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ラトザール物語
第一話 受難(その二)
「あの巻毛の男がエドガー。私たちのリーダーよ。仲間内ではエドと呼ばれているわ。」 寄り添って歩くとシュンラは、メルフィーヌより頭半分ほど背が高い。尖った耳の先が短めの金髪の下で見え隠れする。今、メルフィーヌは、このエルフの少女に支えられながら王都カトマールをめぐる下町の中を歩いていた。こうして再び地上に出て太陽の光のもとで歩いていることが信じられないような気分だ。この近くに冒険者の訓練場がある。メルフィーヌがプリーストの修行を積んだのもそこであり、見覚えのある町並みが続いている。 「サスケは、無口なニンジャ。めったに言葉をしゃべらないの。変人ね。でも、仕事の腕は確かよ。」 シュンラは、先ほどから一人で喋り続けている。今、彼女のグループの紹介を始めたところだ。 「アラミスというサムライは、おしゃれなやさ男。女たらしという噂もあるわね。それから、エドガーの妹のエリザベスという名の女の子。ベスと呼ばれているわ。おとなしそうな顔して、口うるさいの。私は、シュンラ、見ての通りのエルフ。あっ! ここのケーキ屋さん、とっても美味しいのよ。今度、食べにくるといいわ。」 シュンラは足を止め、一軒の店を指さした。メルフィーヌは、まだ、一言もしゃべっていない。 「あと、あなたを治療したのがルーイ。金髪の男の子、・・・のように見えるわね。」 シュンラは、メルフィーヌにかまわず喋り続けた。 「ここだけの話だけど、ルーイは、エドガーに気があるみたいなの。男同士よ。変態ね。考えただけで寒気がするわ・・・。」 それから、しばらくの間、メルフィーヌはルーイの悪口を聞かされた。メルフィーヌは、こんなにお喋りで口の悪いエルフを見たのは初めてだった。彼女の知っているエルフという種族は、もっと、しとやかでおとなしいものだ。エルフは古代の妖精の子孫だと信じられている。 やがて、城門に着いた。屈強そうな衛兵が、長い槍を差し出し、二人の少女の行く手を遮った。兜の下の髭面が物色するようににらみ回している。シュンラはマントの胸の部分をめくった。ロードの記章。髭面は、バッタのように跳ね返り敬礼した。すぐに城門が開いた。 メルフィーヌは、城内に入るのは初めてだった。多くの冒険者たちは、王に謁見し直属の親衛隊にとり上げてもらうため冒険に精を出すのだが、そのほとんどは城に入ることさえ許されぬまま挫折し、元の職業に戻るか、最悪の場合中途で非業の死を遂げることになる。メルフィーヌのグループのように・・・。 メルフィーヌは、初めて、助かったという実感を覚えた。それと共に、仲間たちの死という冷酷で重すぎる現実をも受け止めなければならなかった。しかし、やはり涙は出なかった。彼女は、仲間を見捨てて逃げたのだ。この華麗で平和な町並みの中に身を置いて、息をしている自分自身がその証拠だった。 「どうしたの? 気分が悪いの? 目まいがするの?」 シュンラは、メルフィーヌの顔を心配そうに覗き込んだ。 「あの・・・」 「え!」 「助けてくれて、ありがとう・・・」 「あなた、言葉をしゃべれるのね!」 シュンラは、さも呆れたといった風に驚きの声を上げた。 「ごめんなさい、今まで一人で喋り続けて。でも、どうして、今まで黙っていたの? ・・・あなた、もしかしてサスケの親戚なの? それとも、宗教か何かで会話を禁じられてるの?」 シュンラは、冗談ではなく、本当に驚いているようだ。メルフィーヌは、困った。何をどう説明したら良いのかわからない。たとえ、全ての事情を説明してみたところで、このエルフを納得させる自信は無い。 その時、大きな手がシュンラの肩を掴んだ。そして、有無も言わさず、細長い少女の体を百八十度回転させた。見上げるような大男だ。緑色がかった肌、首から上には一本の毛もない。トロール族だ。 「やあ、シュンラ=リスレン殿。エルドールからこっちに来てるって聞いて、捜してたんだ。会いたかったぜ。」 雷のような大声、今にも抱き付かんばかりの勢いだ。 「ばばっちい手で触るんじゃねえよ! このうすらでかの脳味噌なし男!」 声の大きさでは、シュンラも負けていない。見物人が集まってきた。城の役人、使用人、女官、御用聞きの商人といった連中だ。遠巻きにして、一様に物見高い目で事の成行きを見守っている。
「なんだよ、水臭いじゃねえか。俺とおまえの仲なのに。」 トロールは、意味ありげな笑いを漏らしている。シュンラの顔が、みるみる赤くなった。 「いつ、あんたとわたしが、なにかの仲になったって言うのよ! なによ! エドガーがいないと、えらく威勢がいいじゃない!」 「な、なにおう・・・」 今度はトロールの顔色が紫に変わる。大男は、エルフの衿がみを掴み、その細い体を宙に持ち上げた。シュンラは、ぶら下げられたまま、トロールの紫に歪んだ顔に向かって唾を吐きかけた。 「この、あまァ・・・」 トロールの拳が振り上げられる。 「やれるものなら、やってみな! わたしの体に傷一つでもつけたら、エドガーが、なんて言うか。もっとも、その前にあんたのそのこぶしが使いものになっていなければの話だけど。」 シュンラの顔色はすでに平常に戻っている。 「けッ! 勝手にしな!」 シュンラの体は地上に戻された。 「てめえら! 見せもんじゃねえんだ! 散れ!」 トロールは、腕を振り回し、見物人を追い払った。 「そっちの乳のでかいネエちゃんは、何ものだ? どっかで拾ったのか?」 トロールは、メルフィーヌに向けて長い腕を伸ばしてきた。シュンラは、盾になってメルフィーヌをかばった。無言でトロールの顔をにらみ返している。 「へッ!」 トロールは、シュンラにかけられた唾を顔から拭いながら立ち去っていった。五、六歩のところで一度、振り向いて言った。 「可愛いルーイ殿によろしくな。」 シュンラは、トロールの後ろ姿に向かって、自分の靴を投げつけた。その靴はトロールの大きな背中に命中した。 トロールは、あたりの見物人を見渡して、にやにやしながら独り言のように言った。 「まったく、あんなじゃじゃ馬、誰も乗り手なぞないわな。」 トロールの大きな背中は、見物人をかき分けるように消えていった。 「ずいぶん見苦しいところを見せちゃったね。」 シュンラは、メルフィーヌの拾ってきた靴を履き直しながら言った。 「あのうすらでかは、ガランカという名のトロール。あれでも、ブルーノのお気に入りの戦士なんだっていうから笑っちゃうわ。」 ブルーノは、このラトザール国の王、ここの城主である。メルフィーヌも、戦士ガランカの名は耳にしたことがある。国王の親衛隊きっての実力者として名高い。メルフィーヌのような新米冒険者にとっては、雲の上の存在だ。実物を見たのは初めてだった。 「なによ、ボーってして。あなた、あんなのが好みだって言うんじゃないでしょうね。」 とんでもない、メルフィーヌは、即座に首を横に振った。 「あいつは、悪党よ。わたし、以前あいつにひきょうな方法で、てごめにされそうになったことがあるの・・・。あッ、でもこれはここだけの話よ、他の人には言わないでね、特にエドガーなんかに知れたら、あのトロール、殺されちゃうわ。エドガーは、そういうことには、めちゃ、うるさいの。あのトロールも、殺されるほどの悪党というわけでもないから。」 先ほどからたびたび名前の出てくるエドガーという男、メルフィーヌも会っているはずだが、あまり印象に無い。メルフィーヌの治療でルーイを手伝っていたのは、ルーイよりさらに小柄な感じの少年だった。しかし、ガランカの様子からしてもエドガーという人物はただ者ではないらしい。あんな少年が? ・・・どうして? 「この城に来たのは、わたし、久しぶり。でも、ぜんぜん変わってないのね。ブルーノって、頭かたいから、性格悪い上に、頭かたいなんて最低。」 シュンラの話題は、早くもよそに飛んでいる。国王の悪口も平気だ。 宿屋は、すぐ見つかった。宿屋といっても、メルフィーヌの知っている町の安宿とは、随分違う。城の賓客用の宿泊施設らしい。 「ここよ、ここ! 料理はまずいけど、ベッドは柔らかいの。」 シュンラは、指さして、無邪気にはしゃいでいる。 中に入り、役人風の男に、シュンラは二言、三言告げる。すぐに、案内役が呼ばれて来た。メルフィーヌは、そわそわし始めた。 「あのぅ・・・、私、今、お金持ってないし・・・」 メルフィーヌは、今まで、町の宿屋の代金にも困る生活を送ってきた。しかも、あの洞窟の中で魔物に襲われ、全財産を失ったばかりだ。 シュンラは、またもや呆れたといった顔つきをした。 「あなたを、ここに連れてこさせたのはエドガーなのよ。エドガーの名前一つで、こんなおんぼろ宿なんて、フリーパス。あなたの心配することじゃないわ。なにしろ、エドガーは、ここの城主の客人なんだから。」 二人は、部屋に通された。
「エドガーさんって、あの・・・」 ベッドに横になり、ようやく、メルフィーヌは質問を切り出した。二人の通された部屋は、大理石作りの浴槽を備えた立派なものだ。見たことのないような大きなベッドの片隅に、メルフィーヌはもぐり込んだ。 「あなた、もぐりじゃないの。ハートン兄妹のことを知らない冒険者なんていないわよ。」 もちろん、ハートン兄妹のことは知っている。かつて、闇の魔力でこの国を蹂躙した魔王アーサーを倒した英雄だ。もう、十年以上昔の話になる。メルフィーヌは、まだ小さかった頃、ハートン兄妹の凱旋に村はずれの沿道に出て手を振った記憶がある。 「そのハートン兄妹の兄の名が、エドガー。エドガー=ハートン。」 「でも、それは十年以上も前の・・・」 メルフィーヌの言葉に話を中断され、シュンラは少しだけ困惑の表情を見せた。 「わたしも、事情は良く知らないのよ。エドガーは、強力な魔法によって、歳をとらないらしいの。不死の一族だって噂もあるわ。・・・噂だけど、アーサーの甥だって言う人もいるし、そうなるとヴァンパイアね・・・」 シュンラも、エドガーの噂話となると声が低くなった。 「そうだ、わたし、薬草を調合してもらってくる。待っててね。」 ドアが閉められ、エルフのせわしげな足音が遠ざかって行った。
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