歴史の無知は恥ずかしい

「日本人への恨みは忘れはしないけれど、それでも私は君たち日本人を許す よ。元軍人仲間の多くも同じように考えている」。時々あいさつ程度の会話 を交わしていたオーストラリア人の老人から、ある時ふとこんなことを言わ れた。最初は一体何のことなのか、どうして自分が「許され」なければいけ ないのか、全然分からなかった。この言葉で改めて、日本人に対して複雑な 感情を持つ人たちがオーストラリアにはいるんだと思い知らされた。

4月25日(一部の州では26日)は、「アンザック・デー」の祝日。「アンザ ック」というのは「Australian and New Zealand Army Corps」の略で、第 1次世界大戦中の1915年4月25日、オーストラリアとニュージーランドの兵 士で構成するアンザック軍がトルコ領ガリポリ湾に上陸し、多数の犠牲者を 出した。これをしのんで後に「アンザック・デー」は国民の祝日となり、今 では第1次大戦、第2次大戦も含めたオーストラリアの戦争記念日となって いる。オーストラリア全国でこの日、記念の礼拝や退役軍人の街頭パレード が行われるのはそんないきさつがある。

ところで、長く現地に住む日本人によると、ひと昔前まではこのアンザック ・デー、在豪の日本人があんまり大きな顔をして出歩ける日ではなかったら しい。というのはご存知の通り(と言って実は私もオーストラリアに住むま では知らなかったのだが)、第2次世界大戦で日豪は敵対関係にあり、当時 日本軍の捕虜となって悲惨な体験をした元オーストラリア兵も多い。当然、 そうした人たちの対日感情は今でも複雑だ。例えば、首都キャンベラと奈良 市との友好を記念して作られた「キャンベラ奈良公園」が、当初は「平和公 園」の名称にする予定だったのに「『平和』は日本にそぐわない」という退 役軍人団体の強い抗議で「平和」が削除された、なんていうエピソードが数 年前にあったが、そんな形でこの問題は今でも時々顔を出す。

もちろんオーストラリア人のほとんどはとてもフレンドリーで、普段そんな 歴史を意識させられることはまずない。だけど何も知らずに口を開けてアン ザック・デーのパレードを眺めていた自分は今思うと恥知らずな無知の代表 みたいで、少なくともダーウィンやキャンベラの戦争博物館は見ておこうと 思ったのだった。


豪日交流基金ニュースレター「Australia Web通信」掲載 1999

HOMEに戻るページトップに戻る