++ アメリカがいうFreedomとは ++


地球が乗っ取られる日 その10

2012.1.30 2004.3.15 追加

アメリカがいう Freedom とは 極東の半島国家とどこが違うのか

日本語でいう、「自由」の二文字とは違う意味が含まれている 
2004.3.14 NHKスペシャルを見て・・・
昨日、アメリカの州兵がにわか仕立ての軍事訓練をうけてイラクに飛び立って行くまでの密着取材が報道されました。
その中で私が非常に奇異に感じたのは、兵士の多くが
「俺たちがアメリカの自由、世界の自由を守っているんだ」、
「自由にものが言えるのは誰のおかげと思っているんだ」 と、
表現こそ違え、異口同音に語っていたことになんともいえない怖さを覚えました。
他方、映像のなかでは「平和」という言葉がほとんどなく、 平和を強調した兵士・家族は、誰もいなかった

【 にわか兵士にとって、自分も守りながら、さらに治安維持活動もできるだろうか 】
かれら州兵はほんの一ヶ月前までは普通の一般市民であり、会社勤めだったり、どこにでもいる人たちです。当然のことながらその州から出かけて戦地に行ったこともないし、人に銃口を向けて銃の訓練などをしたこともないド素人たちです。

先に派遣されている職業軍人の交代要員として続々派遣され始めています。
彼らは「州兵」と登録されてはいますが、知事ではなく大統領の命令があれば特別な理由がない限り拒否はできません。もし拒否したら禁固刑に処せられます。

【 戦場の恐怖に勝てるほど、人の心は強くない 】
これまでいくつかの戦場へ派遣された職業軍人でさえ「毎日だれかが殺され、その恐怖におびえて鳥の羽音でも引き金を引いてしまう」と体験談を話していました。その軍人はさらに続けて、「現地では誰が敵かそうでないかは全く区別ができず、その結果恐怖のあまり引き金を引いている」と証言していました。
職業軍人でさえ、そのありさまです。

その彼は「何かを狙って撃っているわけではなく、何かが光ればその方向を撃つし、音がすればそれに反応して撃つ」といっていました。
またある大砲の射撃主は、「たとえ一発の銃弾であっても、あるところから発射されたら、そのビルに誰が居ようがかまわずビル全体を破壊してきた」と証言していました。

「だから悪循環が起き、益々状況が悪化に向かっている・・・」と証言していました。

これはまさにベトナム戦争そのものです。

【 事態は悪化の一途で、悪循環に陥っている 】
兵士いわく、「初めてイラクに入ったときは確かに解放軍として迎えられたが、その後アメリカ軍の発砲が起こるたびに事態はますます悪化している」と証言していました。

それはそうでしょう。
罪もない人々が恐怖におびえたアメリカ軍に乱射されているわけであり、治安がよくなるどころか悪化するのは今のイラクを見ればだれでもわかることです。説明は不要でしょう。

私も以前のページで第2のベトナムになることを懸念して書きましたがそういう状況になってきました。
ベトナムではアメリカ兵士の回りはすべて敵、誰が兵士か一般人かは全く区別できない状況でした。

その結果なにがおきたかといえば米兵による乱射とかソンミ村虐殺事件になりました。語るもおぞましいことです。

【 イラクの事態・・実はわかりやすく簡単なこと 】
ここで現在のイラクの状況を考えてみます。簡単なことです。
訳のわからない外務大臣や防衛庁の長が事あるごとに正当性を繕うべく、「国連決議なんたらかんたら・・・」としゃべっていますがそんな言葉遊びは戦争の現場では全く通用しません。
ある日、突然異国の軍隊がやってきてミサイル、新型兵器、で攻撃をされて多くの罪のない人が死にました。
ありもしない口実をでっち上げて乗り込んできたのです。
それに抵抗して身を守ろうとするのは当然のことで、その異国の軍隊はそれさえもテロだと言ってかたっぱしらから射殺したり拘束してきました。
その地へノコノコと無反動砲(対戦車砲)と装甲車で完全武装したある国の迷彩服の一団がやってきました。
「私たちは戦争をしにきたのではないので撃たないでね!」っと。
侵略者に対して反撃することはまさに自己防衛であり正当防衛となり世界の普遍の考え方です。
「そんなこと言ったってどうして信用できるんだ!」と侵略者に対して鉄砲をぶっ放されても誰にも何にも文句は言えません。
そのある国とは日本国のことです。
訳のわからん小泉首相を筆頭に日本政府は「正当防衛では武器使用が可能である」とゆっています。
正当防衛であれば確かにそのとおりであり、世界の国が認めてくれます。
しかし、侵略国アメリカを真っ先に支持すると世界に向けて宣言し、自ら宣戦布告も同然な表明をしておいて、現実には第三国に完全武装した迷彩服の一団を送り込んどいて、「正当防衛」もへったれもありません。
自分から喧嘩を売っておいて、正当防衛は主張できません。
正当防衛は喧嘩を売られたほうが言う言葉で、売ったほうは使えないのです。
正当防衛が成立するのは、自分からは何もしてないのに喧嘩を売られた場合、自分の身を守る為に最小限の暴力が許されるのであって、自分から先に喧嘩を仕掛けたなら正当防衛が成立する余地はあり得ません。
喧嘩を売って殴りこみに行ったわけでですから、相手より先に撃たないと生き残れません。
これは戦場での鉄則です。
ここに現地の迷彩服の人たちに切迫した大問題があるのです。
「俺たちは一体どうすりゃいいんだ!!」
イラクでは侵略者、しかし日本国内では侵略してないことになっているこの二重構造がその原因です。
日本政府は「侵略ではない、よって正当防衛が成り立つので自分からは先に撃つな!」と指示していますが
自動小銃、機関銃、対戦車砲、装甲車で完全武装した迷彩服の一団が侵略者アメリカの手下であることはすでに知れ渡っており当然に敵となっています。
相手より先に撃ったら、国内法で裁かれることになり、そうかといって撃たれるまで待っていたら命がいくつあってもたりません。そんな状況下で生き延びれるのは弾より速く飛ぶ「スーパーマン」しかありません。
小泉首相がどうしても「侵略ではない、人道支援だ!」といいたいなら
全員が迷彩服を脱いで丸腰で普通の作業服とプラスチックの黄色のヘルメットでアメリカ軍と一切関係を断ち切った作業・活動をやって現地人を雇って一緒になって働く、これしか方法はありません。
もしその過程で不幸な事件がおきたとしても全世界の国が弔意を示し尊敬の念をもって日本を評価してくれるはずです。
しかし、小泉首相は「侵略ではない、よって正当防衛が成り立つ、だから先に撃つな!、しかし完全武装をしていく」こんな矛盾したでたらめなことを平然とやっているのです。
国際法上でも日本が侵略国になったことは世界の常識になっていて、
それを裏付けることとしてフランス、ドイツ、ロシア、中国その他多数の国が行動しない事実があります。
彼らはそのことをちゃんと理解しているし、なんといってもしたたかです。
なんでフランス、ドイツ、ロシア、中国が動かないかといえば彼らは件の成り上がり国家にいちいち左右されるほどやわでなく、ちゃんと計算をしていて手を出さないのです。とにかくしたたかです。
手を貸したら自分も侵略国になり、その後に発生するであろうメリット、デメリットをちゃんと計算しているのです。
冷静な彼らは日本のやることを見て、
「あいつらはバカだね、息巻いている成り上がり者の手先にまんまとなりやがって!」
彼らはいずれアメリカがどうにもならず撤退していく事を見越し、高みの見物をしている。その時が来るのを待っているのです。
小泉首相を筆頭に福田、川口、石破、そして多くの自民党議員たち、公明党の議員のみなさん、
「あんたたち世間知らずもほどほどにしとかないと!、そしてもっとしたたかにならないと百戦錬磨の彼らとは互角にやっていかれないですよ!」
ということです。
何千キロも離れた日本で、石破、小泉が「戦争に行くんではない・・・」といくら力んだところで、「アホか!」で一笑に付されてお終いです。
現実はそんな言葉遊びですむような状況ではなく、いろんな宗派、部族、そして外国からのテロ集団、CIAと訳のわからん利害関係が錯綜しており、何が起きるか誰にもわからない状況です。
完全武装の迷彩服の一団が「戦争にきたのではないので撃たないでね!」といったらそれこそお笑い種です。
「一発撃って脅してやれ!」これがオチです。
一発ぐらいですめばいいですが、武装した迷彩服の人が恐怖のあまり乱射してイラク住民を殺傷し、泥沼・・・これ以上は考えたくもありません。
脱線しましたので、NHKスペシャルに戻ります。
職業軍人の兄ががイラクで亡くなり、職業軍人の弟は兄の葬儀のために特別帰国が許されましたが、兄が殺されたことなど複雑な思いから二度とイラクの戦地には戻りたくない旨の配属転換の願いを決めたことに対し、父親は世間から「臆病者とみられる」といっていました。それは私の思考をはるかに超える内容でした。

あの報道のなかで私が全く理解できなかったことは、

冒頭の繰り返しになりますが、
職業軍人である兵士もその家族もすべてではないにしろことごとく「自由にものが言えるのはだれのおかげか」「自由に犠牲が付きもの」「アメリカが自由を、守っている」と、異口同音で話していたことになんともいえない恐ろしさを覚えました。
かれらは
freedom という言葉を使っていて、それを報道では安直に「自由」と訳してはいるがそこにはおおきな誤訳があると考えています。
かれらの気持ちのなかには freedom には全く違う意味が込められているとしか思えない光景でした。


【 アメリカの民主主義は虚構か 】


あれほど皆が異口同音にいえるのはどこかで何がしかの教育をうけていないとあり得ないことだと感じました。
軍隊か、いや家族まであのようにいえるのはおそらく学校教育の場ですでに洗脳教育が行われてないとあのように同じことを強烈な信念をもって言うことはできないだろうと思いました。他方、ベースにおいて、愛国者法で強く縛られていることはいうまでもないことでしょう。
たとえ軍隊ではそういう教育があったとしても、それ以外の人にとってはもっと自由な発言が出てこないとおかしい、そう思いました。
自由にものが言える国」とゆっておきながら、皆が同じことをゆう
こんな矛盾した話はありません。
「民主主義ではさまざまな価値観が存在し・・・」といいますが、この実例を目の当たりにすると、それは虚構であることがわかります。
    アメリカと極東の半島国家とどう違んだろうか?

こんな本質的な問題が浮かびあがってきました。アメリカがよその国を批判することなんぞ、とてもできないことです。

ソンミ村虐殺事件 1968.3.16

ネット上に情報はいっぱいあります。読むに耐えないものです。

● 山田 佐世子:アオザイの輝き
●(注2)ソンミ(Son My)村虐殺事件

など他にも多数。


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