ラトザール物語

 

 

第四話        受胎告知(その三)

 

 ここラトザールの国王ブルーノ=コルテリアスはその用心深さで有名である。彼は、持ち前の臆病さを発揮して、彼の王宮を一大迷宮に造り上げた。刺客を恐れてのことである。余りにも複雑に入り組んだ迷宮の地下深くに、かつて、魔王アーサーが住み着いてしまい、冒険者たちの捜索の手を逃れたという話はつとに有名である。あの事件以来、王宮の地下迷宮は封鎖され、誰も出入りできないように魔法の結界が張られた。十三年前のことである。

 側近エダマ=ルンカは、いま、その結界の中にいた。それは、封鎖されたはずの地下迷宮の一室だった。

 「ゼーダ様、お呼びございますか?」

 エダマは、膝まづき、暗闇に向かって話かけた。

 「夕べの一件、随分、早まったことをしたものよの。」

 暗闇の底から声が響いてくる。

 「はッ、ガランカを始末した勢いでこの際と・・・。兵士たちの勇み足もありまして・・・」

 「言い訳はよい。これだけ派手に騒ぎ立てた以上、もはや、取り返しはつかぬわ。せめて、エドガーどもの始末だけは済ませておきたかったものを。」

 「そのエドガー=ハートン、一向にこちらの罠にかかってきませんもので、つい。それにこれだけ待っても出てこぬところを見ると、彼にも策は無いものと思いまして。見えぬハートンをいたずらに恐れるよりは、見えるガランカを、と思った次第にございます。」

 「そちは、エドガーの力を知らぬ。知らな過ぎるわ。まあよい。過ぎた事をとやかくいっても始まらぬ。それより、魔王復活の件はいかに。」

 「はッ、昨夜すべての儀式を終了しまして、あと、三ヶ月の猶予をば。」

 「三ヶ月か。では、待つとしよう。それまでにエドガーどもの一件なんとしてでも片付けい!」

 「はッ」

 「・・・そうだ。“あれ”を使え。奴の唯一の弱点は、いつも連れ歩いておる奴の妹よ。あの二人を引き離すことさえできれば。・・・こちらへ、参れ。」

 エダマは、暗闇の奥へと進んで行った。

 

 予想された事ではあったが、メルの村にも人影はなかった。荒らされ、取り散らかされた空き家がメルフィーヌの一行を無言で迎えた。もはや、疑いの余地は無い。十数年前の悪夢の再来だ。魔物どもが洞窟の結界を破り、地上に溢れ出たのだ。それも、並大抵の数ではなさそうだ。村の人々はどうなったのだろう。殺されたのか、どこかへ逃げ落ちたのか。

 メルフィーヌの一行は、ひとまず休憩をとることにした。どう、心配したところでこれ以上悪い事態は起きそうにない。昨夜未明より火の中を逃げ回り、走りづめ、歩きづめで、すでに、精も根も尽き果てたといった状態だ。しかし、メルフィーヌを含めた冒険者たちはともかくとして、乳母のメイヤは元気だった。二人の赤ん坊を抱えたままで弱音一つ吐かなかった。さすがに、ガランカと同族のトロールの女性だけある。体の大きさはだてではない。一方、赤毛のレダは、相当まいっているようだ。彼女の場合、苦痛を口に出せないだけに不敏である。

 比較的荒らされかたの少ない一軒を選び、軒を借りることにした。ロアルドが先に立ち、剣を抜いたままで一軒の農家に入る。魔物のけはい無しと見て、全員を招き入れた。

 「まったく、どこもそこもひでえ。ひでえの一言だぜ。」

 ロアルドが、しゃがれた声を出した。いつもながらびっくりするような大声だ。声の大きさだけでは死んだガランカにもひけをとるまい。野獣のおたけびのようにも聞こえる。

 その時、何かが物陰から飛び出してきた。ロアルドの剣が鞘を払った。

 「まって! ロアルド! 敵じゃないわ!」

 フレイアが、叫んで制止する。

 それは、木の棒を振り回し、ロアルドの体に体当りしてきた。

 「なんじゃア。この汚いのは。」

 ロアルドは、“それ”を摘み上げた。それはホビット族の子供だった。

 「魔物め! とうちゃん、かあちゃんを返せ!」

 摘み上げられながらも激しく棒を振り回している。ホビット族は生まれつきの手先の器用さを重用され、各種の職人として身を立てる者が多い。この子の両親もそういった職人としてこの村に定住していたのだろう。

 「ロアルド、放してあげて。この子、かわいそうなのよ!」

 メルフィーヌが、駆け寄って手を出した。

 「気を付けてくださいよ。咬みつくかもしれませんぜ。」

 ホビットの子は、ロアルドの手からメルフィーヌの腕の中に移された。

 「もう心配しないでいいのよ。わたしたち、魔物なんかじゃないわ。」

 メルフィーヌは、その子を胸に抱き、くしゃくしゃの髪の毛を撫でた。涙がこぼれる。今となっては、メルフィーヌの母親の安否も定かではない。サジャの村にも魔物の手が延びているだろう。あるいは、すでに・・・。不吉な予感が胸をよぎる。ホビットの子は、きょとんとした目であたりを見まわしている。ラルの姿を見つけると、メルフィーヌの腕を抜け、ラルに飛びついて大声で泣き出した。ラルもこの子と同じホビット族だ。全員、思わずもらい泣きしてしまった。みんな各々、胸の中に秘めた思いがあるのだ。その思いとこの子の境遇を重ね合わせて泣かずにはいられない。ロアルドは必死に涙を堪えている様子だったが、ついに耐えきれず人一倍大きな声でおいおいと泣きだした。

 ホビットの子の名前は、ラピ。男の子。歳は十一才だというがホビット族の年齢の基準というものがメルフィーヌにはわからなかった。同じホビットのラルとの背格好の比較からしてまだまだ少年と呼べる歳であることは間違いない。ラピは小さかった。大人のラルでさえ背丈は一メートルを越えない程度だ。ガランカだったらラピを手の平の上に乗せて歩きまわることができただろう・・・。また、ガランカのことを思いだしてしまった。でも、そうそう泣いてばかりもいられない。まず、生き延びることだ。こんな小さな子でさえ地獄の夜を必死に生き延びてきたのだ。メルフィーヌは、そう自分にいい聞かせた。

 ラピの話によると、やはり昨夜、村が魔物の一群に襲われたということだ。ラピの両親は不幸にも魔物の第一撃に命を落としたらしい。それ以上のことは聞くに忍びなかった。おそらく、長い恐怖と孤独の夜を過ごしたのだろう。しかし、他の生き延びた村人たちはこの村からほど近いスラニの砦に逃げ落ちたはずだ。

 その日は、この家で夜を過ごすことに決めた。すでに略奪された村を魔物が再び襲う可能性は少ない。魔物というものは本来金品に目がないのだ。人間と同様である。今夜はこのメルの村で休み、明日、スラニの砦に向かうことになった。ラトザール地方の人々は長年の魔物たちとの戦いの中で砦を築き身を守るすべを覚えた。魔物が地上に溢れ出すと、みんなで砦に立てこもり身の安全を確保するのだ。メルフィーヌも子供の頃、母親に手を引かれ砦と村の間を往復した記憶を持っている。スラニの砦はサジャの村にも近い。あるいは、そこで母親に会えるかもしれない。

 

 エドガーは、洞窟の入口に立った。土くれを一掴み手にとった。結界が破られている。強大な魔の力が作用したのだ。この結界は魔王アーサーの力を封じるためのもの。暗黒の魔力に反発するエネルギー・フィールドだ。彼には破れない。エダマの力だろうか? だとすると、エダマとは一体何者なのだ? このところ特に強くなっていたアーサーの気が急に消滅してしまった。これら一連の事変は、何を意味するのか?

 「お兄さま。」

 エリザベスが、洞窟の外から呼びかけた。

 「シュンラの姿が見あたらないのよ。どこに行ってしまったのかしら。」

 エドガーは、エリザベスのもとに戻った。サスケ、アラミス、ルーイが側にいる。ルーイはこのところしょげ返ってばかりだ。今回の一連の事件に責任を感じているのだろうか。無駄なことだ。エルフの少女の姿が無い。いかに気まぐれなシュンラでも集合の時間に遅れたことなぞないのに。一体何が起こった?

 「ルーイ・・・」

 エドガーは、ルーイの方に目をやった。金髪の少年はうつむいたまま、顔を上げようともしない。

 何か知っているな。エドガーは、直感した。しかし、シュンラ抜きでも当面の行動には差し支えないだろう。すべては時が解決する。今まで、常にそうだった。急いで事を荒立てることはあるまい。いまここで、ルーイまで追いつめてしまっては元も子もない。手が減るのは痛いが・・・。

 

 二人の男たちは、アンナの体に手をかけた。こういう場合、アンナは裸でもあるし、もう大人の女性なのだ、声を上げて騒ぐなり、恥ずかしがるなりしなきゃならないのかしら。アンナは、そう思った。しかし、模様女を含めてこの部屋の中では全員裸だし、身を隠したり出来るような物もない。これは夢なのだ。夢の中では夢の作法に従うべきだろう。アンナは、わけもなく興奮を覚えている自分自身を抑えるようにそう心に言い聞かせた。

 大切な物を扱うように、男たちは、アンナの体を抱き上げ、石で造られた台の上に乗せた。仰向けにねかされ、背中やおしりに石の冷たい感触がある。男の手の平がアンナの額にかざされた。心が落ち着く。心臓の動悸もおさまった。もう一人の男の手がアンナのお腹を撫でている。くすぐったい。へんな事をする人だ。男の人が女の人にこんな事をするのは何か特別な意味があるのだ。アンナはそう聞き知っている。でも、これは夢。夢の中ではなんでも許されるのかしら。

 しばらくして、アンナは元の篭の中に戻された。二人の男は、模様女に何か告げて、入ってきた時と同じように壁をすり抜けて部屋から出て行った。模様女と二人きりになると再び、アンナの心の中でいろいろな疑問が頭を持ち上げてきた。あの男の人は何なのだ。何をしたのだ。模様女はなぜ椅子に座っているばかりで動こうとしないのだ。さっきまでの話はどうなったのだろう。質問を整理しなきゃ。アンナは、そう思った。ただでさえはぐらかされてしまう質問が、これだけ混乱していてはどうなることやら。

 「・・・あの、あなた、だれ?」

 「私は、奴隷。」

 あれ? これじゃ、さっきと同じだ。アンナは意外だった。夢というものは本来一貫性がないものなのに。質問を変えよう。

 「あの男の人たちは、だれ?」

 「彼らは、奴隷。」

 一人称が三人称に替わっただけ。まるで学校の文法の授業みたい。この話題もだめだ。進展がなさそう。

 「わたしのお父さんとお母さんは、なんで死んだの?」

 この質問はすごい。アンナは我ながらそう思った。胸がどきどきする。

 「魔物に殺されました。」

 これまた、すごい答えだ。アンナは、魔物のことは噂話でしか知らない。火を吹いたり、人間を食べたりするらしい。

 「お父さんとお母さんも食べられちゃったの?」

 「・・・それは、聞いていません。」

 アンナは、少し安心した。お母さんが死んじゃったから、アンナが代わりにお母さんになるのかもしれない。そうだとしたら、お父さんは誰だろう? ルドルフだろうか。アンナは、顔が火照るのを感じた。この夢は今日ではなく、昨日の続きなのかもしれない。アンナは考えた。もともと、夢なんていい加減なものだ。そのうちルドルフが現れるかな。彼に会ったら、なんて言おう。こんなへんな夢の中で会えて嬉しいわ。とでも言うのかな。

 

第四話 完

 

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