|
|
ドイツ・イタリア30日31泊の旅! |
|
|
|
帰りはミュンヘンからの直行便だったので約12時間座ってるだけでOKだった。 隣の席のひとは何人かわからなかったけど、英語もドイツ語も日本語も堪能なアジア系の女性だった。席を通路側と交換してもらって、あとはちょっと会話しただけだった。外国人で日本語がちゃんと話せる人ってすごいなぁって思う。英語より日本語を学ぶほうが難しいだろう。だから私もがんばって英語勉強してみようかな。そしたらうちの高校の英語教師デニス先生との会話も弾むだろう・・・。 機内では何もすることがなく、でも眠くもなく、食欲もなく、ただボーっとして過ごした。でもルフトハンザスプーンの入手に成功。小さな鳥のマークが入ったかわいいスプーン。飛行機のスプーンのテイクアウトは自由らしいからもっと集めてみたいと思う。トランプより簡単に入手できそうだしね。 そして無事12時間たって成田に到着。日本はウワサ以上に寒かった。寒いのにセミが鳴いていてなんか変なカンジ。1ヶ月振りの再会となった殿方の車で実家に帰った。 |
|
|
|
|
|
今日はついにお別れの日。早めに起きて、お世話になった下のスーパーでお土産をゲットし、昼前に電車で空港に向かった。 最初にカウンターでチャックインをしたが、ちょっともめた。私の予定の昨日のだったが、欠航になったので今日のにした。でもそれが伝わってなかったようで、「その券は使えない」みたいな事を言われた。よくわかんなかったけど、ゲルマンさんのドイツ語のおかげでなんとか解決。 空港では前から気になっていた「マンゴスチン」というお店でランチ。ここはタイ料理屋&寿司とうお店。私はサーモン巻とアボガド巻をとコーラを注文。でもそのコーラの味はなんか間違っていた。ゲルマンさんの注文したグリーンティーにも砂糖とミルクがついていてちょっと間違っていた。 そして寿司は相当な時間を経てやってきた。まだ食べ途中だったがあと30分もなかったので、そこでお別れすることになった。ありがとうゲルマンさん、そしてY君。さようなら私の巻物。 そして急いで出国審査を受け、TAXFREEの還元の手続きをし、搭乗口に行ったら丁度BORDINGTIMEだった。そんなわけでゆっくり買い物もできず大慌ての出国になってしまった。でもなんとかプレッツェルを買い、ユーロの小銭もガムやチョコを買って使いきった。でも本当はボディショップで口紅とかが欲しかった。日本では2300円の品が、ドイツでは500円!残念だった・・・。 で、飛行機は私の席は予約されてなかったようで、「通路側」を注文しておいたのに、窓側になっていた。でも私のあとから来た女の子は、乗りこんだものの席がダブルブッキングで飛行機から降ろされていた。荷物は乗せちゃっただろうに・・・。どうなってるんだルフトハンザ?そして女の子の運命やいかに! |
|
|
|
|
|
今日はちょっと遠出して、レゴランドに行った。レゴランドは遊園地なんだけど、レゴでできている。 遊園地だから乗り物がたくさんあって、ジェットコースターとかが人気みたいだった。でも何よりもスゴイのは、レゴでできた置物(?)たち。ノイシュバンシュタイン城とか、ベルリンの町並みとか、空港まで本物そっくりにできていた(PHOTO参照)。 ここはこども向けの施設のようだったけど、大人も十分楽しめて、とっても良かったです。お土産にレゴを買いました。 そのあとミュンヘンに戻り、あっちゃんも登場し、ドイツ料理店でディナー。最後の晩餐である。念願のシュバイネハクセ(豚肉のスネをやいたもの)を注文し、味は良かったけど、やっぱりその量の多さにビックリした。あとはドイツワインも堪能。 そして2件目でもう1杯やり、無事最後の夜は更けていったのでした。 |
|
|
|
|
|
お昼にゲル殿さんの働く寿司屋に行った。日本ではアボガド巻きを食べる機会はないので、鉄火巻きをアボガドに替えてもらった。美味しかった。ここに来たのは2回目だけど、前回からもうほとんど1ヶ月。早かったなぁ。そんなことを思いながら食べた。 そのあと美術館へ。前回見られなかった古代美術館と最近できたという現代美術館へ。古代は宗教画が多く、それも面白かったのだが、現代のほうはピカソとか、いまいち理解できないような絵がたくさんあって、そっちもなかなか面白かった。これでいちおうミュンヘンの美術館は(無料で)制覇できた。 そしてトラムに乗ってニュンヘンブルク城に行った。ここは先日のノイシュバンシュタイン城などとは違って、城というよりは宮殿に近かった。庭も綺麗で広かった。でもなんだか今日もとても暑くて、じっくり観ていられるような気分じゃなかったので、さっさと帰宅した。 帰りのトラムも猛烈暑かったので(絶対40℃はあったはず)、今日こそ隣のNORDBAD(プール)に行くことになった。そこはたったの3ユーロで4時間までOKだった。ただしロッカーは男女共用。 プールは中に2つ、外に1つ。あとはサウナとジャグジーがあった。しかし中のプールの1つは水深4mほどあって危険だった。外のプールは流れるプール。ちょっと小さめだけど勢いが強くてなんか楽しかった。でもI坂君そっくりのチュニジア人っぽい人がなぜか私めがけて水をかけてきて、徐々にエスカレートしてきたので中のプールに退散した。 そして3時間近くプールを満喫し、帰宅した。 こんなに近く(徒歩0分)にプールがあるのになぜ今まで来なかったんだろう。しかも安いのに。今まで部屋で「暑ーい」って言ってウダウダしてた日々がもったいなくてしょうなない。 |
|
|
|
|
|
今日はお土産を物色。ドイツの土産ってなんなのだろう・・・。とりあえずチョコレートとかラードラーとかを買ってみた。 夜は韓国料理屋に行った。中国人と思われる店員さんがプルコギを焼いてくれた。美味しかった。でもゲルマンさんの注文したビビンバはかな〜り辛かった。火が出そうだった。 |
|
|
|
|
|
今日はドイツは祝日。 今日は早起きしてゲルマンさんとノイシュバンシュタイン城へ。早起き・・・したのだが祝日だったので電車がなく、中央駅についたのは、乗るべき電車の発車時間をとても過ぎていた。それを逃すと次は1時間後。しかしさすがDB(ドイツの国鉄)。始発から遅れていたので間に合った。 電車に乗って約2時間。ようやく城のあるフュッセンという駅に到着。とりあえず朝食ということでノルトゼーへ。とそこでとてつもない大雨が!私たちはあえて傘を持ってこなかった。なので耐えた。しばらくすると止み、バスも来たのでいよいよ城へ。 城はチケット制なのだがさすが祝日とあって混んでいた。1時間は並んだ。で、チケットを買い終えた辺りでまた大雨。並んでる時じゃなくて良かった(外なので)。とりあえず土産物屋を物色しつつ止むのをまったが30分してもおさまりそうに無い。仕方なく500円ほど払ってポンチョを購入。遊園地とかで濡れないようにかぶるやつだ。 それを買ってホーエンシュバンガウ城まで登ったところで雨は止んだ。約5分。悔しい。 そのホーエンシュバンガウ城はルートビッヒ2世が子供の時住んでたお城。ドラクエのような黄色い城。中は当時のままでヨーロピアンな高級家具が素敵だった。 そして次はまたバスにのってノイシュバンシュタイン城へ。こっちはルートビッヒ2世が建てた城。ドイツでは有名な観光地。それはとても美しい城なのだが中は・・・王様の悪趣味が顕著に現れた建物というか・・・。シャンデリアもドアの取っ手も蛇口も床の模様も白鳥であった。でもそこのカフェで食べたザッハトルテはとても美味しかった。 というわけでとてもメルヘンチックな体験をした。そのあと電車で帰ったのだが、ついでなので隣のアウグスブルクという町に行った。そこは教会や市庁舎などが魅力的だった。でも何よりも魅力的だったのは夕飯を食べたケバブ屋。味はとてもおいしく、トルコ人で混み合っているのだが、なにか雰囲気があやしい。ちなみにその店の名はアルカ○ーダ。 |
|
|
|
|
|
なんだか今日も暑かった。夕方(17時)になり、やっと動く気になれたので、ゲルマンさんとオリンピア公園に行った。そこはいつかのオリンピック会場である。何をしに行ったかというと、あまったパンを白鳥やカモにあげるためである。 鳥はたくさんいた。なので早速パンをあげた。よくみるとパンはカラフルな毛で覆われていた。それを人は「カビ」と呼んだ。しかし鳥たちは気にしてないようで、全部食べてくれた。明日が心配である。 オリンピアはちょうど移動遊園地が来ていて、とても賑わっていた。屋台でかなりセクシーな下着も売っていた。エルビーさんへのお土産にしようかと思ったがやめておいた。 そして屋台でホットドックを頼み、ソーセージは食べたがパンはまた鳥にあげた。 いつのまにか二時間ほど経っていて、なんだか夕立が来そうな空だったので帰ることにした。しかしこんな時間なのに人がやたらとやってくる。おまけに警備員さんも。「もしや!」と思い、聞いてみるとやっぱり今日は花火大会らしい。しかし開催時間は10時から。三時間も待てないので帰宅した。 そして10時になると花火は始まった。家にいても暑いので、またオリンピアに行ってみることにした。しかしついた頃には終わっていた。たったの10分である。人々はたった10分のために三時間も待っていたのだろうか。しかも日本と違って色がついてない黄色いだけの花火・・・。 |
|
|
|
|
|
今日はやたらと暑かった。しかし財布の中身がほぼ0ユーロだったので、街までトラベラーズチェックを換金しに行った。しかし地図の場所にはアメリカンエキスプレスはなかった。仕方ないのでしばらくあるいて探してみたのだが見当たらない。途中で暑くて干からびそうになったので、エスプリに入って給水(ここは自由に冷水が飲めるスポット)。 1時間ほどさ迷いやっと地味な場所に発見する事ができ、無事現金を手にした。それで早速ボディーショップへ(ちなみにここも給水スポット)。日本のボディーショップでは、口紅が1本2300円なのだが、ここでは5〜7ユーロで1000円しない。なので買いだめしようと思ったが、私が使っている色はなかったのでとりあえず1本だけ購入した。お買い得である。なんで日本はそんなに高いんだ?関税?? そして他にもいろいろと買い物をしたかったのだが、あまりに暑かったので、バタープレッツェルだけ買って食べながら家に帰った。 |
|
|
|
|
|
ホテルをチェックアウトし、ツォー駅で荷物を預け、バスでエジプト博物館に行った。ここには本物のネフェルティティの胸像がある。それは入ってすぐにあった。思ったより小さかった。 またツォー駅に戻り、クーダムを散歩。やがて飛行機の時間が近づき、空港に行った。 帰りも当然ルフトハンザ。そこでは「正しいトマトジュースの注文の仕方・ドイツ語編」を学習した。あたかもドイツ語ができる人のようだった。 そして飛行機は予定よりも早くしかも乱暴にミュンヘンに着陸。結局あげパンは出てこなかった。 |
|
|
|
|
|
朝は下のレストランでビュッフェ。といっても豪華な料理が並んでるわけでもなく、ただパンとハム、チーズ、コーンフレーク、果物などの洋食が並んでるだけだ。日本なら米と味噌汁と、おかゆなんかもあるんだろうなぁ。 朝食のあとはベルリン動物園に行った。ここの最大の売りはパンダ。パンダなんてもう15年近く見てないので、ちょっと楽しみ。・・・なはずであったがなぜかパンダはいなかった。でも飼育係の人が自転車でササを小屋の前に運んできたので絶対にいるはず。残念だった。 そのかわり、オカピーがいた。日本にはズーラシアにいるが、いつも隠れちゃってなかなか見られないらしい。でもここのオカピーは普通に全身見ることができた。麒麟のようなカオ、でも尻はシマウマ。こんなのを最初に発見した人はさぞかし驚いたであろう。ドイツ人はオカピーには興味無いらしく、他に見ている人はいなかった。 そのあとはクーダムで買い物をし、バスに乗って市内観光。100番の路線バスは名所ばかりを通るナイスな二階建てバス。それに乗った。途中で公園の横を通った。公園の芝生で寝そべっている人達はみなハダカ(全裸)であった。 そしてブンデンベルク門の辺りで下車し、その門や、広場に置かれたたくさんのパンダの置物をみた。それらのパンダは世界各国のアーチストによりペイントされている。日本のパンダは白くて、手のひらに赤い丸が描かれていた。すごい地味で悲しかった。 そのあとはしばらく歩いて市庁舎をみたり、テレビ塔をみたりした。 夕飯はまた富士山のあるポツダマープラッツに行った。富士山のドームは夜はライトアップされて綺麗である。私はアイスバインというベルリンの名物(豚肉のすねの塩茹で)を頼んだ。やたらと大きかった。味も良かったがすぐに飽きたしそんなにいらなかった。それとベルリナーバイスの緑のを頼んだ。それは「森味」で、泡は緑色をしていた。味は・・・枝豆の味。ビールと枝豆を一体化したような合理的な飲み物だったがまずかった。 |
|
|
|
|
|
昨日イタリアから帰ってきたばかりにもかかわらず、今日からゲル殿さん含め3人でベルリン旅行。しかも20時くらいに帰宅したのに、今朝は7時の飛行機に乗るため4時半に起きた。 飛行機はもちろんルフトハンザ。機内でゲル殿さん作の海苔巻を食べた。スチュワーデスさんにジロジロみられた。 そして8時にはベルリンに到着し、9時にはホテルにチェックインした。こんなに早い時間だったが部屋に入れてもらえた。私はシングルルーム。小さいけど快適なベッドと机とテレビだけのシンプルだけど落ち着く部屋だった。ゲルマンさんたちの部屋はダブルでソファーもあり、クローゼットもあって広かった。 まずツォー駅という中心の駅に行った。小腹がすいたのでケバブを食べた。ドイツはトルコ人が多く、ケバブ屋も多い。そして街を見て歩いて店とかもチェックして(今日は日曜だからやってない)、ホテルに戻った。 13時ごろ遠い知り合いにの何とかさんがやってきた。今日1日ベルリンを案内してくれるのだ。早速車に乗ってポツダム市に行き、サンスーシ宮殿をみた。ぶどう畑の上にあってきれいな建物だった。庭も広くてきれい。 また市内に戻り(途中、湖を発見。湖水浴?者で賑わっていた)、ベルリンの壁を見た。壁はほとんど壊されたようだがここだけ1キロくらい?残されていた。現代社会の先生が壁を欲しがっていたのでぜひ持ち帰ろうと思ったが、固くて採取不能だった。 そして東側の一番のスポットにいった。ここはDB(ドイツの国鉄)や、ソニーのビルが立ち並び、上を富士山型のドームで覆われていて、飲食店がたくさんあった。ここで一息してカフェに入った。私はラテ・マッキャートmitココナッツにした。なんとかさんはドライバーだが早速ビールを注文。そして近くのテーブルにはベルリン名物「ベルリナーヴァイス」というピンクのビールが運ばれていた。それを飲んだお姉さんは無言。次々5人ほどに回されたがみんな無言で、それ以上誰も口をつけるものはいなかった。 夕飯は寿司屋に行った。やはり日本人は和食好きなのか?(ドイツに来てからいつも以上に寿司を食べている)。でも味は微妙だった。なんとかさんはまたビールを注文していた。(げるまんさん談・そのなんとかさんは、コンノさんらしい) 夕飯を終え、なんとかさんは逆方向というのでそこでお別れとなった。こんな見ず知らずの若者相手に1日どうもありがとう! 私たちも非常に治安の悪そうな汚い地下鉄にのってホテルに帰った。途中見た満月は、今まで見た中で一番大きかった。大きいなんてもんじゃなくて、サラダせんべいよりも大きく、居酒屋ででてくる丸いコースターくらいはあった。それが地面すれすれで輝いていて、なんか異様だった。 ベルリンは日差しは強いが日陰や朝晩はちょっと肌寒いカンジで、とても快適である。 |
|
|
|
|
|
最終日といっても今日はミュンヘンに戻るだけ。しかも7時51分発の電車で、予約席は満員で予約できなかったので、自由席を確保するため早起きとなった。 その甲斐あって無事1つのコンパートメントの占拠に成功。自由席は1両しかなかった。あぶないあぶない。 でも検札がきたとき、この人たちも座らせてあげて、と言われ女の子2人がやってきた。 それでも座席を延ばしてベッドみたいに寝転がることはできた。しかしボローニャあたりで変なおっさんが「昼間っから寝てるんじゃない!」みたいなことを言って怒り、席をとられてしまった。 そんなおっさんは2駅で降りた。するとまた別のおっさんが乗ってきて、私たちは1人1席なのに、後からきたくせにもう1席使って寝だした。それには4人とも非常に呆れた。 女の子達はトレントで降りたので、私たちはまた席ずつになり、伸ばして寝ていたのだが、おっさんのいびきと足の臭さに耐えられなかった。ゲルマンさんはそれでも寝ていたので、私だけそこを出た。よく見ると周りはほとんどガラガラだった。なので1人で隣に移った。外はオーストリアで、インスブルックとかは高原っぽくて涼しそうで、是非行ってみたかった。そして1時間ほどすると、おっさんは降りていったが、すぐにミュンヘンに着いてしまった。 こうして帰りも無事10時間過ごすことができた。日本ではそんなに長時間電車に乗りつづけることは滅多にないからよい機会であった。 というわけで、特に被害も無く(帽子はなくなったが)、イタリア旅行めでたく終了。この旅では「イタリアの食べ物はなんでも美味しい!」っていうのはちょっと間違ってることと、イタリア人はバカが多いってことが分かった。それと、結局わからなかったのだが、なぜイタリアのトイレには便座がないのだろうか?盗まれた?とにかく不便であった。ぜひタモリさんに聞いてみたい。 |
|
|
|
|
|
今日も屋上で朝食を食べ、そのあと地下鉄でスペイン階段に行った。そこは単なる小さな階段だった。この階段でアイスを食べたいとは思わなかった(今は飲食禁止になっている)。写真だけとって、さっさと次の目的地へ。途中焼き栗屋を発見。1袋3ユーロで私は50ユーロ札をだしたが、特にぼったくられることもなく、いいおっさんだった。でも焼き栗は季節はずれだったようで微妙な味。やっぱ甘栗の方が良い。 そして世界3大ガッカリのひとつ、トレビの泉に到着。ここはガッカリなんてものじゃなかった。なんと掃除中。水が半分も入っていないし、泉の中におっさんが・・・。それでもめげずにコインを投げた。でもこんな暑い国にまた戻ってこれちゃって良いのだろうか・・・。 その後はバスにのっていよいよ世界最小のヴァチカン市国へ。といっても出国手続きとかなく、いつ入国したのかは分からない。 最初にヴァチカン美術館に行った。3時間ほど並ぶという噂だったが、全く並んでいなかった。この美術館を丹念に見ると1週間はかかるらしい。それだけ素晴らしい作品があるのだろう。システィーナ礼拝堂の「最後の審判」とか「楽園追放」とかが有名である。世界史の資料集どおりの絵だった。だが資料集ではサイズがいまいちわからない。こうやって実物をみると大きさとかが良く分かる。先日の「春」だって予想より大きくてビックリだった。今回の旅では見たいと思っていた絵の本物をいくつも見ることができた。あと見てみたいのは「最後の晩餐」である。これがあるのはミラノ。次回はミラノに行ってみよう。 美術館のあとはサンピエトロ寺院に行った。パパ(法王)の姿はなかった。 そして夜はゲルマンさんの友人のじゅんこちゃんと合流し、一緒にパスタを食べた。カルボナーラはなんか物足りなかった。 |
|
2003年08月16日 18時48分34秒
|
|
|
|
私たちが泊まっているホテルは朝食を屋上で食べることができ、ちょっとホモっぽいナヨナヨしたミカとかいうお兄さんが用意してくれた。 朝食の後早速コロッセオに行った。夜とはまた違う雰囲気。やっぱり観光名所らしく結構込んでいた。1時間ほどで無事中に入れた。中は5万人入れる闘技場だが、すっかり崩れていて、床も抜けている。床の下猛獣用の檻があるらしい。映画グラディエーターではトラがここから出てきた。 そしてお昼を食べ、次の観光地へ。それにしても暑い。持参の水もすっかり無くなった。 そんなときは街中にある水道が便利である。 勝手に湧き出しているのだがとても冷たい。飲めるかどうかは微妙だが、暑くて死ぬよりはいい。みんなもペットボトルに汲んでいる。 次はフォロ・ローマノという古代遺跡群を見て、真実の口に行った。ここも微妙に込んでいたが無事口に手を突っ込み、鼻にも突っ込むことに成功。そして次の目的地カラカラ浴場に向った。 その道のりは結構遠く、暑かった。人だかりができていればそれは水道なのだが、それも見当たらず、もう水がなくなってしまい、カラカラ浴場よりも水道ばかり探していた。そしてやっと見つけた水道では靴下も脱いで水浴び。でもあっという間に乾いてしまう。思い切って頭から浴びてみた。 そしてまた歩いていくと、歩行者信号は青なのにどんどん車が来たり、信号待ちの車の窓を勝手に洗う人が現れ(それで現金を要求する)、それをよけようとした車に轢かれそうになった。 そうしてやっと命からがらカラカラ浴場に到着。しかし名前の通り、ここもカラカラに干からびていた(本当はカラカラというのはアウレリウス帝のあだ名)。ここは世界最大浴場で、風呂というよりフィットネスに近い。ここでは言い尽くせないほど贅沢なスポットである。そこにはなにやら世界史の先生っぽい人がいて、熱心にビデオ撮影をしていた。きっと授業でみせるのだろう。 その後は一旦ホテルに戻り、すると恵みの雨が降ってきて、ちょっとだけ涼しくなった。夕飯は懲りずにまた昨日の店でルッコラピザを食べたのだった。 |
|
|
|
|
|
チェックアウトして、そとの温度計をみたら、まだ10時前なのに41度だった。そんな暑い街はさっさとでて、次はピサに向った。ピサまではフィレンツェから電車で約1時間。しかしその電車はクーラーなどついてなく、灼熱地獄だった。 なんとか無事ピサにつき、駅からバスで10分ほど行くと、大聖堂と斜塔に着いた。斜塔は本当に傾いていて、今は70センチ沈んでいるそう。ちょっと前に保存のため、登れなくなったはずだったが、ちゃんと工事をしたのか、中に入れるように所なっていた。しかし暑いので登らず。 そしてついつい斜塔ばかりに気を取られがちになってしまうが、世界史の教科書的には斜塔より大聖堂の方が重要。ロマネスク様式の代表的な建物である。教科書どおり立派な建物で、芝生もさわやかだ。大聖堂もしっかり写真に納め、お土産に模型も購入。 そして滞在時間2時間ほどで、次のローマに向けて出発!ローマまではIC(インターシティー)で3時間ほど。また初日のような快適な座席の列車がきたので、快適なままローマに到着。 ローマはフィレンツェと違って都会的な街だ。怪しげな中国人街をすぎて、ちょっと迷ってホテルに到着。しかしなぜか別のホテルに行くようにいわれ、屋上がオープンエアの食堂になっているファンシーなホテルに案内された。そこは半地下で涼しかった。 20時頃にはすっかり暗くなり、夕飯を食べにでかけた。偶然入ったピッツェリアのルッコラピザは最高に美味しかった!これぞイタリアって感じだ。 そしてそのまま道を行くと夜のコロッセオに到着。来る前に映画グラディエーターをみたばかりだったので、本物のコロッセオに興奮。ライトアップされて素敵だった。築2500年の建物である。それがここにこうして残っているというのはなんだかとても不思議なカンジ。イタリアではコロッセオが一番見てみたかったので、無事目的が達成された。 |
|
|
|
|
|
早起きしてウフィッチ美術館へ。ガイドブックによれば3〜5時間待ちみたいに書いてあったが、開館前に着たので1時間くらいで中に入れた。この美術館にはボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」や「春」、あとはなんか忘れたけど有名な絵がたくさんある有名な美術館である。世界史の授業でちょうどルネッサンスについてやり、「春」について詳しく説明したので、その本物が見られるということで、とても楽しみにしていた。 その「春」は思ったより大きい絵で迫力があった。大体の解説は知っていたが、ちょうど日本人団体ツアーがやってきてガイドさんが説明しようとしていたので便乗して聞こうとした。するとガイドさんは「この絵は春です。修復されたことにより、下のほうに花がたくさん現れました。この花はフィレンツェの花です。」とだけ言い、登場人物の話とかそういう重要なことは一切触れず行ってしまった。そんなんでいいんだろうかって思ったけど、その団体さんの半数以上は「絵に興味ナシ!」ってカンジだったんでまぁよいのだろう。 2時間ほどかけてゆっくり美術館を堪能し、外に出てみたら、入館をまつ列は長蛇だった。私たちは入り口から20mほどのところにいて1時間かかった。でも現在の列は200mほど。あの人たちは入ることができるのだろうか? その後はいろいろな教会をみたり、ドゥオーモの中に入ってみたりした。しかし暑かったので一旦ホテルに戻った。そのとき見た温度計はなんと43度だった。暑いわけだ。本当はドゥオ−モのクーポラに登りたかったのだが、暑すぎて絶対途中で倒れるに違いなかった。そんなわけで竹野内には会えなかった。ドゥオーモに登るのはお話の通り、10年後の誕生日でいいだろう。10月なら涼しいだろうし。でも殿方は来てくれるだろうか? そして夕方から町にでて、名所や宮殿などを見学。その際帽子を紛失。多分すられた。 夕飯は懲りずに昨日の店に行き、またポルチ−ニ茸のパスタとオマールエビのパスタを注文。エビは固くて皮をむいたらトゲが刺さって血まみれに・・・。 |
|
|
|
|
|
今日も暑い。39度だ! 最初にサンマルコ美術館に行き、アンジェリコらの絵を見た。主に宗教画で、去年までの私なら興味が無いだろうが、今年は世界史を学んだおかげで、とても興味深く鑑賞できた。 次は博物館へ。ここにはエジプトに関する展示物がたくさんあり、思いがけずパピルスの入手に成功。 そしてヴェッキオ橋を渡って坂道と階段をたくさん登り、ミケランジェロ広場に到着。ここからはフィレツェの街を一望することができた。とても素敵である。素敵なんだけど暑い。さっき購入した水はすっかりお湯になっていた。しかもナチュラーレを購入したのになぜかガッサータで、炭酸が激しく、炭酸のお湯は非常にまずかった。 帰りはバスで一気にホテルまでもどり、夜は近くのレストランへ。ステーキとかポルチーニ茸のパスタを食べた。それはもう美味しかった。イタリアにきて初めて美味しい物を食べることに成功。 |
|
|
|
|
|
中央駅からEC(ユーロシティー)に乗って、いざイタリアへ。 最初の目的地のフィレンツェまでは8時間ほど。列車は古めだけど、新幹線の個室または寝台車みたいに仕切られていて、一つのコンパートメントに3席ずつ向かい合っていた。とてもすいていたので、そのコンパートメントには私たち2人だけ。なので椅子を全部伸ばして、手すりをあげて、お座敷みたいにして寝転がってくつろいだ。 景色は最初は野辺山みたいな高原がずっと続き、遠くに氷山が見えて、アルプスの少女ハイジみたいで素敵だった。しかしオーストリアを過ぎて、イタリアに入るとすっかり畑に変ってしまい、退屈であった。 列車はボローニャを過ぎた辺りから込みだしてきたが、怪しいアジア人が転がっている部屋の扉を開けようとする者は誰もいなかった。 そして無事フィレンツェに到着。「冷静と情熱のあいだ」の舞台である。どこかに竹野内もいるのだろう。しかし暑い。無事1泊4000円ほどの怪しいホテルに到着し、近くの薬局の温度計をみるとなんと38度であった。 もう19時近くだったがまだ明るいので街へ散歩。暑すぎたので、まず服屋でノースリーブと短パンを購入。そのあと竹野内もいるであろう「ドゥオーモ」を見た。大きかった。 フィレンツェは町全体が古めかしく、建物は茶色で道は石畳。時間が止まったような素敵な街である。でもあやしいイタリア人には注意。 夜は怪しいイタリアン料理店でたいして美味しくもないパスタとピザを食べた。 |
|
|
|
|
|
30日 今日はどこにも外出せず、家でひたすら「冷静と情熱のあいだ」を読んでいた。青と赤、両方を同時進行で読んだ。前に映画で観たことがあったので、頭の中は竹野内でいっぱいだった。イタリアに早く行きたいと思った。 そうこうしているうちにすっかり夜になってしまい、夕飯を作るのも食べに行くのも面倒だったので出前にした。しかも特選チラシ寿司。2000円くらいかな。結構贅沢をした。それと今日は「ラードラー」というビールを飲んだ。これはビールをレモネードで割ったもので、ちょっと甘くて飲みやすい。なぜ日本で流行らないのか不思議である。 31日 昼頃起きてゆっくり風呂に入った。出たところでちょうどげるまんさんが大学から帰ってきたのでご飯にした。プレッツェル。 その後またげるまんさんは大学へ。私は相変わらずすることがなかったが(英語ができれば周辺の国とかにも小旅行に行けたと思うが、私にはそんな度胸もない。地理教師としていいネタ集めができるんだろうけど残念)、とりあえずバスに乗って繁華街まで行ってみた。デパートみたいなことろでいろいろ買い物し、気になっていた魚系のファーストフード店「ノルトゼー」に行った。そこでフィッシュナゲットを注文。店員が何か言っているがよく分からなかったので、「ビッテ?(え、なんだって?)」と聞き返したが、何度言われたってドイツ語など分かるはずもなかった。 ちなみにちょっと覚えたからってむやみにドイツ語で話し掛けてはいけない。最初から英語を使えば、相手も英語で返してくれる。 |
|
|
|
|
|
28日 今日は特に何もせず。せっかくなのでトラムに乗って隣駅までいき、そこのアジアンショップを物色。 29日 ゲルマンさんは論文で忙しいようだったが、ゲル殿さんはお休みだったので、二人でドイツ博物館に行った。 ドイツ博物館はやたらと広くて6階建て。一応順番が振られているのでその通り進んで行ったのだが、最初のほうの機械の構造とかよく分からないメカニックなところもしっかりみていたら時間がなくなってしまった。興味ない分野は飛ばすべきである。 私が興味を持ったのは船、飛行機、橋など。さすがにそこは人も多かった。あと他にもなんか面白いのがあったと思うのだが、本当に見るところが多すぎてもう覚えてもいない。そして十分見ることもできないまま閉館時間になってしまった。噂では16時以降は無料らしので、近々また行ってみようと思う。 夕飯はゲル殿さんが腕をふるって料理を作ってくれた。最近あまりドイツと関係ない食事ばかりだ。お昼も中華だった。 |
|
|
|
|
|
26日 今日は外出もせず家でだらだら。読書したり。しかも夕飯は出前。ナシゴレンとフィッシュ&チップス。一つが2人分はあるのでこれで十分だった。味はまぁまぁ。ナシゴレンにしてはちょっとカレー味で水っぽいし、フライは固すぎだったけど。おまけのサラダはもう悪くなってたし。 27日 マックに行って注文したら、3人分出てきた。私のドイツ語はダメらしい。 そのあと美術館(日曜は無料)に行ってみたのだが、なんだか気分が悪くなってきたので早々に退散。帰りがけに温度計をみたらなんと35度になっていた。この国はあまりエアコンが効いてない。暑い日は家にいるのが無難とみる。 午後からは激しい夕立がきて、気温も下がり過ごしやすくなった。夕飯はゲル殿の働くすし屋にタイ人のおねーさんと一緒に出かけた。昨日良いマグロがはいったそうで、新鮮なのを食べることができた。ネタは厚みがあって、下手な日本の寿司屋よりよっぽど美味しかった。しかも日本でだって食べたことのない大トロまでいただいた(ちなみに2カンで11.5ユーロ。1ユーロ約140円)。 多分相当な金額になっただろうが、ゲル殿がごちそうしてくれた。 そして、タイ人とは十分にコミュニケーションがとれなかったのだが(だってドイツ語&英語)、次回はトムヤンクンパーティーを開き、私がお茶会を開催し、納豆お好み焼を食べよう!ということになった。 【本日の教訓】寿司屋の友人を持つってことは人生において非常に有意義なことである。 |
|
|
|
|
|
速報。高校野球予選、私の勤めてる高校は今日残念ながら敗退。しかも1−0。惜しかった。でも相手は第1シードだったし、ベスト16になれたんだからいいかな。また来年に期待。 今日は一人で街まで外出。先日も行った原宿みたいなところへ。デパートはバーゲンで服が安かったんで物色。日本で探すとMばっかりだが、こちらは女性用でもXXLまである。これ以上大きくなっても安心だ。 買い物のあとはそのへんを歩いたり(ブランドどおりも発見!)、カフェでケーキを食べたり教会に入ったり。 するともう16時半だったので、市庁舎のからくり時計が鳴る(17時)のを待つことにした。塀に座ってると、隣にいたモロッコ人のおっちゃんに話しかけられ、うっかり苦手な英会話タイムが始まってしまった・・・。こっちはかなり片言の英語だがそれでも一応受け答えはできた。おっちゃんは、日本の公用語は日本語だけなのと、サマータイムが導入されてないことに驚いていた。ついでにサマータイムは日本でも導入されていたが、不満が多くあっという間に廃止された、ということを地理の授業で教えたばかりだったので、そのおっちゃんにも伝えたかったが、そんな能力はなかった。 そんな緊張と冷や汗の時間を30分も過ごしたのに、ドイツ1のからくり時計ってやつはたいしたことなかった。横浜駅前そごうのだって負けちゃいないさ。 |
|
|
|
|
|
今日はその辺を散歩。ヨーカドーみたいな大きめなスーパーに行ったり、マツキヨにみたいな店に行ったり。 げるまんさんはバイトのため出かけていったので夕飯は一人だった。しばらくヘビーなドイツ料理が続いたので、今日はアッサリしようと思いしたのスーパーで物色。レタス(1個30円位)など、食材は安い。パパイヤも安い。それとパンも安い。フランスパン1本60円くらい。そんなわけで夕飯はサラダとパンと白ウィンナーになった。アッサリだ。 |
|
|
|
|
|
ゲルマンさんは大学に行くというので、ゲルマン殿方と一緒に街に出た。 渋谷みたいな街で昼食。ゲル殿が「富士山回転」という中国人が経営する回転寿司の店に興味津々だったのでそこに入った。 回っている寿司はかっぱ、おしんこ、サーモン巻き、カルフォルニアだけ。あとは八宝菜とかの中華系惣菜、唐揚、串揚げ、枝豆などで、料理の種類としては微妙だった。それで約1200円くらいで食べ放題。日本人にとってはどうかと思う店だったが、ドイツ人で大盛況だった。ドイツ人はガリ食べ過ぎだった。でもお箸上手に使えてるのはすごい! その後は買い物したり、雑貨屋を見たりして、しばらくするとゲルマンさんも大学から戻ってきて合流した。 ミュンヘン大学とか凱旋門とかを見学。すると正面から黒い煙がモクモク。火事だ。近寄ってみるとそれはガス爆発で、ボンボンいいながら爆発が続いていた。あたりは異臭だったので急いで退散。 その後はイタリアンカフェに行ったりして帰宅。 夜はあっちゃんという札幌美人と一緒にドイツ料理の店へ。私は子羊のソテーを注文。ゲルマンさんの頼んだシュニッツェル(子牛のカツレツ)は一人前なのに3枚ものってた。さすがドイツ!店員さんもベッカムみたいで素敵だった。 その帰り道、歩いたところは偶然にもオカマストリートで、ピチピチの服を来た微妙にマッチョがたくさん歩いていて、男同士のカップルと3人組もたくさんいた。ムチムチの服を売ってる店もたくさんあり、虹色の旗が出ている飲食店は「オカマ歓迎」という意味らしい。 |
|
|
|
|
|
昼頃起きてUバーン(地下鉄)に乗って、ドイツ料理の店へ。結構混んでいたのだが、ドイツ人は昼から堂々とビールを一杯やっていた。日本と違ってみんな店内でなく、外のテラスで食事をしている。外の方が涼しかったりする。 私は本日のランチ(ポークソテーとポテトサラダの盛り合わせ)を食べた。普通においしかった。でも量が半端じゃない。 そのあとメインストリートで買い物したりして、次にマリエンプラッツという銀座みたいな町に行った。そこは観光名所で、ネオゴシック様式の新庁舎とか教会とかみどころがたくさん。でもゴシックなだけあって背が高く、写真にはどうも収まりきらなかった。 それと有名なビアガーデン、ホフブロイを見学し(昼からかなり賑わっていた)、バイエルンミュンヘンのファンショップなどにも行った。三越では日本人の観光ツアーの集団がやってきて圧倒された。その先にはプラダとかエルメスとかのブランドショップがあるらし。さすが銀座風。 そんな店には当然用が無いので、マーケットに行ったり、靴屋、オモチャ屋などを見たりして、トラムにのって帰宅した。 その後、げるまん殿方が引越しをする(私が来たせいで追い出されてしまった。ごめんね)というのでついて行った。引越し先の家は、日本人の友達とイタリア人がシェアしてて、一部屋空いているというのでそこがげるまん殿方の部屋になった。他の部屋は・・・ということで見せてもらったのだが、ほかは一部屋だけ。その一部屋は友達(男)とイタリア人(男)の二人の部屋だそうで、部屋の隅には立派なダブルベッドが・・・。・・・。そういうことらしい。 そのあと一緒に近くのイタリアンレストランで食事。カルボナーラを注文した。その時は21時くらいで、日本では4時くらい。眠くて眠くて大変だった。 |
|
|
|
|
|
9時50分発のルフトハンザでドイツに向けて出発! ルフトハンザはとても快適なシートでくつろげ、機内サービスもグッド!でも機内食が微妙。和食はカレーだったし・・・。 機内では隣の席の女の子(一つ年下の水商売をしているという学生、イスタンブールに一人旅だそうで・・・)と会話をし、無事12時間過ごし、フランクフルトに到着。フランクフルトの空港ではなぜか構内でチャリを乗り回す人が大勢。 フランクフルトでの乗り換えは、この旅最大の難所。しかしその女の子もミュンヘンに行くということで、彼女の英会話のおかげで無事乗り換え成功!一人だったら多分永遠にフランクフルトだっただろう。 ミュンヘンへはそこから50分ほど。用意されていた機内食(あげパン)が出されること無く到着。あげパンはスチュワーデスの夜食だろうか・・・。 ミュンヘンの空港では入国審査など一切されず、あっさり入国。そして10ヶ月ぶりにげるまんさんと再会を果たした。 げるまん邸は空港からSバーン(電車)で1時間くらい。最初はのどかな田舎の風景でちょっと安比高原っぽかったが、中心部に来るとすっかりハウステンボスムードでいっぱいだった。 げるまんさんの家はホーレンソーみたいな名前の駅からトラムに乗って一つ目。松本ハウスよりずっと広い素敵な部屋だった。 着いたのは20時頃だったが、まだまだ明るい。夕飯を下のスーパーに買いに行き、1EURO(135円位)しない冷凍ピザをゲットした。まずくはなかった。 ドイツと日本の時差は7時間(サマータイム仕様)。20時は日本では深夜の3時。というわけで猛烈眠かったんで、初日はさっさと寝たのでした。 |
|
|