中南米
   
足を踏み入れた国
メキシコ
グアテマラ
エルサルバドル
ホンジュラス
ニカラグア
コスタリカ
パナマ
ヴェネズエラ
ブラジル
ボリビア
ペルー
チリ

始めは「スペイン語を勉強しに2ヶ月ほどグアテマラに行ってくる」予定で出発した。
ホームステイしながら学校に通う毎日。が、ほとんどの外国人生徒はここで スペイン語を勉強し、南へ南へと旅立っていく。
「行きたい!けど女一人じゃなぁ・・・」とあきらめかけたちょうどその頃、車で南アメリカを横断するという 日本人グループと知り合った。スペイン語の通訳(もどき)をするかわりに足代タダという条件で合流。
かくして1年かけての中南米横断が実現した。その3分の1はキャンプ生活と いう超ハードな旅。自分でもよくもまぁここまで出来たと感心する。
これが前科となり友人からは「日本を出たらいつ帰ってくるかわからんヤツ」と呼ばれ、 ちょっと家を留守にすると「またどっか行っちゃってると思った」と見捨てられるようになってしまった。
(メキシコにはこれ以前にもロス経由で1週間ほど訪れている。)

たくましい子供たちの話
マジ?おっかな〜い話
あにまる・いきものの話
フシギなニホンジンの話
現地の日本人の話
アンビリーバボーな話
カモネギ外国人の話
ありがたや文明の話
体が資本!の旅人の話

たくましい子供たちの話

メキシコのストリートチルドレンは有名。メキシコで居候していたおうちのママの話。彼女がバス停でバスを待っていると、子どもが近寄ってきて 「お腹が空いたから、お金おくれ。」そこでやさしいママは近くでコーラとパンを買ってきてあげた。 その子はうれしそうな顔も見せずに受取ると走り出した。そして、角を曲がるときに投げ捨てていってしまった。そう、彼らは食べ物が欲しいんじゃなくて ヤクを買うための現金が欲しかったのだ。ママは言った。「彼らのためにお金を渡しちゃダメよ!」


それとは逆がグアテマラ。ある日、学校の先生が遅刻してきた(私はスペイン語学校に通ってた)。 「出かけに貧しい兄弟が訪ねてきてね。」彼は空腹の子供たちのために、庭の木に登り果物を採ってやっていたのだ。 「もしも貧しい子どもが物乞いに来たら、食べ物を与えてあげてください。お金はすぐにアル中の親に巻き上げられてしまうから。」本当に子供たちは空腹なのだ。
同じくグアテマラの食堂での出来事。私は一人食堂に入ったが、注文したピザを全部食べられないで残してしまった。すると 窓の格子から男の子が「頂戴!」と言わんばかりに、めいっぱいこちらに手を伸ばしている。手招きしてテーブルに呼ぼうとしたが、入り口には太っちょオーナーが立ってて入ってこれない。 私は、皿ごと入り口まで持っていきその子に差し出した。彼は初め1ピースだけ取ったが私は「全部あげるよ」と、両手にすべて載せてやった。その間ずっと無表情、無言。そして走り去った。まだ物乞いに慣れてない様子の彼。かなりの勇気を振り絞ったに違いない。

ボリビアからアンデスを越え、チチカカ湖を渡ったペルーの不毛地帯。急斜面のやせた土地には、それでもわずかな畑が見える。道端には、ほんのときたま通る車を待ち構える子供たち。 車に向かって小銭をせびるのだ。ある子は両手を伸ばし、ある子はひざまずき、ある子は帽子を向ける。その中には年上のお兄ちゃんたちの真似をするよちよちあるきの 小さな子もいる。意味も分からずただにこにこと笑っている。あの笑顔が消えた時が、"物乞い"が"自分の仕事"になる時なんだろう。

もう少し大きな子供たちはペルーの山間の道。穴だらけの未舗装の道。車が見えると脇に寝そべってたのがにわかに起き上がり、1,2度 土を手ですくって穴めがけて投げる。これで「あんたがたのために道を直してやってるんだ。金をくれてもいいだろう」と言いたいのだ。

マジ?おっかな〜い話

ホンジュラスからニカラグアに入る国境で。 警備兵が銃を構えたまま、「車の中の物全部出せ!」そして車のシートの下から計器の裏側まで チェック。終わるとまた無言で、私たちが荷物を積み込むのをじっと監視している。炎天下の中での作業もきついが、ヤツの視線にビビった。


パナマに入る手前、知り合ったオランダ人ルポライターのおじさんに「パナマでは赤信号でも停まるな!ヤツラに身包みはがされるぞ」 おじさんのフロントガラスは石を投げつけられてひび割れていた。まんざら大袈裟でもないのか・・・。実際、市内には道路にフラフラして カモを待ってる風の人たちがいた。ふと、見上げると新しいアパート群。でも、窓ガラスがない。大使館の話によると「貧しい人々に住居を提供してやっても、 彼らは仕事が無いから、家の中の金目のものを片っ端から売ってしまうんです。」

パナマの日本大使館に情報を仕入れにおじゃました時言われた一言「なんでまたこんな危険な所に来たんです!」
「・・・」アハ(^^;
「(地図を広げて)いいですか、 この区域からは絶対に出ないでください。車内、車の屋根の上は空っぽにしておくこと!」
「あ、ハイ」

レストランにも旧式の銃を持った用心棒がいる。「持たせて」って言えば気軽に持たせてくれる。


どんな貧乏旅行でもやっぱりお金は必要。で、時々は銀行に出入りすることがある。ヴェネズエラでは「銀行内では絶対に走るなよ」と言われた。なんで?「泥棒と思われてガードマンに撃たれるよ」なるほど・・・。

車を修理に出していた工場に、現金輸送車も修理に入っていた。まるで装甲車だ。ガラスはフロントのみで、あとは鉄板。後ろと横には小さな穴。「ここから銃口を出すんだよ」ほー。中見せてぇ「それ以上近づくな!」す、すいません。


エルサルバドルに入って最初の町に着いたのは夜だった。でも町中真っ暗。目が慣れてくると、その暗闇の中で 人々がうごめいてるのがわかる。レストランもろうそくの灯かりで商売している。どうしたの?停電?
そんな中でいきなり銃を持った兵士らに「停まれー停まれー!」アー、ついになんかヤバイことにまきこまれたか。 でも結局彼らはいちゃもんつけて小遣い稼ぎしたかっただけ。
電気は、節電なのか、もともと国内の電力が少ないのか知らないが、国中夜の9時までストップだって。 "町"なのに、真っ暗なんてとっても不気味。
ブラジルのアマゾンのジャングルの中を走っていたときのこと。看板に「注意!夜間進入禁止。 この区域は先住民族の特別区。何が起きても責任はもたない」というようなことが書いてある。どういうことだ? 夜になったら彼らに襲われるっちゅうこと?マジ?
600kmの未舗装の道を18時間かけて一気に走り抜けた理由はここにある。ホントに襲われちゃうと思ったんだもーん。

あにまる・いきものの話

コスタリカのとある国立公園。そこにはキャンプエリアがあって、トイレ、シャワーもあった。が、そのトタンの屋根は落ち葉が積もり 中は真っ暗。仕方なく懐中電灯を持ってシャワーを浴びに・・・。だが、中にはカエルや蜘蛛の先客が・・・。「お願いだから動かないでね」 暗い方がよかったのかも・・・。
夜テントの外でガサゴソ音がする。そーっと見てみるとたぬきがごみ袋をあさってる。「なに食べてもいいけど散らかさないでよ!」
昼間はのんびりとあたりを散策。でっかいイグアナが横切っていく。はじめはびっくりしたが、見なれると無口なご近所さんってとこだ。
ある日原っぱで鹿と出くわした。どっちも予期せぬことだったので見つめ合ったまま固まってしまった。先に動いたのは鹿。私の熱い視線に鹿も負けたか?(笑)


ホンジュラスの浜辺にテントを張った。夕食の支度をしている足元をカニが自分の巣穴にもどっていく。「じゃまねー。早く行かないと食っちゃうよ!」 いけない、いけない、小さな動物にも愛情を・・・。夜、テントの下でカサカサ音がする。見てみるとカニがテントの下(砂が冷たいせいか)にもぐろうとがんばっているのだ。 テントと甲羅がこすれる音、やだね〜。やっぱり夕食に食っちゃえばよかった?!
はじめてメキシコに行ったとき。ある町の安宿で最初に通された部屋。さーて荷物をおろしてくつろごうとした時、ん?ベッドに黒い点々が・・・良く見るとアリ。 目が慣れるとあっちゃこっちゃにいる。フロントに「あんな部屋じゃ寝られない!」と怒鳴り込んで部屋を替えてもらって、ほっと一息。シャワーでも浴びるか〜と洗面所に入ると、シャワーのノブまわりの 壁に穴が空いていて、そこからアリがちょろちょろ。くそ〜目にもの見せてやる!と思って、殺虫剤がわりにヘアスプレーを穴にさしたのが大きな間違い。奥には大きな巣があったらしく、緊急事態に直面したアリたちは背に背に卵を載せて 出てくる出てくる、あっという間に壁一面真っ黒になった。鳥肌〜!しばらくドアを閉めて見ないことに・・・。しばらくしてそーっと開けてみると、避難は完了したらしく、みんなどこかに移動していなくなった。ホッ!
私はこの時のことを「黒の絨毯事件」と呼んで語り継いでいる。
ヴェネズエラには珍しくそこそこ設備のととのったキャンプ場。荷物を降ろして「さぁ夕食の準備にかかるかぁ」と食料箱に目をやると、ウゲッ!さ、さ、さそり! それからは、陽に干しておいたシェラフをしまうときは十分注意するようになった。

二度目にそこに行ったとき、ハエが異常発生していた。暖かいせいで、車のボンネットの上には真っ黒になるほど集中する。車の中に入ったハエは、「ハエとりゲーム」と称して、洗剤入りカップを押し当てて液体の中に落とし、その数を 競った。カップの中で深さ数センチまでハエがびっしり浮いているの想像できる?ネットがかかったみたいな赤い目、アップで見たことある?


ヴェネズエラを南下しブラジル入ってアマゾン川に出るまで、道は文字どおりジャングルの中の一本道。見ると先方の道の真ん中に大きな丸太。端がくねっと折れ曲がった格好。「あぶないなー、こんな所に」と思いながら接近していくと、 スルスルーっと動いて森の中へ。ギャー、ぶ〜っといヘビだった。
ヴェネズエラの川でキャンプしている時、地元の人たちとおしゃべり。 「アルマジロ食ったことあっか?」あれ食べちゃうの?「あー、あれゃうまいんだぞ〜。最近は少ないがなぁ」と言っている足元に アルマジロご本人登場。一同パニック&大爆笑。ランタンの灯かりに誘われて出てきたようだ。捕まらなくてよかったね。
ブラジルマナウスからのジャングルツアーに参加。ポンポン船でアマゾン川を上っていく。川岸から数10メートルジャングルに入った場所に宿泊施設が作られていた。 と言っても、屋根があって、それを支える柱があって、その柱にハンモックがつるしてある、それだけ。でも、現地人の夫婦が賄いをしてくれるし、掘っ建て小屋だけどちゃんと"壁"のあるトイレもあるし、 いつものキャンプ生活より数段上だ(ワイルドを"売り"にしているツアー会社にしたら扱いづらい客だろうな)。「この間豹が出てね。恐かったわ。そういう時はここに寝るの。」屋根の梁に板を渡していくらかのスペースが作られている。 えっ、私たちはどうなるのさ?「ほら見てごらん、ここ、ここ!」柱に渡してあるボートの内側からでっかいタランチュラ・・・。「ここに巣をつくってるんだ」ってそう楽しそうに言われても〜。

自然博物館で見たアマゾンに住む生き物の数々。とりあえず、標本見ただけでカンベンして!って感じの手の平サイズのゴキブリに会わなくてよかった。


ボリビアの湿地帯。こんもり土を持っただけの道とは呼べない道が続く。車が通りすぎるとき両側の水面に気泡が見える。なんだ? 何度も目撃するうちにやっと姿をとらえた。う、ゥワニだ!車の振動に驚いて一瞬にして水に沈むのだ。それにしても早い!
コスタリカタマリンドビーチ。夕方になるとどっかからわいてきたような とんぼの大群が海から上がってくる。浜に座って人差し指を立てていると、「ちょっと休憩」ってかんじで指に止まる。 おつかれさまです。

この旅で、私は人間も「自然界の数ある動物の一種」にすぎないことを実感。動物相手によくしゃべった・・・。

フシギなニホンジンの話

メキシコである若者たちのパーティーに参加した。 部屋を暗くし、彼らはマリファナを吸い始めた。ある者はギターをポロンポロンやり、ある者は音を消したテレビ画面をながめてる。 思い思いにリラ〜ックスってかんじ。
「日本人をどう思う?」
「時間通り正確に働き続ける人形」
「言える・・・」でも、あんたたちみたいに頭溶けかかってるのもね〜。


ヴェネズエラで仲良くなった女の子達に。
「ねえねえ、日本人ってヘビ食べるんだって?」
それは、ウナギじゃ!
「それに何にでも血をかけるってホント?」
それは醤油だろーが!
昭和天皇が亡くなったのはどこでもみなよく知っている。メキシコ
「テレビで見たよ。おまえも泣いたのか?」日本人は皆泣いたと思っているようだ。
ヴェネズエラの片田舎。ここ1週間海辺でキャンプしていたから、川で思いっきり体が洗いたい!ということで、牧場を抜け一本道をまっすぐ行くと小さな川に突き当たった。 そばのお宅に声をかけ(安全確保のため)、ここにテントを張った。夕方になるとその一本道を村中の人がひっきりなしにやってくる。この川辺は"共同浴場"になっていたのだ。 聞けばこの村に外国人が来たのが初めて!テントの回りには人だかりが出来た。一定の間隔で輪になって、食事の支度から食べ方、何をするんでもじ〜っと見つめている。やがて箸が登場すると大喜び。 「こいつは馬に乗るのがうまいんだ。どうだい、明日乗ってみないか?」「いやいや、明日はうちのコーヒー畑を見においでよ」「地元のカードゲームを教えてやるよ」。 一気にスター並みのスケジュールになった。しかし、朝私たちが目覚める前からテントの回りに人が集まってるのにはまいった。まるでパンダ。珍しいのはわかるけど、ちょいキレた。見世物じゃないよーっ!
チリのキャンプ場。正確にはキャンプ場じゃなくて川がある大きな公園ってとこ。小学校の遠足だか、子ども会の催しだか知らないが、バスを連ねて子連れの団体が 大勢来ていた。そう長くはいないだろうと思ってその日はそこに泊まったのがそもそもの間違い。子供たちは物珍しげに少しづつ近寄ってきた。かわいい女の子が紙切れをもってきて 「ここに日本語でアタシの名前書いて」一人に書いてやると次から次へと群がってきた。そしてやつらの態度は馴れ馴れしくなり、車の中に何か興味の 惹かれるものを見つけると「これ、くれ!」。そして一気に黒山の人だかり、おしあいへしあいしながら、大人までもが赤ちゃんの手のひらを差し出し、「ここにこの子の名前書いて!」と来た。 それゃ彼らにとって日本語は珍しいだろうけど魔除けじゃないんだから・・・。そしてしまいには「この子と一緒に写真撮って!」次から次へ見知らぬ赤ちゃんを抱かされはい、ポーズ。 私は何者?人気スターってこんな気分なんだな。ぶち切れそうになったから、彼らの輪から離れ、思いっきり不機嫌な顔して追い払った。やつらがバスを連ねて帰ったのは もう9時近かった。目立った動きをするとまたやつらが来るからと、夕飯もおあづけだったんだぞー。


現地の日本人の話

南米には日本人移民が多い。ブラジル最北の町陸の孤島・・・車を停めて小さなスーパーに入った。すると、一人の日本人のおばあさんが寄ってきて 「日本人の方ですか?外に日の丸のついた車があったから・・・この辺じゃ、都会と違って日本人はほとんどいませんから懐かしくってねー」。聞けば 昔はリオにいたけど、今はこの田舎で養鶏をしているという。 懐かしい日本人、懐かしい母国語・・・年を重ねるごとに望郷の想いは大きくなるんだろうな。


ボリビア「この先は長い湿地帯(町が無いっつうこと)、ここで飲料水を補給しないと」という時、店で売っているのは小さなボトルばかり。 欲しいのは家庭に配達されるあのでっかいヤツ。どうにか手に入らないかと探し回っていると、ある商店から出で来たおやじは日本人。
「注文してやるからここで待ってろ!」「ついでにメシ食ってけ!」
親切なんだけどやたら口調がきつい。最後に「もしこれで恩を感じてくれたら 日本の小説を送ってくれ!都会と違ってこのあたりじゃなかなか手に入らんからな!」確かに恩にきましたです、はい。だから日本に返ったら早速 送ってあげた。
ヴェネズエラの首都カラカス。地下鉄はあるわ高層ビルはあるわで「知られざる文化都市」と言わしめた町(だれに?私に)。 ここでちょっと高級そうな日本料理店を発見。たまにはいいんじゃん?ってことで入ったが日本人客は皆無。お店の人(店長?)が「いやー、ここにいる商社マンとかの日本人は来るけど、 旅行している日本人が来るのは初めてですよ。」と、妙に喜んでくれて全部タダ!デザートに抹茶アイスなんか出された時には泣けたねー。 「私も早く日本に帰りたいけど、成績上げないとなかなか言えないからねー」ここにも企業戦士が。
あるきっかけでパナマの日本人学校の教頭先生のお宅に数日居候した。 学校から1ブロックしか離れてない高級アパートメント。でも先生は車通勤だ。安全確保のために、そうするよう指導されるらしい。 ちなみに「ここの子供たちはなかなかスペイン語を覚えない」と、先生方はこぼしていた。そう、子供たちにとっては帰国してからの 受験戦争のため英語が重要なのだ。外国人ビジネスマン家族が暮らす1等地から出なければスペイン語も使わないってか・・・
チリの首都サンチアゴ。ある日こぎれいだけどガラ〜ンとした小さな日本食レストランを見つけた。店主は「チリ好きがいつのまにか 店を持つはめになってた」と語る。「家族がいるわけでもないし失敗しても失うものもないからね」という楽天家。売上に貢献してあげようと 随分通った。それに"もう旅も終わりに近づいてきたから"と、車の中の不用品(洗剤とか日本食とか・・・)もごっそりあげた。それでも ご飯おかわりすると、キッチリ伝票につけるあんたは義理人情を忘れたか!はっきり言って味付けはメチャまずかったんだゾ!

アンビリーバボーな話

コスタリカの首都に近いオートキャンプ場で、すごい家族と知り合った。パパとママと18才の娘(長男は大学があるからオランダに残っているという)。 パパはオランダで働いてお金を貯めると、家族を連れて愛車に飛び乗って旅に出る。貫禄のランドローバーは生活しやすく手が加えられ、ボデーにはパパの手で訪問国の国旗が書かれている。 そんなんだから娘はアフリカ生まれ。「あと2年半したら帰るから、その頃遊びにおいで!」って随分先の話だね。ある日何日ぶりかでキャンプ場に戻ってみると大きなキャンピングカー。新顔? なんと、オランダからおじいちゃんとおばあちゃん、それに息子が彼女を連れてやってきていたのだ。彼らのためにこのバスのようなキャンピングカーを借りたという。 ホテルに泊めた方がよっぽと楽だと思うけど。ここがパパのこだわりなんだよね。

しばらくこのオランダ人ファミリーと、オランダ人ルポーライターおやじと一緒に行動していた。おやじはなんとパナマから 女性を一人出国させた。「オランダに連れて帰る」という。パスポートも無いのに・・・。


ボリビア、標高が上がり大分しのぎやすくなってきたあたり、2台の自転車とすれ違った。外国人旅行者だ。 どちらともなく停車し、車なんてほとんど通らない道の真ん中に地図を広げ情報交換。彼らはドイツ人(ドイツ人のチャリダーは多い)「もう2年半世界を回っている」というわりには、ほとんど 荷物が無い。数日前に こけたとかで上半身すごい傷だ。お金が無くなったら食堂やバーでアルバイトをするという。「日本から来て車で回ってるって?なんてクレージーなやつらだ!」そういうあんたら チャリでアンデス越えてきたんでしょ?その方がどう考えてもクレージーだと思うけど?リンゴとビールとチョコレートでおもてなし。「クリスマスみたいだ!」ってあなた、いったいどんな食生活してるの?
ヴェネズエラの車の修理工場で、一人の男性が近づいてきた。
「日本人ですか?」
ええ。
「"○○の家"ご存知ですか?」 名前だけは聞いたことのある宗教団体だ。彼はうれしそうに説明を始め、ついには日本語でお経を唱えはじめた。 日本語話せないくせに・・・。なんでこんなところで日本の宗教の勧誘うけなきゃならんの?
コスタリカタマリンドビーチ。隣の部屋の若者が、部屋の前でサーフボードの手入れをしていた。 この旅で初めて"マリンスポーツ"をする人間に出会った(贅沢な趣味だからね)。
どこから来たの?
「ブラジルからさ」
私たちこれからブラジルに行くの。
「あんな所行くなんてクレイジーだぜ!」
・・・・そんなやばいとこなのか????
コスタリカ南部。小さな村の銀行で赤ちゃんを連れた白人女性に声をかけられた。日本からの旅行者だと言うと、 うちの敷地内にキャンプすれば安全だから、ぜひうちに来いという。彼女の家は外見は現地の民家と同じだけど、内装は一味違う。おしゃれな上、工夫されていて快適だ。それもそのはず、彼女はカナダ人、ご主人は元獣医のフランス人だった。 どういういきさつでこうなったかは知らないが、二人とも母国を捨てここに移住した。今では、広い畑を作り、プライベート用の馬を飼い、庭にはアヒルだのブタだのが勝手きままに、1歳半ほどの坊やと一緒に歩き回っている。広い庭を案内してもらった。果樹園の隅にご主人お手製の小さなプール。山からの自然の水を引き、小さいけどまんまるで、いずれ 坊やが飛び込みできるようにと、深さは3mもある。なんかとってもいいなー。すべて愛情のこもった手作り。文明を捨て、あえて不自由だけど自然を選んだ夫婦。 ご主人が言った。「旅もいいけど好きな所にじっとしているのもいいよ」って・・・。

カモネギ外国人の話

日本はどこの国から見たってお金持ち。いや、"海外旅行なんかしてる人間"はみんな金持ちに見えるらしい。 だがこれが役人だと腹が立つ。
ホンジュラスの山の上。眼下には首都テグシガルパの町が見える。と、"関所"発見。「停まれ」の文字と白い線。きっかり白線手前で一時停車。何いちゃもんつけられるか わからないからね!だが、詰め所から手招きする警官の姿。渋々降りていくと、やっぱり「一時停止しなかった」ときた。やつらは業務上「免許証は?」と言って免許を手にすることができる。これでやつらの勝ち。 だって「罰金払わなきゃ、免許は返さん!」とくるんだから。ったく、腹立つー!


コスタリカあたりの警官はもう少しスマートだ。ゆるやかなカーブの先に一台のパトカー。「スピートオーパー!」で停められた。おいおい、そんなんウソだろーがー。 こんな所に"ねずみ取り"なんかあるかー?反則切符を切って
「はい、これ銀行で払ってきてね。 ここからだと一番近い町で○○だなぁ。」
ゲッ、そんなとこまで遠回りなんてしてられない。するとすかさず「じゃ、俺たちが代わりに行ってきてあげよう。」だってさ。 彼らのポケットに入るのは見え見えだわ。
それと逆にとっても分かり易いというか、ストレートすぎて憎めないのがボリビア。首都ラパスに入ってすぐ、道路脇に突っ立ってる暇そうなおまわりさんに道を聞いた。 彼は説明を終えると無表情のまま「チップは?」なんでや? 「道教えたから。」理由にならん!「アナタ、カネモチ。ワタシ、ビンボウ」だからなにっ!
コスタリカの山間で適当なキャンプ場を探していると、一人の紳士にうちの牧場に来れば?と声をかけられた。 彼は山の斜面に広大な牧場を持ち、通いの牧童をやとい、自分は町に住んでいるという。奥様は成り金趣味的なド派手なファッション。「夜は小屋のトイレ使っていいよ。水も自由にどうぞ」まぁご親切にどうも。でも・・・おーい、しっかり鍵かかってんぞ〜! 水ってバケツにくんだままのこれかい? 2日後そこを発つときに、雇われ牧童の若者が申し分けなさそうにこう言ってきた。「宿泊代300ドルもらうように旦那様に言われてるんだけど・・・」はぁ?やっぱね、本性見たりってとこですね。 もちろん誰がお金なんか払うもんか!