The North of the Border

<2>




















音を立てて開く扉───

声が降る。



「ナイルの娘」


娘は無言で見上げた。

布を纏う明るい銀灰の長い髪───
その琥珀色の瞳───

ミタムン王女の兄、イズミルだった。


張本人だ。


この傷の。


この事態の。



悲しみと怒りを露わにした瞳がイズミルを真っ直ぐに見据える。
透き通る青い双眸(そうぼう)は無言でもイズミルを全否定していた。

イズミルは、これは、と思いながらも娘に宣告する。
娘から目を離せない自分を半ば愉快に感じていた。


「こちらに来るのだ」

「何故!?」

「間もなく船を降りる」

歩を進めるイズミル。

「わたしは降りません」

キャロルは当然といった様子。
イズミルの声が降る。

「そなたは捕虜なのだぞ?降りてもらう」

娘の言葉にまたしても愉快を感じたイズミルだったが素振りは変わらない。

出会った時からなんら変わらない。

変わる事ない温度のない琥珀色の瞳。


「わたしはわたしだわ!用は済んだでしょ!」

かなり強気なキャロル。

怖いものはなかった。

納得いかない事はもうたくさんだった。

不条理な状況に怯(ひる)みはしない。



「用か。これで済んだと?」

言い終わらない内にイズミルは動かないキャロルの肩を取り引っ立てた。
傷の痛みでキャロルは自ら動けない。
立ち上がらせたキャロルの後ろ手を捉えイズミルが扉へと押し進める。

「聞きたきことは山とある。ミタムンの事だけと思うか?『エジプトの中枢』に居たナイルの娘には・・・」

「───」

最後は脅しだった。
心底冷える物言い。


  エジプトの内情を吐かせようってこと!?

  国と国の争いに手を貸せと!?

  そんなこと、この私がする訳ないじゃない!


「エジプトの何を聞き出そうって言うの!?何も『ヒッタイトの王子様』に喋ることなんてないわ!」

怒りは止まらない。

「国と国の争いなんて!攻め合いなんて無くなってしまえばいいんだわ!!御免だわ!!」

簡単に船室の外に連れ出されようとするキャロルは、意に介さないイズミルに猶も食い下がる。

「わたしは、メンフィスの元から逃げたかったのよ!それ以外何も見てないし思い出すのも嫌よ!!」

言いながらも、キャロルは抵抗を封じられ甲板に連れ出されていた。


背中の傷が悲鳴を上げる。


「元気の良いことだ。背の傷が酷いようだが?良い薬をやろう」

「え」
  薬って何よ・・・!?

そのままキャロルは別の一室に連れ込まれる。


恐らく上位の者がいるような船の中央のその一室。

荷の上に書類の類が数枚あるのが目に入った。
この時代に貴重なそんな物があるところを見ると、この王子のための一室なのだろう。

キャロルは散々身を捩って抵抗する。

イズミルから身を離そうと藻掻くもその手は鋼鉄のように動かない。

「は、離して!!何するの!」

訴えが叶うはずもなく、イズミルの片手に抱き竦められた。
自分の無力さに打ちのめされる。

絶望が脳裏を過(よ)ぎる。


何かを荷の箱から手に取ったイズミルにそのままうつ伏せに腰高の別の荷の上に難無く押さえ付けられる。
肩口を片手とはいえ鋼のような力で押さえ付けられている。

絶望にキャロルは戦慄した。



「少し辛抱するのだな」

何かを瓶から口に含んだかと思うとキャロルの頭上にコトンと置く。


!!な・に・・・水?


そのまま、す、と肩にもう一方の手が掛かる。
ぞくりとしたのだろう、キャロルのたおやかな身体が震えるのを見てイズミルは目を細めた。

両肩から滑るように衣が落とされる。
身に付けていたエジプト衣装は腰紐で保たれているが、素肌が露わにされる。
キャロルは絶句、息が出来なくなって硬直した。


そして・・・

  !?

背中に一気に吹き掛けられたのは。


  !!!


一瞬後に起こる激痛。
イズミルから開放された身体は瞬間背を反らせ絶叫していた。
それは消毒と治りを早める酒。
余りの激痛に藁をも掴む思いだった。
イズミルに向かって手を伸ばしキャロルは言葉にならない声で天を仰いで叫んでいた。


!!た!助けて!!!!


イズミルの胸座(むなぐら)をすごい力で掴み、痛みに耐えようとした。


!!だめ!!耐えられない!!


狂ったように仰(の)け反り叫ぶ。


イズミルは胸に縋(すが)るキャロルをその腕の中、押さえ込んだ。

受け止めていた。

キャロルを痛みごと───

その鋼鉄の力で───

しばらくは収まりそうもなかった───








*****************************************






  ───────
  ─────
  持ち直してきたか・・・


叫ぶことを止め、震えるキャロルをイズミルは見詰める。

手の中にあるのは荒い息遣いを繰り返す『ナイルの娘』。

それとはなく観察していた。


黄金の色合いの美しい髪。
それは肩までの長さながら、柔らかくうねり豊かだった。
苦痛に閉じた目の長い睫毛。眉。どれも黄金色であることは驚嘆だった。


まじまじと眺めているイズミルがここで気付いたことがあった。
それはキャロルの瞳の色に関心が行きがちで気付かなかったこと。

この娘の容貌の美しさ。

息を止めていた。
青でない目、黄金色でない髪だったとしたら・・・
そこまで考えて絶句した。
こんな造形の娘は見たことがなかった。


  ・・・神の娘・・・か。


  滑らかな透ける肌といい、こんな女がいるとは。


  不思議なものだ。


外見それだけで魅了されている自分がいることを認めるイズミルは冷静だった。


手元に置いて、それで?
初めこそ知らず、どの娘も同じ。
いずれ飽きるものだ。
興味はない。

今の私には目指すものがある。
───報復だ。
この上ない駒───
『メンフィス王の寵姫』を最大限利用する───


そう思案しまだ未練感じぬイズミルであった。






イズミルの腕に首を逸らし仰(の)け反ったままだったキャロル。

不意にその荒い息が落ち着く。

その体から力が抜けていく。

  意識が・・・?

イズミルの目の前でみるみる意識が薄れていく。

眠りに落ちて行く。

痛みが去った後の安堵に落ちたのだった。


安らかに息づく。

白い首筋を無防備に見せたまま。

白磁の肌はどこまでも柔らかにイズミルの目に映る。


肌蹴(はだけ)たその衣をゆっくり掻き合わせ、直した。

イズミルはキャロルを横抱きにすると踵を返す。

その背を気遣いながら。





甲板に出る。


海面を渡る風───

───手の中の黄金が舞う。

午後の日差しにそれは映え、光を撒いた───


しばしそれを瞳に映すとイズミルは側近に命じベールを手にすると光を遮った。

天からその手の中だけに隠した。



程なく甲板ではイズミルの指示の下、部下達が行き来する。


間もなく彼の国だった。





  ・・・・・

  遠くで人の話し声が聞こえる・・・
  遠いわ、そこはどこにあるの・・・?

だんだん何を言ってるか頭が理解するようになると、急速に声は近くなった。


「ではナイルの娘は最後に」


最後に何?

ナイルの娘って・・わたし?

何の事?


ぱちっと音を立てそうな勢いでキャロルが目を開いた。

居心地の良い腕の中で自分を取り戻した。


「イズミル、王子────何、何?どうなって・・・」

がばっと身を離す。

船首に近いところで座り込んでいるイズミルと自分。

周りには王子の側近らしい人物が数人。
そのまた周りの召使の者達に手配りしている。

立ち上がるイズミル。

「ナイルの娘、船が着いた。降りるぞ」

キャロルの腕を引き、立ち上がらせる。

「え、ええ」
キャロルは生返事とはいえ返事してしまったが、よく分かっていない。

「そなた、痛むところはないか」
「え、ええ」

同じ返事を繰り返す。

「背は」
「背?背中・・・えと・・・っつっ」

そう言って背に手を回す。

やはり痛むようで顔をきゅっと歪めた。

「なに、傷口の血は止まっている。少し暴れるのを控えるのだな」
「────」


キャロルの顔色が青褪めた。
今の状況に思い至っていた。

護衛の者たちに周りを固められつつキャロルはイズミルと共に船を降りかかっていたが。

すぐに従順な自分にハタと気付いて、足を止める。

船を降りたら・・ヒッタイト──だ


「ここはどこ?わたし──」

「もう同道巡りは良い」

「え」
  何その呆れた口調・・・

だが呆気に取られたのはキャロルの方。
返す言葉がなかった。

「そなたは誠に──」

そういうとイズミルは少し笑うのだった。
キャロルの腕を掴みなおし押し進めながら思う。

  真っ直ぐ過ぎて可笑しさを誘う。
  すること為すことが愉快だ。

キャロルの不屈の精神が小気味良かった。

「悩みなどないのか」

「・・・え」

イズミルの横顔に瞠目する。

「どうしてそう堂々としていられるのだ。捕虜なのだぞ、そなたは」

「捕虜にだって人権は、同じく生きる権利はあります!だいたいわたしはこの世界の人間じゃない!!私は自分の世界に帰りたいのよ!」

「何を言っている?」

イズミルが薄く笑う。
気でも違ったか?

「ここから帰せと言うのなら、それは無理だな」

どうして!どうして分かってくれないの!?

だが同じ反応を繰り返している自分に冷静に気付けた。
前を向いたままに告げるイズミルの冷静さが移ったのかもしれない。

・・・そうだ、喧嘩腰になっては事態は改善しない。
ここは落ち着いて・・・

「どういう・・・条件なら?わたしを解放できるの?」
「条件?有り過ぎて困るほどだ」

半ば茶化すイズミル。

  そんな・・!!

  最悪な条件なんだわ・・・


心の中で悪態をつく。

ふらつく足元。

眩暈がする。

額に手を当てる。



眼前を見渡した。


え、お城・・・?

もうお城が?



そこには眼下に賑わう町を備えた古代の要塞が聳(そび)えていた。

また不意に足を止めたキャロル。

「・・・ここはなんて言う所なの?」

「城に入ってから教えてやろう」

え・・なんてずるい───

捕虜と王子の攻防はいつまでも続きそうだ。
だが逐一キャロルに振り回される事はもうイズミルには無さそうだ。
余裕が見られる王子の勝ちか?

しかしキャロルには現代の叡智が備わっていた。

「ここはアナムール?それともアネムリオンかしら?あの見えるのがキプロス・・・」

水平線に霞むのは現代でも海岸から100キロ先に浮かぶキプロス島の山脈だった。

該当するような町がある、そこそこ大きい古代都市は先の二箇所。

「よく知っておるな」

「あ・・」

「見たことがあるのか?」

そこで絶句するキャロル。
また、やってしまったと後悔するが遅かった。

メンフィスの時に何回やってるのよ!わたし!

「何故知っている?聞こえぬか?」

そんな凄まれても・・
どうせ理解できないのに!

「何故って、何故だと思うの!ほっておいて!」

「私が聞いているのだ。やはりそなたには聞く事が多過ぎる。扱いを改める」

言う内に側近の一人に「プレビス」と発すると、出したイズミルの手に、そのプレビスから縄が渡された。
その用意の良さに呆気に取られたキャロル。
一瞬でキャロルを後ろ手に縛り上げるかに思われた。
だがキャロルにも用意がある。
何の為の指輪か。
今こそ思い知らせる時だった。

記憶力の良いキャロルには咄嗟の行動もできる俊敏性もあった。

  縄抜けできるように。
  手首を上向きに。
  抵抗する事も忘れずに。

案の定縛られたキャロル。

  縛られることに慣れっこになっている?

  飽(あ)くまで抵抗することが第一だ。
  こんな仕打ち許されてなるものですか!


一方、様子の不自然なキャロルを見通すことができないイズミルではなかった。


「ナイルの娘、いやキャロルと申したな。何を考えている」

こちらも記憶力で対抗。
しっかり名前で呼ぶ。

「!」
「何を考えていると申したのだ」
「な、何も。───縄で縛るなんて、」
「嫌だと申すのか?嫌でもそれがそなたの運命(さだめ)」
「─────」


運命(さだめ)?

・・・さだめ?

───なんですって・・・


そのままに引っ立てようとイズミルがキャロルの腕を掴んだ。
がキャロルはよろよろと歩いただけでその場に崩れ座り込んでしまった。

運命(さだめ)って、そんなこと簡単にっ!
あなたなんかにっ!

八つ当たりだった。

限界の寸前、俯いて震えるキャロル。

「どうした」

イズミルが心配の色を見せたが、キャロルは怒りを露に無茶苦茶に暴れ始めた。

「何よなによっ!信じないわっ。私を振り回さないで!!もうたくさんよ!!」

もう我慢ならなかった。

古代に来てから散々だった。

全てを壊したいかのように暴れた。

イズミルの手を逃れ、回りを固める側近達の手からも必死に逃れようと暴れ回る。

キャロルの背中の傷に再び鮮血を伴う強い痛みが走った。

「っつっ────」

見る見る間にキャロルの背に血が滲んだ。
衣が赤く染まり周りの者達を驚愕させる。

「静まれ」

そう言ってイズミルは辺りを払うと蹲(うずくま)るキャロルを軽々と肩に担ぎ上げた。
瞬時に静まり冷静さを取り戻し、主君の身辺を固める護衛。
イズミルは背に黄金を、
一団を引き連れ、
雑踏を抜け、
海の城の門を潜(くぐ)った。





背中から流れる血。

首を伝う。

顎の先から滴(したた)る。

ポタポタ・・・

涙も止まらない。

だがキャロルは痛みで泣いている訳ではなかった。

悔しかった。

ただ悔しかった。


わたしはわたしよ・・・


運命なんて未来では変える為にある・・・、そう謳うのよ!

運命を変えるわ・・!

・・・変えるわ・・・!

・・・変える・・?

・・・変えてしまう・・!

・・・未来が──────!

どうすればいいの───!? 古代なんて、古代なんて・・・!

もうたくさん───!






「侍医を呼べ」

イズミルの声をどこか遠くで聞いた以外はキャロルは悲嘆に暮れ、取り留めない罵倒を心の中繰り返していた。


────── 涙と血がポタポタ続く回廊を辿るとどこに通じるのか。
地下牢か───

キャロルがうつ伏せに寝かされたのは明るい場所だった。
清潔な寝具の寝台は牢の物とは程遠い。

「侍医は」
「は──間もなく。お待ちを」

その側近が足早に室外に出て行こうとする。

「良い。手当ては私がする」

その機敏そうな部下はこれまた機敏に返事二つし、侍女に手配の声を回廊に響かせた。
「清潔な布と湯とヴィスタ殿の手持ちの傷薬をこちらへお持ちを」

後ろ手に縛られていた戒めが解かれ、肩から衣が降ろされる。
どこまで初心なのか、咄嗟に身を捩るキャロルは本物だった。

  何するの・・・

  もうやめて・・・ほって置いて・・・

  お酒を吹き付けられて傷は消毒された・・
  今はすごい活性力で治癒しようとしているだろう。
  でもまた出血するなんて・・


  ・・・我慢ならなかった・・
  ただ我慢ならなかった。!
  『運命(さだめ)』だから?
  囚えるわたしを嘲(あざけ)るのは止めて。
  そんな枷(かせ)をわたしにはめないで!


  わたしは・・・わたしよ!





  だけど・・・もういい・・・




  ・・・もうやめよう・・・




  悲しむのはここまでにしよう・・



  そうよ・・・こんな時こそ指輪・・・


人差し指の作った輪を確かめる。


  ───『縛られても抜けられる』・・・そうよ。


中指。


  ───『土色の布で身を隠す』・・・出て行ってやるわ、こんな所!


薬指のナフテラが見立てた指輪。


  ───『後悔なく日々を生きて行こう』・・・キャロルはキャロルよ。



「何を言っている、キャロル?」
「───」

右を見上げると腕の衣を止め上げたイズミルが手を清め終えたところだった。

「覚悟するのだな」

え・・・っつっ!!!い、痛い!!!

またキャロルは声にならない声を上げ訴えた。

な、何をしてるの!やめて─────!!

「止血だ」

いやだ嫌─────!!
そのざらざらした布を使わないで────!!!

「駄目だ。これが一番だ」

無慈悲なイズミルの台詞が脳裏を焦(こ)がす。

いやよいやよいやよいやよ嫌よ───────!!!

余りの苦痛にパニックに陥る。
更には震えだして止まらない。

誰か誰か誰か誰か助けて──────!!!

手を伸ばしていたのだろう。
その手をイズミルは取ると握ってやった。

力一杯八つ当たり気味に握ったり爪を立てたりぶんぶん振り回す。

痛みを訴えるキャロルの手。

ただしっかり握った。


痛い!痛い!痛い!痛い!痛い――――!!!

―――――――――
―――――
・・・・・





・・・・・

「クレスタ」
「は。王子」

激痛にもやっと慣れた頃。
歯を喰いしばるキャロルの傍ら、王子の助手を務める者が答える。

「止血のままにそれを」

ゆっくりと傷口に掛けられていた重圧が取り除かれるが今度は。
腕が何本も胸の回りに差し入れられ包帯を引きつつリレーする。
脇腹から入った包帯を肩に出す。
傷口全体を厚布で覆い包帯でぎゅうぎゅうに巻き付けている。

あぁ圧迫をしてるのね・・・
それなら早く治りそう・・・

でもお願い・・・

早く終わって―――
冗談抜きであんまり変なとこ触らないで―――


初心な乙女には治療にも限度がある。
別の意味でまた震えがくるキャロルだった。
ぐるぐる巻きにされていた。
固く巻かれた包帯がキャロル自身の動きを封じ、これなら本当に完治も早そうだった。


「気分はどうだ?キャロル」

喋る事も息苦しさで侭(まま)為(な)らない。
微かな身動きで意志表示する。


「侍女を置くので安心して休むがよい」

そう言うと部下のクレスタが侍女数名を差配していた。
イズミルが言う。

「この娘は客人として扱え。何かあれば私に知らせよ」

室内が一瞬異様な空気になったことを肌で感じた。

・・・なんてことを言うの、可笑しいじゃない。
わたしは解放を訴えてるのよ・・・!

呼吸を繰り返すだけで精一杯の今のキャロル。
思いを呑み込んだ。
どこか遠くで聞くしかなかった。

「王子、薬湯でございます」
クレスタとは別の者が言う。
「アカヤジオウとナツメ、サンシュユ、アシュワガンダです。いかがでございましょう」
「良い。三日は同じ物を。その後はサメブトナツメとハナスゲも合わせよ」
「畏まりました」

「キャロル」

イズミルの声が自分に降ってきた。
す、と衣擦れの音が近付いてきたと思うと大きな手に肩から振り向かされる。
天を仰がされる。
その姿勢に耐えていると暖かい肌が唇に触れた。


え―――


唇から唇に流し込まれる薬湯。


何・・これは――――


様々な薬草の味だった。

喉を潤す。

香りに息をつく。

体に染み渡る飲み物だった。

そっと体を戻される。

寝台に沈み人心地がつく。



「これで早く良くなる・・」


―――え・・・


耳元で囁(ささや)く低い声。


混濁する意識の中、キャロルの思考は続かなかった。
イズミルはクレスタら部下達、侍女を従え部屋を後にし、扉が閉まる。
残された侍女が傍でサインを見逃さないかのようにじっと見つめている。
交代の侍女もいる。


・・・ご命令ね・・・

・・・疲れたわ・・・

・・・何日か振りのベッド・・・


そう思うと次第に思考は薄れていく。


喉に残る不思議な香りに気持ちが沈静化していった。


キャロルは抗することもなくその意識をゆっくり手放した。

















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