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鳴海〜宮

池鯉鮒〜鳴海

距離:11.0キロ

平成17年12月11日

 

 

 

(間の宿:有松)

 池鯉鮒は古来より馬市があったところで、広重の版画にも登場する。

  池鯉鮒から鳴海宿の間には、三河と尾張の境界の境橋を経て、桶狭間古戦場跡や「有松絞り」で有名な有松(間の宿)がある。

 境橋を渡り、国指定の「阿野一里塚」を過ぎ、しばらく行った「前後」というところで、遅い昼食をとる。駅前にショッピングセンターがあり、そこの地下で「カツ丼とうどんのセット」を食べた。メインではない「うどん」の方が美味しかった。

 桶狭間古戦場跡には、今川義元の墓もあり、史跡公園として整備された中に、ひっそりと墓標がたたずんでいた。史跡公園の近くには中京競馬場があり賑わっていた。

 有松の街並みは、往時の商家、蔵がそのまま建ち並んでいるようで、雰囲気が伝わってくる。観光バスで訪れた観光客も見られた。

 「有松絞り」とは、布地を縫ったり、糸でくくったりして染料で染め、ほどいた時にできる様々な柄・模様を生かした染め技法のことで、有松絞りは、技法の種類が多いといわれている。有松には「有松鳴海絞会館」があり、絞り製品の展示がされている。

 鳴海宿も絞りで知られている。有松の絞りが拡大し、鳴海までその生産を拡大したとのことである。

 いよいよ宮宿・名古屋が近づいてきた。京が最終的な目的地であるが、その途中では最大の都市で、自分にとっては名古屋まで歩くことは大きな目標の一つである。また、名古屋まで行けば、京都に達することができると考えている。

(そして、この日の夕方には名古屋に着き、年内には京到達が可能と思ったのだが、思いがけないことがこの数日後に起き、年内達成が出来なくなった。熊本にいる高校生の娘が交通事故に遭遇したのである。幸い命に別状はなかったものの、顎の骨を骨折し入院した。このため、その後しばらくは熊本と横浜を行ったり来たりの状態となった。) 

 

 <知立古城跡>

<逢妻橋>

<一里山>

 

<国道から別れる>

 大きなマンホール

 

<今岡町辺り>

 

<名鉄富士松駅>

鳴海まで名鉄が並行して走っている。

 

<国道の下をくぐる>

 低い

 

<境橋>

三河と尾張の境界

 

<阿野一里塚>

国指定の史跡

 <前後付近>

 

<前後駅近くのショッピングセンター

ここでやっと昼食

 

<桶狭間古戦場跡>

<有松鳴海絞会館>

<有松>

<鳴海宿>

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