3人のマリア様


今回のイタリア行きの楽しみの一つは‘お腹の大きいマリア様’にお会いすることです。4年前の2001年、イタリアへ行ったとき、同じ画家のフレスコ画‘マグダラのマリア様’にも会ってます。

“Madonna del Parto”(出産の聖母) Piero della Francesca作  Musseo Monterchi
1457年〜58年頃の作品   260 X 203cm   テンペラ画


Monterchi (トスカーナ州)
地図でも見つからないくらい小さな村で、Sanspolcroから17Km南
作者のピエロ・デッラ・フランチェスカは1417年Arezzoから40Kmに位置するSanspolcroに生まれ、彼の母はMonterchiの出身ということもあって村の墓地横の礼拝堂にこの壁画を頼まれたようです。

この絵は大変稀な、お腹の大きいマリア様の壁画です。青い衣服の中央は大きいお腹のために、はだけて白い下着が見えています。表情は少し無表情ですが、静かな喜びに満ちて、お腹に置いた手は優しく、左右の緞帳を押さえている天使たちの羽、衣服、靴下の色使いには目を見張ってしまいます。

1992年墓地礼拝堂の壁より外され、今は修復も済み小さな美術館のガラスケースで保護されています。

十数年前にイタリアに行った時、Milano、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会で修復前のレオナルド・ダ・ビンチ作「最後の晩餐」が見れたように、墓地礼拝堂の壁に直接描かれたマリア様が見たかったです。




“La Maddalena” (マグダラのマリア)          Cattedrale del Duomo
1465年〜66年頃の作品    190 X 105cm    フレスコ画


Arezzo (トスカーナ州)

マグダラのマリアのフレスコ画は、その時ご一緒したN氏が文集に「アレッツオ ピエロ詣」という題で感想を書いていらっしゃいます。引用させていただきます。
「マグダラのマリアの物語は昔から絵画や彫刻の題材にされてきた。それもイエスの熱心な女性信者の代表格とも言えるのが、マグダラのマリアである。
 彼女のシンボルは長い髪と香油の壺で、十字架の下にいるときや、復活したイエスに会ったなどの情景でも、必ず長い髪と香油の壺が描きこまれている。
 まず大聖堂に着き薄暗い堂をゆっくりと歩く。目がなれて祭壇前に進むと脇に‘マグダラのマリア’が上から静かに、我々の方をジート慈悲深いやや細い目つきで見下ろしている。
 大感激でした。
 ピエロがアレッツオに滞在し、サン・フランチェスコ聖堂の壁画制作の仕事が終わろうとするころ(1,462〜64年)の作と見られ、円熟期の絵画に見られる細密描写で、香油の壺に反射する光、聖女のがっしりした肩にかかるほつれた髪などがすぐれている。」

又、ある評論家は
「緑のドレスに赤いマント、右肩はマントの裏地の白、ボリュウムのある体型、長いほつれた髪に香油の瓶、娼婦の彼女はイエスにすべての罪を追い払ってもらい第一の女弟子として過去を乗り越え、聖女の強固な誇りがにじみ出た面ざし、そしてその内面をピエロは描きたかったのではないか」
と述べています。

N氏の感想文の中にもあるサン・フランチェスコ聖堂(Arezzo)の“聖十字架の伝説”も4年前に見ました。
キリスト磔刑に使用された聖十字架を捜し発見するまでの物語ですが、澄み切った空の碧さや雲のさまが感動的でした。これはピエロの故郷Sanspolcroの景色と言われてます。

四つ福音書のイエスの死と復活の場面には必ずマグダラのマリアの名前が出てきますが、このマリアについて書いてある聖書の箇所は極わずかです。

- マルコ伝16章 -
安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。・・・・・・イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、マグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。

- ルカ伝8章 -
悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア・・・・・・・・

また、ルカ伝とヨハネ伝にはイエスの足に香油を塗る女性の話があります。

- ルカ伝7章 -
さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。この町に一人の罪深い女がいた。・・・・・香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足元に近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。

- ヨハネ伝12章 -
過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。・・・・・マルタは給仕をしていた。・・・・・そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。

  (マルタとマリアの姉妹の話はルカ伝10章にあります。)

- マタイ伝26章 -
さて、イエスがベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、きわめて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。

- マルコ伝14章 -
イエスがベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持ってきて、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。


さて、これらの女性は同一人物なのか、別人なのかよく議論の的になってますが、私はマルタの妹のマリアと娼婦だったマグダラのマリアは別人だと思います。
マルタの妹のマリアは一筋にイエスを愛し、ひたむきな女性の典型だと思うし、マグダラのマリアは罪深い娼婦であったが、イエスにその罪を取り除いてもらい、こちらもまたイエスを愛し、イエスに従って旅する献身的な女性と思います。



ベラスケス ‘マルタとマリアの家のキリスト’
ロンドン・ナショナル・ギャラリー