| 12月17日(土)13時〜16時30分
あいほうぷ吹田5周年記念医療公開講座
15時〜
基調講演『自律支援法 福祉・医療へ影響』
講師:杉本健郎
> 僕は午後3時から約90分講演の機会を頂きました。
>タイトルは「自立支援法、福祉・医療への影響」です。
>昨日予定スライド60枚(実質40枚位を話します)近く、レジメ用に送信しました。
>内容は自立支援法の理念と12月5日社会保障審議会までのかたっていること、人工呼吸器をつけて自宅で
>生活することと支援法の関連、参議院付帯決議、超重症児者と支援法に関連してAとB型重症通園の実態、
>生活介護と療養介護についてつっこんで、病院(旧国立療養所)と重症心身入所施設の課題などについて
>いつものように、好き勝手、あっちやこっちへ行ったり来たりで話します。
>できるだけ楽しく、元気のでる話しをするつもりですが.........?
>どうぞおいで下さい。討論すれば課題もより明確になることと思います。
11月11日(金)午後1時30分〜4時
日本児童青年精神医学会総会 倫理検討委員会パネルデイスカッション「脳死・臓器移植」
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来る11月11日金曜日午後1時半から4時までタイトルの通りのパネル討論があります。
場所は神戸国際会議場です。
司会 田中 哲先生、坂後恒久先生
パネリスト(敬称略)
1)「臓器移植法」になぜ反対してきたか 篠原睦治(和光大学)
2)子どもの脳死と臓器移植 杉本健郎(関西医大男山病院→これ間違いです。僕は第二びわこ学園と書いたつもり)
3)脳死・臓器移植と学会基本理念 木村一優(陽和病院・こころのクリニック石神井)
指定討論 石川憲彦(林試の森クリニック)
メンバーと抄録内容を拝見して正直、びっくりしました。これまでの小児科学会関係は必ず脳死移植容認の方が
いましたが、今回はみなさん明瞭な反対を述べられます。「森岡・杉本」案への批判もあります。
なんかすごく興味深い論戦があるように思います。討論時間もたっぷりのようです。期待しつつ緊張しています。
児童精神医学会は医者になってすぐの時、三重の津であった学会総会に一度だけ出席しました。30年ぶりです。
そのときは僕の師匠である坂本吉正氏(元大阪市大教授)がてんかんのシンポジウムに出席され、くっついていきました。
30年後に上記の形で出席することになるとは、、、
http://web.kamogawa.ne.jp/~ichi/cre-k/sugibbs2/trees.cgi?log=&v=992&e=msg&lp=992&st=0
10月15日 京都新聞夕刊「いのちの讃歌」 クリック?
10月8日(土)午後2時〜5時30分
生命 の意味を問う「子どものいのちと死、そして親の想い
ー子どもの脳死と臓器移植から見えてくるもの」 杉本 健郎氏(第2びわこ学園)
臓器移植法成立から8年、今子どもの脳死からの臓器移植を認めるために、どう改正するか議論を呼んでいます(要旨提出時)。小児科学会は(1)子どもの権利を守る立場から意見表明権の保障、(2)被虐待児脳死例を排除する、(3)小児脳死判定基準の検証の3つの提言に基づいて、基盤整備を訴えています。小児脳死例の1/4が30日以上心停止がないという長期脳死状態であり、病院として、グリーフワークの取り組みと情報開示が必要であることを述べます。
会場:関西セミナーハウス (http://academy-kansai.com)
(事務局) 京都市左京区一乗寺竹ノ内町23 電話:075-711-2115 電子メール:program@academy-kansai.com
8月18日刊行
脳死論議ふたたび 改正案が投げかけるもの
臓器移植法改正を考える国会議員勉強会・編 社会評論社
Debate Over Brain Death Again
Edited by Members of Diet Thinking on Amendment of Organ Transportation
Law
46判★208頁★1600円+税
ISBN4-7845-0179-7
小児臓器移植を実施するまえに 杉本健郎(重症心身障害児者施設びわこ学園園長)
時間とともにゆれ動くドナー家族の気持ち/子どもへのアセント
カナダ・トロント小児病院のシステム/小児科学会のとりくみ
7月1日
杉本健郎:家族にとっての「子どもの死」、
こころの科学2005.7 122号
1月31日 毎日新聞大阪版、第二びわこ学園関連の記事
変わる障害者福祉
変わる障害者福祉 意思の尊重が必要(その1)
◇言葉なくても「会話」−−びわこ学園で記者が介護実習
障害者福祉が大きく変わろうとしている。厚生労働省は昨年10月、障害別の福祉制度の一本化や支援費制度の介護保険への統合検討などを盛り込んだ改革試案を発表した。これに先立ち、知的障害者入所施設の「解体」議論も始まっている。知的・身体の障害を併せ持ち、「最も重い障害者」と言われる重症心身障害児(者)が入所する施設の一つ、滋賀県の「びわこ学園」(第1びわこ学園=草津市、第2びわこ学園=野洲市)で、毎日新聞の2人の記者が介護実習をする機会を得た。その時の体験、その後の取材を通じて見聞きした現場の生の姿を中心に、障害者福祉の今を報告する。【平野光芳、田中龍士】
◇目や指のわずかな動きで−−思い、伝わってくる
ズンチャッチャ、ズンチャッチャ、あなたのおなまえは−−。第2びわこ学園のある日の朝の会。職員がキーボードを弾きながら、輪になった数人の利用者に順番に聞いていく。人工呼吸器を付けベッドに横たわった男の子。体を折り曲げたままの男性……。
皆、返事はないように見える。ところが、職員や看護師は何度か尋ねて「はい、良くできた」と、笑顔であいさつを返す。リズミカルな音楽や職員らの笑顔とは対照的な、利用者の無反応ぶり。取材をしようと施設に飛び込んだ当初は、あっけにとられて見ているしかなかった。
「学園の職員は返事を待ってくれる」。6年前に病院から移転して来た七里大輔さん(14)の母のり子さん(44)=野洲市=は話す。移転後、大輔さんはより活発に目での「会話」が出来るようになったという。そう。職員らは、大輔さんらの細かな動きを、しっかりと受け止めているようだ。
大輔さんは三つ子で生まれて間もなく、「脊髄(せきずい)性筋萎縮(いしゅく)症(ウェルドニッヒホフマン病)」と診断された。全身の筋肉が弱り、やがて自発呼吸すら出来なくなる遺伝性の障害だ。少し遅れて発症した二女は5歳で亡くなった。大輔さんは、生後3カ月で気管を切開して人工呼吸器を付け、今も目以外は動かない。
8年間いた病院では、医師や看護師ら限られた人と接触するだけ。個室の窓からは、向かいの病棟と幅約10センチの空だけが見えた。のり子さんは「この環境で一生を終えるのはむなしい。ここから移ろう」と決めた。学園の部屋には、燦々(さんさん)と太陽が降り注ぎ、朝から何十人もの人があいさつしてくれる。学校へも通えるようになった。「どんどん夢が広がり、目の輝きが増した」とのり子さん。今は、外出の機会を増やすのが目標だ。
学園での朝の会の様子を見ていた記者に、職員は「理解しようと接すれば、目や指のわずかな動きで、思いが伝わってくるんです。無反応ではないですよ」と説明してくれた。
後日、大輔さんの入浴介助に立ち会う機会があった。少しうれしくて、少し恥ずかしそうな笑みを感じ取れたように思った。
◇作ることで心癒える−−攻撃的行動が減少
「重症心身障害者」と言っても、寝たきりの子どももいれば、自由に動き回れる大人もいる。
ユーモラスな顔に身体がついた「お弁当」「お金」「クッキー」「ミサイル」「人」−−。第2びわこ学園の利用者、戸次(べっき)公明さん(52)がつくる粘土の作品は、丸みのあるやさしい表情が特徴で、同じ作品は二つとしてない。専門家にも高く評価され、スイスの「アール・ブリュット博物館」には100点以上を展示。滋賀県信楽町(現甲賀市)で91年に開かれた世界陶芸祭に出品した「カエル」=写真(右)=は記念切手になったほどだ。
戸次さんら約40人が暮らす第3住棟を訪ねる前、職員から忠告を受けた。「眼鏡は取られて壊されることがあるので、気を付けてください」。机や椅子など家具はすべて床にボルトで固定され、ドアと窓も外側から鍵が掛けられている。ここに居る人たちは強度の行動障害で、身体の障害はあまりないが、モノを壊したり他人を攻撃する行動に出ることがある。中にいた3時間で突然、服を引っ張られることもあり、その行動を予測するのは難しいという印象を受けた。
戸次さんは生まれつき強度の行動障害と知的障害で、モノを壊したり他人を攻撃したりしていた。しかし、25年前に粘土細工を始めて、そうした行動が少なくなったという。当初の作品は「人」に鬼のような角(つの)があった=同(左)=が、そのうち消えていった。粘土室を管理する〓路正典さん(51)は「対人関係が苦手で、他人を傷つけることでしか自分を表現できなかったが、粘土を手にするうちに心が癒やされていったようだ」と分析する。
ある日の粘土室。戸次さんはいつも通り、午後4時ちょうどに勢いよく走って入って来ると、すぐにサッカーボール大の粘土の塊をちぎり、口にほおばった。口から出して別にちぎった粘土と合わせ、あっという間にこぶし大の作品に形づけていった。
竹ぐしで目や口を入れてうまく出来ると、「〓路さん、ラジオ」などと言って机に並べた。納得がいかないモノは、口に入れたりしてつぶした。普段は、その日の出来事に関連したモノなどを約1時間で20個もつくる。この日は取材に来た「観客」の視線に応えて約2時間作業し、「お客さん」と言って特別に1個つくってくれた。
作品は〓路さんが面白いと思うものを選び、窯で焼く。〓路さんは「作品の良しあしは別で、遊ぶこと自体が大切」と言い、「能力を持った方がいても、人不足などで場面を設定出来ないことがある。力を発揮出来る環境をつくってあげないと」と話した。
◇高齢化で不安募る親−−財産管理にNPO
「自分が死んだら、残された子どもたちは一体どうなるのか。不安に思わない障害者の親はいない」。京都府亀岡市の重症心身障害児施設「花ノ木医療福祉センター」(定員150人)の親の会会長、小寺政己さん(63)は言う。02年、調査した会員の平均年齢は61・4歳だった。
日本重症児福祉協会(東京都新宿区)の全国調査によると、30歳以上の入所者の割合は75年に約4%だったのが、近年では60%を超えるまでに上昇。医療や介護の進歩で入所者の寿命が延びる半面、高齢化する親たちは不安を募らせる。
日常的な介護は施設側が担うが、衣料など身の回り品の購入や、年間約100万円支給される障害基礎年金など財産の管理は保護者に委ねられている。「イエス」「ノー」も口にできない障害者とコミュニケーションを取り、思いをくみ取って金銭を使うのは誰にでもできるわけではない。
そこで小寺さんら親の会のメンバーを中心に03年9月、保護者に代わって世話をするNPO法人「京花園」を発足させた。現在、亡くなったり高齢で弱った親に代わり7人の年金管理と24人の衣料購入を代行している。全面的な財産管理が可能な成年後見も、2人分を手続き中。小寺さんは「親の気持ちをNPOの運営に反映させ、施設のすき間を埋める細かいサービスを提供したい」と語った。
毎日新聞 2005年1月31日 大阪朝刊
さよならはきらいだ
支局長からの手紙:
さよならはきらいだ /滋賀
映画が終わった瞬間、会場を埋めた約1000人の観客から拍手がわき起こりました。野洲市の重度心身障害者施設「第2びわこ学園」を舞台に入所者の日常を静かに見つめたドキュメンタリー映画「わたしの季節」。野洲文化ホールで29日に開かれた完成記念上映会では、面白い場面ではどっと笑いが起き、悲しい場面ではシーンと静まり返りました。親子関係も含め、すべてをカメラの前でさらけ出す入所者たちの覚悟と小林茂監督に寄せる信頼の深さが伝わってきました。映画が見る者によって命を吹き込まれたことを感じました。
映画は、40年間学園で暮らす明光志郎さん(48)が「さよならはきらいだ」と語り、昨春に新築された施設から次々と現れる入所者たちの姿を見つめながら終わっています。春夏秋冬。季節が巡るように生きていく人々。かけがえのない新しい季節が始まることを予感させるラストシーンでした。
映画では、より自立を目指して別の施設へ移ることを希望する明光さんと80歳を超えた父親とのやりとりがそのまま映し出されていました。「行ってしまえ。その代わりもう子どもでも親でもない」。琵琶湖の西岸の自宅から学園のある対岸の三上山を見つめる父親。カメラはナレーションなしにその表情をゆっくりと追いました。息子を思う父親の気持ちが痛いほど伝わってきました。よほどのことがないとこうしたシーンは撮れるものではないし、上映することはできないと思いますが、父親は「小林監督が撮ったものだから」とすべてを任せたといいます。小林監督は「映画の力だと思います」と語りました。
上映会後、撮影スタッフと映画作りを支えた学園の職員たちによる打ち上げの会が開かれました。一人一人が映画に寄せた思いを語る中で、小林茂監督は明光さんの「さよならはきらいだ」という言葉にふれました。一切の問いかけをすることなく、明光さんから言葉があふれ出ることを待ったそうです。
そして、撮影終了後に学園の企画研究部長の江口和憲さんから教えられた話を紹介しました。「明光さんはこれまで何百人もの人とさよならをしてきた。だからこそ、生まれた言葉だった」
40年間、学園で暮らしてきた明光さんの時間の深さを思いました。そして、30年間学園の職員として働き、昨年10月に映画の完成を見届けるように53歳で亡くなった江口さんの人生を。66年に開所した学園が施設の老朽化で移転、新築が決まったため、「40年間生きてきたことを残してほしい」と小林監督に映画作りを頼んだのが江口さんでした。人と人が深くつながることでこの映画が誕生したことを実感しました。
明光さんだけでなく、映画には多くの入所者が登場します。それぞれに精いっぱい生きていることが伝わってきました。映画を見る人がそれぞれに命の根源にふれることになることでしょう。「わたしの季節」はこれから全国を回ります。学園の地から離れてこれからどんな命を吹き込まれるのでしょうか。新しい出会いが楽しみです。上映の問い合わせは第2びわこ学園(077・587・1144)【大津支局長・塩田敏夫】
毎日新聞 2005年1月31日
1月29日 京都新聞電子版、第二びわこ学園関連記事
映画「わたしの季節」完成上映会を開く
滋賀県野洲市北桜の重症障害児・者施設「第二びわこ学園」を舞台にした映画「わたしの季節」の完成記念上映会が29日、同市小篠原の野洲文化ホールで開かれた。 京都新聞 1月29日
1月23日 毎日新聞大阪版、第二びわこ学園関連の記事
精神障害と向き合う
>精神障害と向き合う 自己研究の大切さ、語る−−野洲 /滋賀
◇北海道の施設利用者ら
野洲市北桜の重症心身障害児(者)施設「第二びわこ学園」の公開講座が22日、同市市三宅のコミュニティーセンターであった。招かれた北海道浦河町築地3の社会福祉法人「浦河べてるの家」の利用者らが、自身の精神障害と向き合う過程などを語り、人とのかかわりや自分自身で苦悩する大切さを強調した。約150人は感心した様子で聴き入った。【田中龍士】
「悪口を言っただろう」。臼田周一さん(23)は幻覚や幻聴に襲われ、家の窓を開けて叫ぶことがよくあった。他人をにらみつけてけんかになることも。施設を転々としたが、規律が厳しく合わなかった。べてるの家に来たのは約4年前。これまでに、共同住居の床下や屋根裏で人の声が聞こえて床をはいつくばったり、屋根を壊したりした。寝ている間に自身に宿る「イクメさん」という女性にめちゃくちゃにメイクされたと感じる。
べてるの家では、自分自身の精神状態を分析し、不安解消法を自分で模索する。臼田さんは「寝る前に『今日はかっこよくメイクして』と頼むとよく眠れる。それまで頭がおかしいと思われそうで誰にも言えなかった悩みを、仲間に話せるようになったのも大きい」と自己研究と仲間の効果を強調した。
隔離や強制によって精神疾患者を「収容」する施設はいまだに多いという。藤田卓史さん(28)は以前いた病院でオムツをさせられ手足を縛られた体験を語り、「薬や注射よりも、看護婦さんが手を握ってくれるだけで良かった」。
べてるの家の設立からかかわっているソーシャルワーカー、向谷地生良さん(49)は「ペナルティーは息詰まるだけ。ここでは支援と励ましを徹底してきた。当事者が自分とどう付き合っていけばいいかを考え苦悩することが大切」と話した。
毎日新聞 2005年1月23日
1月20日 毎日新聞大阪版、第二びわこ学園関連の記事
わたしの季節
1月13日 毎日新聞大阪版、第二びわこ学園関連の記事
続わたしの季節
支局長からの手紙:
続わたしの季節 /滋賀
新年早々、うれしい知らせをいただきました。本紙生活家庭面のコラム「女の気持ち」の投稿者や愛読者たちでつくる「女の気持ちペングループ」の滋賀会からでした。今月29日の例会をより意義深いものにするため、この日野洲市の野洲文化ホールで開かれるドキュメンタリー映画「わたしの季節」の完成上映会に参加するというのです。
「わたしの季節」は、野洲市の重度心身障害者施設「第二びわこ学園」の入所者の日常を静かに見つめたものです。新潟水俣病の被害者を描いたドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」の撮影監督などを務めた小林茂さんの作品です。一昨年10月のクランクイン直前、小林さんは脳梗塞(こうそく)で倒れましたが、学園に泊り込みながら4年がかりで完成させました。
映画は、小林さんの友人で同学園の企画研究部長の江口和憲さんが立ち上がったことで実現しました。2人は水俣病患者の支援運動を通じて知り合った仲間でした。老朽化した施設の移転を機に、入所者の生きてきた記録を残してほしいと小林さんに依頼したのです。江口さんは昨年10月、肝臓がんで亡くなりましたが、映画の完成をとても喜んでいました。江口さんにとっても、映画は生きた者の記録なのです。
今月3日の小欄で映画が完成したことを紹介したところ、ペングループ滋賀会の世話役、門節子さんからお便りをいただきました。「手紙、読ませていただきました。29日の例会がより有意義なものとなるよう、皆様の意見も聞き、上映会を例会に充てさせていただくことになりました」
「あっ」と思いました。人と人がつながるとはこういうものだと思いました。早速、小林さんに知らせました。小林さんは大変喜び、「新聞の成せる技ですね」と話してくれました。その弾んだ声を聞きながら、改めて新聞の果たすべき役割を考えました。懸命に生きている人と人をつなぐことの大切さを。拙(つたな)い文章ながら、書き続けたいと心の底から思いました。
この映画には多くの人の深い思いがこもっています。親子関係も含め、すべてをカメラの前で語ってくれた入所者、家族、職員……。小林さんはこうした人々の思いを背に時には涙を流しながらカメラを回し続けました。そして、こう語りました。「命の根源を最も深い所で見つめてきたからでしょう、重度の障害を持つ人には不思議な存在感がある。映画を見る人がそれぞれにその存在感、命と出会ってほしい」
新潟県長岡市在住の小林さんは昨秋の中越地震で大変な被害に遭いました。それでも、この映画を多くの人に見てもらいたいと願い、完成上映会の会場に駆けつけて映画にかけた思いを語る予定です。
完成上映会は29日午後2時、野洲文化ホール(JR野洲駅下車2分)で。問い合わせは第二びわこ学園(077・587・1144)【大津支局長・塩田敏夫】
毎日新聞 2005年1月16日
1月3日 毎日新聞大阪版、第二びわこ学園関連の記事
わたしの季節
支局長からの手紙:
わたしの季節 /滋賀
あけましておめでとうございます。今年は戦後60年の節目の年です。世界がどこに向かおうとしているのかを見極め、どう平和を築くか、国家としての意志が問われる年になると思います。足元にあるニュースを深く取材し、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。よろしくお願いします。
さて、命の根源を見つめたドキュメンタリー映画が完成しました。野洲市の重度心身障害者施設「第二びわこ学園」を舞台に、入所者の日常を丹念に追った「わたしの季節」です。
監督は小林茂さん。新潟水俣病の被害者を描いたドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」の撮影監督を務めるなど一貫して命を見つめる映画を作り続けています。02年10月のクランクイン直前、脳梗塞(こうそく)で倒れながらも学園に泊まり込んで撮影を進めてきました。
映画は、何ものにもとらわれることなく粘土で自由に遊ぶ姿をはじめ、入所者の流れる日常、時間を静かに見つめています。小林さんは「映画の現場から」と題する文章の中で、自傷で視力を失った54歳の入所者を紹介しています。
「…わたくしはAさんを撮影することにためらいがあった。自傷による傷跡の痛々しさもさることながら、私とAさんとの間に心の通い合う道を見つけられなかったのである。ある日のお茶の時間。Aさんに『お茶ですよ』と声をかけたときである。Aさんはむっくと起き上がり、すっとわたしの前に静かに両手をそろえ差し出したのである。わたしがその両手に茶わんを置くと、両手で包みこみ拝むように口に運んだ。それはまるで茶室で茶をいただいているようにも、仏者の托鉢(たくはつ)の姿にも見えたのである。その美しい姿が目に焼きついた。Aさんを撮影できるようになった自分を感じた。密着したレンズがAさんの心の奥底に届くように祈りながら長くカメラを回した」
この映画が生まれたのは、同学園の企画研究部長の江口和憲さんが立ち上がったからでした。66年の開所時に入所した人は今、40〜50歳。入所者の多くが40年近く学園で暮らしていました。建物が老朽化し、昨春には新築された学園に移りましたが、移転を機会にこれまで生きてきた記録を残してほしいと小林さんに頼んだのです。2人は水俣病患者支援運動で知り合った友人でした。江口さんは昨年10月、肝臓がんで亡くなりました。53歳でした。映画は亡くなる1カ月前に完成し、東京まで出かけて試写会を見たそうです。妻佐智子さんは語りました。「彼はすごくいい映画ができたぞと喜びの声を上げました。でもその時はあと半年の命と言われており、あんなに早く逝(い)ってしまうとは思いませんでした」
私には江口さんの喜ぶ姿が目に浮かぶようです。一昨秋、学園を訪れた私を案内してくださり、小林さんと出会わせてくれたのが江口さんでした。静かな語り口の中にも映画にかける情熱が伝わってきました。
完成記念上映会が1月29日午後2時、野洲文化ホール(JR野洲駅下車2分)で開かれます。前売り1300円(当日1500円)。高校生以下は割引があります。問い合わせは第二びわこ学園(077・587・1144)【大津支局長・塩田敏夫】
毎日新聞 2005年1月3日
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