ラトザール物語

 

 

第三話        叛旗(その四)

 

 ここラトザール地方は、ルーン山脈の東に連なる丘陵地と平野部からなる。王都カトマールはタケル川の川沿いに位置し、西にルーン山脈、北にサルテラ山塊の頂を望む絶景の地として知られている。国王ブルーノ=コルテリアスは、名君ではなかったが、暴君と呼ばれるほどではない。半ば狂ってはいたが、その狂気はもっぱら国外に向けられ、国の中に向けられることはなかった。領主として適度な狂気と言えるものであった。したがって、領民にとっては是も非もないごく妥当な国王であったと言えよう。その国王ブルーノが、狂気を内に向け始めたのは、ここ一年程の間の出来事だ。

 昔からの重臣が、次々と職を解かれ追放になった。ある者は、王宮の庭の木を無断で揃丁させたというだけの罪で免職になった。城門に首をさらされた者もいる。領民に対する課税が重くなり、抗議に出向いた代表者も首をはねられた。すべてあの魔王アーサー復活の噂以降の豹変だ。当然、他の地方に離散する領民も出る。抗議集会も後を絶たない。そして、それらを含めた不穏な動きを監視するための秘密警察組織が作られた。密告が奨励され、町中に武装した兵士の姿が増えた。それらには、魔王アーサーの動きを封ずるためという名目がつけられた。物々しい兵士たちは町の中を我が物顔に歩き回った。

 誰もまだ魔王アーサーの復活を確認したものは無い。王宮は、高まる社会不安の中で声高に取り沙汰される復活の噂をなし崩し的に追認するというかたちをとった。その魔王を最も恐れているのは、十数年前、その討伐令を下したブルーノ自身だったのだ。

 そのブルーノが、人前に出ることが少なくなった。常に王宮の奥深い私室に閉じ込もり、あらゆる国政、裁定は僅かな側近を通じて行われるようになった。自然、彼ら側近が強力な権力を握り、王宮の高官の間での政変劇は熾烈を極めた。王宮の役人たちは権力に媚びへつらい、領民をないがしろにした。贈物、挨拶の金品は側近たちの屋敷の庭を埋め、重税に疲れた貧しい領民たちは着のみ着のままでその日の夕食のために駆け回る毎日だった。しかし、その王宮内にあって唯一自らの信ずるところを主張し、国政への批判を敢行し続けた一団がある。戦士ガランカ=サミエを中心とする国王直属の親衛隊のメンバーである。彼らは、特権として許可なくして国王への謁見が許されていたので側近連中の権力にも屈しようとはしなかったのだ。

 最も国王の信任厚く、最も強く権力の魔力に毒された側近の名をエダマ=ルンカという。彼は、サルテラ山塊の麓にある小さな村の生まれだった。家は貧しく十才の時から城下に奉公に出され、十三才の時、ブルーノの小性として王宮に入った。それから、王の側に仕えること三十年にして、現在の地位にまで登りつめたのだ。側近エダマは、戦士ガランカと事あるごとに対立した。ガランカを目のかたきにし、彼の失脚を企てること数度に及んだ。そのエダマが、ガランカとルーイの事件を知ったのは当日の夕刻だった。

 エダマはすぐに国王へ謁見を求めた。ブルーノは青白い顔に目の下のくまを埋め込んで、側近および小数の護衛兵にしか知らせていない密室の椅子に座っていた。

 「エダマか。何事じゃ? わしは、あのアミュレットの盗失より、生きた心地もせぬ毎日を送っておる。次にアーサーめの狙うのはこのわしの命じゃ。」

 ブルーノの低い今にも消え入りそうな声。カルハンの雫は数日前ブルーノのもとから消失した。その事実は極秘にされ、エダマを含めた側近たちしか知らない。国王の頬や指の肉はげっそりとそげ落ち姿勢を保っているのがやっとといった様子だ。

 「あのアミュレットがアーサーめの手に渡ってしまったら最後じゃ、もう渡っておるのかもしれぬが・・・、いやそんなことは考えとうない。わしは、気が狂いそうじゃ。最後の頼みの綱はそちじゃ。どうか、良い知らせで少しでもこのわしの不安を静めてくれい。」

 ブルーノの祈るような声。エダマは口を開いた。

 「他でもありませぬ。そのアミュレットの所在についてでございます。」

 ブルーノは身を乗り出した。顔に微かな血の色が蘇る。しかし、それもすぐに不安の表情にかき消された。

 「そちは、ガランカが怪しいと申しておったな。しかし、わしには信じられぬ。あのガランカは忠義の士、わしに背くなど有り得まい・・・。もしや、なにか証拠でも掴んだというのか?」

 「そのガランカ=サミエ殿、エルドールより派遣されたルーイ=ポワイエ殿に襲われ、重傷を負った模様です。」

 「なに・・・!」

 ブルーノの顔色が明らかに変化した。

 「わたくし考えまするに、エルドールのエドガー=ハートン殿の狙いは、初めからカルハンの雫にございました。あの魔法のアミュレットを手に入れた上で、魔王と協力し、この地を支配しようとの考えでございます。これまでの経過がそれを物語っておりましょう。なにしろ、エドガー殿、魔王アーサーの甥にあたられるとか。そこで、ガランカ=サミエ殿をそそのかし、これを利用し、カルハンの雫を盗み出そうとしたのです。ガランカ殿はエドガー殿のもと戦友にあたり、その親衛隊という身分により、おそれながら国王陛下の最もお側近くに接近できる立場にあります。」

 エダマは、ここで話を中断しブルーノの目を覗き込んだ。ブルーノの目は話の続きを催促している。

 「そして、ガランカ殿はおそれ多くも陛下のもとよりカルハンの雫を盗み出してしまったのです。しかし、彼も人の子、欲を出しました。エドガー殿を出し抜いて、直接、魔王と手を結べば世界の半分は彼のものとなるやもしれませぬ。そこで、彼はエドガー殿へのカルハンの雫の譲渡を拒絶したのです。当然ながら、怒ったエドガー殿とガランカ殿との間に争いが起こります。それが、ガランカ殿とルーイ殿との事件となって現れました。ご存じの通り、ルーイ殿はエドガー殿の片腕。エドガー殿の命によりガランカ殿を襲い、恐らくは、そのアミュレットを奪ったものと思われます。」

 「う、う・・・む」

 ブルーノはうなった。

 「エドガー殿とガランカ殿との密通の証拠に、陛下は、ガランカ殿の妻、メルフィーヌという女を覚えておいででしょうか。」

 「うむ。」

 ガランカとメルフィーヌの結婚式には、ブルーノも参列した。

 「一年半前、あのメルフィーヌを陛下が召し出されたことを、わたくし記憶しております。あの折、ガランカ殿はメルフィーヌとエドガー殿との関係を否定しておりましたが、それは、真っ赤な嘘。実は、彼女こそエドガー殿とガランカ殿との連絡員だったのです。わたくし、あれより人をやり、あの女の周辺を探らせました。間違いございません。しかも、彼女がルーイ殿と連絡をとりあっているのを見たと申す者があります。さらには・・・」

 国王ブルーノは、エダマの話の途中で、がばっと立ち上がった。

 「ガランカをひっ捕らえい! 事の真偽をはっきりさせるのじゃ!」

 

 ガランカの屋敷、見張り役の数人の男が寝ずの番にあたっている。その中の一人が言った。

 「おい、さっきの旦那と奥方の一戦見たかい?」

 「いんや。音だけは聞こえたがな。」

 「すごかったぜ。」

 男はニヤニヤと笑っている。

 「おれは、鍵穴から覗いたんだ。女中たちが騒いでたんでな。そしたら・・・」

 「そしたら? ・・・おい。気を持たせないで、言えよ。どうしたんだよ?」

 いま会話を交わしていた同僚が倒れている。振り向いた男も、叫ぶ間も無く、喉笛をかき切られて、その場にくずれ折れた。闇の中から黒い鎧に身を固めた兵士の一群が現れた。

 ガランカは、槍の輪の中で目を覚ました。隣に、メルフィーヌが眠っている。

 「ガランカ=サミエ殿、ご同行願おう。国王陛下の御命令だ。」

 武装した兵士の中の一人が言った。くぐもった声。

 「きさまら! 気でも狂ったか!」

 ガランカは、跳ね起きた。しかし、それより早く兵士たちの槍はガランカの体

に突き刺さっていた。

 「死体にしてでも、連れてまいれとのお達しだ!」

 ガランカは、その兵士の目を見た。魔にとりつかれた狂気の目だ。

 「こんな槍で、おれは殺せぬ!」

 ガランカは、叫び、槍を全身に帯びたまま床に立った。兵士たちの体が引きずられる。最もガランカの身近にいあわせた兵士が、トロールの太い腕に首を折られて倒れた。

 「死にぞこないめが! 我々が楽にしてやろうと来てやったものを。」

 さらに数本の槍がガランカの巨体に鈍い音を立てて突き刺さる。ガランカは、一本の槍を自分の体から引き抜き、たちまち二人の兵士を突き殺した。しかし、兵士たちは怯む色を見せない。兵士たちの目にはどれにも狂気が巣くっている。それらは、すでに人間の目ではない。ガランカは、ついに床に倒れ落ちた。

 兵士たちはガランカの死を確かめるためその体をぐるりと取り巻いた。一人の兵士の目がメルフィーヌに向けられる。メルフィーヌは目の前の惨劇に呆然として、立ちすくんでいる。屋敷の使用人たちが騒ぎを聞きつけ部屋に飛び込んで来た。しかし、一人、二人とあっけなく兵士の槍の犠牲になり、残りの者は逃げ散った。

 「見ろよ。いい女じゃねえか。さすが、親衛隊筆頭組頭の女だけあるぜ。」

 一人の兵士が、メルフィーヌに近づいた。他の兵士たちはニヤニヤ笑いを浮かべながら事の次第を見守っている。メルフィーヌは跳んだ。体を翻し、窓に向かって走った。

 「おっと! 逃がすな!」

 兵士たちは、数人がかりで哀れな獲物を床に引きずり倒した。床はすでに血の海と化していた。メルフィーヌの手に生暖かい血糊が触れる。メルフィーヌは絶叫した。三人の兵士が彼女の両手、両足を押えている間に、兵士の一人が身に着けた鎧を外し始めた。

 「こんな物着けてたんじゃ、邪魔になってしょうがないぜ。」

 「おい、早くまわせよ。あんまり帰宮が遅くなると、エダマ様のかんしゃくを食らうぜ。一人制限時間三分ということにしよう。」

 「おめえだったら楽にクリアーできる時間だな。」

 兵士たちはどっと笑った。彼らは槍を構え、ぐるりと周りを囲っている。

 身軽になった兵士は、メルフィーヌの夜衣を掴み、その薄布を乱暴に引き裂いた。絹を裂く気障しい音にメルフィーヌの甲高い絶叫が共鳴する。男はメルフィーヌの体にのしかかった。しかし、すぐに身を起こした。

 「どうした? もう、終わっちまったのか?」

 男は答えずに、口から泡を吹き、後ろ向きに倒れ、死んだ。その時、部屋の灯がすべて消えた。

 「忌まわしき悪魔のしもべたちよ。」

 どこからともなく声が響いてくる。兵士たちの目が一点に集中した。開け放たれた窓に月明りを背に黒い人影が見える。人影は手を振りかざした。

 「立ち帰って、汝らの邪悪なる主人に告げよ。任務は無事果たしたとな・・・。さあ、行け。」

 兵士たちは、魂を吸い取られた人間のように虚ろな目で呆然と立ち上がり、整然と列をなして部屋を出て行った。

 人影が、メルフィーヌに近づいてくる。メルフィーヌは、床に座り込んだまま、裂かれた薄絹を身に集め、後ずさりした。二人の小柄な人間の姿だ。二人ともマントで体をすっぽりと覆っている。その一人が頭布を解いた。メルフィーヌの胸に一つの名が浮かんだ。最近、町中でまるで魔除の呪文か何かのように繰り返えされている名。エドガー=ハートン。

 「メルフィーヌ。恐がらないで。」

 エドガーは言った。

 「きみの助けが必要だ。エルドールへ行くんだ。エルドールだ、いいね。」

 メルフィーヌは、大きく目を見開いたまま、こっくりとうなずいた。

 「いい子だ。それから、いま見たことはすべて忘れるんだ。兵士がやってきて、ガランカを殺した。それだけだ。それが君の見たことのすべてだ。ガランカの体はぼくたちがもらってゆくよ。きみはそこで気絶でもしているといい。」

 メルフィーヌは、再びうなずいてその場に倒れ伏した。

 「お兄さまも、この子にご執心なのね。」

 エリザベスは、そう言ってくすりと笑った。頭布をとると、銀色の長い髪が月明りの中でくるくると流れ落ちた。

 「でも、この子にあの長老たちを動かすことができるかしら?」

 「この子の名は、メルフィーヌ=ダルネ。あの カルザック=ダルネの娘だ。」

  「カルザックの娘ですって! ・・・そう、あの赤ちゃんがもうこんなに大きくなったのね。でも、娘は娘だわ。本人であるわけでもなし、やっぱり、この子には重荷過ぎるわ。」

 エドガーは、それには答えず窓から見える冷たい月に手をかざした。

 「凶乱の兆しが見える。また、忙しくなりそうだ。」

 そう言って、微かに笑った。

 

第三話 完

 

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