ラトザール物語

 

 

第二話     王都カトマール(その一)

 

 岩肌に鉄製の扉が埋め込まれている。鍵がかかっているようだ。人間の手による物ではないことは、そのまがまがしい細工からも明らかだった。ガランカはその扉に体当りした。扉はびくともしない。

 「おい! ラル! 出番だぜ。」

 名前を呼ばれたホビットは鍵穴の前にしゃがみ込んで、作業を始めた。ホビット族は、敏捷で手先が器用なことで知られている。仕掛けられた罠を解除したり鍵を開けたりする作業には無くてはならない存在だ。

 「気をつけろ。何か罠が仕掛けられているかもしれん。」

 ガランカは、身を屈めてその作業を覗き込んだ。

 「こいつは駄目だ。おいらの手にはおえねえ。」

 ラルは、あっさりと見切りをつけて、立ち上がった。背丈はガランカの半分程しかない。

 ガランカは、太い首を回して。後ろを振り返った。そこには二十台半ばの人間の女性が腕組みをして立っていた。燃えるような赤毛が緩やかに波打って色白の額を縁取っている。その奥の鋭い眼差しから聡明さがにじみ出ているようだ。名前は、フレイア。洞窟や迷路内の道筋を地図として書き残し、道案内をするのは彼女の仕事だった。フレイアは大げさに首をすくめて見せた。

 「こんな洞窟に一体なにがあるってんだい、ガランカの大将。」

 戦士のロアルドが、大きな盾に身をもたせてしゃがれた声を出した。

 「エルドールから来たエドガー=ハートンがこの洞窟に向かったって、話を聞いたんだ。奴は何かを掴んでいるに違いない。」

 「あんたはあのエルドールの大将を気にし過ぎてんだよ。奴さんも歳だ、もうろくしてんじゃねえかい。こんな洞窟入ったはいいが、何もねえじゃねえか。出てくる魔物連中も弱っちいのばかり、逃げるばかりでへのつっぱりにもなりゃしねえ。」

 「ハートンは、もうろくなんかしない。奴らは歳をとらないのだ・・・」

 ガランカは、太い腕を組み合わせ、しばし考え込む様子を見せた。とにかく前進だ。彼の合図のもと、冒険者たちは、洞窟の奥へと歩き出した。

 冒険者は、異なる技能を持つ者同士がグループを組んで行動する。その数は、通常五、六人。それが未知の世界を冒険し生き残るために最も効率的な人数だ。彼らは、戦士ガランカをリーダーとする国王直属の親衛隊のメンバーだった。一方、エルドールは、自治市政をしく共和都市の名だ。この国の東のはずれにある港湾商業都市である。かつてこの国を恐怖のどん底に落し入れた魔王アーサーに復活の兆しありとの報告を受けた国王ブルーノは彼の親衛隊に調査を命ずるとともに、エルドールへも援助を求めた。エルドールの長老会議は事態を重くみて、ハートン兄妹の派遣を決定した。

 ブルーノの狸じじいは、ハートンを信頼している、このおれ様よりも・・・。ガランカは、この数日心楽しめない日々が続いた。昨日あのエドガーに拾われたという女、メルフィーヌとか言っていた、いい女だ。磨けば光るだろう。重い艶のある真直な黒髪は、細いバネのような張りがあり手に心地良かった。結い上げたら見事な髪形になるに違いない。欲しい、なんとしても手に入れたい。ガランカは、そんなことを考えていた。その一方でエドガーの報復を恐れてもいた。有り得ないことだとは思うが、もし、エドガーがあの女に執着しているとしたら・・・。

 その時、ラルが何かを見つけた。粗末な兜だった。戦士のものだ。その近くに鎧の一部、さらにおびただしい数の死体の断片が散乱している。焼け焦げたもの骨だけになったもの、見るも無残な光景だ。

 「こいつは、ひでえ! まだ、新しいぜ。ほぼ全滅だったんだな。」

 ラルは、死体を調べながら言った。

 「火を吹く魔物に襲われたらしいな。このあたりにそんな物騒なものがいるとは思えないが。まさか、ドラゴンじゃねえだろうな。」

 ガランカは、大きなシャベルを持ち出して来て穴を掘り始めた。

 「埋めてやろう。身の回りの品を一つずつ持ち帰って、地上に墓を作ってやればいい。」

 「まさかドラゴンに襲われたのではないでしょう。通路の大きさから考えても。ケルベロスあたりじゃないですか。」

 プリーストのイッキュウが、胸の上に指を組み合わせ口の中で死者埋葬の呪文を唱えた。常に危険と隣合わせの冒険者たちは縁起をかつぐ。これもプリーストの重要な仕事の一つだ。

 全員言葉少なに埋葬作業を続けた。死者の呪いほど恐ろしいものは無い。

 「・・・どのみち、あまりまともな話じゃねえ。復活した魔王の力がこんなところまで影響しているのかもしれないな。」

 ガランカは、そうつぶやいた。最近方々の洞窟で奇妙な現象が起きているという話を耳にする。さっきの開かずの扉のことも気になる。魔王アーサー復活の噂は本当かも知れない。魔の力は地下深く太陽から遠ざかれば遠ざかるほど強く作用するという。この国の地下で何か変動が起こりつつあるのかも知れない。これ以上の探索は、もっと地上での情報収拾を進めてからの方が良さそうだ。冒険者というものは、本来、慎重を期すものだ。

 ガランカは、集められた犠牲者の所持品を調べながら、小さな手鏡に目を止めた。細い字が彫ってある。“我が最愛なるメルフィーヌ=ダルネに贈る ベン=シュワルガー”

 

 シュンラは、薬を置き。用法、用量を守るようにと言い残して去った。メルフィーヌは一人残された。食事等身の回りの世話は小間使いの少女が面倒を見てくれた。メルフィーヌは、小間使いというものを見るのは初めてだった。シュンラと対照的な無口な少女で、宿屋の使用人と手話で話しているのを見て、言葉に不自由であることを知った。だから、名前は聞けなかった。歳格好は十三才ぐらいで、赤毛の髪をおさげにして両側に垂らしている。顔にはそばかすがあり、痩せて、いやが上にもみすぼらしく見えた。田舎の貧しい家から奉公に出されたのだろう。あるいは、両親に死に別れたのかも知れない。メルフィーヌもそういう子供たちの話を聞かされたことがある。

 メルフィーヌは、不安だった。ガランカは、また来ると言い残した。だから、この痩せてはいるが俊敏そうな少女に出来るだけ長く側にいて欲しかった。なんといってもこの子はエルフではない、人間だ。一緒に寝てくれるよう頼んだ時、最初は困惑した表情を浮かべていたが、しぶしぶと承諾してくれた。ベッドは十分な広さがある。十分過ぎる程だ。

 小間使いの少女は、体を洗うことから服の着替えまで手伝ってくれた。もちろん、メルフィーヌには初めての体験だった。大理石をくり抜いた浅い浴槽に、メルフィーヌの裸体を沈めて、身体の隅ずみまで洗ってくれた。まるで、大切な宝物の壷でも洗うかのようだ。別に特別な事ではなく、常にそうするように教えられているらしい、手慣れた動作だ。香料入りの石鹸の泡がメルフィーヌの全身を包む。

 こういう少女は男性の客に対しても同じことをするのだろうか? メルフィーヌはふと気になった。まさか、こんな子供が・・・、考えられないことだ。たぶん、男性には男性専用の少年の小間使いが用意されているのだ。城の中では、様々の特殊な職業の人が働いているという。小性と呼ばれる少年がいると聞いたことがある。彼らがそれにあたるのだろう。でも、女性の中にも変な趣味を持った人がいると聞いたことがある。もし、そんな人が本当にいるとしたら・・・。メルフィーヌは、耳たぶまで赤くなるのを感じた。

 そうして、二日間が過ぎた。メルフィーヌの体力はすっかり回復していた。シュンラにもらった薬はさすがに良く効くらしい。もう、以前のように飛び跳ねたり走ったり出来そうだ。メルフィーヌは、体を持て余し始めた。城の中を見て廻りたいとも思った。でも、そんなこと許されるのだろうか? シュンラが迎えに来るのを待たなければならないのだろうか? あのエルフの少女を信用することは出来なかった。メルフィーヌは、用意された外出着に着替えた。胸にはプリーストの記章がついている。シュンラが手配したものらしい。赤毛の少女は、自分の客人の立派な姿を見て嬉しそうだ。手を叩きながら若い冒険者の回りをまわった。メルフィーヌも訳もなく嬉しくなった。

 ノックがあり、盛装した役人が現れた。彼は、メルフィーヌに国王陛下のもとへの出頭命令が下ったとの旨を伝えた。

 

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