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ラトザール物語
第四話 受胎告知(その一)
黒い鎧に身を固めた兵士たちはエダマ=ルンカの前で膝まずいた。ここは王宮の中にある側近の控え室である。最近では国政の執務室として使われている。今では側近エダマは、ここカトマールの権力のほとんど全てをその手に掌握していた。 「仰せの通り、ガランカ=サミエ殿、討ち取ってまいりました。」 兵士の中のリーダー格の者が進み出て復命した。 「して、奴の首はどうした?」 エダマは、おうようにそう尋ねた。 「はッ」 「はッ、ではない。わしは、ガランカの首を持ってまいれと命令したはず。奴の首を見せい。」 「はッ、それが・・・」 兵士は後ろを振り返り、仲間の顔を見た。みんな首を横に振る。見せろと言われても困る。無いものは無いのだ。何故無いのか誰にもわからない。とにかく、無事任務は果たしたはずだ。 「・・・殺した後、首を切り落とそうとしたのですが。使用人たちが騒ぎ出し、近隣に助けを求めに走った様子。仕方なく、屋敷に火をかけ、急ぎ帰ってきた次第にございます。しかし、ガランカ殿の死、確かにこの目で確認しましたゆえ、間違いありません。今頃は恐らく灰になっているものと思われます。」 彼は口からでまかせを言った。でも、ガランカを殺したことは事実だった。しかも、同じ命令がガランカ以外の他の重臣たちに対しても下されており、そちらに向かった部隊が略奪のため方々に火をかけたのも事実だ。すでにカトマールの城下は一面火に包まれているのだ。ガランカの屋敷も燃えたに違いない。彼らが王宮に帰る時、同じく黒装束の兵士たちが財宝を略奪したり、泣き叫ぶ女を引きずりまわしたりする現場を目撃した。あちらこちらで阿鼻叫喚の叫び声を聞いた。さながら地獄絵図のようであった。兵士にとって最も心躍る時である。 「さようか、灰になってしまったとあれば、いさしかたあるまい。もう、下がってよし。もう一度城下に繰り出すも自由じゃ。」 そう言って、エダマは控えの間の奥に消えた。 側近エダマは、王宮の中に彼自身の私室を持っている。彼は急ぎ足でそこに向かった。薄暗い室内に頭から汚いぼろ布を被った小男が膝まずいている。顔は見えないが、ひからびた瘤だらけの指が見えた。 「エダマ様、ご注文の品、確かに用意して参りました。」 しわがれた声。小男はそう言って、側にあった包みから布を取り去った。口に猿ぐつわを噛まされた少女が現れた。虚ろな目。歳の頃は十四、五才といった感じ。服装から比較的裕福な農家の娘と知れた。 「正真正銘の処女でございます。生まれ月等、ご要望の通り。」 小男はそう言って、くっくっと笑った。 「えらく若いのを持ってきたな。どこで捕まえた?」 エダマは、娘の顎に指をかけた。 「今日び、美しい処女となれば、この程度の歳のものしか残っておりませぬ。」 小男は、また、くっくっと笑った。何かが喉につかえているような笑いだ。 「薬を使っているな。まだ縛り付けている必要があるのか?」 「もうそろそろ薬の効き目が定着しましょう。縄を解いても差し支えありませぬ。どうぞ、ご自由に。」 「わかった。いろいろとご苦労であった。これを・・・」 エダマは、机の引出しから砂金の入った袋を取り出して小男に渡そうとした。小男は手を振って褒美を辞退した。その指に不思議な色を放つ指輪がはめられている。魔法使いだ。 「そのような物は無用でございます。あの憎っくきエドガー奴に・・・」 小男は、自分の頭から布を取り去った。その顔半分が醜い傷跡として崩れ、原型をとどめていない。彼の名は、シャール=ザマ。かつて魔王アーサーの片腕として仕えた魔法使いであり、十三年前、魔王がエドガーによって倒された後消息を絶った。そして、すでに死んでいるものと考えられていた。 「あのエドガー奴に復讐をするものと思えば、何事もお安い御用でござる。この傷は・・・」 シャールは、崩れた顔半分を指さした。 「エドガー奴のムラマサブレードの切っ先がアーサー殿の体を捉えた時の余波で出来たもの。あの日より十三年間、ただ一心に奴への復讐をのみ念じてこうして生き長らえてきたものにございまする。」 シャール=ザマは、布を被り直し立ち上がった。 「では、よしなに。」 そう言い残し、シャールの姿は室内から煙のように消え去った。 エダマは、少女の縄を解き、部屋の中央に置かれた大理石の台座にその体を横たえた。なるほど、こうして見るとなかなかきれいな娘だ。生犠は美しくなければ意味が無い。太古の昔からそう決っているのだ。何故かは知らぬ。少し若過ぎるきらいはあるが別段問題はないだろう。エダマが手を鳴らすと、二人の若い男が部屋に入ってきた。二人とも裸だ。エダマの前で、膝まずいた。体に香を焚き付けているらしく微かな芳香がある。頭には、古代の紋章を縫い込んだ布を巻いていた。 「大切な体ゆえ、くれぐれも傷つけぬようにな。」 エダマは、台座の上の少女の体を指差しそう言うと、部屋の奥の椅子に腰を降ろした。復活の儀式には生きた処女が必要だ。すでに偉大なる魔王アーサーの意志は復活している。後は、その肉体だ。エダマは、厳重に鍵を掛けた箱の中から一個のアミュレットを取り出した。まぎれもないカルハンの雫だ。いまそのアミュレットはそれ自体で妖しい光を放ち輝いている。エダマは、ほくそ笑んだ。これで、この世界の半分は俺様のものだ。 エダマが、指を鳴らし合図すると、盆を捧げ持った女が現れた。やはり裸だ。成熟した滑らかな肢体。その肌を奇妙な幾何学文様が飾っていた。顔の上半分を黒い紗で覆っている。盆の中は、聖水と呼ばれる液体で満たされている。さらさらの無色透明な油のようなものだ。エダマは、口の中で何か呪文を唱えながら光輝くアミュレットをその盆の中に入れた。聖水の中でアミュレットは、心臓の鼓動のような光の明滅を始める。女はその盆を捧げ、大理石の台座の所に戻った。台座の上の少女の体は死んだようにぴくりとも動かない。裸の男が、聖水の中からアミュレットを取り出して、少女の下腹部にあてがった。光の鼓動はその速さを増した。そして、一瞬の目もくらむ強烈な光を放ち、元のアミュレットに戻った。かわりに、少女の腹部から鼓動のような光が放たれている。その光は、しだいに弱くなり、そして、彼女の体内に吸収されるように消えた。 エダマは、安堵のため息をついた。台座の上の少女の体に歩み寄る。 「大切な命を宿した体だ。くれぐれも大事に扱え。」 エダマの合図に、二人の裸の男は一礼し少女の体を抱え、盆を持った女と共に部屋を出て行った。 「三ヶ月だ。三ヶ月で魔王の肉体が復活する。それまでは、なんとしてでもハートンどもの動きを封じておく必要があるな・・・」 エダマ=ルンカは、頬を押え部屋の中を忙しく歩き回り始めた。
木の燃える臭いにメルフィーヌは目を覚ました。誰かが、メルフィーヌの頬を叩いている。ガランカの部下、プリーストのイッキュウだった。 「メルフィーヌ様、しっかりしてください。目を覚まして。」 「イッキュウ!」 メルフィーヌは、イッキュウの懐に抱きついた。急に涙がこみ上げてくる。 「イッキュウ。・・・ガランカが、・・・ガランカが・・・」 周りにガランカの部下たちが集まっていた。ラル、フレイア、戦士のロアルド。ロアルドは、大声で哭きながら拳で床を殴っている。全員神妙な面もちで床に膝まずいていた。乳母のメイヤ、赤毛のレダ、それから、メルフィーヌとガランカの双子の子供リフとリルもいた。乳母のメイヤの胸で眠っている。メルフィーヌは二人の赤ん坊を両腕に抱き取った。双子は母親の涙に触発されたのか勢いよく泣きだした。メイヤが、メルフィーヌの手から赤ん坊を取り返し、あやしつけた。 部屋の中には五、六人の死体がころがっている。武装した黒装束の兵士と屋敷の哀れな使用人たちだ。ガランカの死体は無い。兵士たちが運んで行ったに違いない。 窓の外に赤い火の粉が見える。隣の屋敷が燃えている。人々の叫ぶ声がここまで聞こえてくる。なんてことだ。この世の終わりか。 「ここにいては危険です。ひとまず城下を脱出しましょう。」 イッキュウが言った。彼らは闇の中、屋敷を後にした。往来に出ると、黒装束の兵士の一群が人々を襲っている光景に出くわした。絹を裂くような女の悲鳴。子供の泣き声。メルフィーヌたちは、耳を覆いひたすら逃げ走った。城門まで辿りつくと、そこにも黒装束の兵士の一群があった。城門は閉められ、死体が山と積まれている。ここまで逃げ延びてきた罪もない城下の人々の死体だ。 戦士のロアルドが野獣のような叫び声を上げて、兵士の群れに切り込んだ。敏捷なホビットのラルも後を追う。たちまち、七、八人の兵士を切り伏せた。しかし、兵士たちは一向に怯む様子を見せない。その目は魔に取り付かれた目だ。圧倒的な数で押し返してくる。フレイアが防御呪文を唱え、メルフィーヌたちを連れての強行突破を試みたが失敗した。兵士たちはじりじりと迫ってくる。 その時、小柄な人影が一人、兵士の群れに飛び込んできた。兵士たちをなぎ倒しあっという間に一方の血路を開いた。 「みんな、さがって! ロアルド、ラルも。」 人影が叫んだ。聞き覚えのある声。メルフィーヌたちは退いた。轟音と共に目の前でなにかが爆発した。兵士たちの姿は跡片もなく消え、城門に大きな穴が開いていた。メルフィーヌたちは城外に出た。城を囲む下町にもすでに魔の手がのびていた。あちらこちらで火の手が上がっている。しかし、魔の兵士たちの姿は随分まばらだった。メルフィーヌたちの一行はタケル川の川岸まで逃げ延びた。火の手は王都カトマールの空を赤く染めている。 「みんな、無事ね。」 メルフィーヌは、一行の無事を確認した。 「これからどうしましょう。いずれ、ここも危険になると思いますが。」 イッキュウが、そう言った。 「とりあえず、わたしの母の実家に逃げましょう。小さな農村よ。そこで、様子を見て今後の方針を決めるのがいいわ。」 メルフィーヌが、言った。 「ところで、さっきの助人は何物だ? おれの名を知ってたぜ。」 ロアルドが、しゃがれた大声を出した。 「さあ、おいらもいま考えていたところだが、どうも思いだせないんだ。」 と、ラル。 「どのみち、かなりの使い手ね。」 フレイアは、衣服の乱れを直しほこりを払いながら言った。 メルフィーヌは、黙っていた。あの声は、ルーイ。ルーイに違いない。
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