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藤川〜岡崎 |
距離:6.6キロ |
平成17年11月20日 |
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藤川宿で脇本陣跡にある小さな無人の資料館に入った。中には当時の宿場の復元模型などが展示してある。入場料は無料である。入館者名簿に名前を記入する。 宿場の西棒鼻跡を過ぎると芭蕉の句碑があり、しばらく行くと、踏切を渡り、美しい松並木(藤川松並木)が続く。 岡崎宿に向かう途中には大平一里塚がある。その後、東名高速の岡崎インターの下をくぐる歩道を通り、松並木がある整備された公園を通り(左下の写真)、岡崎市街へ入っていく。 岡崎の宿場を抜けるためには27回角を曲がる必要があり、これを二十七曲と言い、その「二十七曲がり」の石碑がある。敵の侵入を防ぐことが主な目的である。 午後4時半にここに到着した。この日の終着点を二十七曲を抜けた中岡崎駅辺りに決め、5時半頃には駅に着くつもりでいたが、結局、道に迷いに迷ってしまった。やはり恐るべし二十七曲である。街中を迷路のように抜けていく。裏道のような所も抜ける。 主な曲がり角には石柱が立っているが、暗くなっていたこともあり、中々見つけられない。自分がどの方角に進んでいるのかわからなくなる。 駅に着いたのは6時半頃であった。間違えずに完璧に通ったかどうかは自信がない。改めてここを通る時には、明るい時にし、詳細な市内地図を用意することにしよう。 そんな、あせりと慌しさの中で街を抜けていったが、駅の近くの歩道橋からライトアップされた岡崎城を見ることができた。一瞬ほっとして、岡崎に来たという実感がした。 中岡崎駅では、無事に今日中に横浜に帰れるか不安になる。中岡崎駅から岡崎駅を経由して新幹線駅の豊橋で新幹線に乗り、無事に10時頃には家に着くことができた。新幹線の中では、いつものようにビールである。 てくてくと歩いて、一気に新幹線で駆け抜けるというのも二つの時代の旅を味わえたようで面白い。
←岡崎宿「二十七曲」の曲がり角に立つ石柱 |
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<藤川宿:本陣跡> |
<藤川宿:脇本陣跡> |
<脇本陣跡の資料館内部> |
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<藤川宿:西棒鼻跡> |
<芭蕉句碑> ここも三河むらさき麦のかきつばた |
<藤川松並木> |
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<藤川松並木>
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<大平橋> |
<大平一里塚> |
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<高速インター下の通路> |
<地下通路を出た所> だいぶ暗くなってきた |
<二十七曲の石碑> 石碑には地図が描いてあり、目印になる施設や寺などを自分の地図に記入した |
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←岡崎宿西本陣跡 中岡崎駅→ 駅のホームで電車を待つ者は自分だけだった。 |
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