ラトザール物語

 

 

第二話     王都カトマール(その二)

 

 国王ブルーノ=コルテリアスは、大広間の一番奥、とてつもなく大きな椅子に腰掛けたまま、メルフィーヌの敬礼を受けた。メルフィーヌも冒険者の敬礼の作法を習っていたのだ。いつの日か国王へのお目通りがかなった時のためだと言われていた。冒険者の最敬礼を受けることが出来るのは国王だけなのだ。今こうして、その夢の様な機会に恵まれ、事実、夢の様であり、やっぱり、何が何だかわからない。自分の置かれている状況が全く理解出来なかった。

 ブルーノは、側近の一人に何事か耳打ちした。その側近は、三十メートル程も離れたところに立っているメルフィーヌの側まで来て、そっと言った。

 「お近く、お寄り下さい。」

 近くと言われても、どこまでが遠く、どこまでが近いのかよく判らない。修行の師もこういう場合の対処法までは教えてくれなかった。たぶん、彼にも経験がなかったのだ。

 メルフィーヌは、おずおずと歩を進めた。両わきにずらりと並ぶ衛兵の長い槍が気になった。

 「冒険者殿」

 ブルーノの低い声にメルフィーヌは歩を止めた。

 「まだ、御尊名を伺っておらなんだな。」

 「メルフィーヌ=ダルネです。」

 メルフィーヌは緊張のため頬の筋肉が突っ張るのを感じた。

 「では、メルフィーヌ=ダルネ殿、そのような遠くにおらずと、もちっと近こう寄って下され。見れば見目麗しきお人柄。このような粗暴な場所では何よりの目の保養じゃ。さっ、近こう。」

 床に敷かれた絨毯の色が変化している場所がある。メルフィーヌは、そこまで歩を進め、片膝を突いた。

 「本来ならば、時候の挨拶などいたすところじゃが、失礼して、さっそく本題に入らせていただくぞ。」

 ブルーノは、話を切り出した。

 「メルフィーヌ=ダルネ殿、ご存じとは思うが、あの国賊アーサーが復活した。そこで、わしは、エルドールのエドガー=ハートン殿に救援を請うた。ご存じの通り、エドガー=ハートン殿は、かつて、あのアーサーを成敗したつわもの。必ずや、力になってくれるものと信じておる。ところがどうじゃ、エドガー=ハートン殿、一向に姿を見せてくれぬどころか城下まで参った配下のシュンラ=リスネン殿は、メルフィーヌ=ダルネ殿そなたを置いて姿を消してしまわれたと聞いておる。しかも、そなた、どう見てもただの小娘にしか見え・・・失礼、今のは失言じゃ。とにかく、以上が、この件につきわしの受けた報告じゃ。どうなんじゃ、メルフィーヌ=ダルネ殿、わしを助けて下され。いや、この国を救うて下され。国賊アーサーを倒す秘策をお持ちであろう。それとも、エドガー=ハートン殿から何か言付けを頼まれたのか。」

 ブルーノは、一つのアミュレットを懐深くから取り出した。持つ手が震えている。

 「この、かつてエドガー=ハートン殿によって、アーサーから取り戻していただいたアミュレット、これさえあれば安心じゃと思うておる。しかし、もしこのアミュレットがアーサーの手に渡るようなことになれば・・・、それを思うと、夜も眠れぬ日々が続いておるのじゃ。」

 震える老王の手の中でまがまがしいばかりの光を放つアミュレットは、カルハンの雫という名で知られる伝説の宝物だ。もちろん、名前は知っていても、メルフィーヌが目にするのは初めてだった。

 「当然のことながら、アーサーめの第一の狙いは、このアミュレットと、このわしの命じゃ。その後で、やつは全世界を魔の支配下に敷くつもりじゃろう。このわしが狙われておるのじゃ! それなのに、エドガー=ハートン殿は、何処で何をしておる!」

 ブルーノは、今にも立ち上がろうとした。側近たちが駆け寄り、懸命に制止した。

 当然の事ながらメルフィーヌは面食らった。ほとんど初めて聞く話ばかりだ。確かにあの魔王アーサーが復活したら大変な事になるだろう。魔物が地上に溢れ出て、無抵抗な村人たちが殺されるのだ。かつてそうであったように。だが、その事と今の彼女の置かれている状況とがどういう関連を持っているというのだ。私は、エドガーに拾われただけの、哀れなただの女だ、と叫びたかった。でも、それは出来ない。ただの女が、伝説の魔法器カルハンの雫を目にすることが出来ないということはメルフィーヌにも容易にわかる。へたなことを言うと殺されてしまうかも知れない。まったく、エドガーに助けられたのはいいが、その事によって、どうして、こうも次々と災難に巻き込まれなければならないのか? エドガー、エドガーって、一体、何者だというのだ。エドガーはアーサーの甥だという噂をシュンラから聞いた。そうだ、国王の最も恐れているのはエドガーとアーサーが手を結ぶ事なのだ。だから、姿を見せないエドガーに国王は憤りを感じ始めているのだ。だとすると、メルフィーヌの置かれている状況はなお悪い、エドガーの人質だということになる・・・。

 その時、後ろの方で騒ぎが起こった。その騒ぎの中心にいる雲をつくような大男を見て、メルフィーヌの血の気はさらに退いた。

 ガランカは、衛兵たちの手を振り払い、大広間の中心まで進み出た。

 「敬愛なる国王陛下には御健勝のほどお慶び申し上げます。」

 雷のような大声が大広間中に響きわたる。

 「ガランカか、挨拶などよい。何事じゃ?」

 ブルーノは、大きな椅子に身を沈め直し、そう言った。

 「さすれば、申し上げます。そこにお召しになられているメルフィーヌ=ダルネ殿についてでござりますれば。陛下には、ご報告の行き違い上、誤解をなされているご様子。そもそも、メルフィーヌ=ダルネ殿、エドガー=ハートン殿の客人にはあらず。このガランカ=サミエが遠縁にあたる者にてあれば、若年なれど文武に秀で、ことにプリーストの技術にかけてはこの国広し、その人士多しといえど並ぶもの無しと存ずる次第。この時期にてもあれば、一度、陛下に御拝謁を賜らんものと画し、ご城下まで呼び寄せました次第にてございまする。」

 流れるような口調だ。メルフィーヌは呆れた。

 「じゃが、そのような報告は受けておらぬ。わしが、聞いたのは・・・」

 「さすれば、それは、ご報告の行き違いにて・・・」

 「ええい! 黙らぬか! わしの言葉をじゃまだてするとは何事。しかも、そのような優秀な冒険者ともなれば、わしの耳にも聞こえてこようはず。きりは袋の中に入れられてもその穂先を見せるという話がある。」

 「さすれば、今、この場で入れてご覧にみせましょう。たちまち、穂先どころか、その刀身すべてが突き抜けまする。メルフィーヌ=ダルネ殿、きりにあらず太刀にてござる。」

 ガランカは、ブルーノに歩み寄った。

 「・・・しかし、そのような一介の冒険者に、わしは、大切なアミュレットを見せてしもうた。よもや、アーサーの手先では・・・」

 ブルーノは、慌ててカルハンの雫を懐深く隠し込んだ。ブルーノの言葉に衛兵は色めき立ち、長槍を構え、哀れなメルフィーヌを囲んだ。

 「魔王アーサーの手先などであろうはずがござらぬ。陛下は、優秀な人材をいわれ無き罪で損なうおつもりか。どうか、お気を鎮めたまえ。しかも、メルフィーヌ=ダルネ殿、わが遠縁にありながら、また、わが許嫁にてござる。許嫁を刀にかけられるをば、このガランカ=サミエ黙って見過ごすことは出来ませぬ!」

 ガランカは、衛兵たちの槍を素手で払い除け、メルフィーヌの横に立った。ガランカの体は衛兵たちよりさらに頭二つ分以上抜きんでている。ガランカは、メルフィーヌを抱き起こし、素早く目配せをした。

 「お疑いなら、今、その証拠をお目にかけまする。」

 ガランカは、上体を屈め、メルフィーヌと唇を重ねた。メルフィーヌは、突然の出来事に慌てたが、大男の体を振り払うことはできなかった。衛兵たちの槍の穂先は、二人をぐるりと取り囲んでいる。メルフィーヌも、今は、彼の芝居に応ずる以外助かる道はないと観念した。そして、筋肉の盛り上がった大男の背中にぎこちなく手を掛けた。ギラギラと光る槍の輪の中で長いキスが進行した。

 衛兵たちは戸惑った。相手が刀を抜いたわけではない。国王に危害が加えられる恐れもない。しかし、前例の無い事態だ。国王の面前である。こういう場合の対処法は訓練されていない。とてつもなく恐れ多い事ではあるが・・・。

 「もうよい、わかった、ガランカよ。」

 ブルーノは、手を振って、衛兵たちを退かせた。衛兵たちは、ほっとしたような面もちで各々の持ち場に戻った。

 「そなたの許嫁であるとすれば何の咎めがあろう。して、メルフィーヌ=ダルネ殿、すでに妙齢とお見受けするが、祝言の日はお決まりか?」

 「さすれば、すでに、日時、方角など縁起の良いように占いを立てさせていただいておりますれば。全て、相整いました折りにでもご報告させていただこうと考えておりましたところでございます。ご報告の遅れ、なにとぞ御容赦のほど御願い奉りまする。」

 

 メルフィーヌは、ガランカの腕を肩から払い除けようとした。王宮の大広間に通じる通路だ。あたりに、人影は無い。

 「助けていただいて、ありがとう。でも・・・」

 激しく身をもがいて、大男の広い胸からの脱出を試みた。

 「しッ!」

 ガランカは、彼女の口を手の平で押さえ、人目に付きにくい柱の陰まで引っ張り込んだ。メルフィーヌはその手に思いきり噛みついたが、ガランカは平然としている。柱の陰で、ガランカは再びキスを迫った。メルフィーヌは抵抗を止めない。二人の男女は、しばらく無言でもみ合っていた。

 「い、いやだ・・・、やめてよ・・・」

 「宿に行ったら、こっちだって聞いてね。こんなことだろうと思って駆けつけたんだ。間に合って良かった。」

 ガランカは、キスを諦めて、メルフィーヌの体を壁に押し付け、両腕の間に虜にした。

 「これでも、心配したんだぜ。ブルーノは陰険な強欲じじいだからな。」

 「その事については、感謝してるわ。でも、それとこれとは問題が別よ。わたし、あなたの許嫁でもないし、愛人でもないの。わたし、そんな安っぽい女じゃないわ。」

 メルフィーヌの顔に血の色が浮かび上がる。押さえきれない怒りが込み上げてくる。

 「・・・それに、あなたは、無理やりわたしに迫ったのよ。今だったら、あなたを殺してやるわ、たとえ、刺し違えてでも。それに、わたしにはもう心に決めた人がいるの。優しい人よ、あなたとは大違い。おあいにくさま。どいてよ! 大声を出すわよ。あなたが、カルハンの雫を狙っているって叫びながら死んでやる!」

 メルフィーヌは、ガランカのぶ厚い胸板を殴った。一発、二発と、涙が込み上げてくる。なぜか、ベンの面影が心によぎる。あの自信なさげな笑顔が無性に懐かしい。今にして初めて彼への愛を自らの感情として意識したのだろうか。もう死んでいるかもしれないのに。

 「ベンは死んだ。」

 ガランカは、そう言った。

 「うそよ! 信じないわ! 彼のことだものきっと逃げのび・・・。どうして、あなた、彼の名を知ってるの!」

 メルフィーヌは、両手でガランカの胸を掴み、大男の顔をにらみ込んだ。

 ガランカは、自分の胸から彼女の手を引き剥し、その手に小さな手鏡を握らせた。メルフィーヌは、そこに記された文字を目で追った。

 “我が最愛なるメルフィーヌ=ダルネに贈る ベン=シュワルガー”

 「昨日、洞窟の中で発見された犠牲者の遺品だ。五人のグループが全滅していた。」

 メルフィーヌは、食い入るように手鏡を見ていた。

 「おまえは、そこにいたのか?」

 「・・・」

 メルフィーヌは無言でうなずいた。

 「相手は何物だ? ケルベロスか?」

 「・・・わからない。火を噴いていたわ。口が耳まで裂けていて。いきなり襲いかかってきたの。」

 「それで、おまえ一人だけ、エドガーに助けられたんだな。」

 「・・・へんなの。あの人、言ってたのよ。その前の晩だったわ。一緒に暮らしたいって。店を持とおって。あんな事言う人じゃなかった。だらしなくて。夢ばかり追いかけて。貧乏で。この鏡を買うだけでも苦労したはずよ。それが、こんな事になるなんて。もし、あの時承諾していれば・・・」

 メルフィーヌは、ガランカの胸にすがりついた。涙が止まらない。

 「おれも、本当は優しいんだぜ。紳士なんだ。きみがそんな目に遭った後だとは知らなかったよ。だって、きみは綺麗で可愛いくて、キラキラ輝いていた。今だってそうだ。もっと素晴らしい。きみに涙は似合わない。無理やり許婚ってことにしたのは謝るよ。でも、本当にそうなら、どんな苦労もない暮しをさせられると約束できるぜ。毎日、遊んで暮らせるんだ。着飾ってお洒落に興じて、演劇、お茶会に舟遊び。吟遊詩人も呼んでやろう。このカトマールは、美しい都だぜ。美しい都には、きみのような美しい女が似合うんだ。」

 ガランカは、メルフィーヌの髪を撫でた。メルフィーヌは、ようやく泣き止んだ。

 「いつまでも、こんな所にはいられない。行こう。」

 「・・・どこへ?」

 「おれの家だ。」

 「いやよ! 絶対いや!」

 「あの宿には戻れない。もし、エドガーが現れた場合、あらぬ疑いをかけられるだろう。おれの家なら安全だ。」

 「・・・あなたが信じられない。」

 「信じてくれ。頼む。何もしないよ。指一本なりとも、きみには触れない。約束するよ。」

 「・・・」

 メルフィーヌは、泣き張らした目で小さくうなずいた。

 

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