誹謗中傷を目的とするサイト等に対する検索除外機能搭載のお願いについて
芸術 駐車他違反取り締まり 解像感(補追)
ヤフーがホームページのサービスを来年2019年3月31日一杯で終了するらしく、本ページがアップしていられるのもそれまでのようです。
正直サポート体制は感謝よりも『フザケンナよ!!』と言いたくなるレベルでしたし、プロバイダサービスから撤退する訳でもなくホームページのサービスのみ終了とか何それ?ですが、それでも無料でもホームページが作れたのは有難い面があったのは間違いありません。
現時点では、容量が大きいらしいのでfc2辺りにお引越しする可能性が高いですが、ダラダラやると思いますので、実際にお引越ししてからまた改めてご案内させていただきたいと思います。
前からDollypop!の3分割ボディーを生かしたパーツの組み換えで色々と遊んでいたりするんですが、出来ることは幅広いのに、互換性の幅や組み換えに必要なパーツ構成が判らずに、二の足を踏んでいる方が多いのではないかと気になっていました。
ってな訳で、50センチ・60センチ系の素体での組み替え情報を表にしてみたので貼り付けておきます。
世の中には猛者が多くて、Dollypop!50・60兼用ムッチリ太腿をDDSに突っ込もうなんていう人が別々に現れて実行してしまうのですから、面白くてたまりません。しかも何の加工も無しに使えた上に、純正のDDSの太腿より可動範囲も広くなったそうです。訳が判りませんよね(笑)。てっきり膝裏の割りは、入れないといけないのかと思っていました。
こんな感じで、確認済みの情報を纏めてみたのが上のリストです。
エンジェルフィリアについてはボディーの種類が多過ぎて、ムッチリ太腿については『いけるのもあった!』って感じなので割と曖昧な書き方となっております。逆に胸パーツの方は、ソニ子素体以外は太さ変わらなかったと思うので、実はほとんどのボディーで問題はないのではないかと‥‥('-')。
スペースの関係でAZ02素体も一緒に纏めちゃっておりますが、少なくともDollypop!50爆乳パーツについては普通に使えちゃったそうです。ただSS胸(少年・少女兼用胸)やSS胸・ML胸パーツは胸の下が細いので、この辺は入ったとしてもかなりキツキツなのではないかと思います。L胸はこの中間位だったはず。
正直言ってフレーム式ソフビドールなんていうものは、不満点を組合せでクリアしていって楽しむものだと思っていますので、皆様の不満点の解消にほんの少しでも貢献出来ていましたら幸いです。
非公式なリストなので、メーカーに問い合わせないでね('-')。
金玉袋に血豆のようなものが出来て、これが長い間治らずに困っていたのですが(時々血豆が破裂して、大した量ではないものの血が噴き出すので)、気がつくと急に大改善していました('-')。結構ビックリです。
面倒臭いので結論だけ言いますと、お尻の穴を拭く時に、今までお尻の穴だけを拭いていました。普通ですよね?そこに、お尻の穴の後ろからお尻に掛けて拭くのを追加しただけで、気が付いたら著しく改善していました。
実のところ前回(と言っても本文を書いたのは丸1年近く前ですが)水洗便座を使う時は男性もビデを使うように!と書いたのは、この血豆対策の為の試行錯誤の過程で辿り着いた方法です。これだけでも、やらないよりかは効果がありましたが、血豆が2割減ったかな?程度の効果でした。
これを何年か続けてあった効果より、お尻の拭き方を追加してからの1、2ヶ月の効果の方が、圧倒的に効果的だった訳です。皆様も、お尻の穴起点に拭くだけでなく、お尻の後ろからもちょびっと追加して拭いてみられることを、強くお勧め致しますです。特に痔の心配をされているような方は。
水洗便座も、初めてだと使い方の判り難い道具の最右翼だと思います。恐らく、その人毎に使い方のノウハウがありそう('-')。
個人的には、用を足す前に一度お尻の穴を濡らしておくのが、効果的に使うコツだと思います。用足しの後にだけ使っても、ちいとも所定の効果を果たさないし──。ついでに言うと、トイレに行く5分前に100CC以上の水分を取っておくと物凄く効果的です(勿論、牛乳は特に効果的)。
因みに水洗便座、お尻の穴に対しては衛生上有利かもしれませんが、その周辺にとっては実は寧ろ衛生上の害だって気が付いてますか?紙で拭くと周辺への便の拡散は余りありませんが、水で洗うことで希釈された便が寧ろ回りに拡散する。女性に於けるの衛生上のダメージは、男性より甚大だと思います。
ただ、水洗便座に依ってはお尻モードの他にソフトモードがあって、実はこれが水洗便座が汚染を広げるという問題への一つの答えだったりします。お尻モードで飛び散った希釈された便を、広域に洗うことで更に希釈する訳です。多少は、マシになる模様。
女性の場合は、大の後は常にビデモードを使われるようお勧めします。ひょっとしたら初めからそのためにあるのかなって気もしますが、他に触れているのを見たことはないし、技術者さんに聞く機会もないのでどうか判りませんが('-')。
正直男性でも、玉袋の後ろの膨らみや、足の付根の隙間に汚染が残るので、ビデ使用推奨!!
水洗便座を使っていて思うのは、観察と考察、改善の意志はとても重要ということです。例えば、トイレットペーパーで擦るように拭いてしまうと紙がこそげて付着し易いですが、衛生上は強烈にマイナスです。紙が培養槽として機能して、逆に重汚染源となるからです
余り擦らずに、さっさと折り返してペーパーを使いましょう、これで問題は解決(^-^)v。
妹が帰阪していて1週間くらい毎日酒に付き合わされて思いましたが、継続的にお酒を飲んでいると素面の時でも怒りやすくなるので、折角なのでいっその事断酒を(笑)。とまでは言いませんが、1日飲んだら2日置く位の方が本当は良いんだろうな〜とか思ったり(’-’)。
親父殿が妙に怒りやすくなったのも、痴呆とか言うより酒だなと![]()
職場で一緒だった人が癌の手術で断酒したときは、人格から酒の影響が抜けるのに2〜3週間以上(本当に抜けるのには1月程)掛かってましたねというか、人格が変貌して菩薩化していく課程を目の当たりにしました(○ 。○)!!また飲み始めたら、2〜3週間だかで元に近いレベルに戻ったけど。
本当に、人間の人格と言うものはお酒の影響を果てしなく強く、受けているようです。
人間長く生きてくると、肉体のガタや体力の低下と同時に、どうしても頭もボケてくるものです。これは自然の摂理みたいなもので、長生きしているとどうしても向かい合わなければならない事実です。当然長生きしたご本人だけではなく、その周りに居る家族も、その事実と向かい合わざるを得ないわけで──。
ってな訳で、そんな事実と向かい合った結果として得た知見や分析や心構えを、ただいま向かい合っている方やこれから向かい合う方のために、少し書いておきました。既にそういう時期を過ぎ、傷ついたり傷つけてしまった悔恨の残る方々にも、何らかの気休めなり救いになると幸いです。
惚けてくると来ると人格が壊れてきますが、壊れた故の発言については自分の心の中で完璧に黙殺するのが一番です。両親の老いと長く付き合っていろんなステージを経験してくると、ボケというのが有機化学的ロボットの壊れた結果でしかないというのが判ってきます。
歳を取ってボケてくると価値観、感情が壊れて、男性の場合特に支配的優越感に対する欲求が異様に優勢になる時期が来ますが、どうやらこれは自分が何も出来なくなっていくという恐怖感から、自分が家族の中の『頂点』であることを改めて実感して、逃避するためにそうなるようですね。
自分が老いの結果判断力や理解力がなくなったり、体力が落ちて『無能』になった結果として、家族から疎まれたり下に見られるのが恐くて、兎に角『支配権』だけは確保しておきたい訳です。そうすれば、自分が家族の中では『王様』であるという安心感が得られます。でも、そんなものは何時崩れ去るか判らないガラスの城であることは判っているので、常に権力を確認し、確立して維持するためにも家族に当たります。
この頃が、一番暴言が酷く、愛情も何もかもすっ飛んだ言動が酷くなります。どんな傷付くことを言われたとしても、相手は正気を失っているので傷ついても意味はありません、無視しましょう。相手はソフトの壊れたロボットみたいなものなのですから。
酷い言い方に聞こえるかもしれませんが、じゃあ考えてみてください。目の前に居るのが人間で、特にあなたの親しい家族です。そんな人から、あなたのことを人間とも思っていない酷い暴言を毎日毎日、一日に何度も何度も浴びせ続けられる訳です。まともな人間と思って相手をしていたら、耐えられる訳がありません。しかも現実に、相手はまともな状態では無いのですから。
そんなことを悟ることが幸せなことかどうかは判りませんが、いつかその日が来たときのために、この対処法を覚えておいて頂けますと幸いです。
因みに、人間は老いと共に感情が壊れると同時に、記憶も壊れていきます。先に上げた情緒面の歪み・破壊も、そもそもが記憶力の低下、理解力の低下の自覚が引き金になっている場合が多いと思われます。勿論、一度傾いた情緒が固定化されて一日中吠えている面もあるのですが、初めに不機嫌になる要因がなければ、怒り袋の紐が外れる機会も少なくなります。
そこで近親者の老いを迎えたり、これから迎えようとしているあなたに、これだけは伝えておきたい。なる程、親が大切な要件を忘れていて困ることはあるでしょう。でも、ついさっき話したことを覚えていない、約束したことを忘れてしまった、その『忘れた』ということそのものに対しては、怒らないで上げてください。というか、そもそも怒りを感じない様、セルフコントロールしましょう。
『ああ、仕方ないんだよな』先ず心の中で、こう唱えるべきです。『仕方がない』という『事実』を心の中心に置いた上で考えれば、なる程、仕方のないことなんだから怒っても仕方がないし、怒られれば相手にとって理不尽であることも納得が行くでしょう。
『何でやねん!』『ムカ付く』を最初に浮かべてしまったら、惚けて怒りっぽくなった雷親父と何ら変わりません。その理不尽さは、一度体験してみれば理解できるでしょう。
そして相手は、自分の無能に直面させられることを一番恐れる生き物です。記憶力がなくなったことを叱られたり馬鹿にされたら、鬱になるか怒り袋が絶賛大開放状態の壊れたロボット状態にまっしぐらです。誰にとっても良いことはありませんし、誰にとっても悲劇的な状況を招くだけです。それに何より、その時一番困っているのは、何も覚えられなくなってしまわれた老いたご本人なのです。
ところで人間の記憶を司っているのは、どこだと思いますか?人間の知能の府、大脳皮質でしょうか?少なくとも、私はそう思っていました。
しかし実際に記憶されている部分がどうなのかは知りませんが、記憶を整理して脳味噌に書き込み読み出す中枢をなしているのは、どうやら海馬(脊椎と大脳の間にある、生物がかなり昔から持っている脳の原始的な部位と考えられていたもの。大脳皮質が発達したのは、進化の歴史の中ではかなり最近だそうで)な様です。
あっ、これは学術的な解説を読んだということではなく、私の分析からくる推論の結果です。論拠は二つあります。
1つ)海馬が血行障害になると、記憶が出来なくなる。
2つ)痴呆の初期症状の時、運動をする方が頭を使わせるよりも効果的に痴呆の発症を止めることが出来る。一度海馬が萎縮してしまうと、これが原因の痴呆を直すことが出来ない。
1つ目は、どうやらそうなったらしい親族の様子を、嫌でも観察する破目になりました。要するに、家族のそういう事態に局面したわけです。
ここ数時間のことを覚えていないと思ったら、数日間の記憶が飛んでおり、新しいことは何にも覚えられません。言動の傾向を見ていると、小学生レベルに行動が幼くなっている面があり、大人になってから獲得した人格的成長が滑り落ちたりします。今回の例を取れば、最近聞いたことがない位、恩きせがましい発言を連発して驚いたり(そういうのって個人の資質ではなく、大人になることで抑制されていくんだなと学びました)。
初め脳梗塞(血栓)か溢血(欠陥の破裂)が原因か判らなかったのですが、溢血ではなく梗塞だろうと判明したので、夏場なこともあって水分を取るように言ったのですが、回復を始めるとビックリするほど早い物でした。これも、海馬に血液を送る血管の梗塞が原因だろうと判断した要因ですね。何度かめの給水のあと、駐車場から玄関までの数分で、それまで記憶が何もできなかったのが嘘みたいに回復していました。
但し、記憶が0から5になり、5から8に戻すまではそれぞれ5分と半日しか掛かりませんでしたが、脳梗塞の後遺症が気にならないレベルになるには2週間くらい掛かりましたし、血栓が全身を駆け抜けて予断を許さなかったことは明記しておきます。そして今回は記憶以外は『お腹が気持ち悪い』位で済みましたが、一般に脳梗塞は著しい運動機能の低下(正確には筋力の低下)や震えを伴いますので、とてもレアなケースなので勘違いしないでください。
2つ目の方ですが、1つ目の記憶障害の件と合わせると、とても合点がいきました。海馬が運動だけでなく記憶も司る部分であればこそ、運動療法が初期の痴呆、海馬の萎縮に効果を持つわけです。というか、海馬の役割、もしくは能力のほとんどが、運動機能の統制に占められていて、記憶の管理の方が寧ろ小さいということですね。
そして、海馬が萎縮して機能が低下すると、記憶力も低下し、記憶力も理解力も低下していく=痴呆状態になってしまう。海馬が、記憶と理解の最低でも整理役をやっているのは、間違いないでしょう。ひょっとすると大脳は思考を受け持っているだけで記憶には寄与していない可能性すら無いではないですが、この辺は詳しく書かれたものを検討した訳ではありませんので(学術書に書かれている内容が必ずしも正しいとは限りませんので、そういうのを読むときも私は常に検討するようにしています。勿論この文章だって、あなた自身の検討をした上で参照にされることをお勧めします)、記憶はほとんど大脳にされている可能性も、両方にされている可能性も、海馬だけにされている可能性も私は否定しません。
んでまあ何が言いたいかと言いますと、結局脳の機能の中枢は、大脳皮質よりも海馬にあるということです。もう既に老いてしまった方もこれから迫る老いに怯えている方も、今は子供でいつか老いる方も、海馬の健康に留意する価値は充分にあります!そしてそう言うときは、兎に角運動するようにしてください。パズルを解くよりも効果があるそうなので、兎に角運動はお勧めです。何と、初期の痴呆なら『ほとんど完全に直る』そうです(私も『えーっ?』と思いましたが。笑)。
ぶっちゃけ、『痴呆かな?』と恐くなったら歩くだけでも効果があるそうです。新聞に載っていたお勧め方法だと、『3分間スタスタ歩いて、3分間のんびり歩く』これを繰り返すだけで良いそうです。これがまた、とても効果的なんだそうで‥‥。
ところで人間は化学的なロボットだと書きましたが、実は具体的で直接的な理由があります。
歳を召しますとお医者さんで沢山の薬を処方されると思いますが、薬が変わると、ボケのパターンが変わります。特に副腎皮質ホルモン系の薬。喘息で処方されているのですが、薬が変わると気分障害と記憶障害、理解力が愕然と変わります。
家の親族も激しい怒りの発作に2〜3年取りつかれていてほとほと困ったのですが、薬が変わった途端に直りました。少なくとも、一日に10回くらい『死ね』と言っていたのが、激昂することがあったとしても言わなくなりました。この違い、経験された方ならよく判ると思います。『殺したる』か『自殺しようか』と思う必要が、無くなるということです(苦笑)。
また、怒りの発作の前は途轍もなく判断力が低く、『判らないことを隠すため』か、セールスマンの言いなりになっていた時期がありました。正直言いますと、これって半分以上は痴呆ではなく、薬が原因です。『何で喘息用の副腎皮質ホルモン薬が精神作用があるんだ』と思うでしょうが、現実にありました。
何で?と思うでしょうが、海馬の血流が不足するだけで記憶障害が起こります。それに、ビタミンCの大量摂取とカルシュウム不足が合わさると(正確には、ビタミンCがカルシュウムと結合してカルシュウム排泄を促進した結果ですが)、人間は驚くほど怒り易くなります。ええ、こいつは私が身をもって経験しました。人間の精神というのは、化学的平衡が崩れるだけで大いに影響を受けるのです。
腸内フローラ(腸内細菌の生物相)が変わるだけで人格が変わると言われますが、こう考えてくると当然ですよね。腸内細菌がビタミンCが大量に生成すれば、腸はそれを吸収してカルシュウムの排泄を促進するでしょう。血管収縮を促す化学物質を分泌すれば、海馬に供給される血流も疎外されがちになります。
経口摂取される薬は腸内細菌の育成に影響を与えますし、勿論腸から吸収された薬効成分は人体と精神に直接・間接に影響を与えます。主な薬効成分の基礎的な化学式が同じでも、薬によって塩素が付加されていたりCH3やCH2、時にはベンゼン環を含む化学物質が付加されていたりで、微妙な化学的性質の違いを持っています(これらは、化学物質に対する特許回避や、薬効の強い物質探しの為に試行錯誤した結果として見つかったり付与されます。ええ、私農芸化学部出身なのでそういうのを理解する機会も。記憶力がないので具体論は駄目駄目ですが)。
要するに、喘息を抑えるという機能は共通して持った薬でも、副作用は薬ごとにバラバラな訳です。物によっては腸からの出血を伴いやすくて制酸剤と併用されたり、血管を破裂させやすかったり、血圧低下を招きやすかったり、本当に副作用は様々です。なので相性の良い薬を探すためにも、類似した機能の薬は幾つも製品化されています。相手の特許を回避するためが本音だとしても、多くの病気は違う薬の選択肢を持っているのです。
お分かりいただけたと思いますが、感情障害で一日中家族を罵倒している人にも、理解力が低下して始終詐欺師に遭っている人にも、薬を変えれば症状が緩和するチャンスはないではありません。正直一長一短で、薬を変えても困り事の方向性が変わるだけかもしれませんが、化学的なロボットなればこそ、違う可能性を試すチャンスはある訳です。
ところでここまで読んでいて思われませんでしたでしょうか?昔の日本社会では、老人は当てになる先人として尊重されていました。でも、現状ある程度以上長生きしてボケずに尊敬を勝ち取っている老人は、ことに街中では正直多数派とは信じ難いのでは?
この内の何割かは確かに運動不足が原因なのでしょうが、薬が変わるたびに人格が変わる親類を見ているにつけ、病院で大量に処方される薬が原因な部分も何割かを占めている可能性はとても高いと思います。そういう点でも、病院で大量に処方される薬がドラスティックにリストラされる日が、私は待ち遠しくて仕方がありません。
メーカー製品に対するアンチの人の攻撃のパターンを見ていて面白いことに気が付きました。製品の良いところは褒めておいて、後は人格攻撃的な悪口を書く。攻撃部分は何でもいいから適当に批判している感じですが、それに信憑性を持たせる為に褒める必要があるんでしょう。
しかしまあ、何年も攻撃を受けているんだからきっと悪いメーカーだよねっていう論法に乗る人が結構居るのは、残念な話ですよね。考えてみれば判りますが、一人で何年も粘着して誰かの悪口を書き続けている人が居たとしたら、その人こそは明らかに奇怪しくて異常で批判に値するのに、意外とそのことに気付かない人が多いんですもの。
この手のネットストーカー的粘着者って、『友達を取られそうだ!』という被害妄想とか、論争で負けて傷付いたとか、荒らし行為や自作自演を看破されて指摘されたとか、そういう自分に都合の悪い相手に一度食いついたら、執着して頭に焼きついて、10年経とうが同じテンションで嫌がらせを止められないのが特徴のようですね!粘着っていうのは行為の結果というより、精神的傾向の結果なんですよね。
この手の人達は一見もっともらしい(と感じたことはありませんが)悪口を並べますが、多くは検証してみると直ぐに看破できる程度の嘘八百を並べるのが得意技。一様に『俺は正義だ!正しい』という態度を取りたがりますが、現実には正義からは一番程遠い倫理破綻者であることが多い。なんですが、日本人って一々、そういう嘘を検証しないで信じちゃうんですよねー。面倒臭いから(苦笑)。
なので、アンチスレを立てられている人を見たらこう思いましょう。『ああ、また粘着荒らしが何か暴れてる。被害者の人も可哀相に!』。そして一人で何十回も、書き込みの1/3以上を書き込んでいる人が居たら、それがスレ立て人です。この人物こそが、あなたの人間観察のお楽しみに値する人物である!って言うことですね(^-^)。
どうでも良いけど『ToLOVEる』の春菜ちゃん、リト君の想い人問いことでヒロインだった筈なのに、名前をど忘れして『ダークネス』8巻を見るとキャラクター紹介から漏れていて、流石に不憫‥‥。
実のところ額を出した状態だと私にとっても割とどうでも良いキャラなんですが(酷い
)、前髪を下ろした瞬間に一番好みのキャラに化けるという、何と言いますか‥‥。そうだこのままだと可哀相なので、今後は前髪下させましょうよ!とか、一瞬本気で思ったり(大汗)。
いやマジで、前髪を下ろした春菜ちゃんは、顔見ただけで惚れられそうな位好み過ぎます<(
^-^
)>。元々悪い娘じゃありませんしね〜。
Dollypop!から発売の『ToLOVEる−とらぶる−ダークネス』の2枚看板のヒロインの一人、モモ・ベリア・デビルーク嬢のキャラクタードールの発売が、11月8日に決まりました!って、もうこの週末ですね。


インテックス大阪であるアイドールウェストVol.21で発売しますが、持ち込み分全部売れると嬉しいですね〜(多分無理)。そう言えば、個人のお客様以外の分の宅配伝票とか送り状の準備もしないとですね。



モモちゃん用に彩南高校の体操服も来年頭辺りに発売予定になってます。L胸用に作ってあるんですが、何故かDollypop!50少年・少女胸にもピッタリで、爆乳でも普通に着れてしまうという‥‥。
これで、自作の古手川さんとか籾ーでも春菜ちゃんでも着せ放題ですね!!出来ればDollypop!のボディーで宜しくです(^-^)!
少年・少女胸での体操服の見本は、色々あってモデルさんが違いますが、ご覧の通り。爆乳での写真も、追々追加できると思います。
モモちゃんが沢山売れてさえくれたら、その場合『金色の闇』ちゃんの発売の根回しは済んでいるのですが、兎にも角にもモモちゃんが売れてくれない事にはどうしようもありませんので、売れると嬉しいですね〜。ヤミちゃんファンの皆様は、ヤミちゃんが出るよう、モモちゃんファンのお知り合いを唆して下さいね(笑)。
まあそれもこれも、発売後のモモちゃんの出来の評価次第な面があるのは認識しておりますので、神経を磨り減らしながら生産委託先さんと共に頑張っております。正直、個人経営の超弱小業者に版権を下ろして下さった集英社さんに報いるためにも、モモ、ヤミ、ナナ、後は美柑かメアか古手川かミカド先生かティアーユかララの誰が最初に続くかは判りませんが、陸続とToLOVEるキャラクタードールを出して行けると嬉しいのですが(ネメちんも、出せると良いですね〜)。
そうなったら、社員さんを雇えて、開発ペースも上げられるかもしれません(^-^)!!そもそも余りに製品が売れていない為に、出したくっても出せていない製品も山ほどありますし。
夢を描くだけなら誰でも出来ますが、現実の形にしていくのは難しいですね〜(>_<)![]()
![]()
![]()
![]()
朝日新聞に、寝たきりから生じる床ずれ(褥瘡とも言うそうで)対策で参考になることが書いてありました。 エアマットを敷いたり肌を保護したりと言った物理的対策を幾らやっても直らない時は、栄養補助食品等を活用して、アルギニンや亜鉛を摂ると時に効果があるそうです。
こういう時に、どうしても介護相手の症状が改善しなくて辛かったという記事を何度も見た記憶があったので、ここに紹介させていただいた次第です。重要なノウハウというのは、意外と専門家でも知らなかったりすることもある。特に掛かりつけ医というのは内科全般をやってらっしゃるので、寝たきり医療専門のお医者さんでないと判らないこともあるでしょうし。
先日だってたまたまツイッターだかで流れてきた『脳の海馬周辺の血行が疎外されると記憶が出来なくなる』という情報を、脳外科の先生が知らなくって、ということがありました。私達が新聞やそこらで触れる最新情報というのは、たまたま専門のお医者さんが知らないことだってあるのです。
そう言うとき、『調べといてみよう』という前向きな物の見方をされる先生だといいですが、『素人は黙っておけ!』という人が相手だと互いに不幸な結果が待っています。そんな時は、取り敢えず別の病院に行くことをお勧めしますが(人格も駄目ですが、最新の医学に付いていく意志も薄いようなので)。有り難いことに、私個人はそういうお医者さんにはまだ遭遇したことがないですけどね。
新聞の投書欄では、よく出てきますが。
正直家の両親もいつ寝たきりになっても奇怪しくない年齢ですし、誰でも老後はあるので、床ずれの記事は若いころからけっこう気になっていました。こういういつ身内に降りかかるか判らない内容の記事は、ちょこちょこ眼を通しておくと、いざというとき少しだけ心に余裕を与えてくれると思います。
よく学校で習うことを『社会に出たら使わないから関係ない』という戯言がドラマや漫画で出てきますが、そう言ってサボったツケはいつでも身に降りかかります。そしてもしもの日に備えた知識は、どんなに些細なことでも、いつか自分を助けてくれると思うのです。
さっきの海馬の血行と記憶障害の関係だってこの知識があったお陰で、母の記憶が飛んだ時に痴呆ではなく記憶障害である、即ち脳血管系の障害と判ったので、救急をお願いする時に的確な対応が取れました。確かに無駄になる予備知識は山ほどあるでしょうが、持っている知識はどんな些細なものだって訳に立つのです。ものを学ぶ機会があった時は、それを大切にしましょうよ。
因みに緊急入院した先のお医者さんにこれは痴呆ではなく記憶障害であると説明するのに5分から10分(本人は自分が記憶がないことが判らないので、本人に説明させるのは却って逆効果です)。お医者さんが痴呆ではない可能性を本気で取り合う気になるのに1〜2日、初め『まあ、そんな可能性も完全には排除できないよね』だった脳梗塞に依る一時的記憶障害を診断書の最初の候補に書く気になるのに数日間の痴呆検査が必要でした。
患者の横で見ていた一目瞭然の症状を専門のお医者さんが納得するのに、毎日診察していても数日掛かる訳です。老人の記憶障害に関する診断を受けるのが、如何に難しいかが判ると思います。やはり新聞の投書欄で、家族の同様の症状をお医者さんに通常の痴呆とは違うと理解してもらうのに私の数倍苦労したと書かれていたのを読んだことがあります。
しかし考えても見てください。脳梗塞は対応が5分遅れただけで致命的になることがあります。記憶障害の原因が最低でも脳梗塞か脳溢血だと判断した時点で、私がどれほど慌てふためいたかがご理解いただけますでしょうか?もしこれが重度の脳梗塞か脳溢血で、お医者さんがPこれは痴呆だね』と決めつけた結果として対応が何日も遅れていたらどうなるでしょうか?脳梗塞なら半身不随、脳溢血なら脳圧が上がって昏睡の心配だってあるでしょう。
現実には、有り難いことに病院に着く直前に血管の詰まりが直って『検査不能』、そのままみるみる記憶障害は回復を見せ、一番重い後遺症は1週間ほどの食欲不振と高血圧で済みましたが。勿論、かなりホッとしました。
因みに救急通院先を探すのに、救急車でなくっても119経由で候補先を教えて頂けるので、問い合わせてみるといいと思います。今回の場合119で症状を話して移送そのものは自家用車で大丈夫という判断になったのですが、自力では連休中の夜間に脳外科関係の適切な病院など見付けられなかったと思います。
その際痛感しましたが、確かに科がはっきりしている状態で担当できるお医者さんのいらっしゃる病院なんて言うものは意外と数が少ない訳で、昼間ですらそうなのですから夜間だともっと数が少なくなるのは当然です。今回の件でも入院した病院が見つかるまで、数件の病院に電話して都合20分以上掛かりました。受け入れ先病院の受け付けの方が、どこから行くのか告げるとビックリされた程遠くの病院です。
一頃救急車のたらい回しがテレビで問題にされていましたが、今の救急医療に当る病院の数を考えれば、当然ですよね。昔と違って外科もとても細分化されていますので、医療の高度化が図らずも状況を悪化させているとも言えますが。医療訴訟が時として理不尽な形で行われることを考えると、担当科でない患者を受け入れて何かあったら──と考えると、ますます状況が悪くなっていくのは当然だと思います。
労組と企業の関係と同じで、一方的に権利を主張しても何も良いことは無い訳で、受け入れて貰える病院が無くて無理して専門科でないお医者さんに見ていただいたら、専門の先生に掛かるよりもリスクが増える。専門の先生の居る病院を探して時間を無駄にするリスクとどちらを取るか?の問題であって、その結果に関して通常のお医者さんとしての技量を逸脱した理不尽なミスでも無い限り、感情論的に『訴訟だー!!』というのはお医者さんを苦しめ、自分自身の首を絞めるだけだと思います。まあそういう事件が起きた時は往々にして、病院側の事後対応が病的に奇怪しい場合も多いようですが。
救急車の受け入れ先を探す時間を短くしたいのであれば、そもそも救急医療を行っている病院の数を増やすのが大前提であって、また『救急』という縛りで、専門に縛られずに受け入れるあり方を取り戻す必要があるんじゃないでしょうかね。出来れば遠隔で専門医に、救急医が独特の注意事項を確認して対処に当たれるように出来れば、『専門医が居ないから対応できない』リスクと、『専門医で無いことから生じるリスク』をバランスすることが出来るのではないかと思います。
そりゃあ勿論、救急病院に24時間複数の同科の専門医が待機しているのに越したことはありませんが、そんなの下手すると1県に1件の病院も確保できないでしょう。連絡が付くのに5分も、県内の70%の地域から1時間以上掛かりますでは、意味がありません。専門医の救急医に対するアドバイスサービスであれば、当番制で自動接続される専門医さんを、日本中で常時各科何人かずつ回り持ちするだけで済みます。ITの使いどころというのは、こういうところでしょう。アドバイス需要の多い昼間は、アドバイス需要がオーバーフローした場合、たまたまそのタイミングで手の空いている登録医が相談を受ける訳です。
因みに友人が救急外科医をやっているので話を聞いていて思いますが、基幹病院で救急をやっているとかなり色々な経験を積んでいるようで、そういう医師を経由して応急処置を受けてから専門医に回るのであれば、何でも専門医に繋ぐ為にたらい回しが発生するよりかは多くの場合は良いのではないかなと感じました。勿論そういう医師でもお手上げな事例もあるでしょうから、専門医が待機する病院の存在はとても大切だと思います。
大阪では各病院に電話をしないとどの科のお医者さんが待機しているのか判らないようで、この辺はもう少し正確性の高い管理制度が欲しい気もしますが。『今日当直何人』と電話かファックス、メールでセンターに情報を集約する時に、何科の先生が居ますという情報を追加するだけでいいんですけどねー。病院には事務員さんが居るので、手術に入られたり終わられた時には、119の情報センターにリアルタイムで登録する体制を作る訳です。
今時個人病院で救急を受けられているところは少なそうですし、大病院だけでもそういう体制作りに協力し合えれば、救急搬送先決定は1〜2病院確認すれば確実に決定できるように出来るのですが。これなら時には1時間近く掛かっていた病院探しが、多くの場合長くても5〜10分で済むと思います。
まあそもそも受け入れ先の救急病院の数が少な過ぎる為、特定科の患者が集中すれば搬送先が決まるのに1時間掛かる状況が全くゼロになることは、どちらにせよあり得ませんが。
昔EOSデジタル掲示板で『ズーミングでパースは変わるか?』『フォーマットサイズが変わるとパースが変わるか』といった議論がありました。まあ、写真関係の板ではどこでも湧き起こる話題だと思います。少し写真を齧っていて、概念に強い方なら判ると思いますが、勿論どちらもパースは変わりません。
文章に書くと物凄くすっきりした話に見えますが、『あれっ、パースって消失点の事なんじゃないの?』とか考え始めると、訳が判らなくなってきます(笑)。確かに、美術用語ではパースとは、消失点の設定と、そこから引いたパース補助線の流れ・交差し方を指す場合が多いです。
そこで議論をするときには、『パース』という言葉そのものの定義から話し合う必要がありました。その中で私が提示したのが、『パースは立ち位置とトリミングで決まる』と言うものです。私自身も提示する前にそれなりに検討しましたが、既にかなり議論が白熱した後だったこともあり、思ったよりすんなりとこの話題に於ける定義として妥当であると受け入れられた記憶があります。
正確に言いますと、『空間の持つパース』と『写真に於けるパース』と分けて定義しまして、空間の持つパースとは、物体相互の位置関係を示しますが、デザインや美術に於ける消失点とそこから引かれる放射状のパース線の事と思っていただいても問題ありません。これは、立ち位置=視点を移動すると変化します。
なのでパースの議論では、先ず初めに立ち位置を固定しましょう!
ここからは、『空間の持つパース』ではなく、『写真に於けるパース』です。写真では、フィルムや印画紙のサイズが有限である以上、トリミングが発生します。初めの『ズーミングでパースは変わるか?』『フォーマットサイズが変わるとパースが変わるか』ですが、ズーミングでトリミングが変わるのは当たり前の話です。またフォーマットサイズが変わっても、レンズが同じならトリミングが変わるだけですし、フォーマットサイズが同じでレンズが変わっても、やはりトリミングが変わるだけです。
考えれば判ると思いますが、変わって当たり前のものが『変わるか?』と議論されることはまず無いので、ここで議論されているのは『空間の持つパース』である筈です。そして考えていただければ判ると思いますが、どんなにトリミングが変わったところで、あなたの立ち位置=視点が変わっていない以上、空間のパースが変わることはありません。何なら、視点を固定したままで、パースを変更する努力をしてみてください。出来るならあなたは超能力者か、もしくは眼をよく洗われることをお勧めします(目脂が原因の乱視で、世界のパースが脈打って見えることは現実に存在します)。
『でもズーミングしたらパースが変わる!』『レンズごとにパースが違う』とよく反論されるんですが、これはレンズの歪みがパースを作っているだけで、歪曲ゼロのパーフェクトレンズを仮想する限りは関係なく、別の問題である、と切り分けねばなりません。まあ言えば、既に撮影された写真を、歪んだレンズで撮影しているようなものですよね。
実際議論する上ではレンズの歪曲がパース感(どう見えるか)に与える影響と、現実のパースとそれは関係ないと言うことを解説するのに、とても苦労しました。実証論的立場であればある程、引っ掛かりやすい罠という訳ですね。世の中にパーフェクトレンズが実在しない以上、止むを得ない罠と言うことができます。
勿論、現実の写真撮影にはレンズが必要であり、実写上ではレンズの歪曲収差を意識する必要があるのは事実です。議論上のものとは違って、写真レンズの座標変換は公式に正確に従えている訳ではありませんので。因みに私達人間の眼は酷い歪曲持ちらしいですが、脳内で自動補正されています。この自動補正は線路上に立って、視野を広く持って足元と遠くを同時に見るようにすると、打ち破ることが出来ます。私は幼稚園か小学生の頃にこれを発見しましたので、寧ろ自動補正の掛かった視野の方に不思議を覚えます(大汗![]()
)。
何はともあれ、たまにデジカメ板でのパースの論議で、さも当たり前の様に『パースとは立ち位置とトリミングである』という私の定義が引用されていることがあり、そういう時はちょびっと誇らしいもを感じますね(^-^)。 当然と思いますが、絵画も立体空間を平面に定義し直す行為であり、同じ定義が利用できます。
ところでパース議論の際、『遠景であっても立ち位置が少し動けばパースも変わる』と説明してもどうしても理解出来ない人がいたので、当時作ってみたかった説明画像を作ってみました。今までも何度か撮影自体はしていたのですが、直ぐに比較画像として処理しないと、どれがそれだったのか判らなくなっちゃうんですよね(苦笑)![]()
上のがそれですが、撮影位置は横に1メートル移動した程度ですが、こんなにも変わります。写真は赤い縦線で位置合わせをしてありますが、右端はあまり変わらないものの、左端のネットの幅は驚く程違ってます。 当時もほんの少しの移動でこうも変わるか?と歩いて観察テストしていて思いましたが、写真だとここまで変わるのかと改めて実感しますね!
画面右の電柱と窓の位置関係もそうですが、円で囲んだネットの支柱の見え方、これは判りやすくパースが変化していて、写真撮影・デッサンの上で立ち位置が如何に大切かがよく判ります。歪曲収差の無い完全レンズを想定すると、レンズの長さはトリミングの違いしか与えない、というのも、何となく理解し易いのではないでしょうか。
当時の議論相手はパース感覚は無いし概念も判らない人で、遠景でもほんの少しの移動で思ったより大きくパースが変わると説明しても『全く変わらない』の一点張りでとても苦労しました。でも何故かそういう人程、自信タップリに相手の意見を否定してくるんですよね〜。正直粘着質の奇怪しな人で、何かと言えば『お前は出てけ』ばかりいう嫌な人でした(あんたが出てけと言うか、ね‥‥![]()
)。
それはさておき、相手は風景で遠景だからと油断せず、1歩ずつ前後左右に動いて撮影の最適位置を探す行為に充分価値があることが、上の写真を見ても判ると思います。私自身、草原の向こうにある遠い山を撮るときでも、数メートル横に移動して見ることが良くあります。結構、数十メートル先の近景(矛盾ですね〜)のパースが、大きな影響を受けちゃうんですよね。電柱とか小屋が中間に挟まれば、これらの位置関係から来る差はもっと明瞭になります。前後方向の違いの方が判り難いですが、そっち方向に撮影位置を調整してみることもよくあります。
因みにこの写真は35ミリフィルム換算100ミリ前後相当の画角ですが(S95の18.2ミリの画を、画面を合わせる為に少しトリミングしたもの)、広角でも然りです。
改めて、最後に確認を。写真で『フィルムフォーマットが変わるとパースは変わるか』『レンズの焦点距離では?』とよく話題になりますが、視点が固定されている限り空間(被写体側)のパースは変わらない以上、トリミングが変わるだけです。写真のパース(構図)は、立ち位置とトリミングで決まります。
昨今巷間を賑わせる碧志摩メグ論争に於いて、当該キャラクターの漫画表現の中で特に性的な逸脱要素も見られず、このキャラを批判する文章を読んだ後にキャラクターイラストを見て、かなりビックリしました。
現役で海女をされている方に年配の方が多いとの記事はありましたが、後継者なくして文化の継続はありません。この度の批判騒動は、後継世代にとって古くて閉鎖的な現状の象徴となって、海女業界への新人参入を著しく遠ざけることになるのではないかと心配です。出来れば現役海女の皆様におかれましては、判断を一度保留して家族と話し合って、それからもう一度考えてみて頂きたいと思います。
どうにも、一部騒いでいる方の同調圧力が強く働いたように見えて、仕方がないんですよねー。イケ面の若いスター男優の出てくるドラマは差別なのか?今回のは、そういう問題だと思います。
『萌え絵だから性的なもので駄目』という見方は、『女性だから性的な存在だから駄目』という考え方と、差別主義的観点からはイコールです。特産品の〜娘を選ぶとき、畑には爺様婆様しか居ないから、若い女性は駄目!と言いますか?特に海女はほとんどが女性で、イメージキャラクターに男性を選ぶ理由もありません。
もし『萌え絵だから駄目なんだ』というのであれば、それは差別そのものでしょう。先入観のフィルターを外してから、改めて判断されることを願います。海女という大変な職業が差別的に見られることも望みませんが、萌え絵ということを差別的に見られることもまた、同様に望みません。
また何より、差別を口実とした差別も、取り除かれるべきだと思います。
とか言いながら、緩キャラ的立ち位置で考えると、お婆ちゃんの海女さん像もええなーということで、ちょっとデザインを考えてみよう──!(『てさぐれ』風に叫びましょうw)
ところで私、Dollypop!という大きなお人形さん関係のメーカーをやっておりますので、こちらも宜しくお願いいたしますです(^-^)!頭がどうかしてる人(もう10年以上粘着されてます)からDollypop!を守るため、長いことこちらでは触れないようにしてきましたが、考えてみるとそろそろ意味も無いかなと。だってDollypop!で検索掛けても、誹謗中傷用のページにこの個人ホームページ(但し移転前ですが)のアドレスが紹介されてますので(爆)。
今や携帯電話でも普通に使われている![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
という奴(ファイアフォックスでは何故か上下の表示位置が狂うんですが(T_T)〜)、確認してみると遅くとも1999年12月には今と同じスタイルで使っていた訳ですが(バックアップファイルの作成日時で確認。多分日本で最初か、元祖に近いのではないかと)、粘着さんに言わせるとそういうのも非難の対象なんだそうです。時代に10年以上先んじたことをやっていると、頭の固い人から、訳の判らない妬みでも買うのでしょうか(笑)。

まあそれは兎も角、『ToLOVEるダークネス』のモモちゃんのドールがもうすぐ出ますので、モモちゃんファンは大急ぎで予約しましょう(>_<)![]()
![]()
!!発売前に直接予約しますと、希望小売価格74000円のところが1万円引き(しかも税込・送料込)で予約できます(要全額入金)。そもそも結構無理をして安い値段を付けていますので、セカンドロットでは最悪1万円位値段が上がってしまうと思いますしorz。
税込で、8万円超えるのは避けたかったんですよね。第一ロットは直販の率が高いだろう(というか店舗売りは無理っぽい)という前提でギリギリの値段付けたんですが、店舗売りが実現したことと、トラブルの嵐で細かいところで原価が更に‥‥。まあ一頃は『土壇場で発売できないの?!』という騒ぎもありましたので、発売できるだけでも有り難いのですが(T_T)〜。
2ロット以上余裕を持って回れば、『金色の闇』ちゃんの発売も待ってますよ〜(^-^)!欲しいと思っていただけた方は、是非とも買ってくださいね
m(_
_)m![]()
![]()
![]()
![]()
元々家の久遠嬢に使っていた3分割ボディーはDollypop!製品のプロトタイプに当たるのですが、オビツ系の50・60センチ系の3分割ボディーも出していますので、宜しくなのです(>_<)!!
久遠に使ってたボディーと違って、ソフビ製ですよ!何故か、可動範囲はあんまり変わらないんですけどね(笑)、2分割ボディーとは比べ物にならない位動きますので(^-^)!!
以前から共通ルートページ以下、私のホームページに遊びに来てくださっていた方には、お久し振りです!!元のホームページに再建するつもりで様子を見ていたのですが、kyuusai_doll_kingdomも容量が一杯一杯だったこともあり、新しいアドレスで再建いたしました。まあ新アドレスにしたのは、向こうは毎度の荒らしさんが熱心に監視してるだろうって言うのもあるんですが。
ところで元のアカウントの復活を待つため数カ月も様子見していたのに、どうしてわざわざ新しいアカウントを取ってまで慌ててホームページを復活させたのか?それは、『ハイパーウェポン2015』の未だによく判っていない募集(笑)に、イラストを応募したからです。正確には、そのイラストにホームページアドレスを記載することになっていたから、ですね。折角見に来てくれた人が居たときに、飛び先が見れないんじゃ悲しいですもんね!
新アカウントhaohaohaonyaは、折角なので、共通ルートページに付けた『好好好[ハオハオハオ]』に因んだアドレスを選びました。将来的には、ドール関連はkyuusai_doll_kingdom、エロ同人関係は何か新しいの、残りと写真・同人関係はkaori_atusi(元のアドレス)って感じで中身を割り振れれば、丸ごと消されちゃうリスクも避けられるかもしれませんね。そもそもこの御挨拶ページだけ、余所のアドレスに飛ばしちゃうとか(笑)。
もっとも、ルートからの飛び先の一つでも気に食わなかったら、ルートのアカウントが消されちゃうとかもありそうですが──(-_-
)。それじゃあ、意味がねーんだよと言いたい(T_T)o。
元々のアドレスが芥子飛ばされちゃうとヤフーに拘る必要もなくなっちゃいますのでナンですが、長く運営してきたホームページのアドレスというのはそれだけで価値を持つということを、ヤフーさんにももう少し理解して欲しいですよねー。でなければ、とっくにヤフーからホームページを引っ越してますっていう──(T_T)〜。
2015年の春頃でしょうか(夏だったかもしんない)?またもヤフーに突然ホームページが停止されちゃいましたが、毎度の『木で鼻を括った』を地で行く対応で何が問題なのかも判りません。前回復活したときは『復活手続きを判っていなかったので、いつでも戻せたのに判ってなかっただけだったのかな?』と思い込んでいたんですが、今回そういう手続きも取れない様なので、どうやら前回も1年か2年か掛かってほとぼりが冷めていただけだった様です。
なので様子見からの安全運転を目指す形になりますが、誠意の欠片もないプロバイダの対応には、何とも言いかねますね。これでは、レギュレーション不明のゲームをやっている様なものです、手の打ちようがありません。規約を見ろと言われても、微細な文言を駆使して、丁寧に引っ掛からない様にと気を遣ったりもしていた筈なんですか(?_?)?
このホームページだって、全く判らない原因で、またあっと言う間に消え去っちゃう可能性もありますね(-_-)v-〜。奇怪しな人の讒言で、中身をよくチェックもしないで適当に削除されたっぽいことがありましたので、とても不安です。
超強力なマルウェア、istartsurfにファイアフォックスが汚染されて、実のところ未だに排除できていません。
どんな悪さをするかと言うと、ホームのページを強制的にistartsurfホームページに変更する(ファイアフォックスの設定ツールで調べると、自分で設定したもののままなんですが)、タブの下の検索窓もistartsurfの物に変更されてしまい、鬱陶しい広告窓がわんさと画面に湧いてきて、事実上ファイアフォックスが使い物になりません。何せ広告窓が画面の左側に湧いてきて消せないのですから、『パソコンを破壊された』と表現しても問題の無いレベルです。istartsurfのソフトを消されたくないのか、パソコンを立ち上げる度にエクスプローラーのウィンドウが全部閉じるように勝手に設定を改変してくるのも、実用上かなり鬱陶しいです。
ホームの書き換えなんて、istartsurfのタブを閉じればお終いでしょうと思うかもしれません。しかしキングソフトのアンチウィルスソフトを使っているので、ホームのページをキングソフトのものにしておかないとこいつが定期的に広告ウィンドウを立ち上るので、キングソフト・インターネットセキュリティーの方がウィルスみたいになって、かなり困ります。広告ウィンドウが立ち上がると画面の邪魔になるだけでなく、制御がそっちに行ってしまうので文字の入力が途切れるんですよね。
この忌ま忌ましいistartsurf、アンインストーラーはあるのですが、実行しようとするとやたら泣き言を並べて、結局削除できませんでした。仕方がないのでエクスプローラーで本体を探して手作業で削除、レジストリエディターでレジストリを削除しても駄目‥‥。ファイアフォックスを立ち上げ直すとホームがistartsurfホームページになるだけで、検索窓が強制的にistartsurfの物になったり、勝手に広告ウィンドウが立ち上がる現象は収まりましたが、広告を表示しているだけなのか、キーロガーやウィルスを呼び込む為の土台になっている危険性があります。出来れば根治したい。
そもそも、普通ソフトの本体がなくなったら、動作できないもんですよねー?????変だと思ったら、ネットから直接エグゼファイルを読みに行っていることが判明しました!こんなとんでもないマルウェア、初めて見ました。
レグエディットでレジストリを削除している最中、設定ファイルを弄くってる気配があったのを思い出し、設定ファイルを片っ端からしらみ潰しに調べてみることにしました。するとログファイルの中に、ファイアフォックスをistartsurf 社のホームページから偽物と入れ換えたような記述を発見!!削除してから『あれ、ログファイルは残しといても、これが原因で設定が巻き戻る心配もなかったかなと?』と気付きましたが、検証するためにデータを残しておけば良かったなとは後の祭り。
まあ兎も角、istartsurfの余りのえげつなさにキングストンさんに『この屑ソフトどうにかなりませんか?』とお願いのメールを書いて出しました。その最中、『あれ、じゃあファイアフォックス再インストールすればいいんじゃね?』と気が付きまして、止むなくファイアフォックスの設定が全部吹っ飛ぶのを覚悟で、再インストール。
やった──!(○ 。○)!!と思ったのはほんの束の間。2〜3日も経たない内に(パソコンを立ち上げ直したら、だったかもしんない)、istartsurfはまた舞い戻っていました──orzorzorz。もう、手のつけようがありません。
このistartsurfのパソコンの設定を勝手に書き換える、自分とこのホームページに強制接続する、タブの下の検索窓を自社の検索に強制的に置き換える、エクスプローラーをパソコン再起動時に強制的に閉じる等は、別件のついでに警察のサイバー課に問い合わせると『不正指令電磁的記録供与罪』とやらに該当するらしく、マルウェアというよりもウィルスですよね。それをばら蒔いてる奴が、厚かましくも堂々と会社のホームページを公開している訳です。
istartsurfの汚染は、istartsurfの媒介となっている企業のホームページからな訳で、istartsurfの頒布に協力している企業は即座に止めるべきだと思いますし、各国の司法組織にもこの様な悪質な連中を取り締まるようお願いしたいところです。警察サイバー課にも勿論お願いしたのですが、訴追には告発状だけでなくistartsurfの本体が必要だと言われまして、削除した後だったために訴追に協力することが出来ませんでしたorz。
キングソフトにも直接istartsurfをウィルスとして削除するよう、インターネットセキュリティーを改善して欲しいとお願いしたのですが、自力で削除してくださいと言われました。正直、ここまで悪質なマルウェアが素通りするセキュリティーソフトってどうよですし、削除対象としていないという判断も何を基準にしているのか判りません。まあ、お金も無いので、止むなく(本当に止むなくですが)キングソフトのインターネットセキュリティー使い続けていますが。
ウィルスチェックソフトを作っているソフトハウスには、istartsurfとmatch pal(istartsurf程はえげつなくないですが、こいつもかなり悪質なアドウェアで、削除しても何度も入ってきました)を水際で排除するよう、是非ともお願いしたいところです。
因みに、家のistartsurfの侵入源はアドビフラッシュのインストーラーです(-_-
)。ひょっとするとmatch
palに冒された状態で偽アドレスに誘導された可能性もありますが、動画サイトでやたら『アドビフラッシュのバージョンが古いので更新してください』と煩く言われることがありましたら、注意して下さい。もっとも私も疑わしく思ったので、検索でアドビのホームページを探してそこから更新し直しても同じインストーラーが立ち上がったので、当時アドビのホームページが乗っ取られていた可能性がそれなりにありますが──どっちなんでしょうねー?
兎に角無駄に高度な技を使っていて、istartsurf、堪りません(-_-
)(-_-
)(-_-
)。
ところで、よくもまあ削除されたistartsurfの代わりに直接ネットにエグゼファイルを参照しに行っているだとか、istartsurfのホームページから偽ファイアフォックスがダウンロードされているらしいとか辿り着けたなーと、読んでいて思われたんじゃないかと思います。ええお蔭様で、数日間をistartsurfとの戦いに費やしましたよ(-_-
)。これだけで、損害賠償請求ものと言うものです。
このistartsurfがパソコンの中で何を起こっているかに辿り着けた糸口の一端は、エクスプローラーの検索ルーチンが何故かインターネット上のアドレスまで表示してくれたお蔭です!!珍しくマイクロソフトの技術者さんに、有り難うを言いたいところですね(>_<)!!
そもそも元プログラマーじゃなかったら、ここまで辿り着けなかっただろうなー。
ディベートの教えるところは、正義ではなく勝てばいいということ。これを日常の思考に持ち込んでしまうと、モラルハザード以外の何物でもありませんよね。これって、アメリカの態度に似てると思いませんか?
アメリカでは、子供の頃からディベートの授業があるそうです。もし日本でディベート必須って運動があったら、私は反対します(実際にそんなことを言っている人が過去に居ました)。
ディベートではなく議論を教えて、正しい筈のことでも言い負けることもある。それを学ぶ方が正しいと思います。
必ずしも自分が正しいとは限らない訳ですし、それでも正しいと信じるなら、議論対象をもっと学べばいい。そうすれば議論で負けたのが自分が正しくなかったせいなのか、どこか論法に誤りがあったのか、詐術に引っ掛かったのか見えてきますし、当然議論対象に対する理解ももっと深まります。
反対側の立場から見ても実は正義はある、そんな学びがきちんと出来るのなら、ディベートにも意味があるんですが。でも議論とディベートの違いも判らない人が、そんなことを子供に教えられる訳がありません。自分が判ってないことは、教えられないですよね。
因みに、日本人って『自分が正しいことを言っているならば正しいのだろう。間違っているならば正さなければならない』と考える人はとても少なく、『自分が正しい』という立場そのものに固執する人が多いですよね。だから何かアドバイスを貰っても、アドバイスが正しいかを評価する前に、アドバイスした人を憎んで恨み続けるような人もとても多いです。
そんなところに、議論のテクニック部分だけを鍛えることを重視する、ディベートの授業なんて導入したらどうなるでしょうか?本当に、日本人は恐ろしいことになってしまうと思います。
日本人は議論をこそ学ぶべきであって、ディベートの授業は、絶対に導入すべきではないと思います。
4月5日頃、突然英語で『働かない?トレーニング中も月ウン十万稼げるからという内容のメールが来てまして、初め『詐欺臭いけど読解力不足で読み違えてるだけで、何かのスカウト──?』と様子を見ていたのですが‥‥。案の定2日もすると似たようなメールがいろんなアドレスから10通以上に。
金額が初め25日間で50万稼げるとなっていたのが、この辺の数字はメール送ってる人間が適当に書き換えてる様です(笑)。止めに日本語のメールまで出現して、こりゃ完璧に詐欺メールですね。
英語圏から始まった詐欺のフォーマットで、それが2〜3日の時間差で日本の詐欺師屋さんにパクられたようです。気が付くと、同じ内容を伝えたいと思しき、ホームページアドレスだけ記載されたメールも来てました。
大体この手の詐欺は『妙に美味し過ぎない?奇怪しくない?』という内容で、『楽をして儲けたい、俺様を特別扱いして欲しい』と思っているうっかり屋さんが引っ掛かる様な作りをしていますね。ほら、『抽選に当たりました!あなたにだけ、賭け事の当たりを事前にお教えします』とか、映画を元ネタにした詐欺メールが、ネットや香港からよく送られてきてたじゃないですか。
引っ掛からない人からしたら『何でやねん』な内容ですが、ねずみ講に引っ掛かる人は何度でも引っ掛かるように、特別に引っ掛かり易い人が居て、それに合わせた作りになっているのが判ります。
そんな人でも、親しい人に『なあ、こんな美味しい話あるねんけど、良いと思わない?』と聞いてみれば少しは引っ掛かるのを避ける手管となり得るでしょう。『阿呆かお前、そんな美味しいお話が世の中にある筈無いだろう!!』と一周されたら、その美味しいお話は忘れた方が良いと思いますよ、ね。
て言うかそれ以前に、2〜3日でいいから、様子を見てみましょう。この手の形式の詐欺の伝搬ルートは決まっていますので、名前の違う人から同じ内容のメールがあっと言う間に何個も溜まります。私も怪しいと思いつつ様子を見ていたわけですが、類似メールが蓄積した時点でもう、これは詐欺だと一目瞭然ですよね(笑)。
α7に社外品のAF対応のEFマウントアダプターに関して、『MF時に自動的に拡大表示する機能は使えますか?』という質問があったんですが、『そんな機能あったっけ?』と思わずテストしてみても、やっぱりそんな機能はなかった(笑)。いつも十字パッドのセンターをMFポイント選択用に設定して、測距点を合わせて拡大してから使っていたので、見落としていたのかと思ってしまいました。
あれは純正レンズのように、ピントリングの回転をボディー側に伝える機能が付いたマウントでないと、機能しませんよね。ってことは、EFレンズには、未だにそういう機能は付いてないということになりますが。あいや、私が持っているのは比較的古いレンズなので、最新のレンズでもそうなのかは──EF24−70F2.8L(1型の方)は少なくとも、まだ対応していませんね。
確かにアダプター越しのMFアシストも欲しいですが、シャッターを切った後も半押し前は拡大表示を維持するような設定も、出来ると嬉しいんですけどね〜(AFボタンでそのモードのオンオフ切り換えとか)。マクロ域だとカット毎にピント合わせが必要な場合も多いですし。
一々3回押さないと最大拡大にならない、測距点選ぶのにボタンを押さないと駄目な仕様(変えられない)もちょっと。こういう細かい不満点も、サービスできっちり説明すると対応してもらえるかもですね。
夜中に飯を食った後、自転車で飛ばして家の近所まで着いた時、寄り合い所の桜が目に付きました。んで散り具合を確認しようとしたら綺麗だったので、街灯を頼りに、常時携帯用のコンデジで写真を撮ることに。そしたら、飛ばして来たばかりなもんで心臓が脈打って、液晶見てると画面が大きく左にブレるブレる(笑)。
シャッタースピードも1/10とかなので、こりゃあ駄目かなと思ったんですが、そしたら心臓が2〜3拍打ったらブレの周期は大きくゆったりとしていって、ブレ方も緩やかに。0.5拍打ったら1泊半くらい止まってるって感じ?
お蔭様で予想以上にブレずに撮れたんですが、同時にこりゃーそりゃ、不整脈にもなるよなと思いました。元々自転車で帰ってきてエレベーターで心臓落ち着けてたのが身体に悪かったかなと思っていたんですが、カメラの撮影って無駄な身体操作技能も身に付く代わりに、身体に悪いものだったんだなーと(-_-)v-〜。まあ小学校だか中学校の頃からよく、エアガンの精度確かめる為に息を殺してテストしてましたから、その辺からの『継続した努力』の結果でもあるんでしょうけどね。
サバゲのチームで精密系の当て物競技やって遊ぶ時はよく『当てるの上手いね』と言われてましたが、本人は指先のタッチかと思っていましたが(これは写真も共通です)、意外とこんな所にも秘密が隠されたんですね〜(○ 。○)(多分)。でも言わせていただきますが、大学のライフル射撃部時代、試合では練習不足もあってブービー賞レースの常連でした(爆笑)。
まあ左利きなので右利き用の銃を借りても全く身体の纏まらない状態での戦績ですけどね。自分用の銃をサブミリ単位で追い込んでいける状況と比べれば、環境的にはそりゃあ雲泥の差ではあるんですが。だからって机にサンドバッグ置いてベンチレスと競技やったとして、上位に食い込めるとは欠片も思いませんけどねー(-_-)v-〜。
最近ペンタックスのスマートシャープだっけ?に続いて、キャノンがカメラ内現像の仕様としてシャープネスの直系を設定できるようになるなど、JPEGに於けるデジタル撮影の環境は良くなってきたと思う。と言うか、その突破口についたばかりではあるけれども、5Ds系の雑誌の解説で、シャープネスの直径という概念に対する理解も普及していくことだろう
何せ自分の理解できないことを書かれると、『あいつは頭が奇怪しい』とか『間違ってる』とか言って、本来は黙っているべき立場の人間が攻撃始めてくることが多い世の中ですが、そう言うのが一つ改善していくのかなと。
その調子で概念が普及していって欲しいのが、ボケの中の色収差。ピント面の色収差は流石に理解が進んでいるけれども、一旦生じた色収差を最後の最後にピント面で辻褄合わせをするような設計をすると、ボケの中でのボケ量の不一致から、着色が現れます。 仮に個人的に『ボケの中の色収差』と呼んでいるわけですが、いい加減この辺もメーカーに改善していただきたいな〜と(9月6日追記。キャノンがEF35F1.4の2型で、BRレンズなるものの投入によって、極めて積極的にこの現象に手を打ってきたようです)。
遅くとも1990年頃のレンズのチラシか雑誌のインタビューには、既に『色収差は早い段階で潰した方が良い』と書いてありました。 ずっと何でそうなのかなと思っていたんですが、今にして思うと『ボケの中の色収差』の発生を抑える為に、と言うことだったのですね。
具体的にどういうのかといいますと、点光源ボケの周りが薄緑色に着色していたり、葉っぱのボケの周りが華やかな緑色で覆われていたり、画面周辺部の枯れ枝が赤と青に分離していたり、こういうのです。赤青分離も嫌なものですが、個人的に一番嫌いなのは緑色の濃ゆい奴ですね。これが赤紫とセットになっていると、もう最悪。
ニコンが周波数の分析がどうとかよく判らないことを宣伝し始めて、どんな凄いレンズが出来るのかと期待していたら、58F1.4はとんでもなく高額な割にはボケの中の色収差が野放しだったり。あれほど自信ありげに『完璧です』と言っていた筈なのにこんなことになるのは、外国人の『ボケって何?』と同じく、頭の中にそもそもの概念が無いのでしょう。なので、『ボケの中の色収差』という概念が、一日も早く世間に広まるよう、期待したいところです。
まあ、10人読んでるのかも怪しいこんなところに書いたところで、この概念が広まるかは怪しいところですけどね──(T_T)v-〜。 本当は、大手の写真系掲示板とかででも気長に啓蒙して行ければいいんですけど、ねー。そういうのって、案外効果あるんですよ?
粘着とか荒らしと呼ばれるタイプの人をネットで見たことがある人は多いと思いますが、何故かどこに行っても『同じ人がやってるんじゃない?』と不思議になることが多いと思います。それはもう長い戦いと観察の結果、最近ようやくその理由が掴めてきました。
考えてみると判ると思いますが、何年も同じことを続けられるのを見ても判る通り、彼等はとても粘着質です。思い込みが激しく、それが修正されることはありません。思い込みが激しいというのは、一旦こうと思い込んだら、修正できないと言うことだからです。
思考に修正が利かない結果、行動にも修正が掛からないから、粘着質な訳ですね(手っとり早く言えば偏〇狂)。
じゃあ偏執的な性格をしていれば粘着・荒らしになるのか?それは必要条件であって、充分条件ではありません。
粘着・荒らしの人に特徴的なのは、セオリーを盲信するということです。彼らの行動を見ていると、世の中でセオリーとされていることに抵抗する書き込みをする人を、極端に嫌悪している場合が多いことに気が付くと思います。要は『常識、学校で習ったこと、権威が言ったこと』に反すると絡まれる訳です。
しかし皆さんよく経験するでしょう、常識や学校で習ったこと、権威の言うことが必ずしも正しいとは限らないことを。もしくは、一般化されたセオリーには沢山の例外が省略されていることを。
彼等は、実は理解力がとても乏しいことが多く、また応用も利かなければ、知識を日常生活で活かしたり検証したりすることが苦手です。と言うか、多分セオリーと違う現実に出会ったら、現実の方をなかったことにします。何故なら、彼等にとって既に『思い込んでいること』こそが現実であり、それにそぐわないことは無かったことにするか、現実の方こそが『間違っている』と見做すからです。
これは、『一度こうと決め込んだことは変更できない』という偏執性が原因であり、その偏執的な現実を維持し続けるためには、気に食わないことを総て黙殺する精神回路が形成されてしまうからだと予想されます。
彼等は文章を読んだとき、パッと目に付いた内容が頭にこびりつき、離れません。文章の作者の表現したい文意とは関係無く、目に付いた文言で勝手に自分の中に組み立てられた結論が邪魔をするためか、長文を読むことがとても苦手です。何せ誤った文章理解が既に終わっているため、それと矛盾する内容が出てくるとパニックになるため、思っているのと違う内容は総てスルーしてしまうのです。
この結果として、彼等を正しい理解に導いて誤解を解くという試みは、常に失敗します。元々長い文章を読解することが出来ない(一種の読書障害です)上に、自分が既に頭の中に持っている結論と違う内容は全く受け付けないので、議論しているつもりが常になんの進展も無く硬直した遣り取りが繰り返される結果になります。終いには、あなたが言った3単語で出来た文章ですら、理解していないことが露顕します。
あなたが言った内容が相手に同意する内容だったとしても、何故か相手が否定してくるという経験をしたことは無いでしょうか?私はあります(苦笑)。この原因は簡単で、粘着・荒らし氏に取って『あなたは彼に同意する訳がない』から、文章を読む必要が既に無くなっているのです。
あなたの文章は常に自分を否定する内容だという思い込みから、あなたの文章をきちんと読まずに、適当に単語を拾って勝手に思い込んだ内容に対して、レスポンスを返している訳です。
よく『粘着・荒らしは放置』と言いますが、60パーセント以上の確率であれを書いているのは荒らし本人でしょう。彼等は、自分が非難されることをとても嫌います。それは、『常識、学校で習ったこと、権威、セオリー』をとても大事にする態度からも伺えます。何故なら、彼等にとってそれらは、『絶対に覆ることの無い安全牌の意見・立場』だからです。
この『絶対の勝利を求める心』と『偏執性』と『他人を貶めて自分を持ち上げたい品性』の3つを併せ持った人物が、粘着・荒らしになります。
勿論この内の1つか2つもあれば粘着・荒らし行為に走ることは可能ですが、金太郎飴の様に不気味にソックリな人達がネット上を徘徊している原因は、これらの要素の揃った人間の行動パターン・振る舞い・態度・物腰・価値観が瓜二つな行動を引き起こす必要充分条件を既に満たしているからです。
そんな彼等は『自分は正しい』と思い込んで行動しているので、常に攻撃的で偉そうで尊大で、自らを省みることはありません。
一般的な読書障害の方に安心していただきたいのは、このタイプの読書障害は原因が偏執性に依拠している点で、『そもそも文章が頭に入ってこない』タイプの方は、精神性向として別系統と言うことが出来ます。
じゃあ偏執性が強い方はどうでしょうか?これは予想ですが、極度に『自分は正しい』という態度を取りたいという精神性向がなければ、彼らの仲間になるというリスクはかなり下がると思います。
粘着・荒らしになる精神的要因の一つ一つの要素は、下手をしたら数人に一人の人が抱えているようなものでしょう。でも、それらを積み上げた結果として彼らを構成する人格が出来上がるのであって、一つ一つの精神的傾向が当てはまるからと言って、無闇と心配する必要はないのです、安心してください。
同時に、粘着・荒らしに絡まれている人を見掛けても、『ああ、悪いところがあったから絡まれてるんだな』と思い込むのは止めて上げてください。彼らが粘着する原因は、『あいつは私の大好きな人と話していた』とか、『あるところで一度、間違いを指摘された』とか、『私は上手く行かなかったのに、あの人は成功している』とか、ただ一回スイッチを踏んだだけで充分なのですから。
『俺の使ってるあの玩具、欠陥があるよね』と言われて、同意して『私も使ってるけど、こうすれば欠陥を改善できるよ』と話しただけで、何年にも渡って悪意を向けてくる人も居ます。『俺は悪く言ってもいいけど、俺の使ってるものを他人が批判するのは駄目なんや』というのが、その人物の言い分です。
あなたは親の仇にするような嫌がらせの原因として、納得しますか?
コンビニチェーンがよく『商圏が違うから』と称して系列店を直ぐ近くに開店したりするけれども、これが真実である。と言うわけで、余りにも酷いので写真を撮ってしまった。手前の店の左はもう電車の駅で、横の道は信号も無い、車通りの少ない道である。
駅の反対側とか、6車線道路の反対側なら判る。けれども、これのどこが『商圏が違う』というのだろうか?私には判らない。
私がもし後発の店のオーナーなら、系列店同士で潰し合うこんな立地には絶対に出店しないし、そんな出店を勧めるチェーン側を絶対に信用しないだろう。先発店側のオーナーなら、チェーン本部側に徹底抗議して出店を辞めさせるべく努力するし、本当に出店を勧められたら裁判に訴えるか本気で悩むだろう(と言うか、経営が傾いたら信義違反で訴えるな)。また系列外のチェーンだったとしても、駅の角にある手前の立地に店を出すんなら、奥の店のオーナーさんに恨まれる覚悟は決めておくだろう。
チェーン本部の人と話す機会があったら、『直営店でも、この配置で両方共に出店しますか?』と聞いてみたい。まず、『両方共には出さない』と答えると思う。だって同じ商圏で駅前と20メートル向こう、しかも間に挟まってる路は駅前にも関わらず信号すら無い車通りの少ない道としたら、奥の店の方の採算性が下がるのはまあ、ねー?だからである(多分奥の店の方が古くて、常連さんが居るから頑張れるんだろう)。
これは極端に酷い例だけど、50メートル内に同系列のコンビニが出来て煮え湯を飲まされたオーナーさんは、沢山居るだろう。と言うか地元の藤井寺でも、もう少し店同士の距離が離れているにも関わらずローソンは幾つも消えたし、他系列との競合で潰れたコンビニは駅前100メートル前後圏だけで片手で足りなくなりそうな勢いである(2〜3百メートル向こうの一件を足したら、既に五件でした)。
コンビニの経営を考えている方にこれだけは覚えておいていただきたいのだが、コンビニのチェーン本部は店の数さえ増えれば確実に売り上げが増えるし、おまけに開店時にはチェーンへの参加費としてオーナーさんから数百万円を巻き上げているということ。即ち、そのコンビニ店が儲かるかどうかに関わらず、店が増えるだけでチェーン本部は丸儲けなのだ。
勿論、そのコンビニ店が赤字だろうがオーナーさんが破産しようが、そのチェーン参加費はビタ一文返ってはこない。それはチェーン本部の丸々利益であって、保証金の類ではない。またチェーン本部は、コンビニ店が黒字になることを保証はしない。チェーン本部が利益と売り上げを上げるための道具として、チェーン店オーナーさんは存在するのだ。
だから廃棄が多いとオーナーさんが損するだけなのに、『仕入れが少ないと機会損失が増える』と文句を付け、廃棄の損をチェーン本部は一円も負担はしない。オーナー店舗が潰れても本部は痛くも痒くもないから、明らかに飽和している商圏でも、平気で新規出店をする。それどころか、既存店舗が潰れればまた新しい店舗を開設できるから、チェーン本部に取ってはチェーンへの参加費をまた徴集する機会が増えるとすら言える。
正直、チェーン店が損をすればチェーン本部の損も増える構造に変えない限りは、この状況はビタ一文変わることはないだろう。廃棄になったお弁当一個で、オーナーさんは丸損をして、そしてチェーン本部は売り上げだけでなく利益すら稼いでいるのだから。判るだろうか?オーナーさんの損で、チェーン本部は稼いでいるのである。
今までは私も、流石にチェーン本部といえども駅の反対側とか、帰り道の違う人向けにお店を配置しているのだろうと、信じていたのだが‥‥。もしこの写真の奥の方の店がチェーン本部の直営店であったというのであれば、私もコンビニチェーン本部のことを少しは信頼しよう。でも、逆はあり得ても多分それはないでしょうね。
特に奥の店の経営が今でも安定していることを、強く願うばかりです。手前の店は、放っておいても大丈夫でしょうから。
仙台出張のお蔭で、進撃の巨人が10巻まで一冊100円で買えました(>_<)!!勢いを借って、残り5冊を涙を噛み締めながら一冊350円払ってゲット!(普通サイズの単行本の中古に180円を越えて払うのは、個人的に生理的に受け付けないものが‥‥笑)。
いやー1巻の出だしだけ立ち読みで読んで、アニメも全話見ていたけれども、想像を越えて面白い!友人が多分5巻くらいしか出ていなかった頃に、『これは面白いからお勧めだ!』と言っていた意味が今更ながらに理解できました。
最大の謎であるべき巨人出現の理由はまあ相当若い巻で既に荒方見当付いているんだけれども(地球を破壞する人類の口減らし。但し技術の発展が留められているのはその機構たる巨人の絶対性を守るためであって、巨人跋扈の結果ではない)、壁を壊そうとしている連中の目的はそれだけでは判りません。この辺は、多分ヒントはある筈なのに判らないという点で、スリラーに近い面白さがありますね。
超大型巨人はエレンの父親かと思っていたんですが、思っていたよりも遥かに悲しい事実に、ちょっと衝撃を受けました。
普段完結していない作品の評価を決めるのは好きではありませんが(まあ現状では所詮暫定ですが)、かなり素晴らしい作品として、凄い作品として完結してくれそうです。まだ読んでいない方には、私からも是非ともお勧めしたい。ええ、読んでる人からは、既に熱烈なお勧めを受けているでしょうが。
進撃の巨人のように、100円コーナーに全く下りてこないという程人気がある訳ではありませんが、機動旅団八福神も8巻まで読んだ限りではなかなかの代物です。状況や設定の判り難さという点では進撃の巨人より手強いかもしれませんが、出て来る連中が何を考えているのか判らない人物が多い分、着地点の見えない面白さがあります。
実はタイトルを確認するために検索掛けたらあと2巻で終わってる様なので、100円縛りを捨てて残りを揃えちゃおうかな。日本の漫画には中々に侮れない名作SFも結構隠れていて、油断なりません。
惜しむらくは新刊書店で漫画の中身が見られたら、1巻刊行のところから新刊で買えたのかもしれません。貧乏生活が長いので100円で買えるのは有り難いですが、作家志望だった人間として、面白い作品の作者が儲けを取り損ねている状況というのは、面白くなくもあります。新刊が世の中に出なければ、古本も発生しないのですし。
古本業界も、自分達が成り立てば良いではなく、出版業界や作者と繋がった形のビジネスモデルに移行していくと嬉しいですね。今はPOSシステムも発展していますし、一冊一冊にバーコードが付いて1冊単位の本の管理も大手古本書店では可能な筈なので(ジャンプコミックは、表紙にバーコードを刷るのを止めて、ビニール包装に付けるようになったようですが)、JASRACの様なインチキ臭い再配分システムではなく、実販売に見合った古本からの著作権料再配分システムを作るのは難しくもなんともないと思います。
こういうとき出版社は利益の大半を掠め取ろうとしますが、古本の分については作者が5割以上の取り分を得られるべきでしょうね。
しかし、ブックオフの100円コーナーが出来るまでは割と数カ月で新刊に追い付けたのですが、流石に100円コーナーに来る古本の基準を考えると、ここ数年で新刊に追い付けたのは進撃の巨人が初めてに近いのは当然ですねorz。これ以外で追い付いたのは、仕事の関係で基準を甘くして、後半は泣く泣く無理して揃えた本ばかり。
出来れば数カ月で新刊まで3冊くらいまで追い付いて、残りはとっとと新刊で買えるようにしたいのですが。自分が見ているのは最速でも2〜3年遅れの世界なのかと思うと、中々に恐くなってきます(苦笑)。
ペンタックスのフルサイズ機、とうとう発表来ましたね!! デモ機はα900の初代デモ機かペンタ67か?!というちょっちブサい代物ですが、明らかに巨大ペンタプリズムを奢った真面目な機種になりそうです。
サイズが小さそうなので、シェイクリダクション諦めたのかな?と心配になる位ですが。取り敢えず奥行きはAPS−C系と変わる訳は無いので、そっち系で心配になるのは重さ位でしょう。
多分、山登り系の方からは不評を買う位には重くなると思いますけど、仕方ないですよね。だってじゃあペンタミラーにする?と言われたら、RTS3もビックリしそうなガラスの塊を載っけるのを躊躇はしないでしょう。巨大撮像素子とそれを動かす磁石を考えたら、トータルで100グラムくらいは重くなるんじゃないかな。でも、フルサイズなんだからその位仕方ないですよね。
ところで、同じく正式発表されたペンタの70−200F2.8、ED系のレンズが8枚搭載ですってよ。 前の方にとっとと詰め込んで、後の方にも頃合いを見計らったように投入。
これってひょっとして、ボケの中の色収差撃退に全力尽くしてません?MTF見ていると、色消しに対する熱意の割に像面湾曲は多少残ってる様ですが、解像度的にも期待のレンズですね!
んで、このレンズの阿呆みたいな熱意の入れ方を見ていると、K−1(だと思いますが)は5000万画素級で来る可能性も高いと思います。まあ3000万画素切ってくることは、無さそうかな?と。
キャノンの新型の外国名750Dと750Dのスペックが上がってきていますね。750DはX7の後継機かと思っていたんですが、7i系とボディーサイズが同じクラスっぽい感じでしょうか。
だとしたら2ダイヤルの760Dに圧倒的な魅力を感じますが、やっぱりX7系はコンパクト化の為にお値段が安くならないので売れなかったってことなんでしょうかねー?傍目には7iよりも、よっぽど売れてるのかと思い込んでいましたが。
ところで両機種とも画素数は2400万画素ということで、画素数は増える度に暗部画質が‥‥なので、キャノンが画素数競争に参加しちゃうのはとっても残念です。それに写真文化という面でも、画素数据え置きでパソコンのパワーが上がった分だけ閲覧性や現像が快適になる方が、よっぽど豊かになりますし。
新機種の為にパソコンを頑張ってアップグレードしたとしても、結局画素数が増えた分で帳消しとか言ったら、いつまで経っても『撮った写真は現像もされずに役立たず』という悲しい現状が継続してしまうわけで‥‥。10Dを使っていたときパソコンを買い換えたときは、『やっとこれでまともに現像が出来る環境になった!』と喜んだものです。
これが30Dへの移行で600万が800万画素になっただけで『あれれー』となり、1000万画素のS95で『えーっ‥‥』、1200万画素のGF2で『げ、限界』。途中CPU変更で幾らか速くなったはずなんですが、1600万画素のGX1で『いい加減にしろよ?』、2000万画素の5D2で正直意気消沈、ぐうの音も出ないと言うのが本音です。
64ビット環境でないと動かないα7に対応したフォトショップの最新版にするためにパソコンの更新も検討はしているのですが、正直4スレッドや8スレッドにしたところで『快適』となるかは疑わしいものです。少なくとも、そこから周りが勝手に3600万画素とか5000万画素化を要求してきたとしたら、その環境もゴミ屑化することでしょう。
そんな虫眼鏡で画面の一部を見るような解像度を頂くより、スムーズに新規取り込みした写真がスムーズにセレクト出来て、現像が1秒で終わる環境の方が、写真をやっていく上ではとても大切ですよね!
正直、メーカーに対して誠意とかまともな製品作れとか要求する気も起こらなくなってきていますが、写真が一気に廃れて欲しくなければ、要するにメーカーとして存続したいのならば、写真を撮る意味すらなくなるような開発の方向性は良い加減止めにして欲しいものです。
ハードディスクの肥やしにはなっても、増える量が多過ぎてDVDに焼く気力さえなくなり、そして1枚も現像する時間が取れない。だったら、唯一の解決法は初めから写真なんて撮らなければ良いんですよね!?ってな話にもなろーものです。
フルサイズで使い物になる機種が5D2からだから我慢して2000万画素に付き合っていますが(5D初代は5D3と同じく、何かローパスの設定が‥‥)、現像の展開で数十秒、現像そのもので同じだけ掛かって、その間他のタスクは引っ掛かりまくり。動画でも見ながら現像するか──すら出来なかったら、気の短い人間には暇潰しすら出来ません。
正直A4見開きでも1200万画素あれば充分に事足りる訳で、フルサイズ5000万画素デジカメの噂が飛び交ってますけど、下のクラスの機種にまで画素数水増しの皺寄せを寄越すなと、声を大にして叫びたい。5D2でもB1のポスターを近くで見ても、全然困ってませんよ?
お人形さん関係のパーツメーカーであるDolly pop!を興したときに、お世話になった某オタク系大手専門店で働いていた方と、仙台出張の際に久し振りに再会いたしました。その方には親身にご対応頂いていたもので、店を辞められたときはとても残念に思っていたのですが、何とその方が仙台で個人で、お人形さんのくにという専門店を開いてらしたのでした。
元々チラシを置いていただこうとお店を訪問したのですが、友人との待ち合わせがとても遅れて慌てふためいており、お店をジックリと回れなかったことが今にしてとても残念でなりません。
ホテルから結構遠いかなと思っていたのですが、考えてみるとそれ程でもなく、次の日のイベントの後思ったより早く体が空いたのに、ヘロってないでとっととうろついていれば店の開いている内に辿り着けたのに──そう思うと、自分の間抜けさを呪わずに居られません。と言うか、ホームページを改めて見ていると、こんなに頑張ってらっしゃったのだなと。
同じ自営業者と言っても比べるのが恥ずかしい我が身ですが、その方に負けないよう、まずは一つ一つの製品作りを精一杯胸が張れるよう頑張りたいと思います。
フジのアポダイゼーションフィルター付きのレンズ(フジノンレンズ XF56mmF1.2 R APD)、好評なのは良いことだと思うのですが‥‥。T値の明るさを重視し過ぎていて、元のレンズの素性が良過ぎることもあってあんまり意味がないと思います。
多分このレンズの写真が発表される前に皆がイメージしていた絵を得るには、もっと大胆に内側まで絞ってT値が2.8位になるまでは、絞らないと駄目なんじゃないですかね? このままだとこのシリーズは『元と違いが判らないやん』と言われて、いきなり終わっちゃいかねないなと。
なので多分このレンズは、1年位でモデルチェンジするんじゃないでしょうかね?幸い光学系と関係無く、フィルターのチューニングだけで調整可能なスタイルなので、メーカー的にはそうする為の敷居は高くないんじゃないかと。
いっそ第二弾をやるときは、T値の明るさ優先のモデルとボケ味改善効果優先のモデルを同時発売なんていうのも、ありなんじゃないですかね?1本目のレンズとしては明るい方が嬉しいですが(現行レンズはノーマルと1段しか変わりません)、レンジがダブってるんなら迷わず効果優先でしょう。
考えてみると、α7用のティルト機能付きアダプターと、単純なアダプターの使い分けに似ていると思います。手振れ補正付きズームが既に手許にある(使い方の違う2本目のレンズが欲しい)んなら、ボケ味改善の効果は強い方が良い。逆にボケ味も良いけど明るいレンズが欲しいんだっていうのなら、効果の弱い方が向いてるでしょっていう感じで。
しかしこのレンズのお蔭様で、ボケ味を悪くする光線って結構F2.8近くまで浸食していることが判りますね。画面周辺まで均等な光の来方のするレンズはまだ良いですが、円周(同心円)ボケするレンズだともっと真ん中近くまで偏った光線が浸食していたり、アポダイゼーションフィルターのご厄介になる余地も無いかも知れません。
土曜日に日本橋の行きつけのサプライ屋さんでゴロゴロバッグのバーに付ける鞄を買ってきました。以前この手の鞄は山ほどそこら中のお店に置かれていましたが、最近は全く眼にしません。
聞いてみたら、円安で次の入荷分からは売れない値段にまで価格が上がるので、年末頃までにはもう入らなくなった。そもそもメーカーが既に作らなくなったんだとか。
因みに、それまで税込み1200円で売っていた鞄が、4〜5000円になっちゃうそうです。 『このタイプの鞄は部材が多くて手間も掛かるから、もう1200円じゃ作れないよ』とのことだそうで。だったら 2000円くらいならで作ってくれないかな、とか思ったんですが、4000円まで行くよと言われれば、流石になまじっかじゃ買えませんよね。
『女の子は今や自衛して、普通の手持ち用の紐をバーに掛けて使ってるよ』と言われても、元々立てて置いたときに安定の良くない鞄を使っているもので、そんなことをしたら確実に引っくり返ってしまうもので‥‥。
旅行鞄に付ける鞄は別にしても、中華メーカーさんとしても安物メーカーを脱却して、もっと高級な製品にシフトするんだそうです。国内メーカーが昔辿った道ですね。って国内メーカーかと思ったら、中国メーカーですらそこまで高級シフトするんかい。
っつー訳で、3月輸入分から鞄の値段が物凄く上がるみたいです。安倍ちゃんさん首相とその犬──もとい日銀総裁さんはインフレ率2%が目標だとか言っていましたが、安物鞄が巷から消えるとしても、鞄のインフレ率は2〜30%は達成しそうな雰囲気ですね。
良かったね、安倍ちゃんさんに黒田総裁さん!!これが選挙前に起こっていたら、安倍政権は崩壊していましたよ!
改めて、物価が突然20%アップしたとして、賃金がそれに対応して上がると思いますか?ハッキリ言って、物価が上がる前の買いだめの後、どう見ても凶悪な消費不況が待ってますよね。元々、インフレって言うのはそういうものなのです。それが判っていない安倍&黒田コンビ、こいつらのセンスは中学生以下ですね。
元々インフレターゲットという考え方は、企業からの献金を確保したまま国家予算に対する国債比率を下げ、財政規律を保っている振りをしたい政治家と官僚だけにメリットのあるもので、市民には何の利益もありません。大体インフレで国債が実質目減りして損をするのは、銀行預金を介して国債を持っている、我々市民です!
もし悪性インフレが進行して、それに釣られて円安が進めば、国債は文字通りの意味で紙切れ同然になるでしょう。通貨安を伴うハイパーインフレの破壊力は、スタグフレーションの100倍を越す凶悪なインパクトを持ちます。デフレ対策なんて阿呆のやる政策です。
念の為に書いておくと、銀行が国債にブッ込んでいる原資の大半は、我々の預金ですから。そして日本の国債の大半は、銀行が持っています。国債が紙っ切れになるということは、我々の預金が芥子飛ぶということなのです。
預金保護機構が個人預金を1行当たり1000万円保証してくれると言っても、国債が紙切れ化して円が1/3に目減りしたら、今の300万しか返って来ないのと同じになります。預金の額面が維持されても、円の購買力が1/3になってしまえば、資産の2/3が吹っ飛んだのと同じ、それがインフレと言うものです(勿論、黒田総裁の言うインフレ2%でも、我々の預金の価値は2%棄損されます)。
実際には悪性インフレ下では、円の価値が1/100以下になることもあり得ます。第一次大戦後のドイツの窮状を、思い出しましょう。勿論物価も、100倍近く上昇することでしょう。
こんな当たり前のことは、我々国民の皆さんは判っていて当然と言いたいところですが、現実には皆様そのことに思い当たらないようですし、新聞でもこのことを指摘する論調は未だもって余り見掛けません。本当なら、インフレターゲットという言葉が黒田総裁の口から出た瞬間に、大叩きすべきだったと思うんですけどね。
まあ、物価がドカンと上がった瞬間に、世間でも『アベノミクスは失敗だったじゃないか!』と安倍叩きが始まると思います。でも、それに気付いてた人達は、『自民党に入れるな!』と叫んでいたんですよ?いやまあ残念ながら、1〜2人しか私も見付けられませんでしたが、そんな人‥‥(T_T)〜。
そもそも、これから世情が大いに不安定化するのに備えて、アベノミクスの破綻がバレる前にと、安倍首相は恥ずかしげも無く不当なタイミングで解散の手を打ってきた訳ですが(あそこまで恥知らずとは、想像だにしていませんでした)。
何はともあれ皆様、そんな訳なので今店頭にあって『ちょっち欲しいかな──』と悩んでいる鞄がありましたら、無くなる前にとさっさと購入されちゃうことをお勧めします。安物の鞄(少なくとも中国製)は今後店頭から消えちゃいそうですし、その後発売される鞄は仕様が簡易化されていたり、値段がドカンと上がるそうですから。
食品業界は相変わらずで卸や店舗が円高差損分を我慢しているようですが、輸入雑貨等の価格は春節を挟んでドカンと上がりそうです。100円ショップだって、150円ショップになっちゃうかも?!
そうなるとその動きに呼応して、今まで我慢していた業界も堰を切ったように一世値上げになるんじゃないですかね。中国の鞄メーカーは正にそういう状況で、春節を期に一気に動くそうです。鞄のインポーターも、今までは為替予約をしたり、運賃の価格転化を我慢したりとかしてここまで値段を維持していたけれども、もう限界、ということだそうです。
いやー、為替変動とインフレ率上昇のタイミングが幾らなんでも合わないので、変だと思っていました。為替予約なんて、石油メジャー級の大会社がやるものなのかと‥‥。
てな訳で、皆さん、安倍ちゃんさん首相を崇めましょう!!物価が一斉に上がって市民生活を悪政インフレが陵辱し始めたら、その原因の荒方はアベノミクスを主張して黒田総裁さんを手下に従えた、素晴らしい教祖様にあるのですから!
ってーか、何時になったら第三の矢の具体化は始まるの?中身の無い大言壮語の口先介入なら、中学生だって出来るよ?
しかしまあ、パソコン関係のサプライ用品を中心に鞄も売ってるお店のご主人の繰り言一つで、いろんなことがクリアに見えてくるもんですねー。物凄く不満を溜めてらっしゃったようですが、お蔭様で良いお勉強が出来ました(時間がないときに私を非難するように、長々と不満を聞かされましたけど)。
ついでに?本命の鞄が運良く売れ残っていて、助かりましたよ(T_T)q。α7級のカメラを入れるカメラバッグに使いたいので、買い物が成功だったかどうかは改造の成否次第なのですが‥‥。何せ元は、クッション入りとは言え、ただのビジネス用のバッグなので。
フィリップスの新しいシェイバーが来るまで止むなく日立のロータリーを騙し騙し使い続けていたら、通販で来るのに時間が掛かってる間に直った(苦笑)。取説を見ているとギア部分に注油するよう書いていなかったので、昔は差してたけど止めてたんだけど(汚れが付着してトラブルの原因になるのかなと)、ギアの軸のオイル切れが過負荷でストップする要因だったようで。
はて、現行機ではいい加減このことを認識して、取説のQ&Aに『充電しても安全装置が作動して5秒で止まるときは、駆動軸に注油してください』というコメントは追加されてるんだろうか?あいやたまたま注油して復活してから思いだしましたが、以前にも一度同じ症状で止まってるんですよね。復活するまで忘れてるなんて、人間の記憶力なんていい加減なものですよねー‥‥orz。
んで、新しいシェイバーですが、初めは注油しても石鹸の泡被ってももう一つ回転が鈍くて『大丈夫なのかこれ?』だったのですが、2〜3日使ったら当たりが付いてきたようでかなり感じよく動くようになりました。そう言えば日本製の電動髭剃りの良いところは、当たりを付けずとも初めからフル性能を発揮するところでしたね。天下のドイツ製、ブラウンの髭剃りですら、そんなの無理です!ってなことを、思ったり(^-^;)>゛゛゛。
日立のロータリーは元々注油しないとドライでの使用は無理、それでも湿相で石鹸使った方がまともに動く感じだったんですが、フィリップの回転式は寧ろ石鹸使うよりドライの方が滑らかに動く様でした。日立のロータリーどころかブラウンの古い10ワットのコンセント式ですら、髭を濡らして時間を掛けて柔らかくしないと良く剃れなかったんですが、フィリップスのはたったの3.6ワットあれば良い方(3ワットと書いてあるのも見たことが)にも関わらず、ビビることにそこまでしなくても普通に剃れましたね──(○ 。○)!!いやー、剃ってる感触は『こりゃ駄目かもな‥‥』って思える位非力っぽいんですが(笑)。
ただ、ロータリーでも言われることですが、それ以上にゆっくりと動かす必要があるようです。ロータリーは往復式より倍程度ゆっくり動かせばいい感じですが、フィリップスのは1ストロークが1秒前後。何度も往復させてゆっくり髭を短くしていくというより、同じところに刃を起き続けて、その都度根っこまで刈り込ませていく感じ。
これで、初め10分も掛かっていた髭剃り(オイ)が、5分に縮まりました。
おまけに、苦手だった鼻の下も含めて、剃りムラもほとんど解消。剃り具合も、スルスル滑らせてるよりも圧倒的に深くまで剃れます。
5分を長いと感じる人も居るかもしれませんが、10ワットブラウン、7ワットパナソニック(二つともかなり古い機種です)、14ワット日立ロータリーも含めて、髭が強いので大体こんな感じです。多分髭の深剃り具合でいけばロータリーの方が良さそうな雰囲気ですが、顎の先とか苦手でムラが出来易いですし、喉の柔らかいところは『剃り終わらないんじゃね?』な勢いでしたから、どこもかしこも割と均質に剃れた時点で結構感動です。
ロータリーは1方向に刃が動く関係で肌が綺麗な感じに仕上がるのに対して、フィリップスの回転式は『どちら向きにも均質に剃れる』特性が災いして、皮膚は粉っぽく仕上がります。この点で、ロータリーの良さを感じる面があるのも事実でしょう。髭が伸びるのに掛かる時間も、ロータリーの方が長かった印象ですし。でもまあ、髭を蒸らす時間が必要無くドライで使えるのは、これはこれで結構な美質ですね。
ところでどちら向きにも均質に剃れるとは書きましたが、それでもやっぱり髭の生える向きと反対に動かしながら剃った方が効果的な様です。この辺は、往復式やロータリーと、そんなに変わらないようですね。
個人的にはフィリップスの回転式、お勧めだと思います。
もう店頭で売ってないでしょうが、ドラム刃タイプの最新型も基本設計はそんなに変わらないでしょうから、日立のロータリーシェイバー(私の使用機は、RM−GTX1)の長期使用に於ける信頼性の参考になればと。
元々回転系のパワーと抵抗のバランスには問題があって、付属のオイルを使っても、初期のバッテリー性能の高い期間が終わると、ドライ環境では使い物にならなくなりました。
仕方がないので石鹸で泡立ててウェット環境で使うようにしましたが、購入後数カ月で、数秒間の回転でストップするように。本来はリチウムバッテリーの過放電を防ぐため、電圧がロウになったときに作動する機能なんですが、どうやらメイン基盤上の電流流量を測定するチップか配線が湿度でいかれたときに起こる症状なようです。修理に出したところ、コメントは『洗浄用のカバーを外して水圧を掛けないでね』と。
身に覚えがあったので、修理後、メーカーの言う通り洗浄用の口から水を流し込む程度にして引き続き使用すること1年弱、また同じ症状に。5年保証に入っていたので安心して修理に出しましたが、修理ミスで2回送る破目になったのはまあ仕方ないとして、コメントは前回とほぼ同じ。但し『洗浄用の透き間より下に水を掛けないでください』と、事細かな補追が。
普通にヘッドに水を掛けても、クリアランスが無いので、首振りの透き間まで水が跳ね返って上がってきます。髭剃り中に水分が切れると回転が止まるので、溜まった髭滓を流す(そうしないと深く剃れない上に肌が荒れる)のを兼ねて何度か水を流すのですが、正直そこまで気を遣えと言うのであればメーカーに叩き返したいところです。それにヘッドの洗浄に必要な水の流れを考えると、洗浄用カバーの透き間だけに水を流せなんて言うのはかなり難しい注文ですし。
かくして多少は気を遣うものの、まあ普通に使い続けて更に1年、また同じ症状になりました。有り難いことに5年保証でまだ何度か修理に出すチャンスはありそうですが(何度も修理に出しているので、いい加減保証期間が切れてるかと思いました)、故障と出張が重なると困ることもあって(前回見事に出張と重なりました)、新しい髭剃りを購入する予定です。使わないと使わないでバッテリーが死んで予備機にもならないので、邪魔ですが止むなく併用になるかと。
電装系の防水に関する根本的な疑問を置いておくとしても、メーカーにはドラム形状の歯の抵抗が軽くなるように、交換歯の改良をお願いしたい(互換性は維持したままで)。
あと、ドラム二つの間に往復式の歯が入っているのですがこれが曲者で、今どき信じ難いことに奥行き方向への可動がありません。このため折角手前のドラムが可動式になっていても、こいつに押されて3つの歯が肌に密着することはまずあり得ません。実質往復歯+ドラム一つ+予備のドラムみたいな状態です。
しかも可動式のドラムは直径だけでなく剃り滓を溜める容量も足りないので、もし今度ロータリーを買うことがあるなら同じサイズの2ドラム式の方が現実的かなと。これなら、首振り等が無くっても、手できちんとガイドしてやれば両方の歯が肌に密着させられるでしょうから。まあ防水性の問題がありそうだから、このシリーズは二度と買わないけど‥‥![]()
最後にこれは私の勘違いでしかないのですが、ロータリーだと刃が螺旋状なのでいろんな方向に曲がった髭にも対処出来るかなというのが、私のロータリー式に期待した利点の一つでした。しかし実際に使ってみると、刃の回転方向は常に1方向であって、そういう効果は全くありません(T_T)v〜。
ドラム刃の菱形の独特の形状はこの問題に対応するためのものであって、同時に2方向に対処し、往復刃で更にもう1方向に対応するという発想は見事だと思います。もっとも往復刃がじゃあ期待通りの機能を果たしたかと言えば、肌に押しつけられて痛いし、こいつのせいで怪我をする原因にしかなっていないという程度で、全く何らかの役割を果たしているという印象はありません(実際にどうかは知りませんが)。
星5つを最高として星で評価するならば、取り敢えずドライだと長期的にパワー不足で使えなくなる時点で星3〜4つまで、防水性に問題があり、1年に1回修理しないといけないという時点で星1〜2個。結局この髭剃り(というかシリーズ)を他人にお勧めして良いのか?と考えたとき、2つにしようかと思っていた星を1つに減らすべきかなと。
このレビューに対してメーカーさんとしてはとても不快感と堪らないものを感じると思いますが、だったら日常使用に耐えるだけの防水性と、ドライのままで機械が限界になるまで使い続けられるだけのパワー・抵抗バランスを実現して欲しいと思います。それと、固定式の往復刃のフローティング化と。
吹き出物の卵が割としょっちゅう血を吹きますが、これは止むを得ないと思うので、剃り上がり自体はそんなに酷くないと思います。顎の下の柔らかいところの毛がどうしても残りやすいですが、これはパナソニックやブラウンの古い機種(それぞれ15年、30年近く前の機種ですが)でも同じだったので仕方ないかなと。どちらかというと本来得意そうな顎の稜線が、固定式の往復刃のせいで物凄く効率悪くしか剃れないことが気になります。
因みに、髭が強いタイプでパワーの大きな髭剃りを探していたので、結構高額でも思い切ってこの髭剃りを選びました。オイルや水分が切れると自動停止する程不甲斐ない割りには、14ワット機だけあってパワフルに剃れます。今どき5ワットタイプですらパワフルと言われるご時世ですから、髭の強い人にはやむなしとしても選択肢に上がり得るかも。
数日髭が伸びるとパワー不足で止まりまくりますが、毎日剃るなら問題ありませんね。あと、石鹸を使用しウェットで使う場合は、実質オイル無しで普通に使えます。
ドロハン化したMTBに突っ込んだロード用のフロントディレイラー(変速機)がMTB用とは逆に下からワイヤーを掛けないといけないので、先週はフロントがインナー(3段の3速)しか使えない状態で信貴山を登ってきた訳ですが。ようやくパーツが揃ってフロント3段が使えるようになったので、土曜日に朝護孫子寺まで再トライしてきました!
タイム的には、行きは前回1時間20分が今回は1時間3分くらいで、速くなったと言えば速くなったのですが、前回は今回の何倍も写真撮ったりアンパン食ったりで時間取ってた筈なので、ちょっち微妙‥‥
帰りは、雪が降ってきて慌てて引き返したので、路面が濡れていて前回のよりも掛かってる‥‥と思いましたが、同じくらいだったようです(フェイスブックの書き込みで確認しました)。因みに、計測は藤井寺駅の近所から、朝護孫子寺手前の猪上神社の手前の橋の手前辺りですね。
こんな良いサイトがあったので、道のりの距離を調べてみました。
トップページ
http://www.navitime.co.jp/bicycle/
藤井寺駅前から朝護孫子寺手前のホテルで検索したもの
http://www.navitime.co.jp/?orv=488147898.124445598.00006928.%E8%97%A4%E4%BA%95%E5%AF%BA&dnv=488467410.124618575..%E4%BF%A1%E8%B2%B4%E5%B1%B1%E6%9C%9D%E8%AD%B7%E5%AD%AB%E5%AD%90%E5%AF%BA&orvAdd=.......&dnvAdd=%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C%E7%94%9F%E9%A7%92%E9%83%A1%E5%B9%B3%E7%BE%A4%E7%94%BA%E5%A4%A7%E5%AD%97%E4%BF%A1%E8%B2%B4%E7%95%912280.0745722277.0705001001.00011.060844286...&ctl=1050&ldmk1=488310573.124445509.00002538.%E9%AB%98%E4%BA%95%E7%94%B0&ldmkAdd1=
11.8キロの行程となっていますが、実際には183号線沿いに進んだのでもうちょっと長くなります。多分13キロ弱になるんじゃないでしょうかね?今回は行きしなに一人のローディーさんと擦り違ったきりなので、自分が速いのか遅いのか想像も付きませんが、『速度を上げて検索』というのと同じ位のタイムだったので、きっと速かったんでしょう(笑)。まあ普通の速さというのがママチャリ前提だとしたら、速いと言っても大した速さを前提としてないのかもですが。そもそも、坂道とか計算に入っているんだか(?_?)?
考えてみると高井田駅の辺りで前回より5分程速かったので、17分程速く登れたと言っても山岳区間は10分ちょいしか速くなってないのか‥‥。まあ平地区間で飛ばせた分、山岳区間用の脚が残っていなかったのかも──という気もしますが。実際、最初の連続した登りの天辺の辺でのへばり具合は前回と代わりばえしませんでしたし‥‥(T_T)〜。
因みに高井田側から登ると延々一方的な登りが続いて、農産品の直販小屋でやっとそれが終わって、後は比較的短いアップダウンが3回くらいかな?という構成になります。上に挙げたサイトの標高表示だと谷が1回だけですが、183号線だと谷が2〜3個増えて、その代わり谷の深さは浅そうな感じ(多分)?まあ正直、柏原堅上郵便局の辺りから、特に直販小屋手前までに掛けての坂は厳しいです。暗峠がもっとキツいんだとしたら、いやもう流石にトライする前にリタイアさせていただきます(-_-)v-〜。
世の中には自転車での登りのメッカが幾つかあるようですが、いやはや凄いですね。登り下りだと心が折れるだろうなと昔は思っていたんですが、下りがあると脚の疲労が取れるので、登り一直線の方が厳しいみたいです(少なくとも私は)。
ところで私はマゾじゃないので、朝護孫子寺の前回回れなかった奥のお堂に登るのを楽しみにしていたんですが、昼の2時に出たら登ったら既に暗い、おまけに割と直ぐに雪というか霰が降ってきて、山門の前の百体仏だか千体仏だかしか見られませんでした(T_T)〜。もう一度信貴山に挑戦するかといえば‥‥どうしやう(笑)?
昼夜逆転からなんだか朝早く目が醒めたので、以前挫折した信貴山のお寺目指して自転車で上がってきました。フロントディレイラーがまともに動かないのでフロントがロー固定ですが、元々登り初めまでは脚を温存体勢で行こうと考えていたので、重いシフトが入らないのもそれはそれで都合がいい、ということにして(笑)。
結果、正直前半の昇りっぱなしのところの7割くらいで前回同様挫折しそうになりました。結局、シフトを軽く設定できれば良いという訳ではないんですよね。たまたま最近ネットで『脚じゃなく体の筋肉を使って登ると、どこぞを登れた』と書かれていたのを思い出して、左右の背筋使って漕ぐようにしてみたら、意外と大当たり!!ネットの書き込みが無かったら、今回も挫折確定でしたね。
以降もうほとんど脚が死んでいたにも関わらず、何事も無かったの如く普通に上がれました。いやー、ノウハウって本当に大切ですよね!!
後半はダウン、アップとあるので帰れるか心配しましたが、有り難いことに何とかなりました。途中給水中に追い抜かれた人を量りにして自分のペースを調べてみる。登りでガンガン置いてかれるかと思っていたのですが、意外とそっちは食い付けたのですが、寧ろ下りで引き話されてしまい、ちょっち悔しかったです(苦笑)。
試行錯誤してみて、お尻を下げてフレームを脚で挟んで、あとコーナー前でブレーキングではなく、ブレーキングポイントに入る前にオーバースピード分を事前に殺しとくのがコツなのかなと見えてきました。ううーむ、もっと早く気付いていれば下りも勝負になったんだろうか?まあ前半寧ろこっちの方が登りが速いくらいで『えっ?』となったのですが、抑えてるつもりでも若干オーバーペースだったのかもしれませんね。
帰りの前半コーナーでスリップし始めて『こりゃヤバいかも?』が2〜3回ありましたが、残りはまあ何とかまともに下りられました。もっとも、平地に下りてきてから頑張り過ぎてたらしく、給水で自転車を降りてまた乗り込む際、脚が攣って家に帰れるのか怪しい事態になりましたが‥‥(大汗)。イヤ本当、あの時は焦りましたです。
その後実家に立ち寄って帰省している妹らと奈良の古事記展に行ってきたのですが、正直初め歩けるのかも怪しい状態でした(T_T)v-〜。因みに古事記展はどちらかというと古事記モチーフ近代絵画展みたいな感じで、そういう画に興味がある方はどうぞ、って感じの展示内容でしたね。あと、本居宣長の発行した古事記関連の書物の印刷の、異様な綺麗さが印象に残りました。日本の印刷技術、恐るべし!!
最近日本酒のメーカーが日本酒を復権させたいみたいなことを言っている記事が良く新聞に載っていますが、だったらその前にやるべきことがあると思います。それは、『本物』を売ること。
何故か原酒を飲んでも純米大吟醸を飲んでも醸造用アルコール臭い臭みがする。あの臭みが好きなのは、戦後の安酒をずっと飲み続けた客層です。でも、若い人達に取っては、そんなの関係無い。
本物の日本酒は、小学校の頃にしか飲んだ覚えがありませんが(笑)、もっと豊かな芳醇味があって美味しいものです。その様な『原酒』には、この10年以上もうほとんど出会えなくなっちゃいました。本物に自信を持てなくなった酒蔵が、平気で原酒にも醸造用アルコールを混ぜるようになったのが原因としか、思えません。
でも知ってますか?日本酒でも、上質な白ワインの様な、いえそれ以上に豊かな風味と甘みを持ったものがあることを(まあ一度飲んだきりですが)。原料が米なのでみんな気が付きませんが、元々原料の澱粉の比率が高く、それを発酵で単糖化してからアルコールに変える日本酒は、寧ろ甘いお酒や風味の豊かなお酒になる余地があるわけです。
果汁10%のジュースと30%のジュース、100%の濃縮還元果汁と、ストレートジュースをそれぞれ飲んだ機会はあるでしょうか? 飲んだ機会があれば判ると思いますが、偽物は味が単純で後から加えられた香料のせいで強い匂いがします。味が強くても人工的で、『ああこれ凄い。また飲みたい』という気持ちを起こさせる事が少ないものです。残念ながら、現在出回っている多くの日本酒はこれです。
もう一つ、加水の問題があります。 彦根の酒屋さんで原酒の量り売りみたいなことをやっていたので、試飲させていただきました。まあ正直『これって醸造用アルコール入っていないかな?』と感じたのは事実なのですが、濃厚な味でまあ飲めないことは無い感じです。
これが普通の瓶売りだと少し薄めて、カップ売りだともう一つ薄めて売っているという事のようでした。まあ私は酒飲みじゃないので、カップの画目当てでカップ酒を買ったんですけどね(笑)。
で、帰って飲んでみて驚きました。 ハッキリ言って、ビックリするほど不味い。ええ、水っぽいですとも。
加水して売られている日本酒というのは、まあこういう事です。わざわざ苦労して作ったお酒を水っぽくして、不味い液体に変えている訳です。こんなの売り付けて、リピーターになるわけがありません。 タンクの原酒が70点くらいとしたら、カップ酒は3〜40点以下かなと。
まあここまで書けば頑固な方でも言いたいことは伝わると思います。日本酒を今より普及させたかったら、まず偽物を極力市場から排除すること。加水と醸造用アルコールを入れていないことを示すために、『真日本酒』とか表示しても構いません
正直今更純米酒とか言われても、全く信頼する気が起こりません。よく『原酒はキツ過ぎるから』とかいう言葉を聞きますが、だったらお客さんが自分で水で割るなり、ロックにするなりジュースと混ぜればいいことです。
ブランデーを売るのに、『ブランデーはキツ過ぎるから』って加水して売るでしょうか? アメリカ・ヨーロッパではビールは水ですが、ワインはお酒です。そして、意外とお酒を飲む人しかワインは飲みません。
ビールを飲む人にワインを飲ませる必要はありません。 日本酒もまた然りです。加水なんて、止めちゃいましょう。はっきり言って、江戸時代の酒屋さんがボロ儲けするために始めた悪習ですから。
少なくとも不味い偽物の日本酒を飲んで、また日本酒を飲みたいと思う人は居ません。まずは、市場から偽物の日本酒を一掃しましょう(因みに、現在流通している日本酒の99%は消えると思いますが)。
日本では肉の偽装事件がよく起こりますが、これは『日本の消費者は牛肉と豚肉の区別も付かない』という肉屋の現場の認識があるからです。お蔭様でか私は肉の中で牛肉が一番拙いと思っているのですが、『これ牛肉にしては珍しく美味しいけど、ひょっとして豚肉と違う?』と聞いたら、果して豚肉でしたw。牛肉の美味しさって、そんなもんではないでしょうか。
南洋のマグロモドキも、肉の組織が簡単にバラけて味は水っぽく不味いので中学の時には偽物と思っていましたし、『もうマグロは美味しくないので食いたくない』となった原因でした。今では、いい加減政府の規制が入ってマグロとは違う名前で売られていたと思います。
『客は味が判らない』と言いますが、実際には気が付く人間も居ますし(そもそも酒好きじゃない方が味判りますし)、そもそも『不味いものは不味い』と感じるものです。
繰り返しますが、拙い偽物を売っても、新しい客が付く訳がありません。誰もこんな文章読んでは居ないでしょうけれども、出来れば日本酒メーカーさん達が美味しい本物だけを販売するようになっていってくれると私も嬉しいです。
現状だと『美味しい日本酒って飲んだことありますか?』と聞かれたら、『なるべく味見するようにしてきましたけど、今まで数回しか飲んだことがありません』と答えるより他ありません。 まあワインも似たようなもんで、レモンチェッロの方がよっぽど手堅いような味覚の人間の言う戯言ですけどね。
因みにDolly pop!を始める時に悩んだのは、レモンチェッロ&ポートワインのインポーターとどっちが手堅いかな、でした(笑)。 しかし、全然レモンチェッロ、日本に広まりませんねー、お酒にしては美味しいのに(^-^)! まあ事業の上手く行かなさ振りは、残念ながらどっちにしても変わらなかったでしょうが──。
α7の動画コーデックに関する仕様が拡張されるようですが、普通のスチル機として、
1・レックビュー表示中に絞りを変えようとすると再生モードに移行しちゃうという他のEマウント機でも確認された仕様の廃止(ユーザー選択での変更でもいいです)
2・十字パッドのダイヤルに露出補正も割り当てさせて欲しい(上のダイヤルだと、他の部分が使い難くなり過ぎる)
3・自己責任でいいので、16−50ズームで手振れ補正を設定させてもらえると嬉しい(共振周波数の問題って話ですが、特定シャッター速度にしようとすると絞りか感度が自動的にシフトしてその速度帯を除外するとか、そんな感じで逃げられないものだろうかと。因みにISO6400以下だと、特にノイズの問題は感じてません)
4・MF・AF時のアシスト表示、それに拡大再生時に一発で最大サイズ(若しくは前回使用サイズ)に拡大させられる仕様が欲しい
5・フレキシブルスポットAF設定時、ダイレクトに十字パッドで測距位置を変更出来る仕様を追加して欲しい
6・専用露出補正ダイヤルの入力が、撮影後直ぐに次のレリーズをすると未反映で撮影されることがあるのを改善して欲しい‥‥(ダイヤル入力の内容を専用チップでなく、メインCPUで処理してるのだろうか?)
7・同様にレックビュー表示を無しにしてもレリーズ直後の絞りダイヤルの設定が1ステップ飛ぶのを何とかして欲しい
8・MF測距点の移動に指定したC1ボタンが、フレキシブルスポットAF設定時の測距点の移動ボタンとして機能しない(と言うか入力を拒否される)
9・現在使っていない機能のメニューでの設定が全て跳ねられる
10・拡大再生時に画像を削除したとき、拡大表示を維持させて欲しい(ピント・ブレチェック目的の場合、これが出来ないと辛い)
とか、この辺のファームアップもして欲しいですねー。
この内の半分位はサービス窓口やらいろんなところで声を上げてみたのですが(上げても無駄かもしれませんが、上げなければ何も伝わりませんし変わりません)、時期的に今回のファームアップには間に合っていなくても、またの機会を以て改善していると嬉しいですね。
これでやたら遅くてシャープネスの直径の設定方法が判らない(無さそう)RAW現像ツールがもう少しまともに使えるものになったら、手持ちの5D2をスポーツ撮影以外では事実上引退に追い込める位の使い勝手になるのですが(多分RAW現像ツールの改善が一番無理っぽい?)。
現状のファームウェアのままでは結構『後もう一つ‥‥』が多いα7ですが、筐体として内包している潜在能力は物凄く高いと思うのです。動画の強化だけでなく、スチル撮影のツールとしても最強を目指して頑張っていただけますと最高です!
正直、煮詰められた部分のソフトの仕様は『素晴らしい!』の一語なので(Fnキー回りの仕様とか完璧です)、残りの『え、どうして?』が直ったら最強です(ソフトを組んでらっしゃる方が折角有能できちんと物事を煮詰めて考えられる方らしいのに、どうも積極的には写真は撮らない方のようで‥‥)。そうしたら積極的に、『俺はα7シリーズに付いていくぜぃ』って人も増えるのではないでしょうか?皆さんも積極的に改善点を提言して、自分の使っているα7が最高のカメラになるよう育てる努力(悪足掻き)をしようではありませんか!
出来れば、現行α7シリーズの後継機からそれには対処さていただきます‥‥とならないことを祈りつつ(’-’:)v-〜。
キャノンのG16と、新製品のG7Xの比較画像を見たんですが、どう見てもG16の方が解像度も高いし綺麗なのに、G7Xの方が綺麗だったと盛んに書いてある。変だと思ったら、同じサイズにプリントアウトしての比較だったんですね。まあ、G7Xのレンズの周辺部の悪さ(おまけに余所レビューでもそうだったらしいけど片ボケの個体)を別にしても、ピクセル等倍で見るとどこをどうとってもG16の方が綺麗みたいですが。
正直『画面全体で比べると綺麗』とか解像度が高くなるって言うんなら、画素数下げて欲しいんですよね。画素数で稼いだ分の画素ピッチを広く取った方が、S/Nで綺麗になるので。どうせ画面全体の解像度は、代わりませんw。だったら、綺麗な画を見られる方が良い。パソコンで現像するときに、無駄な重さに悩まされることも無くなっていたせりつくせりです。
ところでG7Xの方が折角デカい撮像素子載っけてるのに、レンズ要素取り除いても何でG16にその比較画像で画質が負けていたかと言えば、一つは露出に明確な差があるか(笑)。2/3段以上は差があるんじゃないかな?
じゃあG7Xの倍にも及ぶ公称ISO感度を160からISO100に落とせば良いじゃないか!と思いますが、それが出来ないのが高画素化の弊害です。最近はチップの奥への方向に荷電容量を増やす方向性もあるんですが、残念ながらこのカメラではまだそれは行われていないようですね。若しくは、それをしてすらISO160にしか『下げられなかった』か(ニコンの一眼レフデジカメも長い間その傾向が続いてました)。
たとえば、G7Xが2000万画素じゃなく1600万画素だったら、これらの問題はかなり緩和していたでしょう。画素一つあたりの面積が増えてしまうのでISO200になってしまったかもしれませんが、その上でも画素辺りの荷電容量は増えるので、S/Nは向上しこそすれ下がるリスクはありません。これが、無駄な高画素化を止めるということです。
まあ正直、G7Xは無駄な高画素ということを考えれば、ISO160にしては画質が良い方だと思います。多分高感度領域では、G16とピクセル等倍での画質が逆転する可能性も高いんでしょう。何よりこのカメラの解像度上の癌になっているのは、果てし無く画角に弱いレンズのせいですから。
とは言え、荷電容量不足の為に青空のノイズはG16と比ぶべくもないとかいうのは、少し淋し過ぎる気がします。まあ露出の基準値を2/3段くらい上げてやれば、S/Nでも惨敗という惨めな状況を脱する可能性は充分ありそうですけどね。流石にそこまでするとハイライト側が跳びやす過ぎるんでしょうけれども、G16の方もそのままだと2/3段露出オーバーに感じるので、画面の明るさ揃えたら実際にはG7Xの方が綺麗になるんじゃないかな。
現状では露出アンダー−>ノイズレベルが高い−>徹底したノイズリダクション−>それをカバーするために掛けた強いシャープネスで残ったノイズが浮きだして、そのせいでJPEG圧縮の効率を低下させる−>出来上がるのは気持ちの悪い画という、何でこんなチューニングをしたんだろうという悪循環に陥っているようですが。
しかし、S95の代替として魅力的かなと思っていたんですが、G16のお株が上がる一方ですね。もっとも、G16は値段を別としても背が高過ぎるのが難点なのですが。あと折角G7Xが好みな画角なので、やっぱり見捨てるには惜しいものが‥‥。
どうせS95も周辺は捨てて掛かるのがデフォなので、G7Xが有力候補で良いのかなー(悩む)?S120が前リングの方に露出補正を割り当てると常時露出補正が可能になるっぽいんで最近見直し中なのですが、S95の前リングは指一本だと剛性不足でスムーズに回らないので、もっとS120の現物触って研究しないとですね。S95の問題点はレスポンスの悪さですが、高感度側が丸1段分以上改善してたらというのもあるので、その辺が良ければ周辺ゴミでもG7Xの魅力が復活です。S120と変わらないレベルだったらS120が急浮上?
ライカから液晶モニターレスの新機種が噂されているようですが、寧ろ光学ファインダーレスで安い機種でも出して欲しいところです。しかし、ブランドイメージを優先して実用性の方を削った機種を高額で出した方が、会社存続上も有効なんでしょうねー。ちょっとくらい安く出したところで、ちょっとやそっとでは手を出しかねるのに違いはありませんし。
まあ会社が存続してくれてるのが嬉しいレベルの状態なので、メーカーとして終わってる感じたとしても、この方針を肯定しても──いいのかな?でもやっぱり、ミラーレス機化しても他社に伍せる使い勝手、性能、価格になって初めて本当のライカ復活と言える気はします。今でもノクチルクス50F0.95みたいな、(値段を別にすれば)世界に冠たると言える魅力的な描写を持ったレンズを生み出せるみたいなのですし。
今巷でソニーの35ミリフルサイズの50メガピクセル機の噂がかしましいようですが、そこで50メガピクセルを半分にリサイズと初めから25メガピクセルだとどちらの方が画質的に綺麗かと言うと。画素が半分になったときのノイズピークの強さの問題と、そもそも画素数が倍になると開口面積はもっと小さくなる問題もあって、S/N的には25メガピクセルの方が良画質になる可能性の方が圧倒的に高いと思います。α7Rの高感度画質が意外と高いのは、α7と違ってギャップレスマイクロレンズ化されてるからかと(但しα7のカタログの記載を信じるなら)。そしてこれ以上は、最適化は不可能です。D800の奇跡はこれ以上画素数が増えた場合、もう『二度と無い』と思った方が良いかと。
良く『リサイズすればいいやん』と言いますが、フォーマットサイズに関わりなく高画素機では、青空、フラットな曇り空に浮かぶノイズを見れば、相当縮小しないとこれは消えないな、レベルが低いと何をやっても消えないなというレベルなことを理解しやすいと思います。この傾向は、何もコンデジだけではなく、残念ながら一眼レフデジタルでも緩和するだけで変わりません。リサイズで平準化出来るのは、初めから弱いノイズだけなんですよね。
画素数が増える度にメーカーのお手並み拝見といった風情になるわけですが、もういい加減、『画素数が欲しければ大きなフォーマットのカメラを買えば?』という方向に向いて欲しいなーというのが個人的な願いです。名目上1200万画素もあればA4見開きでも悲しくありませんし、現実の1/2.3インチ系コンデジなんてA4に耐えるか怪しい位レベル酷いですから。裏面CMOS化で高感度耐性を上げて誤魔化してますが、低感度側はCCD時代よりもノイジーだし色も出てないみたいですしね。
元々メーカーのコンデジの目標画質って、2Lサイズだと言われていますから。それは、馬鹿馬鹿しいことに画素数ばかり水増しされている現状でも、画像を見ていると変わっていないことが判ると思います。同じことがミラーレス機や一眼レフデジカメで起こったら、その頃には写真文化は廃れ始めてるんじゃないかな。今200万画素デジカメの画を見たら、フルサイズ一眼レフを使っている人でも眼から鱗が落ちること疑いなしです。まあ、解像度関連はボロボロなんですが(苦笑)。
因みに、写真屋さん店頭のプリント受付機、300万画素もあればそれ以上プリントの解像度も上がらなければ、下手をすると寧ろ画質が下がります(そもそも300万画素も要らないらしいですが)。写真屋さんで、実際にそのプリントも見せてもらいました。
それなのに、コンデジの大きな写真データの読み込みで待たされるのは、馬鹿馬鹿しいですよね?
2Lでも600万画素で既にオーバークオリティーなデータと言える訳で(だって4つ切りに足りる画素数ですし)、コンデジはもう700万画素くらいまで戻しちゃって、良いんじゃないですかねー?今の撮像素子技術で1/1.8インチ700万画素なんて、ワクワクしちゃいます。
え、1/2.3〜2.5インチで充分じゃないかって?私、1/2.3インチ300万画素機の画質が気に食わなくて、もっと画質が良くなることを期待していたのに、画素数が増える度に露骨に画質が悪化していったっていうのに、そんなのに食指が伸びる訳が無いじゃないですか〜。正直、1/1.8インチ機の画素数が再び増えてきて、とても落胆しております。
ここ何年か、コンパクトデジカメを買い換えた人に会う度に『前の機種の方が、画質が良かったような気がするんだけど、気のせいですかねー?』って言われるんですが、ハッキリ言って、あなたの眼は正しいです。わざわざ、自分の眼を疑う必要はありません。
原因はこの記事に全て纏められているので、気になるようでしたら頭からもう一度読み直してみてください。一度読んだ内容を読み返すと、必要な前提が頭に入っているのでより理解し易くなるんですよねー。これって、受験にも活きることですよね。
この度、α7を買っちゃいました──(>_<)![]()
![]()
元々EOS−Mの最新ファーム機を弄ってみて、『結構使えるやん!』となったのが取っ掛かりだったのですが、『今EOS−Mのダブルレンズキットを買って狭い画角でFDレンズを使って、3〜4年後に6万位まで下がったα7を買ってフルサイズで‥‥』と考えると、『なんだ、今10万でα7買った方が、今からフルサイズで使えるし賢いやん(○
。○)!!』となったのでした(旅行でEOS−Mを使おうっていう下心がなければ、ボディー単体の中古は16000円代からありますけどね。FD−EFMアダプターはネットで2000円代から手に入るし)。そもそも、久し振りに銀行の預金を調べてみると、予想よりかなり多めの金額が入っていたのが大前提だったりはするのですが‥‥(給料受け取るのが締め日の1月半後って、結構大きいのねん
)。
つー訳で、銀行で残高を調べたその足でα7の中古を予約しに行ったのでした(店舗間のお取り寄せを使ったので)。その前の日曜に存在を確認したボディー単体10万円弱がまだ残っていると思ったのですが、売れてしまっていたのが盲点でしたが──。泣く泣く25000円ほど追加して、史上最悪のズームレンズっぽいという個人的評価の、28−70F3.5−5.6OSS付きになっちゃいました。
まあこのレンズ、広角端の周辺部は『駄目』というより『ゴミ』の疑いが強いですが(非点格差のせいで他に見たこともないような酷いボケ方。ただ、家の個体は珍しく偏芯は少なそうな感じ?)、35ミリ領域くらいからその傾向はなりを潜めるっぽいので思ったよりかは使えそうですが(まだ検証中)。最悪α7では手振れ補整が使えなくて高感度も使えない(ISOどの位からなんだろうな〜?)という18−50OSSの方がマシなんじゃない?と思っていましたが、実用上は何とかなりそうな気も。まあ旅行で使うって考えれば、馬鹿デカい27−70OSSよりも18−50OSSの方が実用的っぽいですが──でも思ってたよりも高感度ヘナチョコっぽいしなー‥‥。
α7対応の安い16−50F3.5−5.6OSSのパワーズームとか出たら、中古で激安になったらそっち使いますが(新品では多分買えねー(T_T)〜)。でも、ボケ味が悪かったらそんなレンズ要りませんけどね。元々αレンズの魅力って、ボケ味なんだけどなー‥‥。
α7本体の評価ですが、ライブビューしか使わないという前提だと、5D2の方が良いところも沢山ありますが、α7の方が優れているところも半分くらいはあります。要は両方足してやっと80点位というところですか‥‥。
ライブビューMF時の測距点選択では、5D2の方がルーチン的には良いと思います。初めから測距点が表示されているので、何時でもダイレクトにジョイスティックで移動出来ますので。ただ、レリーズ半押しで全画面表示に戻るα7は、『そうそう、そうなんだよ』です(>_<)!!ただ半押しの後戻しても全画面表示な上に、3回ボタンを押さないとピント合わせに戻れないので(1回目で測距点移動、2回目で中間倍率、3回目で最大倍率)、半押しが軽い分却って億劫な部分もあります。ここは測距点選択をダイヤル&十字ボタンでなく十字ボタンのみにしてでも、常時測距点選択を実現出来るようにして欲しいですね(ドライブ選択とホワイトバランス選択はファンクションからアクセスということで。どっちのモードを取るかは、カスタム設定で選べると尚良い)。あと、拡大表示を1段にするカスタム設定を追加して欲しい。どうせ中間なんて使わないし。拡大倍率をカスタム設定出来れば、それでいいと思うんですけどねー。あと、撮影時にしても再生時にしても、1クリックで移動する画面の量を半分位にしてくれないとちょっち具合悪いです。丁度いいところに、もって来れません。
レリーズ後のブラックアウトや次のレリーズの受け付けまでの時間は、α7の方が短いです。5D3や6Dのサイクルタイムの具合は忘れましたが、拡大表示ボタンが左手側に移った時点で初めから論外。ってことでα7の圧勝と言いたいところですが、ブラックアウト中に露出補整以外のダイヤルを回しても反映しないのはどうにかして欲しい。こういうのってソフトで入力をクリアしてる場合が多いんですがどうなんだろう(α7の振る舞いを見ていると、カスタムインターフェイスチップで蓄積した入力をOS側でクリアしてるんではなく、ボタンの入力までOSで監視している可能性も否定し難い‥‥)?可能なら、α7Sのファームアップに合わせてでも改善して欲しいですねー。
何にしても、ですよ?これでやっと、FDレンズがほとんど完全に復活出来てしまうのです。就職した時、最初にやったのが大口径FDレンズを中古で買い漁ること(笑)。その成果が、メーカーの一方的な都合で全てごみ箱に行くところだった訳です。その救済がなされたのが、キャノンではなく他のメーカーだったってところがとっても気に食わない訳ですが(しかもEOS以降、キャノンのカメラとしてのインターフェイスは、とっても素晴らしいものに練り上げられて来たっていうのに!)、ソニーさんには本当に感謝です(>_<)!!
『ほとんど完全な復活』からハミ出すところは、リアルタイム性の高い撮影ですが、まあそこはEFレンズをEOSで運用して済ませましょう。そういうのって、AFが役に立つ領域でもありますから(それでも元々MFで撮ることの方が多かったけどな。でも乱視の悪化のせいで、最近はどうにもなー(T_T)〜)。
元々EFマウントはユニバーサルマウントと呼ばれてきましたが、α7のお蔭で、それでもどうしようも無かったFDレンズやレンジファインダー用レンズがフルに使用可能になります。リアルタイム性さえ求めなければ、寧ろ元の銀塩カメラよりも使いやすい面すらあります(何時でも、画面のどこでもマグニファイヤーが使用可能!)。これは革命的ですよね!それにライカMなんてとても手が出ないけど、これでノクチルクス50F0.95さえ手に入れば‥‥どうせ無理かorz(苦笑)。
何にせよ、なる程レリーズ後ダイヤルの入力を受け付けてないタイミングがあるとか、そのモードで使えない機能は設定変更不能な馬鹿仕様とか、インターフェイスの配置が5D2より遥かに劣るとか色々と難点はありますが、60点の積み重ねでも『他じゃあ出来ないことが出来る』と考えれば、トータルすれば80点です。残念ながら100点からは程遠いですが、カメラマンに夢を見させてくれるという意味ではとても魅力的なカメラだなーと思います。意外と、お薦めですよ?惜しむらくは、『意外と』無しで勧められて買うと、かなり失望が多いところですが(苦笑)。
RX1が触ってみてビックリするような完成度だっただけに、残り20点を何とか出来なかったのかなというのが惜しいところです。取り敢えず『ダイヤル入力をフラッシュするな!!』とだけはソフト部隊の方に苦言を呈しておきたい。これだけでかなり使い勝手が向上します。あと、後継機でタッチパネル載せないんならソニーのやる気を疑うと言っておきます。まあ、EVF搭載の為に鼻の頭が背面液晶に当たる問題の回避が出来なかったことが原因なんでしょうが‥‥。だったら、EVFがオンになったらタッチパネル封鎖とか、色々やりようはあると思うんですけどね。実際問題、OM−Dとかはどうしてるんでしょうね(?_?)??
因みに、私のα7はとっくの昔に液晶の左端が鼻の油で偉いことになっております(笑)。折角EVFがあるのに、わざわざ胸の前にカメラを構える必然性なんて全く無いもんですね。5D2でも慣れたつもりで居たんですが、所詮それって妥協した持ち方だよなーと、α7を手に入れて実感したのでした。結局一眼レフの手振れ限界が低いのって、ミラーショックが原因だったのねん。
GF2みたいにEVFの画質がゴミみたいだと、結局液晶表示でええやんってなるんですが、あれだってタッチパネルがEVFモードで使えたらもっと活用してたかもですね。あれ、GX2のEVFはタッチパネル使えたっけ?駄目だと思うけど仮に使えても、値段も高いし運搬の邪魔なので結局付けないと思うけど。そういう意味では、EVF内蔵って大きいですね!
リチウムイオンバッテリーが充電出来なくなったときの復活方法を、趣味のデジカメ王国のコラムの方に書いておきました。以前某ネット通販のレビューに書いた内容を纏め直したものですが、ご参照いただけましたら恐縮です。だって、お金を払って購入したものがいきなり『ゴミ?』ってなったら勿体ないですもんね。
ついでに、趣味のデジカメ王国の方からリンクを貼り忘れているのに気が付いたので、改めてコラムに互換品リチウムイオンバッテリーについてへのリンクを張り直しておきました。いやー、折角皆さんのお役に立てればと書いた記事が、誰にも見られずに役に立たないままっていうのも阿呆らしいですもんね。
しかし、じゃあ趣味のカメラ王国内にリンク張ってたのかなと思ったら、そちらにも張ってありませんでした。マジで、どこからも参照されない無駄な記事になってた訳やん(T_T)o〜。当時はデジカメはデジカメで銀塩とは違う視点が必要って認識でしたが、フィルムカメラがほぼ絶滅寸前の現在となっては、分けないでおいた方がご来訪下さる皆さんにはアクセス性が良かったですね。
救済ドールキングダム(../kyuusai_doll_kingdom/)の方の容量が一杯になってしまい、先般からの懸念通り古い写真を削除しないと新しい写真が上げられなくなってしまいました。
そこで本来のアドレスが復活したこともあり、皆様のブックマークを../kaori_atusi/に戻していただけますよう、お願い申し上げますm(_ _)m。余りに大量のページを消す嵌めになってしまったので、救済ドールキングダムの方の更新は基本的にはもうストップする予定です。
尚、当面この記事はこのページの一番上に置いておきますので、ご注意い下さいませ。
数カ月前だっただろうか、東京出張の折り、どこの店だったかは思いだせないが(多分中ののフジヤカメラ?)物凄く安い値段でEOS用の互換レリーズを見付けたのは。2秒タイマーでシャッターを切るのにはウンザリしていたので、喜んで飛び付いたのはよく覚えている。
んが。安物互換レリーズの定番に近いお話だが、段々信頼性が怪しくなって行って、それでもケーブルをワシャワシャやっていたら何とかなっていたのが、8月1日のPLの花火の日にはほぼ完全沈黙に近い状態になってしまった。
メーカーに修理に出せないかとも一瞬考えたのだが、どう見ても交換して貰っても次の個体も信頼性は怪しそうである。と言う訳で、取り敢えず蓋を外してみて、見てから考えようということにした。
以下、そのレリーズの問題点発掘の歴史(?)である。
まず蓋を空けてみた。背面のネジ2本を外すだけなので簡単である。ここで、配線が齧った後があってムッと来た。電気関係を触ったことのある人なら判ると思うが、配線が強く挟まれると、断線の危険がある。そりゃー信頼性が低い筈である。
更に、配線取り廻しの為にグリップ分の中に壁が作ってあるのだが、その壁に押されて横からえぐるように配線が押されている。どうもこのレリーズの設計をした人間は、分厚い保護被服に覆われた配線が直角に曲げられるものと思い込んで作ったらしい。そりゃーね、これだけでも配線が断線する原因になり得ますよ。
更に良く見てみると、最初に言った齧られた配線。グリップ本体の表裏を繋ぐネジを受ける部分と干渉していて、配線を挟まないと蓋が閉まらない。しかも、ネジを受ける雌部分と対になった部分が本体裏側(裏側からネジを差し込むようになっている)に存在していない。先程の配線誘導用の薄っぺらい壁で、ネジ受けの雌部を受ける構造になっているらしい。
どっちにしろ、配線を取り回す為のスペースが全く無い為に壁とネジ受け部が配線を噛むのは如何ともし難く、結果としてネジ受けの雌部が砕けて割れていた‥‥。
正直、配線を通すスペースが初めから用意されていなかった製品を見たのは今回が初めてである。大抵は、『スペースが足りない』から『配線に余計な負荷が掛かっている』位で済んでいるものだ。しかし、配線を挟まなければ初めから蓋が閉まらない様な酷い製品を見たのは、これが初めてである──と信じたい(なんか以前に似たようなのを見た様な気がしてきた‥‥)。
この後グリップの表裏に挟まれたところや、直角に壁で押された部分の通電具合を、コードを曲げ延ばししながらチェックしてみる。どうやら、直角に曲げられたところは実際駄目そうである。んなもので、下手糞なハンダ使いではあるものの、何とか配線をぶった切って通電不良の領域を排除して繋ぎ直してみる。
しかしまあ、またその配線というのが細くって、レリーズコードの太さの割には直径1ミリあるかも怪しい細い配線しか入っていない。中にはアルミらしきこれまた細い線画数本程度の束となって入っている訳だが、正直精密機器の内部配線でしかお目に掛からないような代物である。物凄く弱そうだし、容量にも余裕が無さそうだ。
実際、せっかくハンダ付けを何とかしたのに、それまではレリーズテストで上手くいっていたのが、蓋を締める度に調子が悪くなる。蓋を開けてクネクネしてやると直るのに、また蓋をすると駄目。
配線がネジ受け部に噛まれていることは書いたが、蓋を締める前に止むなく配線を噛む部分をカッターで削除して置いた。しかし、これでは未だ駄目。取り敢えず配線が直角に折り曲げられるのを避けるため、配線誘導用の壁を削り取って曲げ角度を45度くらいとかまで下げてみる。それじゃー足りないのでもっと削って角度を柔らかくする。
配線を噛んでる部分ももっと削ってみた。有り難いことにネジの長さに余裕があったので、それでも何とかケース部の表裏はなんとかくっついている。んが、やっぱり駄目。
コードと本体の境目にあるケーブルに負荷が掛かったときに緩和するためのパーツが斜めに差さるようにして、ケーブルの通り道をそもそもネジのところから離してみる。程度が足りないのかやっぱり駄目。
既に配線が死んでいるのかなということで、もう一度コースの中に入るところより外側でカット。レリーズテストするといい感じなので、今度こそはと安心して蓋を閉じる。やっぱり駄目やん──(-_-#)。
今までやって来たことを全部より徹底させてから、配線も短くなるの覚悟でもう一度イカれてそうなところをカットしてハンダ付けし直し。今回は、前回よりもハンダ付けもいい感じに行けた様だ。これで準備万端──!!
結局、駄目でした。調べてみると、グリップ部から出て暫くしたところ、コードカバーの中らへんで、曲げ負荷が掛かると通電不良が発生していました。結局、配線が細過ぎて、『たまたま通電する状況』以外では通電不良が発生していたのです。元々レリーズを引っ張ったりとかは、しておりません。ただ何週間かの間、ブラブラとカメラからレリーズがぶら下がっていただけ。逆に言えば、自重に耐えきれなくて配線が通電不良になってしまっていたわけです。
正直、設計はゴミ以下です。多分工学部を出たからと今まで機会も触ったことも無い人が、他のメーカー製品の内容を参考にして適当に設計図を引いたんでしょう。正直何の経験も知識も意欲もなく、兎に角言われるままに形を作っただけ、これ以外の印象が何にもありません。でも、どこまでも改造した結果として、配線さえ何とかなっていればもうこれ以上の問題は発生しないところまで、意地で煮詰め直したのでした。しかし──
しかし、カメラ側に繋ぐソケットが分解不能なプラスチックの鋳込みで作られている関係で、端子側の配線をやり直すのは不可能です。要するに、手の撃ちようがない。
正直、本当に、ゴミな設計です。でも、ケーブルの配線が玩具の動力配線に使われているような普通のリード線を使っていてくれたら、多分それでもなんとかなっていたでしょう。しかし、メーカーが到底用途に見合っているとは言い難い細い配線(多分金ケチったんでしょうね)を採用した時点で、この製品はユーザーの手に渡ってしまえば遠からずゴミになる運命は、確定してしまっていたのです。
大切な撮影のタイミングで『あ、レリーズ死んでる』この事態を避ける為には、普段からこのレリーズを使うのを止めておくしかありません。使えば、レリーズの自重だけでも、配線は同伝不良になってしまうのですから。これでは、常に予備でも用意していないことには使い物になりません。
兎に角、設計が駄目なのは仕方ないとしても(全然仕方なく無いけど)、配線が使い物にならなければどうにもなりません。この製品を持っている人は、漏れなくメーカーに交換を要求した方いいとと思います。少なくとも、同じ配線を使っている個体については。
南京大虐殺はあったのか──?という話題を追いかけていると、新聞の投書欄う見ていても『存在そのものがなかった』という右翼とか右翼系政治家の台詞を見ていると『アウシュビッツの虐殺はなかったという連中と同じで、現実を見詰められない嘘つきかチキンなんだろうか?』という感想しか出て来ない。
もっとも程度の問題という面もあるから、『1万人殺さないと虐殺とは言わないんだよ』と言う論もあるだろう。それなら、私も定義上の問題として『無かった』と言う説が正しい可能性を否定しない。何しろ新聞の投書欄の『虐殺に関与しました』という文章には、具体的にその部隊で何人殺したとか書かれていることはまれだし、それを積算しても1万人に達するか怪しいからだ。
但し、虐殺の定義が『1万人』ならそうだが、1000人でも十分虐殺だろう。ついでに100人でも組織だって行われれば十分虐殺だし、実のところ20人でも虐殺とは言い得る。戦闘とは関係なく住人が殺されれば、十分に虐殺と言えるからだ。そしてそこまで敷居を下げれば、明らかに虐殺はあったと言えそうだ。
じゃあ南京大──いや、南京虐殺だな、はあったであろうと個人的に結論させていただいたとして、中国政府は『正しいこと』を言っているのであろうか?となると、個人的には『恥知らずの嘘吐き』と言われても仕方ないと思う。何でかというと、彼等の言う数十万人の被害者というのは、当時の南京の人口より多かったという話があるからだ。南京占領後周辺から中国人が集まってきたという話を別にして、1億2千万人位の日本で2億人の人間が殺されたと吹く馬鹿がいて、『大概にしろこの嘘吐き』と叫ばずに居られる人は何人居るだろう?被害を誇張するのは、結構恥知らずな行為だと思うのですよ。
そんな中国と足並みを揃えて韓国が唱えている台詞で、どうにも不思議なことが一つある。足並みを揃えてと言うのは、韓国だけでなく、中国も同じ立場で、同じことを言っているから。その内容というのは、『韓国は第二次大戦に於ける被害者である』。
はっきり言う。こんな阿呆らしい嘘はどこにもあり得ない。そしてそれを突っ込まない新聞もテレビもよく理解できない。当時韓国人は『日本人』であって、故に韓国は申し訳ないことに、日本の巻き添えを喰らって明確に『戦犯』側である。別に韓国人が日本人に命じて第二次大戦を開始したなんて言う気は毛頭ないけれども(但し開戦に賛成していたのか反対していたのかは残念ながら私は知りません。そしてもう一つ残念なことに日本の民衆は勢いとしては『開戦派』だったということのようですが)、取り敢えず『日本人』として戦場で普通に戦って、普通に日本人として戦死したのは間違いない。
『韓国人は日本の支配下にあったんだから、責任は無いだろう』この論はありだと思います。でも、『日本人に支配されていたんだから、日本の被害者だ。だから大戦でも被害者だったんだよ』と言うのであれば、ソビエト連邦下にあったウクライナ人はハンガリー動乱だかで攻め込んだとき、『ソ連の被害者だった』と言うのだろうか?アゼルバイジャン人は?まあハンガリーに進軍した兵士の中にウクライナ人が居たか居なかったかは分からないが、仮に居たとしてもウクライナ人は『俺たちは被害者だったから、加害者じゃない』などと言う素敵台詞をのたまったりはしないと思う。少なくともあなたも思わないだろう。
てな感じで、どうして中国も韓国も平気で国連の場で『韓国は第二次大戦の被害者だった』とか嘘を平気でのたまうのか、そしてそれが平気で通るのか、不思議で仕方がありません。まあ、ハマスを潰すのが目的のエジプト政府がパレスチナ問題の仲裁役を取り付ける世の中ですから、『論外』な意見が公言されつつ通っちゃうのも、当たり前なのかもしれませんけれどもね。
ブーツ部の死んでいたカリフォルニアプロのT−900のホイールを、ホイールの死んでいたノルディカ時代のローラーブレード何チャラと言う2ピースモデルのと交換して、何年振りかで家のインラインスケートが復活した。一頃はインラインスケートは完全に下駄状態で、雨の日も走っていたノルディカの靴のホイールに付けていたベアリングがご臨終した──んだと思っていたのだが、実際に交換してみると死んだのはターボコアと呼ばれている軽量ホイールのスポークっぽいところだった‥‥。
多分インラインスケートのことを話されてもチンプンカンプンな人の方が多いとは思うが、たまたま履いていて偶然ここに立ち寄った人の為に書いておくと、軽量で乗り心地が良いということらしいクッション構造っぽいターボコアのホイールと、そうでない放射スポークの付いたホイールに分かれている(例外はあるかもしんない)。この軽量というのが曲者で、どうやらウレタン製らしいこいつは経年劣化もするし、経年が問題にならなくても割と早く耐久期限が来てスポーク部がバランバランになる‥‥。
一方通常タイプの放射状スポークのホイールは、今まで周辺のゴム部が磨り減って限界が来る前に破損したのは、一つも記憶にない。一倍酷いホイールは第1転輪に使っていて、確かゴムが磨り減ってヒッ剥がれるんじゃないかという寸前まで使った記憶があるけど、やはり何の問題も無かった。
レースに出ているトップオブトップの選手は知らないが、正直一般人が『軽さ』を求めてターボコアのホイールを買う必要は全くないと思う。路面の大して良くもない道を毎日1キロ余りを2往復走っていても、タイヤが磨り減る前にスポーク部の寿命が来て途中でおシャカなんて、経済合理性を満たしているとは言い難いだろう。大体、ターボコアだから速く走れたという記憶は全くない(トップレベルの人に取ってどうなのかは、私は知らない)。
まあそんな感じで、久し振りにまともにインラインスケートで走れた訳である。実家までの道のり1.2キロ(自転車のサイクルメーターに依る)を二日連続で往復しただけで、腰に来たけど──(T_T)o〜。
かようにインラインスケートは腰に優しいとは言い難いが、これもまあ胸から下は全部使うようなフルストロークの走り方をするからであって、大して腰も落とさずにちまちま走っている分にはそこまでは問題ないんじゃないかと思う。何しろ一頃は通勤で、枚方の国道1号線沿い(覚えてないけど多分歩道の上だろう)を往復していたし。ただまあ、面白いのはそういうちまちました走り方ではなく、やっぱりフルストローク全力で走ってるときだけどね‥‥。
因みにこんなもの通勤に使えるのか?と疑問にお思いの方も多かろう。まあ必要は何とかの母とかいう言葉もあるが、実家から枚方に帰るときは枚方市駅から1号線までの凶悪な坂道をインラインスケートで往復したものである。あの道の凶悪なところは車の交通量が多くて飛ばしてる癖に往復1車線ずつしか無い上に、歩行者が肩身の狭い思いをしなければ歩けないような坂道が延々と続くところだが、マジで必要は何とかの母である。気が付くと完全に肩幅でブレもせず真っ直ぐに走れるようになってしまった(笑)。
出来るようになって判ったが、全力で走っていても別にストロークで進路を大きく左右に振る必要なんて全く無いのね(どっちの方が速いのかは知らないけど)。効率という点では、多分真っ直ぐに走ってる方が上なんではないかと思うのだけれどもどうなんだろう。取り敢えず氷上のスケートは知らないが、インラインだと外刃側も普通に使えるのが味噌である。
歩道だろうとそうでなかろうと横幅の使えない道での上り下りなので、混んでくるとTストップを使わざるを得ないのがコストパフォーマンス上は辛いところだった。何しろ、ホイールが減りますからねん‥‥
ただ、スラロームとTストップに、回転ストップが出来ればもう何も恐いものは無い。最悪、スピード出さないんならTストップオンリーで問題ないし。スラローム無しだと、タイヤが減らなくっても全然面白くないという問題は、あるけど。ムムー![]()
ドリフトするように止まるやり方もあるけど(回転ストップの省略版みたいなもの?自分が出来たか出来なかったかも忘れた)、やれる人も変なゴムの減り方するからあんまりやりたくは無い(けどやっちゃう)らしい。まあインラインスケート唯一の(確実な)消耗品であるホイールは、お子様用でなければ8つ以上あるから、交換費用が馬鹿にならないんですよね。
ところでスケートのバックルなんですが、最近はフルバックル式ってほとんど無いんですってね。私のはノルディカのですら10年以上前のモデルだと思うので一応バックル式ですが、コーナー廃止セールで買ったノルディカのホッキー用の紐が締めるのに馬鹿馬鹿しいほど時間が掛かり、そのとき指と手が痛くなるにも関わらず『絶対に』もう一度締め直さないと上手く締まらない上にまだ不満が残るというロクでも無い感じで、紐式って好きじゃないんですよね。まあ、どうにも調子が上がらないなーと思っていたノルディカの靴がイマイチだった原因が甲のバックルの締め圧不足だと判明したので(それまで問題だった踵荷重でのスラロームを安定して出来るようになった)、最近のは紐靴でも甲にはバックル付いてるので大丈夫だろうとは思うのですが。
んでそのバックルですが、カリプロのはマイクロラチェットで毎回調整する形式。ノルディカのは根っこで長さを調整して、先っぽが昔ながらのスキー靴の梃子で締める形式。なる程一種のインデックス形式でその点は悪くないんですが、調整するとき長さ合わせが確実でなく、梃子比はストロークの長さ重視で不足していてあんまり良い印象が無い。段々締めていく様に扱えるカリプロの形式の方が好きですね。いやー、カリプロ本国でも潰れたんじゃなければ国内でも復活してくれないかなー。
ただ、問題は当時のカリプロのブーツのシェルです。今ではご自慢の(半額で買った)T−900のシェルは、ブレード部に張りついた片側分の靴底分しか残っていませんでした。靴底しか無くって、しかも片方だけですよ?ワンピースシェルに必要な柔軟性と強度を両立させるのには、ウレタン製しか無かったんでしょうかねー?
ノルディカのはナイロンだったらしくて、有り難いことに今でも使えてます。まあ、新しい90ミリのホイールを履ける靴に履き替える口実が無くなったのは残念ですが、今となってはその2〜3万を使わずに済んだのは有り難いですが。つーか当時は80ミリまでしか無かったんですが、今では110ミリの靴すらあったんですね。最安4万円みたいなので、多分今後も手は出ませんけど(の_の)v-〜。ひょっとすると5タイヤモデルが消え去って、110ミリになったってことなんでしょうかねー?
路上で走る分には、タイヤの直径は走行のスムーズさなので、予算的に買える範囲内で一番デカいタイヤの付いたのをお薦めいたします。まあ、77ミリあれば取り敢えずそんなに気にせずに路上を走れるようにはなりますが。あくまで路上を走るという前提でならばですが、72ミリ以下のはあんまりお薦めいたしません。ホイール全交換すれば6000円くらいは吹っ飛びますし、今回も外して付けてだったもんでホイール交換は大変でした。それに80ミリ以下のモデルだと、86ミリとか90ミリのホイールは入りませんしね。
ベアリングは、気が付いたらAbec7とか何とか出てるようですが、まあ5を越えてれば良いんじゃないですかね。店で聞いても実質変わりませんとか言われましたし(但し結構前の話)。Abecって元々ミシンとかの工業用途の規格で、横荷重を想定していないのを流用しているとか、もっと専用品が出て来るようになると嬉しいんですが。多分値段が高くて、買えないだろうけど‥‥。取り敢えず、Abec3以下のはゴミに毛が生えたみたいなもんなので、実は一番出費に対するリターンが大きいのはベアリングかもですね。
それにしても、意外と体って覚えているもんですねー。ホイールのご臨終した(ベアリングが死んでるんだと思い込んでましたが)ノルディカのを履こうとして、玄関を出た瞬間に『ああ、死んでたんだっけ──』と思い出すこと過去数回。仕方ないからと横幅が狭過ぎて履く度足が割れそうになるホッキー用で出たものの、脚に対する横のグリップは不足しているわ、72ミリのタイヤ(しかもデカいのには替えられない)でガタガタ振動はあるけどスピードは出ないで‥‥というのはありましたが。まあまともに履けたのはマジで10年以上振りでしたかね。
何せ磨り減ったT−900の代わりのホイールをアメリカで買ってきて(グレードは高そうだけど安いというところまでは行かなかったかな?)、さあ走ろうか!と思ったらシェルが崩壊‥‥(T_T)〜。正直気分的には1日潰す位の根性がなければ、既に付けてるホイールの交換なんてやってられませんから。あいや、現実には1〜2時間で終わるけどね。でもスペーサーが破損してパーツ不足になったらどうしよう?とか、結構心理的にハードル高いんですよ。実際カリプロのベアリングスペーサーは、毎回2〜3個へし折れますし(昔履いてたテック700に付いてたのを流用したりしてました。余ったパーツは置いておくべき!!)。
なんか、インラインスケート始めるには敷居が高くなるようなことばっかり、書いてる気がしますねー(爆笑)。ただまあ、スキーとスケート両方やったことがあったら普通に路上でも走れますし、楽しいですよ。ただまあスキーでゲレンデを上るとき、横向きでニの字書きながら上がるんではなく、ハの字で上がれないと行けませんが。
あ、言っときますが確かに楽しいのは下りですが、上りは全然しんどくありません。普通に歩いて上るのと同じか、ストロークを使える馬力があれば寧ろ楽です。そして下りを舐める奴は、インラインスケート場以外では走らないでね。平地でも急に深いストロークで横幅使うとそれだけで事故れるのに、下りで突然スラローム始めるなら車から見れば犯罪的ですから。車線だけでなく、ストロークを変える時も先に後ろを一度チェックしましょう。正直、ママチャリと同程度のスピードしか出ないので、自転車から見ても不注意なストローク変更は大の迷惑です。
あと、これは自転車と共通ですが、止まれる能力があなたがそこで出してもいいスピードの限界値です。死にたくなければ自分の能力以上のスピードで交差点を横切らない(優先側だったとしても、交通ルール無視の馬鹿には勝てません)、飛ばしたければブレーキを上手くなること、ですね(^-^)。
それと、スケートを買ったらブレーキは真っ先に外しちゃいましょう。あんな危険物発明した奴はどこかに消えて欲しいというのが個人的見解です。突然路面につっかえるあれは、マジ危険です。Tブレーキの方が安定してるし制動力有りそうだし。そもそも、ブレーキの使い方覚えるよりTブレーキ覚える方が遥かに簡単だしね‥‥
つーかブレーキも出来ないのに、街中走り出すのはご勘弁ですよ?
そうそう、下駄履きに使うときは、店に入るときは『滑らない』で下さいね。そうでなくてもヒーリーが流行ったお蔭でスーパーとかスケート禁止のところ増えてますし、『店の中では歩いてる振り』をするのがインラインスケートを日常で使う為の必須事項だと思います。
まあ何にしても、(私も出来ませんが)ハーフパイプとかトリックとか楽しむのでなければ、正直まっ平らな公園の中よりもお外走ってる方が楽しいのが、インラインスケートだったりします。思い通りに滑れないなと思ったときは、足の甲を支えるバックルをキツく締めて上げるとOK!!もっとも、急速に足が疲れるので長時間走れなくなるという悩ましい問題もありますが。
尚路面でやたら足を取られるような初心者の間だけは、バックルは少し甘めの方が走り易いです。きっちり固めた方が走り易いかどうかで、自分のレベルが量れる面もありますねん。
以前から詐欺メールが毎日何十通も来て超が付く位不快でしたが、銀行の名を騙ってパスワードや個人情報を盗もうという激ウザなメールが来るにつけ、余りに酷すぎるので、手口を紹介しつつ対処法を纏めたページを作りました。
今回は銀行の安全性確認を騙ったものですが、映画『スティング』のパチもんを騙った詐欺とか、遡って色々と紹介しておきたいところですよねー‥‥。
ページのアドレスは
ですので、自由にリンクしたりご紹介いただけますとページを作った甲斐もあります。兎に角、あわよくばこんな詰まらない詐欺にお一人も引っ掛かる方の有りませぬよう──(T_T)o。
最近の国会で『憲法の解釈を変更するのは、解釈改憲ではない』(お前はどこの日本語をしゃべっているんだ?)とか、『今までの憲法解釈を堅持するので、日本は集団的自衛権を行使する心配は無い』と言った直後に『従来の憲法解釈で自衛隊は集団的自衛行為に参加出来る』(要するに集団的自衛権を実際には行使出来る)と言うような非論理的物言いが幅を利かせているようですが、精神活動が正常を保っているのか、もしくは論理的思考を行う能力があるのか、検査を受けさせた方が良いのではないだろうか?日本国民の重大な利益を左右する立場の人間が痴呆を疑われるようでは、大問題である。
また、その様な無茶苦茶な言説を『言質を取った!』とか細かい得点を稼いだつもりになって喜んでいる方々も、大きな問題だと思う。彼のような人種は勝手な拡大解釈を恥も外聞も無く平気で行う人種なので、寧ろ奇怪しな言動を徹底的に糾弾して国会から追い出す位の努力をすべきだろう。何しろ彼の言うことであればどんな無茶苦茶でも平気で通ってしまうという状況が1年くらいも続いている訳で、このまま『彼が何を言っても通る』という状況が続いても何の不思議もない恐い状況なのだから。
トルコのエルドアン首相が法律も憲法も無視して、いきなり首相権限を拡大する憲法改正を行ったときのことを思い出して欲しい。全くもって、今の日本はあれを他人事とは言えない状況なのだから。解釈改憲は、閣議決定した時点で事実上既に終わっているのだ。
彼等の公明党に対する不遜とも言える態度を見れば、そう認識していることは明白だろう。
『お人形さんの王国』内『アリッサ・メリッサのお人形写真館』に『まどか・淳・燦と藤棚』と『まどか☆マギカ&御坂美琴桜編』を追加しました。いやー、やっぱり綺麗な花のシーズンに野外撮影するのって良いですよね!
本当は撮ったまま忘れ去られていた屋内スタジオ撮影分が同じ以上かそれ以上あるんですが、今回の更新で追加現像とホームページの更新だけで1週間以上潰しているので、流石にそっちに手を付けるのはかなり先になりますかね‥‥(大汗)。
Faboriteのページを追加しました。内容は、よくある『私の好きな何とか〜』って感じの奴です。作品説明とかありますが、基本与太話に振っている上に、ストーリーのあるものについては極力内容には触れていませんのであしからず。
つーか、自分の記憶力の酷さにゲロ吐きそう‥‥(T_T)〜。シェークスピアの劇の脚本を何本も諳んじてる人とか、同じ生き物と思えないというか、羨ましいですorz。
新聞の広告を見ていると、朝日新聞の日曜版で連載を持っていた藤巻氏が本を出版されたとか。そこには日本経済が破綻するための条件みたいなものが列記されていたんですが、その一つ一つの妥当性の評価は別として、どうやら一番肝心なことを理解していない事が判ります。それは、『景気は気分で決まる』ということ。
昔は中学校でも教えていた気がするんですが(少なくとも高校までには言ってました)、最近は経済の専門家でもある筈の証券マンですら、『景気は周期的に上下するものである』ということを忘れているようです。で、個人的にずっと気になっていたのは、その上下の折返点はどうやって決まるのか、ということ。
こうやって言われると、『景気は上下する』という認識すら無かった人ですら、思うでしょう、『限界が来たとき』。その限界が、どうやって決まるのかが判らなかった訳です。
それこそ中高生の頃から、その限界点を仮定して観察し続けてきました。例えば、日本国債がGNPの100パーセントを超えたとき、200パーセントを超えたとき、物価がどうなったとき、地価が上がりきったとき。まあ大抵の場合は、予想よりも遥かに遅れたタイミングで、その時は来ました。私の感想は、『えっ、幾らなんでもレスポンス遅過ぎね?』です。
たいていの場合は借金の返済能力等、経済的に考えるととっくに限界を越えてヤバくなってから、初めて景気は悪くなります。逆にとっくに景気悪化要因が改善されて、好景気の周期に入って良さそうでも、全然消費傾向は上向きません。結果として、景気は下向いたまま。
そこでふと、ギリシャやスペインのデフォルト危機を機にひょっとして‥‥と気が付いたことがありました。そしてそれを証明する機会を与えてくれたのが、『アベノミクス』です。勿論その答えとは、『景気は気分で決まる』ということです。
考えても見て頂きたい。アベノミクスの第一の矢は、中央銀行の役割も判っていない某氏とそれに付き従った人物による、モラルハザード的行為でした。そして第二の矢は、今までの政権が繰り返してきて、何の効果もなかったような内容。しかも政府の財政規律を無視した、かなり酷い内容です。ほとんどの経済学者は批判こそすれ、安倍首相が期待したような成果を上げるとはあんまり思っていなかったと思います。しかしマスコミは兎に角景気を盛り上げようと、『上手く行くかもね』とアベノミクスを取り上げていました。
結果として、アベノミクスは私の『最悪の結果にしかならない』という予想を余所に、まあそれなりに効果を上げました(安倍首相本人が言っていたのの、数分の一程度の規模に留まった気はしますが)。
ここで考えてみましょう。今までの政権と、安倍政権の何が違うのか?
大衆と言われるマスとしての人間の特徴は、自分に程度の近い人の影響を受け易いと言うことです。大衆は物事を深く考えるのを嫌いますが、頭の悪い経済学の『け』の字も判ってなさそうな人間の大言壮語というは、なる程共感を得やすいものです。言い方は悪いですが、『程度の近い人間の言動にこそ影響を受け易い』訳です。しかもそれが自分の気分に取って都合の良いものであれば、寄り飛び付きやすいものです。
結果として、アベノミクスは大衆の心情に訴え易かった。アメリカのグリンスパン議長もバブルは崩壊しない物であるなどという意味不明な了見の言動を繰り返し、最後に転覆したわけですが、結局彼も『経済人として優れていた』為に前半魔術師扱いされていた様に見えましたが、結果的には『大衆的であるが故に、大衆が従った』と考えた方が正しいのかもしれません。
ギリシャの財政赤字だって、数字自体が問題だったのではなく、『発表が嘘だったよ。その内容はとっくに致命的だったよ』と宣言されたという事実の方が、よりクリティカル(致命的)だったでしょう。取付け騒ぎというのは、財務の実態が問題なのではなく、『皆がその認識を共有する』ところから始まるのです。中国の闇経済を回している人達のやっていること(赤字の出た投資を、わざわざ頼まれもしないのに補填している)を見ていると、彼等がそのことを理解していることがよく判ります。流石中国人、欧米の経済学者なんかより、よっぽど経済をよく判ってますよね!
んで、今回の記事で私が言いたいのは、藤巻氏の著書は極めて危険な存在だということです。
煽り文句を読んだ限りでは、そこには『経済が破綻する条件』が列記されているということのようです。逆に言えば、今まで『景気なんて言うものは周りが教えてくれるもの』と思っていた人が、あの本を読むことによって自分で『あっ、この条件を満たした!』と、パニックに陥ることが出来る前提が整えられたと言えます。
そしてこの本が売れたり注目されることによって、寄り多くの人がその影響を受けることになるでしょう。ついでに言えば、朝日新聞で連載していた人の本ですから、朝日新聞などはそのこと(本の内容と不況の条件が合致したこと)を、喜んで敷衍するものと心配されます。
今までは、皆が何となく『大丈夫』と思えば実際にも大丈夫だったし、皆が何となく『もう駄目』と思うまでは不景気に入らずに粘れた訳です。しかし限界点がアピールされることによって、不景気の切っ掛けだけが山ほどバラ撒かれた訳です。本の煽りを読んでいる限りでは、ご丁寧にもその地雷(切っ掛け)は大量に用意してあるようです。そのどれに抵触するだけでも、不景気が喧伝される要因足りうるでしょう。
こんな危険な本を、『景気は気分で決まる』という大原則を理解した人が、書くはずはありません。私の予想が外れて、3年後に『今世紀最悪の悪書だった』と言われずに済むことを祈るばかりです。
まあこういったことを書くと、大概は『何を弩素人が偉そうに言っているんだか』という反応でしょう。しかし、科学に取って大切なのは、仮説を立てた後、それを正確に評価することです。世の中小学生だって、昆虫の生態観察で昆虫学者を唸らせる子は幾らでも居ます。
あなたも科学的な立場を主張するならば、私の主張が間違っているという仮説を立てた上で、その認識が正しかったのか間違っていたのかを、ゆっくりと時間を掛けて考察していただければと思います。案外、ノーベル賞物の結論だったという結果になる可能性だって、ありますよー(笑)。ま、可能性はどこにでもあるもんですから、ね。
一つよく判らないんですが、検察がよく、有罪を丁稚上げるために容疑者側に有利な証拠を隠していますよねー?
犯人側は自己保身ですから、まあ別に証拠隠しもやったりするんでしょう。しかし検察側が証拠隠しで犯人を丁稚上げた場合、これは明確な犯罪です。それが死刑判決を目した物であれば、明確な『殺人』です。
検察側に不利な証拠があったとするならば、それは検察側が間違っていたというだけのこと。逆にその物証にも関わらず容疑者が犯人だと言うのであれば、裁判の場でそれを丁寧に立証していくだけのことな筈です。
しかし無実であると考えられる人間を詐術的な方法で殺人罪に陥れるのであれば、証拠隠しを意図的に行った者は『殺人罪』に問われるべきでしょう。それがなぜか、現状では『国家・警察の間違い』とされて、個人の罪が問われたという話を聞かない(この手の冤罪事件が往々にして、何十年も前の事件な事も効いているのかもしれませんが)。
検察による無謀な犯罪行為の連鎖を絶つ為には、即座に法律を改正して、殺人検察官を最高死刑にする法律を立法すべきだと私は思います。基本的に量刑は通常の殺人罪に合わせるべきですが、基本的に『組織的、もしくは個人的な理由から行われる軽はずみで悪質な行為』であることから、実際の量刑は重いめに出すべきですね。勿論、組織としての検察(証拠秘匿者が警官である場合は警察)も処罰を受けるべきです。ここまでしなければ、冤罪事件は無くならないと思います。
いいんですか?たかが個人の出世欲のために証拠を隠されて、下手をすれば死刑にされるような現状のままで。私は、そんな酷い社会は願い下げです。
ホームページのデータをヤフーのサーバに上げるのにFFFTPを使っているのだが、サーバ側のデータが見えなくなってしまい、そのいせいで、サブディレクトリ内のデータが直接扱えなくなってしまった。しかもジオシティーの実装するファイルマネージャが1度に20ファイル単位しか扱えないことが判明し(するまでに1時間くらい無駄にしたんだけどね)、お蔭様でホームページの更新に馬鹿馬鹿しい程長い時間が掛かってしまった。
その後FFFTPを最新版にアップデート(http://sourceforge.jp/projects/ffftp/releases/からダウンロード可能)してみたが駄目、検索でこの症状のヘルプページを漁ってみたものの、それだけでは手続き的に不足があったようなので、備忘録的に記しておきたい。
ヘルプによく書かれているのは『設定』の中の、
1)拡張タブのPASVモードを使うをチェック
2)高度タブのNLST−Rを使って高速に再帰検索をチェック
3)高度タブのLISTコマンドでファイル一覧を取得
の順でトライするというもの。少なくとも私の場合、これでは駄目でした。
そこで、
1)をやった後チェックを外してFFFTPを一旦終了
2)をやった後チェックを外してFFFTPを一旦終了
3)を設定(した後もう一度FFFTPを終了したかもしれない)
という形でやってみると、やっとまたサーバ側のディレクトリーが見られる状態になりました。
要するに、
1●設定を変えた後一旦FFFTPを終了すること、これが大切だったようです。
2●元の設定にもよりますが、元々ディレクトリが見えていたのなら、ひょっとするといきなり3)だけでも行けるかもしれません。
3●2)のチェックを外さなくても3)の設定が可能に見えますが、実際には2)のチェックを外さずに3)をやっても駄目でした。
ひょっとすると3●の項目さえ満たしていれば、一々FFFTPを終了しなくても行けた可能性は無いでもありません。が、兎に角3●の項目は結構クリティカルだったようです。
因みにヤフーサーバーでは突如サーバ内のディレクトリーが見えなくなった訳ですが、EOのサーバーでは特にそういう問題は起こりませんでした。最近ヤフーでは色々とサービスの改定(実質削減?)が行われているようですが、それに伴って通信の仕様が変わったのかもしれませんね。
まあこのせいでほとんど一日潰してしまったのですが、同じ憂き目を見ている方がいらしたなら、お役に立てていれば幸いです。
あと、ヤフーのサポートのユーザーを馬鹿にした態度は、特筆に値しますね。何カ月も前から問題を抱えていて、偶然全然関係ないところで大当たりを引いたお蔭で今日たまたま問題を解決できたのですが(今日の更新はそれに伴うものでした)。以前問い合わせたとき向こうに誠意があれば、今日私が引き当てた解決法を指摘出来た筈です。鼻を木で括った様な返答文を返す前に、ヘルプを改善するなり、やることは幾らでもあると思います。
そもそも問い合わせ窓口が滅多に辿り着けないように秘匿されている時点で、ユーザーのことをどんな風に考えているのかよく判る気がします。独占性の高くなった企業の陥る、落とし穴だと思いますねー。
以前憲法改正に関して麻生氏が『ナチスに倣え』と言っていたけれども、正に今、それをやっているのね‥‥。彼等に対して言えるのは、『日本の政治の舞台から今直ぐ消え去るべき』の一言に尽きる。
ただ、日本の国民の感度が低過ぎて、その辺の危険性をほとんど理解していないんですよねー。ようやく内閣の支持率が半分を切ったみたいですが、既に手遅れと言っていい。本当は秘密情報保護法案を言いだした時点で、放り出しておくべきでした。
折角日本は『外国人を殺さない国』として評価が定着していたのに、彼の口三味線だけで既にそれが崩れだしているのは、国家を傾けるクラスの大失態です。今直ぐ放り出さないことには、日本は敗戦で幸運にも手に入れた大切な物を、早晩失うことになるでしょう。と言うか既に失いつつある訳ですが。
『日本の常識は世界の非常識』。その非常識なものを持っていることは、とても僥倖なんですよね。それを意識的に手に入れたコスタリカこそは、本当に尊敬に値する国だと思います。少なくとも戦争で国民がどれほど苦しむかをイメージすることも出来ず、自ら誰かに従属することを主張するような政府は、要らない。
http://toyokeizai.net/articles/-/13516
こんな報告を見付けてしまいました。震災に伴う原発事故に伴う野生生物への影響を報告したものです。
丁度朝日新聞の連載で事故直後政府が如何に『安全』を吹聴しようとしたか、そして長崎で原爆被害者の診療に当たっていた筈の人が、どんなに無責任な発言を行っていたかが暴露されていますが(以前のシリーズでもこの人の件については触れられていましたが)。私は安全の確保の為には、常に事実に基づいた判断が必要だと思っています。そして数少ない『専門家』が、『誰かの都合』で偏向した判断をバラ撒くようなことはあってはいけないと思います。
判らないことは『判らない』で全然問題ないと思います。だって、科学的には、それが一番正しい答えなのですから。でも、権威性をもった者が嘘を吐く時、そこには殺人や傷害にも近いレベルの被害者が大量に発生するわけです。
今、当時長崎の医者が『大丈夫』と主張した地域が、立ち入り禁止になったりしています。別にその後計測値が変わったから判断が変わったのではなく、いい加減嘘を吐き続けることが出来なくなったから変わったと考える方が、合理的な形で立ち入り禁止になっています。
『住民は安全だと言った方が安心する』それはそうでしょう。そこが地獄の一丁目かどうかの判断は、こと放射能関連については本人には判断が付かないのですから。だって、様子見をしたとして結果を知るのは何十年後です。
寧ろ恐ろしいのは、『情報が嘘だ』という事実です。政府の吐く情報の信憑性が疑われる時、それはどんな『風評』よりも多大な被害を現地にもたらすでしょう。何しろ、科学的な反論がなされたとしても、その『信憑性』を誰も信じなくなってしまうからです。だからこそ、政府は『誰かの都合』で安易な嘘を吐かせるべきでは無かった。
因みに、日本で使われている放射能関連の安全指標値は全て暫定的で、『多分こんなもん』という数字です。なる程、国際基準やアメリカの基準に沿った数字もあるかもしれませんが、今までそれらの数字に関して説明された記事を20年位何度も読んできましたが、『根拠が曖昧である』以外の説明を見たことはありません。これは、原子力作業員が昔から使っている安全基準でも、同じです(だから事故の重大さがバレた瞬間に、安全基準値が簡単に書き換えられてしまいました)。
現状ではロシアがチェルノブイリで疫学的に出した数字が最も具体的な根拠をもった数字と考えられますが、何故か日本政府はこの情報を活用しようとはしません(何でなんでしょうね?)。しかしこの数字ですら、被害を小さく見せるために少しでも斟酌されなかったという保証はどこにもありません(世間的には、ソ連政府は人命を軽視している上に情報開示の必要が無かったので、そういうことをする必要は無かったと言われているようですが)。
我々がなすべきは、様々な情報・事例を収集して、それを各人が評価・判断できる状況を作ることなんではないかと思います。原発関係の御用学者が並べる数字と、反対の立場の人が並べる数字とそれぞれの根拠を比較して、『自分の頭で』どの情報が『より確からしいか』を自分の頭で評価するしかありません。今回引用先のページが示してくれたのは、その事実を私達に突き付けてくれていると思います。
以前古市のイズミヤで買った『00』付き電卓なんですが(営業用にはこれがあると便利ですよ!)、折角税率の設定があるものの、パッケージが行方不明で設定変更の仕方が判らない。
前面には読み難い字体で『NCL』とか『NGL』と読める文字が書かれていて、裏を見てもメイドインチャイナだけ。じゃあこれがメーカー名かな?ということでネットで『NCL 電卓 税率設定』で検索を掛けても、全然要領を得ず。正直中国の聞いたことも無いメーカー製で、日本語のサポートホームページすらないのかなと思ってしまいました。100円ショップには、そう言った製品が山と溢れ返っている訳ですし。
でも面白いものですね。型番で引いてみようと思い付いて『2102T 税率設定』で検索を掛けたら、一発で目当てのところに辿り着けました。もっとも、メーカーホームページではなくって判子屋さんのスタッフさんのブログですが‥‥。それに依ると、メーカーホームページには必要な情報が載ってなかったそうな。世の中は、税率変更で大騒ぎになっていた筈なのに──(-_-
)![]()
![]()
ってな訳で私以外にもご同様に困ってる人も居ると思うので、そのアドレスと解決方法を書いておきます。アドレスだけだと、ブログなので何時消えちゃうか判りませんから。
結局『C/CE』キーを押して、設定キーを押す。『税率%』と書いたサインが液晶で点滅するので、数字で税率を入力して、税込みキーで設定終了。
ブログの方は、メーカーの方に電話で問い合わせられたそうです。ああ、中国の怪しげなメーカーじゃなくって、ナカバヤシっていうところのだったのね‥‥。『NCL』で検索に引っ掛からない状態なんだったら、メーカー名を電卓に明記しておけばいいのに。そしたら、メーカー名すら判らずに戸惑うことも無かっただろう。
ってゆーか、ユーザーのニーズや利便性を少しでも意識しているんだろうか?そもそも折角電卓自体は結構悪くないのに、メーカーがどこか判らないってことは、ユーザーが再びそのメーカーの製品に辿り着けないやん。自らファンユーザーになるべき層を、逃がしてない?
しかし、ボタンのダブル押しで設定と記憶していたのに、いやー、本当に記憶って役に立たないもんだなー。んで、始発ボタンが『ON/AC』じゃなくって『C/CE』ボタンの方だったのか。試行錯誤してみても、そりゃあ当たりを引かない筈です。いやー、このパズルは、昨日やってた札幌の探偵さんの映画よりも難しい。
因みに映画の方は、母親共々不評でした。まあ話の80パーセントはブラフ追いかけて堂々巡りしているだけで、挙句に偶然と回りに教えて貰った情報だけが重要でしたじゃあ、サスペンスとしてはねー。ってハードボイルド(に見えないけど)だから、それでも良いのか?
『バイオリニストがラスボスかも?』という山勘が当たった方が面白かったと思うんだが、『こいつが刺されて止める!』という予言が見事に的中したときは、しらけた空気が漂ってました。泣かせネタで帳尻を合わせるには、もう少し話の骨格をきっちりとした方がいいと思う。
電卓の方は、物としては、なかなかの宝物だと思うよ。
丁度レボルビング払いに関する試算を最近読んだんですが、元本が10万円だったかの月1万円支払いだと、割と普通っぽい利率で年間12万円返済しても元本は3万円しか減っていなかったとか。ええーっ。
頭悪くて細かい数字は『3万返して9万が利息に消えた』しか確実性が無いんですが、100万借りたとかの設定ではなくせいぜい20万そこそこまでの設定だった筈です。幾ら『返させないのが目的』の支払い方式とは言え、ちょっと利息分の比率が高過ぎますよね。これじゃー給料を、1/3にするのと同じですもん。
マジで、リボルビング払いなんてするもんじゃありませんな。まあ、家買った時も前半は利息分しか返してないのと同じってお話しですが。
楽天のクレジット支払いを強制リボルビングコースに振り替えさせようと前から鬱陶しいメールがジャカジャカ来ていたが、今度は一回の返済額を低額化する方向に規約変更をするらしい。勿論、『おっ、無条件に安い方の額になる?!』と喜ばれた方も多いことだろう。そういう人は、勿論リボルビング払いを選択している人だろうと思う。
しかし、考えても見て欲しい。一回の返済額が下がるということは、返済回数が増えるということだ。そして返済回数が増えるということは、それだけ支払う利息も増えるということだ。最近の楽天の動きというのは、まあそういうことである。一円でも余計に、利息を絞り上げたいんだよね。リボルビングの一回返済額が下がるというのは、そういうことな訳で。
ここで、念の為にもう一つ注意を促しておきます。楽天の強制リボルビングコースの恐ろしいところは、そういうことに『たまたま気が付いた』人に、罠を掛けるためのものだということ。『あっ、今回は2回の分割払いにします』と店頭で言ったとしよう。向こうの反応はどうかは知らないが、このコースだと分割払いや一括払いを選んでも、自動的にリボルビング払いに振り変えられる訳である。ちょっとばかり消費者が小知恵に気が付いたとしても、それを無効にするために、このコースはあるのだ。
こういう発想の企業が、あんまり繁栄しないようにと個人的には祈っております。そんなことは無いと言うのであれば、今直ぐこんなコースは廃止するべきだし、悪質な繰り返し営業みたいなメールを何百回も消費者の元に送りつけるのも止めるべきだ。
繰り返し営業って言うのは、大抵は気が付く陥穽にたまたま気が付かなかったときに引っ掛かるとか(集中力のないときとか、疲れている時とかね)、老人に同じことを繰り返すと段々自分の意見だと思い込んで騙されるのを期待するような、そんな商法なんだよね。もっと酷くなると、抵抗するのも嫌になって、投げやりになってOKするまで頑張るという‥‥。
真っ当な商人のやり口とは、到底言いかねます。
病み上がり1日しか空いてないとか、5時間しか寝る時間用意できなかった上に1時間睡眠で終わったとか、自律神経失調気味(多分風邪薬が抜けた直後なせい)で体温調節が怪しいとか関係なく(つーか寧ろ影響なくって驚き)、琵琶一挑戦行ってきましたのでご報告〜。
大津発で東側を北上して、結局彦根でリタイア致しましたよ(T_T)〜。せめて北の端くらいまでは辿り着きたかった。 リタイアの原因は膝の両横の腱の辺りの痛みで、普段そこまで運動不足ではないと思ったんですが、風邪で数日寝込んでいたのが悪いのか、単純に走ったことの無い距離だったせいなのか、帰りの電車ではとうとう歩くのも辛いレベルに──。つーか今年初めて半パン穿いて走ったんですが、向かい風も強くてオーバークーリング気味で、どうもそれが悪かったんではないかなと言う気もします(て言うか一日置いて夜に走って、確信した)。アンパンドーピングも効果が弱くなってきたし(そもそもチョコパンしか補充できなかったしな)。
走行中は薄皮アンパンドーピングで、1個食うと10分ちょいだけ痛みが治まる&脚力が戻るって感じで(笑)、開始1時間も経たない時分からそんな感じで騙し騙し走ったのが、頑張り過ぎだったのでしょうか(今にして思うとその通りだよな‥‥)。途中気が付くと石橋の一駅前まで道を間違え(綺麗な桟橋があるなと思ったら、京大ボート部のだったらしい)、アンパン&写真休憩とを大量に挟んで8時半から多分3時ごろまで掛かって、彦根城まで着きました。まあ後半特にバテバテで、開き直って写真撮りまくってましたし。
折角なのでと買ったばかりのサイコンによると、道中の平均時速は21キロ台だったようです(家に帰ったときには勝手にリセットボタンが押されて、データ消えてやがんの──(-_-#) )。走ってるとき見たら、29〜24キロの間が多かったかな?つーか前半は31〜26キロくらいの感じで、後半は体力温存だけじゃなく、頑張り過ぎるともたなそうだったので29〜25キロ、最後の方は26〜20キロくらいまで落ちてたかもしんない。
因みに全域軽い上り&強い向かい風で、北から下った方が正解でしたねorz。消える前に確認したサイコンのデータによると75キロくらい走ったらしいですが、逆に回ってたら上から下くらいまでは行けていたかも(というか行けてた気がする)。もっとも、それだと下から南湖回って北湖に入った瞬間にメゲてたでしょうが(苦笑)。
行きは現地出発時刻を早くというのと電車賃をケチる為もあって大津出発にしたんですが、帰りに彦根から大津までの乗車時間が結構長くて、ビックリしました。本人は大した距離を走れていないという認識なんですが、こうやって見るとやはり、一日走ると案外距離稼げてるもんですねー。
ところでよく車道を走ると恐いと書かれていますが、まあ大阪市内走るのと似たような感じでした。自転車道はアスファルトが荒い&平坦性も低い様なので、初め一部走ってみましたが、ギア1段分は辛い&遅くなるので速攻止めました。2〜3キロは遅くなると思います。
実を言うと病み上がりなのに一日置いて土曜日に行かなかったのは、兄貴が帰ってくるので家で飯食えと言われたのもありますが、寧ろ日曜ドライバーの存在が厭だったから。トレイラーの連中は車長の関係もあって漏れなく幅寄せしてきますが(はっきり言って自分の車長を理解しているのかは疑わしい)、頭が奇怪しくて理性の無い下手糞普通乗用車&ミニバンのドライバーに一々あれをやられたら、頻度的にみてたまったもんじゃありませんから。おまけにそういう人等って、信号前でもないのに道塞いだりゴミ運転する人多いですからね。八尾とか休日に通って、サンデードライバーの酷さには辟易とさせられました。
一方そんなに長くないトラックの運ちゃんさん達の運転は、寧ろ優しかったですね(^-^)。結構頑張って横車間開けて下さる方が多かったです。きと言え蓋を開けるまでトラックの長さなんて判りませんから、トラックのエンジン音聞く度に警戒態勢に入ってましたが(苦笑)。まあ湖岸の東側は信号もそう多くないので、歩道走る方がそれでも信号の数は半減しますが、平日なら道路側を走っても問題ないのではないかと思います。
あと、初めの数キロは道路よりも湖岸側の遊歩道的なものを走っていたんですが、自転車道路よりも地面荒いですしまあ色々と消耗が激しいですので、
私みたいに『今回は距離を稼ごう!』という人は、25号線(だったと思う)脇の自転車道を行った方が良いと思います。
風景的には、湖岸沿いは流石にどこも綺麗でしたが、中でも長命寺の辺りから入る海沿いの道はとても綺麗でした(>_<)!!南洋の海岸と白浜が一体になったみたいな感じ?まあ正直言って、脚を止めて写真を撮りまくってましたね(^-^)。写真の趣味がある人だと脚が止まっちゃうので、写真と分けて行った方が良いと思います。
あっ、そう言えば最高速度は、この長命寺を過ぎた後の峠ででした。走ってるときは後半でもう駄目無理したら、ここで頑張ったら速攻脚が止まるってことでそんなに回さなかったんですが、気が付いたら45キロ台が出ていた様です。いやまあそのつもりで飛ばしたときには、平地で出した42.5キロも行っていなかったので、分からないもんです。まあサイコン見ながら、クネクネ曲がった道をそんなに飛ばせる訳も無いんですが(苦笑)。
あとは彦根周辺の河口部も綺麗で、いやはや写真撮りまくりでしたね。
ってな感じだったのですが、未だに脚が寝返り打つだけで痛いレベルですので、無茶は止めた方がいいのかなと(苦笑)。まあ忘れてしまった‥‥さんだったら、半周くらいは余裕綽々でしょうけど。一日200キロ走れる様でしたら、普通に一日で回れちゃうんじゃないですかね?
琵琶湖は平らだからアップダウンが無いと聞いていたんですが、湖岸を離れる道はそれなりにアップダウンがあるようでした。まあそれを回避しようとして長命寺の方に迂回して、逆にドツボを踏んだんですが(笑)。
私は山岳系はダメダメなんですが、まあそれでも何とかなる程度の峠くらいには収まる様ですね。
個人的にレンズの色収差というのが嫌いで、しかもピントのあった面だけでなくアウトフォーカス部に出る色収差もどうにも好きにはなれません。特にアウトフォーカス部に出るので嫌いなのは、緑色の奴(ニコン肝入りの58F1.4にこれが出るらしいのには参った)。
写真系の板でたまにボケの中の色収差に触れてきたのが功を奏したのか、デジタルカメラマガジンの記事の中で伊達淳一さんが最近これに関して結構マメに触れてらっしゃいます。っていうか、今月のシグマさんへのインタビューで、これに関してわざわざ突っ込んだ内容まで聞いていたり。あそこでシグマの方が触れてらっしゃった内容って、考えてみると企業秘でも奇怪しくないレベルだよな(笑)。
んでまあ、インタビュアーの問うている内容自体がまあ私も唖然とするレベルの突っ込み具合だし、それに対して既に答えを用意しているシグマの技術者の方々にも深い感銘を得ました。ニコンが58F1.4であれだけご大層なことを言っていても、蓋を開けてみればきちゃない色収差のあるボケの出るレンズです。一方シグマでは、既にこれに対して答えを準備しようとしている。
まあ多分、コストの関係でその『判っている答え』に対して常に100パーセントの正解を提示していくことは実際の問題として不可能でしょうが、しかし『既に答えを知っている』という面で、シグマさんには今後絶大な期待を寄せさせていただきたいと思います。ええ、プレッシャーって言う奴ですよ(笑)。
まあ残念ながら、私がプレッシャーを掛けたところで、社内の誰一人そんなことに気が付きはしないんでしょうが。でも伊達淳一さんという、多分名の通った(あくまで多分)ライターさんが既に期待という名の圧力を掛けてらっしゃるでしょうから、そちらの効果には期待したいところです。
ところでボケ味といえば気になってしまうのが、F0.95シリーズを展開されているコシナさん。正直25ミリとか最初に出た2本では残念賞な二線ボケレンズで、社長さんが昔『ボケ味って判らないんですよね』なんて言っていた通りの代物で期待薄だったんですが、3本目の17.5ミリは物凄く良いみたいなんですよ、ネットに上がっている写真を見ていると。
残念ながら価格的にとても手が出ないんですが、もし2本目と3本目の間で理解がなされたのであったとしたら、コシナさんにはとても期待したいなーと思っております。もっとも、偶然とても良いレンズが出来ただけだったのかもしれませんが。その辺は、今後出すレンズで証明していっていただけるんではないかと思います。
STAP細胞の話題が新聞を賑わせていますが、私個人は多分小保方さんはきちんと実験をされていたんだろうと、ずっとまあ予想していました。何故かというと、再現実験などで検証が進めば嘘とその場で判るような内容の、嘘を吐くメリットが無いからです(もっとも、石器関連でバレバレの嘘が何十年も通用していた事件もありましたが──)。
ただ、『雌のSTAP細胞が──』の件で実験者と意見が別れた瞬間に、雲行きが怪しくなってきた気がします。正確には『嘘を吐いた』ではなく、『本当に判って実験をしていたのか?』という形で。
多分実験者としての小保方さんは、あの杜撰な資料やノート作りにも関わらず、勤勉で真面目であった可能性はそれなりに高いと思います。何故なら、ご本人もインタビューで述べてらした通り、『誰もが信じない実験をする以上、信じて貰えるレベルにきちんとした実験を積み上げるしかない』からです。ただ、実験に関わる内容に誤解や理解不足、思い込みや思い違いが混じり込んでいた場合、人間はどうしようもないミスを冒し得ます。
取り敢えずSTAP細胞の残された検体から、雌の株が見つかることを皆で祈ろうではありませんか。これが見つかったならば、寧ろ小保方さんの挙げた成果は磐石なものになると期待されます。同時に、『そんなものは無い』という結論になったとすれば、小保方さんは残念ながら、かなり基本的な部分で誤解に誤解を積み重ねて空疎な砦を作り上げて知った公算が、かなり高くなると思います。
ただまあ、『雌の株』が見つからなかったとしても、まだ小保方さんは正しかったというチャンスは残ります。あわよくば、そうなることを私も望んでいるんですけどね。ただ見つからなかった場合は、悲観論の方により大きな公算を見出さずには、居られませんねー。
何にしてもあの論文の杜撰な行為の積み重ねが無ければ、今回の騒ぎは起こらなかった訳です。まあ嘘っぱちだったという結論に終わるのであれば、これもまた怪我の功名というお話しにもなるんでしょうが。しかし今なお前向きな結果を前提とするならば、あの杜撰な行為が折角の門出に水を差した訳で、小保方さんを今まで指導して来られた歴代の教授方には猛省を促さずにはいられない。
と言うより、今回の事件の成否に関わりなく、日本の教授陣には猛省を要求します。日本の科学の未来のために。今回の事件でマスコミが取り上げるべきは、そこに尽きると思うんですけれどもね?
朝日新聞が漱石枕水な人の小説『こころ』を再連載しているらしいんだけど、どうにも読むのが難しい。というか、頭から最後まで紙面を見渡しても、どうしても見付けられない。
第一話は、人に聞いて何とか見付けられて読みました(但し次の日にです)。なんとまあ、ノーベル文学賞を獲った人のインタビューと同じ囲いに入っていたせいで、全く眼に付かなかったという。あの人の文章、ノーベル賞を取ってから数カ月後に気になる記事があったので読んでみたら、忙しかったのか知らないが文章として読むに耐えない酷い悪文だったので、二度と読む気がしないんですよね。もし昔書いていた『製品』としての小説でもあの程度の文章だったのだとしたら、なんと日本人は朗らかなんだろうと思いました。
第二話も、やっぱり見付けられず。そのまま忘れていて、次の日にはたまたまゴミの日だったようで捨てられてしまっていました。って言うか、一度新聞を見ても見付けられず、もう一度探したけどやっぱり見付けられなかったんですよ?本当はもう一度トライする予定だったんですが、親父殿との極めて下らない親子喧嘩が原因で、見返すチャンスを逸す。まあお蔭様で、雨が酷くなる前に移動出来ましたがW。
今日第三話が載っていた筈なんですが、やっぱり目にすることは出来ませんでした。「本当に『こころ』の再連載なんて、やっているのか?」と、狐につままれた気分です。
あの、朝日新聞では再連載開始数日前から大キャンペーンを張って、大目玉扱いで再連載を開始したんじゃありませんでしたっけ?なのに3日連続、何度見返しても本文を見付けられないって、一体何を考えているんでしょうか?紙面デザイナーのセンスを疑うというか、今直ぐクビにした方が良いんじゃないかというレベルです。普通に新聞小説の体裁で、枠で包んで1行で表示してくれればいいんですよ。
取り敢えず、連載第2回目を見逃したような連載小説を、読む気は毛頭起きません。これだけは、明示しておきたい。あと一話を読んだ印象として、思ったより送り仮名の選択とか雑でした。次の日くらいに『名文家』と漱石が紹介されているのを見て、日本人の文章の評価基準ってよく判らないなーと思いました。
大阪市の教育長さんが市長の犬みたいになっていて、何でも右左に橋下市長の言うこと聞いてるのね。これって教育委員会の独立が侵されている状況な訳であって、教育の危機ですね。
そもそも教育委員会の地位って言うのはいろんな法律で規定されていた筈だと思うんですが、一応法律家だった筈の政治家から守らなくっていいのか?!まあ教育委員会に諮らずに教育長が何でも決められる訳は無いわけで(いや、平気で職権越える奴いるけど)、教育委員さん方が頑張って下さればいい訳だが。
つーか、委員会に諮らずに勝手に教育長が指示出しまくってる様に見えるんだが、新聞の記事読むと?
どこかの馬鹿な市長か知事が『裸足のゲン』に関して指示出してた事件思いだすなー。あそこでも、教育委員会に諮らずに勝手に教育長が指示出してたが。法律で処罰して欲しいレベル。
橋下とか安倍とか教育委員会を骨抜きにしようと動いてる様だけど、法律改正に反対すると同時に、奴らの動き(ついでに政治生命も)を早く止めたいものですね。
最近教育委員会を解体しようと動いてる人らが居ますが、正に彼等こそが教育委員会制度の大切さと存在意義を証明してくれていて、暗澹たる気分になってしまいます。文字通りの意味でお前達から子供達の教育を守るために、この制度は作られたんだよ。
右翼の人達って決まって権力には節度が欠かせないってことを理解していなくて、そんな人達が日本で今大きな力を揮っている事実に暗然とします。間違っても、そんな人達が次の選挙で勝ったりしませんように。
選挙で『俺は全面委任状を得た』って?中学生でもそんなとを言ったら恥だと思います。勿論、衆参両院で多数派を形成したら、野党の存在を黙殺して全ての法案を好き勝手通すなんて言うのも民主主義の基本から外れています。話し合いで意見の違う相手の思いを拾い上げないのであれば、それは民主主義ではなくただの独裁政治です。
そんな人達に子供達の教育を自由にさせるならば、今は正に『大戦前夜』ですね。戦争が始まってから嘆いても、始まりません。てーか戦争に首突っ込むことしか興味が無いような馬鹿を、党の連中もよくああいう席に座らせたままにしているなー。
私と付き合いのある人の多くは気付いているんではないかと思いますが、私は権威という概念や存在がかなり嫌いです。なので、過去に権威っぽく扱われそうになったときは、極力周りに対して修正して来ました。面白いことにそうすると、それまで持ち上げていた人程掌を返して、自分が優位に立とうとして阻害してきます。勿論例外は居ますが、例外という言葉はそちらの方が少ないから『例外』と表現されるわけでして‥‥(笑。例外の人というのは、結構凄い人が多い。気が付くと仲良くなっていて、自分を権威と思っていない人ばかりですね)。今にして思うと、それでも敢えて御輿に乗っておけば良かったなと気が付きましたが(T_T)〜。
因みに『権威でも無い癖に!』と叫ぶのが大好きな人が居ますが、そういう人は『お前じゃあ私よりよく判ってるの?』と考えると、全然理解力の足りてない人が多い。なのにどうして批判した相手のことを評価(批判)出来るのか、その根拠が何なのか判らないのも面白いですね。自分が何にも判らないからこそ、相手のことを『常に』足下に見て見下している訳です。
とそれは兎も角、権威という存在は、とても恐いものです。特に、日本人社会に於いては。日本人は、権威と権力をイコールに扱っていて、権威には無条件に従います。あり得なくも恐ろしいことに、科学界に於いてすら、その傾向は変わりません。
故に権威者は権力者として振る舞い、追従者は無批判に権威に従います。でも、科学と言うものは『間違っていると思ったものは批判的に解釈出来る』環境無くして『正しさ』を求められる訳がありません。例えば考古学の発掘現場で、昨日埋めて踏み固めたものが判らない筈なんてありません。だって、『そこだけ地層が違う』んですから。強過ぎる『権威』の存在が無ければ、周りで見ている人は指摘出来たでしょう、『あの、そこだけ土が柔らかくて違うんですが?』。
権威だけではありません。『共通利害』の影響も、日本の科学(と私は表現したくないけど)は受けています。地元のことなので余り批判的なことを言う破目になりたくは無いんですが、井の真成の墓碑。蓋と本体で石の種類が違い、下手したらサイズも微妙に食い違い、字体が違う。年代感も下手したら、違ってたかもしんないなー(流石に昔過ぎて、記憶がうろ覚え)。まあ、まともな奴ならあれを『一緒に出土した』と言われて『フーン』と納得出来る奴は居ないでしょう。しかし箝口令が敷かれていたらしく、もしくは自主的にかもしれませんが、学芸員的な立場の方々はその話題に振ると、ばっくれて話題を変えるか逃げていきます。本来なら、そういう話を楽しく喧々囂々することこそが、『科学』への『第一歩』な筈なんですが。オープンな議論の出来ない科学って、一体何なんでしょう?
見下げ果てるのは、日本の博物館では、写真撮影が禁止されている場合が多いようです。美術展の現場だと、『経費を回収するために、絵葉書でお金を儲けるため』という言い訳も通用しますが(いやその代わり、入館料タダにしろよ)、本来博物館の展示物は学術目的の筈です(多分‥‥
)。しかし、撮影禁止は比較材料の収集を困難にすると同時に、何より『検証されて反証されることに対する恐れ』から、権威を守るためにあるのではないでしょうか?そう邪推せずには居られません。
日本では、権威と言われる人は沢山居そうですが、『若い研究者と意見を戦わせても内容で勝てる』から権威と呼ばれるのではなく、『政治力に勝って打ち勝った』から権威として『意見を通すことが出来る』人が権威と呼ばれているように思えて仕方がありません。
例えばスタップ細胞で名を馳せた小保方晴子さんも論文を発表したときの流れのままで行けていれば、権威と呼ばれて正しい内容を主張したかどうかよりも、その権威としての威厳で全ての正論を捩じ曲げられる立場に立てたでしょう。別にこれは小保方氏に対する批判ではなく、それが冗談でなく現実味のある日本の現状を批判したいと思います。
因みに現在お騒がせ状態になっているスタップ細胞の論文ですが、勿論論文を書く研究者としては完璧に失格者であることが証明されてしまっていますが、真に重要なのはそこではありません。こんな出鱈目で論外な人物が必要な教育レベルに達することなく研究の指導者になってしまったことも問題ですが、それもこの件に於いては果てし無く小さなことです。
真に重要なのは、彼女の言う通りの状況が存在するのか、その一点です。それ以外の部分は、道義的にも研究者としても問題は山積ですが、研究の価値とは言うほど関係はありません(勿論、大きくドロは塗りましたけれども)。
結局細い管を通したり酸性の液に漬けたら細胞はリセットされるのか?これが事実なら、手続き的にも研究者倫理的にも批判されるべき数々の出鱈目さと関係なく、彼女はノーベル賞に値する成果を上げたと勝ち誇る価値を持った人物となりうる訳ですね(だからって権威として胡座を掻いたり、誤った事実を通そうとしたら詰まらない権威の仲間入りになっちゃいますが)。
正直なところ、折角反証に耐え得るだけの研究を積み増してきたと言っていたのが嘘であったのであれば、大マジで研究業界から永遠に追放されてしまって欲しいところです(褒めるべき部分が、何一つ残らなくなってしまいますから)。同時に、検証実験が始まったら速攻でバレるような嘘の論文を発表するほど、愚かしい人間はこの世に居るんだろうか?と科学的に考えると、成果は嘘じゃないんじゃないのかな、と言う方に傾かざるを得ません。もし自覚的な嘘だったのであれば、世紀の大阿呆ですが(苦笑)。
んでまあスタップ細胞が実在した、という前提で物を言わせていただきますと、正直、今の期待は明らかに過大なんじゃないかなと予想しています。なぜかというと、マウスの幼いものでしか実現しなかったとしたら、それって細胞分裂の回数制限に引っ掛かっている可能性が高いということだからです。結局これって、細胞分裂が3回以内か40回(別に100回でも構わないけど)以下という制限が付いているっていうことです。だったら、結局出産後の人間に適用しようと思ったら遺伝子なり酵素(タンパク質)なりを投入した『リセット』が改めて必要になるのに変わりはありません。だったら、iPS細胞とリスクは変わらないじゃないですか。
まあでも、iPSやES細胞よりも使い勝手の良さそうな技術であるのは動かない訳で、スタップ細胞が『夢でした』で終わらないと嬉しいですね。本音は、その方が『楽しい』に近いですが。
しかしそう言えば私の時の卒論って、『パーティクルボード(木粉樹脂製の板)の実験やって』って言われただけだったな。お蔭で全く関係の無い論文を興味のままに適当に読んでるだけで何週間か潰して、教授には2〜3回報告して1〜2回助言を貰って、後は物凄い訂正を覚悟して適当に纏めたのを提出したらほとんどそのまま通ったんだっけ?あったとしても論文の基本フォーマットの中の何かが足りないから付け足せとかその程度。
ただまあ、引用なんて1文字も無かったからコピペ問題は発生しなかったな(苦笑)。正直サンプル数について突っ込みが入ると思っていたので、戦々恐々とすると同時に物凄く意外だった。
因みに参考論文読んでるときにストランドボード(薄板細片を積層した板。板のサイズは数ミリ以下×数センチ弱×10センチ弱位)という言葉を知って、現物を見たのは何年か後でした。んで、ストランドボードって剛性は足りないし水には弱いし耐久性は無いで、正直嫌い‥‥
パーティクルボードは接着剤30パー位の方が風合いは良いけど、強度も考えると50パーセント位も捨てがたい(樹脂的過ぎるけどね)。多分製品として存在しているのは接着剤10〜20パーセント前後なんだろうなー。接着剤が少な過ぎると脆過ぎるので。
3月22日、神戸博物館であったターナー展を見に行きました。何か中学か高校の頃にもターナーの作品を見た気がしないでも無いんですが、新聞に載ってる広告紛いの記事を見ても現物が思いだせないんでは意味が無いので、折角ということで‥‥。
餓鬼の頃から画家も視野に入れて画を描いていた人間に言わせると、描きたいところ以外はどうでもいい人なんだなと(笑)。しかも描きたいのは大型帆船と木の葉っぱと牛(鶏もオマケで)と波、空に降っている遠目の雨。
建物は近景としてよりも、遠目の城郭に対する『風景の点睛』としての愛着しか感じられません。少なくとも、半屋内的建物に対しては寧ろ苦手なんではないかとすら思えます(売店の複製画で見た若い頃の建物の中景はまともでしたが)。
そもそも水平の線が大きく右下がりになる癖があり、垂直の線は左に傾ぐ癖を大人になっても克服出来ず、故に大作のローマの画でも結構惨めな結果になっています。極端に人間に興味が無い為に、添え物の筈の絵の中の絵の方が主題の人物よりも力が入っていたり、絵の構成上どうって意味の無い向かって右手の壁が近景の建物内で一番力が入っていたり、近景以外の建物では眼の前の建物より遠景の方がきっちり塗られていたり、正直『風景の巨匠』という煽り文句や、アカデミーでパースの教師をしていたという実績に、色々と眼が点になってしまいました。
面白かったのは、複製画の売り場のお姉さんが大学で美術を学んでらっしゃったみたいで、詳しい話を聞くことは出来ませんでしたが、あのローマの画(の私に言わせればデッサン狂い)には色々な意図があると言いながら、魚眼パースについては寧ろ『奇怪しい』と言っていたことで、『アカデミックな世界』では一体どんな物の見方や解釈をしているのやら──。私が幼稚園か小学校の遠足で線路を見ながら最初に見付けたパースの基本は魚眼パースに近かったので(正確には平行と一点透視的収束が広視野に統合すると魚眼パースになる)、寧ろターナーのあの画に於ける視角は自然に思います。現在でも魚眼パースを理解出来ない人が多いようですが、当時は尚更、だったのでしょうか(あり得る)?
雲に関しては、新聞で書かれているほどの情熱は感じませんでしたね。でも、全体の構図に関する興味は、展示されているデッサンを見ているととても強く伝わってきました。あと、数々のデッサン(特に若いころの物)は絵の習作というよりも、明らかに備忘録的なものに感じました。『ああっ、ここ格好ええ!』って感じた中心だけが、彩色されている画が山ほど(笑)。
一番面白かったのは、ターナーの絵の基本にあるのは淡彩の水彩画だった為に、油彩になっても塗りの基本が全て水彩画と同じでした。でも、パレットと一緒に展示してあった絵の具を見て思ったんですが、塗料が高かったんですね。今なら、小さな絵の具のチューブもあれば、かなり大きい眼のチューブまで画材屋さんで手に入ります。普通に売っているということは、その気になれば、買える程度の値段だということです(私は値段の高い絵の具を見ると買うのに二の足を踏みますが)。しかし、かなり大きな絵も描いている筈のターナーの絵の具箱に入っている豚の膀胱に入った絵の具は、大作を描くには余りにも小さ過ぎます。これも、ターナーの油彩画が淡彩である一因なのかもしれません。実際、版画の原画用の小さな小さな水彩画は、寧ろ一番力が入っていると同時に絵の具の使い方も濃厚ですし。
それなりに絵を見る方であれば、ルネッサンス期のイタリア絵画を見て、もっと絵の具の使い方が濃厚であることに気が付くでしょう。しかし、ターナーのパレットを見た私は『うわ、ケチ臭!』と叫んだ位、ターナーの絵の具の使い方はとても倹約的です(色を作る度に作り足す破目になった私は、さらに数倍ケチ臭い使い方ですが)。そこでハタと気が付きました。
ルネッサンス期の画家達は相当な資産力のある王侯貴族や教会、大富豪の依頼で絵を描いていました。恐らく絵を描くのに時間が掛かるのは当たり前で、しかも徒弟達を使って、即ち比較的潤沢な資金で、パトロンの顔にドロを塗らないだけの絵の具を使って絵を描く権利を持っていました。考えても見てください。フィレンツェの富豪の為に書かれた作品が、『絵の具代も出ないのか?』と見た人が嘆き同情する様なありさまであったら、クライアントのパトロンがどんな顔をするかを。そう、絵の具をケチる必要がなかったばかりか、寧ろそんなことをしたら致命的なのです(恐らく一般庶民に近い人達向けの画家達は、結構事情が違った可能性が高いですが)。結局、一作一作に掛けられる絵の具代が、ルネッサンス期と比べると途轍もなく少なくなっていたんでしょうね。同時に、より後の世代の画家と比べると、絵の具代も高かったと(あの貧乏で知られるゴッホの絵を見て、私の様なアンチゴッホの人間ですらそんなに絵の具をケチってそうなイメージを持っていません。原画を見たら、イメージが変わる可能性は否定しませんが)。
まあ絵の具を買うお金がずーっと潤沢になったとしても、大作や国王の為の作品ですら淡彩を通したターナーですから、結局そんなに濃い絵の具の使い方はしなかったでしょうけれどもね‥‥。
実を言いますとターナー展で見たかったのは『実験的』と新聞の広告っぽい記事で紹介されていた後期の作品なんですが、『白内障の為にあんな作品になった』という意見には、果てし無く疑問を覚えます。何故なら、コントラストの弱い色が見え難くなった筈の状態で、あんなデリケートな濃淡しか無い、しかも『白の中の白』的な微妙な作品が描けるでしょうか?なので、『眼が悪い』式の解釈には、甚だ疑問を覚えます。
寧ろターナーは若い頃から『描きたいところしかまともに描かない』人だったことを考えると、『俺が表現したいところしか描かなかった』という解釈の方がもっともらしさと信頼感を覚えます。また、城が白抜きで書かれた画(あの会場で一番出来の良い絵の一枚だと思いますが)を見ても判る通り、抽象絵画の入り口に立っており、また極端にデザイン性の高い画を後年追い求めていたことも感じます。元々デッサンで雨雲から降り注ぐ遠景の雨だけ水色で書かれて、残りはどうでもいいような画を描いていた人ですから、抽象化への距離はとても近かったのでしょう。訳の判らない三角形を並べたような系統ではなく、抽象具体画的な素養を子供の頃から育てていたのは、疑いの余地はないと思います。そういう意味では、抽象画の元祖だか、その系譜に連なる画家に挙げるべきなんでしょうね。
中年期以降のターナーの大型油彩画を見ていて、一つ疑問を覚えたんですが、ハイライトに塗られていたホワイト(色の混ざらなさ加減を見ているとチタンホワイトっぽいんですが)って初めから塗られていたんでしょうかね(っていうか今ふと思ったんですが彼の絵の具の扱い方の癖から考えるととてもそうは思い難いんですが‥‥)?
彼の後期の油彩画の特徴として、下地剤で立体と質感を作って、その上に極めて淡彩の油絵具で色を載せていっています。一応水彩ガッシュで掛かれた作品を見てハイライトに白を載せている作品も確認はしたのですが、往々にして上から掛けられたホワイトはとても厚塗りで雑です。あれ、本当に本人が塗った色なんでしょうか?と言うか、あの薄塗りで細いめ(細過ぎるとも言える)の筆で速いけれども反復して線状に筆を使う癖の強い画家が、グリグリとかばっばっと雑で且つ絵の具を惜しまずに見苦しくなりかねない筆致で塗ったのが、本当に作者の意図だったのか疑問な物が何点かありました。波頭に塗り重ねられた白い点々は割と本人のものだろうと納得の行くものも多かったですが、物に依ってはこれはあり得ないだろうという気分になるものも。
もっとも、絵の具の厚いところの下に表面保護剤が溜まって小汚く絵の具のディティールを強調するように汚している画が相当数あったので、そのせいで筆致が汚く見えただけな可能性もありますが‥‥。また解説文を見ていると展覧会の会場で仕上げをしたとあるのが、あのホワイト掛けであった可能性も高く、絵の研究をしている研究者であればその辺の検証も進めていって頂きたいものです(どうせ事業もまともに行っていませんので、スカウトは歓迎です。笑)。
元々ルネッサンス以前の画に、絵のオーナーが画家を使ってハイライトを追加させる行為は結構横行していた様ですので(極めて遺憾ながら、ウフィッツィー美術館の展示品のほとんど全てがこれの犠牲になっています)、これに該当する可能性も否定は出来ません。ただターナーが死蔵していたという作品でも仕上げのホワイトが結構載っているので、本人が展示場の光線に合わせてコントラスト合わせでちょちょちょいとやった可能性は、否定出来ないですよね。
ところでターナーの最晩年の作品を見ていて一番感じたのは、『これって淡彩の水墨画の影響なんだろうか?』ということです。ターナーの所持品の中に水墨画が含まれていたのか、とても気に掛かるところです。まあ元々が手抜きで画をきちんと仕上げることに興味があるように見えない人のやることですから、独自の筆癖からああいう境地に達したのだとしても、全く不思議はないんですが(爆笑)。
何にしても、人物が主題である筈の画でも人間をまともに仕上げるつもりもない人のことですから、未完成とされている白塗りのままの人間の絵とかも、私は普通に完成品に見えました。あれが本人の筆になるのであればですが、仕上げに揮っていたホワイトも入るべきところには全部入ってましたし。そういう意味では、今でも全く理解されていな作家さんなのかなと。風景の達人なんていう言葉もお偉い先生がターナーを掩護するために適当にブチ上げた標語だったみたいですし、その『煽り文句』が敷衍すると同時に権威化して定着している現状にも、失笑を禁じ得ません。
彼はその風景画に描かれている特定の何か(スケッチを見ても、完成品の水彩画や油彩画の仕上げを見ても直ぐに判ります)が描きたかっただけで、残りはやる気の無さと省力化の為に、画面のバランスを取る為の最小限しか描かれてなどいません。そういう意味では、とても現代的な感覚で強弱を付けた作品を描く先進的な作家さんだったとは言えるでしょう。
でもそういうのってやる気の無さと、あと徒弟制で下っ端に『作品の残りは任せる』が出来なかった、『下ってしまった時代』の量産作家としての性が生み出した徒花だったんじゃないでしょうかね。それが証拠に、後期の作品になる程画を描くのに倦んで『描きたいところ以外時間使いたくねー』な実験的にすら見える作風に変遷していくのですから。
ところで複製画コーナーのお姉さんはルノワールも手抜きな作風に代わって行ったって言ってはりましたが、確かにそういう面もあるんでしょうが、画題は助平なヒヒジジイとしての素直な欲望を反映したばかりですし(私は今でも昔の作風のシャープで細っこいお姉さんの方が好みです)、塗りが荒いのには手が不自由で筆を手に括り付けてたせいで微細な線が扱い辛かったせいもあるんじゃないのかなーって思ってます。
しかし、ターナーの画って水彩や油彩絵よりも、稠密な堀りで再現された版画シリーズの方が価値があるんじゃねーのかな、って思う。印刷技術が進んで銅版や鉄版の時代が終わって腕の良い職人さんが居なくなっていって──なんて話も売り子のお姉さんとしたんですが、版画の職人さんの質と量という意味で、あの前後の時期がピークだったんでしょうねー。油彩で荒々しいタッチの絵を短時間で自分の手で仕上げる今の絵画界に、ルネッサンス期の緻密な画面を期待し難いのと同じで、需要や資金(=画家に取ってはその作品に掛けられる時間)に依って、その時代の作風やレベルっていうものは移ろっていくものなんでしょうね。
ところで先日言った堺市の美術館の分館でも、今回の神戸市博物館でも展示品の撮影・模写、メモまで禁止されていたんだけど(メモ取ってる人は現実には居たけどね)、これって美術館や博物館の役割を余りにも理解出来ていないと思う。
美術館とは収蔵品を見せ物にして金を儲けるだけのものじゃなくって、これから絵を志す人に作品に触れて模写する機会を与えることによって、新しい人材を育てる場でもあるのに。
また文化財的古美術品や考古学的物品も、判断材料をより多く世間に広めることによってこそ、新しい知見や考え方、そして正しい判断に辿り着くというのに、博物館の科学的役割が軽視され過ぎている。これでは、日本は『美術者も科学者も、美術も科学も発展・推進させていく意志がありません』と世界に声を大にして叫んでいるに等しいと思う。
日本の美術館・博物館には、猛省と方針転換を声を大にして促したい。
今のロシアって、親愛なる麻生氏が言ってたようにナチスのポーランド侵攻に倣ったんでしょうね。ほら、ロシア人を救出するとか言って。んで、大日本帝国の満州国に倣って傀儡政権立てたり。まあこっちについては、アブハジアで予行演習済みですが。
なんて記事を朝日新聞では最後まで見なかったのは、穏健派なんでしょうかねー、朝日新聞。余所の新聞とか週刊誌だと、流石に毎日書いてたんだろうか?
と、プーチンがクリミア半島でロシア人の保護とかいう下らないことを言い始めた瞬間に書こうと思ったことを、やっとこさ書いときます。
先日昔懐かしいめいどはんまーにも参加されていたハイランダーさんのお名前を、某掲示板で見掛けてしまいました。いやー、その節はお世話になった気がしますが、人違いじゃないですよね(笑)。
冬季五輪のスピードスケートのオランダの大躍進について、朝日新聞にスポーツの政治力という観点からスピードスケートの清水さんが明確にヒントを書いていたんだが‥‥。アメリカは服のせいにしちゃって対策のチャンスを失っちゃったのねん。
ソチのスケート会場にはオランダの技術者が入ってるんだけど、これはオランダのゼネコンが儲けたとかいう次元のお話ではなく、『オランダのリンクは氷が柔らかい』んだそうな(多分温度を高いめに管理してるんでしょうね)。これって、スケートのエッジの掛かりも変わるし脚への反力も変わる。スケーティングという意味では、多分全く別の競技に思えたんじゃないかな、トップスケーターの人達からすれば。
車で言えばタイヤを変えられたのを知らなかったような、陸上なら突然靴を帰られちゃったのと同じくらい影響が出るんじゃないかと思う。初めから想定していたらまだ良いけど、認識が無いから戸惑うばかりで柔らかい氷対策は誰も思い付いてない。そんな感じだったんでしょう。
まあ車の運転の上手い人だったら、タイヤの癖の違いなら割と短時間で受け止めるだろうけど、だからって1/100秒を争うようなトップパフォーマンスを求められる場で突然それは、ねー?私が小学校1年生くらいの頃、靴が使い物にならなくって歩きの登校レベルで悩まされましたよ?トップクラスのスポーツ選手なら、尚更です。
斯くして、普段通りの氷環境で滑ったオランダのスピードスケート選手たちは、存分にその『地の利』を発揮して見せたようです。清水さんが日本のスケート陣にその『とっくに知ってた情報』を早いめに開陳出来ていたら、日本もオランダの尻馬に乗れた可能性も──実力差を考えると、無いかな(大汗)。
フィギュアスケートの会場はスピードスケートのとは違うと想いますが、この辺の影響がなかったのかどうかは気になるところです。づーか超負けず嫌いの浅田まおさんですので、ショートプログラムでコケた時は絶対に現役を続行すると思ったんですが、どうなるんでしょうねー?
個人的には、メンタル管理を補強して帰って来て欲しいところですが。そもそも競技そのものが、観衆のどよめきが収まるまでは『始めない権利』を認めるべきだと思うんですけどね。音楽もまともに聞こえなさそうな曲の入りなんて、奇怪しいと思います。
キャノンのG1Xの後継機が偉くまた良い感じみたいですねー。友人みたいに『光学ファインダーが‥‥』という人間には不満でしょうが、それ以外の点では『どうして初めからこの仕様で出せなかったんだ?』という言葉が出てくるのは請け合い。もっとも写真業界を長らくユーザーとしてウォッチしてきた身としては、実際問題として初代のスペックがAF速度以外はよく頑張った方で、今回のスペックの方が寧ろ『何でそんなこと出来るの?』級にチートな気も。
つーか『頑張ったから』程度のことで、マジでよくここまで可能になるもんですねー。マーク3が出たときにはきっと、『えっ、まだ出来ることあったん?』とか、『初めからここまで出来ていれば‥‥』という言葉が並ぶんでしょう(笑)。
ただメーカー発表を見ていて一つだけ心配なのは、AFがほとんど倍速くなったと言っても、実際に使ってみるとまだ不満が残る可能性ですかねー。そこさえ払拭されれば、欲しい欲しくないで言えばかなり『欲しい!』カメラになってそうな気がします。
とは言えGX1+14−42Xズームを買った身としては、このサイズでも『いつでも一緒』カメラには辛いので、G1Xマーク2も結局一眼レフの『軽量な代替品』的ポジションのカメラなんだろうなーと思います。スタイリッシュ系薄型高級コンデジの存在意義は、未だ失われずってところでしょうか。もっとも、RX100なんて言う薄型高級コンデジキラーもあったりするんですが。
白い犬は尾も白い。『お前は〜の製品を買ったことがないのに、〜の製品に付いて意見を書くのか?』と常々文句を言っている人が、自分で〜のユーザーではないことを暴露していたよ。
なんてギャグは世間ではよくあることで、せめて誰かの悪口を書くとき位は自分の立場に齟齬が無いことを、少しは気にして欲しい。まあ、粘着アンチなんて言うものはそもそもその程度の小人物なのは、判りますが。正に『非難のための非難』、ですよね。
主張していることが嫌がらせでしかなく、憤りの振りをしても実は気晴らしの為の嘘んこでしかないことが、能く判ります。もしくは、『自分のことは置いておく達人』とか。
しかし糞カメコグランプリがどうとか騒いでる人が居ますが、上の人が固定ハン持ってたら是非上位に入って欲しいですね。某はんまーに参加している人っぽいので、『はんま〜』と呼ぶとか?
別にその人本人であるかどうかは割とどうでもよくって、要はレッテルが付くことによって『安全なところから一方的に他人を攻撃できる立場』から、『自分も一個人として他人から非難され得る立場』に移行させることこそが、大切だと思います。そもそも某はんまーの参加者じゃなくって、昔懐かしの、二人の子持ちだけど嫁さんに逃げられた人の方かもしれないし。
要は大切なのは、個人を特定する『名前を与える』っていうことです。悪魔を召還するには名前が必要とか、逆に召還した悪魔に名前を付けるとか、それと同じような感じ?
ねえ、はんま〜さん、あなたも2ちゃんねるにスレが立つようになるといいですね!10年単位で粘着を続けて叩き続けてるとか、充分にその資格はあると思いますよ、ねー。
『お人形さんの王国』の『アリッサ・メリッサのお人形写真館』に、『カーリング!カーリング!!』を追加しました。ついでに、2007年に撮影した『カーリング』と『カーリング2』も。
いやはや、お人形さん業界に於けるカーリング先進地を自負していたつもりですが(大汗)、肝心なページをアップしたつもりで忘れてたとかとんだ大恥ですね(T_T)〜。
つーことで、皆さんもカーリングを応援いたしましょう(^-^)!!
先日ネットの掲示板を見ていると、『艦これのガレージキットは、ワンフェスで1日版権の許諾を取ったもの以外は作ってはならない』と主張している人を見掛けました。しかし現実には版権者のDMM社側では、『現状ではゲームとエロ作品以外は黙認しています』と何度もコメントを出しており、この人物の主張は間違っています。
気になるのは、紋切り型でこういう間違いを主張する人ほど、周りの人から認識の訂正を求められても拒否し、相手の説明を理解せず、雲行きが怪しくなるとしらばっくれて消えた振りをしたり、『何かこのスレの趣旨と違うことを叫んでる奴が居る』『奴は性格が悪い』等、他人の振りをして周りに攻撃を始めることです。
結局正しいルールを理解していない癖に、自分の考えは曲げず、『お前の方が間違っている』という見解を曲げることはまずないし、そもそも書かれていることを理解する能力自体が無い。そう言えば、先日謝罪文を上げてくださった方も読書障害と過度の先入観と偏執の全部を伴ったタイプで、結局のところコミュニケーション自体成立していなかったと言っていい状態でした。本当、今上げた例と人物像としては、同じ類型そのものなんですよね。
結局重要なのは『著作権で定められたこと』ではなく、著作権者に対して筋を通すこと、なのでしょう。逆に言えば著作権者が『やってもいい』と言っていることを、著作権法を楯に『駄目だ』と主張する行為は、著作権者の意志を侵害していることになります。例えば先程の『艦これ』を例に上げれば、DMM社としては同人で『艦これ』が盛り上がれば、今後のアニメ化後の営業展開にとってプラスになると判断しているのかもしれません。だとしたら、勝手に『艦これのガレキを出すな』と主張している人物は、DMM社の利益を侵害してしまっているわけです。
さて、ここで皆さんはどちらの立場を取られるでしょうか?『艦これのガレキを出すな』という立場と、『権利者がいいって言ってるんだから出してもいいんじゃない?』。
結局粘着アンチというのは、場に提示されているルールを理解出来ていない癖に、誤った自分のルールを他人に訴え掛け、自分の執着する相手を徹底的に糾弾するのです。相手が、筋を通したかどうかは関係ありません。権利者側が事実誤認だかなんだかで意見を翻そうが、それに対して相手が誠実に対応しようが関係ありません。また、ありもしなかった損害賠償請求を楯に、『奴は被害を踏み倒した』とかそう言った間違った事実(普通人はそれを、『嘘』と呼びます)を、『俺がこう言ってるんだから、そうなんだよ』で通してしまえるつような人格を持った人が、粘着アンチです。
困ったことに彼らは、決して軸が振れることはありません。だから、傍目には『正しい人』の態度に見えやすいという特徴を持っています。ましてや、その人の意見に触れた人が自分でネタ元の情報をきちんとチェックしなかったり、議論の内容を自分の頭で論理的に再構築・検証する習慣が無かったりすれば、もう効果覿面です。そして日本人の90パーセントくらいは、その効果覿面なメンタリティーを持った人のようなのです。
更に困ったことに、多くの日本人は反論する人を『言い訳だ!』と言って嫌います。だから、大嘘や誤った前提で物を言う人に非難されている人を見掛けると、絶対に『こいつは駄目だな』と思います。状況で既に、『こいつは駄目だな』ということを『既定事実』として確定してしまっているわけです。
当然のお話ですが、相手の嘘に対して抗弁しないのであれば、相手の嘘を示せません。しかし、抗弁した時点で世論は攻撃者の味方です。
大抵の人は抗弁の内容に注意を払いませんから、そもそも抗弁は無駄だという見方も出来ます。しかし、傍観者の言う通り『相手の言うがままにさせて』おくと、攻撃を受けている人は『讒言の通りの人』と思われてしまいます。少なくとも、攻撃の書き込みを見た人には、攻撃を受けた側がその通りの人でないと思う理由もありません。
なので一番重要なのは、そういうシーンを見掛けたときに、執拗な攻撃をしている人がどんな人なのかに、想いを致すことなんでしょうね。
執拗な攻撃を続けている人は、大抵、偏執的で一方的な間違った考え方を押し付けてくる人です。例えば『攻撃を受けて困っているんだよ──』と言ったら、『あいつは何年経っても攻撃に文句を言い続ける、偏執的な奴だよな!』なんてなことを、真顔で言ってきます。
あの、あんたが攻撃を止めてくれたら、こっちはあんたの存在に触れる必要すら無いんですが?
因みに、このホームページが移転したことをほとんどどこにも書けずに居るわけですが、勿論全ては粘着荒し氏の嫌がらせを避ける為です。唯一熱心にこのサイトの移転を広報しているのが、その件の粘着荒し氏本人であるという事実は、被害者としては自殺したい位耐えがたい事実なのですが‥‥。
何か大阪市長さんがまた任期途中で仕事を放り出して、選挙なんだそうです。どうせ後2年も待てば審判の時は来るのに、今辞職。『俺がまた市長に返り咲いたら、委員会の気に食わない奴は全員出て行け』なんだそうです。この人、民主主義のなんたるかを、理解しているんでしょうか?おまけに、俺が続投しても1年経ったらまた仕事を放り出して、参院の公明党の議員の選挙区で、嫌がらせの為に立候補してやるんだそうです。
この人、『無駄遣いは許せない』とか喚きながら選挙に出てませんでしたっけ?自分の気分を晴らすとか、誰も付いてこない勝手な言い分の為に、2回も6億円を大阪市民にドブに捨てさせる気なんでしょうか?そもそも大阪市長に鞍替えしたときだって、大阪府知事の任期を全うせずに税金をドブに捨てさせたのに?
いい加減、この人が政治の世界から消えて欲しいと思います。元々1000パーセントだか2000パーセントあり得ない筈なのに大阪府知事に立候補して、その後どれだけ嘘を吐き続けるんでしょう?
そもそもの大阪都構想自体、『統治の重複と無駄を防ぐため』とか言いながら、都構想が実現すると大阪の職員の数は増え、選挙費用は増えるそうです。そもそも大阪市内を区に分割して船頭を増やすとか、寧ろ統括的な施政が行えなくなって、大阪市内の行政としてはマイナスの方が大きいんではないかと思います。
正直大阪府知事になった後、市長選を経るまで全く具体的な都構想の算段を出来なかったのは、実は『赤字』になることに気が付いて具体案を市民に晒すことが出来なかっただけなんではないかと?疑いたくなってしまうレベルです。
この無駄遣いが好きで文化のぶの字も理解出来ない人物が、次の大阪市長選で落ちるよう、大阪市民の皆さんに平身低頭お願いせずには居られません。
今更ではありますが、機密情報保護法案に絡んで、安倍首相は『機密解除の60年が経つ前に、機密書類の処分は出来ます』とはしゃいで言っていました。そして次の日の報道では『60年経ったら、情報は全て開示されるんですよ?これは情報開示の大きな進歩でしょう?』と、もっと嬉しそうにはしゃいで言っていました。
なんでこんな人物が、一国の首相をやってられるんでしょうね?機密情報保護法を一日も早く廃案にすることを、国会議員の皆さんには切にお願いしたい。
エプソンのプスリンターを使っていて、インクを横倒しで保存していた、カートリッジを振るのを忘れて入れちゃった!が原因でまともな絵が出なくなって怒り狂った経験のある人は結構居るんではないかと思います。個人的には何度か‥‥アンドその度にエプソン本社に爆弾テロが出来ないものか?というクラスの怒りを覚えたものでした。つーか今も現役でその怒りを抱いていますが(苦笑)。
んで実家のプリンターで、前から『実はこうやれば直るんじゃねーの?』という方法を検証する機会がありました。皆さんお喜びください。実際直りましたよ!
考え方は簡単。トラブルの原因となったインクカートリッジを新品に交換するだけ。メーカーの言う通りヘッドクリーニングを100回繰り返そうと、入れたインクを交換するタイミングまで直らないことは経験上確認しておりますが(ふざけるなエプソン、修理の度に嘘の対処方法書いた紙を貼り付けやがって!)、これで一発で直ります。但し私の場合、最後に入れたインクがれだったか思いだせないで今まで試せずに居たんですが──orz。
因みに、一度入れちゃったインクを引っこ抜いて振ってから入れても、意外と問題は生じない様です。症状が軽度の場合は、それで多少は改善したようにも見えます(穴からインクが吹き出さないように、ティッシュか何かで押さえてやりましょう)。父親がコーションテープを剥がさずに入れたインクを振ってから、テープを剥がしてから再投入を致しましたが、少なくともそのインクでは問題は生じませんでした。一度抜いたインクを入れるなというエプソンの注意書きも、結構な嘘っぱちっ振りですね(まあ何日も外したのを戻されても‥‥ですが)。
もっとも、重症だった黒インクでは振っても振ってもドット欠けが直らなかったんですが、インクに問題があったのか、振り方が足りなかったのか(多分それは無いっていう位には振り直しました)、振った際にこぼれたインク分進入した空気が悪さをしたのかは、不明です。そんな状態でも、新品のインクに入れ換えたらプリンターは完全動作に復帰致ししました。そのときには、新品投入したインク3本くらいが、既に3/4減っていましたが‥‥。2000円以上の損害だな(-_-
)。
因みに、この修理法(メーカーに出すと修理扱いだよね〜?)を実践しようとすると、大きな問題にぶち当たることに気が付くと思います。私と違って最後に交換したインクがどれだったか覚えたいたとしても、他のインクが交換にならない限り、インクを取り出す方法が無いことです。
PX−G930だとか、PM−2000c、PM−670cだとヘッドを強引に横に移動させればインク投入口を開けられた記憶があるんですが、PM−A840ではウンとも寸とも動きませんでした。そういう時は自己責任でヘッドクリーニングを掛けて、その最中にインクタンク収納部の蓋を開けてやれば、何とか強制的に止められるかもしれません。まあ、ヘッド駆動ベルトが破損しても私は何の保証もしませんが。
この方法の場合、比較的最近の機種では交換後のインクと元々入っていたインクのIDが異なるため、エラーが出てヘッドクリーニングからやり直しになります。エラーが出た際は、ヘッドがインク交換位置になるので、一旦インクを抜いてから入れ直して上げてください。上にも書きましたが、引っこ抜いて戻しても、メーカーの脅しにも関わらず現実にはインクは正常に使えます(少なくとも5〜6回変えた範囲内では。例外についてまでは、当方では保証致しません)。
正直エプソンは、いつでもインクを交換できるよう、ドライバを更新すべきだと思います。勿論、今まで正しい対処法を公開して来なかったのは、無意味なヘッドクリーニングに依って大々的にユーザーから無駄金を吸い上げるためなんではないかと私は疑っていますが、もしもそうでないのなら、今すぐにでも過去に遡った製品に至るまで、ドライバーを更新して欲しいものです。だって、プリンターというのは5年でも10年でも使い続ける物だからです。
正直今回のトラブルでは、実家のプリンターは買い換え直前まで行きました。だって考えてもみて下さい、このままインクを全色入れ換えていたら、それだけで5000円ですよ?しかし、それでもプリンターが復活する保証はありませんでした。そして旧機種の不良在庫のプリンターともなれば、下手したらその位の値段で完動品で1年保証が付いて、新品のインクが付いてくるのです。まあそうならないよう、試行錯誤したわけですが。
因みにPM−A840ではたまたま最後までチェック印刷の結果が不良だった色の交換で話は済みましたが、今までPX−G930でもPM−2000cでも、交換したのとは関係ない色も奇怪しくなっていました。お蔭様で、原因となっている色が特定出来ずにきた訳です。まあ今となっては、一番調子の奇怪しいインクを先ず交換して、それからそれ以外の色に交換範囲を広げていくという選択肢もありますが‥‥。兎に角原因は一色なのに、三色くらい毎回調子が奇怪しくなるので原因が掴めずにきたわけです。
ところで頭の悪いお話ではありますが、考えてみるとどの色を変えたのか判らなくなった場合は、プリンタウィンドウでインクの減り具合を比べてみれば一目瞭然だったんですよね‥‥![]()
我ながら自分の間抜けさに、涙が出てきます。
明石家さんまとキムタクの出ている正月特番で、スポーツトーナーの人が4分類とやらを切り換えられる人は居ないとか言っていたのだが、試してみたら普通に出来ました。ううーむ、30万人の調査でゼロとか言っていましたが、だったら30万飛んで飛んで飛んで1人目の被験者として、どうぞ(笑)。
まあそもそも明石家さんまさんのことを『特殊な疑似事例』とか言って例外扱いして調査結果から排除していましたが、先入観が強過ぎて眼の前の調査対象を除外してるんじゃないのかという疑問も‥‥(腕の筋肉の使い方がって言っていましたが、なんか違う気がした)。
因みに私は本来的には前荷重の内側荷重の1−1型に分類されるらしいんですが、そもそも外股気味(O脚気味・外荷重になるようですね)だったのを歩くときの効率を求めて小中学校の時分に中立から内股に近い感じの荷重に切り換えた記憶があります。小学校の頃から足の指の使い方から肩甲骨の動かし方まで考えて歩きと走りのフォームを組み立てて(確か小5位の頃には一通り完成していたかと)、お蔭様でどこに行っても変わった歩き方だと言われますし、走り方に至っては腕をほとんど振らないのでロケット走りとか言われたり──。の割には、小学校高学年の体育祭でリレーの選手になんか選ばれてたので、それなりに速い方だったんでしょうね。
屈伸は外膝、中立膝、内膝とやり分けてるせいか1−1の人には出来ないと言っていたことも普通に出来ましたし(椅子から立てないとかだっけ?)、指で握る、掌で握るの話は無意識に重心切り換えてどっちでも相手を押せます。これは前向き歩きから後ろ向き歩きをシームレスに切り換える遊びで培った経験も活きているのかもしれませんね(そもそもは自由自在に歩くための重心切り換えを鍛えてましたけど)。梅田の地下街をお遊びで後ろ歩きしていたら、芸をやってるんじゃないかという眼で周りから見られた記憶もあります。まあ普通の人はそんなことしないのかね〜(多分やんない)?
何にしても、4タイプ類型は意識して切り換えられないなんて、大嘘ですよね。実家が3階建てなせいもあってか、階段を上がるときは膝の位置を極めて意識的に使い分けますし、最近は何で下りの階段が苦手なのかと思ったらビビって後ろ荷重で歩いてたのが原因と気が付いて極力前荷重で下りるようにしたりとか、意外と自由自在に人間の重心の取り方なんて変えられるものなんですが。
え、そんなの出来るのお前くらいだって?まあ、可能性は否定しません。そう言えばナンバ歩きと普通の歩きの向き不向きの話も出ていましたが、ナンバ歩きの練習もしたんだっけな。1週間もやっていると、ナンバで普通に歩けるようになりましたけどね。そもそも、重心浮かせて忍者走りの練習(実際の忍者の走りがどんなものなのかは、私は知りませんが、便宜的にそう呼んでます)する人とか、見たことないし。
ん、今まで変わった人だと言われなかった記憶はありませんが(オイ)、私って変わってるのか?
そう言えば未だにネットストーカーやっている人って、うちの掲示板で粘着して騒ぎを大きくした挙げ句ボークスのアピール出させた当人っぽいんだよなー。っつーかそれを疑う理由も無いですが。型取りさえしなければ、計測によるデッドコピーはOKで、インターフェイスを残して残り全部削ったとしても、改造品はコピー品扱いとか主張していたっけな(結局球体部分も精度が低過ぎたので残らなかったけど)。
しかしドルパはボークスの競合他社は出展出来ない(少なくともそう聞いているが)のは有名な話なのに、相変わらずで白々しい嘘を平気で書くなー。
未だにネット上で個人に対する嫌がらせと営業妨害(!)まで継続中のストーカーが居ますが、やってることの本質は『黒子のバスケット』の作者への強迫犯と何にも変わりませんよねー。
この人も執着し始めたのはきっと『奴の掲示板に女性らしい人が出入りしてる』とか、東京からの遠征ゲームの後のファミレスで『何でペーペーの奴が俺の憧れの人の横に座ってやがるんだ?!』とか、そんな馬鹿馬鹿しい理由だったんでしょうね(お蔭様で、当時掲示板に出入りしていた人は全員消えましたし)。だけど、『妬ましい』という理由で嫌がらせと強迫を繰り返し、コミケの何万人だけでなく出版社その他に下手すりゃ億単位の被害を与えるのは論外だし、それは規模が万分の1になったとしてもやっていることは変わりません。
そんな頭のネジの外れた人物の子分みたいな顔をしてはしゃいでいる人も居るようですが、粘着氏から私の『シンパ』と見られて、粘着の対象にされるのを恐れているんでしょうかね?でも粘着氏に自分が誰かバレ得るとしたら、逆に言えば今自分がやっていることも、あなたのブログを覗いていた人にバレ得るということでもありまして‥‥。わざわざ知り合いからそういう人だと思われ、しかも訴訟対象の末席に加わるリスクまで犯さなくっても、粘着氏はもうとっくにあなたを許してくれていると思いますよ?
何にせよ、『黒子のバスケット』の強迫犯がやっと捕まって、良かったですね。『黒子のバスケット』のファンだけでなく、多くの人間の憎悪を集めていたことを、彼は理解していたんでしょうか?そして私に嫌がらせを繰り返している人物も、彼の為に商品購入の選択肢が制約を受けて不快な想いをしている人も居ることに、少しは気が付いて貰いたいものだと思います。
例えば今あなたに尻尾を振っている人だって、折角購入してカスタマイズした製品を手放す破目になった、明確な、あなたの『被害者』なのですから。
しかしあれですね。先日謝罪文を載せてくれた人は結局のところ、私が北海道の有名アマチュアカメラマンの某氏の掲示板に書き込んだのが原因で、粘着行為を始めたわけです。迂闊なことに未確認ですが、手口の共通性から、デジカメジンだけでなくEOSデジタル掲示板やニコンデジタル掲示板で嫌がらせを続けていたのも彼でしょう(現在も粘着を続けている人物がドール写真をディスってたんだとしたら、粘着行為を別にしても『地獄に堕ちろ!!』ですよね。こっちは人形者ですから)。
判りますでしょうか?小学校や中学校で何年間にも渡って嫌がらせを続けていた連中もそうですが、『私の親しい人と口を聞いた』とか、『母親と仲が良さそうに見えた』とか、『こいつスカしてる』(これに関しては、ギャグで言ったネタだったんだがなー)という理由『だけで』、こういう人種は執拗な嫌がらせを始める訳です。それも、何年間にも渡って。
学校は長くても6年で放免ですが(幼〜中まで一緒だと10年ありますけど)、ネットの世界は幸か不幸か世界中に繋がっています。下手をすると彼は死ぬまで粘着を続けるでしょう。
『カウンセリングか病院に行け』と言われたら、この手の人達は『俺は病気じゃない』と主張します。その癖犯罪行為を咎められたら、『俺は精神病だからな』。そんな手前勝手で異様な人物の言うことでも、何故かホイホイと言うことを鵜呑みにして尻尾を振る人物が出てきます。まあ、死刑になった宅間氏にも寄ってくる女が居た訳ですから、人間そういうものなのかもしれませんが。
何にせよ、交通事故被害者の遺族同様、現実に被害を受けている者として、ネットストーカー規制法を整備欲しいものです。ああ、既にネットストーカー規制法があるかと勘違いして確認のために検索を掛けたら、ウィキペディアに丁度いいページがありますね。『サイバーストーカー』の項を見てみてください。本当、やっていることは正にこの通りです。但し憎悪を抱く切っ掛けには、揉め事なんて必要無いようですが(『ペットボトル用の水筒を買わなくても、タオル巻いてナイロン袋に入れるだけでも効果ありますよ』と話しただけで、嫌がらせに火が点く人も居ます)。
ストーカー規制法ではストーキング行為の動因が規定されているようですが、これは絶対に、絶対に絶対に外すべきです。だって偏執狂の心の琴線に振れるのは、別に恋愛沙汰だけではないのですから。しかも、『気に食わない』というだけで憎悪とも何とも関係なくっても成立しちゃうのが、この手の頭の奇怪しい人の特徴なのです。いやまあ、その『気に食わない』という感情を『憎悪』と無理やり読み替えちゃうのならば、そうなのかもしれませんが、ちょっと無理やりだなー。
デジカメが高画素化してレンズの解像度を越えても、レンズの性能が充分に引き出されるのならそれでいいじゃないかという意見を見た。『それで画質が荒れないのなら』という注釈が付くのなら、まあ無駄なデータ容量を別にして『好きにすればいいんじゃない?お前はな』と答えてもいい。もっとも、無駄な容量から来る不利益は万民等しく享受出来る、嬉しくないデメリットだが。
ただ、それ以前に現状のカメラ(正直、それにはフルサイズ系すら含まれる)にはノイズという弱点があり、これを均して標準化すると解像度は著しく低下する。ノイズ手放しだと『レンズの性能?フン』レベルの問題だし、ノイズリダクションを掛ければディティールのエッジ部以外は『高画素・高解像度?何言ってんだ、お前』。しかもAPS−Cクラスで2400万画素になるとノイズリダクションをどんなに強く掛けても残るノイズは出て来るレベルだし(VGAサイズにでも落とさない限り、は。そんな高解像度に、意味はあるのか?)。
大体デジタル臭い描写と言われているものはほとんどがシャープネス処理由来のリンギングが原因であり、K−3を待たずとも製品で言えばK10D(APS−C系1000万画素機の初代世代)のサンプル画像で既にかなり緩和していた。スマートシャープでリンギングラインをギリギリまで細くして『解像感』ではなく解像度を優先したペンタックスの快挙だ。いやそれ以前に、評判は悪かったがistDは充分にシャープネス弱かったし(当然だろう、解像感なんて言葉は無視していたんだから)。もっとも下位機のistDsでは、オリンパスのE−330と並んで世界最凶レベルの酷いシャープネスを掛けてましたけどね。
そもそもRAW現像すればEOS10Dでも(先ず間違いなくD30の世代でも)デジタル臭さなんて全く無臭の現像は可能だったし、それを『解像度が不足している』と主張するのは撮影者の勝手でしかない。まあローパスフィルターの存在もあって『解像感』を無理やり出すために、折角のRAW現像なのにリンギングラインがバリバリの酷い現像をする人も後を絶たなかった訳ですが(35ミリフィルムだって大した解像力無かったのになー)。
そういう意味では、D800E以降K−5IIs、K−3とローパスフィルターレス機を選べるようになった現在は、恵まれた時代ですよね。特にK−3は、段階こそ少ないですがローパス代替効果を調整できるのが素晴らしい。D800はあんな半端なローパスフィルター効果にするんならもっと強くすべきだった派ですし(E付きでモアレが出るときは大抵出ますとか、だったらD800Eだけで良いのでは?レベルかと)、ローパスフィルターはあった方がいい派ですが、K−3なら安心して使ってみたいと思います。正直、ローパスフィルター代替効果はオフにする機会はほとんど無いでしょうが。
まあだったら、K−5IIでいいですね(笑)。1/1000以上だとあの効果使えないし。
ところで、K−5II系って生産終了かと思っていたんですが、まだ作ってるっぽいですね?ニコンが中級機以上の新製品を準備中みたいですが(多分発売は結構先)、フィルム機の可能性もゼロじゃない(全くもって、ゼロじゃ無いレベル)みたいで、Dfのことかと勘違いした位なのでどんなのが出て来るのか楽しみです。結構力が入っているみたいなので、ひょっとするとD400なのかなーとか。
フジの噂の一眼レフっぽいデザインの新型は、ボーナス商戦参入かと思ったらまだ正式発表来ませんね?2〜3日の間に個人事業の方の注文が集中してもうボーナス出たのかと思っていたんですが、ボーナス確定による先走りだったんでしょうか?
しかし、生産委託先の純正製品だと何気なく普通に買える値段なのに、ボーナスが出ないと買えない値段でしか製品を出せないって、苦しくも悔しいですねー‥‥。正直、死ぬ前に持ち出し覚悟で安売りやってるようなもんなので、それでも採算が取れない程度しか製品が売れていないというのは悲しいところです。現状から2桁くらい余計に売れてくれたら定価を結構下げられそうなんですが、1桁増えてやっと採算点だもんな──。
そんな小商いでも、全力で営業妨害を掛けてくる酷い悪人が居るのですから、生きていてもしょうが無いと思わずに居られない訳です(苦笑)。人生賭けて製造業始めたのに、『俺が妨害してるのに続けてるとは粘着質だ!』とか、人を馬鹿にするのも大概にしろよと言いたい。正直、生きているのが苦痛で仕方がないんだが──。
お気軽に嫌がらせを続けるだけの身分の人間は、いい気なものだなーと。こちとらは忌ま忌ましい生存本能を、恨む次元なのだが。
安倍ちゃんさん首相も石破幹事長さんも、民主主義の破壊者として100年先まで語り継がれるクラスの酷い悪行三昧ですね。
デモを行った時点でテロだというなら、仲良しの街宣活動をやってらっしゃる右翼を片っ端からテロ容疑で捕まえてくれと言いたい。勿論、嫌韓運動をやっている人達も一緒に。そもそも、議員さん達が選挙運動でガーガーピーピー鳴らしているのも、片っ端からテロ容疑で逮捕すべきです。
取り敢えず特定秘密保護法の保護対象とされた秘密が『本来該当しない』と裁判で認められたとき(現実には『何が秘密なのか』も公開しないそうですから、そんなことは論理的にあり得ませんが(-_-
)v-〜 )、その秘密印を押した人間には特定秘密保護法に定められた刑罰の3倍を下限とした刑罰を、執行猶予無しで自動的に果して欲しい。その位の覚悟無くして、こんな腐れ法律の実施はあり得ない。
いえ、覚悟を問うているんではなく、実際にそういう刑罰を定めろと要求しているんですけどね。
しかし、腐れマスコミが『捩じれ解消、捩じれ解消!!』と叫んでいましたが、解消した瞬間に予想通りの展開ですか。いやまあ、安倍ちゃんさん首相の馬鹿げた精神は、予想の3倍増しに酷い法案を5倍酷い通しっ振りで通しちゃったみたいですが。小泉政権の時でも、もう少し審議を真面目にやっている『振り』くらいはしていた気がするのですが(まあこれは記憶違いかもしれませんが)。
出来れば、日本国民が次の衆院選と参院選で、自民党をボロ滓に脱落させる程度の理性を持っていることを祈りたいものですが。そうすれば、次の日には新与党には国会に、特定秘密法案を廃止する動議を出していただきたい。別に細かい審議なんて必要無しに、即日投票して廃止していただいて何の問題もございません。
新聞も、どうしようもないと嘆いてばかり居ないで、自民党の全議員にリコール運動を掛けよう!とか煽動してもいいんじゃないでしょうかね?全員失職してくれれば、自民党の議員の枠の中だけ国政選挙の再実施みたいなものです。現実には国会議員のリコール制度は無いようですが、解散総選挙の契機に──まあ私なら、そんなタイミングで解散はしないわな(苦笑)。
正直日本の選挙法って奇怪しくない?それで『デモはテロだ!』とか言ってる奴、ちょっと通した人達は次の投票行動を見直していただきたいものですが。そう提言することしか出来ない政治形態を、『民主主義』と呼ぶことには抵抗があるなー。
何か匿名で人のことを親の仇みたいに悪行がどうとか中傷書いてる人が居ますが、きっとめい〇はんまーの有名人の誰それさんと新入りの癖に仲良く話をしていたとか、そういう乙女チックなお話なんだろうなー。
と、めい〇はんまーの現場で受けた微妙な嫌がらせ(誰それさんのお人形さんと絡ませていたら、さりげなく退けられていたとか、そういうの)を思い出して、思ったり。まあやったのはきっと、あの時の眼鏡の旦那、ですよね?上映会、今でもやってます?
しかし『転校生が自分の好きな人と話してたから嫉妬して、以降延々悪質な嫌がらせするクラスメート』的な、そんな少女漫画に出て来る屑人間みたいなのが現実に居るのは、たまったものではありませんよね。
お前のやった悪行は、妄想の中で増幅された悪行でも何でも無く、現実の犯罪的行為だっちゅーの。
先日知り合いに『どうして足医術に興味を持ったんですか?』と聞かれて、文面のままの意味と取ってお返事したのだが、良く考えてみると『どうして足医術を信用するようになったんですか?』という意味なんだと何日か経ってから気が付きました。実を言うとこの間の日曜日にその人のお見舞いに行こうかと思っていたので、その時にフォローしようと思っていたのですが、色々とあって流れちゃったのでここに簡単に書いておいたり。
元々足医術を知ったのは医者の友人の紹介なのですが、その人が道場に行ったり(空手の先生が普及活動をされているので、実演の場も空手道場)色々と実践してみて効果があるよという話だったので、腰痛に悩まされていたこともあって取り敢えず友人にやり方を教えて貰って、教則本みたいなものも買ってきて貰いました。
取り敢えず肝心な腰痛について言うならば、効果はあるか?無いか?で言えば、効果はありました。激痛で臥せっていたのが、何とかうろつけるという程度には、充分効果を期待出来ます。
ただ、基本的に『効果があるときは痛い』のが足医術の困ったちゃんな特徴であり、また明確に効果はあるけれど、期待するレベルとなるとなかなか、というのも事実。原因は色々とあるのですが、逆に言うと色々な原因が絡んでいる為に本に書いてある通りにやっているだけでは充分な効果が出せなかったとも言えます。ついでに言うと、その色々な原因を排除してやれば、足医術に頼らなくても腰痛の対策になるという──(笑)。
ただまあ、何年も足医術を使って体験してきた結果として、一つ言えることはあります。足医術の言う血行を軸とした考え方はどうやら正しいようだと。そして血行を中心として見直してやれば、足医術の『痛いやり方』を結構避けられると。と言うか、外堀を埋めてやらないと足医術もなかなか効かないんですけどね。
そうそう、痔で悩まされてる方、また痔まで行かないけどお尻がキレやすくて痔の予備軍なんではないかと恐れている方(私は有り難いことにこっちでした)、こういう方は結構おられると思います。こういう方には、足医術はとても御利益があったことをご報告しておきます。足医術の本では『その場で直る!』とか書いてありますが、それはかなり上手い人がかなり徹底的に(即ち悲鳴を上げてもがいて逃げ出すレベル)やった場合のお話だと思います。しかし素人でも、これは結構効果がありますよと。あの安いトイレットペーパーで出血するのはどうしようもありませんが、切れ方は穏やかになり出血量も半減、それに伴ってお尻がモゾモゾする鬱陶しい感覚はほとんど無くなりました。柔らかい紙でも出血されるような方でも、満足出来るレベルになる確率は高いと思います(それでもウォッシュレットを投入する方が効果的だけどな)。
イボ痔は兎も角、切れ痔の方にはかなりの福音になるんじゃないでしょうか(本にはイボ痔でも大丈夫と書いてあった気が)。足医術上のポイントだけ書いておくと、踵の終わったところの足の前側、体の外側の足裏隅にあります。まあ文章だと表現が難しいので、ツボ突き棒のオマケに付いているツボの地図でも参考にしていただければと(検索したこと無いけど、足医術のサイトには載ってるでしょうね)。
あと、慢性的に体調の悪い人。腎臓が弱いのが原因であるならば(少なくとも、腎臓の悪い人は慢性的に体調が悪くなる)、青竹踏み的なことをやりましょう。これなら、足医術的な知識や技能が無くても出来ますし、しかも素人がやる分には寧ろ効果的です(笑)。青竹を使うよりも、階段の段を利用して、エッジでやった方が効果的です。本当を言うと、ドアの空気留めみたいな幅数センチの木の棒を踏むのが一番効果的なんですけどね(階段のエッジで擦り上げると更に効果的ですが)。
これらの共通点は、体重を使うことです。棒でへっぴり腰で押すよりも、きっちりと力を掛けることが出来ます。
因みに青竹踏みも効果があるときは、痛いもんですよ?足医術みたいに、悲鳴上げる程ではありませんけどね。そして体調が良くなると、痛くなくなるのも同じ。そう、青竹踏みも足医術も、実は診察にこそ使いでがあるのです。
んで、足医術が必要な場合でも、半分くらいそれの必要を無くしてしまえる位の新兵器が、屈伸。足医術が血行を軸としたものであるならば、下腿を中心として太股の血行が悪いと、効果が半減します。と言うか、『あれ、足医術で痛くないな?』と思ったら、屈伸してからもう一度やったら『アタタタタ』ということがありまして──(’-’)v-〜。そう、脚の血行が死んでいると、足医術は効果が半減するということにことのとき気が付いた訳です。同時に、腰痛なんて脚の血行が改善すれば半分無くなります(腰の筋肉が固くなるのが元々の原因なので、ベルトで締めつけたり同じ姿勢を続けたり、別の要因で血行が悪くなったら腰痛は防げません)。
足医術に効果がある局面であれば、屈伸をすることに拠って何がしかの改善を期待できるでしょう。立ち仕事で問題になる太股の静脈のトラブルなんて、マジで1時間に1回、屈伸の時間を30秒作れるだけで予防になる筈なんですが(一度起こってしまうと、静脈の弁が既に死んでしまっているので効果は半減でしょうが)。
足医術で棒でグリグリするよりも、電動足揉み機の方が効果的なこともあったりするので、足医術の本に載っていない方法を併用するのも効果的です。棒で幾らやっても撃退出来なかった土踏まずの後ろの固まりなんて、足揉み機を使いだして一月ほど掛かって、やっと小さくなりました。最近使っていなかったら復活しやがりまして、また小さくしてやったらここのところ頻尿気味だったのが緩和しました。それでようやく気が付いたのですが、ここって膀胱の位置だったんですね。いやはや。昔小さくなるまでは、余りに小さくならないので筋肉かと思っていましたよ(苦笑)。
ここらで足医術の判りやすい体験方法などをご紹介しておきましょう。頭が重くてボーッとして困ってらっしゃる方もいらっしゃるんではないかと思いますが(私もそう)、そういう方には、シャワーを浴びている時に足の指の頭を床でグリグリしてみることをお勧めします。ビックリするくらい、そして馬鹿馬鹿しくなるくらい、スーッと頭が軽くなって透明な明晰感みたいな感触があって驚くのではないかと思います。残念ながら、止めてから30秒も効果が持たないのが難点なんですが(笑)。
残念ながら、この効果を持続させる方法を、私はまだ発見しておりません。勿論、ツボ突き棒で同じことをやってもいいんですが、結果はあんまり変わらない上に、なかなか上手く出来ない上に痛いですよ?足医術の一番良い活用法は、発想を活かした迂回手段を見付けることだと思います。もっとも病気の治療目的だと、そんなことも言ってられない場合も多いですが。
因みに、タイに旅行に行った際に父が膝を悪くして、足医術で直そうかとしたら『痛いからパス!!』と言われました。丁度タイの足裏マッサージを受けてみたいと言っていたのでそこに直行(ホテルの横にあるのですよ)。『膝を痛めてるので』と伝えた筈なのに、伝わっていないのか平気でそこもマッサージ。足医術では、痛いところを直接触っちゃーいけないんですよ。私もそれで、死ぬほど痛い目に遭いました(’-’)。
案の定、父の膝は酷く悪化しまして、全然歩けなくなってしまいました。よっぽど痛かったのか、また家族に迷惑を掛けたくなかったのか、結局足医術を試してみることに。結果は初めからそうしておけば良かったのにというレベル。えっちらおっちら歩くことが出来るようになりまして、タイ旅行の残りの行程を家族で楽しめました。
日本に帰ってから父の膝に水が溜まっているということで何度か水を抜いたんですが、何回か水を抜いてから父が諦めたように足揉んでみてと言いまして、やったら直りました。西洋医学は対症療法なので、根治療法寄り(正確には自己免疫改善療法に該当すると思う)の足医術に全く及ばない場合もある訳ですね。
ところで先程のお医者さんの友人によると、最近足医術では血行より、鍼灸的な反射療法という考え方が主流になっているのだとか。んで、友人は昔から鍼灸の勉強もしていて、最近では『鍼の方が効果がある』とのことです。
何カ月か前にアルバイトに復帰した頃、背中が凝って困っていたので、鍼灸をする機会があって初めて受けてみたのですが、全く痛くなかったです。もし本当に足医術よりも効果があるんだったら、やたら痛い足医術よりこっちの方がお勧めかもしれません。因みに、あんまり効果はありませんでした(笑)。でも、この時は全く思い付かなくて足医術での対応をしなかったのですが、同じ様な結果に終わっていたかもしれませんね。
これに関しては、電気的な刺激で筋肉を動かす(EMS療法になるのかな?)治療もほとんど効果がなくって、結果として体を前に思いっきり倒して数呼吸、背中を後ろに倒して数呼吸──ラジオ体操に毛が生えたようなもんやがな!──をしたら直りました。
ああ言っときます、ラジオ体操は腰痛、肩こりにも効果のある素晴らしい治療法ですよ──ありっ?
今年は現物触るまでは物凄く期待値が高いって言うカメラが多かった。
でもα7は前後ダイヤルは意外とアクセスし難いし、露出補正ダイヤルは固過ぎて回しにくい、GX7はタッチAF&追尾AFにするとAF枠の表示が飛びまくるしツインダイヤルなのにシングルダイヤルみたいなインターフェイス、GM1も撮影後露出補正の入力受け付け甘くなかったかな?S120はようやくレスポンス問題を7割くらい改善したのに(やっぱり受け付けてない時間自体は残ってるねー)、背面ダイヤルにダイレクト露出補正機能を設定できない(前ダイヤルでも駄目だった気が)。
S120の問題点はS110がでた時にファームアップで直ると思ってたけどそのままだったので(S90・95はきちんとしてたのにねー)、GX7のダイヤルの扱いも直るか望み薄だよねー(2014年2月11日現在、カスタム設定で可能という文章をどこかで発見しました)。パナソニックのミラーレス機はAFエリアを全面化した煽りで、折角液晶のアイコンをクリックしたら直接アクセス出来たクイック設定がボタン押してからになったり、寧ろ後退が‥‥。
フルサイズ一眼レフEOSのライブビュー時の拡大ボタンが左手側に行ったのも、見事な仕様の後退だった。
現在の日本のカメラメーカーの開発の現場は、ハードとしてのダイヤルやボタンを付けただけで安心して、使い勝手には素人化していて泣けてくる。銀行屋さんや証券屋さんとか営業みたいに顧客との癒着を心配する職場じゃないんだから、開発の現場の人間をコロコロ動かす必要は無いんじゃない?と言いたい。
日本のどこの会社を見ていてもスペシャリストを育てる気が無いから、いつまで経っても最後は『2流だよな』って感想しか出て来ないんだと思う。
『ピクセル等倍レベルのブレを云々するのは机上の空論で意味が無い』という面白い説を見てしまいました。これって、『画素数が増えたせいでピクセル等倍表示だとノイズだらけでも、プリントサイズを揃えたら小画素数のカメラと同程度のノイズになるから全然問題ない』と高画素機を推奨しているのと同じで、『だったら初めから高画素なんて要らない』ことになります。ところが、そういう人でも『いや画素数が多い方が解像度が高くなるし──』と主張する訳です。
『どうして高画素機が欲しいんですか?』と、改めて問い直してみたくなりますが、返事がこんなのばっかりだと『150万画素機でサービスサイズで焼いてろ』以外の言葉は思い浮かばなくなりますよね。
銀塩時代、8〜10倍クラスのルーペで、ピントやブレの確認をしたものです。フィルムの粒子よりも大きなブレは、一目瞭然です。というか、粒子に紛れるようなブレでも、実は結構判ります。これは、ピクセル等倍表示にすると1/3ピクセル分くらいしか無いブレが意外と判ってしまうのと、同じです。
勿論、フィルム上でブレたりボケたりしている画像は、プリントしてもブレています。元々35ミリフィルムというのは4つ切り程度でも画質的には、結構限界です。それは革新的な粒状性の細かさを持っていた、RDP2や3になっても同じことです。
じゃあデジカメに於ける高画素機と同じ機能をもつ、645や67のフィルムだとどうでしょうか?はっきり言えば、全く同じことです。4つ切りに対して解像度的な余裕があるだけで、やっぱりボケていればボケて写りますし、ブレていればブレて写ります。『中判は拡大率が小さいから、35ミリ版よりもレンズの解像度が低くてもいい』なんて意見もあったようですが、現実にはプリントの解像度には余裕がありますから、やっぱりフィルム上に写った様にしか写りません。
『645を使ったら、拡大率が小さいからその分35ミリよりもブレてても大丈夫なんだよ』なんて言う人は、35ミリフィルムか、どうせならAPSかポケットフィルムでも使っていればいいと思います。同様に、『大画素数のデジカメを使っているから少々ボケたりブレていたりノイズが乗ってても問題ない』という人は、150万画素時代のコンパクトデジカメでも使っていれば、解像度的には全然問題ないんじゃ無いでしょうかね。
『フルサイズだ!』『大画素数だ!』と叫んでいる人程、『150万画素で充分なんじゃね?』と言いたくなるのは、世の皮肉というものでしょうか?そしてそういう人達の為に、どのフォーマットのデジタルカメラも、画素数過大で画質が低下していくわけです。フルサイズ機でも、画素数が多い機種の方がノイジーな画を出していますよね?
閾値を超えたノイズは、ノイズリダクションを掛けても飛び出してしまいます。画素数を増やすということは、その閾値を超えたノイズの数を画面全体の中で増やしていくことな訳です。数が増えるということは、観賞サイズを揃えても、ノイズが増えるっていうことなんですよね。
今よりも遥かにノイズの少ない綺麗な絵の得られた400万画素時代の1/1.8インチ機が出たときでさえ、真っ先に思ったのは『ウワッ、画質悪』でした。面白いことに、画素数の増え方としては寧ろ少ない筈なのに、300万から400万画素になったとき(30パーセントアップ)よりも、400万から500万画素になったとき(25パーセントアップ)の方が、ノイズの量・キツさ共、圧倒的に酷くなっていたのも遠い想い出です。
α7Rの画像が公開されていた。正直ノイズリダクションでローコントラスト ディティールを舐めてしまっていて、結構勿体ない絵だと思う。そういうところだけ見ていると、昔のパナソニックのコンデジと処理が似ている。まあ流石にコンデジと比べると限界は高いし、明るくてコントラストがしっかりしてさえいれば、ローパスレス大型撮像素子デジカメとしての解像度を発揮しているみたいだけど(でも、ちょっと暗くなるとノイジー‥‥)。
何にしても、FDマウントレンズをフルサイズで使える、比較的安い母艦(何せライカMは、100万円くらいしそうだし)と考えれば、Rの付かない方のα7に期待せざるを得ないのは間違いない。Rとは画素数が結構違うので、Rの付かない方がRX1に近い画質と描写力をきっちりと発揮してくれていれば、画質的にはそんなに問題ないんじゃないかなと思うし。
まさかキャノンみたいに、画素数据え置きなのに機種に依ってはとんでもなく変な画像処理をブッ込んだり、なんてことは、しないよねー(5D3の謎画質は、未だに何を考えたチューニングか理解出来ん)?
何にしても、買えるとしても相当に先のことだな──(T_T)〜。その頃になったら、ニコンのDfに倣ってキャノンがFDマウント機を出しました──とまでは言わなくても、フルサイズEOS−Mを出しました、なんてことはありそう。
そう言えば、EOS−Mの新型の準備が本格的に進んでるみたいですね。どんなカメラになるのかは、全く判りませんが。富士は、一眼レフもどきデザインのミラーレス機を出してくるのかな?
考えてみると富士がEVFファインダー付きのミラーレス機を出すにしても、X−プロ1には既にEVFが搭載されている訳で、もう一つ棲み分けがよく判りませんが(レンジファインダー風VS一眼レフ風のデザイン違いだけ?)。でも噂通り前後ダイヤルに露出補正ダイヤルが右手側に従来通り付いていたら、夢の右手3ダイヤル機ですよ奥さん?!
富士が更にフルサイズ機を2機種(1機種はレンズ固定式)出すという説を聞いたんですが、マジだとしたらマウントがどうなるのか興味津々です。Sプロシリーズを考えるとFマウントってことになりますが、独自マウントならフジカ系な訳はないだろうからミラーレスでしょうかねー?流石に、フルサイズで2機種出すという噂は眉唾っぽく思っているんですが‥‥。
何にせよ、GX7みたいにダイヤルだけ背面と合わせて3つもあるのに、絞りと露出補正すらまともに同時に扱えない変チクリンを富士が出すとも思えず、フジの新型には期待せざるを得ませんね。もっとも、X−プロ1はレンズに絞りリングが付いてるのが前提ですから、ボディーに3つもダイヤルが無くっても、X−プロ1の時点で使い勝手としては充分理想的な訳ですが──。やるな、富士(>_<)!!!!
流れたんじゃね?という噂のあるX−プロ1のモデルチェンジですが、取り敢えず毎年モデルチェンジではなくって、品質と使い勝手の良いボディーを安定して長い期間に渡って提供していって頂きたいものです。Xシリーズには、それだけの価値がある。中でも一番言いたいのは、画素数を無闇に増やして欲しくないということ。
実はマニアックな層の中では、既に『画素数を増やすということは、画質を悪くすること』という考え方が定着し始めているようです(いやもう、ようやくですが)。自分の眼で見てその結論に達した人がどの位居るのかは私にもよく判りませんが、雑誌・ネットのメディアが口先で『画質が良くなった』とか『維持している』とか口を酸っぱくして嘘を並べ立てても、ようやくその嘘を認識する層が育ってきた訳です。
『新型のコンデジの方が前より画質が悪かった』はもう非マニア層にも常識的に語られる時代ですから、外国ユーザーにも『高画素=高画質』の戯言がアピールしなくなるのも時間の問題なのではないでしょうかね。そもそも、その写真を受け止める写真屋さんのラボは初めから高画素なんかに対応なんてしていませんし(L版なら150万画素にリサイズ、5D2の2000万画素超に至っては大型プリント対応の機械でも一部の機械以外読み込みすら不可能って何?)、パソコンのCPUも周波数が打ち止めになって、マルチCPU化なんてしてもハードディスクの通信速度が物理的読み取り速度に追い付いちゃってますから意味はありませんし、ね。
いい加減、『もっと綺麗な画を出すデジカメが欲しい』という欲求を掬いあげるべき時期は、来ていると思います。
解像度が上がっただけでノイジーな画しか出て来ないカメラなんて、もう沢山です。トリミングトリミング言ってる連中は、きちんとフレーミングする腕でも鍛えていればいい。現実には、皆さん思ってるよりみんな写真が、上手いですよ?そりゃーもう、昔から写真を撮ってる人間なんかが、嫉妬出来る位です(^-^)。
自民党の特定秘密保護法案に関しての遣り取りを見ていると、ああマジでこいつらは戦前の日本を作りたいんだなと、暗澹とした気分になってきます。そして、それを指摘する声の少ないこと少ないこと。昨日か一昨日か、同じ意見の人を新聞の投書欄で見掛けてようやくホッとしたレベルです。
恐ろしいことに安倍政権は教科書検定でも締めつけを厳しくするつもりの様ですし、また彼らの憲法改正原案は国民から主権を取り上げて政府主権を求める改定ばかり。彼らは、民主主義者ではなく国家主義者な訳ですよ。ファッショそのものです。山本議員の手紙騒動で、天皇に対する不敬罪まで言い出す連中ですしね。
中東諸国を見倣って、安倍政権を引きずり降ろすためのデモでもやらないと、10年後には日本は戦前の日本並に天皇主権の人権抑圧国家にされてしまっているかもしれません。馬鹿馬鹿しいことにその時現状を一番憂いているのは、私を別にすれば、天皇陛下ご本人とかいうネジ曲がった状況になっているかもしれませんけどね。
そう言えば、戦前の昭和天皇も、民主主義を慮って当時の政権・軍部に利用されていました。歴史は繰り返すとは言いますが、安倍首相に任せているとそんなところまで、そっくり歴史は繰り返してしまうのかもしれません。
しかしここ10年余りで自民党もノンポリっぽくなってきたのかな?と思っていたのですが、安倍ちゃんさん首相は別として、他の連中も戦前派クラスの酷いのがゴロゴロ残っていたのだなと恐怖と共に驚愕しております。そういう意味では、山本議員事件は良いリトマス試験紙になりましたね。
小泉元首相が、即時原発ゼロがどうとか、頑張っている様です。便所が無いのに原発を造ったんだから、未だに便所も造れないんなら今すぐ原発を止めるのは当然だろうと。いや、それもう遅過ぎない?
原発を造ってしまったんだから、もう既に便所を造らなければならないことは『変わらない』。しかも、その便所を造るのに掛かるお金は物凄いのに、積立はまだ道半ば。もしこのまま原発を止めたら、原資も無いのに便所を造るのに物凄いお金を要求されるわけです。今、東電が原発事故の後始末の除染費用を渋っているのなんて、屁に思える位のお金が掛かるんじゃなかったかな(あんなの政府が代わりに払うんじゃなくって、建て替えておいて後から全額強制的に請求するのが筋じゃない?何もかも筋が通ってないなー)?要するに、便所の話を持ち出すんなら、原発が動き出す前じゃないと意味が無かった訳です。
そもそも、止まっている原発ですら、地震一発、津波一発で稼働中の原発と変わらない程度に酷い状況になっているわけです。だったら、今止まっている原発以上に、稼働中の原発が安全になるようにきっちりとコストを掛けて、走らせた方が安全というもの。そうすれば、便所を造る資金も確保出来て、『今よりも安全になる』訳です。勿論、そこに経済合理性が存在していることも大きい。
そもそも、原発が『火力より安い』と言うのは、便所の建設費の問題を黙殺して、誤魔化した論法です(5年以上前から新聞で指摘されてきました)。でも、原発を止めてしまうと、便所の建設費はどこからも出ない。結局もはや既に、原発を動かさないと成り立たないところまで、先々の無駄な出費が『計略』済みなんですよね。はっきり言えば、我々は『嵌め』られている訳です。
そもそも原発政策で問題なのは、『出番が来てもブローされないブローバルブ』に象徴された問題だと思います。フィルターの無いブローバルブを開放すれば、沸騰水型原子炉なら放射性物質の混じった水蒸気が大量に放出されてしまいます。構造を知っていれば、当たり前です。当然です。判らない奴は阿呆です。即刻原子力の現場から消え去って欲しい(この件の第一報の新聞記事を書いた人はそこまで判っていなかった様で、その辺に関する記述は抜け落ちていましたが、まあ記者さんは原子力の現場の人じゃありませんからね)。
勿論私は、ブローバルブの話を聞いた時、実際にフィルターがあるかどうかは疑問には思いつつ、『付けてないなら馬鹿だな。死んでくれ』と思いましたし、付けていないんなら『放射能をバラ撒く覚悟があるんだな』と思っていました。このどちらかは、『絶対に必須』です。どちらも無いのなら、こんなもの(フィルターの無いブローバルブ)『作る筈ないじゃない』という見解でした。紐無しでバンジージャンプを飛ぶ勇気が無いなら、腰に紐を結わえ付けるものです。当然でしょう?
結果は、皆さんご存じの通りです。プローバルブに放射性物質濾過用のフィルターは付いておらず、東電はブローバルブを開放する勇気も根性も覚悟も責任感も何一つ持ち合わせていませんでした。持っていたのは、『経済合理性』という全く意味不明の(安全の前に経済合理性など意味がありません。紐無しでバンジーを飛んでいいのは、自殺する勇気と意志を持った者だけです)戯言を言う無能な口と金に対する欲望だけ。
私が菅元首相を評価しているのは、『世界中に放射性物質をバラ撒いた』という世紀の汚名を被ることを覚悟して、ベントを迷わず指示したからです。東電の現場の方々は菅元首相並の判断力を持っていたようですが、東電本店の蒙昧共(正直、この評価を隠そうと努力する価値を、すべての補償金支払いを誤魔化そうとし、汚染水対策すら政府に丸投げしようとしている様を見ていて見出せなくなってしまいました)は、世間の批判と金勘定の方を優先しました。しかも結局現場の方達も、『仕様を勘違いしていた』とかとんでもないことを言って、一度開いたブローバルブをまた閉じてしまって、再度開く必要が発生した時にはもう開くことが出来ず──。現状がある訳です。
はっきり言って、原発を閉じれば便所の問題は却ってもっと先のばしにされるでしょう。そうして、危険な放射性物質格納所は、そこら中に放置される訳です。まあ現状の原子炉のままであるなら、稼働しているよりは確かに止まっている方が安全でしょうが、津波対策も数字を誤魔化そうとするし、結局電源停止すると止まっていても爆発する訳ですし‥‥。
だったら、原発を動かしたままでインチキ無しの地震・津波対策をした方がいいんじゃ無いでしょうかね?その方が、原資が確保されるのでよりきちんとした対策が期待されると思います。まあ未だにデータを秘匿してまで、地震が来た時点で原子炉が破壞されていた(私が予想していた通り、配管が振動に耐えられず破断していたらしい)事実を隠匿しているようでは、原資が確保された位では東電の対応は改善しないでしょうけれどもね。
もう完全に破綻処理をして、『営利企業ではない』という状態まで持っていかないと、東電は安全文化を持てないんじゃないかなー。『安全よりも俺の給料』なんて言っている状態のままで、人類最悪の危険物を任せられる訳もありません。これは、東電以外の電力会社も同様ですよね。
『絶対の安全なんて言っていたら、経済的に見て原発なんて使えない』。ええそうですね、そういう見解であるのならば、私も宗旨変えをして小泉元首相を支持します。初めから原発を導入なんてしたのが間違えですよね、自民党さん?
ニコンの58F1.4、インタビュー記事を読んでかなり期待していたのだが。実写写真を見るとボケの中の色収差がノーガード状態で放置されていて、それもよくある弱い緑ではなくかなり明るい強い緑として表現されるらしい。しかもボケ量が小さいと、内側の赤紫色の収差と混じって面白いことに(面白いだけで、画面としては全く美しくねー!)。どっちにしても、あれほどボケ味をコントロールしていると主張しながらのこれなので、『センス』として好みが違うのかなと少し──いや本音は、かなり残念。日本のメーカーに、ボケの中の色の分離まで気にしろと言っても、まだまだ無理なのかなー?
ところで地元の中古カメラ屋さん(藤井寺駅前に数年前に忽然と現れたちっさな個人営業の中古屋さんです)に、古いニッコール58F1.4とノクトではない方の55F1.2が2万円台で転がっていて、心臓に悪くて仕方がない(笑)。おまけに、旧FD55F1.2SSCの曇り品が1万円で転がっていて、SCとSSCを一本ずつ持っているのに物欲が刺激されて、益々心臓に悪くて仕方がないところです(爆笑)。
ううーむこのくらいの値段だったら、普通にサラッと買えちゃう財力が欲しいですな〜。ジャンク箱の3000円のレンズを見て『あと500円安かったら』とか思うようでは淋し過ぎる(T_T)〜。まあ、2000円でニッコールの50F1.8とか転がってるからだけど(笑)。
銀塩カメラを探しているとか、オールドレンズを漁りに行くなら悪い店ではないと思いますよ。あんまりお客さんが増えて、ジャンクレンズが減ると個人的な利益には反しますが(笑)。ニッコールの300F4.5が5000円でジャンク箱に転がっているのを発見したときは、思わず買おうかと悩みましたが、最短撮影距離が4メートルだっけ?あって落ち着きを取り戻しました。
正直中古屋さんとしてはそんなに安い方でも無いのかもしれませんが、近鉄南大阪線沿線にこのクラスの中古屋さんが出来たのは嬉しくはありますよね。店としてはかなり小さいですが、じゃあ阿倍野で下りて天王寺ソフマップの中古コーナーを覗いても、ここの1/10もありませんもんね。夜は8時までです。
ああそうそう、EFの28−70F2.8Lがカビが生えてたらしく、3万円くらいで転がっていました。もしこれが24−70F2.8Lの方だったら、速攻でキープしたところですが(最短撮影距離が38センチになるので)。お人形さんの撮影には最短撮影距離が長いですが、普通のスナップ用と考えると柔らかいボケで落ち着いた発色の良いレンズですよ。他人の写真を見ている限りでは、旧24−70の方が線の細い描写をしそうなイメージ持ってますが、あったかい秋の日差しみたいなコントラストのレンズだと思います。
最新のニコンのレンズ開発環境のインタビューを読んでいると、物凄く好みな方向に目が向いているようで羨ましい。でも割と『昔から同じ方向向いてましたよ〜』というのがニコンの主張だったと思うのだが、実際写真を見ていてもその通りなんですよね。だから、主張が信じられる。まあ最新の開発環境で出てきた成果物が、目標通りの水準に乗っているのかはこれからですが。
コシナが最近F0.95シリーズを出してきたり面白い方向に突っ走っているのですが、開放F値だけでなくボケ味とかに関してもニコン並の見識を持って出してくれたら、正に神企業、神メーカーなんですけどねー。F0.95三羽烏の3匹目は物凄くボケ味が良いようなので、いい加減『ボケ味って何?』という状況を脱してくれたのかもしれませんが(ただの偶然の可能性もあり)。
しかし、キャノン機使ってたら『アンチニコン』と決めつける信者とか思いだすと、今でも気分が悪くなってきますね。自分達は『ニコンのレンズはボケ味が〜』とかよく書いていたことを考えると、『俺は俺が使っているものを批判してもいいけど、お前は批判してはいけない。例えお前が同じものを使っていてもだ!!』という素晴らしいことを言っていた人物を、思い出してしまいます。実際、行動もとても似ていたし。
元々、FDレンズよりニッコールレンズのボケ味の方が好きやっちゅーねん。ニッコールの色は少し淡白過ぎるイメージは持ってましたけど。
ところで、ニコンの人の見解によると理想レンズの点光源ボケの光量分布ってフラットなんですね。ペンタックスが理想のボケ味を掲げてFAレンズを出したころに求めていた光量分布が、これなんですが。
私はまた、同じ人の言うところの周辺がなだらかに落ちる点光源ボケも、理想レンズの要件に入っているのかと思っていました。まあでも考えてみたら、だったら『理想レンズのボケ味はあんまり宜しくもないと思いますよ』っていう伝統的なコメントも、出て来ないですよね。言われてみて初めて気が付きました。
取り敢えず個人的には、理想のボケ味のイメージ像的には、ニコンさんタイプを推しておきます。フラットボケはニコンの方も仰る通り最悪な結果は招かないんですが、結局硬いんですよねー、ボケが。
描写の柔らかさの好みを元に判断すると、オリンパスは多分ニコン型で、パナソニックはペンタックス型か、下手するとシャープネス優先して2線ボケ容認してるんじゃね?って気がします。パナはライカと提携してるんだから、ボケ味優先してくれないとイメージとズレてね?と突っ込み入れたくなるんですけどね。1980年代以降のライカは、ふわっと惚けるというより2線ボケはしないけど硬い印象でしたが。
今現在私がメインで回しているキャノンは、FDの時代はやたら固かったのがEF以降かなり柔らかくなってきましたが、メーカーとして理想のボケ像に関してどんな見識で居るんでしょうね。最新世代のレンズを見た限りでは、ボケ味はニコン型で解像度を出しながらもコントラストをギリギリまで優先しているように感じますが。EFの出始めの普及レンズなんかは、『コントラスト?何それ?』って水っぽい(良い意味は含んでいません)描写でしたが(苦笑)。
最近のシグマはコントラストは低めで解像度とボケ味、タムロンはボケ味とコントラストは柔らかいけど暗部をしっかり締められるコーティングってイメージですが、実際にはどんなもんなんでしょうね。一頃よりは盛り返したものの、トキナーの陰が薄いのが残念です。
今月のサバゲが雨で延びたので、行けないと思っていたサイクルモード大阪に行ってきました。本当はどうせロードの購入自体無期延期状態だし、購入候補だったフェルト、ジャイアント、ハープとも参加していなくて『どうかな‥‥』だったのですが、年に1度か2度しかないようなイベントなので、フレームサイズと『アルミでもいーい?やっぱカーボンの方が良いの?』を調べたくて行ってきました。んでまあ、インプレッションと言う程のことではありませんが、折角なので備忘録的な物をちょいと書いておきます。
実のところ、個人的にはフレームがカーボンだアルミだ言う以前に、コンポの影響を一番大きく感じました。先に結論を書いておくと、『やっぱり105以上にしておきたいなー』。
身長は160センチそこそこしかなくて脚も短いのですが、フレームサイズは525〜530位のものの方があってそうでした。今回サイクルモードに行かなかったら、480にするか520サイズにするかかなり迷っていたと思います。勿論実際にはメーカー毎に細かいジオメトリとか違いますので、乗ったのと違うメーカーの製品を選ぶならジオメトリ表と睨めっ子するか新たに試乗の機会を探すべきですが、同じ程度の背格好で悩んでらっしゃる方には、『あっ、520サイズでも行けるかも?』と言う希望が湧いてくるのではないかと。
ただ、背は低いけど脚は短いということは上半身は程々長い訳で、それで思っていたよりかは大きなフレームサイズが合っていたと言う面はありますので、背は低くても脚の長い人なんかは、逆に参考にならないかもしれませんね(今乗っているマウンテンバイク、フレームの前三角が短か過ぎてステムを伸ばしてもハンドルが近過ぎます)。不安になったら小さなフレーム(昔は逆だったんでしたっけ?)でステムで調整すれば良いという考え方もありますが、ステムもあんまり長くなると剛性低下の原因になりますので、大きめの前三角にも意味はあると思います。どうせ街中乗るなら、ある程度クイックなハンドリングになってもいいやん?という考え方も出来ますし(長距離ツーリングメインだとあれですが)。
元々フレームサイズとフレーム素材調べに行ったんちゃうんと言うことですが、交通事情が超過密な細い試走路だったので、弾性や剛性の特性を感じる機会は実質無かったです。どちらかというとテクニカルコースでL字コーナーを如何に安全に速くスムーズに走るかの路況先読み競争みたいな感じでした。周りの路況を見ないで道幅をめい一杯使っちゃう人とか、切っ掛け作りにアウトコーナーに思いっきり車体を振ってからコーナリングする人とか居てクリアするのが大変でしたが──と言うか、そういう人ほど全てに於いて挙動が読み難く、今にして思うと要するに全く周りに注意を払っていないんですね(路上で出くわしたらと思うと、とても恐い‥‥)。
フレームに話を戻して、インタマ扱いのデダチャイのネリッシモ105、ルイガノ扱いのコナのジェイクザスネーク(これだけシクロでディスクブレーキ車)、issoのクロモリ製のピストやソラ搭載のロード、ピナレロのドグマ651、パリス、ラザのどれを取っても、コーナリング時やブレーキング時にフレームの剛性には特に問題を感じませんでした。よくしなりがどうとか言われるクロモリ車でも、『オオッ、意外と剛性あるやん』というのが印象(まあ全体重乗っけて踏み込む訳じゃありませんから)。
でも、ソラモデルだけはシフトタイミングがズレるみたいで、シフト後の漕ぎ出しがダルで重くて驚きました。これが、冒頭に書いたコンポの影響が大きかったと言った理由です。
因みに、今日はソラ、105、デュラエース、電動スーパーレコード、スーパーレコードの車両に乗りました。超高級コンポに乗れたのは、偏にピナレロさんのお蔭です(感謝!!)。
因みにスーパーレコードのモデルは案内にはアルテグラと書いてあって、何故か親指レバーがあって『え、3つぐらい前のモデルか何か?(実際にそういうのがあったのかは知りません)』と混乱の極みでした(笑)。カックンブレーキですがブレーキが無茶苦茶利いて、思わず試乗が終わった後コンポを確認した位です。その時『あ、カンパニョーロです』といわれてずっこけたという‥‥。そして、『あれっ、シマノがカックンでカンパが利かない代わりにコントローラブルっていうお話だったんじゃなかったの?』というのが、この文章を書いておこうと思った一番の動機でした。
と言う訳で、試乗車でコンポ毎に感じたことを書いていきます。
先ずソラ。先程も書きましたが、シフトアップが不安定ではありませんが遅い。お蔭でシフトアップしてから踏み込んでも何かテンポが合いませんでした。ブレーキは、普通って感じで、あんまり強く効く印象は持ちませんでしたが、ママチャリからの人なら充分効くと感じるのではないでしょうか?
105は、今回乗れた試乗車の範囲では個人的には一番好みに合いました。ちゃきちゃきシフトアップして、ブレーキを掛けながらでも何の問題もなくシフトダウンします。ソラではブレーキング時のシフトダウンに結構失敗しまくったんですが、ただレバーが遠目だったのと慣れの問題で入れ損ねていた可能性もあります。初っ端だったので、そもそもシフトダウン自体なかなか上手く出来ませんでしたし(って言うか前半は、シフターの使い方そのものを調べてる状態)。但しシフトアップに成功すると手応えがあるので、シフトアップが遅いと感じたというのはその感触を確認してのことです。
電動スーレコですが、シフトアップは負荷が掛かっているとギアが噛み気味になるわレスポンスは遅いわで、アップ側に関しては何一つ良いところを感じませんでした。他のではあんまりフロント側のシフトアップダウンは試さなかったのですが、フロント側は割と問題なくシフトアップ・ダウンしていた気がします。ただ特筆すべきはシフトダウンで、これだけはチャッ・チャッとブレーキングが絡もうとスムーズ且つ小気味よく作動していました。ここだけは褒めたたえたい。ブレーキの利きは、特に問題は無かったし、割と普通にコントローラブルだった記憶があります。
ノーマルスーレコは、シフトアップ時にラッチが大抵2〜3回鳴っていて、『ん、2段上がったの?』とよく判らない感触でした(多分それで1段分の動作なんだと思う)。ただ、作動自体は小気味よく軽快に作動していました。ちょっとクリック感は強いですけど、重いというほどでは無いです。シフトダウンは、ブレーキングしながらだと全く作動しなくて、無負荷状態じゃないと使えません。レバーを押すのにパワーは要らないし動くときはスムーズなんですが(早いという感じでも無いけど)、ブレーキングしながら回転に合わせてシフトダウンするミッション車みたいな乗り方をするなら、失格かなーと‥‥。自転車業界的に、シフトダウンはどうやることになっているのかは知りませんが(私は普段MTBに乗っていますが、基本ブレーキングしながらシフトダウン派。パワーオン走行出来るので立ち上がりのピックアップも安定性も高いし)。ただ、ブレーキはビックリするくらい良く効きました。前後のバランスが悪かっただけかもしれませんが、後輪がロックしたのは雨でスリップしたBD−1を除けばスーレコだけ。まあ、物凄いカックンブレーキだったってーのもありますけどね(笑)。でも制動力も出ていましたよ!
デュラエースは、ブレーキの利きもシフトのタッチも、105をマイルドにしたような感じでした。ただ、これはレバーが遠くてそう感じただけの様な気がしてなりません。乗った個体同士だと、105の方が小気味よく作動してクリック感もありブレーキもよく利いて、デュラはマイルドで高級車という感じです。特にブレーキは、昔『カンパはコントローラブル』と言われた時に(勝手に)イメージしていた通りの滑らかさでした。結構効き始めまでのレバーの動きが大きかったので、レバーの効率が充分に出ていなかったせいもあるかもしれませんが。
取り敢えず、試乗出来た個体に於けるコンポのインプレッションは、こんな感じです。ただ、シートが1センチ高過ぎるだけで低過ぎ同様ペダルの掛かりみたいなものは変わってきますし、またレバーのハンドルからのリーチが長過ぎると、ブレーキの利きと言う以前に引きレベルで影響が大きいですし、シフトレバーの押し易さも変わります。今回デュラよりも105の評価が高かったのも、そういうのが影響している可能性はあります。ただ、105車は2台は乗りましたが、どちらも印象はとても良いものでした。現行105が『良いもの』と言っていいのは間違いないと思います。
逆にソラはデュラエース同様、レバーのリーチ調整で評価で損をしていた可能性は否定出来ません。ただシフトアップはきちんとレバーのタッチを感じてから踏み込んでいますので、今まで『別に変速数が少なくったってええやん』と思っていましたが、操作が上位機種と統一されて9段化されていても、予算が許すなら105が良いなと思いました。本当は最近10段に昇進した105の下のティアグラと、105とデュラの間のアルテグラのテストもしてみたかったんですけどね。アルテグラは、何故かスーパーレコードに化けてしまっていました(笑)。しかし最近の金回りを考えますと、ティアグラを試せなかったのは勿体ないことをしましたねー。
そうそう、番外編としては、シクロクロスに付いていたディスクブレーキ、良かったです。滑らかなヌメットしたタッチにも関わらず、リニアに幾らでもブレーキ力を確保出来そうな感じは、惚れ惚れしました。ジェイクザスネークのフレームサイズが530で、それが体に合っていたのも印象が良い原因かもしれません。後、ピナレロのラザの528ミリのフレームも凄くしっくり来て(但し全車下ハンしか使ってません)、スネーク君のペダルをチェーンリングごと53クラスに変えちゃうか、ラザの105モデルが買えたら嬉しいなーと思いました。
こういう特定の車種に惚れさせるって言うのも、サイクルイベントの出展者側の醍醐味なんだろうなと。まあ、折角のドグマが小さい目のフレームばっかり当たったとか、パリスもアルテグラの筈がカンパ系で混乱し倒して、ほとんどコンポの試乗になっちゃったせいで損をしていることもあるんでしょうが。
そういう意味では、シマノのコンポとカンパのコンポの自転車を混ぜて乗るのは、よほど昔から乗り慣れている人以外は危険だなーと実感しました。実際マウンテンバイクでも、古いXTのカンチレバー式の可変倍率式の物にVブレーキを無理やりぶっ込んだ物と、ディオーレ以下の初めからVブレーキが付いた自転車を平行して使っていたときは、ブレーキの利きの違いでムッ茶危なかったですし(今はXTのパーツが死んで、安い固定倍率のブレーキレバーに交換。あのタッチ好きだったんだけどなー)。
ところで、29erにちょっと興味があって1回だけ借りたんですが(時間があればストローク量15センチ以上のMTBも試してみたかった)、漕ぎ出しはビビる程トロいですが、走り出しさえすれば意外と軽快でハンドリングがよく、街中だとロードより速いし楽しいんじゃないの?と思いました。実際試走コースを走っていて、明らかにロードの時よりも速く走れました(前の自転車に追い付く速度もコーナリング速度も違う)。
あとBD−1が試せたのですが、『普通によく走る』(大抵は、普通過ぎて面白みが無いというニュアンスを含むレベル)という言葉の意味がよく判りました。いやマジで段差とか無かったら小径車とか関係ないレベルですね。そういう意味では、ブロンプトンの3速モデルを借りましたが、これまた『ペダルが重い』の意味を理解したり。確かにトップの状態だとペダルが結構重い=意外とスピードが出る(○ 。○)!!流石はブロンプトン、値段はお高いですが使えますね。独特のシフトレバーは、試乗を終えてから使い方のコツを聞いて、乗ってる最中は『何これ?』状態でしたが(苦笑)。
そうそう固定ローラーの体験コーナーがあったので乗ってみたのですが、もがこうとしても車体を左右に振れないせいで踏み込む度に却ってブレるので‥‥となりました。使ってらっしゃる方はどうされてるんでしょうねーその辺り(これじゃあまともに踏み込めないと思うんですが)?んでまあ、ピークで571ワットが出て喜んでいたら、670とか770ワットを出している人が居てビビりました。話に依るとプロのケイリン選手の方は1000ワットを越えていたそうです。ウウーム倍とか、同じ人間とは思えん(笑)。
しかし2度目に挑戦した時(正確には3度目だけど。1度目は記録が残るのかと思ってワット数も何も見てなかったし)、ペダルを固定するとき片側をユルユルに巻いておいて(一旦付けてたのを外してわざわざ緩く巻き直された時に、言えば良かったかな‥‥)『回転がスムーズじゃない』とか『左右のバランスが』とか言われても、困る──。両側をきちんと巻けたらその辺改善するのか試してみたかったんですが、結構人が増えていて、おまけに脚も使い切っちゃってたので諦めました。
この時はそれまで見損ねていたケイデンスを見ておこうと思って挑戦したのですが、90位が関の山でした。アオバ自転車店のケイリン挑戦編だかで何か130とか物凄いケイデンスが必要と書いてあった記憶があるのですが、私には到底無理ですね──(T_T)o〜。
ネットで、GX7を買った人がパナソニックに対して、『フォーサーズはオリンパスの作ったお遊びカメラの規格だから、そんなの捨てちゃってフルサイズに行け!』とのたまっているのを見てしまった。まあフォーサーズは兎も角、マイクロフォーサーズはパナソニックが作った規格なんだけどなーと、ちょっと突っ込みを入れてみたくなったり。
パナソニックが頑張らなかったらマイクロフォーサーズは無かったし、ミラーレス系の隆盛もソニーのNEXだけじゃあここまで行かなかったよなー(マイクロフォーサーズとNEXのどっちが古かったかは思い出せないのだが)。それが良いことなのか悪いことなのかの判断は人それぞれだとは思うけれども、ビデオで経験を積んできたパナソニックらしい、提案のある面白い製品群だと思うんだけどね。あいや、G1が出たときは一眼レフユーザーに媚び過ぎたデザインに、眉を顰めたけれども(苦笑)。
G1は何を考えているのかは判るけど、ちょっぴり残念な気もした。GF1は現物を触るまで良いのか悪いのか分かりかねたけれども、企画としてはG1よりもマイクロフォーサーズとしての『意味』を追求していて納得性が高かったかな。GF1だか2だかの現物を触ると、そのタッチAFの機能と性能の高さに、結構感動した。いや、物凄く感動した!!
そういうパナソニックが築き上げてきた物が当たり前に見えるようになってから見ると、マイクロフォーサーズの素晴らしさなんて判らないのも、当然なのかな。だって、それそのものが判断の評価基準になってしまっているんだもん(自分自身を基準にされて、『お前はお前より物凄くない!』という結論は、そりゃーどうしようもないわな)。
ライカM3が出てからライカの判断をすれば、確かに何も生み出さない保守的で進歩の無い似たようなデザインのカメラだよね。ペンタSPを基準に今の一眼レフを見れば、なる程新規性も無ければ面白みも無い実用本意の道具ばっかりだ。そもそもEVF外装のマイクロフォーサーズ機なんて、正にお遊びカメラとして企画された訳だろうし。
ただまあ、パナにしてもオリンパスにしても、フルサイズのミラーレス機(別に一眼レフでも構わないが。笑)『も』出しちゃっても構わないんじゃない?とは確かに思う。経営資源的に見て、正しいのかどうかは個人的には別問題だと思うけど。
日本人をやっていると、日本人というものに関して、二つ思っていたことがあった。一つは、当事者能力がない。もう一つ、議論する能力がない。
一つ目の当事者能力がない、は、何か問題が起こったとき、『誰かが何とかしてくれる』と言うことで問題解決の方法を考えようとしなかったり、誰かが何か解決してくれると言ってくれたら、その内容が適切であるかどうかを考えようともせずにお任せしてしまう場合が多い。
また東北大震災の際放射能汚染に関して複数の情報が錯綜したということで『情報を一本化しろ!』の大合唱。挙げ句、現実に情報が統制されるが如く、一本化されてしまった。一本化の結果として隠されてしまった情報の中には、スピーディーの情報も含まれている。朝日新聞を見ていた限りでも、スピーディーの情報は一度早い時期に上がっていて、そして極めて正確な予測だったにも関わらず(あとから証明されたその正確さには、無茶苦茶ビックリした)、『一本化』の名目の元に掻き消された。
日本以外の国でだったら、逆のことが言われた筈である。『何で情報を隠すんだよ?政府の大本営発表だけしか出さないとか、俺達を騙くらかして殺す気か?!』。
あの時必要だったのは、情報の一本化ではなく、情報を評価する基準であった筈である。しかし日本人は当事者として自分の頭を使うことを拒否して、すべての判断を丸投げしてしまった。その肝心な基準自体、本来なら発表母体ごとに、何十種類も上がっていたことだろう。だって放射能の安全値なんて、決定に必要な情報が充分に存在していないからである(もし国内でも真面目にチェルノブイリ原発後の調査が行われていたら、そういう数字は用意出来た筈ではあるが、現実にはそんなものは存在していないようだ)。
『そんなの、混乱するじゃないか!!』?どうせ誰にもどの基準が正しいのか判らないんだから(基準を上げている本人ですら)、自分の基準で『この人なら正しい意見を述べてくれそうだ』と期待出来る人を判断するしかない。その程度には、自分の脳味噌を使ったっていいんじゃない?だって、自分の身の安全のお話なんだもん。
結果として誰が正しかったのかが判るのは、何十年も後ですね。放射線障害は急性の物もありますが、寧ろ大多数の人にとっては20年、30年後の癌や白血病の方が恐い。そういったことを弁えるのも、当事者能力の一部だろう。
別に初めから知っている必要は無い。でも、ことが起きれば情報バラエティー番組やニュースで情報が敷衍されるんだから、それを学んで判断すればいい。学ぼうとせずに判断そのものを丸投げするのが、問題だと言っている訳です。
もう一つの、議論する能力がない。これは、個人的には元々『主張はするけど相手の話は聞かない』もしくは『相手の話を聞いている振りはするけど、理解する気はない』、また『議論している筈なのだが、初めから全く意見を変える意志は無い。自分の結論が先ずありきである』と言う日本人に有り勝ちな特性から感じていたことである。
『えっ、日本人って聞き分けが良くて、相手の話に何でもなあなあで頷くもんなんじゃないの?』と思われるかもしれない。そういう一面も、確かにある。但し、それは『どうでも良いこと』や『自分の全く知らないこと』についての話である。ここに『目上・格上・権威の言うことは何でもイェス。目下・格下・素人の言うことには何でもノー』の後半がくっつくと、日本人はどうしようもない利かん坊になる。自分が『目上・格上・権威』だと認識すると、途端に驚異的な支配的人格が表に現れる。
まあこれの謎解きは簡単で、日本の会社組織という名の社会が、『そういうもの』だからだ。江戸時代、軍国主義時代の弊害だろう。
ネットで、時々物凄く偉そうに『教科書的な常識』を述べ、常識に反する(別に反していなくてもイコールでない)意見に接すると、延々と同じ意見を何十遍でも繰り返し、相手を否定し(批判ですらない)、相手が辟易したり、周りの人間が理解したのでそいつのことを無視して話題を終えると、『奴は敗北を認めた。勝った!』と述べる、そういう人物に遭遇することがある。こう書くと精神異常者の様に見えるかもしれないが(まあ確かに人格に問題は感じるが)、よく考えてみるとその人物は、教科書や教本、権威の書いた文章という『確固たる証拠』を持っている訳だ。そして自分で何にも考えないから、相手の言っていることが自分の述べていることと並立し得るかどうかが判らない。それ以前に、考えようともしない。というか、考える必要すらない。だって、『書いてあるんだもん』。彼にとって、教科書や権威・常識に反する者は、『常に間違っている』のだ。
ちょっと考えてみよう。あなたも、同じ様な振る舞いをした覚えはないだろうか?ただの素人が、教科書や権威の言っていることに楯突いているのである。この状況を見て、ムカ付きや怒りを覚える日本人は多いのではないかと思う。
権威や常識を疑う習慣を、日本人は持たないのだ。そして、相手と意見を戦わせる習慣が無いから、相手の意見と常識がどうして食い違うのかを自分の頭で考えようとすることもない(そもそも、そういう発想が無い)。また考える習慣がないから、未知の意見に出くわすと、思考の取っ掛かりが無くっていきなり混乱してしまう。ますます思考停止して、議論を嫌い、常識と異なる意見を言う人間を忌避し、嫌い、追いやる。
どうせ社会に出て会社に入れば、上司の命令・意見は絶対であり、目下・格下である自分が反論どころか意見を述べることすら、忌避され叱られどやされハブられる。ましてや、子供の頃親に意見したら、もっと酷い扱いである。どこにも、自分の意見を持ったり述べたりする機会や、教育の場などない。
でも、会社で出世して自分が意見を述べる段になれば、その意見は常に絶対勝利の確約されたものなのである。それが、どんなに間違っていようが、在り来りで平々凡々なものであろうが、である(なる程、ネット弁慶って、勝手に目上や上司気取っちゃってるのねん)。
因みにネット上では、遣り取りしている内容を理解していない人間ほど、こういった態度を取り易い傾向を感じる。というかまともに議論出来る人ならば、相手の言っている内容がどれ程権威や常識とかけ離れていようと、その内容が正しそうか正しくなさそうか自分で判断出来る。逆に言えば理解出来ないからこそ、金科玉条に縛られて硬直的な態度を取る(本当は、議論に参加する前提、即ち資格を満たしていないんだけどね)。でも、『正しくないものは正しくない』と断じる正義感──?とはかけ離れた何かを持っているから、『間違った者』を懲らしめたいのだろう。
と言うより、絶対的な勝利への確信と、優越感への渇望か。
あさて、幸か不幸か私は、日本人の社会の中に生きている。外国人も、上に上げたような日本人の様な思考や性格、あり方といったものを持っている可能性は確かにあるのだが、『まさかそんなことないよね〜?』とずっと思っていた。しかし考え直してみると、『残念賞〜。やっぱり同じでした〜〜』って可能性もあるわけだ。
この件に関して、朝日新聞の英語教育とディベートを扱った連載で、ヒントを得た。結論は、『なーんだ、やっぱり日本人だけだったのね‥‥』。
国際ディベート大会で、日本チームは勝率1割程度だそうな。その原因は語学力以前に、『日本人は議論の経験がなく、論理的な説得が苦手だから』と、参加者自身が認めていた。彼らは常日頃クラブでディベートを繰り返して、牙を研いでいたにも関わらず、だ。『意見を言うことは罪』な世の中なんだから、そりゃーむべなるかなってなもんだろう。
日本人の常識は、世界の非常識。これはまあ、結構ありそうなお話である。そして、日本人のあり方というものが取り敢えずとても偏ったものではあるらしいと。まあそんなの、やっぱりねって感じなんだけどさ。
ところで最近発見したことがある。私の友人は、議論出来る人が多い。同人関係で頑張ってきた人達は、大抵そうだ。でも人脈によっては、議論するよりも、相手の意見になあなあな人だって居ない訳ではない。所謂、普通の日本人って奴である。
そんな相手が珍しく議論を吹っ掛けてきたとき、『ああ、こいつも議論出来る奴だったんだ』と喜んではいけない。それは既に、悪意の現れだからである。意見に何の相違も無いのに、何故か喧嘩腰で議論らしきものを吹っ掛けられて、『全部お前の意見に賛成なのに、何が気に食わないんだ?』と思ったら、どうもそういうことらしい。いやはや。
ついでに、『普通の日本人』から議論を吹っ掛けられるということは、『お前は格下なんだ』と言う意思表示なのだということも、理解した。そりゃーそうだよね、日本人って、格下の相手にしか意見を言えないんだもん。議論だと思い込んでいたら、それは説教だったというところか。
しかしまあ、議論の出来るお友達って言うのは、やっぱり独立独歩の仕事をしていますね。やりたいことがあって、それに真摯に向かい合っていると、常識を鵜呑みにばかりもして居られなくなる。仮説を立てて、それが見事に打ち破られて、新しい仮説を立てて、成功に至るまでそれを繰り返していく。そこには、自分が今まで持っていた『常識』なんてものには、薄っぺらい紙切れ以下の重さしかない。あるのは事実だけ。
だから相手に対しても、常識ではなく少しでも現実に近づくための意見を求めるし、自分と違う意見にだって、真摯に向かい合うべき仮説として受け止められる。そうやって常識を突き破る視線を持つようになり、結果として一人立ちするところまで到達出来ている。
ウウーム、そういう意味では一人立ち出来ているとは到底言いかねる私なんかは、まだまだだってことですかね。かと言って会社員向きではない私なんかは、全く、明日をもしれない身とはこういうことという、見本な訳ですか──(T_T)v-〜。
阪急ホテル系のレストランでのメニュー偽装が話題になっていますが、第一報があった日の匿名のホテルレストラン系のコックさんのインタビューを新聞で読んだ瞬間に、『ああ、(少なくともホテル系)レストランの体質なんだな』と思いました。だって、『え、何が問題なの?何が悪いの?』ってぶっちゃけちゃってるんだもん。
よくレストランに行って『えーっ、この食材でこんな値段で出せるのー?』と思うことありません?肉100グラム1000円とかしそうなのに、この値段でステーキとか肉豆粒?と半信半疑で入ったら、何故かご立派な肉が載っていたりとか。車海老関係なんて、『この値段で絶対嘘だろう!』って思うこと多い筈です。
なる程、入る前から嘘だろうとは思っているけれども、本当に嘘でいいと思って店に入る人も少ないはず。ただ今回の事件は、『嘘だろう』は『嘘ですよ』だっていうことをレストランの部外者に教えてくれたんだなと。だからって、モラルハザードの徹底振りは凄いなと思いました。
にしても、国産でも無い、和牛でも無い、そもそもステーキ肉とすら言えない加工肉を国産和牛ステーキとか、よく今まで指摘出なかったもんですねー。結局、日本人がいつまでたっても食通になれない(見抜けない)からレストラン運営側から舐められるんですかねー。外国人から『日本人は食材も見抜けない味音痴』と見られそうで残念です。悲しいかな全くその通りなんですが。
考えてみるとホテルのコックさんはホテル系列のレストランだけで修行している訳ではありませんから、ばっくれて静観しているようだけれども、こりゃーレストラン業界全体の問題ですよね。
高級レストランだけは、メニューの食材が入らなかったら『本日は〜が入りませんでしたので、代わりに〜を使っております』もしくはその分値段を下げるのかなとか思っていたけれども、考えてみると『同じ業界の人』が働いている訳で、体質同じなんじゃないかなという気がしてきました。実際のところどうなんだろう?そもそも日本では、高級ホテルのレストランは『高級なレストラン』と認識されているように思うんだけれども。
ニコンからFM3ライクな懐古趣味の一眼レフデジカメが出るとか言う噂があるようです(だからってライブビューモードが搭載されないとしたら、その点に関しては全面的に弾劾させていただくが)。だったら、富士も懐古趣味的な一眼レフ風のミラーレス機を出すに違いない!!とかな(笑)。
前ダイヤルに後ろダイヤル、しかも露出補正ダイヤルまで付いていたら夢の3ダイヤル機!!なんですが、そんなのそもそもEOSでも出してぐれとお願いしたくなる。まあ、EOSは露出補正は背面ダイヤルと決まっているので、残念ながらそれはあり得ないけど。
3ダイヤル機は寧ろペンタックスに期待なんだがな〜。ハイパー操作系と合わせれば、世界で最高の操作性になること疑いの余地もない、なところなんだが。MZシリーズとか右肩液晶無し機作ってた訳だし、最近は背面液晶を使ったメニュー表示が一般化(しかもタッチ操作系併用だと最強!)してるし、問題ないと思うんですけどねー。露出補正ダイヤルを上面に置いてもまだ、小さなステータス液晶を設置することは可能だし。
ただペンタックスさんには、前ダイヤルをニコン式ではなく、Z−1形式に戻して欲しい。なんであんな完璧なデザインから、ニコン式になんて変えちゃったんだろう?
楽天が、日本シリーズで巨人を下してしまいましたねー。正直、シリーズが始まる前は7:3位で駄目だろうと思っていたので、ちょっぴり嬉しいサプライズでした。友人宅で鍋を突ついて、帰り際にたまたま残り2アウトでテレビ観戦出来るという幸運に恵まれ、ラッキーでした。
来年も今年の勢いを維持出来るかは、半分くらい田中投手が残留するかに掛かっている様な気がするので、彼の去就が気に掛かるところです。ポスティングで大リーグ移籍でも、1年残留でも1ファンとしては文句を言えないところですが、ただそれはご本人の意思を反映したものであって欲しいものですね。
また田中選手が来年残留しなかった場合、残った選手は寧ろ優勝に向けて力を発揮して欲しいものです。それで初めて、楽天は本当に力をつけたと証明される訳で。ある意味、その方が東北の方々も力付けられるのではないでしょうか?復興に立ち向かっているのは、一人の天才ではなく、数多の凡人な訳ですから(勿論、その中に多士済々な方々もいらしているのはわかっております)。
そう言えばオールブラックス対日本代表のラグビーの試合も、前半だけテレビで見る幸運に恵まれました(お蔭様で出勤前の仮眠が吹っ飛びましたが)。
全体としては若手主体のニュージーランド代表に対して、開始早々は『押し込まれてるけどタックルとか互角?!』と期待したものの、後半は残念な展開になってしまったみたいですね。1対1で脚を刈るタックルとか『スゲー!日本のレベル上がった?!』と思ったのですが、段々タックルが高くなっていって2対1じゃないと引き釣り倒せなくなっていって、『あれ、日本に華を持たせるために手を抜いてるんじゃないの?』という疑いが杞憂に終わったのは残念でした(苦笑)。
結局大差の負けだった訳ですが、この試合を契機に、今回超満員のスタンドが今後も少しずつでも沢山のお客さんで埋まるようになっていくといいんですけどねー。
自民党が急に、減反政策廃止を言い出しました。オイオイ投票してくれた農業団体を、選挙で圧勝した瞬間にシカトですか?と言うことを別にすれば、それ自体は全然問題ない。もっとも、飼料用の米に転作したら、その分補助金を出しますとか言う意味フな馬鹿げた条項を削除するのなら、だが。
多分今回の減反廃止だって、民主党が作った今ある補償制度を破棄して、民主党の『得点』を消したいだけというのが本音なんだろう。それでも、結果論的に実のあるものに出来るんなら、安倍政権の政策として唯一両手を離して評価できる法案になるのだが‥‥。でも、ねー。
農家の息子の友人も『お前の読んでる新聞に書いてないだけで、農家はもう既に大反対で騒いでるから』と言っている通り、今はまだ静かに見えても今に大反対の大音声が上がるんだろう。それは疑いようも無い。
それを潜り抜けて、本当に実のある法案を作ってね、安倍首相さん。自民党が破壞していった、日本の農業を復活させるためにも。
山本議員だかが天皇に手紙を手渡したとして、自民党議員はお冠なそうである。んで、引き合いに出したのが田中正造に依る直訴事件。どうやら、自民党内では今でも『不敬罪』が存在しているようだ。
この様な連中が与党を形成して『自由』と『民主』の党を名乗っているという事実に嫌悪と恐怖を感じる。『天皇尊崇会』とでも党名を変更してはどうだろうか?
特定秘密法案だのNSCだの叫んでいるが、今の自民党が目指しているのは正に戦前の日本なんだろうなーと改めてよく判りましたね。
因みに、園遊会だかで天皇にお手紙を渡すことはなる程、確かに地位を利用した不適切な行為かもしれないが(マナー違反なのかは、園遊会に於ける行動規範を知らないので私には判らない)、逆に一市民がファンとして天皇にお手紙を渡すことはどうだろうか?オリンピック招致に皇族を利用したのに対して、天皇に『原発を廃止すると宣言しろ!』と要求したのでもなければ、別に天皇に政治活動をさせたわけでも何でもないと思うのだが。
まあ、今時『天皇陛下に判って欲しい‥‥』とかいう発想自体は、大時代的だとは思います。でも、不敬罪的な騒ぎ方をしている連中と比べて、どっちが現在の価値観に対して『まとも』かと言えば、ねー?あなたは『現人神』の居る世界に暮らしたいと思いますか?まあ人に依るけど。
山本議員のお騒がせ行為も、自民党の本質を明らかにするという意味では、結果論的に『ナイスプレイ』だったのかもしれませんね。
特定秘密保護法案の話を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは官房機密費だった。官房機密費の当時の記事の内容を真面目に読んでいると、その時々の与党が官房機密費を選挙対策費に流用したことを疑わない人はほとんどいなかったんじゃないかと思う。
特定秘密保護法案が通ったら、関係のない機密な文章に、与党の行った違法行為・脱法行為に関する文章を混ぜ込む手法が横行することに関して、個人的に何ら疑いを持たない。特定秘密法案を安倍内閣が熱心に推進するのは、その為だろう。そう、ほとんど確信すらしていたりする。
まあ現実にはそうではないという可能性も勿論ゼロではないが、そういう疑念を持つ者がここに居ることは、敢えて声を大にして言いたい。勿論、安倍内閣が特定秘密法案を撤回する、呼び水になればという思いからだ。
もう一つ、特定秘密保護法案に関して恐ろしい記事を読んだ。特定秘密保護法案で想定している事件に、西山事件をお偉いさんが上げていたというのだ。特定秘密法案の話が出たとき、2番目に思ったのは正にこの事件のことだった。『特定秘密保護法案は、第二の西山事件を誘発するような運用がされては絶対にならない』。
判るだろうか?政府が事実を『嘘』と断言し、それを告発した人物を『男女のスキャンダル』と騒ぎ立ててうやむやにしようとした事件だ(あまつさえ、その裁判で信じ難いことに政府側が勝っている)。ああいう『嘘』を支えるために作られる法律なら、当然のことながら『必要な訳がない』。間違い、民主主義国家では『絶対存在してはいけない』。
自民党では特定秘密法案の議論そのものを議事録すら残さないと公言している。これは、以下に違法で脱法的な、そして民主主義を馬鹿にした会話をしたいか、今までしてきたかを、証明するものだと信じて疑う余地を持たない。
このお話が出ただけでも、特定秘密法案は廃案すべきだろう。
もう一つ特定秘密保護法案に関して、フリーのジャーナリストも保護すると言っている。しかし、国旗・国家法案を思いだして頂きたい。この件で、卒業式で席を立たなかった教師を罰するようなことは無いと自民党政府は断言していた。結果は、皆様ご存じの通りである。
当然、この約束や法の文面は、運用上で黙殺されるだろう。国旗・国家法案に関して、最高裁までもが平気で法の成り立ちを無視して、勇気ある先生方を有罪にしたことを忘れてはならない。
特定秘密保護法案が戦後最悪の法律の一つになることを疑う余地など、欠片も無いと私は信ずる。
なんだか日展の書道の篆刻の部で、入選者の数が天の声や各流派の談合で当選枠が決まっていたと、新聞で話題になっていますが。なななんと、一般応募者の入選枠ゼロですかいな。当たり前のことながら、応募する人は当然入選する可能性に賭けて応募するわけで、入選する可能性もなく展示される可能性すら無い(入選しなくても展示されるのかな?)としたら、これって当たりクジ無しの宝くじを買うのと同じことで──。
要するに詐欺やん。
きっと各地で訴訟が何百件となく起こるんじゃないかなー。最近は夜店の屋台のクジ引きですら、逮捕者出てたよね。
しかし写真でも絵画でも何でも、この手の公募展で公正な審査なんて誰も信じていない状態だろうと思うけど(まだ幼い学生は別として)、それでも『大先生』の業界的な身内が口利き・優遇・優先・底上げしてもらえる程度で、賞の端から端まで全部縁故で割り当て済みなんてところまで予想していた人はどの位なんだろうか?意外と皆さん判ってらして流派に付くのかなー?いやまあそういうもんなのかもしんない、日本人のやることだし。判っていないのは私だけ?
それにしても、『書道甲子園』とか『とめはね!』とか、折角書道関係に若い人が入ってくる環境が醸成されてきたところだったのに、馬鹿なことやってるのが露顕して、熱が醒めないかと心配になりますね。上の連中がこれで失脚して酷い目に遭ってくれないかなと思うけれども、何にも変わらないんだろうなー。だって関係者全員がグルなんだもん。
部外者がいるからこそ、自浄作用は働くわけで。既に身内になってしまっている人間からしたら、今まで貢いだ分の元を取らないとね──!となったら、仕組みが変わってしまうときっと困る筈(苦笑)。正に日本人らしい。
ところで日展の組織内の出世の話、読まれました?完璧に縁故(と言うか賄賂)やん。大先生に顔を売っておべっか使うだけじゃなく、先生の作品を買え!だそうです(苦笑)。そんなので叙勲が決まるとか、国税の無駄なので日展関連の叙勲を全て止めて欲しいレベル。
ついでに、『芸術』だの『アート』だの言っているのって結局、金儲けしたい連中なんですよね(いやまあ裾野の人達は、誇大妄想的な気分で『芸術』だ『アート』だの叫んだりするのも判るんですけど)。『権威』と『芸術』はとても近いところにあるなと昔から感じていたんですけど、考えてみるとどっちも『金を集めるための概念』だからですね。日展の仕組みを読んでみて、高校以来だから30年近く経って改めて、そう実感しました。
まあでも最近、『自分が権威になるのは価値観に反する』なんて思わずに、権威っぽく扱われたときにその御輿に乗っておくのが正解だったんだな、と気付いてしまいました。何か2〜3回そういう機会があったのに逃してしまったような記憶が‥‥。
周りの人達の動きを見ていると、そういうのに乗った人は何をやっても信者に崇められ続け、敢えて乗らなかった人は周りから足元に蹴たぐりを入れられ続ける、それが日本人なのかなと。権威にさえなれば、どんなに酷いアンチがいやらしい攻撃を続けても、自分を慕って周りがプラス情報を発信し続けてくれる、素晴らしい状況じゃないですか!新興宗教とかねずみ講とかが、そんな感じですよね。
『芸術』『アート』『権威』って言うのは、そういう商売と政治のためのツールなんだと思います。ということは、芸術は政治でもあるのか?日展の組織を見ていると、我ながら『なる程なー』ですけどね。
FD85F1.2に気を取られていて綺麗さっぱり忘れていましたが、そう言えばコンタックス(ヤシコン)の85F1.4を持っていたのでした(^-^
)>![]()
![]()
![]()
。APS−C系では50ミリが中望遠レンズの画角になって、28−70で長い方はもう事足りちゃってたんですよね。銀塩時代は135ミリもお気に入りでしたが、レンズの使用率で考えると5パーセントあったか怪しいですから(多分無い)。なもんで余りにも使わなかったもので、存在そのものを綺麗さっぱり忘れておりました。いやはや。
元々EOS系はズームで手抜き・旅行用、FDは広角以外は単焦点(正確にはトキナー24−40F2.8以外は単焦点)の実用セット、コンタックスは単焦点のみでマニアックで真面目なお遊び用って感じで使い分けてたので、どうにもEOSに単焦点ってイメージ出来なくなっちゃってる気もします。まあ、極めて個人的な事情からですが(笑)。もっとも、そうなった原因は中古を含んだレンズの価格から来ているわけですが‥‥。
当時EOSは出たばかりで、EFレンズの中古は数も少ないし、値段も安くなかったんですよね。高い高い言われているコンタックスでも、中古ならFDの大口径レンズと比べると寧ろ安いくらいですし。FDの大口径レンズは、余所のメーカーより少しF値が明るいレンズが揃ってたせいもあってか、中古でもお安くありませんでした。
しかし当時大口径レンズマニアとして明るいレンズを揃えていましたが、考えてみると35F1.4のレンズを一本も持っていないので、出来れば、コンタックスの35F1.4辺りいつかは狙いたいですな。言われてるより描写のふにゃふにゃしたイメージを持っているのですが(見た写真はコンタックスレンズなのに、唯一コントラストも低い)、10年程前に色収差ゼロなのを知ったときは、『なる程コンタックスと国産メーカーの値段の違いって、こういうところに出てるのか』と納得したものです。キャノンは特に、当時は高いレンズでも色収差があって当たり前でしたからね。
因みにヤシコンレンズに対して持っている個人的なイメージは、クッキリとした統一したトーンと、はっきりとした色彩ですね(35F1.4を除く)。ボケ味?そんな特別に良いと感じるのは180F2.8位で、トータルすると『悪くない』に毛が生えた程度ですね。FDが『ボケ味がなー‥‥』だったのに比べると、かなり相当良好に感じましたが。何事も相対的(笑)。
今は亡きミノルタと、タムロンのレンズは、雑誌で見た限りでは別格でボケ味が魅力的だと思います。ミノルタは、取り敢えずF1.4のレンズは特に。友人も含めて解像度が〜とかよく言っているのを耳にしますが、本当に解像度が低いのかは自分の眼でいつか確かめたいもんですね。別にそんな無茶苦茶解像度が出ていなくっても、全然構わないと思うけど。
そもそも日本人の言う解像度の高いレンズって、エッジが立ってるだけなんじゃないのかなと、デジタルでの『解像感』全盛を見ていると感じたり。
α7の写真雑誌の記事を見ているとピーキングの例が載っていた。多分5D2にはピーキング機能とやらは載っていないことになっているかと思うのだが、現実には拡大表示をしていると、アンシャープ処理の関係で鋭いエッジ(正確には被写体のディティールのコントラストが高くてエッジが経っている時)の脇にはリンギングラインが発生している。実はこれのことをピーキングと読んでいるのかと思い込んでいた位だが、まあ液晶表示がはっきりと見えていればその代わりにならないことも無い訳で。
出来上がり写真にこんなのが写っていると嫌だが(いや、JPEGで撮影すると大抵のカメラだと写り込んでるが)、ピント合わせをしているときには『ああ、きちんとピント合ってるんだ‥‥』と確認に使うこともある。つーか、ピント合わせ用のスルー画像にもきっちりかっちり、アンシャープ処理って掛けられちゃっていたのねん。
しかし、アルバイトの関係で細かいものを見る機会が多い。んで、不良品を見分けるために現場のお偉いさんに見せる訳ですが、老眼でよく見えないから、かなり適当なお返事が返ってくる。最近は少しましになってきましたが、オリンパスやペンタックスが一眼レフデジカメ2〜3代目の頃にとんでもなくきっついシャープネス処理を掛けていましたが、あれってこうゆう層に合わせてチューニングしていたんですよね。『写真は、老眼の始まったオッサンの趣味だ』という前提で。
最近若い人が再びディープな写真界隈に脚を踏み込み始めた様で、酷いシャープネス処理に対して『何これ?』という声をネットで見掛けることも増えましたが、昔は本当に老眼のオッサンしか居なかったんでしょう(ロートルにしか思えないもっさりした一眼レフに、20万で『安い!』と叫んでた時代ですから、確かに雇用破壞の進む前でも中年でも無ければ手に入れられませんでした)。10年前に『何このリンギングだらけの酷い画像?もう少しシャープネス下げられへんの?』と問題提起したら周りから非難轟々でしたが、今月の雑誌を見るとシャープネスの弊害に付いて触れられていて、時代は変わったなーと思いました。時代の変化って、ユーザーが進歩することから始まるんじゃなくって、参加者が拡がることで変わるもんだったんですね。
ところで20年前の雑誌では『ニコンはシャープだけどボケ味がなー』というのが、雑誌や写真マニア達の間での常識でした。これは10年前に私がネット上のコミュニティーに顔を出すようになった頃でも変わっていませんでした。しかし、私のニコンのレンズに対する印象は一貫して『ウワッ、ボケ味綺麗。ただパステル調でコントラストが低くて色が浅いのがなー』。さて、この辺の感想はシャープネス関連のように、他の人も同じ様に変わってくるのかな?ちょっと興味津々です。
因みにキャパ上の85ミリ比較ですが、ダントツでニコンの85F1.4に惹かれました。点光源が入らなければ、ボケ量でEF85F1.2も良い線行きますけどね。お値段的には今から現行レンズを買うのだとシグマ位しか考えられそうもありませんが‥‥(サムヤンのも比較対象に入れて欲しかった)。AIの85F1.4の中古の相場って、今幾らくらいなのかな?まあ、10年以内に買えるとは思っていませんが。
何にしても、解像度の高さ以外取り柄がないみたいに言われているニッコールが、ミノルタ・タムロンと並んでボケ味に一番気を遣っているという私の説が、他の人に受け入れられるのかと考えるといつもガクガクブルブルしてしまいます(笑)。だって、ディープなニコンファンで『キャノンユーザーは出て行け!!』と叫ぶような人程、『ニコンはボケ味がなー』派ですから。そもそもあんな軟調な描写、解像度だけ出てても仕方無いやんって気もするんですが(でも画は好き)。意外と、そう主張する人も居ないんですけどね。
皆さん、解像『感』が好きな割には、解像とコントラストの関係を気にしないんだよなー(コントラストの低い線は認識し難いので、解像感で評価すると解像していないのと同じ)。
しかし、15万円のα7にいずれ出るだろうFDアダプターを付ければFD85F1.2が最長撮影距離を気にせず復活出来る訳ですが(折角フルサイズ買って画角が拡がったのに、まだお手製アダプターで試してないな‥‥。APS−Cだと画角が狭すぎて出番が無かったもんで)、その為に15万円を払う価値はあるのか?まあ本当は、価値の問題ではなく、『そのお金を出せるか』の問題なんですけどね(苦笑)。
あのダイヤルが使い易いのかどうかはどうにも見えないんですが、FDをフルサイズでフルレンジで使いたければライカM一択という状況が打開されるのは、何気に良い時代になったもんですね!値段で言えば1/6位なんですから。
そう言えば10月27日に、また藤井寺市で『ハッピーハロウィーンin藤井寺』があるそうです。2回目の開催はあるのかなーと心配していたのですが、またあるようで良かった良かった(^-^)!

こんな、ポスターを作っているところもあるようです(笑)。
雨が降ると順延日は用事があるもので、出来れば晴れるといいなー。出来れば、今度は柿酒か栗酒を飲んでみたいな‥‥。どうも直接柿や栗を発酵させている訳でもない様なので、そこがちょっぴり残念なんですけどね
カボチャ酒は甘党にも結構美味しかったですよ(^-^)!但し度数が妙に高いのでご注意です。
10日のご挨拶の御坂さんがイベントで、キャラのデフォ服も着ていないし、巨乳(本当は良くてAカップ)なのに『この人ひょっとして‥‥』と声を掛けて下さる方が居て驚き──あいや、ホッとしました。別の方は『似せる気があると思えない某社と違って、言われてみれば似てる』だそうです。
まあ製品化出来るかどうかは謎って感じですが、巨乳でも『御坂──美琴?』って感じなんならば、キャラのデフォ衣裳着てたらもっと『おお御坂美琴が!!』って感じになるんでしょうかね〜。
ところで仮の見積を雑に積算すると『8万で売れるのか?』となったみたいですが、アゾンのマドカマギカシリーズとか1キャラ当たり何体作ってるんでしょうね?付属品とかレジンかプラかどっちだろう。ボークスの初音ミクですら、衣裳以外の付属品無しとは言え、結構あり得ない凝りっ振りなのに6万円+税だし。
少数生産しか前提に出来ない弱小には、やっぱり何をやるにも難しいですねー。せめて強い市場からの支持があれば、良いのですが。
お人形のイベントで売り子をしていて、お手製のメークのヘッドを見て意外と『可愛い〜〜〜』と声を上げていく女の人が多くてビックリしました。まあ、値段が高いのでなかなか買ってもらうところまでいかないのですが(笑)。
でもまあ、男性も含めて『ムムー』と悩んでもらえるのは、結構嬉しいですよね。取り敢えず、『買ってみようか』と悩む程度の余地はあるってことなんですから。
結局のところ自分が上手い方なのか下手な方なのかは自分ではよく判りませんが(評価は他人がするものだし)、考えてみると1/6をやってた頃から負世君のファンが意外と多かったりして(多分当時家の掲示板に集まってきて下さってた人って結局彼に注目したんだろうな〜)、何とか水準には乗ってたりするんでしょうかね〜?乗ってたりすると嬉しいなー(つーか乗ってないと困ったりもするけど)。
因みに久遠嬢ことSDのののを買う前に長いこと、2ちゃんねるでスーパードルフィーを買えた場合に備えて勉強していたことがあるんですが(あれ以来、粘着荒し対策以外で覗いてねーな)、誰かのアンチをやっている人って『批判のための批判』しか書き込まないんですよね。だから意見に公正性が無い。事前に『批判する』ことが決まっていて、その為だったら『自分が思ってることかどうか』ではなく、『批判になることかどうか』が書き込みの基準になる。そこには、書き込み者の視線や主観すら必要無い訳です(だから丁寧にシャギーの入ってるウィッグの写真を見ながら、『シャギー入れろ』とかのたまったりするし。結局知ってる言葉を、並べてるだけなんだろうなー)。
日本人って陰口言うときは、何でも悪く言うじゃないですか?あれですね。でも毎日聞かされると、聞いてる方は何となく『そうだよな』って気分になる。その『そうだよな』が欲しくて、アンチの人は毎日、特定個人の悪口を口を酸っぱくして言い続ける訳です。
恐ろしいことに、繰り返される悪口は中身の無い幻想みたいなものでしかない筈ないのに、聞かされる方の中ではいつの間にやら必ず『実体』を持つようになる。だからこそ、悪口の話し手が単に他人を誹謗中傷するために嘘を言っているのか、公正な意見を言おうという意志があるのか、見極める努力が必要だと思います。悪口って、悪意を示すための言葉なのですから。
悪意って言うのは、どうやらかなりの部分が嫉妬から発生するようで、なので相手が良い人か悪い人かって言うのとは関係無いようですね──(恐っ!)。
昨日の新聞の夕刊のインタビュー記事に、『出あい』という謎の表記があって愕然とした。全部平仮名で『であい』とか、漢字で『出会い』なら判る。だが『出あい』。良い仕事に『会えた』というニュアンスの文章なのに、『出あい』。
別に誤植なら構わない。しかし、『であい』と入力して『出あい』なんていきなり変換されるフロントエンドってあるのだろうか?わざわざ『会』を『あ』に入力し直したんであれば、どんな常識を持って選んだ表記だったのか教えて欲しいレベルだ。
昔から『手榴弾』が『手りゅう弾』になり『手投げ弾』に表記が変わっていくのを見て『読者を馬鹿にしているのか、馬鹿だと思っているのか?』と眉を顰めていたのだが、天声人語の書き取り帳とか言って喜んで出す位なら、きちんとした漢字を使った上でルビでも振ればいいのにとはいつも思う。挙げ句の果てにこれである。
まあ、ジャパニスト(親指シフト用のフロントエンド)でも『出あい』は8番目位には出て来るようなので、他のフロントエンドだと第一候補で出て来るのとかもあるんでしょうかねー?

『お人形さんの王国』内『アリッサ・メリッサのお人形写真館』に新しいページを追加しました。上の写真の通り、ちょっとオッパイが偽物ですが(笑)、『とある科学の超電磁砲』の御坂美琴さんです。
某社(笑)が1/3のキャラクタードール製品化検討中ということですが、正直どうなるんでしょうねー?『ガールズ&パンツァー』の秋山優花里ちゃんのときは、版権元に到達するまでに数カ月掛かった挙げ句、『大きなお人形さんはエロい』とか言われてコケたようですが(これで某々社辺りから素知らぬ顔で出てきたら、泣けますね)。
まあ優花里んが製品化されなくっても、DP02ヘッドを使えば同じ顔は自分で描けば作れますが(寧ろカツラが本体と言うくらい、難儀そうな気はする)。ってまあ、ヘッドは01ヘッドになるけれども、美琴ちーも同じか。
しかし、私は『超電磁砲』では圧倒的に黒子ちゃん推しなのですが(次点妹Sの誰か──番号忘れた。最近は布束さんも〜)、こうやってお人形さんとして手元に居ると、妙に美琴ちーにも愛着が。いやはや困ったもんです(笑)。
長年惱まされていた粘着荒し氏のS・S氏ですが、この度取り敢えず、彼がメインで暴れていた2ちゃんねるの二つのスレッド(個人に対するもの・経営する企業に対するもの)に謝罪文を掲載して、今後は荒し活動をしないということでお手打ちしました。以下に、彼の謝罪文の全文を転載致します。
428 :元道民板住人:2013/10/01(火) 09:29:00.48
香織淳士様とドール関連企業ドリーポップ様に対し、
掲示板の書き込みで、私の個人的な悪意に基づく誹謗中傷を行い、
多大なご迷惑をお掛けした事を、お詫び申し上げます。書き込みました内容は、
全く事実ではなく、その為に、香織淳士様の信用を損なう様なご迷惑をお掛け
した事を、深く反省しております。今後、このようなご迷惑をお掛けする事が無い様、
私は、インターネットの世界から自らを隔絶し、今後一切、インターネット、掲示板、
書き込み等一切致さない事を誓います。その事を、履行、継続する事で、私なりの
けじめと致したいと考えておりますので、どうか、今回は、ご理解賜り、お許し頂きたく、
お願い申し上げます次第です。大変申し訳有りませんでした。 こーちゃん
書き込み者名が『元道民板住人』となっているところからして、悪意というのは、私の出入りしていた掲示板の管理人さんを取られるという、S・S氏の思い込みから発生したものと思われます。正直、どう見ても彼の方がM氏とは親しく、心配そのものが錯覚としか言いようが無いのですが、思い込み一つで何年も悪意ある攻撃を続けられた通り、外からは『その様なものらしい』と理解するより他ありません。
本当は新聞雑誌に謝罪広告を打たせた上で‥‥とか考えていたんですが、訴訟費用が出ずご家族との話し合いでということになったので、まあ止むを得ない妥協点でしょう。流石に私の出入りしていた各掲示板に、謝罪文を載せていただく訳にもいきませんしね(それ自体が荒し行為扱いされかねません)。
訴訟費用も無く、警察も役立たずでいい加減打つ手が無くなり、破れかぶれでご連絡させていただきました彼の父上には、不躾な電話に真摯にご対応頂きまして大いに感謝しております。htmlのリンクの概念も理解していない刑事さんの対応には唖然とさせられましたが(それでも若い人ということで対応を押し付けられていた様です)、それがヒントになって手紙ではなく電話という手段を選択できたのは、警察のお手柄ということになるのでしょうか?
また以前より私の指摘しておりました『文章をきちんと読み取れない』『相手の言いたいことを、自分の認識したい方向にわざと歪めて受け止める』の両方の傾向に関して、『そのどちらかでしょうか?』と父上に確認したところ『両方ともその傾向はあると思います』とのことで、私の立ち寄り先の掲示板でどうしても意思疎通が成り立たなかった原因が、はっきりしたと思います。
ただ、私自身や私のやっている個人事業に対する誹謗中傷・嘘の説明がそこら中に横溢している状況は、何ら改善されておりません。それらの幾つかは何年か経てば保管庫に入るかもしれませんが、それまでの間は2ちゃんねるのスレッドですらそのままです。しかも保管庫の内容そのものは、ずっと残る訳ですし‥‥。
何より質が悪いのは、私に関連して検索を掛ければ常にこれらのページや、彼がそこらの掲示板で書きなぐって回った誹謗中傷が、検索ページのトップにズラズラと並んでいることです。今この文章を読んでらっしゃるあなたが、もしも私と同じ様な状況に直面すれば、多分胸が悪くなって吐き気がし、二度と寝室から出て来れなくなるか自殺していると思います。正直状況を改めて自覚させられるにつけ、私も気持ちが悪くなってきました。そんな状況が、実は何一つ改善していなかった訳です。
出来ればこのページをご覧いただいております皆々様方には、結局中傷がS・S氏の個人的都合から来る悪意ある嫌がらせでしかなかったという事実を、広めるのをお手伝いいただければ恐縮です。グーグルの窓口を調べると、『否定的な情報を、有用で肯定的な情報で打ち消す』という素敵なアドバイスに辿り着くだけで連絡窓口も無く唖然としたのですが、これを実践出来るのは実のところ私ではありません。だって口コミって言うのは、本人の口ではなく他人の口からなされるものなのですから。となれば、『やっぱり、2ちゃんねるに書かれていた悪口ってそんなことないよね?』と思っていただけた方の、ご厚意に縋ることしか私には出来ません。
一応、グーグル側に『誹謗中傷を目的とするサイト等に対する検索除外機能の搭載』に付いて働きかけるべく努力中ではありますが、連絡先すら見付けられないので間接的に働き掛けが出来た程度です。出来れば皆様からも、そう言った動きにご賛同いただけますと幸いです。
取り敢えず、これを頃合いとして個人事業に関して、ここで公表しておきます。この発表自体、S・S氏の長年に渡る執拗な嫌がらせ行為の結果として何年も延期せざるを得なかった訳で、これ一つ取っても彼の悪質な行為の結果としてどれだけの迷惑を私が被ってきたかが、ご理解いただけるのではないかと思います。
と言う訳で、世界で初めての正式な発表です。私の興しました企業の名は、

(読みは『ドリーポップ』)です。バナーはこちらをお使いください。

今までは散々な目にあってきましたが、出来ますればここをご覧になられた皆様方には、今後末永く応援していただけますと大変に恐縮に存じます。S・S氏以外にも私のアンチの方はいらっしゃるとは思いますけれども、その中には彼の嘘だらけの中傷でアンチになられた方も多いと思います。でも世間に中傷が溢れていなければ、別に『好きじゃないけど、悪口を書き散らす程でも無かった』という方もいらっしゃるでしょう。そういう方々には、取り敢えず悪口を書き散らすのは一旦お休みして頂いて、冷やかな眼でも構いませんので様子を伺ってやっていただけますと恐縮です。
正直Dolly pop製品の評判を耳にする機会はとても少なく、原型師さんにお願いする資金も無く、理想を追求するために何度もリテークを出すのもどうかということで原型を私が自分で担当しており、評判を耳にするのにもかなり腰が引けているというのが本音でした。そんな中、企業に対する中傷スレで私に対する不信を述べながらも、
『サンクス モノ自体は結構いいんだね 個人情報も今の所変な事には使われてないようで何より
サイトに載ってた60ボディに50パーツを組み合わせた姿が悔しいけどすごく好みなので
実は自分も迷ってる所なんだよなぁ…』『オレの知り合いも欲しいような事を言っていたけど』
『ここボディはいいからもったいないなぁ…
でも50骨格男子ボディとか作られたら絶対買ってしまうわ… 』『そうそう、モノは個人的に良い方だと思うんだよ。』
と仰って頂いていた方もいらっしゃったようで、とてもホッと致しました。そしてそう言った方も多くは『これほど悪評を貰ってる人と関わり合いになるのがイヤだし』ということだった様です。実際『ただ、ここまで悪い意味で有名な人だと知った今、購入した人形を公には出しづらいってのがあってだな…。 』と書いてらっしゃる方もいらっしゃいました。
そういう方々も、今後は安心してDolly pop製品をご購入頂けますと幸いですm(_ _)m。
因みに、現在原型を進行中の無い乳パーツ(粘着荒し氏対策で実のところここ何カ月止まったままですが)は、少年ボディーを兼用することを前提としています。まあ本当は少年用(もしくは寸胴)お腹パーツと少年用腰パーツが欲しいところですが、完成すれば当面の繋ぎとしては良い感じになるのではないでしょうか。
そう言ったものに対する積極的なリクエストが無ければ、最近60ボディーの方にも再び勝機を見出しつつあることもあり、何年も前に後は仕上げ状態で放置されている60用巨乳・爆乳ボディーと予算を競合する関係となっておりますので、名古屋アイドールと言ったイベントも含めてどんどんご要望をお寄せくださいね!
このまま中傷行為の鎮静化で、売上が上向いてきてくれると嬉しいんですけれどもねー。何しろ今のところ赤字を作るために生産しているような状態で、自分の食い扶持を稼ぐどころか経営資金を稼ぐためにアルバイトをやっている状態ですので(T_T)〜。
なおDolly popのボディーは、傑作素体であるオビツ60やオビツ50素体を作ってらっしゃるオビツ製作所様にて委託生産をお願いしております。
オビツ様と某社のパテント裁判が業界では有名ですが、私もその件は知っておりましたので、当然のことながらオビツ様の方にはその辺の確認を取って製作をお願いしております。そもそもそうでなければ、オビツ様の方に委託生産をお願いなど出来ませんが──(笑)。
その辺の諸々を確認してから生産に入ったのに、後から掌を返された等ということも今回はございませんので、安心してDolly popボディーをご使用ください!
酷い粘着荒らしの人が居ましたので、Dolly popの方には残念ながら今のところ掲示板は設けておりませんが、こんな製品があればというリクエストの方はここの掲示板でもお答え出来ますので、お気軽にお書き込みいただけましたらと。基本的にネタ性の強い掲示板ですので、お友達感覚で書き込んで頂きます方が当方としてもやり易いです。
勿論製品リクエストに必ず応えられるという訳には参りませんので(何しろ現状売り出されている製品はあれだけ『高い!』と言下に言われながらも、元々赤字覚悟の値段です。現在の数量の2桁増しで売れれば、金型償却代分安く売れるのですが──(’-’) )、現実にはほとんどリサーチに終わってしまうと思うのですが、アゾン様の掲示板で昔『袖が余るようなでっかいワイシャツ〜』とリクエストしたら本当に製品化されたみたいに(実話です。『彼氏のワイシャツ』という素敵な名前で製品化されました)、奇跡の出会いもあるかもしれません(^-^)!
正直、ほんのつい先日までは『自殺した方がマシなんじゃね?』と思っていましたが、どうせ在庫がある間は多少レスポンスが悪化したとしても通販は続けますし、私の眼の黒い期間も少しは長引いた様です。S・S氏のバラ撒いてきた悪評の為に逃していた分の売上が伸びるようであれば、その期間はもっと長くなり、製品の積極的な充実も可能になるでしょう。
はっきり言って楽観をする気は毛頭ないのですが、せめて売上が一桁伸びれば資金稼ぎのアルバイトも抑えて製品開発ペースをアップ出来ますし、倉庫を借りて営業の人を雇えるレベルまで行ければ出来ることにも雲泥の差が出てきます。現状は悲観的な予測のさらに数分の1の酷い売上ですが、出来れば一生の仕事として続けられるベースを築き上げられれば、それがDolly pop製品を買っていただいたお客様に対しても報いることになるのではないかと考えております。まあ実現は、途轍もなく難しいのですが。
ついでに、Dolly popの出来るまでと出来た後と言っていただける位お人形さんの世界を進化させることが出来たら、これにしく喜びはございません。勿論、実現はもっと難しいですが──。
ところで『品質しか自慢出来ない製品』というのは悲しいという意見なのですが、取り敢えず金型チェックの際はどうやら今まで類を見ない口五月蠅い注文主だったようです。いやはや金型屋さん、御免なさい。オビツ様の方でも『えっ、そんなの気にもしていませんでした』という言葉を何度も頂きましたが、品質以上の素晴らしさを原型や出来上がりの製品に込めることが出来ておりましたら、お客様の為にもとても嬉しく思います。
何か消費税を上げたら、その2/3相当の景気対策を行うとかいう馬鹿げた考え方があるという話を聞いた。だったら、増税額を1/3に引き下げるか、そもそも増税を止めろ!!
消費税アップは溜まりに溜まった国の借金を返す財源だったのでは無かったのか?オタクの定型文句(多分パソゲー辺りのキャラが元ネタかと)で言うと、『阿呆ですか?死にますか?』級の馬鹿げた話だと思う。
正直粘着荒し氏を喜ばせるだけなので、書くのもどうかと考えたのですが、結果だけ書いておきます。
『パソコンなんてなー』という雰囲気の中で若い刑事さんがご指名を受けたので、『流石に今回は大丈夫かな?』と思ったのですが、スレッドのタイトルに企業名が書いてあるのに『誰の悪口を書いてあるのか判らない』。『えっ、何のこと?』と思ったら、『リンクって何だ?』──。
『オイオイ、ネットで買い物をしたことがあるようなことついさっき口走っていたのに、何を言っているんだ──?』とその時は思ったのですが、なる程携帯でネット通販するときは商品名をクリックしますよね?どうも掲示板のアドレスを書いてあっても、何が書いてあるのか理解出来なかったようです。
『裁判を起こしたら?お金が無いんなら法テラスの無料相談を使えば』とか言われたのですが、ネットに詳しくないお巡りさんを見ていれば判りますが、弁護士さんでもネットに詳しくない弁護士さんなら何の役にも立たないでしょう。実際、数カ月前に本気で訴訟を考えたのですが、ネットに詳しい弁護士さんを探す方法がそもそも判らず、そのレベルで頓挫してしまったのでしたorz。
しかも、最近相続関係で実家で弁護士さんを使ったのですが、私が1行書けば済む書類に対する作成手数料が5万円です。別に、必須でも何でも無い書類なのに‥‥
まあ親が既に頼んでしまっていたので、親類の手間を減らす為にも結局お願いしましたが。もし本格的な訴訟ともなったら、アルバイトで稼いだ事業費どころじゃない金額が掛かりそうです。って言うかその問題と『誰に頼んだらいいの?』という問題が無ければ、何年も前にとっくに訴訟を起こしています。当時犯人が誰か判っていませんでしたが、今なら名指しで裁判を起こせますし。
正直、長年粘着している荒し氏のお蔭で、そうでなくても私のネットでの居場所というのはかなりお寒いものでした。最近ではdel荒しなんていう悪どい手口を学んできた様で、数少ない居場所への書き込みすら、勝手に消されて、しかもそのスレッドには事実上アク禁状態になってしまうという始末。
元々、私の出入りするすべての掲示板(恐ろしいことに、本当に全てと言っていいレベルです。予め書いておきますが、匿名にしたって無駄なんですよ?!
)に奴は現れて、私に対する誹謗中傷をし、言い掛かりを付け、暴れます。結果として生まれた惨状をそこかしこで吹聴して、『香織淳士が現れるとロクな事が無い。しかも奴は札付きの嫌われ者だし〜』(まあ嫌われ者なのは否定しませんが)と喚く始末。必要があって改めて彼が私の『発言を纏めた』と称するものを検証してみると、思っていた以上に無茶苦茶やん‥‥。曲解と表現する事すらおこがましい酷い代物でした。
そういう状態を作った上で、個人企業を中傷するためのスレッドで『こんな奴のやっている企業の製品を買うのか?』と嫌がらせ。リンク先をきちんと検証すれば彼の発言の出鱈目さや故意の歪曲が理解出来る筈でも、実際にはリンクが張ってあることに安心して検証しない人が大半です(特に彼の影響で既にアンチになっている人なんて尚更)。
斯くして、わたくしこと香織淳士包囲網なんていうものは、実のところ何年も前から完成していたのでした。そんな中で、私のやっている企業の製品を買って下さった方には正に感謝の言葉しかございませんm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m。
しかし──。警察も使えない、司法もご同様、某掲示板の削除要綱を調べてみても実行しようとすると事実上不可能(人生それだけに時間を費やすればいいんならば別なのかもですが)。中傷スレッドを丸ごと削除させるためには裁判で勝つ必要があるようですが、きっと一旦消してもまた建て直すだろうし‥‥(そういう相手ですし)。
あれ?残された選択肢って、お先真っ暗な人生に悲観して自殺するか、相手をどうにかするか、ほとんど二つに一つしか無いんじゃね?結局それって、自分の人生捨てるのと同じやん‥‥。
相手が誰なのかは判っているので、第3の選択肢も無くはないんですが‥‥。もっと、考えてみます。
個人事業をやっているのですが、明らかに営業妨害と中傷に当たる書き込みが某掲示板にありまして、そこの板には直接削除要求をする機能が無く、また間接的な削除機能も機能していなくて、取り敢えず警察に相談に行く準備をしております。
ところでその過程で、粘着荒しさんの開設している2ちゃんねるの私のやっている事業に関する妨害スレッドをチェックしましたところ、特定の粘着荒しさんが自作自演しているのの影響を受けて、『買った製品をネットで見せられない』『買うのを止める』と言った書き込みがいくつかありました。実際、既に注文されて入金待ちだった方らしきものすらあります。ショックでした。
まあ特定の個人(どうも友人を取られたと思い込んでの嫌がらせらしいです)とはいえ、こういう個人攻撃荒らしに粘着されているというだけでドン引きという方はいらっしゃるでしょうが、逆に考えるのなら、その口車に乗って自分の『買ってみようか?』という気持ちまで踏みにじられてもいいのでしょうか?幸か不幸か、個人的な友人はそう言うのを気にしない人が多いので助かっていますが、とても悲しいことだと思います。
実際、残念ながら価格競争力という点では明らかに落第点な製品しか出せていないことは自覚しておりまして、それだけに相当な覚悟をもって購入していただいた方ばかりなのはよーく自覚しております。そんな方々が、邪悪とすら言える個人の嫌がらせの為に、ご自身の判断を誇るどころか、どこにも出せずに悲しんでいるという状況は悲しく、許せないばかりです。
そして、粘着荒し氏が既にそういう状況を作り出してしまっているという事実、明確な営業妨害が成立してしまっているという事実、仮にも人生を賭けて挑んだ事業が潰されようとしている現実は、余りに耐え難いものがあります。
個人への中傷レベルだったときは、お巡りさんが『これは酷いですね』とその場で声を上げるレベルだったのですが、結局『被害額を算定するのが難しい』という理由で却下されました。ネット上とは言え、私生活がバランバランに破壞されるのはプライスレスという訳です(ええ、換算出来ない位、本当は大きな被害なんですけどね)。今回は企業への嫌がらせですし、金銭的被害の発生も証明されているのですから、何とか被害届を受理して欲しいものです。
しかし、警察官の方々って驚くほどコンピューターに詳しく無い方が多いのですね。と言うかネット関連に付いて判る方は、以前被害届を出そうとしたときには、皆無・絶無というレベルでした。あれから何年か経っていますし、少しは状態が改善しているといいのですが‥‥。
粘着個人攻撃荒らしに何年も付きまとわれて困っているのですが、個人事業に関しても標的にした書き込みが増えてきまして、明白な営業妨害行為があったので取り敢えず警察に持っていくための資料を纏めていました(それだけで一晩潰れた‥‥)。その過程で、彼の立てた2ちゃんねるの営業妨害スレッドで実際に被害があったことが確定的に示されていまして、かなりショックを受けました。
異様な奴が書いた悪意に満ち溢れた内容でも、それに影響を受ける人が出るのが辛いところです。何より、価格競争力がマイナスに振り切れたうちの製品を買ってくださった方が、荒らしの存在のせいで、折角買った製品を表に出せないと悩んでらっしゃるのが何ともたまりません。
以前事業を興す前に何度か警察に行った記憶があるのですが、その時はプリントアウトを見て一目で『なんて悪質なんだ!』と言った刑事さんが、一旦引っ込んで奥から出てきたら突然消極的になって帰って来たりで、あんまり対応を期待も出来ないのですが‥‥(盗聴を追い掛けたノンフィクション番組で、捜査受理を警察上層部が妨害するシーンが写っていましたが、正にそんな感じ)。
家のプリンタが壊れたままなので、今日実家でプリントアウトだけ出させてもらって、明日には警察に行ければと。行けたとしても、出勤前に行くことになるので落ち着かないのですが、まあ仕方無いですかねー。
なんだか知らないが、相手に文句があるから(相手の見ていない)『2ちゃんるに書いてくる』って書いてあるのをツイッターで見付けてしまいました。何でそのままツイッターで書かないんだろう?
ツイッターで書けないんなら余所でも書くなよだし、匿名のところじゃないと誹謗中傷になるからだって言うんならやっぱり書くなよだよなーと。
つーか、まともな内容しか書かないから『2ちゃんねるに書き込みしています』って公言している人を知っているが(Foveonコミュニティーの大物、maro氏なんかがその典型ですね)、誹謗中傷を匿名で書くのが趣味の人間が『壺に行ってくる』って、いやまあいいんだけどね‥‥
粘着個人攻撃荒らしの人が、人を特定できる形で物凄い誹謗中傷をしていました。しかも人というより、企業のイベント出展ブースです。これは明確な営業妨害ですね。
ついでに、相手がやっても無いことをやったと嘘を垂れ流しているんですが、人には『正しいことを書け』と要求しながら、何なんだろこのダブルスタンダード?まあ、彼の相手の書き込みに対する理解は、『自分がそうであって欲しいように歪ませる』のが基本としか思えない歪曲振りなので、彼の書く伝聞記事は全く当てになりませんが、だからって誹謗中傷を垂れ流す言い訳にはなりませんって(苦笑)。しかもその誹謗中傷に根拠が無いときたら、それは酷いものです。
以前その人物が『俺は気狂いだから警察に捕まることは無い』なんて自分で書いているのを見た記憶があるんですが、そう自覚して行動をしているんであれはその時点でその『気狂い』という主張は自演であるといえる程度の悟性を残していることになります。傍目にどう見ても頭はどうかしていますが、法律の目から逃れられるレベルとは言いかねますよね。
まあ医者の友人に言わせれば、『本当に気狂いなんだったら警察でないところに監禁されて永遠に出て来られなくなるだけやん』だそうですが(笑)。ほんまかいなと思いつつ、本当にそうなんなら大歓迎なんですが。
日本橋は恵美須町の通天閣側よりの端っこの量販店。地理的にも中身的にも割と好きでよく行く店だし、中古とは言え30Dはそこで買ったんだったような。kissデジNもここだったかな。メディアも、割と頑張った値段をつけてくれているのでここで買った物も多い。
のだが、新品の一眼レフコーナーの店員さんは知らないことが多い上に調べる気も無い人が多く、その癖買え買えばかり言って折角の地の利にも関わらず何か愛着が湧きにくいんだよなーと。と言うのが包み隠す気も起こらない評価だったのだが、その中でも一番カメラのことを知らないし、調べる気も無いし、興味も無いオッサンが厭味だけ一人前で、何かこの人一人のせいで店に対する愛着がほとんど吹っ飛んだ。まあ地の利の問題もあるし、こいつ一人の為に店に行かないのも馬鹿馬鹿しいから、必要があれば他のコーナーで買い物する機会は残ると思うけれども、条件が同じなら敢えてここの新品カメラコーナーで買うのを積極的に避ける理由にはなるわなと。
店というのは、地の利と値段の利と人の利が大きいと思う。地の利は立地そのものだから、その地を抑えた経営者さんの決断の賜物だろう。値段の利は要するに価格競争力で、私みたいに貧乏且つ守銭奴を相手にするときは当然大きいウェイトを占めるが、私も一端にもならない企業経営者なので限界があるのは判る。だから、価格差が誤差の範囲なら愛着のある店を選ぶ。
じゃあ、その愛着はどこから店に与えられるのか?勿論地の利から足を踏み入れる機会が多いというのは、大いなるポイントだろう。但し、お客さんというのは地の利よりも、人の利に付く。カメラコーナーであれば、写真機や写真の好きな人、機材そのものに詳しい人、使い方に詳しい人、詳しくなくても、質問に答える努力をする人。間違っても、写真機や写真に愛着も無く詳しくもなく、勤勉さもお客様に対する誠意も努力もなく『買え』という『要求』しかない人材には、お客さんは愛着などもたない。寧ろ嫌悪感を持って、店から足が遠のくだろう。そんなのがもし売り場のリーダーだったりしたら、もう目も当てられませんよね。
私が天王寺ソフマップで中古の5D2を買ったとき、付いてくれたのは見るからに新人さんで頼りなく、機材にも詳しくも何とも無い店員さんだった。しかし、対応は丁寧なだけでなく程良い熱意と勤勉さがあり、確かに質問には90パーセント答えられない位の素人振りだったけれども、判らないことは逐一調べに行ってくれてこっちが悪いなーと思う位だった。だから、貧乏人としてまだ5D2を買うには早いかなーとか(値段が下がるのを待つと言う意味で)、そもそも5D3との比較が終わるまでは買わないつもりだったのに、結局『この店員さんの手柄にして上げたいよね』ということで、悩みに悩んだけれども即決することにしました(即決じゃねーやん‥‥)。
私の信奉するところでは、『販売業はサービス業』です。物には値段があり、値段は卸との関係とか販売数量という制約があるため、実は価格ほど店の自由にならないものはありません。その値段差を埋める為には、値段以外の店の努力でお客様に『ここで買う』理由を持ってもらわなければならない訳です。また、安い値段で売り付けてもアフターサービスが極端に悪いと、そのお客さんはリピーターにはなってくれません。価格競争力を失った時点で、その店は競争力そのものを失うわけです。
これらを補う最大にして唯一に近い武器が、『サービス』『人の利』な訳です。マイナスの人の利を見せつけられて、改めてそのことを学びました。『店員のお仕事は、気に食わない客に厭味を言い、嫌がらせをすること』こんな店員さんが一人居れば、店は腐りますよね。
カメラのカタログが欲しいなーと思いましたが、文句を言われそうで貰って帰る気も起こりませんでした。今までコーナーにはお世話になっていたので、価格的に引き合えばそこで買ってあげたいなとずっと思っていましたが、逆に一番安くてももうそこで買いたいなとは思いません。
そう言えば、今使っている三菱のモニターなのですが、これは日本橋のザウルス館(正確にはその2号店だったかな?)で買ったのですが、これを買ったときもやっぱり、マニアックな知識の豊富な店員さんに、何度もお世話になったものでした。私みたいに『気に食わなければ買い替えればいいや』でなく、きちんと考えて選択したい人種からすれば、『きちんとした買い物』をさせてくれる店員さんの存在は、『客が店につく』最大の要因になると思います。まずその店に製品を見たり調べたりしに来るんですから、時には価格比較すらせずに買っちゃったり、調べてもその店の優先順位が上がったりするものです。
『どうかなと見に来ただけなのに、鬱陶しい店員さんに、買え買えと圧力を受けて、なんかなーと思っていたけれども無理やり買わされた』なんて言うのは、気の弱い方だと結構経験があるかと思いますが、そういう人ってまた同じ目に遭うのが厭だから、そもそもその店にもう足を運ばなくなりますよねー。
ところでGX7のデモ機が出ていたので触ってきたのですが、内部処理が重過ぎるのか、タッチAFの枠の表示の追随が遅いですね。多分内部的にはコマンドは受け付けているんでしょうが、表示が飛び飛びに遅れて移動するので、『あれ、指定に失敗した?』と不安になり結構ストレスでした。それに、思っていた以上にAFの食いつき悪いですし(GF2より良くは見えませんでした)。室内と言っても、ギンギンに明るい電気屋さんの中なんですけどねー。GF2でも『えーっ、何でー?』って誤ったところに食い付いていたりするので、シャッターを押す前に測距点の食いつき位置の確認は欠かせません。
あと、なんかデカい気がしたのでGF5と比べてみたのですが、GF5が特に小さく軽いにしても、予想外にデカくなっていてビックリしました。重さもX−M1と同じ位あるみたいで(現場のX−M1はダミーでしたが、ダミーにしては妙に重いと思ったら現物に合わせてあるそうで)。
GX1の良さといえば、GFシリーズに近いサイズで高級感を出してきたところだと思っていたんですが、GX7は多機能を優先してコンパクトさは結構我慢した作りのようです。それが駄目とは言いませんが、GX1の方向性を気に入っていた人ほど『あれ?』となりそうな感じで。実際私もGF2に常時携帯性を期待した口なので、GX1との方向性の違いは結構悩ましく思いました。
考えてみると、GF2の時点でデカ過ぎて常時携帯を諦めてたので、ちょっと大きいくらい気にする必要無いのかなー?でも、APS−C系のX−M1と大きさ重さが同じ位と言われると、マイクロフォーサーズの利点を残していると言えるのか、なんかなーってなりましたが。富士が非X−トランスCMOS機を出すって話もありますし(個人的にはベイヤー+ローパスの絵の方が好き。ハニカムならそっちの方が良いですが)。
まあ大きさは『どうなんだろう?』とこれから検討って感じですが、『何これ駄目ヤン‥‥』と思ったのは、背面ダイヤルの扱いでした。何と折角ダブルダイヤルになったのに、絞り優先モードでの露出補正には、背面ダイヤルを押し込んで露出補正モードに切り換える必要あり。そうなると、前ダイヤルを回しても露出補正。1枚撮ったら前後とも絞りダイヤルに機能が逆戻り。あれー?
まあ初めEVF使用時のタッチパッドモードの入り方が判らず、やる気の無い店員さんに聞いたら『そんなの無い』と言われた位なのできちんと設定すれば何とかなるのかもしれませんが(改めて調べてみて何とか見つかりました)、あんまり写真のことが好きでない人が作ったのかなーと物凄く失望しました。自分でカメラを使っていて、こんな使い難い仕様を良しとする訳はないだろうがと。追尾AFの枠の表示も懐かしのEOS5の露出補正表示を思い出すレベル(あれの遅延は比べ物にならない位酷かったですが)でしたし、所謂『日本製品らしい酷さ』を発揮して妥協しているところに、ちょっと残念なものを──。
まあ山のようなクレームが入って、今は未だ使い難いところがあったとしても、今後ファームアップで直るものと期待したいですけどね。でも追尾AFの枠表示の方は、技術的に考えてやっぱり難しそうかなー(大抵は全体の処理量が重過ぎるのが原因だから。何かの機種でリアルタイム処理の重要な物を優先して、メニュー画面に入るのが遅くなった例を見た記憶もありますが。スピードの遅い大容量メモリーに、メニュー処理を移したんでしょうね)。パナソニック規模の会社なら、汎用チップ処理で遅延が出るようなところは専用チップに機能を詰め込んだり出来ると思うんですが、そういうのは『次の世代でね!』ってなるのは仕方ありませんし。
まあ何故かボディー内手振れ補正が組み込まれていたり、野心的な機種なので、それが故の弱点が生じるのも仕方無いことなのかもしれませんけれどもね(インターフェイスデザインは別だが)。機能的には、とても魅力的な機種であることには全く間違いありません。よくある、『もう一世代待ちたくなる機種』なのも間違いありませんが‥‥。次の機種では、きっと2周りくらい小さく軽くなってくるでしょうし。
サンプル画像を見てみると、解像度を犠牲気味にしてもJPEGモードでのノイズ取りを優先しているみたいですね。かなり強い目のノイズリダクションを掛けているみたいで、ピクセル当たりの解像度は最近のカメラにしては意外と低いし、リンギングラインの幅も相当なものですが、ただ、『何これ──』と見た瞬間ウンザリしたGF2のJPEGデータよりは見れる画に進化してるみたいで凄いなーと思いました。GF2のISO400より、GX7のISO800の方が解像度もノイズも、バランス・性能とも良さそうだし。
電車賃をケチるのと行動の自由度を高めるために、近鉄で天王寺まで輪行したあと折り畳み自転車で日本橋経由で必要に応じて梅田まで行ったり、たまにしています。ここで重要なのは、行きは日本橋経由なこと。帰りに御堂筋を使うことはありますが、行きはあんまり使わないんですよね。2〜3回は行きにも使ってるんですが、そういうときはきちんと地図をチェックした後です。
んで、閉店時間未確認の心斎橋まんだらけに先に行く必要があったので、ろくに道順を確認せず御堂筋を通ったら、道頓堀通過時は確かに正しい道に乗っていたはずなのに(そこに着くまでは90度間違った方向に向かってたりもしましたけど。笑)、気が付くと地下鉄四ツ橋駅の横を通ってました(笑)。
ところで少し時間を巻き戻しまして、道頓堀を通過してY字路を過ぎたへんで妙に道が走り易くなった(多分ここで間違ったんだろうなー)辺りで、タラタラと走っているクロスバイクっぽいのに遭遇しました。ヘルメットは被っているものの後ろから見ると裸で、ちょっちビックリ(○ 。○)!よく見ると黄色と黒の斑のパンツらしき物を履いているのが見えたので、真っパでは無いらしいものの、初めは本当に驚いてしまいました。背中が見えなかったのでバックパックは背負っていたのかなー?タンクトップくらいは着ていたのかもしんない。
そんなことよりウザいのは、全然速く無いのに本人はきっと『俺様速いんだぜ』って気分を後ろから見ていても発散していたこと。まあ本当に速いんなら、せいぜい頑張って前を走っていただければいいし、そう見えてるように見える気分が勘違いなら、そのままチンタラ走っていただければいいだけだし〜。
ちゅー訳でそろそろ追い越すかなというタイミングで、横に86がゆっくりと近づいてきました。自慢じゃありませんが気が短い上に、タラタラ遅い自転車のお尻を拝んでいるのはあんまり趣味じゃありません。ちょっとペースを上げれば86に追いつかれる前にクロスバイクを抜けるかなということで、面倒臭いのでペースアップをすることにしました。正直こっちは小径折り畳みなので、86が増速してとっとと抜いていくのなら、86もこっちに対して横車間を取っているでしょうから、86の後ろからクロスバイクを抜いたらいいし──。
と思ったら、何故か86はこっちを抜くに抜けずに後ろを付いてくるどころか、逆に引き離されていきました。あり?当然のことながら、クロスバイクはあっと言う間に背後に消えました。で、しばらく行くと四ツ橋駅の横を通り過ぎちゃった訳です‥‥。
自慢じゃありませんが、未だに4つ橋の周辺には詳しくありません。ただ、四ツ橋駅は四ツ橋筋沿いに駅があるはずだとしても、最近なんか地下鉄は阪神と相互乗り入れしているし、新駅も増えてた筈。『えーっ、御堂筋沿いに四ツ橋駅なんて出来てたんだ‥‥。ホンマか?』我ながら嘘臭せーとか感じながら道の様子を見てみると、御堂筋は左折用車線・分離帯・片側2〜3車線くらい・分離帯・左折用車線という構成のはずなのに、片側2〜3車線くらいだけのどう見ても違う構造の道です。
‥‥。
それでも往生際悪く道の左側に道が交差する度に目的地の道じゃないかとチェックしながら走っていたんですが、やっぱりありません。
折り返すべきか、単純に右折すべきか、いや心斎橋はもう少し向こうにあるのかもと逡巡していたら、今度はママチャリのおばさんだかおねえさんだかが、割と速く走っていました。んで、『ああ、また追い越しだね〜』とか思っていたら、さっきと同じ様なタイミングで同じ86が‥‥。道と交差する度にスピードが落ちていたのに、ようやく追いついてきてたようです。ってーかまだ追い抜かれてなかったんかい‥‥。
と言うわけで、スピードを上げてそのママチャリを追い抜いたのでした。しかし、道頓堀から高島屋周辺への距離もろくに覚えていない人間ですが、少なくともいい加減『まだ心斎橋を通り過ぎていない』と考えるには距離を行き過ぎていると考えざるを得なくなってきました。丁度信号待ちで歩道に滞留している歩行者の一団がいたので、いい加減道を聞くことに。そしたら、
「もうお終いか〜?!」
とやたら嬉しそうに勝ち誇った頭の悪そうな声が
さっきの後ろから見たらヌーディストの、遅っそいクロスバイクの兄ちゃんです。頭悪そう&きっと本人は速いつもりで居るんだろうなーとは思っていたのですが、予想以上の頭の悪さに、
「行き先が違うんやっちゅーの」
と切り返して差し上げました。いやマジ、道が判らなくって道が交差するたびスピード落としているのに追い付けず、相手が止まってからやっと追い付けたのに『俺様って速い』ってどんな頭悪いんやろうと──。そんなに速さが自慢したかったら、せめて左の道を見てる時にでも追い抜いていけよと。
時々地元民の優位で(滅多に車の出て来ない道とか把握してるもんですもんね〜)信号無視してやっと追い抜いてって勝ち誇ったような顔をしているお子様とか居ますけれども、若さがこういうものであるなら、若くなくって良かったって思いますね(笑)。
因みにと言うほどでもありませんが、案の定道を間違えていたので、『あっちの方やで〜』と教えて頂いて道を引き返しました(-_-
)v-〜。四ツ橋の駅を過ぎて直ぐに右折していれば、心斎橋に出たんだろうか?未だに判らん(大汗)。
そういう私は、地図が無ければ全然道が判らなくなる立派な方向音痴です。正確な地図があれば、辿り着けるんだけどね(不正確な地図だと駄目駄目ですが)。
因みに、道を覚えるのもとんでもなく苦手です。え、読んでりゃ判るって?ご尤も![]()
![]()
何か大阪の教育長さんが保身のためなら教師の人権売りますとか平気で公言してらっしゃるみたいなんですが──?縁故採用で市長さんのお友達の癖に、何か『勤勉な無能者』といった風情で。政治屋恐いじゃなくって、そういうのの圧力から現場を護るための職種なのに。
そう言えば『気に食わなければ公務員になるな』とか息巻いてるトンデモ政治屋さんが居た気がしますが、国旗国家信奉派の連中がやっているのは思想の踏み絵そのもので、正に人権蹂躙そのもの。『卒業式の席を利用して教えてやってるんだよ』と言わんばかりのことを言っていますが、それって『公立学校の教師には思想信条の自由も無い、家畜以下の存在だ』って卒業生に教えたいっていうことですか?学生さん達もドン引きだろうし、実際尊敬する教師が心を折られ、信条を捩じ曲げられ、屈辱と共に支配される素晴らしい実例を見せ付けられて、さぞかし自分の未来に恐怖しながら卒業式を終えたことでしょう。
うわーっ、人生の勉強になるわ〜〜〜〜!!
ってそれは幾らなんでも酷過ぎるでしょう。寧ろ『卒業式で学ぶべきことは、魂と思想信条の自由である』って言うのが、『仮にも』民主主義国家下の公立学校の役割としては正しいのではないかと。実際、現場の先生方は自らの身分を賭して、何人もの方々がそれを示してくださってきた訳で。まあ最後には、ほとんどの先生方が棄教せざるを得ないっていうオチで終わる『破戒』的終末が待っていたんですが(残念ながら既にほとんど決着はついています)。
これが弁護士の資格を持つ『仮にも』政治家の示す、物語のあるべき形なのだとすると、日本が終わってるのか、そいつから弁護士資格か政治家の椅子を奪うべきなのかは悩ましいですな。出来れば日本が終わっているのでは無い方が嬉しいんですが、考えてみると戦前から日本はあんまり進歩していないだけなのかもしれません。
K−5IIの後継機は小型化方向に寄るっぽい感じがしますが(多分)、逆に後継機が出るとしたら噂のフルサイズデジタルの方が順延ということになってしまいそうな‥‥。
まあ同時発売は無いだろうとしても、別に数カ月違いならあり得ないことはないんだろうか?リコーさんは意外とペンタックス部門を大切にしてくれている気配があるから(でなきゃわざわざ買わないわな)、開発資金的には昔よりかは余裕あると思うのですが。
もしFAレンズ開発の動きでも出てきたら、フルサイズ復活の狼煙だと思うんですけどねー。FA☆28−70F2.8(出来れば24始まりで)とFA☆80−200F2.8の復活、ついでに16−35F2.8(まあ15始まりは流石に無理だよなー)辺りも開発発表があるとかしたら、確実にフルサイズ機の開発が始まってるってことになるんでしょうが。
どちらかといったら、レンジファインダー風645の方が、まだありそうか?それだったら、マミヤに頑張って欲しい気もしないではありませんが。ミラーレス全盛の今、需要はかなり期待出来ますし。
私の地元は元々藤井寺なので、プロ野球では生粋というほどではありませんが、近鉄バッファローズを応援しておりました。では近鉄が球団を放り出した今、どこの応援をしているのか?バッファローズの後継球団は、楽天イーグルスであるというのが、個人的な見解です。勿論それには、岩隈投手の男気溢れる振る舞いも関係しています。
楽天と言えば1年目、球団成立第1試合でロッテ相手に大勝利し、期待を持たせておきながらそのままズルズル下位に沈んで行ったものでした。結局最下位まで落ちちゃったのかは思い出せないな‥‥(5位か6位の筈)。
一方ロッテは楽天にも勝てない駄目球団と思わせといて、何故かそのまま勝ち進んで『折角ネタを提供してくれたんだから、応援してやろうか』とか家族で話していたら、あれよあれよと言う間にその年優勝してしまったのでした(日本シリーズは、どうなったっけ?)。
そんな因縁の(?)球団が、現在トップ争いをしている訳です。これはもう試合も見ないで新聞の星取表しか見ない人間でも、ニヤニヤしながら楽天を応援せずにはいられません。正直4ゲーム差位まで縮まった際は、このまま逆転してロッテに抜かれるんじゃないかと9割方覚悟していましたが‥‥。
その後楽天がまた予想外の活躍を見せてくれているのには、ちょっとホッとしています。まあ考えてみると、プレーオフ(なんか違う名前付けてるようだが)で勝てなかったら、馬鹿馬鹿しい結果が待っている訳ですが──。でも楽天が3位以内に入るかも!?って夏頃まで期待させてもらった年も結構ありますから、それは仕方ありませんよね!
ところでパリーグのチームを応援をしているからこそ星取表を見ていて思うのですが、セリーグって面白み無さ過ぎですよね?毎年毎年早々に独走球団が決まって、順位逆転のお楽しみってイメージが全くない。今はセリーグもプレーオフを採用しましたから少し改善しましたが、そうなる前は夏頃には阪神ファン以外は野球に興味無くなるんでね?って位酷かった気がします(虎キチは負けが込んでる方が熱心に応援しますからね)。これなら、オリックスの最下位争いを見ている方がまだ逆転のチャンスを感じます(最後にはそれすら無くなるけどな‥‥)。
まあ、金満球団がどうとか言ったって、それだけで優勝が決まる訳ではありません。長島監督を据えて湯水の如くお金を無駄遣いしていた時期の巨人を思い出せば、『巨人はお金があるから』とばかり決め付けるのも野暮ってものでしょう。もっとも阪神が強くなったのは球界一の渋ちんの称号を返上した後なので、相関関係が無いとばかりも言えませんが‥‥。
ただまあ、選手の方に根強くある『巨人信仰』のせいで、戦力が偏りやすい状況が改善していないのは、やっぱり問題だと思います。広島のような地元との結びつきの強い球団とか、万年弱小扱いの大洋ホエールズ‥‥じゃなくてクラウンライターズ(これは太平洋か西武か?)かでも無くってDeNAか、この辺が年によっては優勝しちゃいますよと。そういう番狂わせが期待出来てこそ、プロスポーツは楽しくなると思います。アメリカの大リーグがウェーバー制を取っているのは、正にその為ですよね。
ついででなんですが、皆さんは今のバッファローズってどこの球団だと思います?名前を変えないことを条件にオリックスが買収したブレーブスが名前を変えちゃって、近鉄が無くなったら神戸のお客さんを無視して大阪の商圏を掠め取ることに汲々とし、気が付いたらライバルだった筈のバッファローズの名前を冠してる。おまけに近鉄の良い選手を総取りしようとしてブルーウェーブ時代からの選手が割を食う。
結局チームもお客さんも全く大切にしていない訳で、ブレーブスを買い取った頃は嫌いなチームじゃありませんでしたが(勿論一応近鉄ファン扱いの身としては、贔屓にすることはありませんが)、今となっては全く親近感も湧かないし応援する気も起こりません。まあ、楽天が3位争いにも絡めない時とかのお楽しみくらいには取ってありますが、何か気が付いたら毎年楽天と最下位を争うポジションだし‥‥。駄目やん。
因みにオリックスがブレーブスを買い取ったとき、個人的にオリックス レンテックス、乃至はオリックス ファイナンシーズと呼んでおりました。いえ、今でもよくそう呼んでおりますが(笑)。
元々ライバルチームに対する嫌がらせ的意味でそう呼んでいた訳ですが(オリックスの会長さんが幾ら偉そうな顔をしたところで、元々は高利貸し会社だったってー事実を示すためでもあります)、それが何故かバッファローズの名を関した球団をそう呼ばねばならないという状況を、皆様どう思われますでしょうか?
正直、近鉄ファンを取り込もうとバッファローズと名付けられるよりも、寧ろブレーブスの名前を返して上げていた方が圧倒的に応援していたと思います。オリックスの嫌いな理由は、一番にファンの気持ちを大切にしないところなのですから。
金で商圏と選手とファンを買えるつもりで居るのならば、せめて3位争いに毎年絡める程度には真面目に運営して欲しいというのが、赤と青と白のユニフォームは今でも全球団で一番お洒落で格好良かったと思っている人間から、バッファローズの名を冠したチームの経営者に向けての願いです。高利貸しから球団経営者になれば『上がり』っていうのでは、少し志が低いと思います。ファンを大切にする球団経営者になって、初めて『ああ、この人は良い経営者なんだな』と皆が納得すると思います。
別に上位球団にならなければ応援する気がおきないという意味ではありません。だったら、初めから楽天の応援なんてしませんので。夏の終わりに力尽きるとしても、意外と夏休みまで3位争いに絡める球団というのも、応援し甲斐があるものですよ(星取表しか見てないけどな!)。
そう言えばバレンティンがようやく56号を打たせてもらえましたね。日本球界がやっと成熟したようで、勿論ご本人に対するお祝いもありますが、とても嬉しく思います。
王元監督も、自分の記録が破られることに対する複雑な気持ちと同時に、自分の為にとやってくれている仲間に何か言うのも憚られるし、難しい物があったと思います。どっちの気持ちの方が強いのかは私には判りませんが、取り敢えず肩の荷が下りた気分なのではないでしょうか?自分の記録のために、日本の野球は3流のネジ曲がったものだと思われるのは苦しかったでしょうから。
有り難う、バレンティン。あなたのお蔭で、日本の野球をまともなスポーツだと思える時代が蘇りました。それを許すことも辞さなかった阪神の監督とチームの皆さんにも、祝福の拍手を送りたいと思います。今まで2流以下のチームと思っていて御免なさい(笑)。今回の件で、阪神の今のチームをとても好きになりました。
S95の後釜にRX100を考えたという人の書き込みを某掲示板で見掛けました。結論は私と同じで、動作が特に早くならないのでパスと。S90とS100の間で私の兄も同じ様な結論になっていたので、結構この問題は重要なことが判ります。因みに、値段は高くて単焦点ですが、ソニーのRX1は100点満点を付けてもいい素敵でレスポンシブなカメラでしたよ!
ところでSシリーズの最新作とGシリーズの最新作が高速起動・高速連写が売りらしいのですが、操作性に関してどうなっているのかが気になるところです。まあS110はイマイチでしたがG15は既に実用になる操作性だったので(何しろ露出補正がキビキビ出来ればそれでOKな人種なものでして。補正値が刻印されたダイヤルを持つG15は、きちんとしたものでした)、連写モードでなく1枚撮りでも同様なレリーズ間隔を誇るのであれば、S120も含めて魅力的ですよね。現物を見て使い物になるようであれば、S95をリプレースする財力がついたときには中古の購入を考えたいと思います(だってその頃にはとっくに、中古出てそうなんだもん)。
ただまあ、S・Gともに1200万画素になっていまして、CMOS化で色も癖が変わっているようなので、そこは気になるところですね。今までサンプルを見た限りでは青空が好みとは言いかねる&やっぱノイズ酷くなってね?そうなるとノイズリダクションで解像悪化するし‥‥(画素数増やすのは何のためなんでしょうね?)とポジティブな印象を持てていないので。実際に購入に及ぶ際には、店頭で実写までやってみて、『なんだやっぱり正常進化じゃない!』と喜べるのか、妥協するなら妥協の範囲なのかを見計らってからだよなとは、覚悟しております。
そう言えばRX100IIも、裏面CMOS化で100の時より印象としては彩度落ちてね?ノイジーっぽい印象は勘違いなのか?が気になるところ。まあRX100の最大の難点はレスポンスなので、そもそも購入対象としてターゲットに入ってくるのはその辺が改善していることを確認してからですが。
ところでキャノンのGシリーズ、15から広角端が28ミリ相当になっていたのですね。35ミリ始まりの画角の狭さが最大の欠点(個人的な)だったので、マジで魅力的です(S90・95と広角端が同じ)。まあS120は24ミリ相当始まりなので、更に魅力的だったりもするのですが。
ここに名前の挙がっている中でカメラの選択を考えるなら、ネットに上がっている写真を見る限りは、1インチセンサーを乗せているRX100系の方が暗部ノイズや高感度では優位でしょう。レスポンス重視ならG16(運が良ければS120も)、画質重視ならRX100系、接写能力重視ならG16、画角の広さ重視ならS120、被写界深度の深さ重視ならG16・S120、浅さ重視ならRX100系がお勧めということになるかと思います。
レスポンス改善を謡っているG16とS120ですが、連写速度は兎も角、肝心な1枚撮りモードでの撮影後の入力受け付け開始時間の改善振りが、要注目(仮に悪い結果であったとしても)ですね。秒間10コマ撮影可能と謡いながらも、1枚撮りモードだとレックビュー終了後1秒待たないとコマンドを受け付けない等というゴミな商品を平気で作り得るのが、日本メーカーでもありますから。
噂のあるフルサイズNEX、どうも勘違いでなくEFマウントよりも口径が大きい可能性が高まってきたような。もっとも、フランジバックの短いミラーレス系でEFよりもデカくする必然性がよく判らないんですが‥‥。
オリンパスの大好きなテレセントリック性を確保するため?まあRX1を見ていると、広角レンズに於ける後玉の大きさを確保するのは急務だというのも頷けますが。それよりも、F0.7位のレンズを企画していますとかいう話だと、夢がありますね(^-^)。まあマジで、F0.95以上のレンズはあるんじゃないかと期待しちゃってるんですが。
ところでこの文章を書いていてふと思ったんですが、今まで135サイズ(35ミリ判)フルサイズと考えられていましたが、別に645とか4.5×4.5のスクエアーでも構わない訳で──。645と言っても、デジタルの645はもっとサイズ小さいですし。ソニーとしては、突拍子も無くて他社に差別化の出来るネタは、大好きなんじゃないかという気もします。F0.7は兎も角、フルサイズでF0.95を達成したかったとしても、ショートフランジバックならライカMマウントより大きければ元来充分な訳で‥‥。
まあ別の着眼点としましては、一眼レフの癌たるミラーボックスが必要ない分、究極のボケ味を目指して蒲鉾ボケ排除を目指している可能性もありますが。FDマウントのカメラなんかでも、ミラーボックスの手前を擂鉢状に削り込んだり、何がしかの悪足掻きがされていたものです(測光部収納の為に、シャッター部が上にシフトしていた影響かもしんない)。NEXの画像をネットで拾ってみると、撮像素子周辺が擂鉢状に処理はしてあるのですが、向きによってはちょっと妥協している部分もある気配ですし‥‥。
仮に135サイズフルサイズで合ってたとして、そういう面でも究極を目指したカメラであると楽しいですね(^-^)。元々ミノルタのレンズは圧倒的に他社よりもボケ味を大事にしていたので、ボディー側でもそれが突き詰められるとしたら、革命的ですらあると思うのですが(>_<)![]()
![]()
![]()
![]()
ソニーの冒険に、ちょっち期待です!!出来れば、現物が出るまでで終わる夢でないことを祈っております(南無‥‥)。
イベントでポスターを吊るすための旗竿とその台座を買ってきました。全高2.5メートルの3段伸縮式の物がアマゾンで660円で売っていたのでそれにしたかったのですが、送料を含めると1000円を越えてしまいます。全高3メートルのものは400円くらいで売っているのですが、やっぱり送料を含めると似たようなもの。取り敢えず、地元のホームセンターを見てみることにしました。
結果的に3メートルタイプのものを398円で買ったのですが、縮長1.6メートルというのはやっぱり長い。出来れば縮長1メートルの3段伸縮タイプにしたかったものです。
もう一つ、旗竿を立てるのに必要な台座ですが、アマゾンで1600円くらいで売っている物がコーナンで798円で売っていました。意外と、ネットよりもホームセンターの方が安いものですね。
実はアマゾンには折り畳み式のものが3000円で売っていたのですが、水タンク式のものを買ってみるとそのボリューム感たるや凄まじく、なる程高いお金を払っても折り畳み式を買う人も居るだろうというメーカーの考えに納得がいったのでした。私も金回りが良かったら、そっちを選びたかったです。
と言う訳で、現物を探す為に手間を掛ける時間のある方や、送料分割高でも構わない方には、是非とも3段伸縮式の旗竿と折り畳み式台座を選ばれることをお勧めします。車があったとしても、縮長1.6メートルの旗竿と容量11リットルの台座は、『しまった──(>_<)!!』と嘆くには充分な存在感がありますので。今から、イベント会場での持ち運びを考えると少し憂鬱です。
まだ旗竿は立てておけば家で場所を取りませんが、台座の方の邪魔っ振りは、日本の家屋事情では恐怖出来るレベルですね(苦笑)。
いかん、EOS−Mの新型が年末商戦に間に合わせる形で出るんではないかと書きましたが、根拠にしたものが勘違いだったことが判明しました。いやまあ結果として、結局年末商戦に合わせて出るのかもしれませんが‥‥。
どっちも根拠は書く訳にはいかないんですが(色々と都合の悪いことがあるもんで)、7D後継機についてはやっぱ出るんじゃないですかね。微妙な時期は別にしても。
ところでオリンパスがとうとう(普通)フォーサーズ撤退ですか‥‥。一体、何回ユーザーさんを裏切れば気が済むんだろう?『フォーサーズは続けます!』なんて息巻いた後なので、ちょっち悪質感すら強く漂うレベルですね。最低でも、E−7を出して格好を付けてから止めるものと信じていたのに‥‥。
まあ、どこから技術のOEMをしてもらったのか(案外独自?)像面位相差でフォーサーズ用レンズをまともにドライブ出来るようになったと言うのが『統合』とやらの根拠なんでしょうが。光学ファインダーに依るリアルタイム性が必要な人からすると、結構厳しいでしょうねー。まあ表示タイムラグは極めて短いようなので、レリーズタイムラグの長い安い機種と比べるとそんなに大差ないのかもしれませんが(そのレリーズタイムラグを短くするために、高い金を出して高級機を買う人も居るわけですが)。
フルマニュアルカメラの時代は故障を修理しながら、2〜30年使えるのも普通だった時代もありましたが‥‥。AEの搭載以降カメラに期待される寿命は10年あるかも怪しくなってきてしまいました。そんな関係で、『手持ちのE−5使ってればいいや』と強がりを何年言っていられるられるのかも判らない、厳しい時代になったものです。
ところで、人が『プリントサイズを揃えた比較と、ピクセル等倍の両方の比較に意味があるでしょう?』と言っているのを、未だに理解出来ない人が居るようでビックリしました。まあ、偏執的に自分の言い分を相手に押し付けて、相手の言い分には耳を傾けない典型的なタイプなので、『ああ、なる程ね』って感じですが。
『俺の言いたいことが判らないのか?』。いや、あんたの言いたいことは判るんだけどね。だったら、あなたも私の言いたいことを理解する努力しようよ。その努力が無いって言われてるだけなのに、いつまでも理解出来ずに相手のこと関係のないところで名前出して非難するとか‥‥(苦笑)。
まあその人含めて周りも匿名だから、名前の出てる人物を引き合いに出すしかないのかもしれませんが‥‥(-_-)v-〜。ご同類(IPからして、多分)はなんだか、勝手に勝利宣言しているのを見掛けましたが、大丈夫なんかね(どこが?)。
因みに、解像しない画素数を増やすんでしたら、画素数減らした方がS/Nが良くなってより大きな拡大に耐えます(1/2.3インチ系コンデジなんて、正にこの罠にはまっていますよね)。ノイズの無い画像はどこまで伸ばしても粗が出ませんが、解像していないのに画素数の大きい画像は拡大すると、気持ちの悪いブツブツと色ノイズの山が見えるだけです。こんなの、画素数が幾ら大きくても拡大に耐えない。
あれ、大きくプリント出来るから画素数が欲しかった筈じゃありませんでしたっけ──(?_?)????D800は、あの画素数でよくあれだけの画質を実現したものです。APS−C系の一眼レフデジカメなんて、ちょっちね〜。ましてや今時の1/2.3インチ系コンデジなんて。スマホのカメラの画質が良くなってくると、益々廉価版コンデジはジリ貧になること間違いなしですね。
S90の成功を見たデジカメメーカー各社が、ようやく1/1.8インチ系の復活に動き出したのは良いことだと思います。
自慢じゃ無いが、私は消費税に関しては徹底的な反対派である。考え方そのものが許せないくらい嫌いである。何故なら、赤ん坊や子供からでも税金をもぎ取ろうという馬鹿げた課税方法だからだ。生活保護や年金を貰っている人から5パーセントの金をせびり取るより、そもそも生活保護費や年金を5パーセント安く上げた方が政府の出費は少なくはないか(政府が動かす予算が増えた方が、天下り先を沢山作れるけどな。そんなの御利益があるのは公務員だけやん)?
なのだが、同時に私は財政赤字反対派でもあるので(何しろ高校生の頃には既にそうだったという筋金入りだ)、今回の消費税増税は財政赤字対策だという話だったので、例外的に今回の増税には賛成してきた。
しかし、だ。『消費税が増税になったら、予算アップを要求するリスト』が各省庁あると効いた瞬間から、消費税増税反対派に逆戻りである。この増税は一部東北復興財源にするという名目(結局その大半は泥棒染みた関係のない自治体に持って行かれそうだが)を除けば、全額赤字国債を償還するために充てるべきである。そうでないなら、消費税そのものからして破棄してしまえと言いたい。消費税で課税している金額なんて、単純に普通に課税してしまえばお終いの話なのだから。
極端に言うまでもなく、消費税とは、無能な政治家と無能で悪質な天下り目当ての官僚達が競作した、青天井のお金をせびるための道具でしかない。
どうも年末商戦に7D2(実際の名称は判りませんが)が参戦しそうですね。ついでにキャノンの出したマゾっ子ことEOS−Mの後継機も。
kissX7見てこりゃ行けると思いましたが、70Dの撮像素子だと更にAF行けそうですが、マゾっち後継機にはどっちが載ってくるんだろうか?斜め上に走ってフルサイズだとFDマウント用に嬉しいんだけど、マウント変わらないみたいだしそれはないか‥‥。
多分今度は少しばかり上位機種扱いの奴だろうから、可動液晶乗せてくるのか、それとも今以上の小型化を狙うか、それとも素直且つ単純にAFやレスポンスの高速化だけに絞るか?どんなのが出て来るか楽しみですね。レスポンスと操作方法の改善が重点なら、ちょっち欲しい(金無いけど)。そういや、店で触った限りだとタッチシャッターとタッチAFを分離出来ない様に見えたけど、そこは改善するのかな(今でも出来たとしても、判り難過ぎ)?
7D2は今までのパターンから行くと、『画質優先して──』とか言って像面位相差素子無しもあり得るけど、逆に70Dのを載せてきた場合はフルサイズの次世代機に、像面位相差素子が載ってくる可能性が強くなりますね。多分5D3のモデルチェンジ間隔は長いだろうから、だったら短命は6Dの方かと。もしくは、多分世間では待ちに待たれているであろうフルサイズkiss系搭載か。
もしフルサイズkiss出すんだったら、60Dサイズ位目途にして、ダブルダイヤルにして欲しいなー。露出補正の使い難いカメラなんて、個人的に要らねーんですよね。kiss系はメインダイヤル脇に露出補正ボタンが付いてる馬鹿げた機種よりかは遥かにましだけど(何で京セラとペンタックスはあんなのに倣ったんだろう?)、周辺に紛らわしいボタンを平気で載せてくるので、結局使い易くまではいってない‥‥。露出補正ボタンだけデカくて飛び出してて押し易いとかしてくれるだけで、物凄く使い易くなるんだけどなー。
そう言えば、kissNはまだ良かったんだけど、Xか何かから露出補正ボタン押した後も何かロクでもない変更があった記憶が。あのkissを糞化する仕様変更、ヤンピにはなってないのかな?
大阪府の松井知事が国旗国家法案──というよりも、自分らの決めた府の条例を批判する教科書は許さんとかケツの穴の小さなことを言って、教育委員会に圧力を掛けているそうな。全くもって、橋下前知事、もしくは現大阪市長さんと並んで、教育委員会制度の理念も起こりも何にも理解していない困ったちゃんな政治家だなー。
正に、お前らみたいな奴からの教育の独立を護るために、教育委員会制度はあるんだよ!!
考えてみるとご同類の橋下前大阪府知事が『はだしのゲン』騒動については教育委員会の独立性を脅かしたとか何とか問題にしているそうですが、彼もいい加減に教育委員会の独立性の重要さを理解したんだろうか?いやいや、彼の腰巾着にして朋友が大きなことをするのに、彼と意志疎通していないとは到底思えない。彼が『はだしのゲン』騒動に関してもっともらしいことを言っているのは、正直ポーズにしか見えないなー。
一つ明らかになったのは、維新の会がただの右翼政党でしかないってことだね。
スナップ写真の背景にモブで人間が写っているのを全否定する書き込みをネット上で頻繁に行っていた人物が、『外付けEVFファインダーのティルト機能を使って真横の写真をコッソリ撮れるのは便利だ』と書いているのを見た。その人の実際に上げてる写真とか性向を考えると『幼女写真を撮るのには』ってことなんだろうけれども、伝統あるスナップを実質否定しておいて、盗撮はOKって‥‥。
人間って面白いもんですね。個人的に、パンツの中とか撮ってるんでも無い限りは別に幼女写真でも問題はないと思うんですけどね。でも、モブで写ってる人の写真を否定しておいて、性愛的な欲求で撮った盗撮写真はOKって厚かましさは、どうなのかなーと。
書こうと思っている内に何日か経ってしまいましたが、『馬鹿チョン』って言葉。嘆かわしいことに朝日新聞でも差別用語認定するが如き扱いをされてしまいましたね。
『馬鹿チョン』という言葉は元々在日系の方々でも気にせず使っていた言葉で、本来差別性なんてありません。しかしネット上の荒し連中が当たり前の言葉を使っているのに対して難癖をつけて噛みつくために、『馬鹿チョンの“チョン”は朝鮮人差別用語のチ〇ンだ!!』とそこら中でしつこく騒ぎ立ている様を見るに、結局『馬鹿チョンは差別用語!』と叫んでいた連中は差別をこの世の中から無くすというより、『日常の言葉に差別用語が含まれていた事にして、差別を広める役割』を果たしているんだなと。
ひょっとすると、そういう連中の言説に乗せられて本気で信じ込んで反対していた人も、中にはいたのかもしれませんが‥‥。しかし現実には、この風評を流布している人達の大半は、寧ろ確信犯なのではないかと疑わずにいられません。だから、朝日新聞とか大きな新聞で『馬鹿チョンは差別用語だ!』なんて下らない嘘の言説を取り上げるのは、止めて欲しいと思います。
新聞が差別意識を広めるのに利用されて、どうするよ?
『はだしのゲン』閲覧禁止騒動、強姦シーンがどうたら『現実にあったことでも見せたくない』ものは隠蔽ってお話かと思ったら、なんとまあ下らない、右翼野郎が『日本は悪くない』と主張するために特攻掛けただけだったんですね。それに対しての教育委員会の事務局たらいうもの(名前は同じだが、教育委員が喧々囂々やって決めた内容が本来の教育委員会の決定であって、事務局はその宮仕えでしかない筈なんではないの?)の対応を考えると、彼ら自身の右翼的性向からの決定としか思えない。
初め「『はだしのゲン』は隠せ。但し最終的には校長の裁量でな」と言いつつ、追加で後から『全員同じ対応でな』と圧力を掛ける。もし全員同じ対応ということで全学校で閲覧OKとなっていたら、もう一度圧力を掛けたんだろう。しかしそういう命令は本来、教育委員会の審議を経た後になされるべきものではないんだろうか?でなければ、教育委員会制度そのものが意味を失ってしまう。
教育委員会の事務局の構成員そのものが右翼なのではなく、議員から圧力が掛かったんではないかという説もあるようだが、市議会で議員から圧力を掛けるべきではないという決議の後にこういう行為をした議員が居たのだとすれば、重要な決議違反なのではないだろうか?もしそういう議員が居たのであれば、議会で辞職勧告を出すための決議を取るべきだと思う。そして教育委員に諮らず命令を出した教育委員会の事務局の構成員達もまた、放り出されるべきだと思う。
エジプトで2〜3日前、同胞団のお偉いさんが、『このまま事態が続くとシリアのようになってしまう』と言い、そのまま続けて『でもデモは続けるけどな』と言って酷でーなこれはと思った。エジプト全体の治安の崩壊を賭け金に賭けてやるのなら、そんなの北斗の拳で『ヒャッハー』と叫んでいるチンピラ以下ではないか。デモで力押しでなくてももっと穏健な方法を考えるとか、最悪軍の幹部を暗殺して回るなり、国内の治安に対する悪影響の少ない方法を模索することは出来る筈である(実際に暗殺して回ったら、速攻で軍部に全面解体させられるだろうけど
)。
まあでも勿論、クーデターという手法や、デモを何でもかんでも力で押し潰すという手法は関心出来る訳もないし、ましてや狙撃手持ち出してデモ参加者を殺して回るなんていうのは、同胞団の『シリアみたいになっちゃうよ〜。でもやる〜』と同じか、下手したらそれ以下の酷い対応である。正当化出来ないというより、自分達のやっていることの無法さを証明したようなものだろう。
正直、ムルシ大統領も勝手に憲法を改正して大統領権限を拡大しようとした時点で正当性を失っていたのは間違いないと思う。彼は既にヒトラー以下だったと言えるだろう。個人的には宗教支配なんて真っ平ご免だということを度外視しても、何の根拠もなく『自分に絶対的な権力を付与します』なんて宣言を出す奴なんていうのは、暗殺されても文句が言えない。
ただ、軍隊動かして力で支配すればいいねんと言うのであれば、それはムルシとやっていることは変わらないかもっと酷い訳であって、結局ムルシも軍部も今すぐ退場して選挙からやり直すしか無いのだろう。もっとも、そのまま選挙をやれば結局同胞団系が大勝するのは疑いようが無いが。
宗教とは、他人が人間の心を支配するための道具である。そんな宗教が強い国で、政治に宗教が関与できるのであれば、宗教系が勝つのは当たり前だろう。だって心を支配されているのだから、信者には『民主主義に基づく自由な選択』なんていうものはないのだから。次の選挙では宗教政党は排除すべきであるという点については、流石に私もエジプト軍部と同意見である。
もっと言うなら、宗教裁判を受けたい奴は宗教裁判を受け、宗教裁判は真っ平ご免という人間は非宗教的裁判を受けられるよう、法を分けるというのも考え方だろう。『聖職者』とやらに首根っこを押さえ込まれたい奴は、勝手に支配されていればいい。
だが、その宗教を信じていない者にそれを強要するのは、不遜であるという前に単に犯罪行為である。
『お人形さんの王国』内の『アリッサ・メリッサのお人形写真館』にページを追加しましたので、是非是非見て行ってくださいね!
仮アドレスでのアップのチェックの為にその辺のリンクを突ついてましたら、ニコニコ動画に上げていた動画にまた頭のどうかした人が気の狂ったようなコメントを嵐のように書き込んでいてビックリしました(流石は荒らしの人!)。もう自分が誰か隠す気ねーだろ?&他人の個人情報書き込みまくりで、正直早いところ逮捕でもされてこの世から消えてくれないものかなーと、そんなレベルの酷さです。てーかニコ動には酷いコメントをした人をアク禁にする機能って、無いのかなー?もう一つよく判りません。
しかし相変わらずで思いますが、日本には頭の奇怪しい人からの嫌がらせを阻止し、嫌がらせした奴を罰する規則って無いんですかねー(溜息)。ネットというツールが、嫌がらせをする人にとってばかり便利で居心地が良いという状態がいつになったら改善されるのか、いやはや悲しいお話です。
そう言えば実家で弁護士さんに少し物を頼む機会があったのですが、自分で書ける書類に1行書くだけで請求される金額を見て、目を剥いてしまいました(ものによってはマジで1行‥‥
)。アメリカは訴訟社会で貧乏人でもガンガン訴えるイメージがありますが、どう考えても料金体系が違うんでしょうね。もしくは訴訟で毟り取れる相場が。
日本で弁護士さんの数だけ増やしても、新しい失業者が増えるだけだよなーとマジで実感しました。1桁クラスの価格破壊でも無いことには、法律事務所の数が増えてもクライアントの数が増えるとは到底信じられません。
この文章をこのページの先頭で見られている方はだいたいご存じのことと思いますが、ここ数日間共通ルートページこと『好好好』は見られない状況でした。と言うか、多分今でも見られない状況なんではないかと思います。
原因自体は毎度毎度の粘着個人攻撃荒らし君の嫌がらせと思われますが、昔以上に某プロバイダの対応は鼻を木で括った様な対応で、どうやれば元のアドレスにホームページを復活出来るのか判りません。なので、緊急でここに仮ホームページを復活させました。
元々お人形さんコーナーだけでも復活させようということで、『救済!お人形さんの王国』というニュアンスのアドレスを取ったんですが、上の方の階層を復活させないとホームページ内リンクが再構成出来ないので、結局ルートページからの再立ち上げです。ただ、どう考えても容量が足りないと思われますので、リンクエラーのページとか結構出て来ると思いますのでそちらはご勘弁くださいませ。
元々プロバイダを切り換える際に『休眠扱いだと安くアドレスと容量を残せる』という話で契約を残していましたので、アドレスが残せないとなると正直同じプロバイダに拘る必要は無くなってしまうんですよね。それに考えてみると、10年選手で続けているホームページって、アドレス自体が宝物や財産みたいなものな訳で。そういったことを全く理解しない機械的な対応振りには、正直もう少し何とかして欲しいものなんですが。
兎に角プロバイダさんが揉め事を避けるためか情報を開示してくれないので、何をどうすればいいのか全く判りません。それはもう、それ自体が『トラブルの原因にしたいのか?』としか思えないレベルのお話でして。なので粘着荒らし君の攻撃ポイントを予想しながら、恐る恐る再起動という状態です。読みが外れていれば、このアドレスが丸ごと闇に葬り去られるかもしれませんし。
いずれにせよ、当面そこら中穴だらけの状態になっているとは思いますが、出来れば、懲りずにまた遊びに来て頂けますと幸いです。
前にフルサイズNEXについて予想みたいなこと書いてましたが、どうも名前はαになるんではないかと(多分
)。
そしてここからは完璧に山勘ですが、NEXと同じショートフランジバックのニューαマウントと、像面AF前提の旧αマウントアダプターをセットで売り出すんではないかなと。まあマジで、この辺は完璧に山勘ですが。
NEXとフランジバックが同じだろうというのは、マウントアダプターでNEX用レンズを使えるようにするためです。あれ、これだと少しフランジバック伸ばした方が楽なのかな?
個人的には、フルサイズNEXに『α』と付けるという予想は、外れてて欲しいんですけどね。だってそんなのが当たっていたら、一眼レフ用の新しいAマウントレンズはもう出ないってことになっちゃいますから。
先日、某掲示板で良いリュックサックの見分け方を聞く書き込みがありまして、その関連で簡単に取り纏めた『きちんとしたリュックの見分け方』を転記して纏め直しておきます。
1)腰紐は腰骨で支えるのじゃないとお腹圧迫して締められないの、で分厚いパッドが入っていないと機能しない。
2)背中のパッドは、背中のブリッジに沿わせて腰骨(出来れば背中も)に密着させる関係で、プラ板(多分ポリプロピレンあたり)の簡易骨が通っていて、そこに横から見て『く』の字型のパッドが入って腰に乗っかるのがきちんとしたもの。
3)上記の関係で、きちんと肩紐を締めたとき腰骨に腰紐が被らないと、肩だけで荷重を負担することになって肩が凝りやすい(逆に言うときちんと締めない人は何買おうが一緒)。
4)背負い紐はある程度の幅があるだけでなく、肩部分に分厚くて程々固いパッドが入っていないと肩が凝る(柔らか過ぎると直ぐにヘタって機能しなくなる)。
5)背負い紐の前同士を結ぶ奴は、上下にアジャスト出来ないと位置を最適化出来ないので効果が半減する(背負い紐が一番狭くなるところに合わせる)。
背中の『く』の字断面のパッドは、フレーム&メッシュで実現してるタイプの方が蒸れないらしい(そういうのもあるそうで)。物に依っては、荷重は基本的に腰骨に乗っかる分厚い腰ベルトで支えて、背中とのフィッティングはフレームから伸ばした1〜数本のベルトで支えているかもしれません(完璧にフレームサックの構造ですね)。
上記の5項目のほとんどを満たしてそうなリュックを東急ハンズで見掛けた覚えがあるんですが、確か五万円はしていたと思います
軍装品店の新品だと、9万とかもっとふざけた値段が‥‥。登山用品専門店なら、もう少し安くから良い製品がありそうですね(多分)。ただ、そういうのは本格的な登山用なので、あんまり街中で使いたい雰囲気のデザインではないかもです。寝袋固定用のストラップとか付いてますし。
荒らし君の宣伝のお蔭で今更隠す必要も無いかと思うので敢えて書いちゃいますが、私はこの2〜3年、お人形さん関係のブランドをやっているのですが。そちらからもう少し安い値段で、普段使い用のリュックやカメラバッグを出したいところなんですけどねー。セレクトショップとか、デザイナーズブランド的な感じで、きちんと考えた製品を作っていければなと、そういう感じです。
ただ下請けさんを探すにしても、ポリプロピレンだかPETだかに(多分ポリウレタンというよりポリエチレンだと思いますが)フォームをカットして取り付けたり、もしくは金属製のフレームをオーダーして付けてもらえるところが見付けられるのかとか、大した数のオーダーが出来ないので馬鹿高い既製品より更に値段が高くなっちゃうんじゃないかとか、現実には実現は難しいところです。共同開発みたいな感じで出すんであれば、こちらとしてはまだやりようもあるんですがねー‥‥。
富士のX−E2ってもう出てましたっけ?まだならもう直ぐ出るんでしょうね〜。
麻生副総理の憲法改正に関する発言。あれをナチズム賛美と称して抗議してくるユダヤ人の適当さには眉を潜めるし、ナチスの名前さえ出て来れば何でもかんでも俺達は被害者だと主張するセンスにもどうかと思うものの‥‥(せめてパレスチナに行って、頭下げてから物を言って欲しい)。
と言うのは置いといて──本来の趣旨である、『陰でこっそりと上手いこと憲法を変えれば良い』という内容そのものに、重大な問題を感じる。これは森元首相の『無党派層は寝てて欲しい』発言以上の問題発言だろう。だってたかが選挙や政権一つの問題ではなく、その後幾代もの政権の間重大な影響を与え続ける、一大事のお話だからである。勿論その影響の中には、天皇主権制だとか、特高や隣組の復活だとか、徴兵制といった問題すら含まれかねない(流石にそこまではやらないで欲しいな〜。でも、天皇主権制への片鱗は見られるよね)。
麻生副総理の訂正後の内容は初めの発言内容と余りにも関係の無い内容であり、最初の発言が『したのが間違いでした』級の言い間違いの嵐だったのでも無い限りは、訂正については到底受け入れ難い大嘘発言であると言わざるを得まい。そもそも憲法改正などという国民百年の生活に関わる内容を、『陰でコソコソと、ひっそりと変えれば良い』等という認識、発言は、これは日本国の副総理として、また民主主義国家の議員の一人として全く相応しくないと断ぜざるを得ない。これならまだ、『私はナチスを信奉し、称賛する』と大々的にのたまってくれた方がまだましである(そいつのクビ飛ばせばお終いだし)。
元々麻生副総理には、総理大臣時代を含めて『あれ、思ったよりもまともなことを言う人なんだなー』と思っていたのだが(自民党の党利党略として考えるなら、首相時代に解散を引き延ばしたのは間違いだろうが、反自民層としては逆に評価の高い部分でもあった)、正直この発言ばかりはがっかりであるし、また許容しかねるものがある。ユダヤ人も『ナチス』という言葉にパブロフの犬みたいに反応して、自分たちが被害者ぶることばかりを考えずに、もっと社会生活に於いて大切な、人権の根幹をなす部分に関して心致して欲しいものだ。
と言うわけで、安倍政権には憲法改正がしたいのであれば、表に上げて大々的な議論を正々堂々喚起した上で、俎上に載せて欲しいものである。もし麻生副首相の勧めるままに陰でこっそりと改正を進行しようものならば、ヒトラー以下の民主主義の破壊者と烙印を押されること間違いなしである。
因みに以前にも書いたが、自民党の改憲案の本来『どうでもいい細かい文言』の改定の積み重ねから見えてくるのは、自民党が人権を国民から取り上げ、『政府から下賜するもの』に格下げし、国家(自民党政府)に対する反抗権を『公益及び公の秩序に反しない』という名目の元に奪うことしか眼中にない、ということである(自民党の言う『公』とは、明らかにその時々の政府のことを指すからである)。
故に憲法九十六条の改憲を先行するなど願い下げであるし、また今後自民党が上げてくる改憲案は基本的に受け入れようが無い。何しろ国民から人権を奪い、国を国民のものから時の権力者のものへと売り渡そうと画策する、そんな人々だからである。もし違うというのであれば、自民党の改憲案からすべての『公益及び公の秩序に反しない』という文言を外して頂きたい。
自転車関係の掲示板に行くと、『今の流行りは軽いシフトでクルクル回す方向性なんだよ』という言葉をよく耳にします。んで、そういう方向性になった切っ掛けは、ランス=アームストロング。
ところで私は完璧に『重いペダルを踏む』派。ランスの脚は細いとかよく言われたそうですが、なんだ写真見ると私の脚くらいの太さは余裕であるじゃないか(多分向こうの方が太い)──は置いといて。私の場合太股の筋肉量が素人にしては多い目な代わりに、速く回す(ケイデンスを上げると業界用語的には言うみたいですが)と速攻で酸素切れになります。カロリーじゃなく、酸素ね。
『何だお前、心肺能力足りないんじゃないの?』ご尤もな意見です。でも、あなた全力の8割位の力で1時間漕ぎ続けられます?実は加速時を除けば、8割の漕ぎと10割の漕ぎってほとんどスピードが変わりません(手抜きで走った方がトータルタイムが上がってビックリしました)。要するに『当人に取っての』全速(全力ではない)で延々(10時間とかではありませんが)、それなりに走り続けられる程度の心肺能力はあるわけです。お蔭様で、以前は不整脈で悩まされました(結局のところ、クーリングダウンを徹底するのが大切なのねん)。
でもケイデンスをちょっぴり上げるだけで、そんな私でも速攻で酸素切れで脚に力が入らなくなるわけです。そうなるのに、1分も掛かりません。つーか30秒もあれば事足ります。ああ書き忘れていましたが、重いペダルではなく、楽勝で回るような軽いペダルで、ですよ?逆に言うと、重いペダルで低回転数だからこそ、1時間全速で走り続けられる訳ですね。
昔のドーピングは、男性ホルモンのテストステロンが主体だったそうです。お蔭様で、私の脚なんて鳥の脚に見えるようなマッチョマンがレースの場には溢れていたんでしょう(昔のツールの写真見てないので、実際にどうだったのかは知りません。但し自転車としては短距離系なので系統は違うけど、ケイリン選手の太股は化物だと思います)。そういう人たちは、多分私と同じく、ケイデンスを上げ過ぎると(私よりかは鍛えている分耐性はあるでしょうが)割と直ぐに酸欠になった可能性が高いと思います。
ええ、私なんかとはレベルが違うと思いますよ?でもアームストロングはケイデンスを上げることによって、そういう男性ホルモンドーピングのマッチョマン達を、山岳ステージでも引き離して勝利を引き寄せたという訳です。
ここで思い出してみましょう。ランス=アームストロングが行っていたドーピングの内容は、エリスロポリチンと自己血液輸血です。どちらも血液の、時間当たりの酸素運搬能力を向上させるためのドーピングです。確かに高地トレーニングをすれば、こういうインチキをしなくても血液の酸素運搬能力を高めることは可能です。シェルパ族なんかが、その好例ですよね?
でも少々の高地トレーニングを積んだ位で、レースでエポことエリスロポリチンやって、しかも自己血液輸血してるインチキ野郎に勝てる訳はありません。それは、アームストロング以降のツール優勝者が軒並みエポ系ドーピングをやっている人達ばっかりだったことで、明白です。クルクル系ハイケイデンススタイルは、酸素運搬能力向上系ドーピングをやっている人間のためのスタイルであって、一部シェルパみたいな高地在住の人達を除けば、向いているのかは怪しいものな訳です。
一方ドーピンクなんてしなくても、脚の筋肉を付けることは可能です。勿論、男性ホルモンを使った方がより効果的にマッチョにはなれますが‥‥。
結局何を言いたいのかというとですね、クルクル向きの人も居るだろうし重いペダルを踏むのに向いている人もこの世の中にはきっと居るでしょう。ただ、『ここのところのクルクル派が強いイメージは、男性ホルモン系ドーピングの取り締まりが効果的に行われており、酸素運搬能力向上系ドーピングの取り締まりがつい最近まで効果的に行われていなかった結果に過ぎないだろう』っていうことです。ですので、我々ドーピングとは縁の無い庶民層は、ハイエンドレースの結果を見てそのスタイルに合わせる必要は全くないのではないか?ということです。
ランスの失墜と同時に世間から消えるべき筈の『常識』の一つが、何故か未だに全く色褪せずに生き残っているのを見て不思議に思い、少し筆を取ってみた次第です。この『常識』が色彩を失うまでに一体どれくらいの時間が掛かるのか、実は私の興味はそちらにあったりもするのですが。
因みにここ2〜3年自転車関係の掲示板を毎日見ていましたし参加もしていましたが、何故か一度もこの常識を疑う書き込みを見た記憶がありません。まあ、『クルクルスタイルの定着ってこういうことだったのか──!!』と私が気が付いたのが、このほんの数日前だったのですから、あんまり人のことは言えませんけどね。でも、ケイデンス上げると時速10キロでも30秒で脚が酸欠起こすので、クルクルスタイル信者だった日は一日もありませんでした(ママチャリで速い人を見ると、未だに尊敬の念が起こります)。
あでも、ケイデンス優先の走り方の練習をそろそろ試しにしてみようかなーと、一月ほど前に思ったところだったっけ(爆笑)。極端なハイピッチではなく、シフトを1段下げてみる位の見当ですけどね。3段も下げると速攻酸欠は見えてますので。
ディスイズタナカな日記に1/2.3インチ系高倍率2000万画素コンパクトデジカメの望遠側の画質に関して『通常一般の』プリントサイズにプリントする分には充分な画質と書いてあったんだけど、これってサービスサイズからせいぜいL版サイズのことなんだろう。デジタルズームまで援用した超望遠側限定で言う分にはまあそれで構わないんだけど‥‥(極めて『あるだけマシ』感高いけど)。
そもそも今の1/2.3インチ系コンデジって、広角側の一番画質がましな領域でも『通常一般のプリントサイズなら大丈夫』、ってしか言われてないんだよね。しかもそのサイズですら、画素数が増える度に『前使ってたのより画質悪いんだけど』と言われる始末。
元々1/2.5インチ300万画素に始まって、500万、800万と数字が増えるたびに微妙に撮像素子サイズをアップしつつもストレートに画質が悪化していったんだけど、800万〜1000万画素当たりが限界だったみたいで、この辺からはノイズがどうとか言う前にレンズが悪いのか物理的光学限界なのか、画像そのものが解像しなくなってきた。
更に1/2.3インチ1400万画素を超えた当たりからは、初めから解像させようというメーカー側の意志をすら感じさせないようになってきた。そもそもメーカーではこのクラスになるとローパスフィルターは必要ないという判断らしく、このクラスの撮像素子ではとっくの昔に光学的解像限界を越えているということなのだろう。最近1/2.3インチ系でもっと多い画素数のコンパクトデジカメが発売されているが、増えた分の画素数は解像に全く寄与しないと考える方が自然である。
個人的に、ノイズを我慢するにしても、解像を基準にするなら1/2.3インチ系だとだいたい800万画素辺りが限界ということだと考えている。1/2.3インチ1000万画素モデルの画像は、既に軒並み金魚鉢の向こう側を覗き込むような画質だったからだ。
正直、これ以上画素数を増やしてもノイズのせいで圧縮率が下がり、ファイルサイズがデカくなるだけ(昔は解像力の向上もファイルサイズ上昇の原因だったんだけどなー‥‥)。晴天で一番コントラストのはっきりしたディティール以外は画素数が増えた分以上に、ノイズリダクションのせいで舐められちゃいかねない状況で、メーカーは一体何をやっているんだろう?そういうことを消費者側が理解して、声を大にしない限りは、この馬鹿馬鹿しい水増し競争は続いていくんだろうなー。
1/1.7インチ系が1000万画素に回帰したように(残念ならまた画素数のインフレが進行してるけど)、1/2.3インチ系は500〜700万画素程度に固定した状態にならないもんかな。因みに『高画質な高級機』は、同じ撮像素子サイズの機種の間では『画素数の少ない方』にして欲しいです。
現物があった当時の水準で言うならば、1/2.5インチ300万画素機の時点で既に『もう少し画質が向上すればな‥‥』でした。後は画素数が増えるたびに坂道を転がり落ちるように画質が悪化する一方です。
1/1.7インチ系コンデジの画素数が増えていく一方だった当時、限界画素数は400万画素だったんですよね。実際、幾ら技術的進歩の裏付けがあるにしても、今の1000万画素機でも画質はギリギリもいいところですから。昔の1/1.8インチ300万画素機の画質は今の1/1.7インチ1000万画素機と比べたら、ローパスフィルターが分厚かった関係でピクセル等倍の解像度では敵いませんが、ノイズ関連を比べると遥かに綺麗ですよ。技術の進歩といっても、所詮その程度の物なのです(どうせ物理的限界には勝てやしません)。
念の為に書いておきますが、上記の画質に関する論述は全て、最低感度基準です。最低感度の画が求めるレベルより汚かったら、そもそもそんなカメラ使う気も起こりませんので。
忘れていました。サービスサイズでプリントする際一番綺麗なのは300万画素での入力です。どうせそれを越えても、プリント機の中の出来の悪い圧縮アルゴリズムで、気持ちの悪い縮小画像に変換されちゃうだけなんですし(近くの物がきちんと見える老眼でない人間から見たら、本当に気持ち悪いです)。
ただ、印刷に使えるサイズということで、個人的にはやっぱり撮影時には、600万画素は欲しいですね〜。ああ、私って大画素主義者だな〜〜〜(笑)。このサイズで1/2.3インチサイズだと、ノイズリダクションが入ってコントラストの低い線が霞むんですよね。ただ今のレンズが使えるなら、ピクセル等倍での解像度はかなり良い線期待出来ると思います(^-^)。
1/2.3インチ700万画素機を一つ持っていますが、ノイズリダクションで線が太くて像は水面越しに見てるような甘さで、絞りのマニュアル調節機能が必要な時以外は結局使いませんでした。撮像素子が小さ過ぎてF4.5で回折ボケが限界になるので、被写界深度の深さも言うほど活かせなかったんですよ。
スマホ搭載のカメラの画質が良くなってきたってお話が本当なのならば、もう1/2.3インチ系は役目を終えていると思います。今後は、メーカーは1/1.7インチ系よりも小さい撮像素子のコンデジは作らなくて良いんじゃないですかね。後数年で突然1/2.3インチ系が売れなくなって、経営が破綻するメーカーが出て来るのではないかと心配になってしまいます。
NEXのフルサイズ機が出るんならマウントがデカくなるだろうと書きましたが‥‥。ショートフランジバックで下手したらEFマウントよりデカそうなマウントときたら、ひょっとするとF1クラスのレンズを準備してるんじゃないか?!とふと思ったり。いやそれどころか、最近流行りのF0.95レンズに対抗してF0.9クラスとか。
まあ、ただの勘違いじゃなかったら、のお話なんですけどね。無責任な噂話ということで。実際勘違いの可能性もそれなりに高いし。
超大口径マウントは合っているんだけど、超広角レンズの周辺光量不足に対応するためでした──なんて落ちだと、ちょっち詰まんねーな‥‥![]()
プロによる最新カメラの旧世代機との比較記事というのは、昔から面白いものだ。ニコンのD7000とD7100の比較で割と正直にD7100の画質の方が悪いことを認めていて凄いなーと思っていたのだが、最後に高感度の比較で爆弾ですよ。D7000の暗部は『青被りしていて締まりも無い』んだそうです。
D7000の暗部が青被りしていたのは、空が青いから。夕暮れ時でも青空は青い光を散乱していて、暗部への青かぶりの原因になります。そしてどうしてD7100の方が青被りが無くって暗部が締まっていたのか?強いノイズリダクションを掛けても色の斑が消せないので、黒く潰した上で色の情報を抜いているからなのは、経験のあるカメラライターなら『常識』レベルのお話。
それまでピクセル等倍だとD7100の方がノイズが大きいことを認めていて、評価していたのになー。どうせなら、同じサイズまで縮小してもノイズがデカいことも認めていればもっと良かったのに!まあそこまでは書けなかったんでしょうけど。
どうしても最後に一つ位は新機種の方を褒めておかないといけないのは、スポンサーにメーカーが付いた媒体の宿命なんでしょうね。でも、インプレ記事で『画質は、まーねー‥‥』とライターさんが軒並み無理に褒めるのを諦めてる機種って、珍しいですね。まあNEXが1600万画素から2500万クラスになったときは、解像度とノイズリダクションをバーターに掛けていたので(どっちがどっちだったか思い出せねーなー‥‥)、ブン投げた方のことをバックレれば褒められる様にしてあったけど、今回はそういうのも関係ないですしね。
しかしローパスフィルター外しまでしておいて、撮影コマ速まで犠牲にしておきながら、最低感度での解像度アップも『えーっ、何のこと〜?』ってノリは、製品企画として成立していない気がします。どうせなら、APS−C系デジカメの画素数が下降傾向になる契機にでもなってくれないかなー。そうしたら、この機種も歴史に名を残せるよ?
一つ言えてるのは、APS−C系一眼レフも、画素数を増やし過ぎるとコンデジと画質が代わりばえしなくなることですね。まあD2Xの時点で、そのことは既に証明されているんですが。D200世代からは、少し汚名を返上していたんだけどね。
やっぱり、2500万画素クラスは、APS−C系にはちょっと荷が重過ぎたみたいだね。いやそれどころか、α−900でフルサイズでももう限界って示していた訳だけど。D800の画質を実現したブレークスルーって、偉大ですねー。
『日本の経済再生には、高齢化の問題もあって外国人の移民を認めるしか無い』って意見をよく見掛けますが‥‥。その前提って、良くて最低賃金で働く人々ってことなんですよね。現実には、最低賃金を踏みにじって安くこき使える人ってことだと思います。
当然のことながら、現状でも若年者の失業率が問題になっているのに、失業率の著しい向上の原因になるのは間違いの余地もありません。しかも、未熟連労働者への異様な賃下げ圧力の原因ともなる訳です。つーか、既にそうなってますし(読んだ記事だと確か中国人研修生の賃金って時給570円じゃなかったかな?と思ったら、残業代が時給200円とか書いてるページもあったり。残業割り増し分じゃないのね‥‥
)。
ただ、現実には仕事は余ってるのに若者が失業している一因には、『こんな仕事したくない』とか、『こんな暑苦しい職場は嫌』とかいうのもあるのは間違いないとも思います(現在中国人を雇っている経営者が、日本人向けの賃金を若者に払う意志が無いのも間違いないですが)。これって小中学校にクーラーを設置しているのと、実は関係ありません?
だって小学校の時から甘々に甘やかされてたら、クーラーが無い部屋に居るだけで『労働者虐待だ〜』と叫びつつ、現実に汗も掛けずに室温に肉体が適応出来ないお子様方の出来上がりですよ?子供の頃に甘やかされていた環境よりも酷い環境で、働きたい奴なんて一人も居る筈がありません。『それでも仕方のないことなんだよな』って我が儘を言っていては仕事が見つからない現実に諦めが付いた頃には、30代を過ぎてたりするんでしょうか?
だから私は小中学校へのクーラーの導入には、実のところ全面的に反対です。せいぜい、猛暑日に申し訳程度に稼働させる程度で充分でしょう。学校へのクーラーの普及は遡って考えるに、『アフリカに行くのなんて嫌〜』っていう現代の甘々日本人を生み出した、元凶の一部なのではないかとすら思います。正直、勉強の効率がって言ってクーラーを入れるのは、せめて高校位からでいいのではないでしょうか?
ま、それはさておき、今仕事が見つからなくて、でも『安っすい賃金のところで汗水垂らして働くのもな』って思っている若者達に言っておきます。ブラック企業は賃金を払わない屑経営者のやっている企業を指すので、そこで人生を無駄にする必要は全くありません。しかし、給料を約束通り払う企業は、労働する価値のある企業です。その賃金がどんなに端金であったとしても、あなたの明日を支えてくれます。
なのに『俺、クーラーの無い職場なんて考えられないし〜』と言って若者達が来ないせい為に従業員の足りない職場には、既に研修生という名目の外国人労働者が入り込んでいます。そういうところは、その馬鹿げた程低い賃金を前提に経営が回るようになってしまっていて、今更あなた方にまともなバイト代を払う意志を既に失っています。つーか払う能力自体を失っているところも多い様です(仕入れ先は既に、その前提の値段の製品しか入れてくれないからね〜)。
判りますか?あなた方が今少し余計に欲張っているだけで、あなたの働ける筈だった職場が一つずつ侵略されているのです(外国人と、欲ボケてる割には、実はとても無能な経営者によって)。なので今すぐに、余計な欲を捨てましょう。でなければ、明日、あなたの働き口はもっと少なくなっています。
もう一つ言えば、そうなりたくなければ、今すぐ外国人単純労働者移入反対のピケを張って、そう言うのを入れたがっている腐れ企業に対する批判を行うことです。そして、そういう連中の走狗となって移民法案を作ろうとしている政党に対する徹底的攻撃を!!
私も老人だらけの低賃金の職場で偽装請け負いやらされてますが(バイトと思っていたら派遣で、派遣と思っていたら契約書を見ると請け負いになっていた‥‥オイオイ)、日本人の若者に仕事を奪われるのなら兎も角、その半額で働く外国人労働者に職を奪われたくはないものです。
逆に言うと、日本の労働の現場なんて、今やそういうものですよ?小泉っキュンとか、竹中平蔵とかなんとかそんな名前の連中の頑張りのお蔭で。安倍首相が頑張れば、もうすぐ正社員も簡単に首が飛ぶ時代の出来[しゅったい]です。
今回の参院選で自民が圧勝すれば、社員首チョンパと外国人単純労働者で一杯のパラダイスが待ってそうですね〜〜〜。日本の未来は、当然お先真っ暗だと思います。まあ一般市民に取って都合の良い時代が、そうそういつまでも続く訳はないんですが(-_-)v-〜。
株取引に於ける大手プレイヤーの存在をこき下ろしているホームページをたまたま見掛けたんですが(説明が若干不足している気はするものの、なかなかの見識を感じるページでした)、それ以前に、そもそもアメリカ政府が税金をボる為に株式の時価会計なんて超下らない発明(犯罪的と言うより、悪魔的なレベルです)をして、しかも信じ難いことに『グローバル化』とか称して世界標準化したことが、そもそもの最近の不景気の原因になってます(『様な気がしますね』なんて書く気はありません)。
考えても見てください。不景気になると株価は下がります。株価が下がると、株式資産を時価会計すると当然企業収益は『マイナスの影響』を受けます。
本来、保持し続けている株は株価が上がろうが下がろうが企業の業績に関係ありません。確かに株式増資や銀行からお金を借りる際に、株の含み益の恩恵を得て資金調達が楽になる(と言っても、借りられる確率が高くなったり、多めに借りられるだけ)場合はあるでしょう。しかし、それは社員の給与が上がるとか、下がるといったこととは本来関係のないことです。保有株式が富や損害を生み出すのは、実際に売却したときです。
しかしご存じの通り、時価会計では株式保有は持っているだけでリスクになります。一円の利益も生み出さないのに課税され、価格が下がれば会社の格付けが棄損され、赤字企業扱いされます。
得をするのは本来政府だけの筈ですが、実は時価会計のせいで株式相場が下がるだけで社会の景況感は著しく悪化して、税収も下がります。税収が下がると国債の償還に不安感が付き纏い、ギリシャやスペインがEUを巻き込んで投身自殺しかけた例を見るまでもなく、国家を揺るがす大惨事を巻き起こします。いや、世界を揺るがす、でしたね!
時価会計の考え方は、世界を沈没させる原因になっています。
勿論、実態経済の経営と全く関係のない投機的なファンドの存在は、時価会計と同じくらい世界の実体経済を食い潰しています。
考えても見てください。マネーゲームをやっているだけの奴が年収億でも安いとか吹いてる訳です。実際には、もっと給料を貰っています。奴らが儲けると、同じだけの金額を一般プレイヤーが損しています。結果として実体経済は資金を失った人達であふれ、信じがたい悪影響が生じています(冒頭紹介した方は、こちらの影響を一番に推してらっしゃいました)。
そして、大型ファンドはそれ自身がプレイすることによって、国の景気を動かすほどの影響力を持っています。要するに、自作自演で幾らでも株価を操縦できるのです。『だから』大型のファンドは投資実績も信じ難い程高い訳です(日本の証券会社の販売するファンド商品の投資実績は論理的にあり得ないレベルですが、あれは合法的に飼い殺しをするための方便でしかないからでしょうねー。相変わらずの恐るべきモラルハザード振りです。騙されるお客さんも商品説明を見た瞬間に判らないのか?と不思議なんですが)。
おまけに、どこかの国が為替調整をしようとする度に、そのお金を丸ごと吸い込みます。結果として、その政府は大損を垂れ流した上に、為替調整にも失敗します。無理をして足掻けば足掻くほど、ファンドに丸々その資金を吸い取られるわけです。
判りますか?ファンドは国家運営を突き崩して破壞した上で、税金を元手に投入された資金を丸飲みして恥じないモラルハザード団体な訳です。
じゃあどうしてそんな不道徳で国内政治にも国際政治にも経済にも資さず、反する連中が規制もされずにのさばっているのか?
理由は簡単です。それに乗っかれば儲かると勘違いしているおめでたい人間が、自分もご相伴に預かれると信じて潰すことを反対するからです。自由競争の中に入れば自分も儲けられると信じて、実権力を持っている連中に言いように毟られる脳天気な方々が、自分が儲けるかもしれない微々たる可能性(まあ10パーセントもあれば良い方ですね!)の為に不道徳行為を見逃せと頑張るわけです。勿論、大金を持っている連中は実際にそういうファンドのご相伴に預かれます(大口顧客の存在無くして大手ファンドは成立し得ません)から、政治家に献金してでもファンドを潰すことを反対します。
ファンドを潰したければとは敢えて言いますまい。取り敢えず投機的資金の動きを潰したいのであれば、株式の売買を1カ月以上先に予約して、その売買の時点での相場に従うこと、そしてその株式と同じ銘柄を反対売買するには半年以上間を置くことを、全世界で法制化することです。
投資するだけなら、機動的な売買なんて必要ありません。ましてや、1秒間に100回反対売買を繰り返すなんてー必要はどこにも無いはずです。実際経済に資する投資以外を禁ずると言う意味では、反対売買を許可するのに要する日数を2年以上にしても構わないくらいです。
まあ上記の株式取引ディレイ法案を法制化したところで、ファンドは必要なタイミングで価格操作を行うでしょうけどね(一社で出来ないなら、ファンドを複数に分割するか、仲間のファンドと共謀すれば簡単です)。今までより不自由にはなるでしょうが、多分1週間以内に見事な対策を打ってくるのは間違いない気がします。ただ、今寄りかは少しだけ、世界経済も安定するでしょう。
うん、やっぱり投機は全面的に禁止すべきだな、世界経済の為には。上記の株式取引ディレイ法案なんて、生温い。そもそも空売り自体、未だに完全には規制されていなかったような記憶が‥‥。
世の中には、『規制されていないんだから、それは悪いことじゃー無い証拠なんじゃないか?』と思う人が山ほど居ると思います。なる程、自分が全く判らないことに関して、最初にそう思うのはもっともなことでしょう。
しかし残念ながら、世の中では『明らかに犯罪的』なことであっても、その当事者が大抵お金を持っている関係で政府に働き掛け、議員に金をバラ撒いて、反対法案の成立を妨害することに成功している事例は山ほどあります。『法律がOKしている内容は悪ではない』と言う推論は、全く事実からは程遠いのです。極めて残念なことに。
ソニーのNEXシリーズの新型でフルサイズ機が出るのではと言う噂があるけれども、もし出るんだとしてもマウントはそのままだと思っていた。だって、ライカよりデカいマウントなら、充分だろうって、ねー(と言いつつ、そういやNEXマウントの方がMマウントよりデカいか確認していないな)。
しかし、もしフルサイズNEXが出るんなら、どうもマウントデカくなりそうね。敢えて根拠は書かない(書けない)けど、だとしたら悲しいなー。まあミラー可動する訳でなし、旧NEXとフランジバックが同じだったり、最悪フルサイズ版の方が長かったとしても、別にマウントアダプターでカバー出来るかもだけどね。物理的にそう出来るようにデザインすればお終いだし。実際、監視カメラ用のCマウントレンズをマイクロフォーサーズで使うようにって、フランジバックを短くするようなアダプターだってある訳だし。
大阪の参議院の選挙公報を見ていて、一人面白い候補を見付けた。ただ一人無所属の長嶺忠なる候補だ。裸一貫で企業を立ち上げた企業主というのは、極端で変な立候補者が多い。しかし、逆に大きな企業内で財務関係の役員を歴任した人物の公約とは、一体どんなものなのだろうかと。
面白いことに、珍しい位に意見が一致した。正直、この候補に投票しちゃおうかと思っちゃうくらい、経済関連に関する考えが一致している。多分、この人が内閣総理大臣として(まああの変な腰巾着の黒田日銀総裁の代わりでもいいが)働いてくれたら、少なくとも経済運営に介してはまともな運営をしてくれるに違いない。結果として上手くいくかどうかは、また別問題だが(行動として正しいということと、結果がそれに伴うということは全く別である。例えば景気という外部要因は、どうしようもない屑人間を英雄にも、有能な士を低能扱いにもする)。
ただ、この公約を見ていると、経済以外には全く触れられていない。多分、今の日本の『経営』を出来るのは俺だけだという使命感から立って、それ以外のことには元々あんまり興味も無かったために、公約に書けるだけの固まった理念がないのだろう。まあ原子力関連とかだと、意見はあっても書かない方がいい、的な結論に達した可能性も高いが(ありそう‥‥)。
笑える位に情報の無い人みたいなので、取り敢えず大阪青年会議所の作っているホームページを紹介しておきます。実のところ、今から私もこのページを読む訳ですが‥‥。
ま、投票まで後3日しかありませんので、アクセスも碌に無いこんな個人ホームページに何かを書いたところで、全く世間の趨勢には関係ないでしょうけれども。誰かの投票の参考になったのならば、それはそれで幸いです。『民主主義』というのは、構成する市民・国民の一人一人の働き掛け無くして成立する訳はないのですから。
意外とこんな簡単で根幹をなす事実が、日本では認識されていないのは悲しくも残念ですね(だから投票率が低迷し続ける訳です)。ある意味、政府による抑圧がある国の国民の方が、このことを良く理解している気がします。いやまあ、原理的にきちんと考えてみると、寧ろ当然なんですが(苦笑)。
それを知らずに居られる我々は幸せであると同時に、民主主義をドブに捨ててろくでも無い目に遭い易い、最前線に居たりもするんですけどね(なる程ワイマール共和国の国民と日本人って、天賦の人権を外部から貰ったって意味で、そっくりだ!)。だって、民主主義の守り方も、守り時も弁えていないでしょう?下手をすると民主主義なんて専制政治とレベルが変わらないとは書きましたが、そうなる条件というのは、実は我々が蒙昧であり続けることなのです。故に、民主主義を理想とする方向に機能させたいなら、我々はきちんと考え、きちんと行動しなくてはなりません。
小泉元首相は、貧乏人になる自由を我々に与えてくれました!安倍首相は、会社をクビになる自由を我々に与えてくれるそうです。ビバ自民党!ビバ安倍ちゃんさん首相!!
何か若者から安倍ちゃんさん首相が人気らしいんですが、何で人気があるのか判んない。彼がやろうとしているクビ切り要件の緩和って、前途ある若者が企業に使い捨てにされ易くするための法案なんですよ?企業の営業主だけが得をして、自分が割を食う法案を推進している人物が、何で人気があるのか判らない。
正直投票権を喜ぶんなら、もう少し彼らのやっていること、言っていることを勉強しようよ。本当を言うなら、裏の裏とか、過去の経緯や本音が判るレベルまで注視してから、投票して欲しい位なわけでして。
最近大人気のネパールでは民主主義が始まって、『敬愛する国王様がやると言ってるからしゃー無しでお付き合いするけど、本当は民主主義なんてない方が皆ギスギスしなくて良かった』って声が普通にあるそうです。
実際、民主主義って『お金をくれる人』に便宜を払う議員を生み出すだけであって、共産主義がマルクスの理想から遠く離れた代物になったのと同様、民主主義も理想から遠く離れた『形だけ』のものにしかなっていないんだなと最近実感します。それに確信を与えてくれたのが、『持っていなかった天賦の民主主義を手に入れたばかりの人達』であるところに、皮肉を感じる。
『銀河英雄物語』の英雄ヤン=ウェンリーは、もう一人の英雄が理想的な君主であるかもしれないと認めながらも『最悪の民主政治でも最良の専制政治にまさる』とか言っているが、実のところ現代日本の代議員制民主主義は専制政治並に酷い、実は出来損ないの政治形態なのかもしれない。少なくとも民主主義の弊害の根幹を取り払う為には、一切の献金を禁止した上で、広告予算を横並びにする必要はあるだろう。
馬鹿馬鹿しいことだが、人間は一番沢山顔を見た人物に投票し易いものであり、そしてその機会を増やすのは、お金を持った企業からの献金なのだ(企業献金は禁止になってたような気がするのだが、迂回献金の話題が新聞をしょっちゅう賑わせているのは、ご存じの通りである)。
新聞で個人労組作って奔走した人のインタビューが載っていてふと気が付いたんだけど、まさか、派遣とかの非正規雇用で働いてる人で自民党に投票しようって考えてる人って居るんだろうか?
派遣法の徹底的改悪をやらかして今の現状を作り出してくれたのは小泉純一郎政権だったりする訳だけれども(あの頃現状を予見して散々反対をぶちましたけど、何の効果もありませんでしたね)、安倍ちゃんさん首相はあの時の屑スタッフを集めて、今以上の改悪目指してまっしぐらなんだよね。小泉は非正規雇用を生み出しやすくする超素敵法改正やりやがった訳だけれども、今度は安倍ちゃんさんは正社員の首を切って非正規社員をより量産しやすい環境構築に全力を尽くしてくれてる訳。
やったね!明日はあなたも君のお父さんも、不正規労働者だ!!
小泉元首相のときは特に、小判鮫公明党と合わせて衆院で2/3取って、衆院の優越使って好き放題無茶な法案通して日本を破壞しまくっていた記憶が。おっさんの言葉通り、日本の労働環境を見事にぶっ潰してくれたもんだ。
自民党は捩じれ解消捩じれ解消と声を大にして叫ぶけれども、衆参両院とも自民党が優越したときはまた、野党の声無視して下痢以下の酷い法律でも調整無しで通しまくってましたよね。
実は労働人口の38パーセントが現在不正規社員社員になっちゃってるそうで、今回の参院選挙で自民党が地滑り的大勝利でもしようものならば、未だに物事の本質を理解しない人達が大好きな、小泉政権以来の恐怖が待っていると思う。
外交的には無能で思想的にはミーハーな心情的右翼で、国内政治的には労働者は金持ちが小銭を生み出す為の道具としか思っていない安倍ちゃんさんの圧倒的多数による統治は、我々下層労働者にとって見事な暗黒時代を生み出してくれるだろう。本当に得をするのは日本全体で1万人も居ないとか、そんなのあり得ないよ。
自民党は兎も角、テレビですら衆参両院の捩じれとしか言わずに解説も碌に入れないが、中選挙区時代は捩じれ状態なんて当たり前だったし、『だからこそ』国会は機能していた。何でか?
それは衆院で馬鹿な法律を多数を頼んで通そうとしても、参院が歯止めになっていたからだ。そして、参院を通過させるためには与党はきちんと野党の話を聞いて、法案が潜在的に抱えていた問題点を、(渋々だが)話し合って改善していくことが出来ていた。
多分それは、中選挙区選挙の特徴として、同じ党の候補者同士でも『自分自身の主張』をアピールして、それを国会に持ち帰ることが出来るシステムがあったからだ。
しかし小選挙区制に転じたせいで、選挙区で通る議員はほとんど一人だけ。結果として、党の公認候補者は選挙区に一人だけだし、党の言いなりにならなければ次の選挙で公認は取れない。となれば、圧倒的な組織力とお金を誇る自民党の候補と言えども、党の言いなりの金太郎飴野郎以外は選挙で勝つのは難しい。党議拘束が以前以上に強い力を持ち、議員の個性や個人の意味が失われていく一方になっていくこれが原因だ。
と言う訳で、安倍ちゃんさん首相下の自民党候補者は、今のお偉いさんであるボンボンのボンクラ首相の意向に沿うことをどうしても強いられてしまう。となれば、今以上の正社員苛めや非正規社員の増加を恐れるならば、これはもう選挙の投票先の候補から、自民党を外すしかない。
念の為言っておくが、『ホーラ、俺と同じ境遇の不正規社員に正社員も堕ちやがれ!』なんて思うかもしれないか、正規社員の椅子が少ないということは、逆にあなたが今後好景気が来たときに、のし上がる椅子が少なくなっているというのに他ならない。そしてやっと座った椅子の上には針の筵が敷いてあって、折角座った椅子から何時放り出されるか判らない訳だ。今回の安倍政権の目指している方向は、正にそういうものである。
アベノミクスは結局のところ、参院選対策の短期専用のカンフル剤でしか過ぎない。素人にはパッと見永遠の春を謳歌しているに見える中国ですら、ここ数年バブル退治に務めていたにも関わらず、成熟期の先進国への仲間入りを目指してもう一段のシフトダウンが叫ばれている。とっくに中国のバブルは限界を越えていると思っていたので、賢明な判断だと思う。
丁度期限の過ぎた鼻薬の効力が切れた直後の選挙に、選挙で勝つために国政を私[わたくし]している連中に投票する理由はあるだろうか?あなたが輸出産業の経営側に参画する立場に居るのでもない限りは、自民党に票を入れるのは自分の首に首輪を付けて、そのリードを他人に渡すようなものである。しかもその先待っているのは、家畜の餌すら分配してもらえるか怪しい、人権が家畜化した生活である。憲法96条改正って、そういう意味ですから。
それから貧困が進むと軍隊の志願者が増えるのですが、それって丁度今不正規労働者をやっている、私達のことなんですよね。あなた、戦争なんて無いと思ってますか?でも北朝鮮の指導部は頭のネジが抜けていますし、我等が親愛なる安倍ちゃんさんは戦争にロマンを抱く夢みるおっちょこちょいさんなんですよね。
投票なんてしなくても何にも変わらないとか、与党に入れておけば大丈夫とか、思ってませんか?そんなことは、全くありませんから。我々が持っているのは数千万分の1の僅かな票でしかありませんが、結局明日の日本を選ぶのは、その数千万分の1の集積な訳です。
どうして森元首相が『寝ててくれればいい』と言う名言を吐いたか判りますか?それは、民主主義の本質だからです。発言したことは愚かでしたが、内容は正鵠を射ていたと思います。我々はきちんと目を醒まして、取り敢えず間違った投票くらいは避けるようにしましょう。
自民党に媚び売って、出来もしないことを出来るとのたまって数カ月で息切れ。そんなタイミングで景気回復宣言とかどこまで安倍ちゃんさん首相に媚び売りたいんだろう?黒田日銀総裁。こんな露骨なことばっかりやってると、自民党政権以前に日銀の信頼が全世界的に疑われてしまうと思うんだが‥‥。そもそも、政府から独立していると言えない状態になってしまっているし。
何にしても、自民党の選挙対策のバラ撒き政策が頭打ちになったことの証明でしょうねー、この慌てふためいたタイミングでの、参院選挙に合わせた景気回復宣言。正直、自民党の安倍政権には任せておけないことを黒田さんが証明してくれたようなもんだと思います。いやー、選挙に間に合う時期で良かった良かった。
と言いたいところなんだけど、何にも考えずに喜んでる選挙民の方が多いんだろうな。選挙の為に日本の経済を食い物にした屑が居るって、はっきりしたところだというのに。
因みにアベノミクスがやったことって、結局急ぎ足のバブル政策以外の何物でもない。バブルの後にやって来るのは反動の、酷い超不景気だけ。しかも今回は、悪性インフレのオマケがついてくるようです。円安を伴うインフレですから、これは直前のデフレ並に手も足も出ませんね‥‥。
インフレだけが日本の景気対策って、頭奇怪しいんじゃないのか?好景気の結果のインフレと、インフレ先行を混同するなと言いたい。
何か安倍首相がTBS問題に関して、向こうは謝っていないのに、勝手に『謝罪してもらった』事にして出演拒否を引っ込めたらしい。
おいおいネットに嵌まり過ぎて、現実を自分に都合の良いように『勘違い』するスキルでも手に入れたのか?と聞きたくなるところですね。TBSの首脳からも『いや俺、別に何にも謝ってないんですけど?』と突っ込みが入ったらしいし。
こんなのが首相で、大丈夫なのか、日本?
自民党の代わりの受け皿として、無能を曝した上にそもそも自民党と同工異曲の民主党は別とすると、結局は共産党くらいしか残らないんですかねー?元々共産党は、自民党すら出来ない官僚に頼らず法律を立案出来る日本で唯一の政党わな訳ですし。つーか他の党、もっと頑張れよ──![]()
まあ何と言うか、何年か前に共産党独裁と民主集中のお題目外したお蔭でまあ、共産党を投票候補から無条件に外す必要もなくなりましたしね。その分、社会党とどう違うんだ?という気もしますが。
個人的には、今回の選挙の共産党は個人的な『どうしたい?どうして欲しい?』とかなりズレていて、投票先にするするにもなんかなーな感じなのですが。しかし『反原発で上流階層でないことを自認している人』には、丁度いい投票先なんじゃないですかね。正直、橋下の個人人気におんぶに抱っこの連中しかいない維新なんかよりかは、右翼じゃないし、よっぽど受け皿として相応しいのは間違いないと思います。
私個人の自己認識としては下流層ですが、別段反原発じゃないし、反TPPって訳でもないしな〜。悩む。
そう言えば、反TPPの人が自民党に投票するとか、思わず笑ってしまいますね。今まで補助金を山ほど貰ってきたのを、それほどまでに信頼しているのか?と。今回の自民党は、そう言うのを平気でばっさばっさやりそうな気がします。だって、無い袖は振れないもん。
しかし『戦争の出来る日本』にしか興味の無い、外交感覚の無い男に首相なんて、怖くて続けて欲しくありませんね。これがまた、小泉元首相並に下層労働者を馬鹿にした人権感覚の無い人物とくれば、尚更に。
自民党がTBSからの取材や出演を拒否したそうで。それがもし、安倍首相の問責決議前に重要法案を採決することを拒否しておいて、法案が流れた責任を野党側に全部押し付けて勝ったつもりになっていた件のことなら、いやはや自民党が指弾されても当然じゃあないですか。ねー?
結局自分に都合の悪いことを報道するマスコミは排除ってことで、政権政党の説明責任って奴を考えると、モロ失格もいいところすよね。もう政見放送にも自民党出なくていいんじゃないの?つーか出たくないんでしょう?
正直アベノミクスなんて称していたものも、参院選までの短期決戦のミニバブル誘導でしか無かったことは明白な訳で。今更自民党に投票しなくちゃ!っていう人の動機が、もう一つよく理解出来ない。既にメッキにヒビが入って、そこら中にメッキの欠片がボロボロとこそげ落ちてるんですけどそね〜?
先日朝日新聞に自民党の改憲案の特集が載っていたのだが、その国家主権主義的内容に戦慄してしまった。勿論憲法96条改正問題も重要だが、それを通したがっている連中の目的をこそ問題にすべきだろう。そしてそれこそが、改憲の主導権を自民党が握る改憲には、常に反対せざるを得ない原因でもある訳だが(実際村山政権の時なんかだと、まあ『改憲しても問題起こらないだろうなー』と思ったものです)。
今回の参院選の争点は、96条以外を含む自民党の改憲案そのものであるべきである。私はそう強く強調したい。何故なら自民党はアベノミクス等、全く関係のない見地から大勝したとしても、『我々の主張は国民の支持を得た』とのたまって憲法改正に動くだろうからだ。
個人ホームページの様で恐縮だが、判りやすく現行憲法と自民党案を比較してくださっているページがあるので、そこを紹介させていただきます(リンクは貼っていませんので、コピーしてアドレス欄に入れてエンターキーをお押し下さい)。
ところで自民党の改憲案、自衛隊の国防軍化を除けば『文言レベルの変更』と主張したそうな内容が多い。自民党は『解釈改憲』という奴が大好きだった訳だが、『ほら、現行憲法と内容は同じでしょう?』と誤魔化せば、なる程迂闊にも国民はその憲法改正案に賛成してしまいかねないだろう。
しかし考えてもみて欲しい。内容が同じであれば、改憲を言い出す必要は無い筈である。寧ろ『解釈改憲の幅がどう変わるか?』こそが重要なのだ。もし『文言レベルの変更』だというのであれば、我々はその部分に関して『全て』反対すべきであると声を大にして私は断言する。ざっと見渡してみると微妙な『文言の変更』の内容は、ことごとく国民の権利を政府の都合で激しく規制するためのものばかりだからである。
具体的に説明してみよう。
自民党の改憲案に言う『公の秩序』と言うのは、専ら政府の統治・統制を指す言葉であると考えて差し支えない。要するに『今、エジプトやトルコで起こっていること』、即ち市民による反政府デモを憲法に則って『公の秩序に反する』行為と定義し、政府の命令で国防軍(現実には政府防衛軍)を使って鎮圧するのを正当化するための文言なのだ。うん、この件に関しては自民党案ってよく考えられているなー。中国政府が天安門事件以来積み重ねてきたやり方を勉強したのだろうか?自民党案に『公の秩序』という文言がやたら挿入されている理由は、それ以外にあり得ない。これは解釈改憲の花実としては、余りにも大きな代償だろう。勿論、私達一人一人の市民に取って、である。
あと一見微妙な文言の違いにしか見えませんが、現行憲法ではすべての文言が私達『一人一人の国民』に視点を置いていますが、自民党の改憲案の主語はことごとく政府が視点になっています。『なんでそんな下らないこと気にしてるのん?』と言われそうですが、これこそがこの改憲案の本質です。
私達が今信奉している憲法では、国権も何もかも、私達一人一人から発生し、認め、作り上げていくものです(文言上は自然天賦説に則っているように見えても、主体が国民側にあるのですからそのことは明白です)。しかし自民党案の憲法下の世界では、すべての権利は政府によってのみ約束され、与えられるものなのです。
これは自民党憲法案が、主権を国民から奪い、政府に与えるための改正案であることの証拠であると言えます。だって自ら勝ち取ったものはなかなか簡単には奪えませんが、与えたものならいつでも回収できます。自民党改憲案では国民の自由や権利は、簡単に奪われてしまうものに成り下がってしまうのです。
この様な政府に取ってのみ都合のいい主権のあり方を、国家主権主義と呼びましょう。そんな状況を作り出した上で、自民党改憲案では天皇を『国家元首』に据えると大上段に構えています。さて、ここで何か思い出すことはありませんか?
国家主権主義国家の元に、天皇陛下が元首として居座る。そう、大日本帝国憲法下の日本です。国家と天皇を一緒くたにして『国体』と呼び、天皇に無限の権利と一切の責任を負わない権利を与え、その天皇と国家を同一化することで、政府を動かしていた人々は事実上のすべての権限と免責を得た。今考えても、馬鹿馬鹿しいばかりに都合の良い政治状況です。
今更そんな都合の良いことを、自民党には実現可能か?まあ流石に、日本人はそこまで馬鹿ではないと信じたいです。しかし、それを希う心情的右翼さんが政権に居座っていることは想像に難くありません。憲法96条を改正して憲法改正を簡単にした後は、自民党はその実現の為に虎視眈々と人権の足元を切り崩していくことでしょう。
もしこれが私の壮絶なる深読みのし過ぎだというのであれば、細々とした文言修正のみの修正条項は全部御破算にして、せいぜい自衛隊の国防軍化クラスの大物だけに絞った、修正改憲案でも用意すれば良いと思います。
と言う訳で、改めて強調します。今回の参院選の争点は、96条以外を含む自民党の改憲案そのものであるべきである。
なーに大丈夫、あなたが自民党に投票しなくても、他の方がアベノミクスを評価して自民党に投票して下さいますよ。しかし我々に大切なのは、間違っても自民党及びシンパが参院議院で議席数の2/3を占めたりとかしないことです。
そもそも考えても見て下さい?アベノミクスを支えていた日銀総裁はとっくにケツをまくってしまいました。彼は今回の1本目の矢として使えるつもりだった材料を既に吐き出してしまい、後はもう過去の日銀総裁と同じ様なことしかする余地はありません。
2本目の矢は既に終わってしまった産業に金をバラ撒くばかりで、張りぼてにすらならずに終わった3本目の矢の足を引っ張る原因にしかなりません(産業構造の転換無くして、日本経済の再興は無いでしょう)。
『えーっ?!』と言う人は、3本目の矢の内容を思い出してみてください。何か、歴代政権が口にして何の効果もなかった物を改めて積み直しただけでしょう?それがどうして今なら効果を発揮するんでしょう?正直、2本目の矢の借金が悪さをして、国債の暴落から3〜5年後には酷いインフレの原因になりそうです(そう言えばアベノミクスの1本目の矢は、インフレを含んでたんでしたね)。
正直、安倍政権の賞味期限はとっくに切れています。これから自民党に投票しても、改憲問題で国民が酷いめに遭わされるだけで、何のメリットもありません。公務員の家族は、バラ撒き政策に伴う天下り先の温存の御利益に浴せるかもしれませんが‥‥。
誰に投票しても御利益が同じならば、弊害の大きなところを切るのが国政選挙の基本だと思います。
こーちゃんさん、自分のツイッターを見て欲しいときには私の出先の板で告知するとか、別にそんな迂遠なことしなくても家の掲示板にでも書いて下さればいいのに。
ところで新しいカメラを買ったってD7000じゃなくて5D2なんですか?!ペンタックス党からニコン党になったものと思い込んでおりました。それ以前にフォーサーズサークルの活動はどうしてらっしゃるんだろう?
何にしても、まさか私と同じカメラを手にされるとは思ってもいませんでした(^-^)。D800に対する憧れを書いてらしたから、フルサイズならD700に行かれるのかなと思っていたんですが(個人的に筋肉質で、スナップ撮るにしても良いカメラなんじゃないかと思います)、結局フルサイズで大きな画素数を現実的な値段でって判断を優先されたんでしょうかね?まあ大好きなよ〇女を遠くから納めるなら、画素数パワーでトリミングした方がってーのも判らないではありません(笑)。
何にしても、最近はフォト蔵の写真の更新も無いようですし、折角のフルサイズの新カメラ、素晴らしい新作を沢山拝見したいですね!
それでは、マジで関心を惹きたいなら出先でビックリするような書き込みをするんじゃなく、普通にこんな写真を撮ったよ〜って書いてくださればと。だって折角写真をやっているんですもんね。
フィグマかねんどろか思い出せなかったんですが、確かどっちかの写真コンテストで賞を取ってらしましたよね?私より凄いんですし、シャイに振る舞う必要ありませんって。
何か私のことを安倍首相のシンパと思っている人がいてビックリしつつ大笑いしました。まあまともに文章も読めない人なら、相手の考えてることもまともに判らないんだろうなって言うのはありますが、しかし、マジ笑える。
私個人はどちらかというとTPP推進派(交渉して、プラスになるなら参加すれば良い。交渉能力がなくて不利な条件飲まされるばかりになるなら土壇場で降りろ派。TPPの馬鹿げたところは交渉に参加しないと情報が開示されないところだから、参加する気がほんの少しでもあるんなら交渉そのものへの参加は一日も早くなければならないと言う当たり前の話です)ですが、なんで下らない心情的右翼のシンパなんかにされてしまったのか、まるで判りません(の_の)v-〜。
『批判と中傷は違うよ』って指摘された時に、相手を擁護してるシンパだとでも思ったんだろうか?相手の至らないところを指摘するなり、失敗に対してあげつらうとかなら兎も角、ゲロゲロゲロゲロ言うだけなら、小学生並のただの悪口中傷にしか過ぎないって判らないのかな?ってことなのだが。
良い大人が政治批評なり政治批判なりするんならば、大人としての体裁をもって意見を書かなければただの中傷にしかならない。言論人を任じて振る舞うなら、その程度のことを弁えるのは当たり前だろうに。
下らないことをグダグダ書いていたお蔭で推敲がストップしていましたが、ようやく久し振りにご挨拶の更新が出来ました。あ、一つだけ日付の並びを無視して、トップに持って来てます。いやだって、このホームページ的にはこのネタの方が重要でしょう(笑)。
1/3ドールがどこまでモデルアニメーションに耐えられるかという冗談を込めて、『ガールズ&パンツァー』の優花里ちゃんっぽいお人形さんを借りていた(公式見解)のであんこう踊りを踊ってみてもらいました。

正直片足立ちがあるのに足首のパーツが死んでいて、片足立ちの撮影は限界感じましたです(交換しようにも意外と足首骨格パーツの値段が高い上に、ガワも加工が必要で手が出ない)。お蔭様で不本意ながら片足立ちの撮影は2〜3コマを除いて糸で首を吊ってバランスを取るという不細工な撮影に。流石に爪先を軸に勝手に回転してしまうので、そう言うカットはお人形さんがちょっと横向いてますね‥‥。やっぱり、頑張ってパーツ交換のお金確保しないと駄目かなー。
せめて靴が磁石付きだったらもう少し何とかなったかもしれません。片側だけ内側にロジウム磁石を仕込んで撮影に臨んだんですが、磁石が直接鉄板に触れるわけじゃ無いので、やっぱり色々と厳しかったですね(そういや補充の磁石を確保しようと思いつつ忘れたままでした)。他にも膝や腰の関節のネジが緩んでるとか『何で事前に気が付かなかったんだ〜〜〜』ってな撮影だったのですが(普段はコマ撮り動画なんて作りませんからね)、トラブルが多かった割にはまだ何とかなった方だと思います。
撮影中に一番辛かったのは、折角ネットで落としてきたあんこう踊りマニュアルが全く役に立たない代物で(多分事前に作成されたものので、本番コンテで好き勝手改変されちゃったんではないかと?)、3〜4枚撮る度にパソコンのある部屋まで戻って何度も再生して振り付けを確認しないといけないことでした。これがもう、流れで理解したつもりでも撮影をはじめた瞬間に判らなくなって、物覚えの悪さに泣けるばかりです(T_T)〜。だいたい、『あれ、手首どっちに曲げるんだっけー?』というのは、細かく見えて振り付け上は結構重要だったりしますしね(それでも間違ってるかもですね)。
そんなこんなで、コケるたびに土台の位置がずれて、ポーズの再現だけで『えええ〜〜〜』状態で困ったりとかありましたが、何とかギリギリ(本当ギリギリですが)見れるものに仕上がったんではないかと思います。本当言うと、放送局の人達がこれを見て、『ウワ、使える〜〜〜!!』と叫ぶようなものにしたかったんですが(^-^
)>![]()
![]()
因みに動画作成で一番辛かったのは、現像です。5D2を使って撮ってしまったもんで(何せライブビュー使ったMFが一番やり易いもので)、現像に時間が掛かる掛かる。GF2を使えばAFの精度自体は使い物になるんですが、やっぱりタッチAFでも違うところにピントが行くことも多いですしねー‥‥。でも改訂版を作ることがあるとすれば、やっぱりGF2で行くかもですね。画質的には使えるものなら、5D2を使いたいところなんですが(なんでGF2って最低感度でもこんなに暗部ノイズ酷いの?![]()
)。
そういう意味では5D2って、家の機材で一番画素数多い癖に、30Dよりもノイズで優れているように思えるのは流石ですね。10Dなら、ひょっとするとこっちの方がノイズ少ないかもしれませんが。ライブビューモードのある600〜800万画素機とか出ると、色々と期待しちゃうんですけどねー。
どこぞの掲示板で遣り取りしていてふと気付いたのだが、『翠星のガルガンティア』の最終回。今ガルガンティアに居る人達はヒディアーズことイカ人間(イボルバー)の帰還民の末裔で、鯨イカはその中から人間部分を抜いた脱け殻の末裔だと明かして、レドの属していた人類銀河同盟(人間そのまま派=コンチネンタル・ユニオン)の帰還民と宜しくやっているのが今の地球だと明かされるという展開なのでは無いだろうか?
いやまあそうでなければ、鯨イカ虐殺回とかその他の設定とか、全然意味無く終わっちゃいますしね。しかしこれだと、人類対ヒディアーズの戦いの理想的な解が既にあったことを示せて、宇宙編(というほど話数無かったけど)への答えにもなる。
などとまあ、後でドヤ顔する権利を確保するためだけに、書いてみる(笑)。勿論外れてても、『それは当たり前』だし〜(の_の)v-〜。
て言うか、後半駆け足で設定だけ並べたような展開になっちゃって、それらが無駄じゃあ無かった(物語上、尺不足を理由にカット出来なかった)ことを最終回で証明出来なければ、あんまり面白く無かったって言われても仕方無いですもんね。それを引っ繰り返す脚本と最終回を、是非とも期待したいものです!!
東京都議選を前にして、石原前都知事が橋下大阪府知事に『選挙で不利になるようなことをしやがって、俺達にテレビの前で謝罪しろ』と要求していましたが、結局のところこれって橋下氏がやったのと同じ位選挙民の支持を落としたと思うんですが‥‥。
だって考えても見てください。『女性に謝れ』とか『元従軍慰安婦さん達に謝れ』というのであれば、『テレビの前で』というのも判ります。でも、『選挙で被害を被る俺達に』ですからね。なんでそんなのにテレビを持ち出す必要があるの??
外部に対してならともかく、内部の事案で『テレビの前で謝れ』と要求した愚鈍な人物を、私は今まで見たことがありません。石原氏はいつのまにやら日本国総理大臣にでもなったと勘違いして、テレビを私物化したつもりででもいたんでしょうかね──?現実にそんなことの出来そうな人物といえば、ベルルスコーニ・イタリア元大統領くらいのものだと信じたいものですが。
はてさて石原前都知事がわざわざテレビの前で、自分の愚行を維新メンバーの為に謝罪するのか?興味津々です。いや、間違ってもそんな放送局の私物化なんて、見たくもありませんが。
政治家には、支配者意識に漬かった姿ではなく、支配者意識に呑み込まれない強さをこそ見せて欲しいんですが。
児ポ法絡みでこんな記事が
個人的には法律でやたら縛りたがる人は、そこから『自分が如何に偉そうに思えるか』という妄想能力が高い人だと思っているんですが、そういう意味では想像力が低いという見方とは個人的に意見が合いません(苦笑)。ただ、途轍もなく無神経な連中だとは思いますが。
ああしかしこの事件で出てきた『胸が小さいからロリ』という発想には、途轍もない危険が伴いますね。幾ら日本人の発育が良くなったと言われていても、女性の何割かはやっぱり言うほどバストが大きくなった訳ではありません。二十歳以上のアイドルでも胸の『巨大で無い人』はロリータであるとして、テレビに出るのが禁止されてしまうかもしれませんね!これでは胸の大きくない人の人権が、阻害されているのと変わりありません。
因みに現実に、ブラジルだかで日系エロ女優さんのビデオを持っていたとして、児童福祉法違反で逮捕された人が居ます。その女優さんは二十歳以上で合法エロだったのですが、『乳が小さいのはロリ!』という決めつけで逮捕され、わざわざ飛行機に乗ってその女優さんが駆け付けるまで、冤罪で被告となった男性は不利な裁判を戦っていた訳です。て言うか、完璧に負けていたそうな。
てきめん、日本のアイドルグラビアなんて、ロリエロですよね。日本から輸出したいのはオタク文化だけでなく、アイドルもだと思っていたんですけれども(アジアでは既に進出が進んでいます)。そもそも、日本の週刊誌を飾っている18際未満の少女達の写真なんて、『性的な目的で搾取する』ために飾られているのですから。
ああ、アイドルの水着写真すら禁止されたら、性犯罪率高くなるだろうなーって思う人、多いんじゃないですかね?ましてや、性的な欲求の捌け口そのものであるエッチな漫画とかからそう言うのが排除されたら(所謂空想何とかと言っている奴です)、マジで街中での女性の安全は担保されなくなるだろうなー。だって日本では売春行為自体、非合法ですしね。
そもそもエロ漫画を規制する前に、アメリカ製の暴力的な幼児向けアニメを規制する方が明らかに重要だと思うし。何、ディズニーには勝てない?
まあ結局児ポ法なんて言うものは、警官の天下り組織に入る予定の人と、宗教連中から金を巻き上げたい政治家の共演であって、現実とは関係が無いとすら言えます。少なくとも、児童の権利を保全するために運用されることは、ほとんど無いでしょう。
だいたい、こういう規制される側の人権に配慮しない法律というのは、治安維持法を復活させたい連中の初めに歩きだす第一歩であって、そう言うのを推進している連中には選挙でも票を入れないのが一番だと思います。
自分の犯罪予告(と揶揄されただけの)発言を証拠隠滅するために自分のツイッターを爆破した人が、『このアカが凍結されたら国策捜査の対象になったってこったな』と嘯いていた。気が付いたら別アカでまたツイッターのアドレスを確保していたようでした。
人には、俺に意見を言いたかったらメールアドレス調べてメールで書け、でなけりゃ相手してやらんとか要求しながら、自分は匿名掲示板で嘘を中心とした中傷を書きたてるばかり。『社会風刺の側面なくして何が漫画だ』とのたまっているのだが、現実には風刺性の無い漫画も大好きだった筈なんだが‥‥。
社会性の高いことに対して意見しているらしいのだが、言っていることもやっていることも中学生でもやってることがバレたら『許されない』クラスのレベルの低いことばかり。たまにハッとする意見があって拍手を送ろうと思ったら、全て引用ばかりでガッカリという‥‥。
こう何と言いますかねー、同じ攻撃されるにしても、こちらから尊敬出来るような相手から攻撃されてみたいものだ。これじゃー児戯で嫌がらせゴッコやってる餓鬼の、ただの被害者やん(相手の御歳は43歳みたいだが)。
正直『アカウントが消えていたら国策捜査の結果』ではなく、また不穏な発言したことを指摘されて自爆か、アカウントが消える代わりに犯罪行為を咎められて、ツイッターの更新不可能な場所に留め置かれているだけとか、そんなのが関の山なんだろうなーと強く実感する。
交通取り締まりの担当大臣さんが『20qオーバーなんて別に取り締まらなくてもいいやん』とかそんな感じのことを言っているようですが、取り締まらないんじゃなくって、制限速度を20q上げるって方向性が正しいんではないかと‥‥。
元々日本の制限速度なんて決めた人達が、『まさかそのまま上がらないとは思ってもいなかった』ってビックリするくらい、当時の日本車のレベルに合わせただけの暫定的なものだったそうです。実際、1970年代のカローラと10年ちょい前のデュエットだと、ビックリするくらい足回りのレベル違いますもんね。カローラ乗ってるときは、制限速度でもヒーヒー言いながら運転してました(苦笑)。
と言う訳で、下道も高速道路も、現行の制限速度が見直されるよう期待したいものです。まあ、30q制限とか40q制限の道は車の性能以前の道が多いので、変わるとも思えませんけどね。あくまで期待しているのは、下道の60q制限のところと、高速道路の100q制限のところです。
たまたま用事で壽屋さんに行った時に聞いたんですが、壽屋さんから出ている完成品のデカ頭フィギュア、首差し替えどころか顔面差し替えレベルで某粘土がどうとかと互換性があるそうです。気は利いてるけど、そこまでやる(笑)?!そもそもボディーの方だって、オビツ11と互換かと思っていたんですが、まさか某粘土がどうとかの方と合わせていたとは‥‥。
そもそもねんどろの頭が小さくなったって言うのをつい最近まで知らなかった位なので、小顔なので余計に互換性があるとか気が付きませんでした。
元々『模型なら安いかも──?』と店員さんに声を掛けさせてもらった位なので、ねんどろと値段まで同じくらいなので、取り敢えず今回は買うのを諦めましたけど‥‥。顔の造形とかねんどろそっくりなだけでなく、今のところ出来も結構安定しているようで良いですね。ねんどろとキャラが被ったりすると、相互に表情を差し替えて遊んだり出来そう。
バンダイ製のフィギュアとかでも某粘土がどうとかとヘッドが差し替え可能なのがあったり、非公式だし少しヤバ気だけれども、担当者さんが『判ってる』製品が増えるっていうのは、遊びの領域を広げる意味で良い時代になってきましたねー。あくまでユーザー視線に立てば、パーツ同士で互換性が広いに越したことはありません。
まあグッスマの方々からすると、どうなんだろうって心配にもなりますが。喜んでても、本気で怒ってても奇怪しくありませんもんね![]()
EOS−Mのファームウェアが6月下旬にアップデーターが出るそうで。kissX7は兎も角kissX7iも意外とAF早くなってる気配なので、EOS−Mもファームアップの恩恵に結構浴せるんじゃないでしょうかね?X7は新開発の撮像素子だけど、7iはEOS−MやkissX6iと同じ世代の撮像素子のままみたいなんですよね。
5D2が結構被写界深度が浅くて絞りたいとき難渋するので、ライブビューのあるAPS−C機を持っていない身としてはFDレンズのベッドを兼ねて少しMっちに惹かれてしまうところです。まあ買Lだけのお金無いですけど。
最近声優さんの代替わりでもやっているのだろうか?能登さんと思っていたレッドデータガールのヒロインは違う人だったし、笑わない猫と変態王子のエンディングも田村ゆかりかと騙されそうになるし。極めつけはむろみさん役で、田村ゆかりって九州訛り上手いなーと思ったら‥‥って確認したら本人だったorz(もし九州出身じゃないんだとしたら、良くもまあ独特な言い回しをあれほど滑らかに喋れるものだ)。
あいや主題歌と主役の声優さんは、同じ人と思ってたんだよね。まさか主題歌だけ別の人だったとは──。って結局、田村ゆかりさんの代わりになれるような歌手が居たってことやん。
九州訛り上手いなーと書いたけれども、実は九州人の知り合いで早口の人って見たことないので、そこだけは違和感を感じたり。まあ口パクが先だろうから、喋りの早さは田村さんの責任じゃあないんだけどね。意外と話す早さって、方言の一部なんじゃないかなという気もする。
つーか有名人気声優のそっくりさんを立てるのって、ギャラけちってるのかなーと気になってるわけです。特にレッドデータガールって、如何にも能登さんに回ってきそうなお仕事だし、演技も声もわざと似せてるんじゃね?というレベルだし。
本当にそうだとしたら、若い人が『人気出たら仕事なくなるんだ‥‥』って声優の仕事に夢持てなくなるから、どうかなーと。
『いや、偶然似てるだけだよ』ってことだと、良いんだけどね。声優本人としても、誰それのギャラを浮かすための身代わりだなんて、あんまり有り難いデビューの仕方とは言い難いですし。
甥っ子君がサッカー好きで、一昨日の日本オーストラリア戦をたまたま見ていました。アウェイで中東の国(特にカタール)なんかだと『この審判奇怪しいんちゃう?』って言うより露骨に偏った判定があったりするので、審判が中東出身と聞いて『‥‥』と不安になったんですが。でも考えてみると日本−オーストラリア戦だと、どっちかを特に贔屓する必要も無いかなと。
と思ったんだけど、試合開始20分位は『何かオーストラリア有利な判定してね?』って感じで眉に唾。でも前半戦の後半以降は日本有利な裁定もそれなりにあって『気のせいか』と一安心。寧ろ甥っ子君は『日本に有利な判定が多くて日本の勝利を素直に喜べなかった』と言っていた位。『エエッ、ハンドは普通取るやろ?』と聞いたら、故意じゃなかったら取らない場合もあるから、審判次第とのこと。
でも、気が付いてしまったんですよね。今同じ予選リーグに入っている2位チームはアラブ系の国で、オーストラリアはこの試合に負けると予選突破は困難なのだそうで。となると、アラブ人からすると日本が勝たないと、2位と3位がひっくり返る余地が残って困る訳です。ああなる程‥‥。
あわよくば、審判の判定が公正であったことを祈りたいところです。ロスタイムが30秒も早く終わるとか、あんまり信頼する気になれる状況でもありませんが。そもそも、フリーキックを与えてから蹴る前に終わる試合がある位ですから、サッカーの審判に全幅の信頼を寄せるのは難しいですけれどもね──。
こう、双方の国に対して利害関係の無い国の審判を当てるとか出来ないのかと思うのですが、中東の国からすれば『自分の利害と関係なければ』日本はロシアに勝ち、西欧列強と戦った尊敬されるべき国でもあり、白人だらけのオーストラリアチームは白人からは親しみやすい。中韓は言うに及ばず、東南アジア諸国もオーストラリアと仲の悪い国もあるそうで。そもそも国籍と関係の無い個人の信条まで合わせると、管理しようもありませんもんね。
いやはや、人類が人種や国籍から自由になれる時代はいつになるやら。まあ公正さを最優先する人間ばかりになったらなったで、多様性を失った人類は滅亡必至でしょうけど──。
最近自分のツイッターを吹っ飛ばした人が居て、もしやとは思っていたのだが‥‥。意味不明なコメントが多くて(何せ敵の多い人らしく、誰に向けて言ってるのか判らない書き込みが多いから)何のことかと思っていたら、解読出来てみると『証拠隠滅したからもう大丈夫』って意味だったらしい。
そもそも『(嫌がらせのし過ぎで襲撃されるのが恐いから、知り合いが地元の京都に来るかもしれないから)スタンガン持ち歩いてるぞ〜』と書いているのを『傷害事件の予告?』と揶揄されただけで、それまで育ててきたツイッター吹っ飛ばす位、自分の文章の意味するところも判ってない御仁だからなー。
喧嘩の仕方は心得てるって言うのは、自分の文才の高さと胆力の高さを証明するって言うことだったんだろうな。ああそれともイベントで相手の顔を確認して、後ろからスタンガンで襲撃するようなやり方を習得してるって言う意味?わざわざ京都から大阪まで出てきて、ストーキングしてたこと自白してたよね。
どこぞの掲示板を見ていて、安全上の理由で立入禁止という場所のことがネタになっているのに遭遇しました。
建物から10メートル以上離れた芝生の上に、なんかおざなりなロープの阻止線が敷いてあるようで。多分奥の建物から落下したガラス片とかが、風で飛んで来ないようにってラインの引き方なんでしょうね。でなきゃ、正直建物の入り口にでも阻止線引けば充分ですから。
『立入禁止なのに入ってるー』とやたら叫んでいる人が居るのはまあよくあることですが、逆にその人はその立入禁止が『土地の所有権の問題』でも、『植生の養生が目的』でも何でもないことを理解していない様な。この辺の感覚は、池の回りに不躾に敷設された金網に対するのと同じものを感じます。
個人的には幼児でもなければわざわざその柵を越えてその人が死のうとも、ただの自己責任だと思います。柵の設置者が非難されるのは論外でしょう。中学生以上ともなれば、『それでも敢えて』やっているのは明確です。元々その池は、40年前には誰でも入れたでしょうし。
『ここから先に入って怪我したら、お前の責任だよ?』と言うことを示すために誰でも跨げるようなおざなりなロープを張っているのを跨いだ人を鬼の首を取ったようにネットでガンガン責めたてたがる人は、人を非難するチャンスを喜んで居るようにしか見えない場合が多いのは何でなんでしょうね?
人の心配をする人は、『そんなことしたら危ないよ?』とか、『地権者の人に怒られるよ?そもそも迷惑だろう?』とか、そういうところを心配するものだと思うんですけどね。
リボ払いというのをご存じだろうか?どれだけクレジットカードを使っても、月々の支払額が定額なので、限度額まで安心して使えますよというシステムだ(その代わり直ぐに返済出来る買い物でも、余計な金利・手数料を払わされるけど)。判って使っている方も、よく判らず勧められるままに使っている人も居ることだろう。
リボ払いというのは、判って使っている分にはなかなかに申し分の無いシステムだとは私も思う。しかし判らずに使っている分には、クレジット会社が手数料を稼ぐためだけに存在する、ユーザーには何のメリットも無い糞システムにも簡単に早変わりする。
例えば2万円の買い物をするとして、あなたがそれを一括で支払う能力がある場合、月1万円のリボ払いを選択しても金利と手数料が無駄にせびり取られるだけである。消費者の無知やカード会社の悪意で、リボ払いは神様にも乞食にも詐欺師の罠にも早変わりする。
ところで楽天カードから『自動リボサービス』なるものの案内メールが家に届いた。なんでも『「翌月1回払い」のカードショッピングご利用分が自動的に「リボ払い」になるので、とっても便利』なのだそうである。
普通『翌月一回払い』を選択する場合は、消費者が意図して選択した場合である。勿論、金利や手数料をセーブする為に、意識して選択するわけだ。支払い能力が不足していることに後から気付いた場合は、クレジット会社に『分割に切り換えられますか?』と交渉の電話を入れればいい。
ところで日本人の中には、店員さんのお薦めするものは『自分に取ってメリットのあることだ』と無意識に判断して、内容を聞かなかったり、理解せずに『ハイ』と答えてしまう人が多い。『とっても便利』という肯定的な語尾で終了している文章に、『ああ、これは良いものに違いない』と、無意識に口車に乗ってしまう訳である。
はっきり言うが、『翌月一回払い』を選択するような人は、『自動リボサービス』なるものを絶対に契約すべきではないと断言できる。そしてもしこの文章を見て『あれ?』と気になった人は、自分の楽天カードの契約が『自動リボサービス』になってしまっていないか是非とも確認しておいて頂きたい。
正直こういう詐欺臭い商売の仕方をする業者は、嫌いである。少なくとも、この文面を恥ずかしげもなく作った人物が友人なら、『もうそういう行為はもう止めておけ』と、友人が詐欺行為をしているのを発見したときと同じ言葉を私は掛けたい。相手に取って不利益なのを偽って利益を得ようとしている時点で、既に詐欺と何ら変わりはないのだから。
今のアベノミクスとやらで物価が上がっても『それはバブルじゃない。正常なインフレだ』とか新聞で言っている人を見掛けたが、地価と通貨安と気分で物価が上がるのであれば、それはバブル以外の何物でもないんではないかと。要はバブルという言葉で『気分』が盛り下がるのを嫌って、無理やり言い換えを図ってるんだよね。インフレのことを『リフレ』とかいうしょうも無い言葉で置き換えたがってる連中と同じ。
好景気によって『経済の実態(生産量とかサービス輸出)増加の結果としてのインフレ』ならまだ良性インフレという言葉で(無理やり)表現してもまあいいかなとは思う。しかし、地価の値上がりに依存したインフレは国際競争力を低下させるただの悪性インフレであり、同時に実は土地持ち以外の層にとっては土地購買意欲を下げさせる要因にもなり得る。特に今みたいに『物価は上がってるけど、多数派層と化した中の下以下階層』から見れば、『さらばマイホームの夢よ』という状況そのものな訳であって‥‥。はっきり言えば、インフレが購買意欲を増進するなんて言うことは昔も今も金輪際あり得ない訳で。まあ消費税アップの時みたいな、将来のインフレ『不安』が原因なのは勿論例外ですが。
個人的な経済上の仮説として、『広い家なくして消費拡大無し』というのを仮定している。これは『家が一杯になったら消費は鈍化する』というか、鈍化せざるを得ないという、物を溜め込むタイプの人間としての実感でもある。
気が付いたら一体数万円から10万円ほどもする大きなお人形さんを何体も持っている人が結構居るが、当然のことながら家の収容能力を越えてしまえば、個人的重要性が低くなってしまった個体を順次オクに流してしまうとしても、その心理的抵抗感もあって新製品の購入は明らかにペースダウンする。そもそも、家に置けないほどの物を買い込んでしまったことに気が付いて、メンタル面で購買意欲に対して重大なダメージが生じる訳だ。
地価が下がってより広い家への住み替えを考えられれば、ようやく購買意欲は復帰する。まあ現実には家のローンがあるから、そっちに支出は移るけどね。でも、10万円の為に1千万単位の支出が生じるわけだ。
大きなお人形さんを例にあげたが、勿論これは自動車であろうと、自転車であろうと違いは無い。現実に私は、10万円オーバーの自転車を買おうかという計画の予算が年末ようやく整ったが、置き場所の問題で延々延期を余儀なくされた。
そう、本当に日本人の生活を豊かにしつつ消費行動を煽りたいのであれば、土地バブルで儲かる一部の地主層の為に地価を上げるのではなく、じっくりと時間を掛けて地価を下げていくことこそ枢要なのだ。どうせ金持ちは経済余力があるから、ちょっとぐらい資産価値が上がったからって人数的にもそんなに消費を増やせるものではない。一方貧乏人は、金が無いから支出が出来ない。しかし貧乏人が今より広い持ち家を持てれば、諦めていた消費の夢を見る余地が出来るわけだ。置き場が無くなれば、100円ショップのお買い物ですら停滞する。
勿論、一時所得が増えただけでは不十分であることは、既に言われている通りである。実際、アルバイトが安定していると信じている間は自転車に10万円払う算段が出来たが、クビになった途端その予算は明日の飯の足しである。ボーナスの一時金を多少積んだところで、そんなのは貯蓄に回るので消費には回らないという意見は多分正しいだろう。
そもそも、賃上げが高所得者層に回ったということ自体がお笑いである(残念ながら昔の中所得者層に該当する者は、既に高所得者層である。日本から中産階級は失われつつある)。高所得者は元々人口の中でも常に少数派であり、工業生産品の主な消費者は常に中・低所得者である。高所得者にちょっと余計な金を恵んだところで、国全体の消費に対する貢献度は常に低いのである。少なくとも、10人の金持ちが良い目を見るのと、1千人の一般人が少しだけ良い目を見るのと、どっちが納得出来るだろう?
そもそも、10人の高所得者に1万円を割って配分するのと、50人の中・低所得者に1万円を割って配分するのとどっちが消費マインドに結びつくだろうか?お金の価値というのは、所得の低い人間に取っての方が大きいものである。
勿論、高所得者層に一時金を1万円渡すより、低所得者層の賃金を恒久的に年1000円上げた方が安定した消費マインドの向上に繋がると考えられる。そもそも労働者が働く理由は、企業に金を蓄積することではなく、自分の消費するための所得を増やすためである。これが判っていない経営者は、根本に於いて社員のためにならない人材と言えるだろう。
そういう意味では、適正な社内留保の水準を見直すことが、日本経済復興の最初の一歩なのかもしれない。あと、不安定雇用の従事者を一人でも減らすこと。不安定な雇用下では、労働者は増えた収入を貯蓄出来るものなら、そちらに回すしかありません。まあ、貯蓄に回せる程の所得があるならば、ですが。
貯蓄に回す余地が無ければこそ、賃上げ分がそのまま確実に消費に繋がるというのも皮肉ですよね(T_T)〜。
先日の地震、このまま大きめの余震が続いたら新しい大地震の予震の可能性が出て来るから要注意ですよね。
って書き忘れてる間にテレビでも取り上げるかなと思っていたら、『これは阪神淡路大震災の余震でしょう』という論法の話か出て来ないのにビックリしました。 言われてみればその可能性も無いでは無いですが、有感地震がしばらく無かったことを考えると、余震じゃなくって予震の可能性の方が大きくね?少なくとも余震と思って油断するよりは、予震と思って警戒した方が御利益があるのは『だろう運転よりかもしれない運転』と同じだと思います(私は『ここでろくでも無いことが起こるだろう』運転をしていますが
)。
正直テレビの報道を見ていると、テロの可能性を示唆すると実際にテロがあったときにパニックになるからという、意味不明な情報統制をする国家みたいな違和感を感じました。イタリアの地震学者が政治家の犠牲になった事例(本人は間違ったこと言っていないのに、行政側の馬鹿発言を看過したと有罪になりましたよね)は、日本では教訓にならなかったようです。勿論、言わなかったことに責任を取らされることはあるまいって発想は、透けて見えますが。
東南海地震が30年以内に何パーセントの確率で起こるかもねとか言っているんですから、『それとは別である根拠』でも並べるんなら兎も角──って、それを言った後、無関係だろうと東南海地震が起こると恐いから、余計に何にも言いたくないのかもですが。
本来地震対策って言うのは転ばぬ先の杖なんですが、自分の責任の転ばぬ先の杖の為に、日本の地震対策からは全ての杖が秘匿されてしまっているようですね。取り敢えず、群発地震があるかないか、警戒だけは怠りなくしておきたいもんです。
まあ、地震があったら死にますようにって寝床の横に物を積む人間も居るわけですが。いい加減飲み水くらいは確保しておいた方が良さそうだな。
なんか人には『持ってない機種についてグダグダ書くな』といつも連呼してた人が、持ってない機種のことをあーだこーだ書いているのを見掛けました。眼の前に自分の要求に対する答えが書いてあっても『答えられない嘘つき』とかしょっちゅう連呼してますし、訳が判りません。こういう人の尻馬に乗る人達って、一体どんな人なんだろうなー。
まあ日本人は陰口言う奴には、自分が叩かれないようにって同調する癖があるから、そういうもんなのかなという気もしますが。
前からインフレ待望論は国民の資産を国が奪い取るようなもんだと書いてきたんですが、今回のも結局そういうことですよねー。物価が上がれば、国民の貯蓄資産はすべからく目減りする。金利が上がるからいいやんとか言っているけれども、過去の国債には関係ないって言うのが、政府の皮算用な訳で。
ところが気が付いてしまったんですが。日本国債ってじゃあ素直に返済されてるのかといえば、実は結構借り換えやってるんですよね。数字見たのはかなり前なので、具体的な比率は忘れましたが、無視できる比率でもなかった筈。要するに、ひっく〜い利率で借りたつもりでも、借り換えた瞬間に最新の相場になってしまうわけです。やっぱり、特定の企業に金バラ撒いてる場合じゃないよ、安倍首相さん。
そもそも金融緩和って言うのは、要するにバブルそのものを目指しているわけです。
地価や株の値段の推移をグラフにしたものを見たことがある人なら判ると思いますが、この二つは波形の曲線を描きます。上がって、落ちる訳です。好景気やインフレのときっていうのは、要するにこの波が上がっていく局面を差します。土地は土地でありその価値なんて言うものは言うほど変動しませんから、バブルで上がった価値は調整局面(要は『中身も無いのに何で値上がりしてたんだ?何やってたんだろう俺』って気が付いた局面です)になると下がります。世に言う不景気の状況って言うのは、単純明快にこれです。この状況を差します。テレビで盛んに『好景気は気から』みたいなこと喧伝し始めましたけれども、価格調整局面と対になっているという意味では、確かにその通りですね。
個人的には、別に好景気なんて要らないと思うんですよ。だったらお前は不景気が好きなのかという突っ込みも入るでしょうけれども、勿論私も不景気なんてもっと大嫌いです。ただ、不景気を避ける為だったら好景気──もっと限定的に言うとバブルなんて、要らない。それが私の考え方。
景気が良くも悪くもない、そんな状態が続けば良いんじゃないですかね?戦後最長の好景気とやらがちょっと前に言われていましたが、誰も『嘘吐け!どこにも好景気なんてなかったろう』って状況でしたけれども、あれで良いんです。取り敢えず失業率が下がって、馬鹿みたいに泡銭儲けてる奴も見当たらないけど、赤貧で泣く奴も居ない。実際には、それでも儲けたい人は頑張って儲ければいい。
何かアメリカは金融緩和で立ち直ったじゃないかとテレビで吠えてるのを見掛けましたが、そうじゃない、バブルの後のお掃除をさっさと済ませただけ。日本は政府がバブルの後軟着陸を目指し過ぎたもんだから、景気調整局面が異様に長くて、切り替わりもはっきりしなかった。バブル後にアメリカは『金融緩和なんて何の効果もない』と叫んでいましたが、逆に言えば超低金利で金融緩和を延々続けた結果として、メリハリの無い不景気状態が延々長引いた訳です。
分かりやすく言えば、好景気があれば不景気は必ずセットで付いてくる訳で、であれば派手な好景気を潰して不景気も穏やかな代物にするか、バブルを燃やしてその後にえげつない不景気を作り出すか。その二択しかあり得ません。
安倍政権がやっているのは、バブルの中に可燃ガスを吹き込んでるようなものです。効果があるなら、その後に大爆発が待っているでしょう。まあ、大爆発なら不景気は深くて短くなるわけですが、自民党の『土建屋のご機嫌伺い政策』を考えれば、またバブル後みたいな長く重苦しい不景気が10年単位で続くのかもですね。
ただまあ、それにしても日本とアメリカの間には何でこんなに差がある訳?という疑問は、私も判ります。でも、同時に答えは簡単です。アメリカでは、新しい商売を起こして、また新しい食い扶持を作ろうって起業家が常に目を光らせています。一方日本では、英国病より酷い『ちっさく纏まっていよう病』が広まって、韓国人が高度成長期の日本を改良したような営業政策をしている中、『俺、外国に行きたくないし〜』なんてのたまいながら、昔の商売を縮小再生産してきました。
既に消え去りつつある商売を続けながら、営業スピリットは低く、人件費は高く、ガッツも無い。アメリカ人は新しい商売を興しそれで儲け、韓国人は当然としか言いようの無い現地化した製品開発を進めた。日本人にあるのは『俺達勝ち組の成功者』という過去の栄光に縋る気持ちだけ。
取り敢えず、土地代の値上がりを原資にしたバブル商売だけの『経済発展』って言うのは、願い下げにして欲しいなーっていうのが、私の個人的な願いです。ええ、アベノミクスの大否定ですね。私は初めから否定していますよ?円が下がったのだって、とっくに下げてないといけなかった水準にやっと辿り着こうとしてるだけですし。でなければ、首相にも未だなっていなかった男の一言で円がこんなけ下落する訳がないでしょうに。
円の下落を『日本政府の口先介入がー』って見苦しい米自動車メーカーのお偉いさんが叫んでいるようですが、それってキプロスやイタリアのせいでユーロが下がるのを、EUの陰謀だと叫ぶのと代わり映えしない位的外れだと思います。そもそも日本の自動車市場を開けと言う前に、アメリカの自動車市場の方がよっぽど閉鎖的だったりしますしね(苦笑)。
日本で自動車今よりも売りたかったら、せめて小型車、どうせなら軽自動車作って持って来てから文句言え。『俺たちの売っていない製品が売られているお前たちの市場が悪いんだ』という発想が、今の米自動車メーカーの基本スタンスですよね。
ただこれは日本に取っても他山の石で、アフリカで日本が苦戦しているのも、結局バブル期の商売から充分に抜け出せていない面もある気は、しますねー。韓国勢みたいに製品のローカライズ(現地化)進めるための、現地への人材派遣をきちんとしていきましょうよ?
そう言う人材を守るための武装セキュリティーサービス(海外派遣護衛警察官的な)を支援するとか、政府としても日本の経済発展の為に出来ることは幾らでもあると思います。
本当にサイコパスなんだなーと、サイコパスの人を見ていて思ってしまいました。まあ、サイコパスの人を見てそう思うのは、当然なんですが(苦笑)。常に自分が攻撃する側の癖して、いつも『被害者は私です』と口泡を飛ばして叫んでいる。正に息を吸うように嘘を吐く感じで、傍目にはすがすがしいばかりです。
実は今まで3人くらい、『言われてみればこいつって、サイコパスに該当するな』って人物見掛けましたけれども、正直どいつも『口達者で社交性があり表面的には魅力的』という項目だけは該当しませんでしたけれども‥‥。となると、やっぱり彼らはサイコパスとは違うのかな?
まあサイコパスという言葉が、人格異常者の中でも更に限定された類型を指し示す言葉なんだってことなんでしょう。偏執狂という言葉だとストーカー系を含む『一途気質』な人を十把一絡げに包含出来る言葉ですが、最近流行りのアスペルガー症候群というのは周りから変わり者扱いされる人の中でも、かなり限定された一部の人しか指し示していません。それと同じことかなと(変わり者の全員が記憶力が良いんなら、きっと私も人並み外れた記憶力を得られたことでしょう)。
まあ最初に挙げた人なんかは未確認の本人の魅力以外の点では、信じがたい位綺麗にサイコパスの定義に合致するのかもですが、同時に偏執狂の定義にもピッタリ納まっていたりします。人間はとても沢山の要素を持っていますので、正直たった一つの表現で括ったり、表現しきれたりするものでもありませんよね。
そうそう、ツイッターを見ているとその人アル中のけがある疑いがあるのですが、一遍お酒を絶ってみて欲しいものです。前居た職場にそれは酷い粗暴な性格の人が居たのですが、病気の治療の為にお酒を絶ったら、2週間ほどでそれこそ菩薩様みたいな性格って奴に変わっていてビックリしました。お酒をまた飲めるようになったら残念ながら性格が少し戻りましたが、サイコパスな人もひょっとするとお酒の悪影響なのかもしれませんね。
だからって、お酒を理由に悪行が許される訳はありませんので、そこは勘違いしないで欲しいものですが。殺人犯がお酒を理由に許されるかといえば、そんな訳は無い訳で。
因みにこれまで出会ったサイコパスの人全てに共通して感じるのは、自分が『間違っている』立場になることを病的に恐れることですね。何となく子供の頃に、絶対に自分の間違えを認めない親から、異常なまでに抑圧されていたんだろうという印象を受けます。親からの折檻や責めを逃れるためには、どんな嘘でも吐かなければならない。そもそも、『間違った人間であってはいけない』という途轍もない強迫感。
物理的に出来もしないことを子供に要求すると、外面を取り繕うために嘘が常習化するのではないかなと。そして無理な生活はストレスを高める。それを吐き出すには匿名で一方的な立場から、誰かターゲットを決めてイチびり倒す。
こうやってネットストーカーという汚らしい人種が生まれるのでしょう。そんな卑劣な奴、この世に居なくていいです。
しかしまあ、最近大人しくしてたから奴のツイッター見てなかったんですが、暴れるのって『私を見て!』って側面もあるんでしょうかねー。時間勿体ないからサイコパス野郎の戯れ言なんかに時間取られたくないんですが。自分で来いと言っているようなものなのに、俺のツイッターを見に来るなって、ツンデレですか?
まあ私はツンデレは好みじゃないので、ほとほと彼とは気が合わないのかもしれません。奴がサイコ野郎じゃなかったら、別に相手と好みが合わないとか気にしないんですけどね、私。
先日サイコパスの話を書きましたけれども、本当に困った人種ですよね。嘘の書き込みをして、それを証拠に引用して他人を貶めようとする。嘘を書くことに何の抵抗もないから酷い讒言をして、恥が無いから平気でそれを証拠と出来ちゃう訳です。そういう行為は『もうしません』と約束しても、簡単に反故にしちゃいますし。
ここまで酷いと、この世から消えて欲しいという感情しか湧きません。自殺したいんなら『さあさどうぞ』というところですが、所詮同情を惹きたいが故の口先ですしねー。
彼が社会的に抹殺されると同時に、ネットへの接続禁止命令が出ることを切に願っております。
JA共済か何かの新聞のデカいコマーシャルで、自転車の酷い運転の例が全てロード自転車で書かれていておのろきました。いやー、日本のロードに乗ってる人をディスってるっていうか、自転車メーカーに喧嘩吹っ掛けたいんだろうかと(苦笑)。
だって路上を走っている自転車の8割くらいはママチャリです。当然、例に上げていることをやっている人の大半も、ママチャリに乗っている人がやっている訳です。だったら、普通代表例もママチャリに乗っている人を上げるでしょう。まあ一端停止無視はロードで、無灯火はママチャリで、何とかはMTBでって感じに適当に振り分けるのが、一般的なバランス取りなんじゃないかなーとか、思うんですが。
意外とこういうのって、担当者さんがアンチローディーなんだったりしてね(笑)。と言うより、日本人の大半はママチャリに乗ってるからこそ、『あんたのこと言ってるんじゃないんだよ』ってポーズを取りたかったんでしょうか?
正直この手の啓蒙広告というものは、『あんたのことだよ、あんた!!』と当事者意識を持たせるのが一番肝要です。もし喧嘩を売りたくなかったんなら、初めからそんな広告企画するなよなって言うのが、偽らざる気持ちです。
ところで啓蒙広告だと思い込んでいましたが、ひょっとすると保険商品でも売りたかったんでしょうかね?だとしたら、自転車に乗っている人の中でも一番のお客さんになるはずだったロード乗りの人からは、総スカンかもしれません。あの悪意に満ちた広告を見て、入りたいなんて私だったらとてもとても思えません。まあ、置き場所が無くって買わず終いに終わっている、ロードの潜在ユーザーの意見ですが。
安倍首相は政治家である。これは間違いない。そして政治家は批判を被るものである。これも間違いない。但しこれは、政策や考え方に対するものであろう。
しかるに、どの政策がどうとかいうお話でなく、何でもかんでも『下痢ピー』ばっかり。これでブラックユーモアだとか風刺だとか言っているのを見ていると、アンチ自民党系で、しかも小泉元首相と並んで安倍首相を日本で一番酷い政治家と酷評する人間でも、『そりゃー奇怪しいだろう』と言いたい。
批評と中傷は違う。批判と中傷も違う。その中傷しかしないで『批判』だ『ブラックユーモア』だの主張しているのを見ていると、その人はどうなってるのかと流石に疑問に思えてくる。しかも『あなたのは批判でなく中傷じゃ無いですか?』と聞かれれば、『ネット右翼からテロが‥‥』とか言い始めたのを見た日には、もうどうなっちゃうんでしょうね──。
安倍首相の批判なら、好きなだけやればいいと思う。彼は、政治家だから、それに応えるのも仕事の内。しかし人を下痢ピー野郎呼ばわりする権利ばかり主張しているのを見ていると、日本人って人権を何だと思ってるんだろうなと心配になりますね。
因みに第一次安倍内閣時代に対する個人的な評価は、下痢以下です。でもそれは彼の政策や主義主張、退任振りに対する評価であって、彼自身を下痢便野郎呼ばわりするのとは全く違うことな訳で。
サイコパスと言えば私の知る限りでは精神異状の殺人を屁とも思わないような気狂いのことだと思っていたのだが、何かそいつの特徴を纏めた説明がネットの掲示板に貼られているのをたまたま見掛けた。すると、直接会ったことが無いので『口達者で社交性があり表面的には魅力的』かどうかは知らないが、それ以外の全項目を満たす人物がいて、驚いてしまった。
そのサイコパスの説明に曰く、
『他人を利用するために、同情を惹こうと可哀相な人の振りをする』
『無責任で端から見ていると驚くほど言行不一致』
『攻められると逆ギレして相手を攻撃する場合も多い』
『自分を偉大に見せたり同情すべき可哀相な人に見せるためによく嘘を吐く』
『愛情や良心が無いだけでなく感情が希薄で表面的』
『用意周到に悪事を働くこともあるが、一方で衝動的に刹那的な行動も目立つ』
んだそうな。
その人物は有名な人物や、凄いだ人と入れ揚げた人物に対して近付き、相手の都合を弁えず『遊んで〜』とじゃれついて、挙げ句他人(ライバル)がその人と仲よくなると一方的に攻撃。ついには入れ揚げた人の掲示板をキーワードを盗んで吹っ飛ばす。
自分が使っても無ければ信奉もしていない機材のメーカーの守護者の振りをして、匿名でライバルをやたらとそのメーカーのアンチだと煽りつつ、気が付いたらそもそも使用機材のメーカーが変わってる(勿論、守護していたメーカーとは関係のないメーカーだ)。個人攻撃の犯人が自分とバレると、せこい言い訳を繰り返した挙げ句、『俺は奴に嫌がらせして反応を楽しんでるだけ』とか異様な逆ギレ振り。
流石に犯人がバレた状況でこのままではヤバいと思ったのか、もう嫌がらせを止めろという要求に渋々一端同意した筈なのに、そんなの嘘っぱちでまたぞろ嫌がらせを再開。クレームをつけられて書き込みを消したのに『それは俺じゃねーしー』と嘯きつつ、また『奴に嫌がらせして反応を楽しんでる』と吐き捨てる。
仕事を期日通りまでにやるなんて当たり前のことなのに、何故か偉そうに『まあ仕事してやるか』と書いていたり、衝動に任せて人に嫌がらせをして、かと思ったらさえずりサイトで自殺を何度も仄めかせて同情を惹こうとしたり。
そんな人物でも嘘を吐いていないのならば(息をするように嘘を吐くことを知っているので、今ではもうあんまり信じていないけれども)、昔某機材のユーザーコミュニティーを作って(上に出てきたメーカーのどちらでもない)、展示の会場を探したり契約したり、会場の設営を引っ張ったりしたんだそうな。今にして思うと、きっと実際には別の誰かがやっているのに付いてっただけで、ほとんど相手にやって貰ってたんだろうなー。そんな気がする。
しかし初めはその人のことも、文章がまともに読めないだけなのかなと思っていたんですけれどもね。蓋を開けてみると何年も粘着行為を続ける典型的な偏執病者だし、かと思っていたらこのサイコパスの性質とやらとの見事な一致ぶりである。きちんと社会生活が送れているのか、とても心配ですね──。
ふと気が付いたんですが、TPPが締結されたら、自由貿易の原則から行けば薬価は下がる方向に進むはず(薬の特許の期限を短くして、ゾロ薬解禁を早くして欲しいというのは、いわゆる後進国では切実な問題です)。アメリカが言う通りの、自由貿易推進が本当なんだったら、の話。
でも、アメリカという国のことを少しでもイメージ出来る人なら、思うでしょう。ああ、薬の値段上がるなと。アメリカは、自分達が強いと信じる分野では、どこまでもアコギで強欲ですから。
勿論これは、アメリカが思うがままの交渉結果であれば、のお話。そして交渉というのは、そういう手前勝手な独りよがりを阻止するための舞台でもある訳です。
何で決断力の欠片もなく、TPP交渉への参加以前の段階でグジグジグダグダしているどうしようもなくヘタレな日本なんていう国に、大口開けた狼さん(しかも自動車の関税は絶対死守とかいうジャイアニズム)は兎も角、それ以外の国までどうして参加の期待を掛けているのか?と言えば、商圏を増やしたいだけではなく、そういうのを阻止するためでもある筈な訳でして‥‥。
勿論、日本という国がアメリカ並に手前勝手で独りよがりな国であることは誰もが知っているわけですが(未だに米に700パーセント以上の関税掛けてますからね)、アメリカと日本の利益が一致せず、東南アジアやそれ以外の国と利害の一致する部分は、当然ある訳です。アメリカ以外の国から見た日本を引き込むメリットというのはそういうところにこそある訳で。それは逆に言えば日本側にとっても、集団交渉であることの最大のメリットでもある訳ですよね。
実際問題、1960年代くらいの日本政府であれば、そういう機会は隙を逃さず活かそうとくらいはしたことでしょう(結果が伴うかまでは知りませんが)。そういう意味では、アジア通貨基金の話が出て日本がアジアの枢要国家としての地堡を築く機会があったときに、既にアメリカの横槍で簡単に手を引っ込めてしまう程度の卑小国家に成り下がっていたという事実は、とても残念ですね。まあ60年代であったとしても、途轍もない圧力が掛かって、結果は一緒であったかもしれませんが‥‥。
それはさておき。正直日本政府がTPP交渉に参加するのであれば、そういう目端だけは、官僚の方々に期待したいですねー。ええ、実際に期待出来るとは欠片も信じてはいませんが。そして出来ないのであれば、交渉には参加しても、批准はお断りしたいものです。でなきゃ、日本の農業を破壞した挙げ句に、ライフラインまでアメリカ企業の食い物にされるだけで終わっちゃいますから。
交渉事というのはすべからく、自国の利益を最大化するために行うものです。アメリカの食い物にされたり、市民生活を破壞する為に行うものではありません。ましてやTPPなんて、本来別段参加しなくても何の問題も無いものなんですから。ちょっと誰かが得をして、誰かが損をする、それだけのことですからね。
得をしないことと損をすること。これを秤で量ることが政治というものです。自動車関税廃止がパーになった時点で自動車業界の眼は醒めたようですが、自民党に献金をくれる特定業種(農家含む)ではなく、もう少し日本全体の将来の経済運営全体を見据えた上で、TPPで日本の利害を存分に戦わせて欲しい。いやまあ、既に交渉の機会は1〜2度しか無いのだとしても。そして出来上がったものが気に食わないと、批准の段階で蹴っ飛ばすのだとしても。
TPPに最終的に参加するなら、それはその方が日本国民にとってプラスが多いときだけ。そんな当たり前のことを、わざわざ強調して念押ししなければならないのは、少し不幸なことだと思います。ムムー、残念。
写真を撮っていると、実は一番困るのは撮った写真のセレクトだと思う。セレクトと言っても、同じシリーズ写真の中でピントが合ってるのはどれだ?とか、構図が一番纏まりが良いのはどれだ?っていうレベルから、『こんなの写真(作品)になってない』というレベルまで色々だろう。今回言いたいのは、後者に付いて。
基本的に写真というのは、撮ったときの『何が良くて撮ったのか』が判るものであれば、最低限の(まあ本当に最低限ですが)基準を満たしているんではないかと私は思っている。『なんて見下げ果てた基準なんだ』と志の高い方は言われるだろうが、じゃあムッ茶高い志を立てたとして、『あなたそんな写真撮れるの?』と言われて言葉に詰まらないのは、本当に凄い写真を撮っているか、厚かましいだけの馬鹿のどちらかだろう。前者であれば善哉だが、そうは問屋が卸さないのが世の常です(T_T)〜。
まあ最終的な目標はどんなに高くても高過ぎることはありませんが、青雲の志は胸に秘めつつも、当面のセレクトってそんなもんだと思います。でもそれにしても、やっぱり写真を見返して見ると『何だかな〜これ』ってなり易い。
そこで言いたいのがこのことです。自分の写真を見る眼って言うのは、撮った直後が一番要求が高くなり易いっていうこと。『傑作じゃないからゴミだ』と思いがちですが、そこは少し我慢して、いきなり削除というのは止めていただきたい。意外と何年か経ってから、『何だ捨てたもんじゃないじゃないか』と、落ち穂を拾いたくなることもあるものですよ。
と言うわけで、ピンボケ・ブレの技術的ふるい分けはやっといていいと思いますが、なるべくならそのとき『ヘボ‥‥』と思った写真も、置いておいて上げてくださいね。未来のあなたが、『何だ、結局撮りたかったものが写ってるじゃないか』って、拾い上げてくれるかもしれませんので。そういう時は『俺って天才?』と、一瞬くらいは自惚れられるものです(笑)。
まったく、アニメ『シュタインズゲート』のお蔭でドクターペッパー、ドクターペッパーと持て囃されているが、サスケはどこに行ってしまったんだ?まあ広告の煽り文句の通り、どこぞに通り過ぎて行ってしまったと考えると納得いくのは、出来過ぎと言えば出来過ぎなのだが‥‥。
ご免、ネタを言いたかっただけです。サスケを見たら買うとは──飲物探してて値段が同じだったら、確実に買うだろうなー。どんな味だったのか覚えてないからこそ
(笑)。
いかん、今の一時的なブーム(?)の内に、ドクペも飲んどかんといかんな。やっぱり味が、思い出せないので。もっとも一番奇怪しな味をしていたのは、まず間違いなく昔のコカコーラだけど。今のカラメルジュースと違って、初めて飲んだとき、毒水かと思ったもんな。
因みにどうでも良いけど(初めからどうでも良い記事な訳でもあるが)、韓国製ということで如何にも嫌韓厨から排除されそうなメッコールであるが、初め『何これ?』と思うかもしれないが、慣れると意外と美味しかったり。何となく、麦芽の味なのかな?って気がするが、実際にどうなのかは知りませぬ。
自分で考えた意見は何一つ無く、他人がTPPに反対した内容のリツイートばかり並んでいて、本人の書き込みは安倍首相に対する蔑称を吐き捨てているばっかりというツイッターページがあったりするんですが‥‥(眼を離すと良からぬことを企てる腹黒とか言う前に、匿名で讒言並べたりとか、酷いことばっかりやってるだけのことはあるな)。何か悲しくなってきますね。
それはさておき、消極的なのを含むにしても、TPPに賛成が70パーセント?上に引用したツイッターを見る破目になってる(見たくもないのに見なけりゃならん都合があったもんで)からでもありませんが、正直違和感のある数字ではありますね。安倍首相は調子の良いこと言ってますけど、『そんなにあの人と日本政府に交渉能力あるの?』と問われれば、『いやちょっと』という点だけはツイッターの人と同意見です。特にいとも平然と『日本の農業の生産額がズガンと減ります』とか言われちゃうとね‥‥。
ただまあ減反と抱き合わせのバラ撒き政策を見ていると、今の農家の数が1/5以下になるの自体は仕方ないんじゃないの?と言いますか、時既に遅しとすら言いますか。こう書くと、当然農家の方々は怒り狂うでしょうけれども、言いたいのは『農家死ね!』ではなく、『採算ラインに乗せましょうよ』ということ。
どういうことかというと、10人分の食い扶持を50人で作ったら、採算は合うでしょうか?ということです。個人的に地主制度って死ぬほど嫌いなんですが(ほとんど奴隷制度と変わらないから)、戦後ただ同然で土地を分けてもらった元小作農の人達は、結局そんなに沢山の農地を手に入れられた訳ではありません。そして消費者物価が上がっていくに従って、それは『沢山じゃない』から『不足がち』になっていく訳です。
正直言ってこれは、徴税が米の物納から貨幣で払うことを強要され、貨幣経済が農民を貧しくしていった過程とそんなに変わらないんじゃないかと思います。結果として、折角農地を手に入れた農家の方々もほとんどが兼業農家化せざるを得なくなっていく訳です。そこにアメリカの称するところのグローバリゼーションが輪を掛けて、日本の農家に『産業競争力』を高めることを要求してきました。
結果として、減反政策が始まった頃にはとっくの昔に、日本の零細農業は今までの農地面積では家族経営が成り立たなくなり始めていたと思います。そして今や一部恵まれた新潟なんか以外では集団農業化して、農地持ちの方々の大半は農地を委託するだけで、生産は少数の専業農業労働者(組合乃至は株式会社従業員)に任せて、自分はそれ以外の職種の労働者になるしか無くなっていると思います。だって耕地面積に対して、農家の数が多過ぎるんだから。
正直、それって過去の地主の小型版みたいで気に食わないんですが、そうでなければ農業の株式会社化ってことでしょう(農地の転用を20年は前に、事実上禁じといて欲しかったんですけどね、個人的に)。どっちを取るにしても、足りない土地で農業やってても、競争力なんて湧く筈もありません。
まあ正直言って、TPPなんてどうでもいいんですけどね。単純に自民党が票欲しさに農業を破壊しながら農家を腐らせて、その現状に安住した農家は極々一部の先進的で攻撃的な経営の出来る例外を除けば、自分達が時代遅れで手遅れになるのを見過ごし続けてきたのが問題なわけで。
でも個人的に食料自給力はとても大切だと思っていますし、沢山の方々がなすすべもなく生活を破壞されて不幸になっていくのも見たくない。だから安倍首相には口先野郎でなく実務能力もあるところを証明していって欲しいですし、いずれにしても農家の方々には結果としてTPPが流れても流れなくても、耐えられる農業への脱皮を今のうちに、危機感をもって始めておいて頂きたい思いで一杯です。だって現状のまま放置していたら、いずれは農家の何割かが破綻するのは目に見えているのですから。
その農地が別の誰かに耕されるのであれば、個人的に問題は少ないですが、放棄されて荒れ野と化すのだけは見たくありません。
ところで話は変わりますが。
小泉首相は正社員の派遣化で多くの日本人の市民生活を転落させましたが(短期的に景気が良くなったように見えても、本当の成果は現状です。そんなの改正法案が発表された最初から判っていたことで)、今度は安倍首相は下手すると、より多くの社員の首切り野郎という実績を立てかねないようですね。
厚かましい企業家というのは、手前勝手な経営側の都合だけで平気で物を言うものですが、この案を出した下衆が企業なり経済団体の要職なりからとっとと惨めに放り出されないことには、残念ながら日本企業は同じ程度の人間の集まりであることが証明されることになってしまいますね。出来れば、そんな証明がなされないことを祈るばかりです。はっきり言えば、言った瞬間に袋叩きに遭わなかったことの方が、意外なレベルな内容であって。
そもそも日本の雇用の大半は従業員数の少ない弱小企業な訳であって、そこの企業主がちょっと気に食わない奴が居たら『解決金払うから』って言って即ポイって出来る訳です。さあ、あなたの働いている会社の社長さんや人事の人は、情けある公正明大なる君子さんですか?
正直日本の従業員の8割以上を不幸にする、屑以下の酷い法律改正案ですな。まあ、小泉元首相による派遣解禁法案の意味が何年経っても理解されなかった位ですから、危機感を持ってこの法案を見てる人は意外と少ないのかもしれませんが。
アリッサ・メリッサのお人形写真館に、久しぶりにページを追加しました。去年の10月に大阪府藤井寺市で開催された、ハッピーハロウィン イン 藤井寺の際の写真です。
よく人前でお人形さんの屋外撮影なんてようやりませんって人が居ますが、別に堂々としていればいいと思うんですけどね(笑)。いやマジで。
自分がやっていることが恥ずかしいって言うの、自分自身が恥ずかしいって言っているのと同じで、お仕事と同じで、胸を張って生きている方が格好良いと思うんですが。何より、まずは自分自身が自分自身を認めて上げないとね。言ってる本人は、自分のことを認める気なんて全くないところが滑稽ですが(オイ)。
ところで今回のページのお人形さんですが、いつもの久遠嬢ではなく、香織淳ちゃんです(いかん、アイペイントが割れちゃって、今はアイペイントが変わっちゃってるな)。家のお人形さん紹介ページに昔から居る子の、大きいバージョンですね。元々自作の同人誌のキャラだったりするわけですが(買ってね〜ん)。
ボディーは久遠嬢と同じボディーを共用しているんですが(大汗)、ヘッドはDolly popのDP01ヘッドのアイホールを広げてをフルカスタムしたものです。つーかボディーも自作のレジン製ボディーから、現在Dolly popボディーに換装してありますけれども。元が凄過ぎたのか(笑)思ったほど可動範囲は広がってませんが、レジンだと硬い関係で継ぎ目に円形断面しか使えなかったのが、ソフビだと楕円形になってるお蔭で、色々と良い感じになってますね(^-^)。
何にしろ現像済みの写真ばかり溜まっている状態ですので、出来れば古い写真も含めて、もう少しまともにアップしていきたいところですね〜。
なんかリフレ、リフレと意味不明なことを叫んでる奴が居ると思ったら、インフレのことを言い換えてただけだったのね。イメージの悪い言葉をリフレクソロジーとかなんかお洒落なイメージのある言葉と似た言葉に置き換えて問題から眼を逸らすとか、悪政を敷く連中の常套手段なんだが。
安倍首相が今期の為政の中でやったことの中で、唯一彼自身の手柄と言えるのは企業の給料アップだと個人的に認識しているのだが。しかし当然のことながら、為政者が各企業の給料に直接文句を付けるなんて越権行為もいいところな訳で、手放しで褒めるわけにも行きませんよねー。しかも、本来給料を上げるべきは正社員の前に、底辺労働者なんじゃない?っていう問題も。
東日本大震災の後始末で雇われた労働者の多くが、多重派遣で何重にも中抜きされた『被害者』と言っていい現状があるようですが、ああいうのにきちんと行政の手で対策を打てればこそ、強面の為政者として『能力を発揮した』と褒めそやされるんですけどね。もっとも、そんな現状を一番推進した戦犯とも言える竹中平蔵とかなんとかを重用したがる人物に、そういうことを期待するのは望み薄なのかもしれませんが。
ところで話は変わりますが。『有権者は政治家を選んだんだから、その損害を甘んじて甘受すべきじゃね?』って論調の人をよく見掛けますが、そんなの橋下大阪市長が『俺は選挙で選ばれたんだから、全権委任の白紙委任だ』と息巻いているようなもんです。んな訳は無い。
有権者の仕事は選んでしまった議員達を監視し、思いがけない愚行を始めたと認めたら、声を上げて修正させることも含まれているわけで。民主主義というのはそこまでセットになっていなければ、『ただの衆愚政治』です。
結局日本には民主主義は根付いていないのかなとはいつも思いますけれども、なーに今からでも遅くない。皆で、民主主義の火を少しずつ大きくしていきましょうよ。
ただ、眼を閉じ耳を塞いでいた人間がいきなり思い付きで何か初めても、それが適切なのかは自分でも判断付かないと思います。だから何にでも世間の動きに興味を持って、普段から情報を蓄積して、それを頭の中で咀嚼していくことも必要です。
そして誰かと議論(ディベートではありません)してみると、自分が普段感じていた疑問や不安が少しずつ氷解して、理解したり、問題点がはっきりしてくると思います。その際大切なのは、議論というのは共通して理解出来る部分を醸成して、互いに『自分の価値観で判断出来る礎』を構築する行為だということです。
同じものを見ていても、価値観の違いから互いの結論が異なるのは当然のことです。だから互いの意見の優劣を競うのではなく、互いの判断の論点そのものを共有するのが重要なのです。一人の主観より、二人の主観を持ち寄った方が、自分の気付かなかった論点に触れる機会が多くなります。
その今まで気付かなかった論点をお互いに持ち寄った上で辿り着いた、同じ結論や、はたまた違う結論を互いに尊重し合う。それがあくまでディベートではなく議論のみが持ち得る、一番大切な宝物なのです。
議論の結果として、あなたの今まで持っていた意見が間違っていたという結論になったとします。今までのあなたは、そのことを『自分が否定された』と考えがちだったかもしれません。でも、古い自分が知らなかったことに新しい知見を加えた後でも、あなたは本当に古い意見に固執し続けられるでしょうか?
素晴らしい議論が出来れば、少し広くなった世界に、変われた自分が寧ろ誇らしくなれますよ?そうなれば、皆もうちょっと生きやすくなるかもしれませんね。
改めてスケジュールを示されてみると、今から日本がTPPに参加を決めた場合、決定開合に参加できる数は1回だけだとか‥‥。まあ来年まで決まらないよという意見もあるので、実際にはもう2〜3回チャンスがある可能性もありますが。
正直アメリカの言いなりが正しいと思い込んでるところのある安倍ちゃんさん首相下で、自閉症気味のコミュ障かと突っ込み入れたくなる日本の官僚が当事者と考えると、ちゃぶ台返しとか商圏を嵩に着た恫喝外交とか期待し難いですし、こりゃー予め降りちゃった方が賢いかもですね。
取り敢えずTPPを国会で批准するしないを決める時には、『俺たちの政府が決めたことだから』とか思考停止しないで、きっちりと損得を比較考量した上で投票して欲しいものです、議員さん達に。マンションの管理組合の採決とか見ていると、『決める為に何回か開合開いたから』っていって、新しい判断材料を綺麗さっぱり黙殺しているのを見ていて、マジで不安になります。
某掲示板への書き込みに依ると、なんか全く関係のない事件(そもそもそんな事件が実在しているのかも疑問ですが)の犯人が、私なんだそうです。世の中、恐いですね。
もう一つ恐いのは、こういう意味不明な中傷発言が、何故か全然削除されないネットという空間なのかもしれませんが。
意外とネットというのは、こういう気の狂ったような犯罪者の行状は保護されるけれども、『書き込みを削除してください』と書いた方が何故か排除され易い構造になっているところですね。詳しいメカニズムを書いても理解し難いですし、犯罪者を力付けるだけなので取り敢えず書きませんが。なかなかにやるせないものです。
しかし、ドキュンな人間の吐く嘘はやっぱり、ドキュンだなー。
『あなたの嫌いな理由は、私の好きな人と友達だから』。そんな理由で幾つも中傷スレッドを作って何年間も攻撃し、自分で『スナップ写真家』と自称しながらスナップ写真の基本(メイン被写体でない通りすがりの人の肖像権は侵害されない)を否定して──挙句の果てには人の掲示板の管理パスを盗んで掲示板ごと削除。嫌いな人を中傷する理由は『相手が慌てふためく様を見てみたいから』なんてうそぶく人が居たらどう思うでしょう?
こんなのが居るのはドラマの中だけと思ったら甘いのが、この世の中の神秘ということなんでしょうかね。
荒らしの書き込みは、削除以外の対応策は無駄だと思います。『荒らしはスルー』とかいっても、言っているのは荒らしている本人ですし、いつまで経っても暴れ続けるし。
写真板のスナップスレを『人権侵害』と言って荒らしまわっていた人物と、馬鹿〇ョンカメラは民族差別と称して荒らしていた人物が実は同一人物且つ(一応本人の自称するところの)写真撮ってる人間と判明したときは、眼が点になりました。正直、信じたくなかったですね。はっきり言って、写真を撮っている人間としてはあるまじき行為です。私も、ずっと写真は撮ってない人間と信じていました。
写真の背景に人が写っていては駄目だと主張しながら、自分は幼女の写真を堂々とアップしているような人の言うことですので、その言葉に何の真実も含まれていないのは、当たり前なのかもしれません。その癖自身の幼女愛を声高に宣言しているところだけは、ちょびっと男らしいのかもしれませんが──(そうなの?)。やっぱり、褒める機はしませんね。
結局一方的な嫉妬から相手を兎に角抹殺したいと暴れるなんて、堪りませんよねー。
そういうのはあるんじゃないかと疑ってはいたものの、やっぱり話が出てきましたね。TPPに後から参加した国には、既に決まった内容を変更する権利は認めないとかなんとか、そういう条項の話が。TPPがやたら秘密交渉なのは、こういう条項を隠すためなんでしょうか。
もしこれが本当にがんじ搦めに『変更は駄目!!』って言うことであれば、とっとと日本はTPPの交渉から降りた方がいいと思います。もっとも、そうしたら現在TPPに参加を表明している国から、『いや待って──』とお声掛かりがあるでしょうけど。当然のことながら、日本の都合ではなく向こうの都合として、日本に参加して欲しいからです。
だって、中国が参加してくれないんであれば、商圏としての日本はとても魅力的でしょう?去年の9月頃だったかに締め切りを置いていた筈なのに、連中が勝手に延々先のばしにしてくれている訳が、それ以外な筈がありません。
もし『外交』ということを基準にするならば、実は日本は遅れて参加する国としては、とても良い条件を持っています。はっきり言えば、TPPで今まで決まった内容を、全て反故にして引っ繰り返させる位の潜在的外交パワーを持っている訳です。何しろアメリカが信頼の置けない詐欺師野郎みたいに振る舞うことは誰もが判っていますから(韓国のお蔭ですね)、日本の政治力と商圏パワーで、それを引っ繰り返して欲しいという潜在的欲求が隠れている筈だからです。
つー訳で、もし日本の外交官(政治家・官僚含む)が有能だったら、最初からTPPに参加している国を糾合して、アメリカごり押しの独善的内容を片っ端から引っ繰り返すことは不可能では無いと思うんですけどね。それが出来ないなら『下りる』と、駄々っ子モードに入る訳です。『不利な条件なら参加しない』という毅然としたスタンダードを内に持っているならば、それは別段難しくありません。まあ日本の外交官が病的な属国根性を持っている以上、あんまり期待出来ない筋書きではありますが‥‥。
前から書いていますが、アメリカの詐欺的企業にとってばかり都合の良い内容になるならば、TPPからは最終的に下りるべきだと思います。その辺は、異常なまでにアメリカの顔色を伺う必要はありません。それが出来て初めて、日本は国際社会の中で『ああ、普通の国だったんだ』と認められるでしょう。
ありがたいことに国会での批准手続きとかはあるみたいですから、その際にきっちりと交渉内容を評価すべきですね。但し、中身を見ないで『無条件に反対』は無しの方向で。
予め、比較的TPP参加推進派に近い立場で言いっておきますが、正直結果としてTPPの内容が日本が『参加した方が良いよ!!』って内容になる可能性は、途轍もなく低いと思います。その辺は、日本の政治家と官僚の手腕次第ですね。
これが中国の外交官が日本の外交官だったら、安心してネゴシエーションを任せられると思うんですが。特に7〜80年代頃の中国の外交官の手腕(厚かましさ)は、日本に欲しいと思わせるだけの物がありましたよね。こいつ精神病か?って言う位の厚かましさで、丁度良いんです。その点は、今でも変わりませんか。
個人的には日米安保条約の存在は屈辱的ですが、当時の日本の外交官の狙い自体は、結構厚かましくも都合の良い素晴らしいものだったと思います。そういう強かさが日本から失われ、主人の顔色を伺う犬と言われて否定の言葉が浮かばない現状は、悲しいものがありますね。
TPPで大切なことは、参加しないんなら永遠に参加しないこと、参加するなら一日も早く参加することだと思う。ただ、じゃあ当面参加しないで周りの国がTPPに参加していった場合日本がどうするかといえば、馬鹿みたいにへりくだって頭を下げて、相手の言いなりの条件で結局参加してしまうんだろう。
だったら、大元のルール作りの時点で参加するのが、一番現実的な選択肢であるというのが私の考え方だ。結果として気に食わない内容になってしまったら、最後に席を蹴立ててヤンピするのも、権利というものだろう。
そういう前提で、ようやく政府(正確には安倍首相周辺だけ?)が慌てふためきだしたのは、馬鹿みたいに牛歩戦術を取っているよりはましだと思う。この点では安倍首相の行動の流れも、鳩山を除く民主党系の首相が総理になった瞬間に実務家肌に方向転換していった流れに、近いと思う(鳩山元首相は心の中の妄動を口にするだけで、実務が全く伴わずじまいで終わって、本当に最悪だったよなー)。
ところでもう数カ月前になるけれども、掲示板でTPPに関して意見を言ってみたことがある。上に書いた内容をベースに、日本は輸出農業を目指すことも可能な訳で、コスト削減に関しては集団農業化(農業組合化による土地の集約)を軸とした比較的過激な内容だ。勿論、当事者の人達からのえげつない反論か、最低でも反発はあるものと覚悟はしていた。
ところが。意外なことに、農家の人からの強い反対は無かった。『実際のところそうだとは思うんだけどねー、でも皆新しいことをやる意志が無いもんだから。そもそも、TPPが本当に悪いのかどうかも判らなくって、農協から絶対反対と言われてるからそれに従ってる感じって言うのが本当のところ』とのこと。『えっ、何で──?』と、こちらが聞き返したい位だった。
それから1〜2カ月してどこかで読んだのが、今の農協は利益のほとんどを金融と保険で捻り出しているという新聞記事である。なる程、農協が守りたかったのは、農家でも日本の農業でも無くって、金融業としての既得権だったんだねと考えると、綺麗さっぱり腑に落ちた。
元々農協はバブル期の銀行と同じく、農家にお金を貸したがる。実際にそれでお金を借りて、首が回らなくなった農家も結構居たようだ。ただ銀行と違って貸し剥がしの話は聞かないから、その点ではましなようだけど、基本的に農家を食い物にしているのは事実なのかなと。集団農業化だって、農協の利益に出来る話と判断すれば、今までとは態度をコロッと入れ換えるだろう(個人的に、農協主導の集団農業化なんて止めて欲しいけどね)。
と言う訳で、多分TPPの中の金融関係の条項が農協に都合の良いものになったら、きっと彼等はTPP反対の立場を捨てるだろう。何か馬鹿らしくなってくるが、世の中そういうものらしい。
個人的にとてもとても心配しているのは、相手国のルールがアメリカの(と敢えて書いちゃおう)企業にとって不都合なものになったら、その企業は何にもやらなくっても千億円単位で相手国政府から反則金(正確には仮想損害額。別にそういう事業計画が無くっても、あった振りをすればいい)を毟り取れる条項。韓国が確か、それの餌食になったんだったっけかな(別の国だったかもしんない)?
こういうのは、絶対に許すべきではないと思う。だから日本政府にはさっさとTPP交渉に参加してもらって、こういうのは叩き潰して頂きたい。もしくは叩き潰すのに失敗したのであればTPP参加は破棄して、2国間交渉でも何でもいいので、別の枠組みで対応すべき。そう言えば、こういうときに都合の良い、中国という隣国があったんだったね。『それで良いのだ!!』って奴ですよ(中国はTPPからはみ児にされているので、喜んで乗ってくる筈)。
アメリカ企業が期待しているのは、詐欺的な恐喝である。そういう奴らは、叩き潰すべき。日本政府には、TPPがそういう詐術的錬金術ではなく、もっと実のあるものにするべく努力していただきたい。
TPPは基本秘密交渉のようだが、結局アメリカが温めてきた詐欺の種を見破られ難くするために、情報統制するというのが本音だろう。だったら、民間の検討委員を無制約に増やして、ヤバそうな条項が多くの人の目に触れるように努力すればいい。
そもそも交渉の内容的に見て、秘密会議にする謂われは無いと思うんだけどね〜。正直、ギリギリのタイミングで滑り込み参加なんてことになると(既にそうなってるけど)、そういう詐術を見抜けずに酷いことになるよ。
最近政治に嵌まっている友人は、日本の官僚にはそれを見抜くだけの能力は無いという意見なのだが、本当のところ言うと、その点に関しては私もたいして違わない意見なのが残念なところである。
しかし、車の関税は外しませんとか、アメリカもやっぱり恥知らずだよな。オバマ大統領の時代になっても、アメリカはやっぱり、私の知っているアメリカのままだった(苦笑)。
翻って日本の米の関税が未だに700パーセント台を維持していたのは、寧ろ衝撃だった。残念ながら、日本もまた相変わらずの様だ。不適切な業態の企業は生き残れない。この原則を政府が踏みにじっているのは、何も土建屋さんだけではない訳で。
TPPそのものではなく、それに『参加するかも?!』って言う恐怖心が、日本の農業を革命する原動力となることを私は期待しております。そうなったら別にTPPに参加なんて、してもしなくても構わない訳で──(-_-)v-〜。
フルサイズ1200ミリ相当とかいうとんでもない望遠機能を持ったパワーショットSX50HSとかいうカメラの望遠側のサンプル画像を見た。望遠端のF値はF6.5で、正直回折の影響で『無いのと同じ』クラスなスペックな訳だが、そこでサンプル画像を見ていてはたと気が付いた。キャノンがデジタル レンズ オプティマイザ機能と称しているものは、こういうコンパクトデジカメの為にこそ、力を入れていたのだなと。
キャノンの触れ込みではデジタル レンズ オプティマイザ機能というのは、回折の影響を緩和して、絞り込んだときの解像度の低下を軽減するためのものだという。実際の絵を見ると結局解像度の低下までは全くフォロー出来ていないが、像の鮮鋭感についてはまあなる程、ある程度回復出来ているようだ。でもドギつく太っとい派手なリンギングを見ていると、結局アンシャープマスクの掛け方をレンズの中心からの距離に合わせてマッピングしてるだけなんではないかという疑念は、やっぱ消えないなー。
ついさっき、ワールドベースボールクラシックの第2ラウンドの第1戦が終わりました。最初から最後までではありませんが、幸か不幸か日本戦の全試合をたまたま見ちゃったんですが、毎度毎度の余りに面白過ぎる展開に眼が離せず、時間が潰れること潰れること(笑)。いやー、負けたキューバ戦も含めて、本当面白かったですね!!
正直、全試合『こりゃ駄目だな──』と途中で諦める展開で、必要な試合は全部逆転勝利したところが劇的過ぎて、シナリオライターの存在を信じそうになってしまいます(の_の)v-〜。泥臭くはあるものの、日本人を力付ける良い試合ばかりでしたねー。
ただまあ他人に与えて貰った力を、私達一人一人が実際に力にして動き出していかないと、WBCの前線で体を張って戦っている選手たちに顔向け出来ないのではないでしょうか?つー訳で、折角為替もいい感じに下がってきていることですから、私達も前を向いて、明日の成功を信じて一歩一歩足を踏みしめて参りましょう。
先日原酒や純米酒、純米大吟醸酒にまで醸造用アルコール入ってるんじゃね?と書きましたが、カラクリがバレるともっとムカ付きますね。サミットの席に供される製品を出すような大阪の老舗メーカーの人間が、『どうせ味が変わらないから』と言って、純米大吟醸のボトルに醸造用アルコール添加の吟醸酒を詰めさせていたとか。まだ味を整える為に微量(それでも充分に純米酒の意味無くなりますが)とかなら兎も角、『味が変わらない』とか言って、丸ごとです(はっきり言ってただの経済犯罪、詐欺ですね)。
意識がって意味でも論外ですが、『味が判らないのはあんたであってお客さんじゃない』という状況だったんではないかと‥‥。
実を言うと、『美味しい酒』という概念が嫌いです。と言うか、論理的に見ても100パーセント間違った概念だと思います。『美味しい』と言うのは『この酒は俺にとって美味しい』という類のものであって、漉し餡は好きだけど粒餡は嫌いな人やその逆が居るように、『美味しいもの』というのは個人毎に違うものであって、凡人的に『美味しいもの』と言うのは架空の存在でしか無い訳です。そもそも、餡子は甘過ぎて嫌いって言う人はそんなに少なくありません。冬の味覚の代表の一つ蟹だって、一見美味しそうにすら見えているのに、どうにも私の口には合いませんし(ちょっち残念‥‥)。
皆さんご存じの通り、日本人は『誰かがお墨付きを付けたものは取り敢えず美味しい』というよく判らない思考に陥りがちです。この結果として、『〜という酒は美味しい』という評判を決まり事と捕らえた多くの人達が、飲んで口に合わなくても『美味しい』と口にする社会的状況が招来します。大阪の酒屋さんのお偉いさんの言う『味が変わらない』と言うのは、そういうことでしょう。
実際には味は違うし、美味しさも違うのに、そもそも『美味しい日本酒』というのがその人の中に存在しないから、『美味しい筈のお酒は美味しい』と言う意味不明な状況が生まれている訳です。
これって翻訳すると、『美味しい日本酒は存在していない』とイコールな状況だったりするんですけどね。実際、最近は原酒ですら美味しい日本酒を飲んだ記憶ってまでありませんし。小学生ですら美味しいなと思える原酒があった筈なんですけどね‥‥。
現在の日本酒の退潮振りは、ある意味当然な気すらしてきました。醸造用アルコールの沢山入ったお酒ばかりが蔓延していて、しかも精米歩合が高過ぎて味のバラエティーも寧ろ出ない。そうでなくても醸造用の米の品種も少ない状況でそれですから、工業化した味の傾向の似た酒しか市場に存在しなくなっています。
その基本的な味が、戦後横行した悪質な安酒を基準にしているとしたら、どうなるんでしょうか?『美味しい日本酒』なんて言うものは共同幻想みたいなもので、そもそも市場には『美味しい日本酒』なんていうものはほとんど実在していないのかもしれません。
取り敢えず、『本物でない日本酒』ばっかり横行していて、精米歩合(正直その表記内容が本当であるかも疑わしいものですが)の高さを競った状況を終了して、スペックは低いけど実は飲むといい感じの酒(但し醸造用アルコールだけは無添加の本物)を目指してはみませんかね?スペックに特化した酒と言っても、各社横並びで同じ方向を目指してしまえば、ほとんどが山田錦100パーセントを謡っているような状況では、余計に似た味の酒ばかりになるわけです。でも、雑味って言うのも味の内なんですよ。
単純で同じ味の酒ばかりであれば、それは特定の人達にしか受けません。でもそれぞれが違う味であればこそ、より広がりのある沢山の方々の嗜好を掴んで、広がりのあるファンを掴めるのです。
工業製品の不味いものと不味いものを比べたら、どっちも同じ不味い味だった。だから味の区別なんて付きません。そんな商売していて、良いんですか?
デジタルカメラマガジンとデジキャパでシグマの35F1.4が取り上げられていたんですが、特にデジキャパの作例写真なんて撮影者のセンスと腕が良いもので、とても欲しくなりましたね。これはもう作例ではなく、作品と言っていい(多分ご本人もそのつもりで撮っているのではないかと)。デジカメマガジンのEF35F2ISとの比較だと、開放からの解像度最優先主義者の方なんかから見ると少し物足りないかもしれませんが、デジキャパの作品のボケ味を見ているとたまりませぬ。まあ皆さんも是非とも当該記事をご覧になってみていただければと。
比較記事の方の拡大抜粋では輪郭のエッジが少し色収差臭く見えたんですが、デジキャパの方を見ているとEF35F1.4よりも色収差もボケの中の色収差も無さそうですし、何より純正のF1.4の持ってる二線ボケ傾向なんて全く無さそうですから。つーかペンタックスレンズにありがちな点光源がフラットなんだけどエッジが立ち過ぎな傾向も無く、フラットでありながら輪郭が曖昧で、ボケ量が違っても比較的安定しているところにとても魅力を感じました。まあ理想を言えば、フラットタイプよりも周辺がなだらかに減光していく方が好みですが、こういうタイプって前ボケと後ボケで傾向が変わりがちですし(後ボケの汚いレンズは大抵前ボケは模範的なものです。前ボケも後ボケも綺麗なレンズは稀)。
まあ純正の35F1.4も小さなディティールの小ボケ(程々の大きさの文字とか)を避ければ、二線ボケどころかボケ味が良いらしいのは知っているんですけどね。でもパーフェクトに好みらしいレンズを前にすれば、『そっちの方が良いんじゃない?』となるのは仕方ないところで。まあ実際に使ってみれば、欠点が露呈するのもよくある話ですけど(笑)。
しかしまあ、値段が高いのが最大の弱点ですよねー。値段が割高と言われるEF35F2ISと比べてもまだ倍しますから。実際には買えませんけど、いざ買えるかも?ってなったときには、旧型EF35F1.4の中古の相場と比べて安い方で妥協してしまいそう。そもそも開放からバリピンで手振れ補正の付いているEF35F2ISの方が、安い上に、実用範囲は広いかもですけどね。
ところでデジタルカメラマガジンの35ミリ比較で、開放ではシグマのF1.4の方が1段シャッター速度が速いのに、それを無視して手振れ補正比較の点数を付けてるのには眼が点になりました──(-_-:)。講評ではそのことに触れている分、『実用の話をしているんじゃないのか?』と、余計に気になりましたが。
その代わり巻末のモノクロインタビュー記事の中で、ボケの中の色収差に触れているところがあったのは点数高かったですね(^-^)!私もネットの掲示板では時々触れていましたが、ネット・雑誌を含めあんまり言及している文章を読んだことが無かったので。
今まで誰も気にしていなかったことでも、声を上げるとそこに目を向ける人が出て来るってもんです。写真のボケ味の問題だって、要はそういうことだったんだろうと思います(ヨーロッパでは未だにボケ味という概念がないらしい)。頑張って頂きたい。標準レンズだとアップ気味の顔の輪郭に緑色の強い線の出るレンズが多かったですが、あんなの出ない方が良いに決まってます。と、敢えて断言しておこう(本当は好みの問題ですが)。
と言う訳で点数の高かったデジカメマガジンの巻末インタビューですが、ただ私は色収差は『あっても何一つ良いところが無い』派ですので、この点に付いては『意義あり!!』と強調しておきたい。軸上色収差は色収差補正でもどうしようも無いので、特になー。
因みに、点光源ボケにも色収差と同根の色が出るカメラがあるんですね。輪郭が軽く緑色になっているのは割と見掛けますが、何か派手なレンズがあったようでビックリしました。
先日写真関係の知り合いと久しぶりに会って飲んでいますと(毎度御馳走になってばかりで恐縮ですm(_ _)m)、最近の若者は日本酒が飲めない人が多いというお話になりました。他の酒は飲めても、日本酒は飲めない人が多いんだとか。
そこでふと思ったんですが、小学校の頃でも(オイ)日本酒で美味しいお酒といえば、原酒位でした。そういうのって、大人の舌になったら変わるのかなと予想していたんですが、意外と大人になっても美味しい日本酒ってやっぱり原酒がほとんどなんですよね。
皆さんご存じかと思いますが、現在流通しているお酒はほとんどが醸造用アルコールが入っています(酒屋さんに確認しましたが、何故か一部の原酒にまで入っているらしいですが)。この醸造用アルコールの添加を止めたら、ひょっとすると若者でも日本酒が飲める人が増えるのでは‥‥って、んな訳無いすかね(^-^;)>゛゛゛(苦笑))?
しかしドイツではビールといえば、ホップと麦芽と水だけで作られたものだそうですが、高級品とされる物ですら平気で醸造用アルコールが添加された今の日本酒というのは、ある意味紛い物文化みたいなもので、ちょっと淋しいですね。
純米大吟醸と言われるものでも独特の臭みのあるものがあって、醸造用アルコールが添加されているのか、たまたま似たような香気が発生したのか悩むのですが(安い純米酒よりも高そうなのにそういうのが多いのが意味深‥‥)、原酒でもそういう香気のあるのは大体辛口の酒が多いんですよね(醸造用アルコールを添加すると辛口になるとか)。
個人的にあの香気が好きじゃないので、醸造用アルコールの添加を止めると若い人も飲み易いんじゃないかなと、まあそう思った次第です。何もこれからお酒に親しむ若い人にまで、あの戦後の安酒(水増しにアルコールを添加しまくり)に馴染んだ人達向けの味に、無理やり付き合わさせる必要はないんじゃないのかなと。そもそも馬鹿馬鹿しい程に米を研ぎまくってまで作った筈のお酒の味が、折角本物だったはずなのに、死んでしまいます。
そもそも高いお金を払って、水増しして醸造用アルコールを足した酒を売り付けられるのって、何か不条理じゃありません(笑)?原酒はアルコール度数が16〜18パーセントくらいはありますから、飲み易いからって油断していると確かに余計に醉いますけど、別にお酒なんだから酔っぱらったっていいじゃないですか?いやまあ言ってる本人は、そんなに酔っぱらうのが好きな方でもないんだけど(笑)。
ただ、醸造用アルコールを足した上で13〜15パーセントに薄めた酒よりも、単純に水で薄めたお酒の方がまだ芳醇味も乗るし、美味しいんじゃないですかねー?実家でワインを飲んでいて皆が美味しいと口を揃える酒は、辛口でも甘口でも、下手をすると黒い粉だらけになった酷いコンディションの酒でさえ、決まって芳醇味の強いお酒です。それは、私みたいな甘党の人間から、アルコールさえ入っていれば良いんだよと嘯く親父殿みたいな人間まで、です。
結局、偽物よりも本物の方が美味しいものです。そして日本酒が偽物に本物が駆逐されたままであり続けるならば、それは文化としては消えていくのも仕方がないような気がします。少なくとも、『純米』とか『原酒』と付いた酒に醸造用アルコールがこっそり添加されちゃうような現状は、消費者に本物と偽物の区別を付かなくさせて、本物の価値を失墜させているんじゃあないでしょうかね?
あんまり出したくない例なんですが、実は今までに実家で一本だけ、皆が美味しいと先を争って飲み、あっと言う間に無くなってしまった日本酒がありました。それは親類から貰った一本2万円のお酒だった訳ですが、本物には、それだけの力があるわけです。でも逆に言うと、今まで10や20の銘柄の日本酒が実家で飲まれてきた訳ですが、日本酒でそれだけの力を持ったお酒は、その一本だけでした(どぶろくは除く)。
これはあくまでも私の考え方ですが、普通に買えて普通に飲めるお酒がそういうお酒と伍せるようになって、初めて本物の日本酒文化が花開いたと言えるんじゃないかなと。多分そのお酒『本物』だったんだろうと思うんですが、逆に本物だっただけなんじゃないかなと。普通に作った中で特別出来の良かったものにプレミアを付けて売ればいいのであって、値段を高く付ける作り方をしたものが美味いかといえば、大吟醸で美味しいお酒って今まで記憶にないんですけど?
アベノミクスがどうとか言っていますけれども、あれって打ち出の小槌経済そのものだと思う。支払いのバックボーン無しで日銀に無制限の貸し出しをしろとか、それって経済政策なのか?実体経済が膨らんで初めて消費支出は増え得る訳で、国債発行額の60パーセント以上が借り換え債の発行のためって言う時点で、普通の会計なら破綻以外のなにものなのやら。
正直10年後には、いやそれどころか2年後に政府の公共投資支出が抑えられた時点で潰れるような企業に金をバラ撒いたところで、それは死に金以外の何物でも無い。『これから伸びる事業』に金を回す。それを見抜く元利句が無いのならば、伸びる芽を伸ばす為に投資する。それが政府の果たすべき成長戦略なんじゃないのかな?
『選挙で金をくれた奴に金を回す』って、『自民から民主に変わっても何も変わらなかった。なら民主から自民に戻っても同じ』、いやいや、現実は予想を上回って酷いもんだなと、思い知らされました。
生活保護が高過ぎるのか安過ぎるのかを判断するのに、所得底辺の10パーセントの平均所得と何の注釈も無しに比較しているのを見ていて、違和感を感じる人は少ないんだろうか?
先ずはその所得底辺の10パーセントの方々が、憲法だか法律だかの言うところの『文化的な最低限の生活』を送れているのか?その分析を先に立てずに『ほら生活保護世帯の方が所得が高い』とか叫んでも、何の意味も無い訳で‥‥。寧ろその所得底辺10パーセントの方々に、『生活保護が必要だ』っていう結論だってあり得るわけで。
まあそもそもが、『文化的な最低限の生活』って言うのがどんな生活なのかっていう再定義から始めないと、意味無いんだけどね。
そう言う私自身は、実のところ生活保護って言うのは『暮らしていて惨め。だけど死なずには食える』位で丁度いい気はするのだけれども。別に両手足が無くって働けない人に対して、そうしろって言うつもりは無い。ただ、働けそうで働けない(実は結構そういう人は多いんじゃないかなーとは思うけどね。私だって長いこと求職してたから)層に関しては。
無駄飯喰らいと判っていても、働かなくてもいいなら働かないって層は結構居ると思う。勿論そうでない層も沢山居るだろうとは思うのだけれども、別にお荷物な層が文化的な高級な生活を出来る必要も無い訳で。だって今のご時世、生活保護世帯を支えている側の世帯だって、別段文化的で高級な生活を送っているとも限らない訳だし。
だから働ける可能性を秘めた人は、『もっとましな生活を送ってやる』って野心に燃えられる程度には、『清貧を要求される』位の所得保障で丁度いいんではないかと思う訳ですよ。
但しその気になったときに、例えば就活用のスーツを無料でリース出来るとか、就職活動用の写真を安く撮って貰えたり、申請した運賃程度は清算してもらえるとか、場合によっては事業費を貸し付けるとか(失敗したら3年間生活保護費を減額とかペナルティーは必須ですわな)、そういう生活再建資金の調達に対しては第一義に保証すべきだと思う。就活すれば判るけれども、就活って実は意外と初期投資が必要なもんなんですよ。
まあ前段で『文化的な最低限の生活』と憲法だか法律だかの言葉を引用しておいてなんですが──。そんなの本来は、生活を支えてくれている人(納税出来てる人)が支払う気になる予算の中での話の筈なのに、何か生活保護の金額が先に決まっていて、総額が足りないからお前ら門前払いとか、それって生活保護の考え方としてどうよ?って思うわけです。もっと現実的に、生活保護枠この位あるけれども、受給者が増えたので一人当たりはこれだけになっちゃいますって言うのが、『普通の経済』なんじゃない?という気がします。無い袖は触れませぬ。
あと、生活保護が欲しかったら持っている贅沢品捨てろって発想、あれって財産権を侵してない?
生活保護を貰っても、その額が充分に少ないのならば、車の維持なんて出来ないし、逆にマンション借りるより安い維持費の家を売れとか言われてもね(これは言われないのかな?忘れた)。何を切り捨てるのかは、本人の自主性に任せて良いと思うんだけど。
維持に金の掛かる贅沢はどうせ身を滅ぼすし(それに対して政府が何かをしてやる必要は全くない)、逆に100万掛けて集めたものは売っても二束三文だけど、持ち続ければ100万の価値を所有者に与え続ける。いやまあ金とかダイヤはただの資産だから売れよだけど、テレビとかパソコンとかそう言うのまで査閲するのは、ただの『金恵んで欲しかったらここまでやってろ』って嫌がらせの発想にしか見えないんですが?
5D2の5D3発売による中古品値下がりのお蔭で、ようやく135フルサイズの撮影が再び出来るようになりました。5D3発売有難う!6D発売でもっと有難うって感じです。で、フルサイズで久しぶりに撮り始めると、写真って思っている以上に被写界深度の影響って大きいんだなと実感しました。
元々F5.6まで絞るのも抵抗のある人間だったのに、30D(APS−Cサイズ撮像素子搭載機)の時は標準レンズがF3.5−4.5で、しかもF6.7まで絞らないとピンボケの嵐だわ、ズームの望遠端でも30ミリ(135サイズの48ミリ相当)止まりでしたから。結果的に絵作り的には、コンデジとそんなに変わりませんでした。
それが標準ズームが28−70F2.8になって(30D時代は準望遠ズーム扱いでした)、ライブビューのお蔭でF4.5でも『絞ってるね』な生活です。これは、本質的なレベルで写真のボケ『量』が違います。前は比較的パンフォーカスな画面作りだったのが、今やピントが合っている部分を探す方が面積が少ない訳です。いやまあ、現実には15F6.7でも被写界深度はたいしたことないんですが、それでもパッと見だと画面のそこそこな部分がそんなにピントがボケてるようには感じませんので。
まあ未だにスナップを撮っても『夕方ばかりで開放ばっかり』というのも、自分自身に対して『ええ加減にせいよ』と突っ込み入れたくなるレベルなんですけどね![]()
![]()
![]()
因みに眼鏡を掛けると、世界がパンフォーカス過ぎて詰まんないなーって思ってしまうんですが。裸眼だと凝視したところしかピントの合っていない状態で、私にとっては開放の写真の方が、見ている実感に近いです。
正直不便な面も多いですが、眼が良くないことにも悪くない面もあったりするのかもしれませんね。
ここ数年各種掲示板で暴れている人物。最近は2ちゃんねるの自分のスレッドに人を集めるのに熱心で、要するに自分のスレに人を集めたかっただけなのかもしれませんね。
以前『お前の書き込みは自分の掲示板に人を集めるためなんだろう』とか熱心に中傷していた気がするんですが、『嘘つき』とか『自分だけ無責任な書き込みをしていいと思っている』とか、全部『君のこと以外の何物でもなくない?』って思っていましたが、正にその通りでした(苦笑)。
結局、自分が世間から批判された内容を他人に押し被せることによって、『自分は悪くない』と思い込みたいだけの小人物なんでしょうね。
毎度おなじみの橋下大阪市長さんが桜宮高校の入試に関してごり押ししておりますが‥‥。田中真紀子が大学の入試に難癖付けた事件を思いだしますな。二人の共通点は、受験生のことを何にも考えてない。故に同じ結末を辿るかと期待していたのですが、何かマスコミはスルーの方向の様で。
正直、体育系の教員全員入れ換えるのは別に問題無いと思うけど、そんなの入試と関係なくやればしまいじゃない?と言いたい。
大阪市のパイだけじゃあ教員の入れ替えが充分出来ないとか何とか言っていた様だが、大阪市よりも小さな市町村とかは高校持つなと言ってるのと同じことのような‥‥。まあ、別に高校が市営でなくてもいいんでないと言えばそうかもしれないが、そもそも教員の採用って市内でしか遣り取りできないものなんすかねー?校長の公募とか、自分でしてませんでしたっけ?
正直、少人数学級を否定していたかと思えば諦めたり、体罰大賛成〜とか叫んでいたり。教育に口を出す人種としては最低最悪の人間が大阪の教育を牛耳ろうと権力振り回しているのを見ていると、恐怖すら出来ますね。
しかも権力が教育を好き勝手出来ないように存在している法律も、存在を知らないのか、知っているけど軽んじているだけなのか、こういう人物が弁護士として法律のお仕事していたのかと思うと、マジで戦慄します。
もっと恐ろしいのは、大阪府知事、大阪市長として現実に権力揮っていることですが──。
人の書き込みを見掛けたら、2ちゃんねるで荒らしの募集掛けて、掲示板の機能を悪用して片っ端から人の書き込みを削除して回るような糞を取り締まる法律って、何時になったら出来るのやら。
よく『荒らしは放置』と書いてる書き込みがありますが、あれの過半数を書き込んでいるのは荒らし本人です。荒らし放置で利益を得る人間は誰ですか?勿論荒らし本人です。荒らしがのさばっていて気分の良い人は居ません。
荒らしへの唯一正しい対応方法は、発見次第の削除以外全くあり得ません。これは、粘着荒らしの相手を何年も続けてきて辿り着いた、唯一正しい対処法です。
しかし現実には、何を考えているのか荒らしを放置したがる管理人は多いです(多分ページビューが増えて、注目度が上がるからでしょう。自分が荒らしの粘着対象になるのが面倒というのも、無いではないですけどね)。そういう時は、一人でも多くの人が荒らしへの不同意を明言することが、次善策と言えます。でなければ、その掲示板の平穏は保たれ得ません。荒らしは、放置しておくと増長するだけです。
荒らしは自作自演が大好きですが、結局のところ、自分が否定されることが大嫌いなのです。荒らしは『空気読め!』という書き込みが大大大好きですが、それて『俺の言う通りにしろ』って言う意味であって、何時でも一番空気を読めていないのは荒らしその人です。そして、荒らしは自分が否定される環境には長時間滞在できません。『空気読め』と言う荒らしの書き込みには、『お前が空気読め』と皆でレスを付けることも、対処法としては有効だと思われます。
IP表示のある掲示板を見ていると良く判りますが、荒らしは3つ程度のIPを確保している場合が多いです。そのうちリセットでIPの変わるものを使っている場合は、毎回リセットを掛けてきます(なんかそういうのに使えるサイトがあるという話もありますが)。そして、荒らしは知能が低いのかウッカリさんなのか、IPごとの役割分担をしょっちゅう間違えます。結局のところ、自作自演というのはIP表示掲示板では結構簡単に見抜けます。
二つ以上のIPで一人の人を攻撃している奴が居たら、そいつは常習的な荒らし野郎です。出先からと自宅からでIPが変わる場合もありますが、自作自演目的の場合はそれぞれのIP交互で書き込んできますから、そういうのとの見分けは簡単に付きます。
そういうのを見付けた場合は、管理人としてアク禁にされることをお勧めします。常連書き込み者であったとしても、常習的に個人攻撃荒らしを繰り返しているようなメンバーは、その場には必要ありませんよね?
世の中から、荒らし野郎が撲滅されるといいですね(^-^)!
晩婚化の原因は何?とかいうスレッドがどこぞの掲示板に立っていたんですが。
晩婚化の一番の原因は政府というより、バブル期に女性の多くが、無闇と高収入信仰に走ったせいだと思う。男の年収1千万が底とか、当時でもなかなか無理な要求でしたから。そこまで行かなくっても、金しか興味の無い女性達の欲求を不完全ながらも満たせるようになるには、部課長クラスくらいにはなれる年齢でなければ達成出来ません。となれば、嫌でも晩婚化は進行するわけで。
とは言え最近の晩婚化を引っ張る原因は、夫婦での可処分所得と教育費とのバランスもありますよね。と言うか共働きでなければそんな金は稼げない。しかし子供が出来たら妊娠数カ月で女性は会社をリタイアすることを事実上強要される──。だったら結局、子育て期を支える収入が無いやん?!
これに対する答えは、実はあります。簡単な話で、今の会社に頼った家族手当や年功序列型賃金に依存するのを止め、子供の育成・教育段階に合わせた国家助成による所得調整を軸に切り換えればいいのです。
そうすれば、会社で頑張れば所得は増えるかもしれないけれども、それは贅沢に回せば良い。勿論教育に回すのもありです。でも、所得の少ない家庭でも、所得の多い家庭でも、効率であれば安心して子供を学校に通わせることが可能になります。子供の数だって、別に二人と言わず、三人でも四人でも関係ありません。親の所得が月十二万でも、何人もの子供を養いながら教育の心配をしなくて済むようになるのです。
子供の養育費・教育費と所得の分離は、実は高齢出産の増加の問題の解決にも繋がっています。今どきの夫婦だと、三十代の会社員でも子供を持つのを躊躇するレベルです。しかし、別に学生結婚でお互い十八歳で無収入でも、これなら極端な話親に迷惑を掛けなくっても子育てが出来ます。
まあそもそも、核家族化で親の労働力支援を受け難くなったのも、小子晩婚化の原因の大きな要因なんですけどね。
何にしても、日本ではそんなドラスティックな改革は、やんないでしょうけどねー。世の中で100人に一人位は、同じ結論に達せる程度のヒントが転がっていた筈なんですけど。でも寡聞にして、そういう法案が提出されたというお話を聞いた記憶がございません。
シグマのFoveonコンパクトシリーズに、75ミリ相当のレンズを搭載したDP3メリルが発売されるそうで。メーカーとしても商品としても応援はしておりますが、しかし単焦点レンズ非交換式で75ミリは流石にチャレンジング過ぎるような‥‥。
まあ流石に、売れなくっても会社が傾かないという前提でやっているんだとは思いますが、正直これ出すんだったら『諦めて素直にレンズ交換式にすれば?』と言わずにはいられません。せめてリコーの旧GRシリーズみたいに、20ミリくらいにしておいたら超広角ボディー専用機って使い分けになるものを。
そうそうソニーのRX1見ていると、今のDPシリーズのラインナップだと35ミリも有りだよなって気もしますが、DP2の45ミリと近過ぎるか?素直に50ミリだったら、ラインナップも組みやすい気がするんですが‥‥。RX1は値段の高さ以外は意外とパーフェクトなカメラで、触ってみると欲しくなりますね〜。
フジのX100の後継機も出るようで、個人的にはベイヤー配置の方が嬉しいんですが、Xプロ1準拠の撮像素子になるようです。デジタルスプリットイメージとか色々と面白いギミックを搭載しているようですが、相変わらず面白いアイディアを提供してくれますね、最近のフジ!!ただX−E1でも気になったAF中のコマ落ちは改善しているんでしょうかね?フレーミング上困るんですが‥‥。
新年明けましておめでとうございます。生きていてもまあ全くもって存在意義も何にもない人生ですが、生きている限りは皆様と仲良く、そして楽しい物であって欲しいものです。ええまあ願望形で書いている通り、現実は望み通りからは果てし無く程遠いものですが。まあまだ飢え死にもせずに自殺もしていないだけでも、恵まれているってもんなのでしょう(どんなけ期待値低い人生なんだ?)。
しかし安倍ちゃんさんこと多分また首相になる人(首班指名ってもう終わってるのかなー?)がインフレ目標がどうとか言っていますけど、インフレの前に既に円安が到来している訳で、それをさも自分の得点のように言われてもなんだかなー。
円高分、ガソリンを見なくてもしっかりちゃっかりインフレは進むでしょうけれども、それが本当に2パーセントとかで納まるの?そもそもインフレ率よりも賃金上昇率が前に立たないと市民は生活苦=そのまま不景気に直結。そもそも生活水準は下がる訳で、もう既にお先真っ暗な日本が見えているようです。
政府の見解では史上最長の好景気とやらがちょっと前にあったそうですが、バブル後にとっとと『超不景気』済ませておかないで、『ああまた不景気か』って状況になるのは、ちょっとなんだかなーって言いますか。バブルの後の不景気って不十分なものだったんだなと、恐ろしい事実に今更気付かされた訳です。
ところでどうせ不景気が待っていて、ハイパーインフレクラスのインフレも目前ということであれば、一つ言っておきたいことが。日本のバブルは土地代の値上がりが牽引したわけですが(考えてみると中国やサブプライム好況も似たようなもんですよね)、今ある不景気の大元とか、日本人の生活が今貧困である原因の大元は、土地バブルだと思います。そしてバブル崩壊後の対策は土地価格の維持を目してやっていたような面もある訳ですが、地価が今の水準に対しても大暴落しないことには、日本は永遠に斜陽の国のままなんじゃないかなと思います。
皆さん自覚されてるとは思いますが、日本の家は狭いです。その癖、馬鹿馬鹿しくなるくらい高いです。でも意外と戦前戦後くらいの時期の日本人は、普通に一軒家を買えました。
ところであなたが手にしている持ち物を捨てるとき、その理由は何ですか?家が物で一杯になって、仕方ないから手放しませんでしたか?あなたが物を買わなくなった理由は、本当にお金が無いからだけですか?いや、どうせ直ぐに手放すんならば、馬鹿馬鹿しくって無駄遣いはしなくなっただけではありませんか?10円のものも1万円のものも、買ったあと直ぐに手放すのであれば、それの価値は等しく『無い』のと同じな訳です。そして価値のない物に、せっせとお金を費やす人は居ません。
なる程バブル期に、無謀に天井知らずに値上がりする地価は、日本人の額面資産を増やしていくのに貢献しました。しかしその果てに残ったのは、国際的に見た場合の激しい物価高、途轍もなく低い人件費的競争力です。それは円高というよりも、地価高を原因とした競争力減退でもあった訳です。
つーか、家を買うことに対して敗北主義者となった日本人の所有品収容能力は、かなり貧弱なものと言えるでしょう。それを地価高と物価高を原因とする人件費の高さ(買う物も値段が高いんだから、別段豊かでも何でもない)を日本人の豊かさと勘違いして、自分達は勝ち組だと錯覚しているだけな訳です。でも、人件費だけでなく、それに倍するペースで地価が安くならない限りは、日本人は日の落ちた帝国の住民であり続けることでしょう。
まあ何にせよ、日本円が安くなるということは、外国の投資家の保有している日本国債の価値が下落することとイコールであるということは、上に書いた論に対して全面否定する人や拒絶反応を示す人でも否定は難しいものと思います。これはどういうことかと言いますと、海外ファンドは円安が進行した時点で国内のインフレ率とは関係なく、一斉に日本国債を放出し始めるということです。そうなれば、格付け会社の日本国債の格付けも、当然下落します。
えーっと、まだ続ける必要ってありますかね?安倍ちゃんさん(多分首相に返り咲く人)が円相場を下げるのに成功したとか息巻いて喜んでますが、日本国債の下落は既に必須ですね。そして下落局面に入ると、下落が下落を呼んで恐慌状態にまで陥る可能性は高いと思います。対策として考えられるのは、ウーン、日本円の高値維持政策?
はっきり言えば、地価の下落と物価の下落、それに歩調を合わせた賃金の下落こそが今の不景気の処方箋の片方の柱であるべきであった訳で、もう一つの柱は、新しい産業を興して新しい商売を日本人の一人一人が始めることです。
別に、その新しい商売の8割が失敗だったって、全然構わない訳ですよ。政府がやるべきは、その8割の失敗者に対して、失敗後の生活をフォローすること。『なんだ、失敗しても別に死にゃーしないじゃないか』そう実感したときに、人は初めて新しいことを始める勇気を持つことが出来ます。今の日本では、詰まらないミス一つで会社をクビになるんではないかと首を竦めた人しか見掛けません。そんな状態で、新しい商売なんて興せる訳はありませんよね?
どうせ、政府が国民に対して新しい商売が成功する秘訣とか、商売の種を提示して見せるなんて上手く行く訳がありません。だから、国民の一人一人が自分自身の思いつきで、『兎に角何かやってみる』しか無い訳ですよ。アメリカのベンチャーが強いのは、その『やってみる』ことをサポートする体勢が社会として、民間のベンチャーキャピタルという形で整っていることです。まあその社会の体勢のほとんどは、成功指向のメンタリティーが支えていたりする面もあるんですけれども。
後一つ、今学校を出て社会に出ていこうとする若者たちの一人一人が、海外に出て裸一貫で突撃を掛ける気概が無い限りは、結局日本は斜陽の国でしょう。何もしない人に、何の見返りもありません。何もしなくっても、今の不景気なご時世だとジリ貧になって仕事も見付けられずに『明日も社会保障制度が存続しますように』と祈るしか出来なくなるだけです。そして『何もしない日本人』のままだと、20年経たずに社会保障制度の全ては、存続出来なくなっていることでしょう。誰もお金を払わない年金なんて、存続出来る訳はないのです。生活保護だってそうです。
私も事業を始めてまあ失敗が眼の前にぶら下がってる状態ですが、じゃあ駄目だったら次に何をしようか?それが無ければ、待っているのは野垂れ死にだけです。まあ、残念ながらそうなる可能性は極めて高いと思っていますが──。