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ラトザール物語
第六話 エルドール(その四)
「どうしたの? ラピ。」 メルフィーヌが、ラピを振り返った。ラピは、後ろの方を見ていた。 「うん。ちょっと、へんな音が聞こえて。」 と、ラピ。 「魔物かもしれないわね。先を急ぎましょう。ラピ。こんな岩山じゃ、身を隠す場所がないわ。」 メルフィーヌとラピは、足を早めた。それから一日後、彼らはついに目的のエルドールに辿り着いた。 エルドールは、大きな町だった。それは、都市と呼ばれるものだ。メルフィーヌはそう聞き知っていた。彼女の今まで見たどんな町よりも大きかった。背の高い建物がずらりと並んでいる。人の往来も多い。ここに着くまで、魔物に破壊され住む人のいなくなった村や町ばかり見てきたメルフィーヌとラピにとって、ここはまさに別天地のように思われた。色とりどりの服を着て忙しく歩く人々、往来で遊ぶ子供たち。メルフィーヌは、しばし、我を忘れて、その光景を眺めていた。ここに着く前、小高い丘の上から海を見た。話には、聞いたことがあったが、初めて見る海だった。すさまじく巨大な湖。見渡す限り、青い水面が続いていた。ここ、エルドールに来て、メルフィーヌは、生まれて初めて目にする物ばかりなのに驚かされた。これが外国というものなのか。メルフィーヌは、そう思った。 メルフィーヌとラピは、二人そろって、きょろきょろと辺りを見渡してばかりだったが、これではいけないと思い、できるだけ立派な身なりの男の人を探し、話かけた。 「あのー。わたしたち、ラトザールから援軍を頼みにきたんですけど。」 「援軍って何のこと?」 「ここエルドールの防衛軍です。」 「はァ?」 男は、呆れたような顔をして、狂人の話にはつき合っていられないといった様子で、言った。 「そういうことは、ぼくの専門じゃないんだ。他の人をあたってくれ。」 そして、逃げるように歩き去った。他の人って誰だろう。やっぱり、この国の王様だろうか? でも、いきなり王様に会うことなんて出来るのかしら。メルフィーヌは、考え込んだ。しかし、考え込んでいる場合ではない。彼女たちの肩にはラトザールの民衆の運命がかかっているのだ。王様もわかって下さるに違いない。メルフィーヌは、意を決して、通りがかった男の人を呼び止めた。 「とても重大な用事があって、この国の王様に謁見したいのですが。」 男は、メルフィーヌの頭から爪先までじろじろとながめ回した。 「あんた、一体どこから出て来たんだい?」 「ラトザールです。あの・・・」 「あっそう。この国には王様なんていないよ。じゃ、僕は急ぐんで。」 男は、やはり、急ぎ足で立ち去った。メルフィーヌは、途方に暮れた。王様がいないという話にも驚いた。からかわれているのだろうか? しかし、それ以上に驚いた事は、この町の住人が皆、忙しく歩きまわっていることだった。何をそんなに忙しくしているのだろう? メルフィーヌには理解できなかった。途方に暮れているメルフィーヌの裾をラピが引っ張った。 「おねえは、自分の趣味で格好良さそうな男にばかり声をかけるからいけないんだよ。もっと、おじいさんとか女の人とかにも話かけたほうがいいよ。」 ラピが、そう言った。それから、二人は、手当り次第に町の人々に声をかけてまわったが、誰も皆、似たり寄ったりの反応を示すのみで、真面目に相手をしてくれる人はいなかった。ただ一人だけ、市庁舎に行けと教えてくれた人がいた。得られた手掛かりは、それだけだった。メルフィーヌとラピは、市庁舎を尋ね歩き、巨大な建物の前に出た。 恐る恐る石の階段を登り、市庁舎の中に入ってみると、そこも、たくさんの人が忙しく立ち働いていた。その中の一人に尋ねた。 「それは、管轄が違う。六番の窓口に行ってくれ。」 「“六番”って何ですか?」 メルフィーヌは、今にも消え入りそうな声で、そう尋ねた。 「そこの角を曲がって、突き当りを右に、二番目だ。」 そう言ったのみで、また、自分の仕事に戻ってしまった。 それから、メルフィーヌは、同じ事を五、六回繰り返した。どこにいっても、管轄が違う、何番に行けとしか教えてくれなかった。メルフィーヌは、情けなくなって、近くの長椅子に腰掛けた。他にも、長椅子に腰掛けた人がたくさんいる。誰も皆、疲れた顔。ラピも疲れた様子で、メルフィーヌの横に座り込んだ。二人とも、しばらく言葉が無い。ついと、メルフィーヌは立ち上がった。腰の短剣を抜き、手に持った。そして、驚き騒ぐ周囲の人々を後目に、書類の山と積まれた長い机の上にひらりと跳び乗った。 「我が名はメルフィーヌ=サミエ。ラトザール国王第九王子ダンの命を受け、また、ラトザールの民衆を救うために、ここエルドールまで来たりし者。汝らが隣国ラトザールは、今、邪悪なる魔物どもの軍勢に踏みにじられ、その存亡は明日をも知れず、その罪なき民衆は塗炭の苦しみの中、なす術も持たず、ただ、残虐な運命に弄ばれるのみ。最愛にして敬愛に足るエルドールの同志よ、ラトザールへの援軍を要請する。誰か、答えよ! ここに人はおらぬのか!」 そう大声で叫びながら、ガランカの形見の短剣を振りかざした。人々は青くなった。何人かの男がばたばたと走り回る。やがて、武装した男が数人現れて、メルフィーヌの乗った机を囲んだ。人々は、恐怖と好奇心にかられた目で、遠巻きにして、事の成行きを見守っている。武装した男がメルフィーヌに掴みかかろうとした。メルフィーヌは、自分の喉に短剣の先を突き当てて叫んだ。 「わたしは、怪しい者ではありません! でも、わたしの願いが聞き入れられないとしたら、今ここで、喉笛掻き切って果てます! 援軍です! ラトザールに援軍を派遣してください!」 威風堂々とした年輩の男が、武装した男たちを制し、メルフィーヌの前に出てきた。 「私が、ここの責任者です。お客人。どうか気を静めてください。」 そう言って、近くの女に振り返った。 「さあ、この方の用件を聞き、手続きをしてあげなさい。早く。」 女は、しぶしぶと何か紙を取り出してきた。メルフィーヌは、机から降り、剣を収めた。 「・・・この用紙に、名前と住所、用件を記入して、あちらの席でお待ち下さい。」 女がこわごわとそう言った。メルフィーヌは、ペンをとった。名前はメルフィーヌ=サミエ、住所はスラニの砦と書いた、用件はもちろんラトザールへの援軍派遣。面倒臭い事をさせるものだと思った。 「あの、どのくらい待てばいいのでしょうか?」 メルフィーヌは、尋ねた。 「手続きはすぐ済みます。お待ち下さい。」 女がそう言った。 「手続きじゃなくて、援軍の派遣です。」 また、メルフィーヌの語気が荒くなる。 「そういう重要な事項は月に二度の定例長老会議で審議され決定されます。今現在審議を待っている重要決定事項の件数からして、この件は、およそ三ヶ月先の長老会議にかけられることと思います。それから、・・・」 「三ヶ月も先の話をしてるんじゃないわ。こうしている間にも、ラトザールの民衆は全滅の危機に立たされているのよ。今、すぐよ。すぐに・・・」 メルフィーヌが再び怒鳴り始めたので、女はキャッと悲鳴を上げて、逃げてしまった。また、先ほどの責任者と名乗る年輩の男が現れた。 「お客人。事情はよくわかりましたが、あなたの他にも、生死に関わるような審議事項を持って、何ヶ月も待っている方がたくさんいるのです。あなただけに特例を認めるというわけにはいかないのですよ。どうか、我々の立場を理解して下さって、お待ち下さいませ。」 馬鹿丁寧な口調。明らかにメルフィーヌを小馬鹿にしている。これが、カトマールだったら、すぐさま決闘を申し込むところだ。カトマールには冒険者を侮辱する者などいない。メルフィーヌは、くるりときびすを返した。 「ラピ。行こう。こんなところにいてもどうしようもないわ。」 そして、ラピの手を引いて市庁舎を後にした。一体、わたしは、こんなところまで生命の危険を侵して何をしに来たのだろう。メルフィーヌは、自分自身が情けなく思えた。二人で当てもなく歩いていると港に出た。ガランカの話に聞かされた巨大な帆の外洋船がたくさん集まっていた。想像していたものより、ずっと、大きな物だった。海の風には香りがあった。メルフィーヌとラピは、手ごろな石の上に座り込み飽きることなく海を見ていた。 日も暮れかけてきた。また、明日だ。きっと、ここエルドールには、ここ特有の事の運び方があるのだろう。メルフィーヌは、そう思った。 その日は、市内に宿をとった。ベッドの上で寝るのは、久しぶりだった。メルフィーヌは、そんな些細なことにも訳も無く嬉しくなった。ラピは、もっと喜んでいた。ベッドの上で飛び跳ねて床に転がり落ちそうになった。メルフィーヌの表情に、久しぶりに笑いが戻った。湯を使ったばかりの艶やかな長い黒髪を背中で踊らせながら笑いころげた。 明くる日、メルフィーヌの事は町のちょっとした話題になっていた。新聞という物に出たらしい。宿屋の主人が宣伝して回ったらしくて、昼過ぎになると、何人かの男がメルフィーヌの話を聞きに宿屋まできた。しかし、ほとんどの男は、メルフィーヌの美貌を目当てに、面白半分で来ただけだった。それでも、メルフィーヌは、話を聞いてくれる人がいるだけ、気持ちが休まる思いがした。また、エルドールについての幾つかの常識的な情報を得ることもできた。五人の長老と、彼らによって運営される長老会議について。エルドールと外国との交易についてなどなど。その中の一人に、占い師のことを教えてくれた者もいた。落し物や、尋ね人などよく当たるという噂らしい。メルフィーヌは、そこに行くことにした。 教えられた占い師の家はすぐに見つかった。頭巾を被った老婆だった。メルフィーヌの話を丁寧に聞いて言った。 「エルドールには、五人の長老がいることは知っていよう。知、裁、性、理、勇、の五つの原理に立って市民を指導しておる。彼らのみが、エルドール防衛軍の指揮権を持っておるのじゃ。彼らの屋敷を尋ね、その門を叩くのじゃ。そなたたちは、五つの試練を与えられることじゃろう。その五つの試練すべてに耐え抜いた時、そなたたちの願いは叶うであろう。」 老婆は、そう言って、エルドールの地図に長老たちの屋敷の場所を書き記してくれた。メルフィーヌとラピは、礼を言って占い師の家を出た。少しだけ希望が見えてきたような気がした。 「おねえ。五つの試練ってなんだろう?」 ラピが、尋ねた。広い往来に出たところだ。たくさんの通行人が行きかっている。 「試験のようなものだと思うわ。その試験に合格すればいいのよ。」 メルフィーヌは、サジャの村の学校に通ったことがある。カトマールでは、冒険者としての修行も積んでいるのだ。 「ふうーん。」 ラピは、うかない顔。ラピには、試験という言葉そのものがわからなかった。 「ところで、おねえ。本当にあの占いばばあの言ったことを信じているの?」 「あら、だって、よく当たるという話だったじゃない。」 メルフィーヌは、至極当然といった顔をして、ラピを見た。おねえには、時々ついていけなくなるところがあるな。ラピは、そう思った。
第六話 完
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