漢詩を楽しもう―九月九日―    二〇〇四年十月二十二日 旧暦九月九日

大阪市立東高等学校  濱中 仁

○旧暦と新暦の春夏秋冬
旧暦:立春(新暦の二月四日ごろ)に最も近い新月の日を正月一日とする。十二か月は約三百五十四日。
新暦:明治維新後、西洋の暦を採用したもの。一年は約三百六十五日。
 
旧暦季節
十一十二
新暦季節
十一十二

※旧暦は新暦より、月は一月遅れるが、季節は一月早まる。
 
○旧暦九月九日
菊の節句。重陽節。茱萸を頭に挿したり、菊酒を飲んだ。また、一族が集まって高い所に登り宴会する習慣(登高)があった。
 
・茱萸と菊酒
(戚夫人侍児賈佩蘭説)九月九日、佩茱萸、食蓬餌、飲菊華酒、令人長寿。菊華舒時、并採茎葉、雑黍米醸之、至来年九月九日始熟、就飲焉。故謂之菊華酒。
(戚夫人が侍児、賈佩蘭説く、)九月九日、茱萸を佩び、蓬餌を食べ、菊華酒を飲みて、人をして長寿たらしむ。菊華の舒(ひら)く時、并せて茎葉を採り、黍米に雑(まじ)えて之を醸(かも)し、来年九月九日に至りて始めて熟し、就ち飲む。故に之を菊華酒と謂う。

茱萸:植物名。 蓬餌:ヨモギの団子。
・登高の起源
続斉諧記。汝南桓景、随費長房、遊学累年。長房謂之曰、九月九日、汝家当有災厄。急宜去。令家人各作絳嚢、盛茱萸、以繋臂、登高山飲菊酒、此禍可消。景如言、挙家登高。夕還、見鶏犬牛羊、一時暴死。長房聞之曰、代之矣。今世人毎至九日、登山飲菊酒、帯茱萸嚢是也。(『蒙求』「桓景登高」)
続斉諧記(ぞくかいせいき)にいう。汝南(じょなん)の桓景(かんけい)、費(ひ)長房(ちょうぼう)に随(したが)い、遊学して年を累(かさ)ぬ。長房之(これ) に謂いて曰く、九月九日、汝が家は当に災厄あるべし。急ぎて宜しく去るべ し。家人をして各おの絳(あか)き嚢(ふくろ)を作り、茱萸(しゅゆ)を盛り、以て臂(ひじ)に繋(か)け、高き山に登り菊酒を飲ましめば、此の禍(わざわい)は消ゆべし、と。景言(げん)の如くし、家を挙げて高きに登る。夕(くれ)に還れば、鶏犬牛羊、一時に暴死(ぼうし)せるを見る。長房之(これ)を聞きて曰く、之に代われり、と。今世の人の九日に至る毎(ごと)に、山に登り菊 酒を飲み、茱萸嚢を帯ぶるは是(こ)れなり。(『蒙求』「桓景高きに登る」)

続斉諧記:書名。梁呉均著。 汝南:地名。 桓景:後漢の人。謂:相手に話しかける。 費長房:人名。桓景の師匠。
○陶淵明
 己酉歳九月九日  己酉の歳、九月九日
靡靡秋已夕  靡靡(びび)として秋已(すで)に夕(く)れ
淒淒風露交  淒淒(せいせい)として風露交(まじ)わる
蔓草不復栄  蔓(はび)こる草は復た栄えず
園木空自凋  園木は空しく自ら凋(しぼ)む
清気澄余滓  清気は余滓(よし)を澄まし
杳然天界高  杳然(ようぜん)として天界高し
哀蝉無留響  哀蝉(あいせん)は響きを留むる無く
叢雁鳴雲霄  叢雁(そうがん)は雲霄(うんしょう)に鳴く
万化相尋異  万化相(あ)い尋(つ)いで異なり
人生豈不労  人生豈(あ)に労せざらんや
従古皆有没  古(いにしえ)より皆な没あり
念之中心焦  之を念えば中心焦がる
何以称我情  何を以てか我が情に称(かな)えん
濁酒且自陶  濁酒(だくしゅ)且(しば)らく自ら陶(たの)しまん
千載非所知  千載は知る所に非ず
聊以永今朝  聊(いささ)か以て今朝(こんちょう)を永くせん
 秋もはやだんだんと暮れゆき、ひえびえとした風が吹き露のおく頃になった。
 はびこっていた草ももはやのび栄えることはなく、庭の大木もむなしくひとりでに枯れすがれてきた。
 清冽な大気はかすかに残っていたむれた空気までも洗い去って澄みわたり、大空ははてしもなく高く仰がれる。
 寂しげに鳴いていた秋の蝉も今はその声をとどめず、群れ飛ぶ雁が雲間はるかに鳴いている。
 このようにものみなは変化して、つぎつぎと異なった姿にかわってゆく。そうした中で人は生きてゆくのだから、どうしてなやみがないといえようか。
 昔からすべてのものに死という現象がある。そのことを思うと、私の胸はまるで火であぶられてでもいるかのようにいらいらしてくる。
 何によってこうした私の心を慰め充たせばよいのか。このどぶろくをまずまず独り楽しむことだ。
 千年も先のことはわかるはずもないのだし、まあ今の所はこうして、この今日という日をできるだけ長く暮らすことだ。

一海知義『陶淵明』岩波書店・中国詩人選集、一九五八



陶淵明:(三六五〜四二七)、六朝時代の隠者、詩人。 己酉歳:義煕五年(四〇九)。 靡靡:ゆっくりと。 夕:暮れる。「秋夕」で晩秋の意。 淒淒:ひえびえと。 杳然:はるか。 陶:陶然。うっとり。 今朝:今日。

宋刊本(四部叢刊)『陶淵明集』巻三

 
・菊と酒
 秋菊有佳色  秋菊 佳色(かしょく)あり
 ※露※其英  露に※(うるお)う其の英(はなぶさ)を※(つ)む
 汎此忘憂物  此の憂えを忘るるの物に汎(うか)べ
 遠我遺世情  我が世を遺(わす)るるの情を遠くせん (「飲酒」二十首その七)

※:[衣<邑]   ※:[手(綴−糸))]
・楽しみをなす
 得歓当作楽  歓びを得なば当(まさ)に楽しみを作すべし
 斗酒聚比隣  斗酒もて比隣を聚(あつ)めん
 盛年不重来  盛年 重ねては来たらず
 一日難再晨  一日 再び晨(あした)なり難し
 及時当勉励  時に及んで当に勉励すべし
 歳月不待人  歳月は人を待たず      (「雑詩」十二首その一)
○王維
 九月九日憶山東兄弟  九月九日 山東の兄弟を憶う
独在異郷為異客  独り帰郷に在りて異客(いかく)と為り
毎逢佳節倍思親  佳節(かせつ)に逢う毎(ごと)に倍(ます)ます親(しん)を思う
遙知兄弟登高処  遙かに知る 兄弟高きに登る処
遍挿茱萸少一人  遍(あまね)く茱萸(しゅゆ)を挿して一人を少(か)くを
王維(六九九〜七五九)。この詩は「十七歳の作」とある。 山東:華山(西岳。都長安の東にある山)以東。 親:身内。

元刊本(四部叢刊)『王右丞集』巻三

 
○杜甫
 登高       登高
風急天高猿嘯哀  風急に天高くして猿の嘯(うそぶ)くこと哀しく
渚清沙白鳥飛廻  渚清く沙白くして鳥飛び廻る
無辺落木蕭蕭下  無辺の落木 蕭蕭として下り
不尽長江滾滾来  不尽の長江 滾滾(こんこん)として来たる
万里悲秋常作客  万里悲秋 常に客と作り
百年多病独登台  百年多病 独り台に登る
艱難苦恨繁霜鬢  艱難(かんなん)苦(はなは)だ恨む 繁霜の鬢
潦倒新停濁酒杯  潦倒(ろうとう)新たに停(とど)む 濁酒の杯
杜甫(七一二〜七七〇)。詩聖。この詩は晩年の作とされる。 猿:鳴き声は悲しいものとされた。 落木:落ち葉。 滾滾:盛んに流れるさま。 万里:遠く離れた距離。一里は約五百米。 百年:一生涯。 艱難:苦しみ。 苦:たいそう。 潦倒:落ちぶれたさま。

宋刊本(四部叢刊)『分門集註杜工部詩』巻二

2004.10.22 区民講座レジメ