|
宿場データ |

|
順番・宿名・所在 |
写真(現在) |
広重版画 |
宿場の説明 |
宿場の規模 |
見所・交通機関など |
|
1 品 川 (しながわ) 東京都品川区 |
|
|
日本橋から京に向かう時の最初の宿場で江戸の玄関口にあたる。また品川の遊郭は、吉原と並び大変にぎわったとされている。現在品川宿では歴史を活かした街づくりが地元の人たちにより進められている |
本陣 1 脇本陣 2 旅籠 93 人口 6890 |
●最寄りの駅 JR品川駅、京浜急行線北品川駅 |
|
2 川 崎 (かわさき) 神奈川県 川崎市 |
|
|
川崎宿は、川崎大師の参拝客で賑わった。また江戸から旅を始めて最初の川越が六郷川(現多摩川)であり、六郷川の渡しの収入で川崎宿は盛況をみせた。 この宿は、品川宿と神奈川宿の距離が長すぎたため1623年に新たに設置された。 |
本陣2 脇本陣0 旅籠72 人口2433 |
●見所 多摩川、八丁畷の慰霊塔
●最寄りの駅 JR川崎駅、京浜急行線川崎 |
|
3 神奈川宿 (かながわ) 横浜市 神奈川区 |
|
|
神奈川宿は、安藤広重の版画に描かれているように、当時は海岸線に沿った細長い宿場であった。また江戸末期の開国後には神奈川港が開港場となり、宿場の寺院が外国の領事館にあてられた。その後開港場は近くの横浜へとされ、港は埋め立てられ、かつての面影は残っていない。 |
本 陣 2 脇本陣 0 旅 籠 58 人口5793 |
●見所 生麦事件現場・碑(川崎宿への途中) 関所跡(台町) ●最寄りの駅 京急線神奈川駅、JR東神奈川駅、横浜駅 、東急東横線反町駅 ●名産品 亀の甲せんべい(浦志満) |
|
4 保土ヶ谷宿 (ほどがや) 横浜市 保土ヶ谷区 |
|
|
保土ヶ谷宿は、日本橋から八里半の距離で、江戸を出て一日目の宿として利用する旅人もいたようである。東海道中膝栗毛には、作品中に宿の客引きをする留女の話が出ており、ここの「留女」は有名だったようだ。 |
本 陣 1 脇本陣 3 旅 籠 67 人口 2928 |
●見所 復元された帷子橋 (天王町駅前広場) 権太坂(戸塚宿への途中)
●最寄りの駅 JR保土ヶ谷駅 相鉄線天王町駅 |
|
5 戸 塚 宿 (とつか) 横浜市戸塚区 |
|
|
戸塚宿は1604年に宿駅となり、当初整備された宿ではない。この宿は鎌倉方面にいく者もここを利用したことから賑わったとされる。また江戸を出立した旅人はこの宿を最初の宿泊地とした者が多い。 |
本 陣 2 脇本陣 3 旅 籠 75 人口 2906 |
●見所 信濃の一里塚(保土ヶ谷宿への途中) ●最寄りの駅 JR戸塚駅 市営地下鉄戸塚駅 |
|
6 藤 沢 (ふじさわ) 神奈川県 藤沢市 |
|
|
藤沢宿は、鎌倉時代に創建された「遊行寺」の門前町として栄えていた。この寺は「踊り念仏」で有名な一遍を開祖とする時宗の総本山である。藤沢宿は江ノ島道や鎌倉道を行く旅人の宿としてもにぎわった。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 49 人口4089 |
●見所 遊行寺
●最寄りの駅 JR藤沢駅 |
|
7 平 塚 (ひらつか) 神奈川県 平塚市 |
|
|
ここ平塚宿や藤沢宿などは、鎌倉幕府の影響により江戸期以前も多くの往来があった場所である。桓武天皇の三代孫・高見王の娘平政子が東国に行く途中でこの地で亡くなり、その埋葬した塚にちなみ、平塚の地名ができたと伝えられている。この宿から隣の大磯宿までは一里程度しかない。 |
本 陣 1 脇本陣 1 旅籠 54 人口2114 |
●見所 高麗山、平塚の塚 ●最寄りの駅 JR平塚駅 |
|
8 大 磯 (おおいそ) 神奈川県 大磯町 |
|
|
大磯宿は平塚宿から一里しか離れてない。この宿は平塚宿と同様に鎌倉時代から宿駅として栄えた。明治以降は高級避暑地、別荘地として知られ、島崎藤村、伊藤博文、吉田茂など著名人の邸宅が多く建てられた。 |
本陣 3 脇本陣 0 旅籠 66 人口3056 |
●見所 松並木 ●最寄りの駅 JR大磯駅 |
|
9 小田原 (おだわら) 神奈川県 小田原市 |
|
|
小田原宿は難所の箱根峠越えを控え東海道屈指の宿として栄えた。この宿には四軒の本陣が有り、大名の多くがここで宿泊した。また小田原は江戸時代以前から城下町として発展していた。 |
本陣 4 脇本陣 4 旅籠 95 人口5404 |
●見所 小田原城 ●名産品 ういろう、梅干し、小田原提灯、かまぼこ ●最寄りの駅 JR小田原駅 |
|
10 箱 根 (はこね) 神奈川県 箱根町 |
|
|
箱根宿は、他の宿場よりも遅れ1618年に設けられた。宿の開設にあたっては、小田原と三島から旅籠を移住させたという。この宿には本陣が6軒有り、東海道の中では浜松宿と並び最も多かった。また箱根の関所は最も厳しい関所として有名。 |
本陣 6 脇本陣 0 旅籠 36 人口844 |
●見所 関所跡、杉並木、石畳 ●名産品 甘酒(甘酒茶屋) ●最寄りの駅 JR小田原駅、小田急線箱根湯本、JR三島駅 |
|
11 三 島 (みしま) 静岡県 三島市 |
|
|
三島宿は、三嶋大社の門前町として、また東西に東海道、南北へ甲州道が交差していたため交通の要所としても発展をとげた。箱根山越えの宿として小田原、箱根とならび重要であった。富士の湧水が豊富な街である。 |
本陣 2 脇本陣 3 旅籠 74 人口4048 |
●見所 三嶋大社、山中城 ●最寄りの駅 JR三島駅 |
|
12 沼 津 (ぬまづ) 静岡県 沼津市 |
|
|
沼津の街の歴史は沼津城の城下町として始まっている。宿場は狩野川沿いに設けられ、伊豆地方と江戸との物産の運搬拠点としても重要な役割を果たした。 |
本陣 3 脇本陣 1 旅籠 55 人口5346 |
●見所 千本浜公園 ●最寄りの駅 JR沼津駅
|
|
13 原 (はら) 静岡県 沼津市 |
|
|
原宿は東海道の宿場の中では小さな宿場で、両側を海と沼地にはさまれた場所にあった。また東海道で最も美しい富士山が見える場所として知られた。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 25 人口1939 |
●見所 富士の眺め ●最寄りの駅 JR原駅 |
|
14 吉 原 (よしわら) 静岡県 富士市 |
|
|
吉原宿は、海岸沿いにそった宿場であったが、大津波などの災害により、山沿いへと移転された。現在の富士市は製紙工場の町として知られている。 |
本陣 2 脇本陣 3 旅籠 60 人口2836 |
●見所 左富士 ●最寄りの駅 岳南鉄道吉原本町駅 (JR富士駅、吉原駅、新富士駅) |
|
15 蒲 原 (かんばら) 静岡県 静岡市 (清水区・飛地) |
|
![]() |
蒲原を描いた広重の浮世絵にはこの地方では滅多に降らない雪の景色が描かれている。蒲原には本陣跡、旅籠などの建物が有り、昔なからの街並みを残している。 |
本陣 1 脇本陣 3 旅籠42 人口2480 |
●見所 御殿山
●最寄りの駅 JR新蒲原駅 |
|
16 由 比 (ゆい) 静岡県 由比町 |
|
|
難所の薩堙峠を控えた宿場であるが規模は小さかった。現在も昔の面影を残す街並みがあり、また本陣跡につくられた本陣公園、東海道広重美術館がある。由比は桜えびとシラスの水揚げで有名である。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 32 人口713 |
●見所 東海道広重美術館、本陣公園、薩堙峠 ●名産品 桜えび、シラス ●最寄りの駅 JR由比駅 |
|
17 興 津 (おきつ) 静岡県 静岡市 |
|
|
宿場の東には川越し(人足による川越)をした興津川、薩堙峠があり、また西には徳川家康が人質時代の幼少期に教育を受けた有名な清見寺がある。 |
本陣 2 脇本陣 2 旅籠 34 人口1668 |
●見所 清見寺、薩堙峠
●最寄りの駅 JR興津駅 |
|
18 江 尻 (えじり) 静岡県静岡市 (旧清水市) |
|
|
江尻宿には、南に清水湊があり、江戸時代以前から海運の拠点となっていた。現在も漁業基地としての役割を担っている。またJリーグ・清水エスパルスの本拠地でもありサッカーの町として有名である。 |
本陣 2 脇本陣 3 旅籠 50 人口6498 |
●名産品 追分ようかん
●最寄りの駅 JR清水駅 |
|
19 府 中 (ふちゅう) 静岡県 静岡市 |
|
|
府中宿は駿府城の城下町に設けられた。駿府城は徳川家康が将軍職を辞した後の晩年を過ごした所であり、江戸初期には実質的な政治の中心として、人材や文化がこの府中に集ったと伝えられている。また府中宿の西には安倍川があり、「あべ川餅」の発祥と言われている。 |
本陣2 脇本陣 2 旅籠 43 人口14071 |
●見所 駿府城 ●名産品 あべ川餅、わさび漬け ●最寄りの駅 JR静岡駅 |
|
20 丸 子 (鞠子) (まりこ) 静岡県 静岡市 |
|
|
東海道の宿場の中では小さい宿場である。俳人芭蕉の歌や「東海道中膝栗毛」に登場するように丸子宿の名物は「とろろ汁」だった。現在、旧街道沿いに「丁子屋」があり、そこで昔ながらの「とろろ汁」を食べることができる。 |
本陣 1 脇本陣 3 旅籠 24 人口795 |
●見所 宇津ノ谷峠 ●名産品 とろろ汁 ●最寄りの駅 JR安倍川駅、JR静岡駅 |
|
21 岡 部 (おかべ) 静岡県 岡部町 |
|
|
岡部宿は、東に宇津之谷峠を控えた宿場である。宿場の規模は小さく宿場として人馬の提供や大名行列が宿泊する際の準備には苦労していたといわれている。 宇津之谷峠には、時代ごとに道があり、古くは「蔦の細道」、そして江戸期の峠越えルートが整備され、その後は明治、大正、昭和、平成の各時代にトンネルがつくられている。 |
本陣 2 脇本陣 2 旅籠 27 人口2322 |
●見所 宇津ノ谷峠 ●名産品 玉露 ●最寄りの駅 JR焼津駅 |
|
22 藤 枝 (ふじえだ) 静岡県 藤枝市 |
|
|
歴代の城主が江戸幕府の要職を勤めた田中城の城下町として栄えた。明治時代に東海道本線が敷設される際、藤枝を避けてつくられた。このため藤枝の街は衰退していったが、現在では農産物の集散地、静岡市のベッドタウンとして発展している。 なお、田中城には徳川家康もたびたび立ち寄ったようであり、ここで食べた「鯛の天ぷら」が当たったことがもとで死亡したという説がある。 |
本陣 2 脇本陣 0 旅籠 37 人口4425 |
●見所 蓮華寺池公園 ●名産品 染飯 ●最寄りの駅 JR藤枝駅 |
|
23 島 田 (しまだ) 静岡県 島田市 |
|
|
宿場の西にある大井川は、「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」と歌われ、東海道の難所の一つである。大井川の増水によって「川越」が禁止されると、京方面へ上る旅客が足止めされ、大変な賑わいをみせたという。 |
本陣 3 脇本陣 0 旅籠 48 人口6725 |
●見所 島田宿大井川川越遺跡、蓬莱橋、島田市博物館 ●最寄りの駅 JR島田駅 |
|
24 金 谷 (かなや) 静岡県 島田市 |
|
|
大井川の京側にあり、西に金谷峠や小夜の中山といった難所を控えた交通の要所として賑わいをみせた。 金谷宿は島田宿と同様に増水で大井川の「川越」が禁止されると、江戸へ下る旅客が足止めにあい、江戸のような賑わいをみせたということだ。 また周辺の丘陵地帯は全国でも屈指のお茶どころである。 |
本陣 3 脇本陣 1 旅籠 51 人口4271 |
●見所 石畳 ●最寄りの駅 JR金谷駅 |
|
25 日 坂 (にっさか) 静岡県 掛川市 |
|
|
東海道の難所の一つとされる「小夜の中山」の西に位置するが、東海道では小さな宿場であった。 東海道本線が「小夜の中山」を迂回して建設されたため、この宿場を通らず、明治以降、街は衰退したが、戦後国道1号線が「小夜の中山」の北側に建設され、この宿場を経由して整備された。乱開発から免れたため街には旅籠「川坂屋」などの江戸時代の建築が残されている。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 33 人口750 |
●見所 旅籠川坂屋(復元・資料館)、夜泣き石 ●最寄りの駅 JR掛川駅、JR菊川駅(交通の便に注意) |
|
26 掛 川 (かけがわ) 静岡県 掛川市 |
|
|
掛川宿は、山内一豊が入城したことで知られる掛川城の城下町でもあり、山内一豊が町並の整備や社寺の振興などを行ったという。また江戸時代には、徳川譜代大名がここを治めるようになった。 |
本陣 2 脇本陣 0 旅籠 30 人口3442 |
●見所 掛川城、平将門十九首塚
●最寄りの駅 JR掛川駅 |
|
27 袋 井 (ふくろい) 静岡県 袋井市 |
|
|
袋井宿は江戸から数えても京から数えても宿場の数では二十七番目で真ん中にあたる。このことから袋井では「どまん中」をキャッチフレーズにして街の活性化を図っている。 この宿場は他の宿場より遅れて整備された(1616年)。掛川と見附の間が四里と広かかったため、袋井宿が整備されたものである。 この宿場にある「どまん中茶屋」は、東海道を旅する者にとって休憩の場として有名である。 |
本陣 3 脇本陣 0 旅籠 50 人口843 |
●見所 どまん中茶屋、松並木
●最寄りの駅 JR袋井駅 |
|
28 見 附 (見付) (みつけ) 静岡県 磐田市 |
|
|
見附の地名は、京から江戸方面へ下っていく旅人が富士山をこの地ではじめて「みつける」ことができたことがその由来とされている。 見附宿は、天竜川の左岸にあたり、川止めのときは島田宿などと同様に足止めされた旅人で賑わったとされる。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 56 人口3935 |
●見所 旧見付学校
●最寄りの駅 JR磐田駅
|
|
29 浜 松 (はままつ) 静岡県 浜松市 |
|
|
浜松宿は、徳川家康にゆかりのある浜松城の城下町としても栄えた。宿場の規模は、遠江国・駿河国を通じ最大であった。天竜川の右岸にもあたる。 明治以降は近代工業の先駆けともなった都市であり、日本楽器製造(ヤマハ)などが誕生した。 |
本陣 6 脇本陣 0 旅籠 94 人口5964 |
●見所 浜松城
●名産品 うなぎ
●最寄りの駅 JR浜松駅 |
|
30 舞 坂 (まいさか) 静岡県 浜松市 |
|
|
舞阪駅から宿場の入口にかけて松並木が残る。 江戸時代ここは「今切の渡」と名付けられ交通の要所となった。現在も「北雁下」と呼ばれた船着場が残っている。また舞坂宿脇本陣が復元整備され公開されている。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 28 人口2475 |
●見所 松並木、舞坂宿脇本陣 (資料館)、北雁木
●最寄りの駅 JR舞阪駅、弁天島駅 |
|
31 新 居 (あらい) 静岡県 新居町 |
|
|
東海道には、ここ新居と箱根に関所があったが、この関所は陸の関所であると同時に、渡し場があったことから「海の関所」も兼ねていた。 船着場や関所の建物は、当時のままの面影を残している |
本陣 3 脇本陣 0 旅籠 26 人口3474 |
●見所 新居関所・新居関所史料館
●最寄りの駅 JR新居町駅 |
|
32 白須賀 (しらすか) 静岡県 湖西市 |
|
|
この宿場は、元々は海岸近くにあったが、1707年に起きた大地震と津波によって大きな被害を受け、高台にある現宿場に移された。 東海道本線が浜名湖沿岸を経由したため街の発展がなく、現在も街の一部に当時の家並みや面影を残している。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 27 人口2704 |
●見所 潮見坂、おんやど白須賀
●最寄りの駅 JR新居町駅、新所原駅、鷲津駅 (交通の便に注意) |
|
33 二 川 (ふたがわ) 愛知県 豊橋市 |
|
|
二川宿は、遠江から三河に入ると最初の宿場となる。この宿の規模は比較的小規模であった。 現在、豊橋市二川本陣資料館がつくられ、東海道の様々な資料が展示されている。また本陣もほぼ当時のままで改修・復元され、見学することができる。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 38 人口1468 |
●見所 豊橋市二川宿本陣資料館
●最寄りの駅 JR仁川駅 |
|
34 吉 田 (よしだ) 愛知県 豊橋市 |
|
|
吉田宿は、江戸期以前から街道沿いの重要な町の一つで、吉田城の城下町としてその歴史がある。また吉田は、街を流れる豊川の河口沿いに拡がっており、物資運搬の拠点として発展した。 吉田は以前から花火で有名な地であった。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 65 人口5277 |
●見所 吉田城・豊橋公園
●最寄りの駅 JR豊橋駅 |
|
35 御 油 (ごゆ) 愛知県 豊川市 |
|
|
御油宿は広重の版画にも描かれているように「留め女」で有名であった。隣の赤坂宿までは東海道で最も短い1.7キロしか離れておらず、各旅籠は相当な客引きをしたと伝えられている。またこの宿から「姫街道」が東海道から分岐しているため、この街道を行く旅人でもにぎわった。 明治以降は、東海道本線がこの地からはずれたこともあり急速にさびれた。 なお御油の名所である「御油の松並木」は、天然記念物にも指定されている。 |
本陣 1 脇本陣 0 旅籠 62 人口1298 |
●見所 御油の松並木、御油松並木資料館
●最寄りの駅 名鉄御油駅 |
|
36 赤 坂 (あかさか) 愛知県 音羽町 |
|
|
明治以降、鉄道の路線からはずれたことによって、赤坂もさびれたが、今でも当時の町並みが残っており、かつての雰囲気を感じられる。 また赤坂宿には、当時の建物のまま営業を続けている旅籠「大橋屋」がある。 |
本陣 3 脇本陣 1 旅籠 62 人口1304 |
●見所 旅籠大橋屋(旅館として営業) ●最寄りの駅 名鉄赤坂駅 |
|
37 藤 川 (ふじかわ) 愛知県 岡崎市 |
|
|
藤川宿は、鎌倉街道時代から旅人の休息場としてあった古い宿場町である。この宿の名物は「むらさき麦」であり、芭蕉の句に「ここも三河むらさき麦のかきつばた」と読んでいる。現在も「むらさき麦」の栽培がされている。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 36 人口1213 |
●見所 藤川宿脇本陣跡、松並木 ●名産品 むささき麦 ●最寄りの駅 名鉄藤川駅 |
|
38 岡 崎 (おかざき) 愛知県 岡崎市 |
|
![]() |
岡崎宿は、岡崎城の城下町としての歴史がある。岡崎城は徳川家康が生誕した場所である。 江戸時代も岡崎は譜代大名が代々配置されるなど幕府から特別な扱いを受けた。 宿場の規模も大きく、多くの旅人と商人でにぎわった。またここには当時東海道で最大の「矢作橋」がかかっていた。 また、岡崎には、敵の進入を防ぐため複雑に道を曲げた「岡崎二十七曲」と呼ばれる道筋が現在も残っている。 |
本陣 3 脇本陣 3 旅籠 112 人口6194 |
●見所 岡崎二十七曲、岡崎城、八丁みその郷(八丁味噌の資料館) ●名産品 八丁味噌 ●最寄りの駅 名鉄東岡崎駅、岡崎公園前、愛知環状鉄道中岡崎 |
|
39 池鯉鮒 (知立) (ちりゅう) 愛知県 知立市 |
|
|
この宿は古くから馬市が立ったことで知られている。また、木綿の市もかつては開かれていた。 「池鯉鮒」の名は、知立神社の池に鯉と鮒がいたことでその名がついたと言われている。明治になり「知立」と字を変え、現在に至っている。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 35 人口1620 |
●見所 松並木 ●最寄りの駅 名鉄知立駅 |
|
40 鳴 海 (なるみ) 愛知県 名古屋市緑区 |
|
|
鳴海宿は鎌倉時代からの宿であり、規模は比較的大きかった。また現在でも伝統的工芸品「有松・鳴海絞り」の生産地で有名である。 戦国時代この辺りは織田家と今川家の勢力の境界で、織田信長が奇襲戦法で今川義元に勝った「桶狭間の古戦場跡」にも近い。 |
本陣 1 脇本陣 2 旅籠 68 人口3643 |
●見所 笠寺一里塚、 桶狭間古戦場
●最寄りの駅 名鉄鳴海駅
|
|
41 宮 (宮の宿、熱田宿) (みや) 愛知県 名古屋市 熱田区 |
|
|
宮宿は、宿場は、桑名への海上路「七里の渡し」の渡船場として、また、脇街道の屋街道や美濃街道への分岐点として大変にぎわっており、宿場の規模は東海道で最大級であった。宿名の由来となる熱田神宮の門前町でもある。 また現在でも渡船場跡が残り、海を照らした常夜灯なども復元されてる。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 248 人口10342 |
●見所 七里の渡し跡、熱田神宮
●最寄りの駅 JR熱田駅、名古屋市営地下鉄名城線伝馬町駅
|
|
42 桑 名 (くわな) 三重県 桑名市 |
|
|
桑名宿は、桑名城の城下町だけでなく、木曽・揖斐・長良川の物流拠点として繁栄した。また宮宿と海路「七里の渡し」で結ばれ、伊勢宮の参詣者などでもにぎわいをみせた。 桑名は江戸時代の大火や昭和の伊勢湾台風によって甚大な被害を受け、現在の桑名には、かつての面影は残っていない。 |
本陣 2 脇本陣 4 旅籠 120 人口8848 |
●見所 七里の渡し跡 、歴史を語る公園 ●名産品 蛤 ●最寄りの駅 JR・近鉄線桑名駅 |
|
43 四日市 (よっかいち) 三重県 四日市市 |
|
|
四日市には、東海道、伊勢参宮街道などが通る交通の要衝で、伊勢参りの人々などで賑わった。 また、江戸以前からここでは市場が開かれており、それが「四日市」の名がついた由来と言われている。 現在の四日市は日本有数の重工業地域となっている。 |
本陣 2 脇本陣 0 旅籠 98 人口7114 |
●見所 日永の追分、杖衝坂 ●名産品 なが餅(笹井屋) ●最寄りの駅 JR四日市駅、近鉄四日市駅 |
|
44 石薬師 (いしやくし) 三重県 鈴鹿市 |
|
|
石薬師宿は、四日市宿と亀山宿の間が長かった為1616年に設けられた後発の宿場であり、「石薬師寺」から宿場の名前がついた。宿泊客が少なく、宿場の経営は苦しかったと言われている。 石薬師寺は、安藤広重の版画にも描かれているが、参勤交代の大名も旅の途中この寺で参詣して道中の安全を祈願したと伝えられる。 |
本陣 3 脇本陣 0 旅籠 15 人口991 |
●見所 佐佐木信綱資料館、石薬師寺 ●最寄りの駅 JR加佐登駅、河曲駅、 (交通の便に注意) |
|
45 庄 野 (しょうの) 三重県 鈴鹿市 |
|
|
庄野宿は、東海道で最も遅い1624年に制定されているが、宿場の規模は極めて小さい。また石薬師から庄野宿までは二十五町(約三キロ)と東海道で二番目に距離が短い。石薬師宿と同様に宿場の経営は楽とはいえなかったようである。 なお広重の描く庄野の「庄野・白雨」は傑作と言われている。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 15 人口855 |
●見所 庄野宿資料館(旧小林家住宅) ●最寄りの駅 JR加佐登駅 |
|
46 亀 山 (かめやま) 三重県 亀山市 |
|
|
亀山宿は、城下町であるとともに宿場町であった。 豊臣治世下に亀山に城を築いたのが現在の亀山城である。江戸期は石川氏・六万石の城下町となった。 現在亀山はロウソクの生産地として有名である。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 21 人口1549 |
●見所 亀山城跡、亀山市歴史博物館、野村一里塚 ●最寄りの駅 JR亀山駅 |
|
47 関 (せき) 三重県 亀山市 |
|
|
関宿は古代から鈴鹿峠を控えた交通や軍事の要衝で、古代三関の一つである「伊勢鈴鹿の関」が置かれた。江戸時代も、伊勢別街道や大和街道が分岐する活気ある宿場町であった。 現在も古い町並みが街ぐるみで保存されており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。 |
本陣 2 脇本陣 2 旅籠 42 人口1942 |
●見所 関まちなみ資料館、旅籠玉屋歴史資料館、地蔵院 ●最寄りの駅 JR関駅 |
|
48 坂下 (坂ノ下) (さかのした) 三重県 亀山市 |
|
|
もともとこの宿場は鈴鹿峠のすぐ近くにあったが、1650年の大洪水で被害を受け、1キロほど離れた現在地に移された。坂下宿は鈴鹿峠越え控えて繁盛した宿場であった。 明治に東海道線や草津線が開通すると、鉄道が通らなかったこの宿場は衰退していく。現在は当時の面影は残っていない。 |
本陣 3 脇本陣 1 旅籠 48 人口564 |
●見所 筆捨山 、鈴鹿馬子唄会館、片山神社、鈴鹿峠 ●最寄りの駅 JR関駅 (交通の便に注意) |
|
49 土 山 (つちやま) 滋賀県 甲賀市 |
|
|
土山宿は、東に東海道の難所「鈴鹿峠」を控え、「箱根峠」を控えた小田原など同様に繁盛していた。 明治時代、鉄道が鈴鹿峠を避けてこの街を通らなかったため土山は衰退することとなる。しかし格子戸を持つ古い家が建ち並ぶ当時の町並みの風情が残った。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 44 人口1505 |
●見所 鈴鹿峠、万人講常夜燈、田村神社、東海道伝馬館 ●最寄りの駅 近江鉄道水口駅 (交通の便に注意) |
|
50 水 口 (みなくち) 滋賀県 甲賀市 |
|
|
水口宿は、室町時代に伊勢参宮の宿村としてつくられたといわれ、城下町と宿場町の両面を持っている。宿場内の東海道は、街の東側は道が三筋に分かれ、街の途中でまた合流するという珍しい形になっている。 |
本陣 1 脇本陣 1 旅籠 41 人口2692 |
●見所 水口城跡、水口歴史民俗資料館、北脇縄手、横田渡・常夜灯 ●最寄りの駅 近江鉄道水口石橋駅 |
|
51 石 部 (いしべ) 滋賀県湖南市 |
|
|
石部宿は「京立ち石部泊まり」とかつて言われたように、京から江戸へ下る多くの旅人が最初に宿泊したことから、また伊勢参宮街道との分岐点でもあったことから宿泊客が多かったようである。 現在石部には古い家や町並みや道を鍵の手に折り曲げた「枡形(ますがた)」が残っている。また宿場内には「石部宿駅」や「田楽茶屋」などの無料休憩所や広場が整備されている。 |
本陣 2 脇本陣 0 旅籠 32 人口1606 |
●見所 天井川(東海道が下をくぐる)、田楽茶屋、東海道石部宿歴史民俗資料館 ●最寄りの駅 JR石部駅 |
|
52 草 津 (くさつ) 滋賀県 草津市 |
|
|
東海道と中山道の分岐点でもある草津宿は大宿場として繁栄していた。歴史は古く平安時代には宿場があったといわれている。 草津宿にある本陣は国の指定史跡になっており関札や大福帳などのも展示されている。また近くには「草津街道交流館」があり、当時の旅籠の食事や衣装などが展示されている。 |
本陣 2 脇本陣 2 旅籠 72 人口2351 |
●見所 追分、草津宿本陣、草津市街道交流館 ●名産品 うばがもちや ●最寄りの駅 JR草津駅 |
|
53 大 津 (おおづ) 滋賀県 大津市 |
|
|
江戸から京へ向かう東海道で最後・五十三番目の宿場であり、古く奈良時代から交通の要衝として繁栄した宿場である。人口は東海道の宿場の中で最も多かった。 大津宿近くの瀬田川に架かる「瀬田の唐橋」は奈良時代からあった橋で、鎌倉時代に橋が架け替えられた時に唐様のデザインを取り入れたことから、「唐橋」と呼ばれるようになったとのことである。 |
本陣 2 脇本陣 1 旅籠 71 人口14892 |
●見所 瀬田の唐橋、露國皇太子遭難之地 (大津事件)、蝉丸神社 ●最寄りの駅 JR大津駅 |
(資料:旅籠の数など・・・宿村大概帳)
|
宿 場 |
距離(キロ) |
歩いた日(1回目) |
歩いた日(2回目) |
|
7.8 |
平成17年6月19日 |
平成17年7月30日 |
|
|
9.8 |
5月15日 |
7月30日 |
|
|
9.7 |
5月22日 |
7月31日 |
|
|
4.9 |
5月22日 |
7月31日 |
|
|
8.8 |
5月22日 |
7月31日 |
|
|
7.8 |
6月4日 |
8月7日 |
|
|
13.7 |
6月4日 |
8月7日 |
|
|
2.9 |
6月5日 |
8月21日 |
|
|
15.6 |
6月5日 |
8月21日 |
|
|
16.5 |
7月3日 |
8月28日 |
|
|
14.7 |
7月3日 |
8月28日 |
|
|
5.8 |
7月24日 |
|
|
|
5.9 |
7月24日 |
|
|
|
11.7 |
7月24日 |
|
|
|
11.1 |
7月24日 |
|
|
|
3.9 |
8月27日 |
|
|
|
9.1 |
8月27日 |
|
|
|
4.1 |
9月11日 |
|
|
|
10.5 |
9月11日 |
|
|
|
5.6 |
9月11日 |
|
|
|
7.8 |
9月25日 |
|
|
|
6.7 |
9月25日 |
|
|
|
8.6 |
9月25日 |
|
|
|
3.9 |
9月25日 |
|
|
|
6.5 |
10月9日 |
|
|
|
7.0 |
10月9日 |
|
|
|
9.5 |
10月9日 |
|
|
|
5.8 |
10月9日 |
|
|
|
16.4 |
10月23日 |
|
|
|
10.8 |
10月23日 |
|
|
|
5.9 |
10月23日 |
|
|
|
6.5 |
10月23日 |
|
|
|
5.7 |
10月23日 |
|
|
|
6.1 |
11月20日 |
|
|
|
10.2 |
11月20日 |
|
|
|
1.7 |
11月20日 |
|
|
|
8.8 |
11月20日 |
|
|
|
6.6 |
11月20日 |
|
|
|
14.9 |
12月11日 |
|
|
|
11.0 |
12月11日 |
|
|
|
6.5 |
12月11日 |
|
|
|
宮〜桑名(海路) |
30.0(海路) |
− |
|
|
12.5 |
平成18年1月15日 |
|
|
|
10.7 |
1月15日 |
|
|
|
2.7 |
1月15日 |
|
|
|
7.8 |
1月15日 |
|
|
|
5.8 |
2月11日 |
|
|
|
6.5 |
2月11日 |
|
|
|
9.7 |
2月11日 |
|
|
|
10.5 |
2月11日 |
|
|
|
13.7 |
2月11日〜12日 |
|
|
|
11.7 |
2月12日 |
|
|
|
草津〜大津 |
14.3 |
2月12日 |
|
|
大津〜三条大橋 |
11.7 |
2月12日 |
|
(宿場間の距離は「東海道を歩く(山と渓谷社)」による)