼賛現象を懸念している」 「日本はもちろん、世界中でナルシズム自己愛が肥大化している」 「これがぶつかりあったら戦争になります」 「この風潮は非常に危うい。でも、その方向へ誘導しようとする 人たちがいるんです。」 「歴史については、肯定すべきところと否定すべきところを客観 的に評価し、そこから自分の方向性を見出す必要がある」 「そこを手抜きして日本良い国と礼賛していては、また戦前と同 じ過ちを繰り返してしまう」 文部事務次官の前川氏は「ネット右翼は教育の失敗」と断言して いる。
日本人とは何か。世界80カ国から価値観調査(電通)2005
問い1 もし戦争という事態になったら、あなたは進んで国の ために戦いますか。YES スウェーデン  80% 中国      75% 韓国      71% アメリカ    63% オーストラリア 60% フランスイギリス51% ドイツ     28% 日本   15%  問い2 あなたは日本人(それぞれの国名)であることに非常 に誇りを感じますか。 オーストラリア 95% アメリカ    89 韓国      88 フランスイギリス84 スウェーデン  84 中国      75 ドイツ     66 日本      58  問い3 権威や(官僚などの)権力が今よりもっと尊重される 時代になればよいと思う。 フランス    85% イギリス    76 アメリカ    60 オーストラリア 57 ドイツ     50 中国      43 韓国      27 スウェーデン  23 日本は、わずか  3% 日本人は世界でダントツに服従を強要する権力が嫌い。 問い4 親や家族の期待に反しても、自分の人生の目標は自 分で決める。 日本      93% 韓国      88 アメリカ    80 中国      78 問い5 自分の将来に明るい希望を持っているか(2014内閣調 査室) スウェーデン  91 アメリカ    91 イギリス    90 韓国      86 フランス    83 ドイツ     82 日本      62% 調査で「私らしく」「自己表現して」自由に生きたいと いう日本人の価値基準は、自分探しから始まるが、一方でこ の「自分らしく」という願望は際限のない不安を生み出す。 自由と市場経済つまりおカネは密接に繋がっており、若者は 地方を捨てて都市へと流れていく。そこは孤独であり、カネ がすべての世界だ。一方、「みんな一緒」「出る杭は打たれ る」「愛情と友情」伝統的価値に重きを置く共同体に寄りか かっている老人は地方に取り残されてていく。いまや「日本 人」的なものは従来のムラ社会という共同体ではなく、功利 的に生きる世俗のほうにある。 -------------------------------------------この国際的な価値観調査によれば、日本人は世界で最も世 俗的な国民だ。世俗的とは損得勘定のことで「得なことはす るが損なことはしない」ということ。 問い1で、日本人は「国家はただの道具だ。利用できる人間 が利用すればよい。国家(道具)のために命を捨てるなんてと んでもない」と思っている。日本人は戦争の損得勘定を知っ てしまった。他国を植民地化することは生計を立てる選 択肢が増える「得なこと」だが、その代償はあまりにも悲惨 で「損なこと」だった。その後アメリカが朝鮮戦争やベトナ ム戦争をして「何一つ得なことはない」ことを実証した。 日本人は世界の誰よりも「他人に迎合するよりも、自分ら しく生きたい」「自分の人生の目標は自分で決めたい」と考 えている。神を信じず、地縁も血縁も捨てて功利的な「共同 体より私」という自由な社会で生きていて、この価値観を皆 当たり前のことと思っている。実は日本人は世界歴史の最先 端を歩いているのだ。イングルハートの価値マップロナルド・イングルハートの価値マップでは「自己表現度 」の高い国はすべてアングロサクソン英語圏と北欧などヨー ロッパのプロテスタント圏だ。これらの国は、自由と自己責 任が一体となった「市場の論理」で社会が営まれている。そ れに対して、日本は誰も責任をとらない社会だ。それが自由 に生きることを阻んでいる。日本がムラ社会の世界になって しまうのは、日本人が一人で生きていく術を知らないからで あり、また日本の社会が一人で生きていける場所ではないか らだ。つまり、人と異なると「いじめ」る社会なのだ。 しかし、今まさに政治や行政や会社などの組織は機能不全を おこし、ムラ社会は亀裂が走り、あちこちに市場空間が開け つつある。 社会そのものは変われなくとも、学校や会社などのムラ社会 から脱出して、自由な市場へと向かうことは、個人としては 十分可能だ。もちろん「自分らしい生き方」が幸福や成功を 保証するものではない。それでも人々が市場へ向かうのは、 不安ながらもそこには「未知への可能性」があるからだ。 ------------------------------------------- [衝撃の結末へ] 敗戦後の東京は焼け野原になり何もなかったが、 今、日本には何でもある。どの家庭にも何でもある。 だが・・・・・「希望」だけがない。 パンドラの箱には「希望」だけが残っていたが・・・・・ 聖書で言うところの壮大なスケールの惨劇が始まった。 そして誰もが政治はもちろん、社会をも信じなくなった。 ---------------------------------------------------- 天皇陛下の学友でジャーナリストの橋本明氏は「平和に対す る考え方が陛下と安倍総理とは大きく異なるのです。201 5年の終戦記念日に合わせて憲法も歴史認識も全部変えると 息巻き、改憲にまい進し積極的平和主義を唱えて自衛隊を海 外派遣することこそ国際貢献と考えている安倍総理と、日本 の憲法はアメリカの知識人の力も借りて作った遺産であり、 それを守ることこそ国際貢献になるという信念を持っておら れる陛下と、対照的です」。 安倍総理に限らず今の政治家は反射神経だけで行動し、思想 とか哲学など深いとこから出てくるものがない。 ---------------------------------------- 南博という社会心理学者が歴史的にみた日本人論の流れについて 書いています。これによると、すべての日本人論は読み手として アメリカなど欧米人を対象にして語っているということです。 その内容ですが、「日本人」というのは、かな〜り国民的自尊心 が強くってというよりもう、自意識過剰で、高慢で、夜郎自大で 「井の中の蛙」っぽい島国民族だということがわかります。 さて、金融危機の日本では銀行が破綻し、公的資金である税金で 銀行救済がなされたとき、日本的経営や日本文化に対して国民は 茫然自失し、それ以来、日本人論は急速に閉塞状態に陥ってしま いました。 銀行倒産の救済のために何兆円もの税金が投入された。銀行はこ の30年間で膨大な金を私益として稼ぎました。いま日本では、 儲けたものは私のもの、損失はみんなで分かち合いましょう、と いう社会になった。早速、高給取りの東京電力が莫大な税金を国 から貰いました。 日本は「階級社会」になった。都市部住民と衰退荒廃している地 方との格差、正規社員と非正規社員とに分断された。協調共存か ら競争対決時代になった。国民は解体され、サービスより利益を 客や従業員より株主を大切にする強欲資本主義と新自由主義の弱 肉強食市場は開花し、同時に国家危機に瀕している。 つまり国際競争力をつけるため賃金を下げて国民が解体分断する 方向に国家が積極的に動いていかなければ、国家そのものが世界 資本主義の中で生き残っていけないというわけです。 非正規社員が40%を超え、労働者全体の所得は減ったため、消 費は減り続け、不況は宇宙的長期にわたり、消費者物価は下がり 続けている。やがて正規社員はなくなるかもしれないという予感 と経済のパイはもはや増えることはないという実感を国民は強く 抱いている。 社会全体の停滞の中で弱者を保護しようとすれば、もっと労働者 から多くの税金を取り立てねばならない。そして彼らが貰える社 会保障をカットしなければならない。 最終的には、日本は財政破綻し国家は沈没してしまう。 弱者のために今の労働者は犠牲にならなければならないのか。ヨ ーロッパで移民は、社会保障費を食いつぶしている。さらに自分 たちの職を奪っている奴らというイメージと同じ。 日本では、生活保護の補足率は2割で、3兆円使っている。残り 8割が受給したら全部で20兆円かかり財政はパンクする。それ なのになぜ在日など外国人の面倒までみなければいけないんだ、 というのがヘイトスピーチでありナショナリズムに結びついてい る。 国民の基盤崩壊を防ぐためには、どうしてもナショナリズム「 家主義」を強引に作っていく必要がある。つまり、所得格差が都 会と地方で1対3ぐらいになっているし、正規社員と非正規社員 の格差も大きく広がってきている現在、国民はバラバラに分断さ れ、さらに国家と国民が乖離し、自分たちはみんな日本人だと言 えなくなってきている。政治不信は蔓延し、「国民なき国家主義」 が声高々と叫ばれている。萱野稔人氏 世界に冠たる日本の若者の自殺者数ココ 一言で言えば役立たずは死んでいいということです。市場での有 用性にしたがってセレクトされています。昔はあった相互扶助や 連帯の精神はもはや機能しない。2016.8 国民とは、国籍を持っている人です。国籍の法的根拠は血統主義 の戸籍と出生地主義に分かれる。日本では戸籍が非常に重要です。 今の日本社会は大企業偏重、経済偏重、利権偏重の社会である。 それは経済の中心地である東京偏重の人口推計からも見て取れる。 お金と既得権益権を最重要視しているのが現代の日本人像である。 「仕事=金=生活のすべて=自分自身」のような一連の思考の流 れをもつ人です。つまり自己中心で利己的ということです。お金 がないときは「国や他者」になんらかのかたちでたかり依存する。 社会的「身分」である正社員と非正規雇用というふたつの存在が、 さらに細分化している。 1.従来の正社員- 2.「ジョブ型正社員」無期限雇用だが労働時間や賃金で差がつく 3.期間限定の契約社員-(以下は非正規雇用)- 4.パート・アルバイト、 5.「中間雇用」(支援を受けながら最賃以下で働く) 6.生活保護、 7.ニート・ひきこもり……等。 ---------------------------------------------------- 中村哲 ここにひとつの希望がある。仏教の「無我」を実践している ペシャワールの会。医者中村哲」の活動である。氏は元々 ハンセン病の撲滅のために活動していた。アフガン山岳地帯 の無医村に病院を開設していた。 しかし2000年以降の大干ばつにより、飢餓による病気の 根源には水と食料の確保、そして農村の復興のため用水路の 建設が急務だとわかった。各国のNGOが水を得られない井 戸を作って名義だけにこだわる中、中村は用水路を建設し何 百箇所もの水源を確保し20万人の難民化を防止した。いま 中村はアフガン人から圧倒的な信頼を得ていた。アフガン人 は国連や他国NGOにはすっかり不信感を抱いている。中村 はアメリカのいう「人権」や日本の「安保法案」には、地域 の現状を視野に収めていないとして批判的である しかし氏は伝統文化に積極的に介入し、非人道とされるタリ バンの政策にも「寛容」で、多文化容認主義者でもある。彼 は常に「日本人としての誇り」に言及し、アフガニスタンの 人々に「祖国建設」のジハードを訴える。 彼はいつも「人間として恥ずかしくないのか」を考えて いる。先進国や豊かな社会にいる自分が、希望もなく恐怖の 打ち震えつつ、困窮し苦しみぬいている弱者を一個の人間一 つの生命体として見捨てていいいのか。恥ずかしいではない か。アフガン人とても、このようなボロをまとい食べるもの もなく水さえない姿を、裕福な自分にさらすのは羞恥である と思っている。彼らの羞恥の感情がアフガンを再興しようと する中村の活動を支援しようと駆りたてる。 人間としての尊厳を奪われて困り果てて途方にくれている犠 牲者のもとに駆けつけ救援活動する人道的な気持ちがすべて の人間にはある、と中村は考えている。中村は一個の人間と して沈黙できずに飛び込んでいく衝動に常に突き動かされる 。それは原罪や正義感や人権などではなく、人間として生命 体として他者の生命を大切にしようとする原始感情である「 慈悲心」だ。 日本人「ニシオカ」はなぜブータンで国葬されたのか? インドでグリーンファーザーと慕われる杉山龍丸とは? ---------------------------------------- 天皇制 「今、外国のトップクラスのVIPにとって日本訪問の最大 の魅力は何かというと、天皇陛下に会えるということです。 例えばオバマは玄関で90度のお辞儀をしたし、フオード大 統領は日本に来た時会見で本当に震えていたといいます。ブ ッシュ元大統領の場合は緊張でぶっ倒れてしまった。 何しろ世界中探しても二千年も続いた王室の伝統などという ものはどこにもない。極端に言うと日本が世界に誇れるもの は天皇陛下だけです。そして伝統や古い歴史を持たないアメ リカ人が非常に関心をもっているものは日本の皇室です。 つまりこの世界にもユニークな天皇制こそ日本人がどこの国 にも日本の国に対する自信とプライドをもてるものなのです ですから天皇制は貴重なものです。皇居があれほど広いの は日本人の英知です。あそこを公園にしろという人がありま すが、公園ならもっと大きいところが東京にはあります。 自由の名のもと に皇室の私生活が報道される。国民とのつながりのため、あ る程度は必要ですが、マスコミがミーハー気分で天皇陛下に 心痛を煩わせるような報道をすることは慎むべき。天皇の一 番大切な仕事は、国民の安心・平和・幸福を祈ることです。 平和や文化交流のためには皇室外交による親善訪問もある。 世界各地に住む日本人のために、日本人としての民族的なア イデンティティを確認させるためにも必要であろう。 しかし皇室外交の名の下に、資本主義の企業戦略を支援する ため、天皇を先兵として利用するのは恥ずかしい姿で す。平成天皇はさまざまの機会に、自分の考えを述べておら れる。太平洋戦争について反省し、責任を感じると。 これからの天皇は、日本神道のよ き伝統・慣習の継承者として、日本人の人格の体現者として 、ヨーロッパやアジア・ユーラシアとのつながりをはじめコ スモポリタニズムで世界の平和を追求していくことである。 2001年に平成天皇は、桓武天皇の母は朝鮮王の子孫であった と発言し周囲を驚かせた。それも、こういう文脈で理解され るべきでしょう。」なお、元号をもっているのは日本だけで す。「平成」は現在、世界唯一の元号です。 満州重工業の総裁であった鮎川義介氏が、ドイツを訪れてヒ トラーに面会した時のことである。ヒトラーは鮎川氏に対し 、次のような意味のことを語ったという。「貴方の国が如何 に努めてみても、我がドイツのような工作機械は作れないだ ろう。しかし、ドイツがどうしても日本にまね出来ないもの がある。それは貴方の国の万世一系の皇統である。これはド イツが100年試みても、500年間頑張っても出来ない。 大切にせねば駄目ですよ……」 ---------------------------------------- なぜ日本の皇室は千年以上もその権威が続いているのだろう か。天皇家は日本神道の祖としての象徴的な役割がある。仏 教伝来より前の日本では神道を中心とした歴史と文化があっ た。天皇家にはそういった日本固有文化の伝統継承としての 役割があります。たとえば日本国民の安心平和幸福を祈 るという国民を慈しむ祭事がある。天皇家は日本神道の祖で あり、徳性の完成者としての天照大神からとぎれたことのな い子孫であって、日本人の心の範であり象徴だからというの が、日本人の見方である。 ---------------------------------------- 憲法九条 日本が世界に誇るべきものはいろいろあるが、世界中の誰も が例外なく納得してくれるのは、現行の日本国憲法である。 その九条で、戦争の放棄を宣言している。戦争に負けたため に押し付けられたものであろうとどうであろうと、よいもの はよい。現状にあわないから改正しようという動き もあるが、だが戦争放棄の必要性は国際社会共通の願いであ る。自衛隊が現存するが、戦争の匂いがあるところには、一 切利用しないのがよい。 哲学者カントが著した「永遠平和のために」の六つ予備条項 なかの三項と五項が日本国憲法九条と同じである。四項には 戦争のため国債を発行してはならないとある。「国権の発動 たる戦争と武力による威嚇または武力行使は、国際紛争を解 決する手段としては、永久にこれを放棄する」と九条にある イタリア憲法もそうだ。しかし、日本の9条2項のような戦 力の保持を禁止する規定がないためにイタリアには軍隊と徴 兵制があります。交戦権を否定し、戦力の不保持まで規定し ているのは、日本国憲法とコスタリカの憲法しかありません 。それ以上に、憲法九条のこの規定は国連の憲章一条二条と 同じである。つまり日本の憲法は国連憲章の精神を受け継い で作られたものである。 歴史的には第一次大戦後60カ国が結んだ1928年のパリ不戦条 と同じである。もちろん日本も加盟批准した。そのため日 本軍は中国に出兵したのは戦争ではなく事変だと言い張った。 アメリカはこれを戦争だとして石油を禁輸した。日本軍は報 復のため真珠湾攻撃をした。第二次大戦の戦犯訴追はこの 戦条約を破ったこととされている。「平和に対する罪」だ。 しかしアメリカのその後は朝鮮戦争からイラク戦争まですべ て不戦条約違反なのである。世界が不戦条約を守らなくなっ たことを恥じ入る気持ちを失ってしまったならこの世界に未 来はない。それにもかかわらず日本は憲法九条を守り続けて きたことには大きな意義があった。 マッカーサーが天皇制維持したいならばこの九条を抱き合わ せで要求したという説もあるが、元外交官であった総理大臣 幣原喜重郎が考えに考え抜いて作った仕掛けが憲法九条であ る。幣原が頭を振り絞った大芝居でマッカーサーをまんまと はめた「救国の一条」であった。憲法九条は日本の国益を守 る最大の柱だった。 1988レーガン大統領がソ連のゴルバチョフに言った一言によ くあらわれている。「もう冷戦はやめよう。我々がこんな無 益なことを続けている間に、日本にいいようにされてしまっ たではないか」大国が冷戦や戦争で財政破綻まで軍事費を使 っているのに日本はせっせと儲けていたのであった。 今日の日本の成功も憲法九条のおかげという側面が多分にあ る。憲法九条があるために日米安保条約があっても日本は血 を流さないですんだ。しかし憲法九条を捨てたとたんに、ア メリカに求められるままにベトナムやイラクに参加して血を 流す運命となる。つまり「日本もアメリカと肩を並べて戦え、 ともに血を流せ。同盟国なら当然だ。ショーザフラッグ」と なる。韓国はアメリカの要請に応じてベトナムへ5万人派遣 し、5千人が戦死した。一方ベトコンと北ベトナム兵を公式 で4万人殺しまくった。そのため今でも韓国人はベトナムで は嫌われている。憲法九条はアメリカの「一緒に血を流せ」 というゴリ押しの要求をカルガルとはねのける唯一にして最 大の防護壁になってきたわけである。憲法九条があったなれ ばこそ、自衛隊はイラクに行っても外国の軍隊に守ってもら いつつ、イラクのサマワにいることが出来た。 イラクに行っても憲法九条があるゆえに、武装勢力からお目 こぼしを受けていた。もしアメリカと一体であったら容赦さ れないどころか、アラブイスラム世界から今アメリカが受け ている恐ろしいほどの憎しみと復讐心を受けなければならな い。 イスラム世界と敵対し、数十年にわたって全国民が自爆テロ の恐怖に耐えなければならない。そこまでの覚悟があるなら ば憲法九条を捨てて徴兵制のもとで、アメリカとともに大義 のない戦争のために血を流せばよい。 憲法は自衛戦争を肯定してはいない。否定していないだけで す。だから自衛隊自体は違憲ではない。但し正当防衛として の自衛権の行使といえるかどうかは、国際社会の判断に委ね なければならない。自分で勝手に自衛のための戦争だったな んていうだけでは、侵略戦争との区別がつかない。大抵の戦 争は、自衛の為という言い訳から始められている。 日本は9条を維持していることで、かろうじて現在も国際社 会からの「信用」を保ち続けている。9条がもたらすその「 信用」を担保に外交力を発揮して、戦争になる前に「紛争仲 介大国」として他国に尊敬される国となる道を選ぶのか、憲 法を改正して徴兵制のもと戦前の「軍事大国」となり、アメ リカのいうままに紛争地帯に軍隊を送る道を選ぶのか、日本 は今その岐路に立っている。 今の憲法は、戦争を繰り返してはならないという反省のなか で生まれた。それは仏教の精神に通じている。ブッダは父王 の命で戦争に行く。しかし、殺りくを繰り返す戦争に疑問を 持ち、出家して悟りを開いた。五戒の一番が「不殺生戒」で す。つまり戦争の否定・生命の尊重が仏教の原点です。 さて日本はこの70年間、戦争で自国民はもちろん他国民を 殺さないできた。主要国でそのような国は日本のほかにない 。日本は憲法九条を持ったときから「普通の国」と違う世界 平和をめざし、より良い世界を築くため、世界でも唯一の特 異な生き方を選んだ。未来を生きる世界中の子供や孫たちの 安心平和幸福を希求する生き方を国家の名誉にかけて守るこ とを誓った。そこにこそ日本人として、日本という国家とし ての誇りがある。 トインビーは、憲法九条は世界平和を導く上での輝きの星で あるとした ---------------------------------------- ●靖国問題 たとえばドイツでヒトラーを一緒に祀るとなれば近隣の多数 の国が納得しないであろう。靖国問題もA級戦犯の合祀が最 大の問題で、合祀さえなければ全国民が参拝できるし、近隣 諸国も何もいわないのです。靖国側が死者の霊にはムチ打 たず葬るのが神道であるというのならば、神道の最高祭祀者 である天皇陛下が、合祀してから参拝されなくなった意味を 靖国側は考えねばならない。天皇陛下は戦後三十年間は公式 参拝されていたし、中国も何もいってこなかった。合祀して からは行かれなくなった。昭和天皇の判断は正しかった。 ----------------------------------------- ●左翼と右翼 政治的意見として使われる「右 VS 左」の語法が日本と欧米 とではかなり異なっている。日本の政治言説における「右」 「左」という語法はなにに由来するのか? 西側先進国では 富の再配分を積極的に行おうとするのが左、再配分を否定し 自由放任主義を肯定するのが右という軸と、ライフスタイル の自由化を積極的に承認するのが左、伝統的なライフスタイ ルに固執するのが右、という軸の二つが左右対立の基本にな っている。 もともとはフランス革命の議会で王の支持者は右、反対派は 左に集まったことに由来する。その後、民主主義を深め社会 民主主義に賛成する人が左側に席を取り、既得権益や社会秩 序と伝統と官僚的権威を守ることに賛成の人は右側に席を取 った。平等と自由に分ける考え方もある。左翼にはインテリ が多いのは政府を批判したり、制度を改革したり、戦争に反 対するには説得力のある言葉や知識が必要だから、勉強をし て理論や思想の裏づけができるかなりの「知性」が必要とな る。 しかし大多数を占める一般大衆(特にテレビなどの扇動に影 響されやすいB層おばかさん層)は理屈より「自民党をぶっ こわす」などのわかりやすい扇動的なメッセージや劇場型パ フォーマンスを好む。民主主義は常にドタバタ劇でありプラ トンのいう衆愚政治であり、知識人退治、英雄退治である。 ----------------------------------- 日本社会の構造上の問題点 (1) 政府部門と民間部門との関係 今までは、政府による規制は,これまで,国内産業の育成,供給 の確保,価格の安定,国民の健康・安全の確保等に寄与してきた。 しかし,経済社会環境が大きく変化し,政府による規制に伴って 、既得権益の発生など,個人や企業の自由な行動を制約すること が問題になってきた。 また,国際社会への対応,経済力に見合う真の豊かさの達成,多 様なライフスタイルの享受を可能とするためには,政府主導のシ ステムでは対応できなくなってきた。 (2) 国と地方自治体との関係 今までは、国民全体の生活水準の向上のために,全国的な統一性 や公平性を重視する中央集権型の行政システムが有効であり、権 限が,国に集中していた。 しかし東京への諸機能の集中により,都市問題が深刻化し、一方, 地方圏においては,人口減少,過疎化、高齢化等が進行している。 こうした中で,補助金等を通じた,地方自治体の国への依存傾向 は強まっている。 (3) 企業と個人との関係 今までは、終身雇用,年功序列賃金制度を始めとする日本的雇用 システムは,これまで,企業,個人(労働者)の双方にメリットを 有していた。雇用の安定、生活の安定に資するものであった。 しかし,企業の側からすれば,中高年者を処遇するために労働コ ストの上昇が生じる問題が表面化した。 (4) これまでの日本社会の構造に内在する悪循環 [1](政府部門,国,企業)と(民間部門,地方自治体,個人)との 関係の在り方が,経済社会環境の変化に対応できていない点, [2]国が地方自治体に対して不信感を持つのは,補助金等の制度 を通じて,地方自治体が国に依存する構造が固定化され、不信と 依存の悪循環となった。 こうした悪循環は,民主主義社会の根幹である自治の精神を弱め, 日本の民主主義を脆弱なものとする。すなわち,国(政府)はおカ ミであり,政治は誰かがやっているという考え方は,自治とは正 反対の観念であり,民主主義社会が育ちにくい環境を形成する。 また,個人と企業との関係で言えば,個人が企業に過剰に依存す る在り方は,個人の生活を重視する考え方とは相容れないもので あり,個人の尊重という観念を阻害する。 -------------------------------------------- ●日本の企業や役所の問題点 社会人になると、思考することをいっさい禁止されてしまい ます。例えば財務省ではキャリアであっても、最初の一年間 はコピーやお茶くみのような雑用ばかりやらされる。 日本の企業とは思考させない世界です。3年5年たって課長 になってもルーチンワーク(決まりきった日常業務)しかしま せん。それは、たんに記憶が判断しているだけで、思考とは 言いません。前例主義なのです。前例がなかった場合でも、 個人の体験記憶にもとずいて判断しています。つまり、全く 新しいこれまでになかった問題解決を行っていないというこ とです。だから地震と津波による原発事故など解決方法など できないわけです。想定外。それって、ロボットじゃん、と 子供が言いました。そんな人生でも生活のため・・。 ------------------------------------------- ●テレビ・新聞に出ている情報は「すべてウソだ」と  思って見た方がいい 実際に記事を書いている新聞記者は、本音ではそう思ってい る。テレビが最たるものです。テレビは視聴率 や官庁取材権のためやいろいろ理由はあるが、能動的に確信 犯的にウソをつかざるをえない。テレビは映像ベース なので、ウソの事実でも本当のように認識してしまいます。 身体に悪い商品を売るために高い金を払ってCMを流す。 必ず裏に何かあると考えながら見るのが正しい味方です。 ------------------------------------------- 日本人の保守性と好戦性 日本人は「熱し易く醒め易い」民族と言われる。アメリカ と中国は、日本が2015年で75歳以上の戦争の悲惨さをを体験 した人たちが政界を去った後、好戦的な政府は日本を戦争が できる国に法律を変え、戦争をするであろうと考えている その根拠として、欧米では日本人は「過度の群れ意識をもち、 命令に従う性質をもっている」と考えている。また「感情的」 で「現実的・功利的」で「好戦的」で「完璧主義で権威に従 順的」であるとも思っている、グレゴリー・クラーク氏 「チームワークや身内意識が強い。」「イデオロギーが軽薄 で、日和見主義である」「道徳観念は恥を重視し、罪悪感は 重視されない。過去の事件や罪はすぐ忘れる。」「法律を嫌 い、内々でことを解決することを好む」。 戦争で「玉砕」を選んだ国民は、日本人だけ。この世にし 楽しくあらば 来む世には 虫に鳥にも わ れはなりなむ 大伴家持 意味「今さえ楽しければ、来世はどうなったってかまわない 。」きわめて世俗的で、現世を楽しく生きることがすべてだ という、これが万葉以来の日本人の価値観です。日本人が突出して権威や権力を忌避しているのは世界一世 俗的つまり自由をのぞみ、功利的な国民であることを証明し ています。 超越者のいない日本は「自分の価値は最大限に実現されるべ きだ」という社会だ。例えば日本のマンガやアニメは「自由 な主人公が、冒険や恋愛を通して自己実現していく物語」を 中核にしている。この日本の若者たちの「クールジャパン」 の普遍性は現代世界の潮流の最先端に到達した。だからこそ 、世界中の若者たちをとりこにするのだ。 クールジャパンとは日本の文化面でのソフト領域が国際的に評価さ れている現象。具体的には、ゲーム・漫画・アニメや、J-POP・コス プレなどのポップカルチャーを指す場合が多い。さらに、自動車・ オートバイ・電気機器などの日本製品、料理・武道などの伝統文化 など、日本に関するあらゆる事物が対象日本においては、安心をもたらす共同体はたまたま一緒に なった人たちで作る。家や学校や会社などの共同体は外の世 界から人々を保護してきた。しかし一方でこのムラ社会は人 々を拘束する。共同体と異なる行動はいじめの対象とされる 。調査によれば日本のサラリーマンは誰もが今の職場が嫌い で会社への忠誠心が低く「もう一度やり直せるなら、この会 社には絶対入りたくない」と答える。 利権や既得権益その他の汚いことについて、臭いものには蓋 をして、長いものには巻かれるのが、今も続く日本のムラ社 会の伝統である。 ------------------------------------------- アンソニー・ギデンズの「脱物質主義的価値観」とは社会が 成熟し、経済発展が一段落した社会において生活する人々の 価値観である。衣食住に困らず、ある程度の財産も持ってい るとなると、生活の安定といった要求は後退し、政府に対す るもっと多くの発言力やあるいは言論の自由や美しい自然、 といった項目になる。これらは自己実現的欲求に基づいたも のだ。これからの世界は次第に全年齢層において脱物質主義 的価値観を持つ者のほうが多くなっていくだろう。 ロバート・ノージックは未来の国家は基本的人権と私的所有 権と外交と治安だけにして、どのような共同体も本人の意思 で自由に退出できるとした。そうすれば「私と共同体」は共 存でき、私の不安からも共同体からの束縛からも解放される 日本の特殊性。 戦後の日本では共同体は学校と会社だけになった。地域の 地縁と血族の血縁は薄れ「一人一世帯」の日本人は、学校を 卒業すると会社「社縁」というムラ社会に入る。仕事ではな く会社がアイデンティになっていく。日本人に職業を聞くと 会社名を答えるが、外国人は営業や経理など職種を答える。 外国人にとって他人同士が集まる会社は共同体ではなく、労 働と給料を交換する場にすぎない。しかし地縁と血縁を放棄 してしまって無縁社会に生きる日本人にとって、イエとして の会社の社縁がなくなってしまうと、もはや所属する共同体 はどこにもなくなってしまう。これは社会的動物であるヒト にとっては大きな恐怖だ。共同体を失ってしまえば、孤独に 戻っていくしかない。孤独死が増えたのは、日本が本質的に 無縁社会」だからだ。「個人主義と利己主義」  個人主義と利己主義は当然ながらその意味が違います。し かし、現代社会の人々の生き方を見ていると、日本人はその 意味の違いを理解していない。 個人主義は、個々の人間の主体性を重んじて、一人一人の個 人が自由に生きることの権利が保障されている代わりに、個 々の人間が集合して成立する社会に対して個人としての義務 と責任を負うものです。 一方、利己主義は、自分が益することだけを行為の基準とし て、他者のことや個々の人間で成り立つ社会の利益を全く考 慮することなしに、自己本位な生き方をする考え方です。「日本人」論は大きく二つに分かれる。共同体や伝統重視 の保守主義と西欧的なグローバルスタンダード世界標準の自 由な社会を運営する近代主義とに分かれる。 武士道に象徴される儒教圏に属する日本人は、親子関係や子 供集団を通じて「潔さ、もののあわれ、まごころ、もてなし 、惻隠、おもいやり、気配り」などが人格形成や価値観に強 い影響を与え、無意識のうちに考え方や行動を決めている。 だとすれば、日本人は調査のような人間性や道徳性や世俗性 を持ちながらも自由な自己表現のできる社会を作るしかない 。いかなる超越者からも自由で、道徳性を持つ「自分らしさ 」の世界最先端にいる日本人だけがノージックのいう「ユー トピア」に最初にたどりつけることは、歴史が日本人に与え た使命だ。(橘玲氏)中国や西欧のように異民族による征服がたびたび起こる社 会では生き残るためには人を信用しないことになる。確かに 談合や系列は公的には無駄遣いなどの害はあるが、終身雇用 や労使協調などで目先の利益を追わずに長期的な戦略が立て られ、信用を得てよい製品を作ることができた面もある。こ のことは人間関係における長期的信頼関係こそより良い社会 を作ることと同様の論理となる。 「信頼」こそ日本の安心社会と経済の基礎といえる。古代か ら続く「和」を尊ぶ精神や神道の「共生」は日本を稀に見る 均質な社会にした。「みんなと一緒」という全体主義の調和 性はマルクスのいう支配者との搾取をめぐる階級対立意識は あまり育たなかった。 その理由は「権威の象徴としての皇室」の存在があった。日 本には権力と権威との分離があったため絶対的な支配が誕生 しなかった。ここにも日本独特のバランス感覚がある。 アメリカ社会は不信が根底にある契約社会でギスギスして冷 たい。アメリカはこの日本人の「暗黙の信頼」の精神構造を 自国流の「他人不信」を強制することによって破壊している
  第一部「日本人」第二部「官僚」第三部「アメリカ
-------------------------------------------- 第一部「日本人論 @現代の日本人 A昔の日本人 B未来の日本人 -------------------------------------- @世界を救うのは日本人か いま日本は荒廃していると言われますが、世界中が似たよう な状況です。例えば核兵器は拡散し北朝鮮のような極貧国で すら持っています。環境破壊もすさまじい。犯罪やテロ、麻 薬やエイズの蔓延さらには家庭破壊から教育崩壊、少年少女 の非行も先進国共通の現象です。この真因は欧米近代文明の 根幹である「合理性」が限界にぶつかったことにあります。 世界を支配しているアメリカによる合理主義や個人主義の論 理が破綻しています。極端な格差社会とモラルの退廃やモノ カネ偏重の社会です。論理とは自己を正当化するための道具 であり、合理とは「人間をマシーンにする傲慢さ」です。 戦後の日本は一貫して高い経済成長を遂げてきた。しかし繁 栄の代償に失ったものはあまりにも大きかった。「国家の品 格」である祖国への誇りを失ってしまった。 日本のビジネスマンが海外でどう言われているか。 「彼らは金のことしか話をしない、全ての価値を金で計る、 金のあるなしだけが人間の価値を決める、貧しい国の人間に 対して傲慢だ、パーティで話しても、自国の歴史や芸術音楽、 哲学、国際関係、民族問題などに無知で、それについて話す ことが出来ない。若い女はその国の歴史や文化になにも関心 を示さず、ただ騒々しくブランド品を買いまくるだけ」と評 されている。 日本のような、文化的・歴史的・慣習的な同一性が強い全体 国家、平和志向性が強く過去の戦争に対する復讐感情の弱い 民族、こだわりが淡白な民族というのは、世界では極めてめ ずらしい。 世界はそれぞれが国益を主張して、利権の戦争を何度も繰り 返している。その愚かさに気づいたときはじめて、「共生」 という考え方をもつ日本人の存在意義が輝いてくる。 ------------------------------------- 伝説的に有名な座談会の<近代の超克>は大東亜戦争肯定 のためのプロパガンダであり相当いかれている国粋主義だ。 西洋文明を否定して、つまり自由主義や個人主義などの近代 を否定して、日本の精神文化で「アジアとの連帯」を求める 議論をしている。日本がアジア諸国を指導しようとするのだ。 このあと、腐敗した官僚を打倒して「天皇親政」を実現しよ うとする2.26の青年将校が登場していく状況につながっ ていく。日本を破滅的な最後へと導いていく。 さび、わび、しぶい、幽玄 日本人が美しいと感ずる基準に「さび、わび、しぶい、幽玄 」がある。 「さび」はものが錆びるところから来ている。つまり年月を 重ねて黒ずんだり擦り切れたり苔むしたりする古いものの美 しさ、時代の影に特別の魅力を感ずる。 次ぎに「わび」は平凡な中にある美、控えめで簡素な美しさ ということ。日常生活を取り巻く全てのものに美を発見して ゆく。それは茶碗など何の変哲もないような家庭用具に美を 感ずる。 「しぶい」は柿の渋からきた言葉で、簡素で自然で趣味の良 い美しさである。分別があり、真面目でどこか控えめという ところが実に良い。外国では人を押しのけてでも前に出て自 分を主張しますが、日本人はそういうところには人格や品性 を感じない。「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉があるよう に、何でもべらべら喋ればいいというものではない。 「幽玄」は表に現れないところに耳を傾け、隠された意味を 探り、言い切っていない美しさをいう。 ------------------------- 紅葉狩り ある日本人がイギリスの友人宅を訪ねたとき、「紅葉狩りに 何処かへ出掛けようか〜。」と言ったら、「イギリスではそ んなことする人は一人も居りません。」と言われた。イギリ スでも黄葉する森は幾らでもあるそうだが、それを見る為に だけ、わざわざ出掛ける人は居ないらしい。「イギリス人は 、はらはらと散る黄葉に、自分の人生を重ねると言うことは ないのか。」と更に問うと、「そんなこと全然ありません。 」と一言のもとに否定された。この時ほど日本人との精神構 造の違いに驚ろかされたことはなかった。彼らにとって自然 とは征服するものだ。 嘗て日本人の日々の暮らしは、自然と一体でゆったりとした 時が流れていた。常に自分の心をそこに投影し、自然から生 きる指針を学び教えられながら生きてきた。だから自然とは 、人間の都合で利用するだけのものではなく、同等の価値を 持っていた。だから自然の持つリズムと歩調を合わせ、自然 の発する声なき声に耳を傾け、会話するような気持ちで共に 生活してきたのである。 ところが現代は、丁度新幹線で矢のように飛ぶ車窓の景色を 眺めているように、ただ効率一辺倒となった。日本人が古来 より保ち続けてきた独特の自然観や日本的情緒は、世界が注 目する価値なのだが、日本人自身は全く気付いていない。 ------------------------------------ 現代文明  この世において独立して存在するものなどない。「実存の法 則は相互関連、相互依存である」。だから、自分のためだけ の生き方ではなく、自分の生き方が人に幸せをもたらせる自 他共に生きる「共生の美意識の心」でなければならない。 自分の執着や執念だけで動けば、自分を縛ると同時に相手を も縛る。今の社会の問題点は、社会が発展する原動力が、個 人のエゴの追求に依存していることにある。個人のエゴが暴 走しやすい社会と言える。どうしてそうなったかというと、 かつては宗教や道徳や家という伝統による価値感がエゴの暴 走を抑える役割を果たしていた。ところが今や社会全体とし ては宗教や道徳・家長の地位が低下したため、エゴの追求を 抑える力が弱くなった。それがあちこちで火を噴いている。 激しい競争社会となり、ある面では経済成長に対して、エゴ はプラスに作用しているが、そのエゴが暴走しているがため に、暴走した本人も苦しくつらいし、まわりの人も苦しいと いう醜い社会のあり方が出てきている。それが現代文明です。 ------------------------------------ 現代宗教 今のキリスト教・仏教・イスラム・ヒンズーという宗教が、 社会の中で地位を低下していった。それは何故かというと、 そういう宗教というのは独善的で閉鎖的で排他的で、それら は実は競争社会を構成している要因と同じルーツなのです。 したがって近代文明社会がいき詰まったのとまったく同じ理 由で、いき詰まっています。だから、既存の宗教を持ち出し て、その中から価値観を取り出して、次の社会の柱にすると いうのは無理なのです。宗教という言葉自体、非常に大きな 問題をはらんでいます。 アメリカインディアンやアボリジニは誰も彼らの信仰を宗教と はいいません。たとえば母なる大地とか、彼らの創造主など は、日常の生活と一体化していますから、宗教といわなくて も瞬間瞬間を、自然や創造主と一体の中で生活していますか ら、宗教みたいなものはありませんし興味もないのです。 宗教家もいないし、宗教組織もありません。また教会も寺も 墓もありません。したがって、他の宗教が来ても、矛盾する ものとは捉えないでどんどん受け入れて自分たちの生活に取 り入れてしまい、人間が本来持っている魂の宗教性と矛盾し ないのです。 人間が心の奥底に持っている非常にピュアな神性・霊性とい うものと既存の宗教というのは、すでにもう大きな乖離と矛 盾が発生しています。人間の神性・霊性に答えていないの が今の宗教です。文明社会では宗教は大きな建物、大きな組 織があり、大きなお金が動いています。「組織は絶対に腐敗 する」し、独善的で排他的な教義があります。だから今の宗 教というのは、殆どピュアな神性・霊性を失ってしまったと 言えるでしょう。 ------------------------------------- ●説明責任(アカウンタビリティ) 本来は会計責任と言う意味なのだが、最近では政治や行政な どの情報開示にたいする説明責任として求めらる。もともと 日本には責任をとって自殺したり辞職したりしてしまうレス ポンシビリティ(自己責任・行動責任)があっても、政治的 行政的説明をしようとするアカウンタビリティ(説明責任) などない国です。だから、そもそも説明責任を日本の政治家 に期待するのは無理なのです。仮に、それを政治家が説明し たところで、誰もわけがわからないし納得もしないし、もち ろん囃し立てているマスコミは納得などしない。 日本のマスコミが考える「説明責任」とは、「謝罪して職を 辞す」ことなのである。辞めたら潔しとして許してやろうと いう、きわめて情緒的な判断基準がこの国のメディアにまか り通っている。 本来のアカウンタビリティよりも、謝罪、辞職という行為に 価値を置く精神構造が、何に起因して出来上がったものなの か。日本人は説明するための準備をもって行動しているので はなく、説明ができないから行動しているのである。 欧米では統治組織に関わる者は説明責任を問われる。説明責 任の主眼は恣意的で不明朗な権力を排し、古い政策がもはや 人々の利益にならないことがはっきりしたときに、速やかに 新しい政策を採用しやすくすることにある。 ------------------------------------- いまや「社会の変化」のほうが、「経済」より  重大な意味をもつにいたったピーター・ドラッカー 「社会」優先の考え方はフランスに次いで日本人に顕著であ る。逆に「経済」を最も重要としているのがアメリカである 。今までは「経済が社会を」規定してきたが、今起きはじめ ているネクスト・ソサエティ次の異質な社会では「社会が経 済を」変えるのである。 ------------------------------------- あいまいさ エジプト人ガイドからはこんな話を聞いた。「イスラムの 人というのは例えばある人が百のお金持ちだったとすると、 隣に全くお金を持たない0の人が居たら、0の人は百持って いる人の半分、つまり五十は自分が貰う権利があると考える のです。だからエジプトは世界中から援助を受けても、決し て感謝はしないのだ。」と。これを聞いた時、「そんな馬鹿 なことがあるものか」と思った。  さて話は変わるが、九・一一テロ事件から早六年、イラク 戦争で我が国もこれに追随し、イラク支援のために自衛隊を 派遣したが、住民からは必ずしも歓迎されなかった。それば かりか橋を架けろ、あっちを直せこっちを直せ、更には工場 を誘致して自分たちの働き口を作れと、言いたい放題で、こ れが戦争で負けた国民の言うことかと思った。 彼らには感謝の念など欠けらもないのだろうか。そんな時 ふっとガイドの言葉が思い出された。なるほど、お金持ち国 日本はその半分をアラブ諸国に提供する義務があり、それが アラブの論理だと考えれば、彼らの言い分も解らぬことはな い。際限のないテロと報復、いつまで殺し合いを続ければ気 が済むのかと。今や地球上何処で何が起こってもその影響は 直ぐに日本にも及ぶ時代である。ギリシアの破綻で、日本は カネを出さなければならない時代です。 ではその解決の糸口は一体何処にあるのだろうか。そんな時 、根岸卓郎著「文明論−文明興亡の法則」という本に出会っ た。結論から言えば、西欧文明の行き詰まりを解決する唯一 の打開策は日本人だというのです。日本人が伝統的に育んで きた「あいまいさ」だと言うのだ。もう少し詳しく言うと、 西欧人と日本人の思考方法の大きな違いは、脳の違いによる のだそうだ。一般に左脳は計算や分析など物事を論理的に構 成して行く知的脳。一方、右脳は音楽や絵画など芸術的な方 面を司る情緒脳と区分されている。西欧人は左右の脳がそれ ぞれ独立しているのに対し、日本人の場合は左脳の中に右脳 が入り込み、左右の脳が一体化しているという。この一例が 、「ききなし」で、虫の声や小鳥の囀りを単なる雑音としか 理解しない欧米人に対して、日本人は、ほおじろの声を「一 筆啓上仕り候」と聞き、鶯の声を「法、法華経」と聞く。ま た「長兵衛、忠兵衛、長忠兵衛」とメジロの声を聞き、フク ロウのボーボーと鳴く声を「ポロ着て奉公」と聞く。日本人 はイエスかノーかはっきり言わないから駄目だと、そのあい まいさを非難されてきた。しかし本当にそうなのだろうか。 「混沌の中に全体的な調和を創造してゆく」日本人としての 積極的な意義を見出したい。 アメリカのように強引に他国に介入し、欧米型民主主義を押 し付ける結果、際限のない殺戮の応酬となり、この論理の行 くつく所に真の平和が訪れるとは思えない。日本人の一見あ いまいで捕らえ所がなく、優柔不断に見えるところも、全て を包み込んでゆく寛容さであり、神仏多神混合教徒的論理こ そ、行き詰まった欧米文化に新たな道を開いてゆくのではな かろうか。この「あいまい」の価値は、いつの日にか結局こ れが世界平和への責献に繋がるかもしれない・・・ ------------------------------------- 日本人 日本というこの小さな島国では悪いことしたり騙したりして 逃げてもすぐに居所がわかる。共同体の閉鎖社会で常に顔を 合わせて生きているため、自分の利益だけを優先すれば周囲 の信用を失ってしまう。武士道や商人道や村の決まりが規範 とされ、永く付き合うために、正直に誠実に親切に仲良くし 、力の論理で問題を解決するより話し合いと相互理解で共存 共栄していくことが、長い目で見て得策であるとの考えが長 い間共有されてきた。 ●日本の技術革新力 日本には世界的に評価されるオンリーワンの技術をもつ町工 場が多数ある。たとえばロボットやナノテクノロジーをはじ めとする将来的なテクノロジーに関しては抜きんでている。 21世紀の企業は、世界規模のテクノロジー開発競争に勝ち 抜き、新興国の市場で成長の足場を築いていかねばならない 。そのためには、世界に向かって自らの技術を発揮し向上せ ざるを得ない。零細中小企業の技術力が日本の底力を支えて いる面もある。だから零細中小企業の存続のためには中小企 業金融の円滑化が不可欠となる。 ちなみにイギリスのエコノミスト誌2009/04号におもしろい データがある。世界の技術革新力ランキングでは、5位アメ リカ、4位ドイツ、3位フィンランド、2位スイスでなんと 1位が日本だった。 ------------------------------------------------- ●日本の現状 日本の社会は小泉・竹中路線のリバタリアニズム市場原理主 義によって格差社会となった。政府統計「若い男性の所得と 結婚の関係」によれば、非正規雇用者らの結婚すらできない 若者が増え、家庭がなくなり社会はバラバラになっている。 今の不況期の社会では選択的排除システム(フォーディズム に包容する人々と排除すべき人々との選別)が始まった。切 捨てられる負け組と守られる者である。それが限界集落であ り過疎地域であり非正規低所得若年層である。自殺者の平均 年齢は53才という。家族の不和や生活苦、そして鬱が決定 的な引き金となっている。 無縁社会のいま、あるのはエゴむきだしの個人だけ。「自殺 するのは、その人の勝手。でも迷惑かけないで死んでね」「 公にもたれかかるな」「あなたの不幸は私の幸福」「ゼロサ ム」「人間は大切にされていない」「人間は使い捨て」とい う酷薄社会となった。 とすればナイーブな感性を持った人々が鬱にならないはずが ない。「他者の評価が自分の評価」「自分はちっぽけな存在 で、実存は死んでいる」だから「他者も大切な存在ではない 、いてもいなくてもどうでもいい存在だ」だから「死んでも いい存在だ」・・・「誰でもよかった」という秋葉原無差別 殺人事件となる。 一方、勝ち組の将来もバラ色ではない。なぜなら、拡大して いく生産と需要の均衡がとれなくなるとき、つまり大量生産 大量消費の高度経済成長が終わるとき、資本主義の限界にい たる。これはアメリカ経済の凋落とともに現実となった。百 年前にマックスウエーバーは予言していた。大量生産大量消 費時代には未来はなく、知性は劣化し、精神なき専門人が跋 扈すると。 アメリカ占領軍の愚民政策が五十年経って漸く今日本に定着 し、日本という国は有っても、もう日本人は居なくなった。 ------------------------------------------------ ●日本のソフトパワー 2009年「アジアにおける日本の平和構築外交」という本を書 いたシンガポール大学のラム・ペン・アー博士は、日本主導 で「アジア平和構築センター」をシンガポールかクアラルン プールに設置し、これまでアジアで蓄積してきた国連平和維 持活動PKOの経験を生かし、域内各国の地域紛争の解決に 向けた役割を果たすべきだと述べた。軍事援助を含む巨額な 援助に政治を絡める中国のやり方を前に、日本が経済力だけ で影響力を確保するのは難しい。博士は、アジアでは歴史的 経緯から中国軍が国内に入ってくるのを嫌がる国が多い。ま たイスラム諸国はアメリカの介入を嫌う。その点、日本は 法九条を持つ平和国家と見られており、中国とのバランスを 取るという意味でも各国の期待は大きい。金儲けのためにア ジアを考えるのでは、日本への尊敬は集まらない。アジア各 国が求めていることに応えてこそ、日本の存在感を高めるこ とができる。 ------------------------------------------------ A●日本人とは何か 日本人は討論を苦手とする。日本人は「言い争い」を避ける 不争の徳や不言の徳を持つ。その理由は「和をもって尊しと する情治社会」だからです。理屈で勝っても、最後は情に負 けるようなものです。公の場では個人は自己中心性を表明し ない。「集団の政治」であって政治家個人による政治を否定 している。日本人の公的な振る舞いは集団の規律に服従する。 個人の尊厳は生命尊重の面でのみ叫ばれていて、個の公人性 は尊ばれない。逆に個人の私人性エゴイズムは極限までに高 められる。原発とか処理場の住民投票をしようものなら、必 要不可欠だが自分のところだけはダメという結果となる。つ まり日本人の性格は集団としては公人性が強くこれをタテマ エという、個人としては私人性が強いこれをホンネという。 ホンネとタテマエの二分法」が日本人の行動パターンとな る。プライバシーの訳語がないわけです。 日本人はみんな一緒、みんな仲良くという均質的で和の精神 を尊ぶ面がある。農耕社会においてはそれは顕著であって日 本だけではない。 これは欧米人の個人主義とは決定的に異なる。日本人同士の コミニュケーションには、言わずともわかるという、微妙な ニュアンスを伝える力があるし、常に譲り合いの精神が流れ ている。また一般的に克己心(おのれを抑える力)がある。 もともと農耕社会だった日本の社会はお互いがお互いを監視 し規制する濃密な人間関係が基本です。こうしたムラ社会 は、集団の意思に反する行動には厳しい制裁が待っている。 しかし相互監視や相互規制から離れたり、集団の利益に反し ても制裁がなかったり、何の不利益もない場合、日本人はア メリカ人よりずっと自分勝手な一匹狼的行動をとる。 日本人に限らず東洋人は「集団や人間関係」を気にするが、 西洋人は「個人や論理」を重視する。 ---------------------------------------- A●日本人とは何かU 日本人は「母性的」な面が極めて優れていて難なくそれを発 揮できる特質がある。西洋はどちらかという父性的である。 日本人は神道や「古事記」のような独自の創造神をもってい る。仏教の浄土思想や無常思想や慈悲の利他精神や神道の 生・和を尊ぶこと、儒教的な自律と責任を大切にする武士道 精神もある。異文化や矛盾しているものを柔軟に受け入れて も、根っこのところは守っている。 司馬遼太郎が言うように明治期の日本人は一人一人が本居宣 長の「もののあはれ」や「やさしさ」賀茂真淵の「まごころ ・まこと・ますらおぶり」など思いやり、懐かしさやいたわ り、惻隠の情などの美しい情緒、美的感受性という美意識、 高い道徳性や品性を身につけていた。 品格のある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意 味であり、さらには人類への責務となっている。美的感受性 があれば「戦争がすべてを醜悪にしてしまうこと」を知る。 桜に象徴されるような「潔さ」や「もののあわれ」などの自 然風土からくる無常の精神性と美意識を日本人は持っている 。また「おもてなし」という言葉のように接待では八百万の 神をもてなすようにと使われる。外国のホスピタリティは神 が人間に恵みを与えるのに使われる。 --------------------------------------- A●二十世紀で一番大きな事件は有色人種である日本 が人種平等を実現し、主要国になったことである ◆インドのネール首相は伝記にその感動が書いている。「自 分たちは十九世紀までは植民地支配の下で奴隷同然で永久に 白人には勝てないと思っていた。ところが日本人がロシアな ど白人との戦いに勝って、世界の強国の一角に入った。それ を見て、自分たちも立ち上がろうと考えた」 ◆日本は単独で白人絶対時代を終わらせた。日本は一八五四 年に開国して国際社会に入った。その前の二百年問は白人圧 勝の時代で、有色人種は完全に白人に支配されてい た。白人も有色人種が噛みついてくるなどは未来永劫ないと 思っていた。それが日本が開国し、世界史に登場してからわ ずか百五十年で今日の人種平等まできた。もちろん人種平等 は現実面においては、まだ完全な実現はしていない。しかし さすがに白人絶対主義はもう言えなくなった。 もともと日本人は人種偏見が薄い。人を奴隷にする制度を国 家としてもったことがない。日本があのとき立ち上がらなけ れば、白人絶対時代があと何百年続いたかわからない。 日下公人 「人類史上、日本が成功したほどの長足の進歩をなしとげた 国家はかつてなかった。アジアは欧州に追いつくことが絶望 的なほど遅れているという信仰を日本人は完全に消し去った。 しかし、偏狭な白人優位思想をもつ者の嫉妬により、日本は 崩壊させられるであろう」とHGウェルズが1933年に、 原爆投下の10年前に予言した。 -------------------------------------- A●日本人が発明した普遍的な世界思想  日本人の思想とは何か。グッと凝縮して整理すれば、「神 道+道教+仏教+儒教+アカデミー教+ギリシァ哲学ヨーロ ッパ思想+国連教+自由主義+コミュニティズム+功利主義 」だ。「宗教」というべきかどうかは別として、世界を見て もこんなものはない。「普遍的な世界思想」だといえる。 世界中の思想を全部輸入して、全部混ぜて、しかも二千年間 咀嚼し続けた。それも同じ民族が二千年間、ああでもない、 こうでもないと吟味し、味わった。異文化をしなやかに受容 しつつ、自尊をもって超然と克服していく。良くないものは 取り入れなかった。 特にないのは一神教である。一神教は「我が神だけが尊い」 という教えだから、他を絶滅させてしまう。強大な軍事力を 伴った一神教の国に襲われると、昔からの伝統は全部消され て経済や文化から思想や精神まで支配されてしまう。 -------------------------------------- A●鈴木大拙 自然という言葉がある。西洋では、中世になり、キリスト教 の神の概念が隆盛になり、自然そのものは神の創造物とされ るに至った。そしていつの間にか、自然は万物の創造主たる 神の下に従属する立場に追いやられてしまった。それ以来、 西洋では自然は人間がそれを征服し造り替えてしまっても構 わないような対象と化した。日本では、そもそも神と自然と 人間は対立するような概念ではなく、本来一体なものだ。神 道では自然界にやおよろず八百万の神々が存在するとし、共 生をいう。東洋の仏教では「自然」を「おのずから、なるべ きものになる」という。 さて話は佳境に入る。何であのような野蛮な戦争に突入した のか。第二次大戦の原因について、鈴木師は深く思いを馳せ られた。「あれはきっとドイツ式の政治思想を受け入れたせ いでしょう」と。何故ならば、明治憲法の下敷きはドイツの ワイマール憲法であり、ドイツ流の富国強兵政策の末路とし て戦争に突き進み、ドイツと日本はいみじくも第二次大戦で 盟友関係を結び、両国国民に多大な犠牲と深い傷をもたらし た。とすれば我々日本人はこの戦争のもたらした原因の徹底 的な反省を踏まえて出発しなければならなかったはずだ。 しかし戦後はドイツ流の政治思想からアメリカ流の考え方に、 するっと変わっただけ。だからまたこのツケは必ずやっ てくる。鈴木大拙は、「西洋流の思考だけでは世界は立ち行 かなくなる時が必ず来る。だから西洋の人間に向けて東洋の 思想というものを伝えて行かなければならない」と説く。師 は東洋思想の深淵な教えを読み解くうちに、西洋思想の限界 を感じた。そこに東洋思想が調和しなければ、世界は滅びて しまうという。確かに現代世界を見れば合理主義に貫かれた 西洋文明は危機に瀕している。 --------------------------------------- A●日本人の感性 本居宣長は「敷島の大和心を人問はば、朝日に匂う山桜花」 と詠んだ。 テニスンの詩「ひび割れた壁に咲く花よ、私はお前を割れ目 から摘み取る、私はお前を根ごと手に取る、小さな花よ、も しもお前が何であるか理解できたら、そのとき私は神が何で あるか、人間が何か知るだろう」。 これに対して芭蕉は「よく見れば なずな花咲く 垣根かな 」「眼をこらしてみると、なずなの咲いているのが見える、 垣根のそばに!」。 テニスンは花を根ごと摘み取り、神と人間の本性の洞察と思 索にふけるのだが、生き物をバラバラにして真実を求めるた め、花は生命を奪われる。自然を理解するために、花を所有 する必要がある。一方、芭蕉は花を摘むことを望まない。手 さえ触れない。花と一体化し自分を無にし、花を生かすこと である。 またウイーンのシェーブルン宮殿の庭園は左右対称の幾何学 的庭園で、木々は樹木としての元の形をとどめないほど刈り 込まれ、池は円形か四角形、噴水も人力を誇示している。自 然は徹底的に人間に管理されている。 これに対して桂離宮の日本庭園は自然と一体化し、家屋は風 も光も取り込み開放されて、自然の変化と共にする。西欧の 感性は自己と他、自己と自然とを分離し、自己を認識するた めに所有し分解する。日本人の感性はその正反対で、自我の 束縛から自己を解放したとき、つまり欲望や我執から自由に なったとき、人は全宇宙と一体化すると考えている。「むら ぎもの、心楽しも春の日に、鳥のむらがり遊ぶを見れば」 ------------------------------------ 本阿弥光悦行状記----光悦は根っからの茶人であったから、 知人の宗是が持っていた名器で知られる瀬戸肩衝の茶入れを 何としても手にいれたいと思い、自分の家を売り払い、なお 借金をして、その付け値である金30枚で手に入れた。売り 主が値引きしようと申し出たのを断わり、言い値で買取った。 加賀前田の殿様にこの名器で茶を立てて進んぜたところ、白 銀300枚で譲り渡せとの強い申し出があったが、これを固 く断わったという。 母妙秀はこの光悦の振舞いを、欲に目 が眩んでは道を極めることかなわぬと、いたく誉めた。 この話は徳川家康の耳にも入り、大いに感心したという。 この茶いれも一時は持っていたが「やれ落とすな,やれ失く すな」と心配するのが面倒で娘婿にやったという。みな人に やってしまったので、死ぬときには人が欲しがるような物は 一つも残っていなかった。生涯を粗末な小さな家で小者一人 飯炊き一人と質素に過ごした。大邸宅の暮らしを維持するに は莫大な金がかかり、そのためにますます金を稼ぎ働かなけ ればならない。人は所有が多ければ多いほど、所有物に心を 奪われて、心はモノの奴隷になってしまう。愚かなことだ。 光悦には晩年の頃、40年の長きにわたってつき合ってきた 茶の湯仲間の富裕な商人のエピソードがある。大晦日の晩、 その友人の家を訪れたが、門から庭の中までおびただしい人 がざわめいている。聞くところによれば、1年間の仕入や従 業員への支払をこうして一度に集めて行えば、せっぱ詰まっ ているので、少々受取が少なくても諦めて帰るからだという。 「これでは、真面目な人たちが、正月を迎えられないではな いか」と激怒し愛想をつかして帰り、以後その家に近づくこ とも会うこともなかったという。金持ちには好人物というの はまずいないといってよい。 光悦の孫に当たる空中斎光甫は松平安芸守から錆びた刀を金 2両で引き取って欲しいという依頼があった。手に取ってよ く見ると、その刀は錆びてはいるが正真証明の名刀正宗であ り、そのことを正直に申し上げ、京に持ち帰ってきれいに磨 きあげて正式に鑑定をし、正宗の銘を刻み、金250両の鑑 定書をつけて差し上げた。家訓の「無知につけこんで儲ける を固く禁じる」ことを実行したのであった。松平が喜んだの は言うまでもない。 ------------------------------------ 西行は「北面の武士」に選ばれ、一般の武士と違って官位が あった。同僚には平清盛がいた。歌会が頻繁に催され、そこ で西行の歌は高く評価された。武士としても実力は一流で、 疾走する馬上から的を射る「流鏑馬(やぶさめ)」の達人だ った。西行は容姿端麗だった。武勇に秀で歌をよくした西行 の名は、政界中央まで聞こえていた。文武両道で美形。華や かな未来は約束されていた。しかし、西行はエリート・コー スを捨て、22歳の若さで出家する。西行は地位や名声も求め ず、大寺院に出家したのではなく、山里の庵で自己と向き合 った。 鶴岡八幡宮に頼朝が参詣すると、鳥居の周辺を徘徊する老僧 がいた。家臣に名を尋ねさせるとこれが西行と分かり、驚い た頼朝は館に招いて、流鏑馬や歌道の事を詳しく聞いた。西 行はヒョウヒョウと「歌とは、花月を見て感動した時に、僅 か三十一字を作るだけのこと。それ以上のことは知りません 」。流鏑馬のことは「すっかり忘れました」とトボケたが、 頼朝が懇請するのでしかたなく、馬上での弓の持ち方、矢の 射り方をつぶさに語り始めた。頼朝はすぐに書記を呼んで書 き留めさせた。2人の会話は終夜続き、翌日も滞在を勧めら れたが、西行は振り切るように発った。頼朝は土産に高価な 銀製の猫を贈ったが、西行は館の門を出るなり付近で遊んで いた子どもに与えた。 さびしさに堪へたる人のまたもあれな 庵ならべむ冬の山里 吉野山花の散りにし木の下に とめし心はわれを待つらむ 昔せし隠れ遊びになりなばや 片隅もとに寄り伏せりつつ 願わくは花のもとにて春死なむその如月の望月の頃の ---------------------------------------------- 桃太郎 ゴリラ研究の第一人者山極寿一さん談 『芥川龍之介に「桃太郎」という短編がある。桃太郎がサル、 イヌ、キジを連れて鬼ヶ島に征伐に行く有名な話を鬼の側か ら描いた話である。豊かで平和な暮らしを突然たたきつぶさ れた鬼たちがおそるおそる、何か自分たちは人間に悪さをし たのかと尋ねる。すると桃太郎は、日本一の桃太郎が家来を 召し抱えたため、何より鬼を征伐したいがために来たのだと 答える。鬼たちは自分たちが征伐される理由がさっぱりわか らないまま皆殺しにされてしまう。 笑い話ではない。つい最近、これと同じ事が起きていた。ア メリカインディアンは白人とみれば理由もなく襲ってくるど う猛な民族だから、白人は撃退し滅ぼした。 しかしこれらは土地を侵略した白人側が作った身勝手な物語 であることがわかった。 アメリカインディアンは不公平な取引をさせられ、土地と伝 統と文化を捨てさせられたのでしかたなく抵抗したのだ。こ れを、まるで悪魔の仕業のように語っていたのであった。今 もこうした誤解に満ちた物語が繰り返し作られている。 9・11の後、アメリカはイラクが大量破壊兵器を持ち世界 の平和を脅かすと勝手に決めつけて戦争を始めた。実際は大 量破壊兵器など持っていなかった。人間は自己中心的な話を 作らずには居られない性質を持っている。私たちは世界を直 接見ているわけではなく、勝者のマスコミによって作られた 物語の中で世界や人間を見ている。ニュースを作り手の側か ら読むのではなく、相手側の視点にも立って解釈して欲しい。 新しい世界観を立ち上げる方法が見つけられるはずである』。 情報操作されている中国で荒れ狂った反日デモの凄まじいば かりの様子も同様です。 ---------------------------------------------- A●日本への期待 アインシュタイン 1922年、アインシュタインが日本にやってきた。彼は40日間 も滞在してあちこちを見て回って、日本を去るにあたって次 のような言葉を残した。「世界は進むだけ進み、その間に、 いくども戦争を繰り返すであろう。そして、その闘争に疲れ 果てる時がくる。その時、世界人類は平和を求め、その為の 世界の盟主が必要となる。その盟主とは、歴史が古くまた尊 い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってア ジアに帰る。そして、アジアの最高峰、日本に立ち戻らなけ ればならない。われわれは神がわれわれに日本という尊い国 をつくってくれたことを感謝する。」と。 日本人は世界の人々に平和を愛する国民として敬愛されてい るのは「平和憲法」のお陰である。今、まさに唯一の被爆国 としてアインシュタインの期待を裏切らないよう国際平和を 熟慮しなければならない。 日本文明に期待したのはほかにも多数いる。16世紀フランシ スコ・ザビエルは「日本人はたいへん善良な人々で、知性と 才能があり、知識欲がきわめて旺盛です。今まで発見された 国民の中では最高です」とふれている。 また駐日フランス大 使を務めた詩人のポールクローデルは、太平洋戦争中の昭和 18年にパリでこう言いました。「日本は負けるだろう。日 本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、どうしても 生き残ってほしい民族をあげるとしたら、それは日本人だ」 トロイの発掘者シュリーマンは日本を中国と比較して、 日本の役人は賄賂を拒み、国民は勤勉で清潔な国と絶賛して いる。 占領政策のため来日したヘレン・ミアーズは「GHQ の日本占領政策は西洋的価値観による日本の伝統的価値観の 破壊という専制的で野蛮な行為に他ならない」と。 「遠く遡れば、日本は中国をはじめとする様々な文明を受け 入れ、その上で和や共生や自然との調和などの日本文明を発 達させてきた歴史を持つ。世界は多様な文明の集合体である 。その多様性の中で、それぞれの文明の普遍性と固有性があ る。日本の持つ文明の位置づけは、二十一世紀の世界のあり 方として指標となる。」とミアーズはいった。 「大国の興亡」を書いたポールケネディは「日本はその持て る徳性をもって歴史の向かう方向を見極めて、人類の安心平 和幸福のためにビジョンを立てて、同盟をつくり国際機関を 活用するべく国際舞台へ一歩を踏み出すべきだ」とした。 伊勢神宮や桂離宮を絶賛した建築家ブルーノタウトは「日本 が無味乾燥な国になるならば、世界にとって恐るべき損失で ある」と言っている。 在日五十四年におよぶホイヴェルス神父は「日本という国は 神からの贈り物だ。日本では言葉が、どんなに魔術的な力を もっているかがわかった。いただきますと差し上げますとい う言葉も好きな言葉です。そして日本人は論理的なことより も、生のままの美徳と美的な物事を大切にする。日本人は自 然のままに、人間としての心のリズムで働きたいと思ってい る。頭のリズムではなく、落ち着いた静かな心で。二十一世 紀に向かって不思議な可能性を持っている」という。 確かに日本人は虫や鳥や動物の鳴き声を言語脳である左脳で 、ある種の音を心地よい音楽のように情緒的に聞いている。 欧米人は虫の声や風の音を右脳で雑音として聴いている。 東京芸術大学の設立に尽力したフェノロサ 31歳のとき日本政府の宝物調査団に任命され、岡倉天心と、 目的は法隆寺・夢殿の調査。内部には千年前の創建時から『 救世観音像』があるものの、住職でさえ見ることができない “絶対秘仏”だった。法隆寺の僧侶達は、「開扉すると地震 が襲いこの世が滅びます」と抵抗したが、フェノロサは「鍵 を開けて下さい!」と迫った。押し問答を経て、ようやく夢 殿に入る。僧たちは恐れをなして、逃げていった。 「厨子の扉を開くと、木綿の布を包帯のように幾重にもキッ チリと巻きつけた背丈の高いものが現れた。布は約450m もあり、これを解きほぐすだけでも容易ではない。ついに巻 きつけてある最後の覆いがハラリと落ちると、この驚嘆すべ き世界に比類のない彫像は、数世紀を経て我々の眼前に姿 を現したのである。救世観音は穏やかに微笑んでいた!立ち 会った者はその美しさに驚嘆し声を失った。」 -------------------------------------- A●メキシコ人の話 「この国には死刑がない。なぜなら人間は過ちを犯しやすい 動物だと考えているからね。「正義」を西部劇の保安官風に 振りかざすアメリカを生理的に嫌っている。ベトナムやイラ クやアフガニスタンへの爆撃を心から憎んでいる。 田舎へ行ってごらん。花がいっぱいや。アヒルや犬猫、鶏が ギャーギャー。そんなところでノンビリ暮らしている。薪拾 いや狩や労働にも村人たちは一緒に出かける。収穫が少なく ても誰も何も言わない。社会の一員としてごく当然に受け入 れている。障害者の学生も通りがかった人が自然に階段で車 椅子を担いで上がっていく。上がったときに「ありがとう」 も言わない。お互いが助け合うのは当たり前のことだから当 たり前にやっているだけだ。この国には福祉に関する特別な 法律はない。だけど老人はどこへ行っても優先で優遇される 。社会的弱者や身体障害者や知恵遅れの人やインディオも、 アメリカのように特別な施設や区域に収容されて、追い詰め られていない。彼らは皆、家にいて支えられている。 外国人は「この国は貧しい」って言うけれど、みんな「それ がどうした」と思っている。一生懸命にやって金持ちになっ て、人の管理やら財産を盗まれたり騙されたりしないために 、たくさんの鍵や保険をかけたり、アレコレ心配のために悩 む人生はマッピラだと思っている。それより村祭りで安酒飲 んで、ご機嫌で村娘と踊っているほうがいい。それを金持ち が怠け者というなら金持ちのほうが可哀想だと思う。見解の 相違さ」。 歩いているとオンボロトラックの側面に落書きがある。「我 々はなぜ働くのか。何のために働くのか」と書いてある。も ちろん彼らは人生を楽しむために働く。一方いまの日本人は アメリカイズムに染まりひたすら「カネ」のために働く。人 々はワーカホリックになり無限に欲望を追求する。しかし神 は強欲な人間をお許しにならない。バブルは何回もはじけ、 長い不況の時代が続いている。先進諸国は人間をモノ扱いし 、いろいろ近代文明の矛盾を抱えて苦悩している。 日本人の農業指導員がインディオに言った。「おまえたちは デサローヨ改善の精神がない」インディオ「デサローヨって なんだ」日本人「いい方向に変えていくことだ」イ「いい方 向ってなんだ」日本人「収穫を増やし、貯蓄し、儲けること だ」イ「いい方向を知ってるのは神様だけだ」日本人「おま えたちのトウモロコシは一株に一つしか実らない。日本の品 種改良技術なら一株に八つ実が成る。どっちがいいか考えて みろ」 やがて収穫の時が来た。インディオは喜び勇んで刈り入れに 行った。そしたらトウモロコシが一組もない。野ネズミが食 べつくしたっていうんだ。彼らの先祖代々の伝統的な農法の トウモロコシは背が高いから、野ネズミは実がなっている所 まで上れないのだ。「日本人が改善しろって言うけど、そん なことやらなくたって、今まで楽しく生きてきたじゃないか 。変わって将来はどうなるのかわからないじゃないか。それ は神様しか知らないことだ」。 ------------------------------------- 現代の日本人と昔の日本人とでは人間性が違う 渡辺京二著、「逝きし世の面影」 これは我が国の幕末から 明治を描いたもので、当時訪れた外国人が日本をどう見たか を、書いてある。この本に出てくるヨーロッパ人は、産業革 命の恩恵を享受し、自分たちの文明に揺るぎない自信を感じ ていた頃で、人間は進歩しなければいけないという、進歩主 義に染まっていた。 それが日本に来て、自分たちとは全く違う価値観ながら、整 然とした社会を目にして、驚いてしまった。当時日本はまだ まだ貧しい時代だから、ボロを着ていた人も多かった。 しかしどんな貧しい農家でも、突然訪れた外国人に対して、 「まあちょっと上がれ」と言い、縁側に腰掛けると奥さんが 直ぐにお茶を持ってきたり、庭から綺麗な花を手折ってきた り、お新香を出してくれたりする。ヨーロッパだけではなく、 世界中の多くの国で、こんなことをされたらお金を請求され ると思ってしまう。ところが日本人は誰一人請求しない。日 本人にとっては当たり前のことだが、世界という視点からす れば不思議なのである。「日本は妖精の国のようだ」と。 明治二十二年に来日した英国の詩人エドウイン・アーノルド は日本を、「地上で天国にもっとも近い国だ」と語った。さ らに、「景色は優美で、美術は絶妙であり、やさしい性格は さらに美しく、魅力的な態度と礼儀正しさは、謙譲ではある が卑屈に堕することなく、飾ることもない。これこそ日本を 、あらゆる国より一段と高い地位に置くものである」と。 またこの時代に訪れた外国人の間では、女性に対する評価が 非常に高い。ヨーロッパの上流階級の婦人に似ているからだ 。例えばイギリスの中・下層階級の婦人には、粗野な人も多 い。ところが中の上以上になると、途端におしとやか な人が増える。服装も地味で、知性がありながら出しゃばっ たりせず静かに微笑んでいる。こうした点が日本女性に共通 して見えたので、よけい高い評価を受けたのである。「彼女 たちはけっして美しくはないが、陽気で純朴にして淑やか、 生まれつき気品にあふれている」点が魅力的だったのだ。し かも日本の場合は上流階級の女性だけではなく、全国津々浦 々の女性がそうした美徳を兼ね備えていたわけだから、下品 な美女より、愛嬌と気品のある不美人の方が、魅力的だった のである。  またヨーロッパ人が度肝を抜かれたのは、欧米の大都市が 不潔で乞食だらけだったのに、日本はどこも清潔で乞食も殆 ど居ない。井戸水を飲んでも安全で泥棒も居ないから鍵を掛 けなくともいい。物質文明は遅れていても、こうした清潔さ や治安の良さ、人々のやさしさ道徳や倫理においも欧米を圧 倒していた。当時ロンドンは一番市民社会が進んでいると言 われていたが、江戸時代を研究してみたら、エコロジーや清 潔さ、市民の文化享受や識字率等、殆どの点において江戸の 方が素晴らしいことが解った。 しかしその時代にごく当たり前に持っていた日本人の美徳は、 今日殆ど失われている。 ●鎖国の功罪-----江戸幕府は外国を危険を招来する存在 として鎖国した。「人間は神の下で平等」「外国にいる法王 に仕えること」というキリスト教の教えが、封建体制を揺る がしかねないとした。従来、鎖国はヨーロッパに遅れをとっ た悪い政策だとされてきた。しかし結果的に、海外からの干 渉がなくなり、国内の統治を安定し、戦争もなく平和になっ たことで日本の文化水準も高まり、当時としては江戸は世界 でも有数の人口の多い都市になった。 二百三十年間に12回の朝鮮使節使や、貿易のため長崎出島で 長期滞在したオランダ人、中国人など若干の人々の入国を許 す鎖国制度は「良いものは入れ、悪いものは入れない」とい う国づくりの面をもっていた。 江戸幕府の「鎖国」は決して国を閉ざしたものではなく、さ まざまなルートから国際情勢など必要な情報は入れていた。 薬種・医学などももたらされていた。欧米列強は単なる捕鯨 中継基地としてではなく、日本の豊かな社会を評価して「開 国」を迫った。アヘン戦争で中国が侵略されたことも知って いた幕府は開国した。「開国」によって日本は近代西洋の科 学技術文明が大きく進歩したのであるが。 A江戸時代、長崎の出島へ来たドイツ人医師エンゲルベル ト・ケンペルは著書「日本誌」で「この国は国内商業により 富み、あらゆる生活必需品は自給自足で豊富に恵まれ、家族 は仲良く、高い道徳心と助け合い精神で、平和と安心な生活 を享受している。庶民は歌舞伎や浮世絵、浮世草紙、寺子屋、 国学、俳句、蘭学など知的文化水準は高く、この時代よりも もっと幸福な時代はなかった。このように、日本人は独自の 文明を進化させていて、外国と戦争することもなく、鎖国の 幸福を見出していた。 その一方で科学技術の面において立ち遅れたのは仕方のない ことだ。しかし科学技術文明の進歩によってヨーロッパは何 度も戦争をしている。進歩の果てに破滅が待っているかもし れない」と書いている。 確かに文明が武器を進化させ、機械文明が必要な石油や資源 の争奪に武器が使用され、何度も戦争をし、おびただしい数 の人命が抹殺された。 ケンペルは長崎から江戸までの旅行を著書「江戸参府旅行 日記」で・・・・世界中のいかなる国民にも礼儀という点で、 日本人にまさるものはない。彼らは才気があり好奇心が強く、 異国の文物を大切にする。商業や手工業は繁栄しているが、 多くの安逸をむさぼる役人の存在が、全ての物価を高くさせ ている。 将軍との謁見の間は、高い玉座も、そこへ昇っていく階段も、 垂れ下がっているゴブラン織りの壁掛けもなく、一方が庭に 面していて広くて質素なものであるが、全てが美しく、たい へん貴重そうに見える。使節カピタンと一緒に来たオランダ 人たちは、拝謁の後、大奥へ招じ入れられ、将軍婦人や姫や 大奥の女たちの前へ、彼女たちの見物娯楽の目的で、連れ出 される。彼女たちの前には御簾があって、こちらから直接に は見えない。将軍を含め30人ほどいた。老中や高官たちは見 えるところに座っていた。将軍の質問は医学に関するものが 多く、「ガンとか潰瘍はどのように対処するのか」「どうす れば高齢になるまで健康を保てるか」などである。私が将軍 の命令で少しばかりダンスを踊っている間に、隙間から見え た将軍婦人の顔は、黒い瞳をして褐色がかった丸みのある美 しい顔立ちであった。2時間ほど歌ったり踊ったり絵を描い たり、オランダ語やドイツ語で話したり、コートを脱いだり 、友人との挨拶とか、妻や子との別れる場面を演じた。キス のしぐさをすると、婦人たちは皆、笑った。別れる時、ヨー ロッパの王に対するしぐさをすると、皆の顔に楽しげで満足 な様子が浮かんだ。・・・・・ ----------------------------------------------- A●日本に来たスーパーヒーロー 世界中から愛され20世紀最大の美しきイコンとなった男の中 の男チェ・ゲバラだ。 彼は来日し原爆ドーム訪問後に、ゲバラが言った言葉が「日 本はこんなにひどい事をされたのに、なぜアメリカの言いな りになっているのか」。『世界で一番かっこいい男がチェ・ ゲバラだった』(ジョン・レノン) 『私は医者としての個人的成功を夢見ていた。しかしこの旅 を通じて考えが変わった。飢えや貧困を救うには注射だけで は不十分だ。社会の構造そのものを変革せねば。病人の治療 より重要なことは、病人を出さないことだ』。政権取得後、 まず国民全員が文字を読めるよう教育を無償化すると共に、 政府軍が使っていた全ての兵舎を学校に変え、文盲一掃運動 に取り組んだ。続けて医療の無料化を実現した後、少数の大 地主が独占していた土地を国有化、米国資本が牛耳っていた 企業を国営化した。国民全員の家賃を半額にするなど、過激 な政策をどんどん実行していった。ゲバラが国立銀行総裁に なって一番最初にしたことは、自分の給料を半分にカットす ることだった。工業相になってからは自ら建設現場で働いた り、工場のラインに立って作業を手伝った。サトウキビの収 穫期には農園で汗を流し、とにかく人々の中へ自ら飛び込ん でいった。これは彼にとって美談でも一過性のパフォーマン スでもなく、いつもの“ごく普通の光景”であった。仕事場 には誰よりも早くきて、帰りは誰よりも遅く、労働者に交じ って食事をするゲバラ。彼の人気は熱狂的に高まっていった ・・・・ところが!ゲバラが本当にスゴイのはここからだ。 37歳になった彼は突如失踪した。彼は自身の信念によってキ ューバを去ったのだ。アルゼンチン人のゲバラは、キューバ における自分の役目は終わったと判断し、貧困と搾取に苦し む新たな国ボリビアへ、再び一人のゲリラとして向かった。 国家の要人という地位を投げ捨て、再び過酷なゲリラ生活に 帰っていった。利権を失ったアメリカは激怒しCIAにゲバ ラを捕まえさせた。ゲバラ最期の言葉は上官の命令でゲバラ に銃口を向け、ためらう兵士に叫んだ「ここにいるのは英雄 ではない。ただの一人の男だ。撃て!臆病者め!」。 39歳の若さだった。…あまりにもカッコ良すぎだろ… ------------------------------------------ A聖徳太子  和をもって尊しとなす 子供のころ、友達と遊ぶときは「仲良く遊ぶように」。父が 転勤とかで家を留守にするときは「お母さんを大切にして、 兄弟仲良くくするように」。親が死ぬときは「兄弟仲良く」 というセリフが使われる。聖徳太子の憲法十七条の第一が「 和をもって尊しとなす、逆らうことがないことを宗とせよ 」とある。それから千四百年、世界でも珍しい教えである「 和」を、日本人は守り続けている。我欲である利己心よりも 融和のバランス感覚が優先させる。謙虚で、謙譲の心で、目 先の自分の欲よりも、長期的な人間の視野に立った人間関係 に重きを置いている。日本人は人に逆らわないという気質だ けでなく、自然に対しても、そのまま受け入れようとする。 面と向かってノーと言わない。せっかくの好意を無にしない ために、ノーと言わない。将来に対して損にならないように 考えている。 和をもって尊しとなす」という聖徳太子の十七条憲法は、 こんにちでも日本人の考え方や精神構造の根底にある。 --------------------------------------------- 「近代西洋文明」 古きよき社会では、宗教や伝統や慣習、文化、地縁的血縁的 なコミュニティ結合によって、調和した総合的な知性で、ま じめに生き、人と人とはしっかりと結び合わされていた。し かしマックスウエーバーは近代西洋文明を「合理性」である と喝破した。それによって人間のよき社会は解体され、エゴ というものがむき出しになり、価値観が種々に分化していく 。人間はモノとして機械のように扱われ、孤独の中で孤立さ せていく。 ヤスパースは「自分の城を築こうとするものは必ず破滅する 」という。なぜなら自己は他者とのつながりの中でしかあり えないからである。国家はナショナリズム「国家主義」「国 家のエゴ」によって、破滅的な状態に陥る。 空想社会科学者ともヨーロッパ最高の知性とも言われるジャ ック・アタリは著書「21世紀の歴史」で、21世紀初頭にアメ リカ支配は崩壊し、中国も2030年には一党独裁は終わり、世 界は多極化秩序によるグローバル統治になるという。つまり 超帝国→超紛争→超民主主義(利他主義)になるという。 現代は社会的正義である平等と個人の自由を核とする民主主 義が世界の共通認識基準になっている。国家という単位のナ ショナリズムの世界である。経済においては市場経済に標準 化されている。しかし30年後、世界経済は一つの世界化を 達成しているのに対して、政治的には民主主義の世界化達成 は困難な状況となる。つまり破綻国家ソマリアのように、無 法無秩序の国家なき市場経済、つまり政治が経済についてい けない状態となる。 このように、国家を超える問題が多発し 、G20の合意形成が重要となるが、合意形成は国家のエゴ のため困難であり、問題を深刻化させる。たとえば、水とエ ネルギーと食料の不足・環境破壊・貧困と飢餓・国家の崩壊 による海賊テロ・難民による人口の大移動・紛争の大暴発・ 核によるテロがある。 そして、「国家のエゴ」と「個人の際 限のない欲望」というアメリカ型グローバル資本主義を抑制 しない限り、世界は超紛争の大暴発時代へ突入する。これを 解決する最後の知恵は、市場経済から脱却し、「ブッダ、釈 迦の足ることを知る日本人」であり、利他心「他者の幸せに 貢献することが、自分の幸せにつながる唯一の方法」という 超民主主義だとする。人類は壊滅的な世界を経験した後、 2060年ごろにこのことを悟るであろうとしている。 * アタリは、人々を支配してきた道具がある事を示唆しま す。その道具とは1、経済 2、宗教 3、軍事力であった 。特に現代は「経済」が正しい機能を持たなくなってしまっ た場合、人々は混乱して、戦争が起きると想定している。 * アメリカは情報技術の開発により付加価値を作りだし、 立て直しに成功した。しかし増税や歳出カットもできないま まに、増大していく膨大な債務を抱えてドルの価値が下がり 続け凋落していく。 * 日本は人口が減り続けて生産性が低下していく。確実に 人口も経済も縮小していく。いずれにしても世界は百年 以内にエネルギー資源は枯渇し、森林は五百年以内に消滅す る。経済第一の価値観から抜け出し幸福第一への精神の転換 を進めていけば日本の未来も豊かなものになる。 ◇二十年前アルビン・トフラーが第二の波「経済中心」から 第三の波である「文化、宗教、倫理モラル」を予言した。専 門化から多様化へ。集中化から分散化へ。極大化からミニ化 へ。中央集権化から地方分権化へ。組織中心から個人中心へ 。流通から産直へ。メーカーから消費者へ。上下階層から水 平ネットワークへ。目標からアイデンティティ主体性の確立 へ。地位から精神的自立・自己の確立へ。自然や地域、家庭 の価値を見直す。 ------------------------------------------------- B●トインビーの解決策 それでは解決策は無いのだろうか。いま読まれるべきは、 ンチントン「文明の衝突」よりトインビーの「現代が受けて いる挑戦」だろう。文明の衝突は千年も前から今まで続いて いるのである。ハンチントンは日本文明は単独な独立した文 明であるとした。これに対しトインビーは日本文明を東洋文 明の中の単一文明とした。 問題は世界の諸文明が互いに対立し、ますます分裂を深めて いることである。「対立」の先には「平和」は永遠にこない。 いかにすれば対立を克服し、融和統合を図っていくことがで きるか。 結局、英知は単一世界国家を作る以外に方法は無いと行きつ く。だがそれは不可能だ。しかし、最大限国家を作ることは 無理だろうが、最小限国家なら作れるだろうとトインビーは 言う。何をもって最大限国家、最小限国家というのか。それ は共有部分である価値観や制度的文化的縛りにおける共有部 分である。例えば人権は普遍的なものであるけれども、具体 的には各国の国情や歴史によって権利の内容が違ってくる。 つまり上からの縛りはできるだけ小さくして、各メンバーに できるだけ多くの自由を与えようというのである。「みんな いっしょに」「みんな同じように」という部分をできるだけ 小さくしようということである。ここから「EU」ができ「 国連」ができた。「国連中心主義」の最小限国家連合が「世 界平和」に最も近い。国連創設は理想主義、夢物語といわれ ていたが実現した。いまの国連も安保理常任理事会の権限が 大きすぎる欠陥もあるが、有能な事務総長が幾多の紛争解決 に寄与している。 ------------------------------------- トインビーの言葉が人の魂を打つのは痛めつけられた民族、 貧困にあえぐ階層の苦悩に共感する彼の姿勢による。剣の勝 利が価値あるものでなく、その苦悩からの新たな創造こそ価 値があると彼はみている。例えば日本のような。 トインビーの仕事は比較文明であり、戦争と宗教が中心を占 め、歴史を社会正義から道徳的に見つつ、全体的な視野で人 間の事がらを普遍的に洞察しているので、時局性を持ってい る。世界史の未来に大きな展望を持っていて、米ソの和解、 米中の和解、日本での公害など予言はことごとく的中してい る。やがて最小限共通事項での国家間の世界的統合が起るだ ろうと予言している。 -------------------------------------- B●日本の進むべき道 トインビーは戦後の来日時に「この核時代においては、人類 は自分たち自身を滅ぼすまいとすれば、一つの家族となって 生活することを学びとらねばならない。これこそ日本が学び とり、主導者として全世界に教え伝えることのできる唯一の 真理である」と日本人に説いた。 なお日本文明については 「1皇室の存続をはじめ非常に良い慣習や制度が維持され残 っている。 2いかなる時代にも地方の勢力が歴史にかかわっていること。 3知的水準が高い民衆の力が歴史や文化の変革に大きな役割 をはたしてきた」と述べている。 今後の日本の世界的役割については、世界の公平な仲介人と して、「道徳倫理というモラル面」でのリーダーとして活動 すること。仏教の根本である徳(他者を救い喜びを与える)や 神道の共生の精神や聖徳太子の和の心で、 貧困や環境や紛争仲介などでグループのパワーでもって 国連の中心軸を形成するべきである。 世界から尊敬される国になるほうが軍事大国になるよりももっ とすばらしいことだ。 ☆いま一国だけでは解決できない国家を超える問題が多発し ている。合意形成は国家のエゴのため困難で、問題を深刻化 させている。 これを解決する最後の知恵は「利他心」をもつ 日本だけである。日本のように文化的・歴史的・慣習的な同 一性が強い国家は世界にない。そして日本人のような平和志 向性が強く、過去の戦争に対する復讐感情の弱い民族という のも世界にはない。 世界は今、西洋流の思考だけでは世界は立ち行かなくなっ ている。世界の安心平和幸福のためいま日本の出番がき た。日本には神仏や自然にひざまずく心、論 理や理屈ではなく感性や感覚を重んじる心、それから金銭を 低く見る風土がある。自由競争社会で富の偏在が拡大し、憎 しみと暴力と破壊で混乱に陥ったこの世界を救えるのは日本 しかない。 ☆多くの国の人々が、一度でよいから日本を訪ねたいと憧れ 、愛される、輝きのある国となることが大切。異なる文化を 理解し、尊重することを大切にしながら、国際社会から信頼 され、国民が日本に生まれたことに誇りを感ずるような国に なることです。小さくとも光っている国、精神的に美しい仁 徳大国になることや子供達の未来を大事に思い、誰もが限り ある生命を大切に生き、他人にやさしく、そして何よりも住 みやすい社会になることです。 ------------------------------------------ Bこの近代資本主義の後に来るものは、ヘーゲルの言う「世 界の変化はラセン的に発展し、対立物は融合する」かもしれ ない。日本流に言うと循環するということになる。それは古 く懐かしいものが新しい形で復活することを指す。今までの 旧い資本主義の代わりに「公益資本主義」が現れる可能性が ある。 松下幸之助提唱の企業公器論 《会社は株主だけのものではなく、従業員、顧客、地域社会 など幅広いステークホルダー(利害関係者)のものであり、 それら全てに貢献する社会の公器であるといった考え方。利 益は株主のためではなく、社 会のために役立てるようとする考え方。 ---------------------------------------- 日本の政治家はGDPの拡大ばかりをを目指すのではなく 、社会貢献や企業の社会化を目指し、国民の幸せにつながる 真の進歩指標を目指すべきである。田坂広志氏 ●教育基本法 この基本法はアメリカ軍によって制定され、56年間日本の教 育の基本を形成してきた。当初、日本側の「伝統的価値観」 を教えるという案は退けられた。このため多くの国で教育の 基本とされている「徳育」「宗教」の教育を行わない珍しい 国となった。本来子供に対して教育すべき社会への貢献や協 調、家庭内での役割、先祖への崇敬、自らの持っている能力 の開発、人生を生きる知恵」といったものは削除された。 中学生のなりたい職業のトップは公務員である。国民のため に働きたいというのではない。ほとんど働かなくてよく、給 料が良く、退職金も多く、リストラもなく、親方日の丸で、 金を使うのが仕事で、気楽に暮らせるというのである。 子供に持っている能力を存分に発揮させて、社会に貢献する 教育が求められる。 ------------------------------------ ●教科書問題・南京大虐殺 自分の国の悪口を自分の国の子供の教科書に書く国があるだ ろうか。あるのである。わが国の教科書には日本と日本人の 悪口が山ほど書いてある。古くは日清日露の戦役は暴虐な侵 略戦争と書いてある。新しきは南京大虐殺は30万人と書いて ある。南京大虐殺は三十万人ではない。当時南京の人口は二 十五万である。非道な南京大虐殺は確かにあった。全部で三 万人から六万か。三千人という人もあるが、正確にはわから ない。しかし、それを連合国が十万と押し付けたのは、広島 長崎の三十万人の死者と相殺するためと思われる。アメリカ では原爆で死んだのは一万か二万人と書いている。 学校教育では基本は自国の悪いことは教えない。特に義務教 育は自国の悪いことはひとつも教えてはいけない。これが原 則です。 例えばイギリスは自国の小中学生に対して帝国主義時代にイ ギリスが世界中に領地を持ったのは、アフリカでは首長に懇 望されたからであり、エジプトでは王の苦しい財政を助ける ためであり、インドでは「お前たちは劣等な民族であるから 自ら自分の国を治められない。そのままにしておいたら殺し 合いや伝染病がはびこり飢餓で死ぬ人も出てくるだろう。だ から劣等な民族のために優等な民族であるイギリス人が統治 してあげた(文明の神聖な使命という)」という論理で教えて いる。大まじめである。噴飯ものだが、当時のイギリス人は 「帝国主義や植民地主義は悪い」と思っていた人は一人もい なかった。 歴史は勝者が書く。 日本人拉致は存在しないと北朝鮮は言った。中国も天安門事 件で自国の百万人も殺したことを教えない。チベット断圧を 教えない。 -------------------------------------- ●自由 高性能軍用機の主要頭脳部分、特にダッシュボードのセラミ ックや計器の液昌体もすべて日本製である。ミサイル追尾発 明も日本人で、それによって米国は湾岸戦争に勝った。ITシ ステムやヒトゲノムや万能細胞も日本人が考え出したものだ 昔の日本人が持っていた恥を知る文化がことごとく失せてし まい、政治家、官僚、公務員、財界はもちろん、みんな私利 私欲で倫理感がなく堕落し腐敗している。 清潔、公正、誠実、勤勉、信頼、責任感、規律遵守、滅私 奉公など戦前の日本人の誰もが持っていたものが、どこにも ない。その昔の武士の精神である「名こそ惜しけれ」という すがすがしい日本人はいなくなった。なぜこんな日本になっ てしまったか。 それはアメリカが有色人種中ただ一国、近代国家をつくりあ げた日本を恐怖していたため、日本人の精神を骨抜きにする ため、拝金主義と「他人に迷惑をかけない限り個人の欲望は 出来るだけ自由に発揮さるべし」というミルの近代的価値観 を与えたからだ。 歴史上はじめて自由を手にした日本人は、功利主義、自由原 理主義リバタリアニズムとなり、目前の他人だけに迷惑をか けなければ何をやっても勝手となった。 「自由」の条件は社会的かつ歴史的に考察されなければなら ない。ドイツには教育を戦前のまま続けさせた。子供たち に自分の国に誇りを持てるような正しい心のフォームを示し ていく時、そこにおのずと背筋を伸ばした国民としての有 り方が芽生えてくるのである。ドイツの教科書では太平洋戦 争について次のように書いている。「日本の民族主義者や軍 国主義者は黄色人種を白人の支配から解放するために戦争を 遂行したと主張した。この主張は自分たちの利害を包み隠し ているが真実をついた面もある。ベトナムやインドネシア、 インド、トルコ、エジプトなど欧州諸国に支配されていた植 民地諸国の独立運動は緒戦の日本の勝利によって加速された 。数年のうちに日本は欧州の植民地支配層を追い出した」と -------------------------------------- ●福沢諭吉と大東亜戦争の関係性 「文明論の概略」という本で、賢い人とか愚かもの、あるい は高い品性を持つ人と下劣な人間性の人がいる。それはなぜ かと言えば、学問があるかないかによる。だから学問を勧め ている。学問とは何か、それは人間交際つまり社会のための 実学であるという。ここまでは良い。 しかしこの本はここで突然終わってしまっている。 福沢は近代文明の中にある合理主義・効率主義には矛盾や葛 藤や弊害があるのだが、それをどういうふうに調整するかは 何も述べていない。 それには二千年の思想史を持つギリシャ思想以降のヨーロッ パや本居宣長もののあはれなどの東洋思想などに学ばなけれ ばならない。西欧思想はバークからはじまりトクヴィル、ニ ーチェ、オルテガ、ヤスパース、ハイデッガー、ホイジンガ にいたるまで、この近代文明の矛盾に対して挑戦しつづけ ている。 話はかわるが、福沢諭吉の「脱亜論」は、文明国日本は野蛮 な中国から朝鮮を助けるために併合してもかまわないという ことになる。そういう意味では「征韓論」と表現しても、間 違いとはいえない。なにしろ福沢は西郷隆盛を強く支持して いた。板垣退助なども「征韓論」者であった。向上心を持た ず富国強兵に努めようとしない怠惰な朝鮮は、日本が併合し て進歩させなくてはならない、という考えだった。独善的な 考えだが、当時は帝国主義時代で、植民地という他国の支配 下にならないためには自ら帝国主義国家にならなくてはなら なかった時代であって、富国強兵は国家としての義務と考え られていた。福沢諭吉の文明開化の旗を担いで、アジアや中 国大陸とか朝鮮に文明を設計しようということで、軍部官僚 が右翼を巻き込んでやってしまったのが大東亜戦争だった。 近代文明である西洋思想を担いだ途端、文明自身が持つ合理 性が拡張主義、世界設計主義、効率主義、物質利己主義とし て「戦争」へと邁進していく。 ---------------------------------------- ●進歩の後に来るもの 近代文明の本質は合理性と効率性である。それが行き着くと ころまで行くと、「世界同時不況、インフルエンザパンデミ ック、山林河川海洋や自然破壊・異常気象・空気や水など環 境汚染・農薬や添加物など危険な食品・アスベスト・ダイオ キシン・環境ホルモンによる生殖異常・薬害・土壌・農薬汚 染・生態系の破壊・原子炉事故の放射能汚染・機械化された 冷たい社会・人間をモノ化して使い捨てる・コンピューター による人間支配・人類絶滅の危機・金銭至上主義による心の 荒廃・格差による貧困」などの弊害があらわれている。 ---------------------------------------- ●仮説・天照大神は卑弥呼か? 日本建国は紀元前六六〇年ではなく西暦二八〇年ごろと考え られる。当時の天皇在位期間は十年ほどで、記紀で神武天皇 の五代前の祖先が天照大神であり、西暦二三〇年ごろの人で 、これは魏志倭人伝に記されている卑弥呼が活躍した年代と ピッタリ重なり合う。女の天照大神は邪馬台国女王の卑弥呼 にほかならない。北九州にあった邪馬台国が国を挙げて大和 地方に進出したのが神武天皇の東征神話です。ただしこれは 仮説推論です。 その祖先の倭族は迫害されて中国の長江を出て東南アジア諸 国、朝鮮半島から日本まで広がった。稲作と履物を脱いで家 に上がる高床式住居を特質とする民族集団である。各地で独 自の文化を咲かせた民族の総称です。最近の研究では長江文 明は黄河文明より古いとされていて、世界のどこよりも長江 文明が早かった。日本人は長江文明の子孫とみなされる。 ------------------------------------- ブータン ブータンの人口はわずか70万人。GNP(国民総生産)ならぬ GNH(国民幸福度=Gross National Happiness)の"物差し" の国です。ブータンの王妃が、著書の中でこう述べてい ます。「GNHの立脚点は、人間は物質的な富だけでは幸福に はなれず、充足感も満足感も得られない。そして経済発展と 近代化は人々の生活の質および伝統的価値を犠牲にするもの であってはならない」 その考え方の下、豊かな森林資源をどんどん伐採して他国に 輸出するなどということは敢えてしない。国土に占める森林 の割合を60%以上に保つという法律まで制定しているのです 。伐採しすぎて森が消えかけ、慌てて植林を始めている隣国 のネパールとは対照的です。 物乞いや小物を売りに来る子供がいない、看板が極端に少な い、信号がない、トイレがきれい――などです。この国は団 体の観光客以外は原則として入れないという"鎖国"をとって いますが、国民の60%が英語を話します。ガイドがそう言う ので、本当かどうか、畦道を登校する生徒に英語で話しかけ てみたら、きちんと答えるではないですか。小学校の7歳か ら英語を教えているそうです。この国は英国の植民地になっ たことがあるわけではないのです。 ところが、ご多分にもれず、ここでも電化生活を望む声が起 きました。テレビを見たい、電気洗濯機があれば便利だ、冷 蔵庫も欲しい、というわけです。しかし、電化生活を始める には電線を敷設しなければならない。高い鉄塔を建て、電線 を張ったら、ツルが来られなくなるのではないか。 というわけで、ある村では村中の人々が集まって議論した結 果、電線は通さないという結論が出ました。ですから、夕方 の6時から2、3時間電気を通すだけです。その電気は村の 自家発電装置で起こしているのです。水木 楊(作家) そのブータンでは十数年前にテレビとインターネットが解禁 されて以来、地方の若者が続々と故郷を離れて、首都ティン ブーに押しかけています。アパートの建設ラッシュの姿に、 彼らが先祖代々大切にしてきた価値観は、西洋文明を知るこ とによって暗転しはじめました。 日本にもブータンのような時代があった。江戸時代末期から 明治初期に日本にやってきた多くの欧米人が、庶民の生活や 人に接する態度を観察し、驚きを隠さなかった。穏やかで、 好奇心旺盛で、とても親切でまるで地上の楽園だとたたえ、 この国が西洋文明を導入することで不幸になっていくのは悲 しいと、嘆いたといいます。そこには現代のように、人をだ ましてまで何かを奪い取ろうというような殺伐とした利己的 な精神はなかった。 ------------------------------------- モーツァルト 「魔笛」では襲いかかる悪者に、困って魔法 の鈴を鳴らすと、悪者たちは「なんて素敵なこの響き」と歌 い踊り退場していく、「フィガロの結婚」では身分を越えた 人間の愛の本質を描く。「後宮からの逃走」は捕らえたカッ プルの愛にうたれた太守が開放する。「ドンジョバンニ」さ えすべての相手に惜しみなく愛を降り注ぐ福音の徒である。 その作品は一貫して無差別の愛と普遍の慈愛を説いている。 バカらしいといえばそうだが、その素朴な世界こそ私たちが 子供の頃、夢見ていたものではなかったろうか。人生の節目 の新しい「無垢で空白」のステージが、やがて社会の垢がつ き、くすんでゆき「矛盾などしかたがない」と嘯く陳腐でつ まらない大人が出来上がっていく。全ての子供は感受性の天 才である。「無垢で空白」のときの希望こそが日本の進むべ き道だ。日本は軍事力という暴力で争う「現実的な普 通の国」とならずに世界平和をめざし、共生して、より良い 世界を築き、未来を生きる子供や孫たちが安心できる平和と 幸福を願う道を歩みたい。世界人類のために貢献する、そこ にこそ日本人として、日本という国家としての誇りがある。 -----------------------------------------------