|
随想・東海道 (1) 旅人の幻影 |
|
私は宮の七里の渡しで、伝馬船に乗って夕闇の中に去っていく旅人の姿を感じた。 伝馬船に乗り込む際に「俺たちはここから船に乗る。じゃまたな」と私に話しかけた若い男は、そして一緒に乗っていた旅人達はいったいどこに行ったのだろうか、私は東海道を歩きながら、そして終わった後もずっとそのことを考えていた。
名古屋・宮から帰った時に息子に伝馬船の幻影の話をしたら「病院行った方がいいんじゃない。今度見えたら絶対病院連れて行くぞ」と息子は言っていたが、その後二人でその男の名前の話になり「一心太助の太助のような感じもするが、そんな軽い感じでもないし・・・」というと、息子は男の名前を「太助」と勝手につけた。その後「太助さんを見なかっただろうな」と私が東海道の旅から帰るたびに息子は聞いていた。「いなかった」と言うと「それでいい」と答えていた。
桑名から先の東海道には彼らの姿はなかった。桑名の渡し、鈴鹿峠、闇夜の渡し場にも、まだ薄暗い早朝の街道にも、どこにも彼らの気配すらなかった。ひょっとすると「三条大橋」で待ち受けているのではないかとも思ったが、そうでもなかった。 彼らを捜したい。その思いはずっとあった。
今朝、京急線の通勤電車の窓から時々かいま見える東海道を何気なく眺めていた。電車が多摩川を渡る少し手前で、ふと、ある体験の記憶が浮かんだ。それは品川宿近くの「鈴ヶ森の刑場跡」での体験だった。 東海道を歩き始めた時に、東海道沿いにある「鈴ヶ森刑場跡」を訪れた。その際に私は処刑された人たちの霊の成仏を念じたが、その時に自分の背中に、これまで感じたことがないような悪寒が走った。乗り移られた。直感的にそう思った。 その日に多摩川を渡る手前で「ここからは国が違います、お戻り下さい」と丁重に霊に語りかけ、これで済んだだろうと思いこんでいたが、そのまま私と一緒に東海道の旅を続けたのではないか。そして、「宮の渡し」で彼らは、昔の経路で旅ができない私と別れ、船に乗り国に帰ったのか、それとも「伊勢参り」に行ったのではないか。
電車の中でそう思った時、私の中に溜まっていた思いが消え去り、東海道の幻影からようやく解放されたような気がした。もう彼らを捜さなくてもいい。 東海道で不思議な体験をしたのは「鈴ヶ森」と「宮」の二回だった。
(2006年4月) |
![]() |