ラトザール物語

 

 

第六話        エルドール(その一)

 

 エルドールは、ラトザールの東に位置する港湾都市であり、外国との交易によって栄え、カトマールの支配下には属さず、独自の自治市政をしいている。この都市国家では、精神の五つの原理、知、裁、性、理、勇のそれぞれを司る五人の長老が市民の中から選び出され、長老会議を形成している。市政に関する全ての決定を下す政策決定機関である。五人の長老は精神の働きの中で、知は知識、記述を、裁は裁き、正義を、性は生き物のもつ本来の性質を、理は理論、秩序を、勇は勇気をそれぞれ統括し、市民を指導し、それぞれの原理に属する市政の一部を分担する責任を負う。エルドールは、この自治市政を維持し、カトマールを始め諸外国からの侵略に対抗するために世界最新の装備を誇る防衛軍を有している。その数、五千人ともいわれる。この防衛軍の指導権は長老会議にあった。

 今しも、エルドールの市庁の一室でその長老会議が開かれている最中だった。海に面した市庁舎の最上階の会議室からは目の前一面に青い海が見渡せる。様々な形の帆を掲げた船が見える。部屋の中央には大きな円形の机があり、五人の長老がそれを囲んでいる。議題は他でもないラトザール地方の情勢についてであった。数日前、ラトザール地方の首都カトマールからここエルドールへ向けて宣戦布告の使者が立ったという情報が届いた。カトマールの暴君として世界的に有名なブルーノ=コルテリアスの名においてである。宣戦布告の使者はまだ到着していないが、その到着と時期を同じにしてカトマールからの軍事行動が開始されるであろうことが予測された。事態は極めて切迫している。先制か防衛か、あるいは、和平か。この数日の間、五人の長老たちはこの議題を巡って激しい舌戦を繰り返してきた。まだ、結論は出ていない。しかも、今日もたらされた新しい情報によるとラトザール地方の魔物たちが地上に溢れ出し暴れ回っているという。その情報は議論をますます混乱させた。狂君ブルーノは、ついに魔の力を借りてまで、世界制覇の野望に向けて動き始めたのであろうか。

 理の長老は、徹底した和平派であった。彼は、秀でた額を持ち、肉の薄い唇を盛んに動かして、いま戦端を開くことの不利を説いた。

 「ブルーノは、この十数年の間に軍備を増強し、鎧武者を擁すること、その数、数万と聞いております。加えて、ルーン山脈、サルテラ山塊の要害を背後に備え、その軍事力はいまや世界屈指のものと思われます。しかし、彼がこのエルドールを揉躙し廃虚となすことを利とするはずはありません。彼は、このエルドールの経済的な重要性をよく認識しております。思うに、これは脅しでありましょう。彼の出す要求を熟慮し、可能な範囲で譲歩するならば、彼の軍隊が攻めてくることなどありません。都市を焼かれ、港を破壊された後で嘆いても始まりませぬ。たとえ、毎年いくらかの譲渡金を支払うことになろうとも、この美しいエルドールを廃虚にするよりはどんなにかましでありましょうか。数年もすれば世界の情勢も変化しましょう。いつまでもブルーノの思うままというわけにもいきますまい。ほんの数年の辛抱なのです。その数年の辛抱を惜しみ、歴史の舞台から消え去ったとあれば、後世にもエルドールの名が笑い草として残るは必定ですぞ。我々が無理に強硬な態度に出れば、彼らも強情を張りましょう。ですから、いますぐ和平会談の開催を要求する使者をカトマールへ送ることです。」

 勇の長老がこれに真っ向から対抗していた。

 「話になりませぬ。一戦もせぬうちから、負けを認め、敵の要求を呑むなど、それこそ後世に残る笑い草というもの。カトマールの軍隊をまるで鬼神かなにかのように恐れておりますが、我々のエルドールの防衛軍も決して彼らに引けをとらぬもの。その近代的装備の優秀さは彼らの一時代前の装備をはるかに上回っておりますぞ。加えて、我がエルドールには世界に誇る鉄壁の城塞があります。カトマールの田舎武者どもが何万人と束になってかかってこようともびくともするものではござらぬ。今は、討って出るか、城塞をもって守り戦うかを議論するのが先決というもの。臆病者の意見は、万が一状況が悪化してから出しても遅くはありますまい。」

 「臆病者とは聞き捨てなりませぬ。状況が悪化してからでは遅いともうしておるのです。匹夫の勇という言葉があります。一時の感情に冷静な状況判断を怠るなど言語道断。指導者としてあるまじき姿といわねばなりますまい。」

 理の長老が円卓を拳で叩きながらそう言った。

 知の長老が議論に割り込んだ。

 「同じことをいつまでも議論しても始まりません。今日は、ラトザール地方の魔物の動きについての情報も入っております。今度の事件に無関係とも思われませぬ。このことも議論の端に加えるべきだと思いますが。」

 「では、どうしろとおっしゃるので?」

 理の長老が尋ねた。

 「一年前、魔王討伐のためラトザールに向かったエドガー=ハートン殿から、もし、出発より一年間連絡がないようであったら、エルドールより援軍を出して欲しいと頼まれていたのです。もうすでにその一年が過ぎ去りました。今回の一連の事件、あの魔王アーサーと関係が・・・」

 知の長老の言葉を、理の長老が遮った。

 「あなたは、一年も前の一個人との約束によってエルドール数十万の市民の命を犠牲にせよとおっしゃるのか。情勢というものは流動的なもの。連絡がないということは単に、すでにどこかで朽ち果てているものと考えるのが最も妥当というべきではありませんか。それを、いま我々の方からみだりに軍事行動を起こしたりすれば、いたずらにブルーノを刺激するだけのこと。決して良い結果は得られますまい。」

 理の長老は、エドガーのことを嫌い、ことあるごとに目の敵にしてきた。すでに消えたと見ていた政敵の話題をむし返されるのは不愉快だった。しかも、エドガーは人間ではない。アーサーと同類ではないか。いつその手のひらを返すかわかったものではない。

 「だが、もし今回の事件の裏に魔王アーサーの影があるとすれば・・・」

 「あなたは、あのブルーノと魔王が手を結んだとでも考えておられるのか?」

 「いや、そうとは断言できぬが、仮に、それぞれ独立して兵を挙げていると考えて・・・」

 「そのような憶測の上に立った議論など無駄です。いま現在はっきりしている事実は、ブルーノがこのエルドールへ宣戦布告を行ったということ。それへの対応策をこそ議論すべきではありませんか。」

 議論は混乱し、結論を見ないまま明日へと持ち越されることになった。

 

 メルフィーヌとラピは、タケル川に沿った道を海に向かって進んでいた。カトマールは危険だと判断し北に迂回することにした。ここまで、魔物の群れを何度か目撃することがあったが、うまくやり過ごしてきた。魔物の早期発見にはホビットの子、ラピの動物的な鋭い勘が役に立った。夜は物陰に寄り添って眠り、夜明けとともに旅を続けた。物陰で寝るときは、メルフィーヌの簡単な魔法が、虫避けとして大いに役に立った。

 「おねえ。」

 昼食の休憩の最中にラピが言い出した。夜に火を使えないので、この食事が一日の主食となる。食べている物は冒険者用の携帯食。それに少しだけ火を通したものだ。決して旨いものではない。それでも、ラピは口一杯に頬張り、美味しそうにもぐもぐと食べた。

 「おねえは、未亡人なんだってね。つまり、若後家だね。」

 どこでそんな言葉を仕入れてきたのだろう。メルフィーヌはそう思った。

 「でも、安心しなよ。おいらが、おねえを嫁にもらってやるからさ。」

 「はい、はい。わかったから。ちゃんとこぼさないように食べて大きくなるのよ。」

 「おいら、大きくなったら、お嫁になってくれる?」

 「うーん。考えてもいいわね。でも、その頃には、わたし、おばあちゃんになってるかもね。」

 「おねえは、おばあちゃんになんかならないよ!」

 ラピは、メルフィーヌの服の裾をつかまえた。

 「そうね。そうだといいけど、人間って年をとるものだから。」

 「・・・おねえの前の旦那さんって、どんな人?」

 「そうね、一言でいえば大きかったわ。トロール族よ。雲を突くような大男ね。」

 「おねえは、大きな人が好きなの?」

 「・・・」

 「ごめん。思い出させちゃった? 泣かないでよ、おねえ。」

 ラピは懸命にメルフィーヌをなぐさめようとしている。メルフィーヌは、ラピの頭を抱きしめた。この少年もつい数日前、魔物の襲撃に遭い、両親を亡くしたばかりなのだ。

 

 「エドガー殿。」

 ニンジャのサスケが音もなく現れた。エドガーたちは、小さな岩屋の中で休憩をとっていた。

 「シュンラ殿の居場所、つきとめました。」

 「どこにいる?」

 エドガーは、半分身を起こした。

 「メルフィーヌ殿の後を追っています。」

 「なに?」

 一瞬、エドガーの表情がこわばった。エリザベスが、心配そうにエドガーを見ていた。

 「連れ戻しますか?」

 「・・・放っとけ。じき、気がすむことだろう。」

 「はッ。」

 「待て、サスケ。」

 エドガーは、身構えたニンジャを呼び止めた。

 「・・・ルーイには言うな。」

 「わかりました。」

 サスケは、再び、闇の中に消えた。

 

 カトマールの王宮には昼でも光りの射さない部屋が幾つもある。壁も床も石造りで、身を置くだけで底冷えのする陰湿な部屋だ。その一室で、輝くような黒髪の美女が男と食事をしていた。室内には、不思議な香りの煙が渦巻いている。男は、長身でがっしりとした体つき、城の衛兵の一人だろう。精悍な顔つきだ。その前に座っている女の目は虚ろだった。視線が定まっていない様子だ。

 「ヨーコ、おまえは誰だ?」

 男が問うた。

 「私は・・・」

 ヨーコは、答えられない。食事の手が止まる。

 「ヨーコ、おまえは、美しい。おまえの敵はエドガー=ハートン。美しいおまえを傷つけ、おまえの父親の命を奪った。ヨーコ、おまえはエドガーに復讐を誓った。」

 魔法使いのシャールは、別室から、石の切れ目ごしに二人の様子をうかがっていた。彼は、薬を使った魔法を得意とする。これも、その一つであった。ヨーコは、暗示の薬を使われていたのだ。

 男は、シャールに、命じられた通りの言葉を何度も何度も繰り返す。

 「ヨーコ、おまえは誰だ?」

 「私は・・・、復讐者。エドガー=ハートンを殺す。」

 ヨーコの口から出た言葉に、男の口元が緩んだ。

 「いい子だ。後でご褒美を上げよう。」

 

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