ウルルの聖地と360度の赤い地平線
貧乏旅行でまた訪れたいアウトバック

オレンジ色の大地にどっしりと根を下ろした白いユーカリの巨木、濃いブルーの空をバックに飛ぶピンク色のガラー(オウム)の群れ、エメラルドグリーンの海と白い砂浜、夕日を浴びて刻々と色が変わる黄色い砂漠…。オーストラリアを旅していて何よりも魅せられたのは、大自然が見せてくれる鮮やかな色のコントラストだった。訪れる場所、光の具合や時間によっていつも違った表情を見せてくれる自然の色彩は、強烈な印象となって焼き付いている。

アウトバックの夜明け、黒い大地と雲を燃えるようなオレンジ色に染めて顔を出した太陽が、白い光の筋となって地平線を覆った。朝日を受けて、まだ星が1つ2つ残る濃紺の西の空には大きな虹が架かり、その虹の向こうに浮かぶカタ・ジュータのゴツゴツした岩の頭が淡いピンク色に染まっている。どちらを向いても見渡す限り何もない赤い大地、その果てに広がる360度の地平線に囲まれた光景に、ただ圧倒されていた。

夜明け前、まだ満天の星が瞬いている時間に寝袋からはい出してキャンプ場を後にし、急斜面に息を切らしながらアボリジニの聖地ウルルに登った。頂上から見た日の出は、息をのむようなスケールの大きさも、幻想的な大地と空の色も、そしてそれがわずか数分後には何もなかったように静まり返っていつもの赤茶けた大地と透明な青い空に戻ってしまったことも、今思い出しても夢みたいに思える。アボリジニの人たちが神秘的で特別な存在としてこの岩を大切に守ってきた意味が、少しだけ分かったような気がした。

だから、エアーズロック、なんて後から来た白人が勝手に付けた名前でこの岩を呼びたくはない。頂上には初めてこの岩に登った白人の名前を記した碑があったけれど、これも先住民の聖地を侵害した第一人者の碑として、オーストラリアの歴史の残酷な一面を記す価値しかなさそうに思える。アボリジニの人たちは、たぶんその何千年も何万年も前からここにいて、自分たちの聖地ウルルを大切にしてきたのだから。言ってみれば、江戸時代あたりの日本にある日突然外国人がやって来て勝手に富士山に登頂し、頂上に「富士山に初めて登った白人」の碑を立てたようなものかもしれない。

とは言うものの、この土地の所有者であるアボリジニの人たちが、ウルルは私たちの聖地だからどうか登らないでほしい、と訴えるチラシを観光客に配っている。それを無視して登ってきたわけだから、自分だって彼らの文化を踏みにじる野蛮人の一員であることに変わりはない。どこかでそんな後ろめたさを感じながら、これって偽善かなあ、でも偽善だってないよりはマシじゃん、と自問自答したりした。

ウルル観光の出発点の町アリススプリングスに戻り、ユースホステルで偶然、以前旅先で知り合ったフランス人のクリステルに再会した。ひとしきり盛り上がったあとでウルルの話になり、平気でゴミを投げ捨てたりつばを吐いたりする観光客に憤慨したという彼女は、「私は登らなかった」ときっぱり。そんな風に毅然としていられるクリステルと引き換え、やっぱり自分はかなり情けなく思えた。

伝説が生きている大自然

ウルルとカタ・ジュータ(マウント・オルガ)の周辺はもちろん、オーストラリア各地の自然が作り出した不思議な地形がある所には、必ずと言っていいほどアボリジニの神話や伝説が生きている。頭を平べったく削り取ったようなユニークな形の山マウント・コナーには霜を降らせるアイスマンが棲むと伝えられ、大きな岩の裂け目は伝説のヘビと人間が戦った時にできた傷あと、地上何メートルもある高い所に描かれた壁画は空から妖精が降りてきて描いたもの、そして赤や黄色やオレンジや何色もの砂が層をなしているがけは、友達の少女を守ろうとして死んだ虹が流した血…。オーストラリアは歴史が浅い国だなんて、一体だれが言ったんだ ?

明るい街のおしゃれなカフェで、青い海を眺めながらワイングラス片手に過ごすホリデーもいいけれど、オーストラリアの各地を旅して強く印象に残っているのは、やはりアウトバックの雄大で鮮烈で刻々と表情を変える美しさと、その過酷な環境に何千年も語り継がれてきた神話や伝説だ。キャンピングツアーに参加したり安宿を泊まり歩いて、旅先で出会った人や地元の人たちからその地にまつわる話を聞き、雄大な自然の神秘を目の当たりにしてそのストーリーに共感するほど、ますます印象は深くなる。

でも、息をのむような光景や瞬間はとんでもなく奥地にあったり、さんざんな思いをしたあとに突然やってくるものだから、きれいなホテルに泊まってエアコンの効いた観光バスに乗っていたのではアウトバックの魅力は何十分の1も味わえない。安宿に泊まって狭苦しいバスでちょっと悪態をつきながら移動して、ふと気が向いたら薄汚いバックパックに同じくらい薄汚いTシャツを詰め込んで汗とほこりまみれのワイルドなキャンピングに出かける、そんな貧乏旅行こそ、オーストラリアを存分に味わうのにピッタリの旅行スタイルだと思っている。

(「日豪プレス」1998年掲載)