ラトザール物語

 

 

第七話        五つの試練(その一)

 

 メルフィーヌとラピは、まず、勇の長老の門を叩いた。とりあえず、勇気だけは人並以上に持っているという自信があったのだ。

 長老の屋敷は質素で堅牢な造りのものだった。武闘家ふうの衣装を身にまとった小間使いが応接室に案内してくれた。長老はいかつい体付きの大男だった。でも、メルフィーヌは大男には馴れている。彼女の死んだ夫ガランカはもっと大きかった。

 「おまえたちの噂は聞いている。ラトザールから、援軍を求めてきたというが間違いないか?」

 メルフィーヌとラピは、しっかりと力強くうなずいた。

 「じゃが、わしとしては、身一つで来た娘、子供の話をそのまま信じるわけにはいかぬ。エルドールの四十万の人命がかかっておるのだ。わしの責任の重さを理解してくれ。そこで、そなたたちの勇気をもって、そなたたちの身の証としてもらいたい。よいな。」

 メルフィーヌとラピは、再びうなずいた。もとより、覚悟の上だ。

 「そなたたち冒険者だと聞いておるが、ならば、ここエルドールにも迷宮があることを知っていよう。はるかな古代に造られた訓練場だ。そこに入り、一本の杖を探してきてもらいたい。この絵に描かれたものだ。無事持って帰れたら、そなたたちを勇者と認め、話を聞くとしよう。よいな。」

 長老は念を押した。

 「では、好運を祈る。さあ、行け。迷宮の入口はこの屋敷の裏だ。」

 メルフィーヌとラピは、屋敷の一室で、厚い布地の服に着替えさせられた。ラピは、メルフィーヌの着替えを横目で見ていた。目が会った。

 「おしゃまな、おチビさん。よそ見ばかりしてないで、早く着替えちゃいなさいよ。」

 「ふん! 見てたんじゃないやい。ちょっと目が曲がってただけさ。」

 ラピは、奇妙な理屈をつけて、慌ててぶかぶかの服に頭を突っ込んだ。

 確かに、長老の屋敷の裏に迷宮が入り口を開けていた。冷たい風が吹き上げてくる。メルフィーヌとラピは、顔を見合わせた。行くしかない。

 一歩足を踏み入れるとそこはもう暗闇だった。メルフィーヌは呪文を唱えた。“MALIGHT” 魔法の光りが辺りを照らし出した。石の壁が続いている。

 「こんな所にはありそうもないわね。階段を探してもっと下に降りましょう。」

 「おねえ。」

 階段を探し歩くうちに、ラピがうわずった声を上げた。頭蓋骨が一つ。人間のものだ。さらに一つ。二つ。

 「訓練場だなんて言って、ここで死んじゃった人がいるんだ。魔物が住んでるのかもしれない。」

 ラピは、震えていた。

 「恐いなら引き返したら。わたし一人で行くわ。」

 メルフィーヌは、そう言った。本当に魔物がいるのだろうか。それとも、単なる脅しだろうか。

 「へん! 武者震いがするだけだい。」

 やがて、二人は下り階段を見つけた。先に階段を降りきったメルフィーヌが短い悲鳴を上げた。

 「どうしたんだい。おねえったら。でかいけつして、みっともねえな。」

 そう言ったとたんに、ラピは、ぎゃっと悲鳴を上げて跳び上がり、いま話題にしたばかりのメルフィーヌの腰にしがみついた。スライムだ。スライムで床が埋まっている。階段の上からは床の模様としか見えなかった。

 「ラピ! 早く階段の上に戻るのよ!」

 メルフィーヌは、叫んだ。しかし、手遅れだった。スライムは、彼女たちの足を捉え体の上へ上へと這い上がってくる。歩けない。小さなラピの姿はすでにスライムの中に隠れてしまっている。メルフィーヌは、ラピを堀起こそうと身を屈めた。その時、スライムの動きに指向性があることに気付いた。

 「服よ! この服がいけないの! 早く脱いで。」

 確かに、スライムは長老の屋敷で着せられた服に反応していたのだ。メルフィーヌは、服を脱いで身軽になった。ラピを掘り起こすことも出来た。そのラピの腕を掴んで、メルフィーヌは迷宮の奥へと走った。

 ようやく、スライムのいない通路に出て、メルフィーヌは、立ち止まった。ラピは、メルフィーヌの腰にしがみついていた。メルフィーヌは、また、短い悲鳴を上げた。二人とも裸だ。下着まで脱げてしまったのだ。メルフィーヌは、慌てて体の前を両腕で隠した。

 「ラピ。もう離れてよ。恥ずかしいじゃない。お願い。」

 ラピは、メルフィーヌの体から離れた。なんだか、ぼーっとしている。でも、すぐに怒り出した。

 「ちくしょう! あの狸じじいめ。こんな仕掛を作ってたなんて。」

 ラピは、憤激やるかたないといった様子で、メルフィーヌの前を歩き始めた。後ろを見ようとはしない。照れくさいのだ。メルフィーヌは、前を隠したままラピに従って前進するしかなかった。

 奇妙な色の壁があった。前を歩いていたラピは、何気なくそれに触れた。たちまち、ぎゃっという悲鳴を残しラピの体が壁に吸い込まれ消えてしまった。メルフィーヌは、その壁を押した。押しても叩いてもびくともしない。

 「ラピ! ラピ!」

 メルフィーヌは、半狂乱になって叫んだ。答えがない。どこに消えたんのだろう? かわいそうなラピ。メルフィーヌは、ラピの消えた壁の床に小石で目印を書き、迷宮の中を走り回り始めた。あちらこちらに色のついた壁がある。同じ色、違う色。この色に消えたラピの手がかりがあるに違いない。こういう時は落ち着かなきゃ。まず落ち着いて考えることだ。メルフィーヌは、気持ちを静めようとした。そうだ、地図を書こう。

 メルフィーヌは、床に迷宮の周辺図を書き始めた。足で確認しつつ、地図に壁の色を記した。ラピの吸い込まれたのは、一度しか使えない扉に違いない。どこか別の通路につながっており、その通路にはまた別の扉が必要なのだ。その扉を捜さなければならない。手辺り次第、色のついた壁に触れていると、全く別の通路に出てしまう可能性もある。メルフィーヌは、完成した地図の上でしゃがみこみ考えていた。彼女はこういうことはあまり得意ではない。でも、それなりにもっともらしい答えが出た。この辺りの迷路は対称性をもっているのだ。その対称軸に対して、ラピの吸い込まれた壁の反対側に同じ色の壁がある。

 メルフィーヌは、その壁に触れた。そのとたん壁の中に体がすいこまれ、一面同じ色の壁の通路に出た。彼女は、その通路を歩き出した。

 「おねえ!」

 ラピが、飛びついてきた。メルフィーヌは、その少年を抱きしめた。

 「よかった。ラピ。よかった。」

 ラピは、メルフィーヌからはぐれたことにより魔法の明りを失い、暗闇の中に放り込まれたので、ひたすらその場から動かず、メルフィーヌを待っていたのだという。メルフィーヌは、ラピの顔じゅういたるところにキスをした。二人とも裸だということも忘れていた。

 それから、二人はぴったりと寄り添うように進んだ。再び、下りの階段が現れた。階段を降りると、そこは複雑な迷路になっていた。同じような壁が続いている。迷路の中をさんざん歩き回ったが何も見つけることが出来なかった。メルフィーヌとラピは、疲れて座り込んだ。

 彼らは勇気を証明するためにこの迷宮に挑戦したのだ。でも、勇気ってなんだろう。メルフィーヌは、考えていた。使い慣れた言葉のようで、その実体がつかめないような気がする。何をもって勇気というのか。死を恐れないということが、すなわち勇気であるとはいえない。それは知っている。カトマールの修行の師がそう教えてくれた。でも、これが勇気だということは教えてもらってないし、実は今もって知ってはいなかったのだ。だとすると、いたずらにこんな迷路の中を歩き回っても意味がないような気がする。何か別の手段を考えたほうがいいかな。運悪くこんな迷宮の中で朽ち果てたりしたら元も子もない。

 ラピが、ついと立ち上がった。

 「どこ行くの? 離れちゃ、危ないわよ。」

 「・・・おしっこ。」

 ラピは、魔法の明りの届かない辺りまで行って、壁に向かって用を足しているらしい。音が聞こえる。メルフィーヌは、思わず顔をそむけた。その時、何か冷たい物が彼女の肩に触れた。メルフィーヌは、何気なく払い除けようとした。と、それはメルフィーヌの体にくるくると卷きついてきた。悲鳴を上げる間もなく彼女の体は空中高くさし上げられた。ケイブヒドラだ。洞窟の暗闇に潜む巨大ないそぎんちゃくのような怪物である。魔の生き物ではないが地上の光を嫌い自力で移動できる根足を持ち、洞窟の闇にさ迷い込んだ人間やオークなどを主食としている。数本の触手で獲物を卷きとり、その鋭い歯でかじりつくのだ。油断した。メルフィーヌは、そう思った。

 「おねえ!」

 ラピが、駆け寄ってきた。拳を振り上げて、ケイブヒドラの本体に殴りかかろうとした。

 「だめよ! きちゃだめ! 逃げて、ラピ!」

 メルフィーヌは、叫んだ。すでに、自分の体の感覚がない。ケイブヒドラの毒に侵されたのだ。ここで死ぬのだろうか。怪物の大きな鋭い歯が、彼女のすぐ下でうごめいている。

 

 気が付くとメルフィーヌは、毛布に包まれ、柔らかいソファーに寝かされていた。ラピは、彼女の足もとで丸くなっている。メルフィーヌは、身を起こしラピを抱きしめた。

 「そなたたちを、助けたのは、この者たちだ。」

 そこは先ほど訪れた長老の応接室だった。長老は、黒い武闘着に身を包んだ三人の屈強そうな男たちを指さした。

 「わしの手の者だ。そなたたちを監視するためにつけてやったものだ。すなわち、そなたたちは試練に失敗した。しかも、そなたたちの振舞い、とても、勇気ある者というにほど遠い。勇者、失格だ。」

 そう言って、長老は、メルフィーヌとラピをにらみつけた。

 「さあ、これを持ってさっさと立ち帰るがよい。」

 長老は自分の手から、小さな木の箱をさし出した。

 「これは?」

 メルフィーヌは、その箱を手にとった。

 「それは、長老の印。五人の長老のそれぞれの印授だ。五つの印を集めた者のみが、エルドール防衛軍の指揮権を持つのだ。そなたたち、勇者としては失格なれど、ラトザールの民の意志、しっかりと見とどけさせてもらった。よって、その印はそなたたちに預けておく。好きに使え。さあ、早く行って、残りの四っつの印を集めるのだ。どの道もきびしい試練の道だ。心してかかれよ。」

 長老は、そう言って、くるりと背を向けた。三人の男が後に従う。部屋を出る時に一度振り返った。

 「そなたたち、もっと成長し、十分、勇気の本質について論じることができるようになったら、もう一度、あの迷宮に挑戦するがよい。待っておるぞ。」

 そう言い残して、部屋の外に姿を消した。

 

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