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藤川〜岡崎

赤坂〜藤川

距離:8.8キロ

平成17年11月20日

 

  

(藤川宿・逆光)

 赤坂宿を出ると、のどかな田園風景の道を進む。一里塚や常夜灯を過ぎ、国道に合流し、名鉄、東名高速が並行して走る。時折、名鉄の電車が通り抜けて行く。

 山間のゆるやかな坂道が続く。峠を越えると、本宿に入る。本宿の入口や分岐点には、立派な石碑、道標などがある。宿場に着いたのかと勘違いするくらいである。

 ここは正式な宿場ではないが、ここには徳川家由来の徳川家由来の寺で、新撰組の近藤勇の首塚がある法蔵寺や陣屋跡がある。

 本宿を出て、山中駅付近の旧道を通り、国道に合流し、国道沿いに歩くと、右側に白い名鉄の立派な操車場が見えてくる。そしてしばらく行くと藤川宿に着く。宿場の入口には棒鼻跡がある。

 東海道の写真を撮ると、夕方になるとどうしても西日で逆光になってしまう。日が暮れる時間が早くなるにつれ、写真が撮りづらくなる時間が多くなる。夕日に向かって歩くこととなる。

 この辺りで、今日の終点が時間的にみて、どうしても岡崎になることがはっきりしてくる。それと同時に、歩くスピードがゆっくりになる。

 藤川宿に着いたのは午後3時頃であった。

 

 <音羽蒲郡IC付近にある一里塚>

<長沢駅付近>

<藤川宿に向かう途中の峠>

国道、名鉄、東名高速が並んでいる

 

<本宿の入口>

 

 

<本宿の入口の石碑>

 

<本宿:道標・東海道の記念碑>

立派な道標・構造物である

 <法蔵寺>

 近藤勇の首塚がある

徳川家由来の寺でもある

 <本宿陣屋跡>

   (本宿陣屋跡と代官屋敷の表示)
元禄十一年(1698)、旗本柴田出雲守勝門(柴田勝家末孫)が知行所支配のため、本宿村に陣屋を設けた。以来明治に至るまで存続した。陣屋代官職は冨田家が世襲し現存の居宅は文政十年(1827)の建築である。

 <本宿一里塚>

 <藤川宿近くにある名鉄操車場>

新しいようだ

 <藤川宿:棒鼻跡

藤川宿の入口

<藤川宿>

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