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関〜坂下 |
距離:6.5キロ |
平成18年2月11日 |
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(関宿:広重画) (坂下宿:広重画) (鈴鹿馬子唄会館) (唄会館の脇・坂下宿の近く) |
関宿は、往時の建物が街ごと残ることから昭和59年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。保存地区は、東西の出入口となる東追分から西追分の間の約1.8kmで、面積25haと広く、また道沿いに電柱がない。 街の中程には国の重要文化財に指定されている「関地蔵院」がある。 町並みを歩いていると銀行なども周りと同様に昔風の造りで、街並み保存の強い意識を感じる(やや、やり過ぎの感)。たまに現代的な建物があるが、この方が逆に目立っている。とにかく、往時の宿場・街並みが残る規模では東海道随一であり、そういう意味では最後の旅で訪れて良かった。 午前10時半頃という早い昼食になったが、街の中程にある「恵庵」でうなぎの「ひつまぶし」を食べた。東海道を歩かれた大阪の方から紹介されたもので、実際に食べてみてなかなか美味しかった。 店の人が「ひつまぶし」を運んでくるときに「寒くて指が動かなくて、遅くなってすいません」とおっしゃっていた。こちらの方が早い時間からご飯ものを注文してしまい、店の人には大変ご迷惑をおかけした。実は「ひつまぶし」を食べるのは始めてだったので、作法を店の人から聞いて食べた。 「関地蔵院」を過ぎたところで道路の掘削工事のため通行止めとなっていたが、歩行者は何とか道の脇を通り抜けられた。年度末のせいか道路工事をよく見かける。工事現場で交通整理をしている人から声をかけられる「一人旅かい、うらやましいね」その方としばしの間立ち話となる。 関宿を出ると、鈴鹿峠に向かって次第に山深い景色となる。鈴鹿川を下に見ながら渓谷の国道や脇道(旧東海道)を進む。途中、大きな常夜灯や絵師が変わりゆく山の景色を絵に描けずに筆を捨てたという「筆捨山の碑」の脇を通って坂下宿へ向かう。 坂下宿の手前に「鈴鹿馬子唄会館」があり、そこに立ち寄る。「坂は照る照る峠は曇るあいの土山雨が降る」と唄われた「鈴鹿馬子唄」を記念して建てられたものである。 ちょうど昼の休憩前で、担当の方が「悪いけど10分でいいかい」と言うので、こちらも急いでいるから「いいですよ」と答えた。それから担当の方から鈴鹿の地名、筆捨山の由来や、往時の宿場の状況、東海道の歴史などの説明を10分間受けた。そして説明が終わると「説明時間が10分かかると思っていた」と満足げに言いつつ、その方は外へ出る準備を始めた。こちらは玄関に向かいながら馬の模型など数枚の写真を撮るのが精一杯だった。本命の「鈴鹿馬子唄」も聞けなかった。 この会館の上の方に旧東海道があり、東海道の各宿場名を記した標柱が道の脇に順番に立っている。そこを通って行くと、これまで歩いたの宿場の思い出が順番に蘇ってくるが、同時に残りの宿場の柱が僅かになっているのも実感し、少し寂しい気分になった。 |
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<関宿> 左の鳥居から伊勢神宮を拝んだとのこと |
<関宿> |
<関宿:郵便ポスト> |
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<関宿:銀行>
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<関宿:まちなみ資料館> 残念ながら休館日になっていた |
<関宿:本陣跡> |
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<関宿> 右の店が恵庵 |
<ひつまぶし> うまかった |
<関地蔵院と記念碑> |
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<坂下宿・鈴鹿峠へ向かって> |
<一之瀬社常夜燈> 大きな常夜燈だ |
<筆捨山の碑> |
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<五十鈴川> 渓谷を進む。紅葉の時期はもっと素晴らしいだろう |
<楢の木地区> とても景色がいい |
<鈴鹿馬子唄会館内> |