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庄野〜亀山

石薬師〜庄野

距離:2.7キロ

平成17年1月15日

 

  

(庄野宿)

 石薬師宿は東海道44番目の宿場(1616年)で、鈴鹿市にある。

 石薬師宿には、本陣跡、佐佐木信綱の生家・歌碑・記念館や石薬師寺などがある。

 佐佐木信綱(1872〜1963)は、万葉集を研究する国文学者で唱歌「夏は来ぬ」の作詞者として、また歌人としても著名な人と紹介されている。この名前に若干の記憶はあったが、歌の「夏は来ぬ」の方は、子供の頃よく歌わされたので良く知っている。

 国道1号線を渡る橋をすぎると、広重の版画に描かれた石薬師寺がある。石薬師寺は、かつては「西福寺瑠璃光院」と呼ばれていたが、宿場が石薬師駅と呼ばれたことから「高富山石薬師寺」に改称したとのことである。参勤交代で東海道石薬師の駅を通る大名は、旅の安全祈願に、この寺に必ず参ったとされている。

 石薬師から庄野までの間には、水田が拡がる大きな水田地帯が拡がっている。これまでの東海道では、これ程の水田地帯は見なかった。野菜畑、茶畑や都市近郊に残る水田はあったが。

 鈴鹿川に沿って、石薬師宿に向かう。すぐに庄野宿に着く。

 庄野宿は、特に目立った宿場ではなくコンパクトだが、昔の街並みを随所に残し、残されたものを大事にしているといった感じのする街である。

 庄野宿には、昔の建物を利用した歴史資料館(庄野宿資料館)があり、そこに立ち寄った。資料館は無料で、江戸時代の高札、籠、当時の日用品や保存食などが展示されて意いた。

 担当の女性の方が熱心にわかり易く説明してくれた。また快く展示物の写真も撮らせてもらった。

 案内して頂いた方の写真をホームページに紹介しようかと思い、尋ねたが、「私などの写真が載ってしまったら展示資料の価値が下がるといけませんから」と笑顔で丁重に断られたので、自分の写真を撮ってもらった。

 

 <庄野宿入口の石碑>

<石薬師宿:本陣跡>

<佐佐木信綱・幸綱の歌碑>

 

 <石薬師:道路を跨ぐ橋>

<石薬師寺>

<石薬師寺>

<石薬師の一里塚>

 

 <庄野宿途中の田園風景>

水田が拡がっている。これまで東海道ではあまり水田地帯は見なかった。

<石薬師〜庄野宿の途中>

道路の緑地にサザンカが植えてある

 <庄野宿>

あっとういう間に庄野宿

 <庄野宿

<庄野宿資料館>

<庄野宿資料館>

かご

<庄野宿資料館>高札

<庄野宿資料館>

当時の民芸品

<庄野宿資料館>

本陣にあった鬼瓦

<庄野宿資料館>保存食(米の加工品)

<庄野宿資料館>

<庄野宿資料館>

写してもらいました

<庄野宿:本陣跡>

<庄野宿>

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