詩を書いてみよう

 

 そう言えば自分も詩なんて書かない、その前に読まない、どっちかつうと詩を書く奴ってちょっと変わってるというか行っちゃってるというか、そんなふうに思ってたほうで、お恥ずかしながら。

 そんな自分が詩を書くようになったというのはまた変な話で、自分は作曲が好きなんだけど、また楽譜が読めない、楽器が出来ない(おいおい)、それで作った曲を覚えるっつったら歌詞付けて何とかってなもんで。そこからですねえ、詩を書き始めたのは。

 それでも難しいですね、まず自分の感情の伝達手段としてこの詩を考えているんだけどまず伝えたい感情がなくちゃあいけない、しかも受け取る側が少なくとも共感できるようなものがね。それを伝えるにはやはり技術というか表現者としてのある程度の説得力が必要だ。発信する側の思いをストレートに書いてもまず伝わらないものなんですね。かと言って読み手に迎合した詩ってのは見てるだけで胸くそ悪くなる、やはりその詩の持つ存在感というか、うーん、個性というかねえ、必要なんじゃないかねえ。こう考えてみると詩は書き手の書くことへの必然と読み手の書く内容への共感もしくは何かを感じたって事、その双方のバランスの上に立ってるんじゃないですか。

 たまに人の詩を見るけど読むに耐えないのが多いね。これ作文か感想文ってなもんで。俺は詩はできる限り形容詞を使わずに新たな形容詞を作る作業だと思ってるんですよ。出来るだけ短い言葉、動詞と名詞と簡単な形容詞でその雰囲気と環境を作りながら、そこに一つの火を灯すというか。そのために反復など俺の場合は多用しますね。そこに一定のリズムを起こしある雰囲気を作るというか(まあ曲に合わせてるって所もあるんだけど)。

 もし悲しいって事を強調した詩を書きたかったら、まず悲しいって言葉をなるたけ使わずに表現してご覧なさい。ちょっと詩っぽくなったでしょう。ただその時もその状況説明ではなく、新たな形容詞を文書で作ってるんだと考えてやってみるのは如何でしょうか。まあこれが一番難しいところだけど、あまりにオリジナルすぎて読み手がついてこれんようだとそれはただの自己満足に終わるけどね。だからこの作業は慎重に。

 ただまあすべての人に読める詩を書くと結局平凡で無難なものになり面白みが消失してまいますね。やはりすべての人が演歌が好きなわけではなく、クラッシックが好きなわけではなくまたロックやパンクが好きなわけではない。そこら辺、読む対象をこっちで絞ることも必要でしょう。最終的には皆への迎合ゆえ自分の言いたいことが表現できなかったらしょうがない。ここはある程度の冒険、素直さの必要なところで。

 美しさとか感動とか悲しみとか喜びは詩の大きな主題になるけれど、例えば怒りや憎しみ汚さや醜さなんてのも立派な詩の主題になるんです。いやむしろ自己の感情を表現しようとしたらこれらは避けて通れんでしょう。まあパステルカラーの手弱女ぶりな詩が多い中、ちいと粗っぽく見えるようだけどね。まあそんな詩ばかりじゃあ面白くないでしょう。ここらであなたオリジナルの詩っつうのを書いてみては如何でせう(なんで、またてめえの様なトーシローに偉そうに言われなくちゃなんねんだって人、まあ抑えて)。

 
 

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